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[19690] ダイヤのA&S Ace and Slugger of Diamond
Name: 凡田◆c1942bc0 HOME E-MAIL ID:ffcb8f4a
Date: 2010/06/22 17:48
ダイヤのAの二次創作です。
世界観はダイヤのAが基本で、ダークな部分は入れないつもりです。
キャラなどはパワポケやオリジナルを混ぜていきます。
原作に出来るだけ則っていくつもりですが、原作とは別の話に気分次第でなるかもしれませんのでお気を付けください。
設定などは後で追加して行くつもりですのでよろしくお願いいたします。
文が雑かもしれませんが、徐々に直していきます。
キャラクターに関しては少々設定を加えていますけど、あまり気にしないで呼んでもらうようお願いいたします。



[19690] プロローグ
Name: 凡田◆c1942bc0 HOME E-MAIL ID:ffcb8f4a
Date: 2010/06/23 14:56
猛暑が激しい7月の最後の日―――明治神宮野球場は、この猛暑に負けないほどのかつてない熱気に包まれていた。
全国高等学校野球選手兼大会東京都西地区予選大会決勝―――。
夏の甲子園連続出場を狙う名門―――稲城実業高校VS6年ぶりの甲子園出場を狙う名門―――青道高校。
お互い一進一退の攻防を繰り広げて、試合は終盤に進み。
最終回4対5で稲実が一点リードの有利な状況を迎え。
二死二三塁―――なんとしても点が欲しい青道側。一打出れば同点。もしくは逆転という絶好の舞台。球場が熱くならないはずがない。
各チームの応援やブラスバンド等の音楽が大きく響き渡る中で次の打者打席に入る前の最後の素振りをしていた。木製のバットの風切り音と振って生じる風圧が投手に届くほどのスイングは彼がどれだけバットを振ってきたのか伺える
青道の白いユニホームに身を包んだ170センチの中肉中背に、所々跳ねた癖毛の黒髪と目付きの悪い吊り目。適度に整った顔に自信満々な笑みを浮かべる口許。
ヘルメットを脱いで、頭に巻いた青いバンダナを巻き直して締めるとヘルメットを被り、白の皮手袋のマジックテープをしっかりと付け直すと少年は歓声が響く中、左打席に向かう。

『5番レフト―――青峰舷弥』
「「「「「行けぇ―――――!!!絶対に決めろ青峰!!!」」」」」
「流れは間違いなく俺達に向いてるぞ決めて来い!!」
「しっかりボールを見ろよぉ舷弥ぁ!!いきなりビュッて振るんじゃないぞ!!」
「成宮の球は力んでいるでヤンス!!」
「決めねえとシメるぞ!オラァ!!」
「ウガァァァァ!!(後の俺に遠慮なく決めて来い!!)」

アナウンスの紹介が終わり。監督やベンチメンバーの大きな声援を受けて、左打席に入る。
両手とバットを前にユラリと真っ直ぐ伸ばして自然体でリラックスしつつバットを構える。
スイングの瞬間に全身の筋肉を動かすことで、より大きな力を発揮する神主打法と呼ばれる打法である。

ラララララ♪ラッララララ~♪
「「「「「負けないで!!♪ほらそこに!!♪」」」」」

舷弥のヒッティングマーチを青道側の応援がブラスバンド演奏に合わせて歌い出す。いや、歌うというよりも舷弥に向かって叫んでると言った方がいいかもしれない。

(必ず勝つ!!!俺が絶対に先輩達の夏を終わらせたりなんかしない!!!)

野球の楽しさを厳しくも教えてくれた先輩達の恩義に報いる為に自身の心に活を入れると、ピッチャーに集中していく。その瞬間から舷弥の耳には何も聞こえなくなり、グラウンドにいる野手9人とボールしか見えなくなった。視線は真っ直ぐ投手を殺気を込めて睨み付け、必ず勝つという闘志は肌で感じるほどの闘気を生み出す。

『さあ!青道の天才スラッガー青峰舷弥!関東№1サウスポーの成宮鳴を打ち崩せるか!』
(最初は間違い無くクリス先輩が言ったとおりにリーダーに打たれて感情が昂ぶっている成宮は力付くで俺をねじ伏せに来る筈。狙うはそのストレート!!)

青道の記録員をしている滝川・クリス・優の言うとおりにランナーがいるにも拘らずにワインドアップで全力でねじ伏せに第一球を投げる。
セットで投げずに勝負に来る事から成宮がどれだけチームに信頼されているのか伺える。
だが、それは舷弥も同じ事である。
サウスポーから投げ出される自身の最高球速であるキレのある148km/hの速球がキャッチャーが構えるインコース低めに向かう。
自身の得意である速球を狙っていた舷弥―――コースは厳しいが、迷う事無くバットを振り抜いた。

カキーン!!

快音が鳴り響き、味方が歓声を挙げる。誰もがライト線ギリギリに大きく舞い上がって飛んだ打球に注目した。
この打球の行方は、今はまだ誰も知らない。
本当の物語と異なった物語はこれから始まるのだから・・・・・・。
そう―――全ての始まりは約6ヶ月と少し前の冬―――親友の付き合いで青道高校野球部の練習を見学する事から始まる。

♦ ♦ ♦

山形県―――天津市寺坂町。
山に囲まれたこの町の山奥で一人の青峰舷弥は大きな伐採斧を両手に握り締めて、何度も何度もコンコン!!と音を鳴らしてもうダメになった大きな木を次々と切り倒していた。
青いバンダナを頭に巻き、手拭を首に掛け、寒い季節だというのに黒のランニングシャツに長ズボンと長靴という姿で重さが10kg以上ある斧をバッティングの様にフルスイングして体の重心や腰の回し方に手の返し方など完璧に振り抜いて木を切断する。

「ふぅ~とりあえずこれでノルマの5本達成だい」

首に掛けた手拭で汗を拭って一息を入れると切り倒した木の後に座り込んでズボンのポケットに入れていた水筒のお茶を飲む。キンキンに冷えた緑茶が体に染みる様に行き渡る。
彼の名は青峰舷弥―――寺坂中学校に通う15歳の地元では有名な勤労ヤンキーである本人は気付いていないが語尾に「~い」を付けるのが口癖になっている。
幼い頃に両親が共に病で他界して、父親の親友だった野球好きな極道―――垣内善司の下でお世話になっている。舷弥がこのバイトを始めてから5年。当時は一本も切り倒す事が出来なかった木も今では早く倒せる様になっていた。

「さてと・・・事務所に帰るか・・・「おお、やっぱりここにいたでヤンス!」」
「カンタかい」

声が聞こえた方を振り向くと、野球部のユニホームを着たグルグル眼鏡を掛けた少年が急な山道の坂を上がって来ていた。
彼の名は神田カンタ―――舷弥の数少ない普通の友達で語尾に「~ヤンス」を付けるのが口癖のオタク野球馬鹿であり。寺坂中学校野球部の主将でもある。

「どうしたんだよ、こんな所まで来るなんて珍しいじゃねえかい。新しい玩具を買う為に金でも貸して欲しいのかい?」
「そうそう・・・って!?違うでヤンス!!実はお願いがあって来たんでヤンス」
「お願い?金に関係する事じゃないんなら、別に構わねえよい」
「まずはこれを見てくれでヤンス」

カンタが手に持っていた一枚の名刺を舷弥に手渡す。それを怪訝な表情で見ると、そこには野球関係者の名前が書かれていた。

「青道高校野球部。副部長・・・高島礼?男か?女か?」
「女でヤンス。大きな谷間が見える」
「何ぃ!?カンタお前大人の階段に一歩踏み出したと言うのかい!!やるなぁ・・・」
「何如何わしい変な想像してるでヤンスか!オイラに青道高校のスカウトが来たんでヤンスよ!」
「へぇ~良かったな。スカウトが来るって事は名門なんだろ?」

カンタは選手としてはかなり魅力のある天才捕手である。強肩でリードも頭脳的。野球に関する知識も豊富で弱小だった寺坂中学校を全国に出場させるだけの指導力もある。
全国でかなり活躍したみたいだから、スカウトの一人や二人来ていても別に不思議は無い。

「実は明日の日曜日に東京に行って青道高校野球部の練習を見学するんでヤンスけど、一人で東京に行くのが不安だから一緒に来てほしいんでヤンス」
「電車代はどうするんだよ?俺は余り金なんか出せねえぞい」

舷弥は、はっきり言って貧乏人である。両親が亡くなって以来、自分の事に関する事は全て自分で金を出しているからである。
保護者の垣内から金を借りてもいいと思うが、金にうるさく、極道であるだけに利息が十一で借金が増える一方になる為借りるなど論外だった。

「その心配は無いでヤンスよ、オイラが電車賃など自腹で出すでヤンスから」
「ならいいや、見学が終わったら飯は俺が奢るから何か上手い物でも食って帰ろうぜい」
「交渉成立でヤンス」

お互いがっちりと握手を交わす。

「それっじゃ帰るかな・・・競争しようぜカンタ!山の麓にあるコンビニまで」
「フフフフ・・・良いんでヤンスか?オイラはこう見えてもかなり早いでヤンスよ」

指先で眼鏡をクイっと上げて自身満々な笑みを浮かべるカンタ。だが、舷弥はそれを見て不敵に笑う。

「お前こそ俺に勝てると思ってんのかよ・・・・・・合図は任せらい」
「OKでヤンス」

お互い荷物を鞄に全て仕舞い込んで、肩に下げるとスタートの体勢を取る。
道は急な坂の一本の下り道。
お互い足には自身がある。負ける等とは微塵も思っていない。

「よ~い、ドンでヤンス!」

合図と共に二人は坂道を下って走り抜ける。スタートはカンタが僅かに早かったが、すぐに舷弥が追い抜いてどんどん引き離す。
それを見たカンタが驚愕する。

(何て足でヤンス!オイラは50メートル走6秒フラットでヤンスよ!なのに負けてるでヤンス!おまけにあの重い斧まで背負ってるのにどうしてでこの差でヤンスか!)

10秒もする頃には、舷弥の姿は見えなくなっていた。
山の麓にあるコンビニの駐車場に先に着いて、中に入って週刊誌を読んでいると、息を切らしたカンタが入っていた。

「俺の勝ちだな。レモンティーとドーナツを奢れよい」
「・・・分かったでヤンス」

笑いながらカンタに言うが、カンタは真面目な顔で舷弥を見て色々考えていた。

(とんでもない奴だとは知っていたでヤンスけど、想像以上でヤンス。もし青峰君が野球を始めたらとんでもない選手になるかもしれないでヤンス)

木を切り倒し続けて鍛えられた身体の並外れた力と天性の柔軟な身体とさっき見せた俊足。
そのどれもが、超一流のアスリート並の身体能力を間近で見て思ったカンタの考えは後日当たる事になる。

「うおぉぉぉぉ!喉に詰まった!」

ドーナツを喉に苦しませて苦しそうにする舷弥を見て、カンタはさっきまで思っていた事は忘れる事にした。



[19690] 第一打席 運命の初打席
Name: 凡田◆c1942bc0 HOME E-MAIL ID:ffcb8f4a
Date: 2010/06/21 04:16
次の日の昼―――舷弥とカンタは東京に来て、駅前でカンタをスカウトした人を待っていた。
舷弥は上下黒のシャツと長ズボンの上に緑のジャケットと頭にいつものバンダナを巻いた姿で、カンタは地元の社会人チームの野球帽にグルグル眼鏡を着け、紺色のジャケットに白と黄色の縞模様のシャツと黒の長ズボン姿をしている。

「東京ってこんなにも人がゴミゴミしてるのかよい」
「キョロキョロしない方がいいでヤンスよ・・・今の青峰君はどう見ても田舎者でヤンスから」
「馬鹿を言うなよい。・・・っていうかお前随分落ち着いてるなおい」

始めてきた東京に物珍しくキョロキョロしている舷弥と違い、カンタは堂々と足を組んでベンチに座っている。付いて来る必要なんて最初から無かったんじゃないのかと思った。

「オイラは秋葉原によく来ている常連でヤンスからね。最初来た時は色々あったでヤンスが今はどうでもいいでヤンス」
「あっそう・・・・・・」

溜息を付いて舷弥はベンチに座って人を待つ。
それからしばらく待っているとセミロングの黒髪のポニーテールに黒のスーツを着た20代半ば位の眼鏡を掛けた知的な胸の大きな女性がやって来た。

「久しぶりね神田カンタ君。数ヶ月ぶりかしら・・・そちらの子はあなたの友達?」
「はい、そうでヤンス。オイラの親友の青峰舷弥君でヤンス」
「・・・・・・」
「どうしたでヤンスか?青峰君?」

黙り込んで舷弥を見て、カンタは話しかけるが、舷弥の視線が何処に行ってるのか気付く。

「このセクハラ野朗がでヤンス!!」
「ぐおっ!」

カンタに脳天を鞄で殴られ地面に手足を突いて頭を押さえてうずくまる。

「何しやがるんでい!」
「いやらしい視線で変な所ばかり見ているからでヤンス。オイラ親友として恥ずかしいでヤンス」
「馬鹿かお前は想像を超えた物を見て思わず凝視しただけだい!」

ピシン!

やられた仕返しにビンタをカンタの頬に向けて放つ。
その様子を高島礼は呆気に取られて見ていたが、特に気を悪くした様子も無く

「ふふふふ・・・元気が良くて結構だわ。時間も時間だし、さあ早く行きましょう」
「すいませんでヤンス」
「悪かったよい」
(この二人の口癖って、わざとなのかしら?類は友を呼ぶというけど本当ね・・・)

礼は内心そう思っていたが、口には出さなかった。

♦ ♦ ♦

東京国分寺市にある青道高校専用の第一・第二グラウンドの中で舷弥とカンタは目の前で行われる青道高校野球部の練習を見て息を呑んでいた。

「ほえ~」
「凄いでヤンス~」

投・打・守と広いグラウンドにはっきり分かれて、それぞれが気合の入った動きを見せていた。
中学だったらエースレベルの選手がバッティングピッチャーとして速球を投げるが、バッターはあっさりと快音を鳴らして、100メートル近いフェンスに直撃するほどの打撃を見せ。
ブルペンでは投手候補の選手がズドンと豪快に音を鳴らすほど投げ込み。
外野の方では痛烈な球を後ろに逸らす事無く軽快な動きでボールを取る近距離ノックが行われていた。
そのどれもが中学生とは比べ物にならないほど高レベルで鬼気迫るほどの気合を見せていた。

「どうかしら?これが我が校が誇るグラウンドの設備よ!あっちには雨天練習場もあるし・・・・ウチの部員の半数以上は寮で生活しているわ!」

礼が誇らしげにグラウンド設備がどれだけ整っているのか説明する。

「さすがに聞いてはいたでヤンスけど、これは想像異常でヤンスよ」
「うおお~~~すげぃ!何だこのマシンは!バッティングセンターでしか見た事がねえぞい!」

舷弥とカンタが物珍しげにバッティングマシンに近付いてジロジロと見ている。
まるで玩具に憧れる子供みたいで、礼は満足そうに微笑む。

「でもさ、文武両道を掲げる日本にとっては野球留学とかって新聞などで随分叩かれてるよな。強い選手ばかり集めて、勝って学校を有名にする事しか考えてないとかな。あんたはどう思ってるんだよい!」
「そうでヤンスよね・・・オイラも一度は助っ人みたいな事をさせずに地元のみの選手で戦えと思った事があるでヤンス」

舷弥やカンタ―――特にカンタは地元の選手のみで全国まで行き、地元の人間など一人もいない寄せ集めのチームに負けたのである。二人共田舎の雑草魂が強いからこそ言える言葉である。それを聞いても礼は微笑を崩さずに熱い想いを込めて語る。

「確かにあなた達の言うとおり・・・・ウチの部員の半数以上は他県出身者・・・・いわゆる野球留学というやつだわ。地元の選手が出場できない。あなたの言うとおり選手の能力しか関心が無い・・・・野球留学についての批判は多いわ・・・だけど私はそうは思えない。現在の高校野球のレベルは日本が世界一と言われ、イチローや松井秀喜を始めとしたプロ選手達も次々とメジャーに挑戦している時代よ・・・・それと同じで“誰よりも野球が上手くなりたい!”。その一年の想いだけで、成人とも認められていない15歳の男の子が住みなれた地元や家族の下を離れ、より厳しい環境で己の能力を磨き上げて鍛え上げる」
「「「「おしっ!こ~い!!」」」」

ふとっ、礼がグラウンドで練習する選手達に眼を向ける。そこには元気よくノックを受ける選手達の姿があった。
それを見て、口許に笑みを浮かべて舷弥たちに視線を戻すと誇らしげに語った。

「私はね・・・大切な高校生活の全てを野球に賭ける覚悟と向上心を持った選手達を心の底から尊敬しているわ!」
「覚悟か・・・・・・」

礼の言葉に何も言えずにカンタと舷弥はグラウンドを見渡す。
さっきの話を聞いて、グラウンドに満ちている異様な緊張感が感じ取れる。
野球は9人で戦うスポーツである。
百名を越える中から熾烈なレギュラー争いに勝ち残った精鋭中の精鋭のみしか一桁の背番号を貰える事が出来ない。
だからこそ一人一人プレーに手を抜く事が無く死に物狂いで行動する。
最後に笑う為に・・・・・・。
生まれて初めて舷弥は、一つの事に心を揺さぶられた。
今まで、野球というスポーツは娯楽の一つ程度しか思っていなかった。
保護者である極道―――垣内善司は社会人チームで選手兼監督として現役でプレーをしていて、「中学卒業後はウチの会社に入社して一緒に日本一になろうぜ!」と誘われているが、野球のルールすら知らないド素人の舷弥には野球の面白さが分かるはずも無く誘いを断ってきた。だが、ここに来て、野球というスポーツに興味が出て来た。

「なあ、カンタ・・・俺も野球始めてみるよい・・・・・・」
「ほ、本当でヤンスか!?良かったでヤンス。青峰君の運動神経はもったいないと思っていたんでヤンスから!一緒に野球をしようでヤンス!」
「あら、あなたは野球部の人間じゃなかったの?」
「ああ、ちょっと家庭の事情で部活をしている時間が無かったんだい」

意外そうに聞いてくる礼に溜息を付いて答える。

(今まで溜めてきた貯金は結構貯まっている。あれだけあれば、満足に私立のこの高校でも十分な生活を送る事位できるだろう)
「・・・・・・そう。あなたが何処で野球をするのか知らないけど応援してるわ!」

それを聞いた舷弥は苦笑する。
まさか野球のルールすら知らないずぶのド素人が名門の野球部に入ろうなどとは思ってもいないのだろう。次に会った時が楽しみだ。
それからぐるりと寮など色々と見せてもらい再びグラウンドに戻ってきて、舷弥達は今日はもう帰ろうと、見学のお礼を言っていた。

「ありがとうございますでヤンス!オイラはこの野球部に入る事を決めたでヤンスから、春からお願いするでヤンス」
「良かったわ、良い返事を聞けて。春からは指導員と部員の立場になるけど宜しくね」
「ありがとうござ「このド阿呆が!!気合入っとるんか!!」

頭を下げて見学のお礼を言う途中で、突然馬鹿でかい声がグラウンドに響き、最後まで言えずに声の方向を睨む。
そこにいたのは、青道の練習用ユニホームに身を包み、ヘルメットを被った肥満体のデカイ男がグラウンドで守る野手達にバットを突きつけて怒鳴っていた。

「何だ?一体?」
「人相の悪い顔でヤンスね」
「また、東君ね・・・先日に続いてまた・・・」

礼が困った様に溜息を付いて額を右手で押さえる。またという事はいつもの事なんだろう。
三人は事の成り行きを見守る。

「しっかりと拾いに行かんかい!!じゃからお前らはいつまでもランニングとボール拾いしか出来んのじゃ!!」

どうやら、マシンバッティングで場外に飛ばした球をトロトロと拾いに行っている事から怒鳴ったらしい。

(言いたい事は分かるが、怒鳴りすぎだろ。何様だアイツ?)
「なんでヤンスか?あのポッチャリOBは?」

カンタの呟きが聞こえたのか、東がこちらを睨み付けて歩み寄って来る。

「なんじゃコラァ~!さっきワシのチャームポイントを馬鹿にしたんは!、そこの眼鏡か!」
「チャームポイントって・・・どう見ても短所だろい」
「ちょっとあなた達!!」

礼が慌てて止めようとするが、止まる事無く話は流れる。

「このガキ共が!ワシが誰なのか知ったうえで言うとるんかい!!」
「青道のOBでヤンスよね。いつまでも後輩に偉そう言わずにさっさと社会に帰るでヤンス」

カンタが指差してさらりと言うと東が青筋を浮かべてカンタの前まで来る。

「ええ度胸じゃの・・・この前のピッチャーといい今年は生きの好い一年が入ってきそうじゃ」
「おい!カンタ!失礼な事を言うな!この人はOBじゃなく恐らく監督だぞい!」
「マジでヤンスか!」

カンタが驚き、舷弥が東に人差し指をビシッと向ける。
その瞬間回りが凍りついた。

「見ろ!この無駄な贅肉と失った前歯に極め付けは選手に堂々と怒る偉そうで図々しい態度に40代の老け顔を!ユニホームを着ている事から、このおっさんは監督に違いない!だから失礼な事を言うな!」
「お前の方が失礼じゃ!!!ワシはまだ18じゃ!!!」
「うそぉ!!?」

本気で驚く舷弥の胸元を掴んで揺すり上げる東。礼らが止めようと近寄るが、舷弥は手で制して、右手で東の左手首を力強く掴んだ。

「離せよい」
「ぐうぅぅぅぅぅ!」

掴んだ左手首がミシミシと嫌な音を立て始め、東はすぐに手を離す。

(なんちゅう握力をしとるんや!?あと少しで骨を折られる所やった・・・・・・)

目の前の自分を睨む舷弥を見て、東は左手首に付いた握り締められた後を見て冷や汗を流す。それと同時に目の前のコイツと喧嘩してはいけないと感じ取った。

「ちっ!まあいい。このままお前をぶちのめしたら問題やさかい、一つ勝負といかんか」
「勝負?何で勝負するんだよい、俺は道具一つ持ってねえぞい?」
「なぁ~に打力勝負じゃ。あそこにバッティングマシンから投げられる5球のうち。一番遠くに飛ばせたもん勝ちや、お前が勝ったら、ワシはこの事は忘れてやる。その代わりお前が負けたらここで土下座して謝罪しろや・・・高島副部長いいですか?」

礼は腕を組んで顎に右手を当てて思案する。東は高校通算42本塁打を打ったドラフト候補の青道の主砲。大して舷弥は野球のルールすら知らないド素人。結果などやる前から分かったものだが、負けても土下座だけなら大した事ではない。

「認めるわ」
「よっしゃ~!!そんじゃワシがお手本として最初に見せてやらぁ!!」

東が重そうな体でドシドシと打席に入っていく。

「全く・・・沢村君といいあなたといい・・・東君を怒らせると面倒なのよ」
「勝てそうでヤンスか?」
「さあ、バットなんて握った事すらないから分からねぇよい」

カンタが他人事のように聞くと、舷弥はあっさりと答える。
誰がどう見ても勝負は見えている様に見えるが、カンタは舷弥が負けるとは思えなかった。

「オラァ!!来い!!」

東の掛け声と共にバッティングマシンから140km/hの速球が投げ出される。
それを東はカキーン!!という金属バットの快音を鳴らして次々と打ち込んでいく。
第一球目はフェンス直撃。第二球目はフェンス超え。第三球はピッチャーライナー。第四球目はグラウンドの最深部にある防球フェンスに当たり。最後の第五球目はフェンス超え出終わった。

「ワシの最高はだいたい140メートルってとこじゃの・・・!場外を出したらお前の勝ちじゃ!」
「場外か・・・・・・」

舷弥は金属バットを受け取って、ヘルメットを被るとバットを持って軽くスイングしてみるが、どうにもしっくりこないが、すぐにカンタの指摘で分かった。

「青峰君。バットの握りが逆でヤンス・・・」
「うん?おお!気が付かなかった道理で振りにくいはずだ!」
「ガハハハ!!なんじゃバットの握り方も知らんのか!!」
(笑いたければ笑っていろ!!今に目に物を見せてやる!!)

活き込むと舷弥は左打席に入って、いつも斧を振る様に両手とバットを前にユラリと真っ直ぐ伸ばして自然体で体の力を抜いてリラックスする。
予想外にバットを構える姿が様になっている事から礼や東達は注目する。

「あの子は野球をやった事がないんだったわよね・・・・・・」
「そうでヤンスよ、さっきバットの握り方を知らない位のずぶの素人でヤンス」
「・・・・・・全然そうには見えないわよ」

誰もが注目する中で、バッティングマシンから球が投げられる。

(しっかりと引き付けて球を見て、振り抜く!!)

イメージ通りにバットを振り抜いたのだが、何故かバットは空を切った。タイミングなどは合っていたはずなのにである。

「あれ?おかしいな捉えたと思ったのに?」

舷弥がバッターボックスで不思議そうな顔をしていると、さっきのスイングを見ていた東達は驚愕していた。

「なんちゅうスイングスピードや・・・・・・!?」
「はえぇ~」
「あんなタイミングの狂い方始めて見たぞ」
「何なのあの子・・・・・・」
「想像以上でヤンスね」

舷弥はタイミングやボールをしっかり捉えていたが、一つ計算に入れて無い事があった。
それは自身の超人的なスイングスピードである。
球が来たと思って振った瞬間に球よりも早く振り切ってしまった為に当たらなかったのである。
続く第二球目が投げられるが、またしてもバットが空を切る。だが、さっきよりは断然振り抜けていて、一瞬突風が吹いたと勘違いするほどの風圧が生じた。

「くそっ!次はもうちょっと引き付けてぃ・・・・・・」

第三球目が投げられ、捉えたと思いフルスイングするが、バットの下に当たり結果はゴロになる。だが、当たった事の意味は大きく、感覚で捉える事が出来ていた。
そして第四球目。カキーン!!という音を立てて打球は飛ぶが、フライで終わる。だが、唯のフライではない。目に見えなくなるほど宙に浮かび上がったのである。どこに落ちてくるか分からないフライなど誰も取れるはずが無い。それを知っているこの場の関係者は息を呑んで最後の第五球目を注目していた。

「後一球じゃぞ!大丈夫なんか!ガハハハハ!!」
「・・・・・・」

舷弥は東の気に触る声など聞こえないほど集中していた。残されたチャンスは一回のみ。さっきまでの失敗を全て糧にして、打つ事のみを考えていた。

「多分次で捉えるでヤンスね・・・・・・」
「どうしてそう思うの?」

カンタの確信にも似た発言に礼が疑問に思って問う。

「青峰君は天才肌でヤンスからね・・・一度の失敗をちゃんと経験として成長するでヤンス。それに昔から期待だけは裏切った事が無い男でヤンスからねぇ」
(今日生まれて初めてバットを持ったのだとすれば本当に凄い天才だわ・・・あの打法といい、長年バットを振り続けてきた人のみにしか至れない領域に彼は踏み込んでいる)

続く最後の5球目。バッティングマシンから投げられた球は真っ直ぐストライクゾーンのど真ん中に向かって飛んでくる。
ホームベースの手前まで来た瞬間。舷弥はバットを振り抜く。

カキィン!!!

金属バットと硬式ボールが当たる音が聞こえて、全員が打球を探して空を見上げる。

「あったぞあそこだ!!」

部員の一人が空を指差すと米粒以下位小さな点が少しずつセンター方向に向かって飛んで行く。

「勝った・・・・・・」

舷弥がそう呟いてバットから手を離して打球を見据える。
打球は見事にセンター最深部にある防球フェンスを越えて場外へと消えた。

「そ、そんなアホな・・・・・・」
「・・・・・・信じられないわ」
「さすが青峰君でヤンス」

東は負けた事が信じられずに呆然とセンター場外を見て立ち尽くしていた。その場にいる誰もが舷弥が、打った特大場外ホームランに釘付けになっていた。
この日―――舷弥が生まれて初めて立った打席で振った回数は五回。
この運命の初打席が、彼の人生と青道高校の運命を大きく変える事になるとは、まだ誰も知らない。



[19690] 第二打席 野球仙人からの贈り物?
Name: 凡田◆c1942bc0 HOME E-MAIL ID:ffcb8f4a
Date: 2010/06/21 17:02
東との打球の飛距離の競い合いが終わって舷弥は夕方頃に地元に戻ってきて、カンタと別れると一人町をぶらついていた。
頭に思い出されるのは、場外ホームランを打った時の感触と快音のみだった。
礼やカンタが、何かを言っていた様な気がするがはっきりと覚えてはいない。
ただ・・・あの時のボールに押される事も無く何かが当たった程度と思うほど振り抜けた感触と金属バットの音だけが頭に響いていた・・・・・・。

「野球か・・・今まで興味なんか無かったけど、あんなに楽しいなんて思わなかったな・・・カンタが夢中になるのが分かる気がするぜい」

気が付いたら寺坂中学校の方へと足が向かっていたらしく学校の前にいた。
グラウンドの方に足を運ぶと野球部の連中がまだ練習していた。
前までは朝から昼まで練習すれば終わりだったが、全国に出場してからは日が暮れるまで練習をする様になっていた。
勝つ事で野球の楽しさを知ったからだろう。

「俺ももう少し早く始めればよかったな」

この五年間の事を思い出して、少し後悔している。
ただひたすらに生活費など金を稼ぐだけに働き続けた5年間。親友と呼べる存在も数えるほどしかいなく、彼女は当然いるはずも無い。いるのは・・・・・・。

「兄貴じゃないですか!!探してたんですよ!!何処に行ってたんですか!!」
「お前らかい・・・・・・」

でかい声を掛けられて振り向くとそこには改造制服を着たリーゼントや金髪などが10人近くいた。この全てが舷弥の舎弟である。

「ちょっと東京の青道に行って来たんだい」
「東京に戦争に行って来たですって!!何処のどいつと殺りあって来たんですか!!」
「どうして俺達を連れて行ってくれんかったんですか!!」
「どんな奴を今度はぶち殺してきたんですか!!兄貴の武勇伝を教えてくだせぇ!!」
(だめだこいつら・・・話せば話すほど話がおかしくなるよい)

舷弥は頭を押さえて溜息を付く。慕ってくれるのは嬉しいが、話を飛躍させておかしくする癖がある為に精神的に疲れる。

「もういい・・・疲れたから俺はもう帰らい」
「「「「おつかれさんです!!兄貴!!」」」」

全員が頭を下げて俺を見送る。ちょっと面倒を見てやっただけなのに大袈裟だといつも思う。
寺坂中学校を後にして、商店街に向かうともう既に所々店が閉まりだしていたが、スポーツ用品店は、幸いまだ開いていて中に入ると真っ直ぐに野球用品売り場に向かう。

「高いな意外とやっぱり良い物は高いな・・・・・・」

バットを買うか、グローブを買うか悩んで財布と相談するが、一万円しかない。

「やっぱ・・・グローブを買うか。バットは借りれば良いけど、グローブは自分だけの奴を持っていた方がいいからな」

色々と見て回るがド素人にメーカーや何々モデルなど分かる筈も無い。
手にはめて、色々試してみるがどれも一緒に感じる。

「どれがいいんだ?」
「グローブならこれがいいよ!内野でも外野つかえるし、お値段もお手頃だしね!」

店主らしき男が、MIZUNOと書かれた黒皮のグローブを棚から出して舷弥に見せる。
値札には一万円を書かれている。

「じゃあ、それ貰うよい!」
「分かった!特別にボール一個を付けるし、一日預けてくれるなら型付けもやってあげるよ!」
「それじゃあ、お願いします」
「分かった明日のいつでもいいから取りに来てくれ」
「んじゃ、明日の朝一に取りに来るよい」

1万円札とボール手渡しで交換すると舷弥は店を出て行った。

♦ ♦ ♦

【第一回ジェームズ・ボンダの多分為になる野球教室】

何処かのミーティングルームらしき部屋の中に一人の男がいた。
青道高校の白い試合ユニホームにSの字が入った紺色の帽子を被り、黒のサングラスを掛け、無精髭を生やした姿はカンタに似ている。

「どうも初めましてでヤンス。オイラの名前はジェームズ・ボンダでヤンス。このコーナーでは基本的な野球の為になる事から、ならない事を説明するでヤンス」

何処からか棒を取り出すと、ホワイトボードのとある一角を指し示す。

「今日教えるのは『型付け』についてでヤンス」

何処からかグローブを取り出す。

「型付けとは、グラブをボールが捕りやすい最適な状態にする作業でヤンス野球用品店に並んだグラブを手に取った事のある方なら分かると思うでヤンスが同じ商品でも取りやすそうな型のグラブとそうでないグラブがあり購入する時は前者を選ぶと思うでヤンス。では、好みのグラブがクセのある後者で、そうではないグラブが前者であればどうするでヤンスか?答えは、「捕りにくそうだけど好みのグラブだから買う」、「好みでないけど捕り易そうだから買う」、「中間でなんとなく納得出来るものを買う」だと思います。しかし、そういう妥協のグラブ選びでは後々愛着を持ってグラブに接することが出来ません。コイツが悪い例の筆頭でヤンス!!!」

バチンと勢いよく棒でホワイトボードに張ってある、舷弥がグラブを選んでいる写真を叩く。

「また、いい形の好みのグラブを購入しても型の付け方に失敗してはもともこもないでヤンス。型の付け方がいまいち分からない、納得出来ないと型の付け方で悩んでいる方は多いと思うでヤンス。そこで颯爽と疾風の如く登場するのが【型付け】なんでヤンス。型付けを施せばポケットと呼ばれるグラブの受け面に全て最適なポケット位置を作り出せるでヤンス!あとは好みの色、大きさ、形をしてするだけでヤンス」

ジャームズ・ボンダはグラブを着けて、グラブを開け閉めする。

「買ったばかりのグラブはどれもまだ型が付いていない為、堅いヤンス。みんなもグラブを買ったらしっかりと型付けをするでヤンス!それではアディオスでヤンス!」

第一回ジェームズ・ボンダの多分為になる野球教室終了。

♦ ♦ ♦

店を出た後で舷弥は河原の草むらに仰向けに寝転がって、ボールを真っ直ぐ上に放っては取って、再び放るのを繰り返していた。

「後はマイバットか・・・明日銀行で金下ろさないとな」

貯金に余裕はまだあるが、私立の高校に推薦も何も無しで入学するのだ。その分金が沢山いる。
わざわざ東京なんかに行かずに地元でやればいいじゃないかとみんな言うだろう。カンタと違い舷弥はド素人なのだから。
それでも、自分の力を最高の野球環境で試してみたかった。自分の全てを賭けられる位に、あの青道の選手達みたいに熱くなりたかった。

「ふぅ~」

深呼吸を一ついれて目を瞑る。
まだ先は長い。春までもう2ヶ月はある。それまでに基本的な事だけでもカンタに習わなければいけない。おまけに一般入試だから勉強もしなくてはならない。頭は良いとは言えないが、それなりには出来る筈だ。

「やってやる」

右手を空に突き上げて握り締める目指す壁は大きいほど乗り越えがいがある。
舷弥の瞳は今までに無いほどの強い光を宿していた。

♦ ♦ ♦

「ハァハァ・・・!!」

男は木製のバットを片手に走っていた。必死に何かから逃げる様に走っていた。
男の父は野球界でも有名なバット職人だった。
有名なプロの選手が頭を下げてバットをオーダーメイドで作ってくれと頼みに来る位凄い人だったが、仕事一筋で家族に見向きもしない男だった。
そんな父はとうとう母の死に目にも立ち会わずにバットを作っている事に頭に血が昇って、とうとう大喧嘩をして、父が作った最も自信作である一本を持って、捨ててやる為に家を飛び出した。

「こんな物!!」

河原の辺りまで来ると男は川に向かってバットを投げた。暗闇で川に落ちたかどうかは、分からないが、少しすっきりした事は確かだった。
足取りは遅く。家に帰るのは嫌だったが、葬式の準備などをしなくてはならない為、仕方なく家に帰ると母の御遺体がある部屋ですすり泣く声が聞こえた。

「すまなかった弓子・・・すまなかった・・・・・・」
「・・・・・・親父」

男は今まで家族の事を見向きも父親の意外な一面を見て、後でちゃんと謝ろうと心に誓った。

♦ ♦ ♦

暗く何も無い世界の中に舷弥は仰向けに寝て、静かに寝息をたてていた。すると何処からか声が聞こえた。

『目覚めるのじゃ舷弥よ・・・』
「・・・・・・・・・・」

返事が無い。どうやら舷弥は寝ている様だ。

『早く目覚めるのじゃ舷弥よ・・・・・・』
「ZZZZZ・・・・・・・・・」

返事が無い。どうやら舷弥は完全に熟睡している様だ。

『起きんか!!この罰当たり目が!!』
「ぐおっ!!いてぇな誰だちくしょい!!」

何処からか野球の軟球が飛んできて舷弥の頭にクリーンヒットして舷弥が不機嫌そうに目を覚ます。

「やっと起きたか罰当たり目」

目の前に突然現われた雲の上に白いユニホームに仙の字が入った野球帽を被った妙な老人が座っていた。見事な口髭を蓄え、目が隠れるほどもさもさした眉毛に見事な剥げ頭をしている。

「何だ・・・唯の夢か。おやすみ」
「仙人の前で二度寝をするんじゃない!!」

バコ!

「いてっ!!バットで殴りやがったな!!」

何処から出したのか、さっきまで持っていなかったはずなのに木製のバットを持っていた。

「聞けぇ~舷弥よ!今日は貴様にプレゼントがあって来たのだ!」
「いらん帰れい」
「仙人の前で三度寝もするんじゃない!この罰当たり目が!」
「うおっ!」

何処からか硬球を取り出して投げてくるのを飛び起きて避ける。
それを見て仙人が舌打ちをして新たな硬球を何処からか出す。

「ちっ!避けたか・・・なら次は!」
「分かったからもう投げるな!!危なすぎる!!」
「ようやく話を聞く気になったか・・・・・・」
「用件は何だよ早く言ってくれ?」

不機嫌そうに舷弥が睨みながら言うと、老人は鬚をいじりながら用件を話し出す。

「ワシの名は野球仙人という。実はの・・・青道高校で野球をはじめようとするお前にプレゼントを持って来たんじゃ!起きたらお前の横にプレゼントがあるからありがたく受け取るがよい」
「一応礼は言っとくぜい。用件はそれだけかい?」
「うむそれだけじゃ・・・おお、いかんいかん一つ忘れておったわい。この世界はダイヤのAとほとんど同じじゃが、甲子園に行けるかどうかはお前さん次第じゃからの、せいぜい努力する事じゃ」
「ダイヤのAって何だよ!!」
「ワシの好きな●●じゃ詳しく知りたくは週刊マ●ジ●を見るんじゃ!!アディオス!!」
「ジジイ何しに出てきたんだよ宣伝かい!!!」

舷弥が叫ぶが野球仙人はフハハハと笑い声を上げながら消え去っていった。

「はっ!?夢か・・・それにしても妙に痛く変な夢だったぜい」

目を覚まして辺りをキョロキョロと見渡して、河原である事に一安心する。
あたりはもう暗く夜になっている。

『お前にプレゼントを持って来たんじゃ』

仙人の言葉を思い出して、横を見てみるとそこには一本の一般の物より少し長い木製バットがあった。

「これの事か?」

拾い上げてジロジロと色々見てみる。長さは一メートルはあり、自然色でメジャー型のグリップ形状に丸形のドライブヘッド。グリップには丁寧にブレイクプロテクターと呼ばれるヘッドに亀裂が入りにくく、耐久性を上げる特殊なガラス繊維をグリップ部分に巻き付けてある。
どう見ても市販では売っていない代物だ。夢は本当だったのかと思い始める。
素振りを一回してみると、重さも握った感覚も吸い付く様にしっくりきている。
一度ちゃんと構えて力を抜いてリラックスすると、フルスイングする。

ブシュッ!!

見事な風切り音を慣らして、振った風圧で草むらが震える。予想以上の手応えに舷弥は歓喜に震えた。バットだけは良いのを選ぶたかったが、まさかこんな所でこんな物を拾うとは思ってもいなかった。
今だけは夢に出て来た野球仙人に感謝の言葉を述べた。

「ありがたく大事に使わせてもらうぜい」

そう言うと大事そうにバットを持って舷弥は帰路に着いた。

一方その頃・・・・・・。

「わしのバットを捨てたじゃと!!拾ってこんかい!うつけ者が!!」
「うるせぇ!!あんなもんまた作ればいいだろうが!!」
「あんな傑作品を何本も作れるか!!」

とある家で一組の父親と息子が近所迷惑な声を挙げて、壮絶なチョップの打ち合いをしていたという。







[19690] 第三打席 大きな弱点
Name: 凡田◆c1942bc0 HOME E-MAIL ID:ffcb8f4a
Date: 2010/06/23 16:35
ボールを打つだけのバッティングセンターで一組の黒いジャージを着たバッテリーが投球練習をしていた。キャッチャーは野球帽にグルグル眼鏡をかけた少年―――神田カンタでピッチャーの方は30代前半位の右眼に眼帯をした隻眼の粗野な男だった。

「そんじゃあ、始めるぞ。準備はいいか?」
「OKでヤンス」
「いつでも来い」

バットを拾って、数日―――カンタの指導の下に野球の練習を始めたのだが、弱点がありすぎることが分かり、打撃のみに絞って鍛え上げようとバッティングセンターの一面を借りて、舷弥とカンタと舷弥の保護者である垣内善司は舷弥の打撃に関しても大きな弱点がある事が分かり、それを克服するべく練習していた。

ビシュ!!

舷弥は見事な素振りで風切り音を鳴らして打席に入って吼える。

「よっしゃ~!!来い!!」
「威勢だけは・・・いいじゃねえか!!」

第一球―――ど真ん中に向かって125㎞/h位の球が投げ込まれる。

「オラァ~!!」

タイミングもばっちり当たると誰もが確信するのだろうが、投球が山なりの弧を描いて曲がり、バットが空を切る。

ビシュ!!
バス!

「まずはワンストライクでヤンス!」
「だあぁぁぁクソ!惜しい!」
「全然惜しくねえよ!バットとの間隔が30センチ以上あいてたぞ!」
「ぐっ!」

舷弥は悔しそうにベースをバットで叩くが、垣内は無情にも現実を言って黙らせる。
これが舷弥の一つの弱点である。速球に関してなら150㎞/hオーバーでも打てるのに、変化球に関しては滅茶苦茶弱いのである。高校野球ではストレートよりも変化球を決め球している投手が多い。このままでは戦力にならないだろうが、逆に変化球が打てる様になれば超高校級のスラッガーになれると確信したカンタは社会人野球でも屈指の投手である舷弥の保護者である垣内善司に頭を下げて変化球を打つ練習をしているのである。
野球をする為に青道に行きたいと言うと前から野球を一緒にしないかと誘っていた舷弥は大喜びして、野球とは何かとどうでもいい歴史まで語り始めたのは別の話である。

「球が曲がるからって動揺するんじゃねえ!しっかりとボールから目を離さず球筋を見て、タイミングを合わせて振り抜け!」
「分かってらい!」
「その言葉は聞き飽きたから実戦で示して欲しいでヤンス」
「ぐっ!ぬぬぬぬぬ!」

正論である為に言い返そうにも言い返せずに呻く舷弥。気を取り直して第二球目に集中する。
垣内が振りかぶって投げる。

ビシュ!
バスッ!

再びど真ん中にカーブを投げ込むが、風切り音のみが響いて快音が鳴る事は無かった。

「堅くなってるぞ、肩の力を抜け!」
「分かってらい!」
「今日二度目でヤンスその言葉」
「よし!もう一丁!」

舷弥は再びバットを構えて、肩の力を抜いてリラックスすると、キャッチャーミットに目掛けて飛んでくるカーブを打つべくバットを振る、
だが、それ以後―――昼までこの練習は続いたが、当たる事はあっても快音が鳴る事は無かった。

「ちょうど十二時か・・・昼からちょっと仕事があるし、ここまでにするか・・・」
「オイラもずっとミットを構えて座っていたでヤンスから足が疲れたでヤンス」
「当てられる様になったのに、一本もでけぇのが打てなかったい」
「次は三時からだからな!それまでどうして打てなかったのか、しっかり考えておけよ!」

200球以上のカーブの連投で大汗を搔きながら垣内がバッティングセンターから出て行くと、舷弥も中から出てベンチに座って、どうして打てなかったのか考える。

(理由は分かってる。タイミングなどは確かに合っていた。だが、どうしても球筋がイメージしきれずにバットが空を切ってしまう。もっと球筋を見極めないとこのままじゃ打てない)
「はいでヤンス」

カンタがジュースを買って来て、舷弥に差し出す。

「サンキュー・・・・・・」

缶のプルタブを開けて、グビグビと顔を上に反らして勢い良く飲み始める。プハァーと気持ち良さそうに声を漏らすと熱かった体がひんやりとしてきて気持ち良かった。

「相変わらず化け物でヤンスね青峰君のおじさんは、昼からまだ投げる気でヤンスよ」
「本当だよい・・・あれで極道じゃなかったらプロに行ってたんじゃないのかい?」
「それだけの実力者でヤンスからね」

200球以上投げてもキレやスピードを一切落さずに投げられるスタミナに構えた所に間違い無く投げられるコントロール。145㎞/hのストレートに5種類以上のキレのある変化球。そのどれもが高校のエース級。

「今日中にカーブだけでも攻略してやるよい!受験勉強もちゃんとしているし、まだ高校に入るまで時間があるんだ。それまでに全変化球を打てるようにしとかねえとな。守備や送球に関しては・・・高校に入ってから何とかすらい」

高校入学の春まで後2ヶ月―――それだけあれば野球に関する必要な知識を覚える事位できる。

「まあ、大変でヤンスだろうけど、頑張るでヤンス。それじゃあオイラは家の手伝いがあるから三時にまたここに来るでヤンス!」
「毎度毎度悪いな。奈津姫さんにまたカレー食べに行くからよろしく言っといてくれい」
「よく食べて“カシミール”の売り上げに貢献するでヤンス!」

ニカッっと笑うとカンタは荷物を持って家に帰っていった。
カンタの家は商店街の中の店の中にあり、カレーショップを営んでいる。
種類も多く味も美味い為、多くの人が毎日やってきていて忙しいらしい。

「俺もちょっと時間が来るまで河原で素振りでもしとくか・・・・・・」

つい先日拾った木製のバットをケースに入れて担ぐと先日バットを拾った河原へと向かった。

♦ ♦ ♦

河原で頭の中についさっきまで投げられていたカーブをイメージして、バットを何回も振り続ける。
朝からずっと振っているが、疲れていてもそのスイングに衰える所は見れ無い。

「196!197!198!199!200!!」

目標の200フルスイングを終えて肩で息をしつつ、河原に寝転がって空を見上げる。

(そういえば、東京で見たあの日の空もこんなだったよな・・・・・・)

あれから1ヶ月と少し。野球に関する知識はゲームや本などを見て、カンタの指導下に練習してきた。自分にやる事は限りなく多い。変化球打ちに送球と守備。この三つが一番大きな課題だろう。いくら肩が強くても真っ直ぐ投げられなければ意味が無いし、いくら足が速くてもボールを捕れなければ意味が無い。おまけに自分の持ち味である打撃は変化球に手も足も出ていない。

(やるからには絶対に後悔なんて残したくない。絶対に結果を出してやらい)
「いつまで覇気の無い表情をして寝ている?暇なら河原のゴミの一つでも拾ったらどうだ?」
「うん?」

頭の中ではそう思っていながらも憂いの表情を浮かべて空を見上げていると尊大な口調で声を掛けられた声質からして女だろう。
体を起こして偉そうな声の主を見ると、そこには偉い美人の知っている顔があった。

「なんだ神条かよい!」
「なんだ私で悪いのか?」
「いや、別に・・・・・・」

尊大な口調で声を掛けてきたのは、寺坂中学校のすぐ近くにある誠陽女学院の風紀委員長にして、寺坂町の自治会会長を務める政治家みたな少女―――神条紫杏だった。
舷弥とは色々と縁あり知り合いである。
セミロングの茶髪のポニーテールにつぶらでやや吊り上がった目に化粧っ気の一切無い整った顔立ちをしている可愛いというよりも綺麗な印象の美人だが、生真面目で違反には容赦無く、天然でズレた考えをたまにするが、努力家で偉そうな性格をしており、舷弥の天敵でもある。

「それよりもだ。こんな所で寝ている暇があるのなら自治会のゴミ拾いを手伝え」
「何で俺が!「報酬は昼食に私の弁当をやろう」やらせてもらうよい!」
「うむ、その意気やよし!じゃあ、これを頼む。もう重くてしょうがなかったんだ」

そう言うとゴミがパンパンにたくさん入ったゴミ袋を二つ渡される。
受け取るとズシリと意外と重かった。

「手伝うのはいいけど、俺、3時から用事があるからあまり手伝えないぞ!」
「ほう奇遇だな。このゴミ拾いも3時までなんだ。後2時間もあるんだ。さあ、思う存分働くといい」
「・・・・・・分かったよい」

神条を始めとした自治会とメンバーと河原のゴミ拾いをする事になり、ゴミ袋の運び役として神条と共にゴミを拾い続ける。

「そういえばこんな汚い河原でなんで覇気の無い顔をしていたんだ?何か悩みがあるのなら聞こう。これでも聞き上手だ」
「野球を始めたんだけど、変化球が全く打てないんだよい」
「何だそんな事か」

道でもよさそうにあっさりと呆れた表情で言う神条に少しムッとなりつつも舷弥は話を続ける。

「そんな事かって・・・これでも真剣に悩んでいるんだい。タイミングも合っているのにどうも球筋が読めなくて、どうすれば打てるか考えてるんだい」
「私にとっては野球などどうでもいい事だ。考えても見ろ!ボールを投げて打って捕るだけで、社会には何も貢献していないではないか!たまにボランティアで働く選手もいるが、ほんの一握りだ。大体青峰もそう深く考える必要があるのか?ピッチャーがいくらキレのある変化球や魔球を投げようともストライクゾーンに入ってなければカウントされないのだぞ?曲がるという外見に惑わされているだけだ青峰はな・・・!」
「ぐっ!確かにその通りだったかもしれない・・・・・・」

今日の変化球打ちの練習でカーブの軌道しか見ていなかったような気がする。

「ほら、早く続きを始めるぞ」
「・・・・・・神条」
「ん?なんだ?腹が減ったのか?もう少しだけ待ってくれ」
「ありがとうよい。何か確かにそう言われたら打てる様な気がしてきたよい」
「んな!?わ、分かればいいのだ。さあ、さっさと続きを始めるぞ!」

素直に礼を言うと赤面する神条を見て、舷弥は神条が照れる意外な一面を初めて見て可愛い所があるじゃないかと思ったが口に出さなかった。
その後―――神条から弁当を貰って食べて、ゴミ拾いを3時まですると自治会と別れて再びバッティングセンターへと向かった。
するともう既にマウンドとキャッチャーに垣内とカンタがいて、ピッチング練習をしていた。

「遅かったでヤンスね」
「ようやく来たか!何で打てなかったのか、分かったのか?」
「多分」

バットケースからバットを出して、左打席ではなく右打席に入って軽く数回素振りをする。ゴミ掃除などで疲れているが、スイングに衰えは無く。マウンドのピッチャーが逃げ出したくなる様な風切り音を鳴らす。舷弥は日本人でも珍しい両利きでどちらでも打つ事が出来る。長打力では左に僅かに劣るが、打ち易さでは右の方が優れていた。

「よし来い!!!」

垣内が振りかぶって投げる。午前とはまったく違い、右打席に立つ舷弥に一直線に飛んでくるが、舷弥は集中してボールを見据える。

(確かにこのまま行けばデッドボールだろうが、ここから垣内のカーブは大きく曲がる。ベースの近くまで来た瞬間が勝負)

舷弥の想像通りにボールはバッターを避けてインコースに抉り込む様に大きく弧を描いて曲がりだす。

(予想より曲がりが大きいが、どんなに曲がろうとストライクゾーンを通る。通りかけるその瞬間をミートすればいい)

カーブがストライクゾーンの射程内に入った瞬間。

(勝負だ!!!)

バットを振り抜く。バットとボールの軌道良し。タイミング良し。体の重心運動や腰の回転も良し。ここまで引き寄せれば普通は振り遅れるのだが、舷弥の並外れた目では追いきれないスイングスピードは見事にカーブを捉えた。

バコーーン!!

快音を鳴らして打球は見事にピッチャーの頭上を大きく超える目にも映らない程の打球スピードのライナーだった。そのまま高く舞い上がり、打球はバッティングセンターの最深部の金網を大きく凹ませて突き刺さった。

「おっしゃ~!!!」
「おお!?ナイスバッティングでヤンス!!」
「おいおい何て破壊力の打球だ・・・金網に突き刺さるなんて始めて見たぞ」

舷弥の並外れた破壊力のバッティングにカンタは両手を上げて喜び、垣内は冷や汗を流していた。

「よし!次は左でも打てるようにしねぇとな!」
「次以降でヤンス!!」
「調子に乗るなよ!次は全力で投げるからな!」

打たれて調子に乗るガキ二人を睨みつつ,垣内は左打席に入った舷弥にボールを振りかぶって投げた。
バッティングセンターに次々と快音が鳴り響く。
この日―――舷弥は色々な種類の変化球が打てる様になり、バッティングセンターの金網を張り替えなければならないほど、破壊しつくしたという。 



[19690] 第四打席 青道高校入学試験前日
Name: 凡田◆c1942bc0 HOME E-MAIL ID:ffcb8f4a
Date: 2010/06/23 18:04
青道高校入試前日を控えた舷弥は勉強の最後の仕上げに、商店街にあるカンタの母が営むカレーショップ“カシミール”で沢山の青道高校の歴代入試問題集を眉間に皺を寄せて解いていた。

「・・・・・・よし!出来た!!」
「どれどれ・・・オイラが採点してやるよ」

問題集を解き終わって、舷弥は椅子にぐったりともたれかかると、カンタは問題集を取り上げて目に通す。

「う~ん・・・平均80点か・・・意外と解ける様になったな」
「自治会の事務所に出向いて神条に頭を下げて教えてもらったからな」
「けど、数学が意外と悪いぞ。43点は無いと思うけどな」
「しょうがないだろ。元々将来に役に立ちそうに無い事は覚えない主義なんだから」

元々学校で教えてくれるのは将来そんなに役に立たない事の方が多い。英語や科学など、そういう専門の仕事に付くならともかく、歴史とかはそんなに必要な事では無い様な気がする。

「そう言えばお前、ヤン「はい!!次の問題だな!!」」

「ヤンスはどうした?」と聞こうとしたら遮る様に新たな問題集を舷弥の前に慌てておくカンタ。そんなカンタの不審な行動に舷弥は疑問符を頭の上に浮かべる。
するとカンタが耳元で理由を呟く。

「ヤンスと言うと母ちゃんが「変な言葉遣いはやめなさい!」って怒るんでヤンス」
「そうなのか?てっきり俺と同じで無意識に付けていたんだと思ってたぞ」
「そうでヤンス。それにヤンスはオイラにとって親しい人間にしか使わないオイラにとって友好の印でヤンス。知らない人間相手や真面目な時や野球に関する真剣な時はヤンスは付けずに普通に話すでヤンス」
「はあはあ分かった。っていう事は俺の事は親友だと思ってくれてる訳だ」
「ワハハハハ!当然でヤンス、親友」

ポンと舷弥の肩を叩くとカンタは店の手伝いの為に厨房の方へと戻っていった。
国語、数学、社会、英語、理科の順で問題を解いて、全てが解き終わる頃には正午になっていた。

グウゥゥゥゥ!

お腹の音が鳴って、小腹が空いてきたと思い舷弥は答え合わせをしていた手を止めて、問題集などを片付けて立ち上がると、テーブル席からカウンター席へと移動をしてカレーを注文する。

「奈津姫さん!カレーの特盛りを一つお願いします!」
「分かったわ!今持って行くから少し待ってね!」

昼食時である為、“カシミール”の中は常連の人で埋め尽くされていた。
地元の野球チームや会社員を始め、商店街の会長など知っている顔が多く。どれだけ“カシミール”のカレーが美味く、地元の人に愛されているのか客の数が物語っている。

「はい!カレーの特盛りね!」
「ありがとうございます!」

注文してすぐにカンタの母である神田奈津姫さんが、カレーが山の様に盛られた大皿を持って来た。
セミロングの黒髪の首辺りで一本結びにした優しげな美人で15歳の子供がいるとは見えないほど若々しく見える。白いティーシャツに黒のロングスカートと赤いエプロンがよく母という言葉が相応しいほど似合っている。
夫が他界して以来―――カンタを商店街の人達の力を借りながらも女手一つで育ててきた凄い人でもある。その美貌から今でも多くの人達に再婚したらという声が上がっているらしいが、本人は頑なに断っている。
何でも話が挙がるたびに「私が人を好きになるのは二度目で最後」だと決まり事の様に言っているらしい。
余談だが、初めてカンタと奈津姫の親子が舷弥を見た時にものすごく驚いていたのを舷弥は覚えている。何でも舷弥は昔居候していた浮浪者にそっくりらしい。

「いただきま~す!」
「ゆっくりして言ってね」
「もちろんですとも!」

出された特盛のカレーをスプーンですくいながら口に勢いよく運んでいく。
この勢いだと完食するのも時間の問題だろう。

「ふぅ~よく食った!」

特盛カレーを二杯食べて満足そうにコップの水を飲んで、くつろいでいると、“カシミール”に見知った顔が入ってきた。
セミロングの茶髪のポニーテールに吊り目の誠陽女学院の白いセーラー服を着た美人―――神条紫杏である。

「おお!珍しいな神条がカレーを食いにわざわざここまで来るとは!」
「お前は私を何だと思っている?カレーなんぞ、家で作った方が安上がりで済むが、今日は自治会に向かう途中で手軽に食って済ませようと思っただけだ」

尊大な口調でそう言うと神条は舷弥の隣に座る。

「カレーの普通盛を一つ」
「分かりました」
「何で俺の横に座るんだよ?」

嫌そうな顔でそう言うと神条はいつもの仏頂顔で水を飲みながら言う。

「いいじゃないか、同じ青道高校を受験するのだ。それに聞きたい事もあるしな」
「!?。何で俺が青道を受験するって知ってるんだよ!?お前はエスパーか!?それとも地球侵略に来た宇宙人か!?ってお前も青道ってどういう事だよ!?」

一度に色々な疑問が浮かび上がって、色々と混乱して訳の分からん事を口走る舷弥に神条は一つ溜息を付くと言い聞かせる様に説明していく。

「前に野球を始めたと言っていたな?それとお前の鞄から青道高校の問題集が見えている。それだけだ・・・私が青道を受験して何が悪い?私が何処を受験しようと私の勝手だろ?おまけに私は寺坂市にとある私的な事情で親元を離れて一人で通っているだけで、私の実家は東京の国分寺市の青道高校の近くだからだ」
「・・・・・・ああ、そうかい」

舷弥は頭を抱えて、カウンターに突っ伏せる。神条は舷弥にとって色々と弱みを握られている天敵である。それが、同じ高校を受験するとは全く思っていなかった。

「私からもいくつか質問がある?聞いてもいいか?」
「なんだよ、答えられる事なら答えてやるぞ?」

何を聞かれるのか、不安に思いつつもそう言うと神条は質問していた。

「青峰は、いつものふざけた口癖で「~い」を付けていたが、どうしたんだ?」
「ああ、あれは今まで無意識で別に直す必要なんかないと思っていたけど、先生との面接のテストで、「そのふざけた口癖を直さないと将来苦労するから直せ」って言われたからな。別にポリシーも何も無いし、邪魔になるならもう言わない様に心掛けている。どう思う?」
「なぁに・・・違和感があるがじきに慣れるだろう。お前の無駄な個性が一つ減ったんだ。おめでとう」

祝う様に神条は水が入ったコップを持って、舷弥のコップにチンと軽く当てる。

「それと、これが一番重要な質問だが、どうして野球を始めて名門の青道を選んだんだ?楽しくやるならその辺の高校を受ければいい。わざわざ3年間野球漬けの日々を送る必要も無いと思うがな」

神条の言う事はもっともである。今まで野球をしてこなかった未経験者が、名門に行くなんて3年間を棒に振る様なものだろう。それでも舷弥の気持ちが変わる事は無い。

「この青道高校の練習を見学して、俺もあんな風に高校3年間全てを賭けられる位に打ち込んでみたくなったからかな・・・それと、一番の理由はこの数ヶ月で野球を好きになってしまったからだな。もっと上手くなりたい。だから最高の環境で練習をしたい。スカウトの人が言っていた事がなんとなく分かる様な気がする」

神条に嘘偽り無く自分の想いを伝えると神条はふっと口許に笑みを浮かべる。

「・・・・・・それなら私から言う事は何も無いな。これも何かの腐れ縁だ。お前とは不思議な縁を感じるぞ。恐らく前世ではお互い命を狙い合う仇同士であったに違いない!」
「・・・どうせなら、もっとマシな前世を想像してくれ・・・なんか嫌だ。まあ、でもその前世に免じて数学を教えてくれ!」
「ああ、悪いな。私は前世とか信じない性質でね。さっきのは、言って見ただけだ。まあ、少し位ならいいだろう」
「サンキュー!また今度自治会を手伝ってやるよ!」
「それは青道に合格してから言う事だ」

それから神条に色々と勉強を見てもらった。カンタからの視線が痛かったが無視した。

「青峰君めぇぇぇ!!オイラを差し置いてあんな美人と知り合いになっていたでヤンスか!?」
「カンタ!!あんたまだ、その変な言葉遣いしてたのね!!」
「うっ!?しまった思わず!」
「ちょっと来なさい!」

店の奥からバチンという音が聞こえた様な気がしたが、舷弥は勉強に集中する事にした。

そして、青道高校入学試験の日を迎える。

♦ ♦ ♦

東京に着いて、青道高校に向かうバスに乗り込んで青道に向かおうと思うのだが、運悪く席が全て受験生で埋まっているみたいだった。

「しょうがねえ、タクシーでも拾うか・・・」
「だったら僕も一緒に乗せてくれないかな?」
「うん?別いいぞ」

少々高く付くがしょうがないと溜息を付きつつ、タクシーを止めて、乗ろうとすると声を掛けられ、振り向く。そこにいたのは細身の身体に覇気の無さそうな優男が立っていた。

「へいっ!!タクシー!!!」

叫んで両手を振って全力でアピールをすると、タクシーが目の前で止まるが、助手席に座っている人間を見て思わず固まった。

「青峰か・・・バスを乗り過ごしたみたいだな。乗せてやるから早く乗るといい」

そこにいたのは神条だった。何で神条がと思ったが、そういえば同じ高校を受験するんだったなと思い出す。

「悪い!恩に着る!ついでにこいつも乗せていいか!」
「いいが・・・誰なんだそいつは?」
「そう言えば、お前誰なんだ?」
「君達と同じ一般受験者の古谷暁(ふるや さとる)」

それが、後の青道一の豪腕投手―――古谷暁とのファーストコンタクトだった。


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