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第二十一話 天秤座の日
※この話はフィクションです、実在の裁判、裁判員制度とは異なります。
※実在の裁判員制度における裁判員は被疑者と全く関係の無い人達が選ばれます。
※上記のように最初から実在とは違う事が前提になっています、お気をつけください。
※裁判の進行方法はゲーム『逆転裁判』『有罪×無罪』を参考にさせていただいています。

<第二新東京市北高 1年5組 教室>

文化祭が終わってしばらくして、北高では生徒会役員改選の選挙が行われた。

「ま、どんな公約を掲げたって、どうせ生徒会がやる事はたいして変わらないわよ」

ハルヒは生徒会選挙に全く関心が無いらしく、他のSSS団もハルヒの言葉に納得したようだった。
配られた投票用紙にも適当な候補に印をつけて提出した。
しかし、新しい生徒会役員が決まって数日後、レイは突然生徒会長から呼び出しを受ける事になった。
昼休み、教室を出て部室に行こうとしたレイは生徒会の役員に呼び止められた。

「綾波レイさんですね。私は生徒会の書記をしている喜緑エミリと申します。放課後、生徒会室に来てください」
「……どうして?」
「生徒会長が綾波さんにお話ししたい事があるそうです」
「わかったわ」

レイの返事を聞くと、エミリはその場を立ち去って行った。
その後ろ姿を見つけたアスカがレイに話しかける。

「何を話していたの?」
「出頭命令。生徒会室に」
「何で?」
「わからない。でも命令だから行かないと」
「そう、じゃあアタシとシンジもついて行く。ハルヒには知られないように上手くごまかしておかないと」

昼休みに部室に顔を出したアスカは、シンジとキョンにこっそりとレイが呼び出された事を話した。

「……と言うわけで、アンタにはハルヒがアタシ達の事を怪しんで探しに来ないようにハルヒの気を引いて欲しいのよ」
「それは難しい注文だな」
「涼宮さんが生徒会長さんと話したら、どんな事になるか……」
「お願い」

アスカとシンジとレイの三人に頼まれたキョンは、午後の授業の時間をフルに使って、ハルヒを足止めする方法を考えるのだった。
そして、やってきた放課後。
レイとアスカとシンジが教室を出て行くのを見ながら、キョンは素早くハルヒを呼び止めた。

「待ってくれ、ハルヒ!」
「どうしたのよ、キョン?」
「授業で分からないところが多すぎてピンチなんだ。その……前に勉強を教えてくれるって言っただろう?」
「何よ、それって今すぐやらないとヤバイ事態なの?」
「今度の中間テスト、このままじゃ絶望的なんだ……この通り、頼む!」

必死にハルヒに向かって拝んでいるキョンを見て、ハルヒはため息をついて席に戻った。

「仕方ないわね。今まで勉強が嫌いだったキョンがそこまで言うのなら、付き合ってあげるわ」
「よしっ!」

ガッツポーズになってまで喜ぶキョンをハルヒは驚いた表情で見つめた。

「……そんなに嬉しかったの?」

キョンは時間を稼ぐためになるべくたくさんの質問をハルヒに向かって投げかけた。
ハルヒは丁寧に、時には比ゆを交えて説明をして行く。

「授業より分かりやすいぜ、朝倉よりも人気者になれるじゃないか?」
「まあね、教師達より上手く教える自信はあるわよ。でも、あたしは余計なお節介はしないことにしているの」
「なんで俺には全部教えてくれるんだ?」
「あんたは応用どころか、基本から出来ていないから、一から教えないとダメなんじゃない!」
「……やれやれ、とんだやぶ蛇だったな」

キョンは授業の内容をよく覚えていなかったので、質問の内容もやがて尽きてしまった。

「あ、そうだ……ハルヒは何でタコの足が8本で、イカの足が10本なのか知っているか?」
「はぁ!? それが勉強に何の関係があるの?」
「その……個人的な興味だ」
「それは多分、進化の違いによるものね」

ハルヒはダーウィンの進化論を持ち出してキョンに解説を始めた。

「……頭が痛くなってきた……」
「ちょっと、キョン! 聞いてるの?」
「じゃあ、次はザリガニのオスとメスの違いを……」

ダルそうな顔でそう聞くキョンをハルヒはにらみつけた。

「キョン、あんた何か企んでない?」
「いや、別に何も……」

ハルヒはキョンの胸ぐらをつかんで首を締めあげた。

「さあ、キリキリ白状しなさい!」
「うぐっ……言うから放してくれ……」

キョンはレイが生徒会長に呼び出されたこと、アスカとシンジが付いて行った事を白状してしまった。



<第二新東京市北高 生徒会室>

「呼び出したのは綾波君一人だけのはずだが、何で君達が?」

生徒会長はアスカとシンジの顔を見るなり、そう言った。

「アタシ達はレイの付き添いよ!」

アスカがそう答えると、生徒会長は眼鏡を押し上げて、頭を押さえる仕草をする。

「大きな声を出すな……頭が痛くなる」
「アスカ、押さえて」

シンジになだめられてアスカが引き下がると、生徒会長は椅子に座り偉そうな態度で話し始めた。

「綾波君。君を呼び出したのは他でもない、文芸部の活動についてだ」
「……」
「一体どういう事よ!」

無言で立っているレイの代わりに、アスカが答えた。

「だから、君は黙っていてくれたまえ。文芸部は半年近くの間、実質的な活動を行っていない。しかも、他の部に部室を占拠されたままの状態で放置している、そうだな?」
「……でも、私は……」
「君は割り当てられた部室を不正使用しているのだよ。よって処罰の対象になる」
「……」

レイは悲しそうな顔をして、下を向いて黙り込んでしまった。

「ちょっと、レイに対してひどすぎるわよ!」
「私は正論を述べているのだよ。部室を生徒会の許可も無しに勝手に貸すとは独断専行だ」
「アスカ、悪いのは私だから……」

レイの言葉に生徒会長は満足したような笑みを浮かべる。

「それでは、即刻部室から私物をすべて持って退去したまえ。文芸部は無期限活動休止だ」
「何よ、それこそ横暴じゃないの!」
「部活動を一切行わず、違反行為をした。これを生徒会が許しておけば、他の生徒達はどう思う?」
「……ぐっ」

アスカは悔しそうに黙りこんでしまった。

「綾波君、君の行っている事は他の生徒に規則と言うものを軽視させる悪影響でしかないのだよ」
「……分かりました」
「綾波!」
「……でも、涼宮さん達は許してあげて下さい」

レイがそう言うと、生徒会長はクックックと笑いだした。

「綾波君、君は違反者だよ? ルールを破った人間にそんな事を言う資格なんてない。もう一度言う、部室を退去したまえ。不法占拠しているやつらの荷物の分もまとめてな」
「アスカ、碇君、ごめんなさい、私のせいで……」
「そんな、綾波が悪いんじゃないよ!」
「そうよ、レイ!」

うなだれるレイと励ますシンジとアスカの姿を見て生徒会長は高笑いをした。
生徒会長が高らかに勝利宣言をしようとした時、生徒会室のドアが勢いよく開け放たれ、ハルヒが姿を現した。

「ちょっと、あんた! うちの団員をいじめるっていうならあたしが相手になるわよ!」
「おいハルヒ、暴力は止めとけ!」

ハルヒは人差し指で生徒会長を指差してそう宣言をした。

「二人ともすまん、ハルヒに問い詰められて白状してしまった……」
「いえ、助かったわ。このままじゃあレイが危なかったから……」

頭を下げて謝ったキョンに、アスカはそう答えた。

「レイはもうSSS団の一員なのよ? 文芸部なんて関係ないじゃない!」
「生徒会は綾波君の退部届を受理していない、綾波君はまだ文芸部の部員だ!」
「それは違うわ」
「何が違うと言うんだ!」

自信たっぷりに言うハルヒに、生徒会長は苛立った様子で叫んだ。

「レイはSSS団の部員として登録されたはずよ。だから自動的に文芸部員の地位は抹消されるはず」
「そうよ、SSS団は顧問の先生も部員も活動場所もそろっている、正式な部として認可されたんだから!」

ハルヒとアスカが勢いづいて生徒会長にそう主張した。
レイも伏し目がちだった視線を上に向けた。

「それは前の生徒会が甘かったからだ!」
「じゃあ、ここでレイが文芸部の退部届を書けばいい話よね?」
「ゴタゴタうるせえな! SSS団なんてとっとと潰れちまえばいいんだよ!」

生徒会長は言葉づかいを急に変えると、足をテーブルに投げ出してそう怒鳴った。

「あんた、やっぱりSSS団を潰すのが目的だったのね?」
「そうだよ、せっかく生徒会長になって、教師どもに気取られない範囲で自由にやらせてもらおうと思ったのによ」
「そういえばアンタ、立候補演説で生徒の自主性を尊重するとか演説してたわね?」
「ああ、特に予算には刺激される。執行部は俺のイエスマンで固めたし、俺に逆らう連中はもう居ないぜ」

そう言い切った生徒会長に、ハルヒが笑顔になって話しかける。

「あんた、凄いじゃない! じゃあさ、SSS団への予算をもっと増やしてよ!」
「バカ言うな、お前達のような連中がいるから、教師どもの目も厳しくなるんじゃねえか」
「何よ!」
「バニーガール姿でビラを配る、勝手に学校の裏山の笹をパクる、部室にはカセットコンロまで置く」
「別にそれぐらい、いいじゃない」
「それが教師どもに生徒に干渉する口実を与えているんだよ」
「わかったわ、これからはそう言う事は止めるわよ」

ハルヒが手を合わせて軽く謝っても、生徒会長は不機嫌そうな顔を崩さない。

「ふん、いつか決定的な違反をつかんでSSS団を潰してやるからな、覚悟しておけよ!」
「あんたなんかにSSS団を潰させるもんですか!」
「お、生徒会長を殴るのか? 暴行罪で即、廃部にしてもいいんだぞ?」

ハルヒは殴りかかろうとした動きを止めて、後ろを振り返って生徒会室を出て行った。
アスカやシンジ、レイやキョンも慌てて後を追って出て行く。
生徒会長は役員の一人を呼び寄せると、そっと耳打ちをした。



<第二新東京市北高 1年5組 教室>

日直で朝早く登校したシンジとアスカは、シンジの机の中に何かが入っているのを見つけた。

「忘れ物?」
「おかしいな……」

シンジが引っ張り出すと姿を現したのは、18歳未満が見てはいけないようないかがわしい内容の本だった。
表紙には金髪の女性のヌードに近い写真が載っていた。
とたんにアスカの顔は真っ赤になり膨れ上がる。

「この、バカシンジ!」
「うわあ!」

シンジはアスカに胸ぐらをつかまれて何回も平手打ちされた。
そんなアスカとシンジのところに、生徒会役員のエミリが駆けつける。

「碇シンジさん、あなたを逮捕します!」
「ええっ!?」

エミリの後ろから、生徒会の男子役員達が現れ、嫌がるシンジを取り囲んで生徒会室へ連行していく。

「誤解です、僕はあんな本を持っていません!」

アスカが慌てて止めようとするが、他の男子役員に跳ね飛ばされた。

「シンジ!」

一人では歯が立たないと判断したアスカは、急いでSSS団のメンバーに連絡を入れ、ハルヒ達と共に生徒会室へと向かった。

「現在、碇シンジ君は取り調べ中だ、出て行け」
「シンジは違うって言ってるじゃないの!」
「自白も時間の問題だ、しかも実際に物は彼の机から出て来たんだろ?」
「はいはい、二人とも黙って」

言い争う生徒会長とアスカの仲裁にハルヒは入った。

「シンジは犯人と決まったわけじゃない、まだ被疑者の段階よ。裁判を開くことを要請するわ!」
「裁判だと、何をふざけた事を」
「ふうん、裁判になったら勝てる自信が無いの? やっぱりこの事件はでっち上げなの?」
「うるせえ、そこまで言うなら裁判でも何でもしてやらあ!」
「じゃあ明日の放課後、この生徒会室で裁判を行うわ、いいわね?」
「なんでお前が仕切るんだよ……」

渋々と言った感じだがハルヒの提案に生徒会長は納得し、シンジはとりあえず釈放される事になった。

「いい? アスカは明日、シンジの弁護人をやるんだから、家でしっかり打ち合せをしておくのよ!」
「え? ハルヒが弁護人をやるんじゃないの?」
「だって、シンジの一番の味方はアスカなんでしょ? ……それにあたしは他にやりたい役があるのよ」

ハルヒはそう言って、何かを企んでいそうなとびっきりの笑顔を浮かべた。
明日も朝早くから登校して、SSS団でシンジの無実を証明する手掛かりを集めて放課後の裁判に備える事になった。
生徒会の方もシンジを有罪にしようと同じような命令が下されていた。



<第二新東京市北高 生徒会室>

「みんな、静粛に! これから裁判を始めるわよ!」

どこから手に入れてきたのか、ハルヒは木のハンマーで机を叩いて大声で叫んだ。
ハルヒは顔に、クリスマスのサンタクロース用の白く長い付けひげを付けている。

「なんだハルヒ、その格好は? しかもお前が何で真ん中の席に座っているんだ?」
「静粛に! これ以上騒ぐなら退廷を命じます! あたしは涼宮ハルヒ裁判長よ!」

ハルヒの腕章にはいつもの『団長』ではなく『超裁判長』と書かれていた。

「それで、何故ここにSSS団にも生徒会でもない部外者がここに居るのだ?」

検察官の席で、クールモードを装っている生徒会長が苛立った感じでそう言った。
生徒会長が指差した先には、SSS団のメンバーの他、トウジやヒカリやケンスケ、谷口、国木田などが座っている。

「この法廷では、裁判員制度を取り入れようと思っているのよ」
「裁判員制度だと?」
「そう、一部の人間だけでなく、一般の人にも受け入れられる結論を出したいの」

生徒会長に対して、ハルヒは腕を組みながらそう答えた。

「……で、その長い白ヒゲはなんだ、ハルヒ?」
「この方が裁判長っぽい感じがしない?」

ツッコミに対するハルヒの答えにキョンはため息をついた。

「じゃあ、検察官の方から冒頭陳述を始めなさい!」

ハルヒがそう告げると、検察官役の生徒会長は咳払いをして話し始めた。

「昨日の早朝、被疑者である碇シンジ君の机の中から、いかがわしい本が発見された!」

生徒会長がそう宣言すると、裁判員役の生徒達がざわざわと騒ぎ始めた。

「碇君が?」
「そら、ホンマか?」
「信じられないな」

ヒカリとトウジとケンスケがそう口にした。

「静粛に!」

ハルヒが木のハンマーを叩いてそう言うと、室内はまた静まり返った。

「被疑者が犯行に至った経緯は多分こうだ。被疑者はいかがわしい本を買ったが、惣流・アスカ・ラングレー君と同居しているため隠し場所には特に気をつける必要があった。ベッドの下などと言う典型的な場所に隠しては見つかってしまう。やはり、自分の部屋に置いておくのは安全ではない。そう考えた被疑者は裏をかいて学校に隠す事を思いついた。それがついうっかり惣流・アスカ・ラングレー君に見つかりやすい場所に置いてしまった」

室内が再び騒がしくなる中、生徒会長は大きな声で宣言する。

「そして、間抜けな事に昨日、惣流・アスカ・ラングレー君に発見されてしまったのだ! 検察側はこの事件をそう結論づける!」
「静粛に! 次は弁護人の方から冒頭陳述を!」

弁護人席に座ったアスカが勢いよく立ちあがる。

「被疑者がいかがわしい本を買って自分で隠したなんて、検察官の勝手な決めつけよ! だいたい被疑者はアタシを自分の机から遠ざける事を全くしていないし、いくらバカでもほどがあるわ! 教室に誰も居ない間に被疑者の机に物を入れるなんて簡単な事よ!」

アスカの主張に室内に居るSSS団のメンバーから拍手があがった。

「被疑者は第三者に罪を被せられた! 犯人は他に存在する! 弁護側はこの事件をそう主張します!」

アスカは堂々とそう宣言をして、席に座った。

「それでは次に証拠の提出を行います!」

ハルヒの号令の元、教室の見取り図、発見時のアスカとエミリの証言、いかがわしい本のデータを記した資料などがホワイトボードに貼られた。
ハルヒは証拠の一つ一つを室内に居るメンバー全員に向けて説明をして行く。
そして、説明を終えたハルヒは裁判員に選ばれたメンバー達に向かって声をかける。

「それでは、裁判員のみなさんは会議室へと移動して下さい! 評議を行います! 弁護側控室はSSS団部室、検察側控室はここ、生徒会室。以上!」



<第二新東京市北高 会議室>

真ん中の席に座ったハルヒは他のメンバー達が席に着くのをじっくりと待っている。
話したくてうずうずしていると言うよりは意外にも落ち着いた真剣な表情だった。
ハルヒの右隣にはキョン、左隣りにはエミリが座り、他のメンバーは離れたところに座った。
裁判員に選ばれたメンバーは、ユキ・ミクル・イツキ・レイ・カヲル・トウジ・ヒカリ・谷口・国木田の9人だった。

「改めて言うわ、裁判長の涼宮ハルヒよ。今日はわざわざ集まってくれてありがとう。今から、ここに集まった9人の裁判員のみんなと、私達3人の裁判官とで事件に関しての評議を行うわ」
「裁判官のキョンだ」
「同じく裁判官のエミリです、よろしくお願いします」

キョンはちょっと緊張した様子で、エミリは特に緊張した様子も無く平然とそう答えた。

「その、ワシらには裁判とかよう分からんけど、大丈夫なんかな?」
「確かに、あんた達裁判員は被疑者を有罪にするか無罪にするかを判断するんだからその責任は重大よ」

トウジの質問に対するハルヒの答えに、裁判員達から悲鳴のような声が上がる。

「だからこそ、しっかりと証拠について考えて判断しなくちゃいけないの。無理だなんて逃げちゃいけないのよ」
「でも、やっぱり不安です~」

ミクルがそう言うと、ハルヒは笑顔を浮かべて言い聞かせるように話す。

「あたし達が考える手助けをするから、安心して」

ハルヒはホワイトボードを移動させて、キョンに争点となる事項を箇条書きにさせた。

「まずいきなり被疑者が有罪か無罪か決めるんじゃ無くて、一つ一つ証拠を固めて行く事から始めましょう」
「あの、碇君の話を聞くことはできないんですか?」
「それは明日ね。今日のところは今まで聞いた話から判断して」

ヒカリの質問にハルヒはそう答えた。
話し合いの末、中間評決では全員が保留と言う事になった。

「何や、全員同じか、つまらんなあ」
「検察側と弁護側、どちらの立証も十分ではない」

ユキのその一言を最後に、その日の裁判は解散となった。
一方その頃、アスカとシンジはSSS団の部室で明日の裁判について悩んでいた。

「何でハルヒはアタシ達の味方をしてくれないのよ!」
「だって、それは裁判官って役目だし……」

シンジはそう言って何度目か分からないため息をついた。
そこへ評議を終えたハルヒが戻ってきた。

「あんた達、無罪になるための証拠を集めるべきなのに、何をここでダラダラしているの?」
「そんなこと言われたって、証拠なんて必要ないわよ、アイツらの言いがかりじゃない!」
「アスカ、感情論で言い合っても、問題の解決にはならないわよ。力で言い負かしても相手の恨みを買うだけ」

ため息をついてそう言ったハルヒに、キョンは感心したように呟く。

「ハルヒなら力づくでも無罪を主張すると思ったが、そうしなかったのはそんな考えがあったのか」
「アスカ、シンジが犯人ではないとしたら真実は一つだけよ。生徒会長の陰謀だと言うならその証拠を見つければいい」
「それは、そうだけどさ……」

ハルヒは弱気になったアスカに指をビシッと突き付けて気合を入れる。

「じゃあ、これから二人でこの学校の近くにある本屋を調べて来なさい。そこにこの事件のカギが隠されているわ」
「本屋を?」
「そうね、ついでにユキとレイも連れて行って、このお金で欲しい本でも買ってあげなさい」
「一体どういうことなの、この大事な時に?」
「僕達は買い物している場合じゃないのに……」
「団長命令よ、行って来なさい!」

アスカとシンジとレイとユキの四人は逃げるように部室から飛び出して行った。

「……ハルヒ」
「何よ?」
「もしかして、お前はこの事件の真相をすでに見抜いているんじゃないか?」
「そうだとしても、あたしの役目は『超裁判長』なのよ」
「やれやれ、隠し事をしてもすぐにばれそうで怖いな」
「アホキョンの隠し事なんか、一瞬でお見通しよ」



<第二新東京市北高 生徒会室>

次の日、アスカは自信たっぷりの様子で法廷に姿を現した。

「その様子だと、勝利のカギが見つかったみたいね」

アスカはハルヒの言葉に力強く頷いた。

「それでは今日は証人尋問から始めるわよ! 検察側証人、入廷して!」

ハルヒの命令の後入ってきたのは一人の北高の女子生徒だった。

「本当の裁判ならここで証人の氏名や職業を聞くところだけど、今回は学校内の事件だし、職業だけ聞くことにするわ。証人、職業は?」
「本屋のアルバイト店員をしています……」
「この証人は事件の日の前日、被疑者がいかがわしい本を買うのを目撃したと言うのだ、そうだな」
「は、はい」

生徒会長の言葉に、女子生徒がそう答えると裁判員席から驚きの声が上がった。

「なんか、落ち着きが無くて、目もオドオドしていたけど、兄さんがその子に本を売ってしまったんです。被疑者の席に座っているあの子に似た感じでした」
「これで、被疑者がいかがわしい本を買ったのは明白だな」
「異議あり! 証人は似た感じの子だと証言しています。被疑者と断定していません!」
「異議を認めるわ。証人、あなたが見た人は本当に被疑者なの?」
「それは……似ているとしか言えません」

アスカの異議によって企みを阻止された生徒会長は悔しそうに舌打ちした。

「でも、その本を買った人物は北高の制服を着ていたのだな?」
「はい、兄さんはそれなのに売ってしまって……」
「じゃあ悪いのはその本を売ったあなたのお兄さんじゃないの?」
「異議あり! ここは証人の兄の責任を追及する場では無い。被疑者が学校にいかがわしい本を持ち込んだ嫌疑について議論しているのだ」
「検察側の異議を認めます。弁護人は質問を取り下げて下さい」

ハルヒの言葉にアスカはむくれた表情で口を閉じた。

「それじゃ、弁護側の証人は?」
「アタシよ!」

弁護席に立っていたアスカが堂々と宣言をする。

「では、弁護側の証人、惣流・アスカ・ラングレーさんは証言を始めて下さい」
「いい、あの日の放課後はアタシとシンジはスーパーで買い物をしていたの。だから被疑者は本屋に行ってないし、アリバイがあるのよ」
「だれか君達二人が買い物をしている姿を見た証人はいるのかね?」

生徒会長の質問にアスカは悔しそうに答える。

「残念だけど、レジ打ちのおばさんはアタシ達の事を覚えていなかったわ……タイムセールもあったし」
「じゃあ証拠は無いんだな?」
「証拠ならあるわよ! ほら、夕方の時刻が入ったレシート!」

アスカは証拠としてハルヒにレシートを提出するが、ハルヒは首を横に振った。

「このレシートは二人で買い物をしていたと言う証拠にはなりえないわ」
「裁判長はわかっているようだな。買い物は惣流・アスカ・ラングレー君一人でもできるのだよ! ずっと一緒に居た事の証明にはならない!」
「それは……そうかもしれないけど……!」

アスカは悔しそうに生徒会長をにらみつけた。

「ハンバーグ用ひき肉300グラム、玉ねぎ2個セット、パン粉、卵、サラダ油……これはアスカがシンジに特大ハンバーグをおねだりした状況証拠にしかならないわ」

ハルヒがそう言うと、室内は爆笑の渦に包まれた。
アスカとシンジの顔がかあっと真っ赤になる。

「次は被疑者への質問へと移るわよ。裁判員のみんなはメモの準備をして」

笑いが治まったところで、ハルヒはそう声をかける。
裁判員役のメンバーは真剣な表情になって、手帳やノートなどを取り出した。

「被疑者に質問がある人は挙手して!」

ハルヒの言葉に、裁判員役のメンバーが手を上げる。

「はい、洞木さん」
「あの……答えにくいかもしれないけど、碇君はそう言う本は読んだ事があるの?」

ヒカリは顔を真っ赤にして尋ねた。

「被疑者、答えなさい」
「うん……自分で買ったことは無いけど、友達に見せてもらった事はあるよ……」

シンジがそう言ってトウジとケンスケの方を見ると、二人は慌てた。
ヒカリはトウジの方を刺すような視線で見つめていた。

「はい、次は相田君」
「なあシンジ、お前はあの本の女と惣流を重ねていかがわしい想像をしていたんじゃないのか?」
「な……」

アスカとシンジの顔がまた真っ赤にゆで上がった。

「相田君、その質問は被疑者の人格を深く侵害する行為に当たるわ。撤回するか質問を変えなさい」
「……すいませんでした、それじゃあ撤回します」

その後も裁判員役のメンバーからシンジに向けた質問は続けられた。

「それでは、これにて被疑者質問を終了するわ。次はいよいよ最終弁論ね」

裁判員役のメンバーは、シンジがそんな事をするわけがないと信じているメンバーがほとんどだったが、今まで提出された証拠や証言から客観的に無実だとするのには無理があった。
しかも中にはケンスケの言った言葉が引っ掛かっているメンバーも居るようだった。

「碇も惣流と同居しているんだから、つい魔が差して……ってこともあり得ない話では無いな」
「碇君も男の子だから……もしかして」

どうやら全員一致でシンジが無罪だと言う結論には行きそうになかったが、弁護人席に座るアスカは自信満々だった。

「静粛に! それでは、これから最終弁論を始めます!」

ハルヒが木のハンマーを叩いてそう言った直後、アスカが大きな声を張り上げた。

「裁判長! こちらには真犯人とその証拠を提示できる用意があります!」
「弁護人、それはこの事件の犯人を告発すると言う事ですか?」

室内は今までにない騒がしさになる。

「ふん、そんなことできるものか。裁判長、もし弁護人が間違った告発をしたのならば、法廷侮辱罪で即刻退廷してもらう事を提案する」
「弁護人、よろしいのですか?」
「ええ、構わないわ」

アスカが自信たっぷりにそう言うと、また驚きの声が大きく響いた。

「それでは、弁護人。まず、犯人を告発して下さい。犯人はどこにいるのですか?」
「この法廷の中に居るわ!」

アスカがそう断言し、それに答えるように騒がしくなる。

「では、犯人が居る具体的な場所を示しなさい」
「犯人が居る場所は、検察官の席よ!」
「私がこの事件の犯人だと!? 冗談じゃない!」

生徒会長はひたいから汗をダラダラと滝のように流しながらそう答える。

「彼はこのように否定しているけど……じゃあ、証拠のある場所を示しなさい」
「証拠もこの法廷の中にあるわ!」

思いもよらない展開に、室内のメンバー達は、息を飲んでアスカの言葉を聞いている。

「証拠がある場所は、検察官の席にいる生徒会長の財布の中よ!」
「……!!」

生徒会長の顔色が目に見えて悪くなった。

「生徒会長さん、あなたの財布を提出しなさい」
「拒否する」
「財布を出しなさい!」

ハルヒは生徒会長の胸倉をつかみ上げると、生徒会長の制服のポケットから財布を取り出した。

「この財布の中にどんな証拠があるのか説明してちょうだい」
「はい、その証拠とはズバリ、あのいかがわしい本を買った証拠のレシートよ!」

ハルヒが財布からレシートを取り出してその内容を読み上げる。

「成人向け書籍 税込840円……。確かに値段はあの本と同じね」
「商品識別コードも調べてメモしたけど……多分一致するはずよ」

ハルヒはアスカから渡されたメモを見ると、高らかに宣言をする。

「このレシートは、あの本を購入したレシートであるとほぼ断定できます!」

生徒会長はガックリと膝を折って崩れ落ちた。

「弁護人、説明を続けて」
「あの店でもらえるレシートには、割引ポイントが貯まるバーコードが付いているの。次に本を買う時にレシートを持って行けば、割引されるわけ」
「だから生徒会長はそれを財布の中にしまっておいたってわけね」
「どうせ生徒会のパシリに買わせたんだろうけど、受け取ったレシートを持っているアンタが黒幕ってバレバレよ!」

ハルヒとアスカに叩き潰された生徒会長は、知的な仮面の象徴である眼鏡を床に投げ捨てて、荒れだした。

「くそ、涼宮! 手前、俺をはめやがったな!」
「シンジをはめようとしたのはそっちじゃないの」
「今回は俺の負けだ……次こそは必ず……」

生徒会長はエミリに付き添われて部屋を出て行った。

「とんだハプニングが起きたけど、次は評議と最終評決ね。教室を移動するのが面倒だからここでやるわ」

評議は数分で終わった。
決定的に生徒会長が犯人だと言う証拠を見せ付けられた裁判員達は、全員が無罪に票を投じた。

「被疑者、碇シンジに判決を言い渡します、無罪!」

ハルヒがそう言うと、室内から拍手と歓声が上がる。

「今日はみんな集まってくれてありがとう! では今日はこれにて閉廷!」

ハルヒが木のハンマーを振りおろしてそう宣言すると、メンバー達は満足した様子で部屋を出て行った。

「涼宮さん、今日は楽しかったわ、ありがとう」
「ごめんね洞木さん。こんな騒ぎに巻き込んじゃって」
「ううん、裁判員制度って人の運命を左右しちゃうとても大変なものだって、私にもわかったから」

ハルヒはしばらくヒカリの去って行く後ろ姿を見つめていた。

「ハルヒ、一体どうしたんだ、そんなふぬけた顔をして?」
「キョンこそ、何をそんな薄気味悪い笑いを浮かべているのよ」
「人から感謝されるなんてあんまりないから、戸惑っているんじゃないかと思ってさ」
「何を言ってるのよアホキョン! あたしは自分が楽しいと思う事をやっただけよ!」

アスカはそんなキョンとハルヒのやり取りをニヤニヤした表情でしばらく見つめていたが、何か思いつめたような表情になると、部屋を出て行きネルフのゲンドウに電話をかけた。

「碇司令、ハルヒを第十八使徒なんて、ネルフで呼ばせるのを止めさせてください!」
「惣流君?」
「ハルヒはアタシ達と何にも変わらない人間じゃないですか。ハルヒを使徒と呼ぶならアタシ達も使徒です」
「君の言いたい事はわかった。国連にも涼宮君を使徒と呼称させる事は止めるように進言しよう」
「ありがとうございます」

電話を切ると、アスカは後ろにシンジが立っている事に気がついた。

「アスカ、嬉しそうに誰と電話してたの?」
「碇司令。シンジの疑惑が晴れたって事を教えてあげたの」
「ええっ、なんでそんな恥ずかしい事、父さんに話しちゃうんだよ!」

アスカとシンジはそんな言い合いをしながら、廊下を歩いて行った……。
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