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天声人語

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2010年6月21日(月)付

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 お天気にもよりけりだが、この季節の黄昏(たそがれ)どきはずいぶん長い。夏至のきょう、東京だと4時25分に昇った太陽が7時ちょうどに沈む。〈夕刊のあとにゆふぐれ立葵(たちあおい)〉友岡子郷。日没までの長い明るさには、どこか夏らしい開放感がある▼タチアオイは梅雨どきの花だ。今の時期、主役がアジサイなら、この花は気っぷのいい脇役の趣がある。茎はまっすぐ大人の胸ほどに伸び、下の方から薄紅や紫に咲き始める。日に日に咲き昇り、一番上が開くころ梅雨が明けるとされる▼とはいえ、先はまだ長い。天気予報を眺めれば、青い傘マークが続いて、しばらくは素潜りで水の中をゆく気分だ。住宅街を歩くと湿気にのってクチナシの香が流れてくる。こちらは少し陰のある、美しき準主役といったところか▼「六月は恵まれない月」だと俳人の今井千鶴子さんが小紙に寄せていた。まず祝祭休日がない。食べ物はいたむ。雨が続いて、歳時記を繰れば螻蛄(けら)・蛞蝓(なめくじ)・蚯蚓(みみず)・蛭(ひる)・蚰蜒(げじげじ)……など陰鬱(いんうつ)な生き物がずらり並ぶ、と。そう言うご自身、6月の生まれなのだそうだ▼言われて眺め直すと、できれば遠慮したい生き物を表す漢字は、迫力満点だ。〈蛞蝓(なめくじ)といふ字どこやら動き出す〉後藤比奈夫。だが、やせ我慢して言えば、なかなか豪勢な生物多様性ぶりでもある。煙る雨の奥の、盛んな生命を思ってみる▼黄昏どきに話を戻せば、「梅雨の夕晴れ」は美しい。雲で暗かった空が、夕刻に明るさを増すときなど、どこか浮き立つ風情がある。天も地も、ともに多彩な「水の月」である。

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