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天声人語

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2010年6月19日(土)付

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 明治から大正にかけての横綱太刀山(たちやま)は、巨体からの突っ張りで「四十五日」と恐れられた。ひと突き(月)半で倒すというしゃれである。怖がる相手が後ずさりし、体に触れぬまま土俵を割った一番もある。「にらみ出し」とはやされた▼大相撲の野球賭博スキャンダルが大ごとだ。にらみ出されるように親方や人気力士が「やりました」と白状し、世間の口の端に上らない日はない。ばらすぞと脅され、大金を暴力団筋に渡したという大関琴光喜は、7月の名古屋場所を辞退した▼日本相撲協会は、29人が名乗り出た内部調査の公表を渋り、文部科学省やメディアに尻をたたかれている。己に累が及ぶと案じたか、協会幹部の動きは鈍い。イヤイヤをしながら俵に押し込まれる醜態だ▼他人の真剣勝負に金を賭けるとは、どうにも暇な勝負師たちである。そもそも、球場が気になって場所に集中できまい。相手のちょんまげに野球帽が乗り、勝敗の電光表示がスコアボードに見えたに違いない▼神事だ国技だと言ったところで、大相撲は興行である。お客が入らぬことには立ち行かない。暴力団の金づるが絡んだ土俵を、誰が見に行くだろう。手を汚した者を明かし、反省させ、ひと場所を傷めても悪習をにらみ出すしかない▼組んでも怪力の太刀山は、背中からたたきつける「仏壇返し」の大技で観衆をわかせた。文科省や警察が本気なら、相撲協会は公益法人を返上する「財団返し」を迫られかねない。精進不足が背から落とされるは常、決まり手はサヨナラ負けとでもするか。

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