「工場労働者の反乱」で中国経済の漂流が始まる(2/2)フォーサイト6月23日(水) 13時28分配信 / 海外 - 海外総合北京や上海などの都市部に生まれた若者が当たり前のように大学に行き、何不自由ない生活を送る一方、農村に生まれたばかりに中学や専門学校止まりで、工場で得た給与も親に仕送りしなければならないという境遇の矛盾に悩む新世代農民工も多い。今、起きている労働者の賃金引き上げ要求は、深刻な社会矛盾、経済構造の歪みが原動力になっており、経済欲求だけに突き動かされた過去の賃金引き上げストなどとは意味合いが異なっている。 富士康は6月1日に給与を30%引き上げ、さらに10月1日付けで業績が一定水準に達した社員についてはさらに66%引き上げると発表した。6月以前には900元(約1万2600円)だった基本給は10月以降、2000元(約2万8000円)になる。親会社の鴻海の創業者兼会長の郭台銘氏は「今後は社員に高賃金を払う企業として業界を先導する」と表明した。起業から30年余で売り上げ7兆円企業を築いた経営者の直感が賃金の大幅引き上げを決断させたとみれば、中国の製造業の流れが大きく変わったとみるべきだ。 ■削がれる輸出競争力 ひとつは、中国はもはや低コストを売り物にした組み立て(アッセンブル)中心の製造業では立ち行かなくなるということだ。低コストの組み立て工場を必要とする外資や中国企業は今後、ベトナムやインドネシア、ミャンマーあるいはインド、バングラデシュなど、中国よりはるかに人件費が安く、労働力も豊富な国に生産を急速に移転していくだろう。 もちろん中国の強みは残る。部品や素材の調達で中国ほど多様な産業が集積し、調達に有利な国はないからだ。市場としての規模、魅力は言うまでもない。だが、そうした利点も中国から部品、素材を調達し、組み立てや加工した後に再び中国に輸入すれば済む話にすぎない。その生産モデルは90年代まで中国自身がやっていた。人件費の差が十分に大きければ、物流や在庫のコストを差し引いても成り立つ。工場を海外ではなく、相対的に賃金の安い中国内陸部に移転するという選択肢もあるが、今回の賃金引き上げの波は内陸にも確実に及んでおり、沿海部に比べた人件費の安さは早晩失われる。米欧が強く求めている人民元の切り上げは、言うまでもなく内陸部にも容赦なく襲いかかり、輸出競争力を削ぐ。 ふたつめは、今後、低賃金国に流出する産業を何で穴埋めし、雇用を確保するか、という問題だ。今より高い賃金を払い、大規模な雇用を提供できる産業が今の中国にあるのか、といえば難しい。広東省がトップの汪洋・共産党委員会書記の号令で「産業高度化」を進めようとしているのは、賃金高騰のなかで労働集約型産業の行き詰まりを最も早く実感しているからだ。だが、焦ったところで中国は競争力のある高度な産業を育てる努力を怠ってきた。進むべき道は見えにくい。 ■「賃金引き上げ」が招く強烈な副作用 アジアで外資の製造業の誘致で中進国に成長したモデルにマレーシアがある。マレーシアの1人あたりGDPは7700ドル。3700ドルの中国とはまだ開きがあるが、中国は05年の1700ドルから5年足らずで2倍以上に伸びた。マレーシアの水準は決して遠いものではない。だが、両国の経済構造は似ているようで異なる。マレーシアの輸出品目でトップは電機・電子製品だが、2位は原油、3位はパーム油だ。液化天然ガス(LNG)の輸出も大きい。原油、天然ガス、鉄鉱石、大豆などを大量に輸入しなければ成り立たない中国経済とは逆に、1次産品輸出である程度経済を成り立たせられるのだ。資源を持つ人口2700万人の国の有利さであり、13億人の中国には真似ができない。 胡錦濤国家主席−温家宝首相の中国指導部は、経済成長に伴って起きた米欧との貿易摩擦を回避し、人民元切り上げ圧力を押し返すために、内需拡大の道を選択した。労働者や農民の所得引き上げはその目的に沿ったものであり、国内の経済格差を縮める目的にも適った。だが、それがもたらす強烈な副作用には目をつむったままだ。むしろ2011年からスタートする第12次5カ年計画で所得倍増を目指す方針も打ち出そうとしている。 共産党という看板を掲げ続け、「執政党」としての地位を維持するには、所得倍増は合理性のある政策だが、その所得に見合う付加価値を創出する産業があるのかは疑問だ。 最底辺の工場労働者の反乱におびえているのは富士康や広州ホンダの経営者ではなく、中国共産党なのかもしれない。中国経済の漂流がいよいよ始まる。 筆者/ジャーナリスト・高村悟 フォーサイト・ウェブサイトより 【関連記事】 ・ 「工場労働者の反乱」で中国経済の漂流が始まる(1/2)
|
|