[332] 初夏の夜半の浅き夢 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/06/06(Fri) 01:34

久しぶりの恋心が、一回り年上の上司とは…
ボーイッシュ、亜麻色のロングヘア、薄い胸板、
白い八重歯、
明るく優しい、純粋な人。
子持ち、夫あり。

どがんしたらよかですか。

ドン・ジョバンニならスタコラサッサだろうけれど。
口説き文句の一つもない。

ああ、報われない未来。
救われない過去達。

天災的な、(夫が逝去するか、家庭内に悲劇が起こるか
ドラスティック・ドメスティック・ドラマティックな
事柄を要する事柄だな。

こんな「恋」ばかりなので、疲れ困憊するのだな。

柳美里を恨む。こういう発想、いうなれば性癖、
根源的欲求を指し示したのは、彼女ではないか。

40間近の、子持ちボーイッシュ人妻に
恋心を抱くなんてね。

世間がゆがんでいるのか、ぼくぅが倒錯的なのか。
性愛に偏っているのか、物語に酔っているのか。
どちらにせよ、肉体に到達せねば、単なる妄想に終わる。
かといって、実在を獲得しようと思えば、
「犯罪者」になるのだろうか。

このふたりが結合できることはあり得るのだろうか。


[331] 未読の漱石、読みかけのカフカ 投稿者:ふうこちゃん。 投稿日:2008/06/01(Sun) 22:39

柳美里本全部捨てるぞ
宮台真司中心主義から脱却するぞ
読まない文庫本廃棄するぞ
読んでない単行本廃棄するぞ
書痴にはならないぞ

ふうこはふうこだぞ

脱皮するが如く、読書遍歴も脱ぎ捨てるぞ

デカンショだ、デカンショ

生きてる作家は読まないぞ
死んですぐの作家は読まないぞ

ベストセラーは買わないぞ

オナニーは控えるぞ

島田は、
島田雅、。
島田雅…
しま、だま、さひ

ぴー。

人生はあなた様のものでございます。


[330] 読みかけのカフカ、未読の漱石 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/05/31(Sat) 23:32

症例1 柳美里に於ける「珍念」の概念が漸く分かった。
   しかし、彼氏だとは恐れ入った。
   ふうこより若い人ではないか。……
   二十四歳の頃、一回り上の柳さんと付き合うことを
   結構に思い描いていた。

症例2 川田亜子の死。
    生きている意味を母親に問う、人生について考える、
    答えとして人生は無常だと結論する。
    「意味がないから良き生を生きられないのではなく、 
     良き生を生きられていないから意味を問うのだ」
     (宮台真司引用のニイチエ)
   彼女は宮台信者ではなかったか……世代的には合致する。

満たされないココロとカラダ

汚れた
歯と
肌と


読みかけのカフカ、未読の漱石。


[329] 無題 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/05/27(Tue) 21:41

フクダカズヤの場合は〜♪
ほんとうにおデ×さん (『国歌・トントンカツカツ、
                    トンカツカツ』)

トンカツ大盛帝国総統:福田☆和也

大盛帝国憲法第九条:陸豚・空豚・海豚、その他の豚は
          これをトンカツの他調理しない
    (第二項):国の好青年はこれを見縊らない

大盛トンカツ教(国教):避妊時は、豚の腸を使用する

総統の主な著作(国民必読):『わが豚カツ』(トンカツ文庫)
同上   プロパガンダ映画:『トンカツ大盛平らげろ!!』

国民作家:島ンチュ・雅チューセッツ
     『トンカツとタレと、ヴァタシ』で
     第一回トンカツ列伝大賞受賞

戦時標語:トンカツだけはほしがります!!

伝説の歌姫・美味ひばり:『タレとトンカツと、ヴァタシ』
      第一回ハムカツレコード大賞受賞

      


[328] 無の自然 投稿者:コウジ 投稿日:2008/05/27(Tue) 16:37

カントは哲学体系を完成したがゼロ記号などの残余を物自体とし、経験では認識出来ないと言った。それと同じようにヘーゲルも哲学体系を完成せたがそれでもまたゼロ記号のように全体を鳥瞰する概念を絶対精神とした。
日本では無が生成することを自然と呼んだ。その自然はグローバリゼーションの只中でも顕在化している。西欧ではディコンストラクションが正常に機能するが日本では無の自然でディコンストラクションが正常に機能しない。


[327] Re[325]: 無題 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/05/25(Sun) 22:38

実は、裸眼で1.5です。しかし、軽い老眼の傾向があります。まだメガネは使っていませんが。数年のうちに、必要になるかも。


[326] 無題 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/05/25(Sun) 16:48

殆ど意味がない生命
未だ無意味な生命
今し方意味が殺がれた生命


[325] 無題 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/05/21(Wed) 20:22

姜尚中のサイン会に行こうか……
おばさま連の天下国家論を聞きながら順番を待つのは苦痛。
でも、人生論だし、サインほしい。

姜くんも、よしりんも、浅田彰も
めがねが細くなりましたね―――この十年で。
時流を読むのが早いわけだ。
(浅田彰は顔の半分ほどのでっかいあのメガネのほうが
 似合ってる。いまは、犬に見えるんだ)

秋介さんの黒縁眼鏡がいちばん恰好いいけれども。

今晩の和也は、なぁー――に??
和也がまだ食べてるでしょうがぁー――…


[324] 島田なんて知らないよ 投稿者:コウジ 投稿日:2008/05/17(Sat) 12:50

フーコーの「言葉と物」は十九世紀に言葉で物を表象できるようになったということですね。
僕もそろそろニート状態から抜け出し、働こうと思っています。そして東京に行く。
宮台は意味から強度とか言っているけれどアホか・・・


[323] 安吾なんて知らないよ 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/05/15(Thu) 22:22

ちょっと五月病入って来ましたね。
気候変動によって体内が撹乱されてます。
気がつくとぼぉーとしている。

食欲・性欲ともに減衰。
本は堆積するばかり。

【和也に纏わるエトセトラ】
ヘタな鉄砲、和也にゃ当たる!
♪福田和也の場合は本当にお××さん☆★★☆

『思想地図』いまだ手にしておらず……

結局、春樹の新刊買うんだろうな、ぼくぅは。
俗物だ、俗物だ、俗物の池田田吾作だ。


[322] Re[320]: 無題 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/05/11(Sun) 21:10

> >グールド
> そっちか…『ダーウィン以来』の方かと思ってた。
>

ダーウィンも良かったですね。変人万歳。


[321] 無題 投稿者:コウジ 投稿日:2008/05/11(Sun) 14:51

政治的立場は対立である。今が右、左の立場で実践しなければならない、格差、環境問題。しかし八十年代に流行した脱構築は批評と同じく社会にも繋がり、そして世界とも繋がっているという危うい立場。
今という時代はローカルであり、そしてグローバルでもある。そのせいで脱構築は力を失い、俺は政治的立場で行動する。


[320] 無題 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/05/09(Fri) 20:46

>グールド
そっちか…『ダーウィン以来』の方かと思ってた。

見沢知廉『愛情省』(作品社)
島田雅彦の帯、知廉さんの遺作。
読むとページが減っていくのが惜しく
精読する。それでも読めば減るのね。

ぼくらは、準「天皇ごっこ」ごっこくらいはできてんだろうか。

狂気せよ!!と、知廉がいう。
諒とせられよと、淳がいう。

みんな、どこへ、いった、


[319] 文学界 投稿者:コウジ 投稿日:2008/05/08(Thu) 17:25

昨日発売の「文学界」の新人賞を読んであれっと思った。俺の前の作品と文体が酷似している・・・しかし俺の今の文体はその作品とは違う。進化している。
フロイトは無神論でユングは超越論者だ。今の論壇のタームだとネオリベラリズムとか、公共性とかが言われている。俺と同じ世代の思想家が難解な議論をしている。しかし公共性とは同じ風景を共有しない他者たちが交通する場であるとわかる。


[318] NHK知るを楽しむ 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/05/06(Tue) 21:35

今夜から、『私のこだわり人物伝』でグレン・グールドが取り上げられますね。

彼の演奏は、私も好きで良く聴いています。


[317] たとえばぼくが紙魚ならvol.011 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/05/01(Thu) 21:05

東大はすごいです。
宮崎哲弥ですら、落ちたんだから…(笑)

続き、
C広島東洋カープを熱心に応援する
D無党派層宣言する。ここに来ての棄権を断行する
Eむかしの彼女の写真を全て!捨てる


[316] 新たな言説 投稿者:コウジ 投稿日:2008/05/01(Thu) 16:53

ようやく今の時代の状況を哲学化することに成功したような感じがする。闇一元論、現代思想の終わり、オタク文化、インターネットなど。東京大学から出版している雑誌、「表象」のテーマがポストヒューマンだ。その先駆いっていたのが東浩紀の「動物化するポストモダン」だ。やっぱり東京大学ってすごいな。


[315] たとえばぼくが紙魚ならvol.010 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/04/30(Wed) 20:25

今年の予定
@このまま今のバイトを継続する
A新人賞に適時、応募する
B買ったままで、寝かしてある書籍を片付ける


東浩紀・北田暁大編『思想地図』を買いに行き
品切れでがっかりする夢を見る。
そんなことくらいしか欲望していないのかと
少し落ち込む……

大学時代の同人誌を読んでいたら
とてもいい作品があって
よくよく見ると、自分の執筆したものだった。
(迂闊というか、間抜けというか、御目出度い…)


[314] たとえばぼくが紙魚ならvol.009 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/04/20(Sun) 19:38

脱ニート(だからどうしたという声が聞こえるが)。
仕事をはじめ、ボランティアも続け
文化活動もする。

孤独に耐えられない。
退屈に耐えられない。

だから、人は恋愛をし結婚をする。
子供を産み、守らなければならない存在を作る。
こうなると、問いは消滅する。
意味も無意味もなくなる。
自ら封建的な「戦争」へと駆り出すのだ。

それでも人生はたいへんなのだろうが、
実存の不安は拭われ、自同律の不快は滅する。
殺すべき敵がいるように、戦うべき戦場があるように
やらなくてはならない諸々の段階が生じる。

それが、人の営み…なのだろうか。

ああ、君もまた、恋愛の果てに結婚を認め
自分が自分であることの出来る私有空間を設け
生命を続けるのだな。

ぼくは、多くの中の一つから、周辺の外側へと
つまり、君の意識の外へと行ってしまうのだ。

益々、戦争と待望する。


[313] 構造と力 投稿者:コウジ 投稿日:2008/04/13(Sun) 16:16

僕は哲学書を読むのは一時中断します。僕の小説が出版に採用されれば小説家、されなければ哲学者ということにします。五年位前だとすぐ古本屋に売ってましたが今はアパートのダンボールに入ってます。ふうこさんは浅田氏の「構造と力」を読んでいるですか。あれは名書です。現実に今も売れています。それとならんで中沢氏の「チベットのモーツアルト」もニューアカブームで売れました。ベイトソンについて言えばダブル・バインドが有名ですがデリダがそれについて言ってます。「あれは狂気です」と。木村敏はダブル・バインドを「間」と言ってます。とにかく僕は今、小説採用を願っています。では。


[312] たとえばぼくが紙魚ならvol.008 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/04/12(Sat) 00:47

『構造と力』読んでます(笑)

ベイトソン『大衆プロパガンダ映画の誕生』を読了。
「ヒトラー青年クヴェックス」なんて観る術がないが
クライマックスが頭の中に浮かび、陶酔しそうになった。

ナチ批判本を読むにつれ、ナチにひかれるのは何故……

大学の時、哲学科の教授が
「フランスに哲学はない」と講義の度に叫んでいた。
おフランス万歳のぼくへのあてつけだと思っていた。

「フランスに哲学はありません。文学と思想はありますけれど。
 哲学はないんですね」
【思想で充分じゃないかぁ】と叫びそうになったが、
ぼくの無知ゆえ、教授の意とする所が理解できないでいる。


[311] ドゥルーズ、デリダ、フーコー 投稿者:コウジ 投稿日:2008/04/11(Fri) 14:05

「アンチ・オイディプス」の他にも「エクリチュールと差異」、「グラマトロジーについて」、「来るべきデリダ」、「言葉と物」、「全体性と無限」、「存在の彼方へ」、「否定弁証法」、「崇高なイデオロギーの対象」、「否定的なるものへの滞留」を今年中に読み、論文を書く。


[310] ヤポニカ 投稿者:コウジ 投稿日:2008/04/10(Thu) 11:37

ジル・ドゥルーズ「差異と反復」読破、次は「アンチ・オイディプス」。


[309] フィロソフィー 投稿者:コウジ 投稿日:2008/04/07(Mon) 12:33

僕の哲学の思考パターンを書きます。まず共同体の人間は今(時間)、ここ(空間)で生き、自我と対象的事物、つまり主観と客観で生きています。しかし共同体の境界で差異に触れると今、ここと自我と対象的事物が破砕され超越から内在に移行し、外部(無限)が入り込みます。共同体で安心していた時の(有限)が消え、強度の力(非日常)の様相に変化します。ニーチェとスピノザは内在的な力であり、ヘーゲルとライプニッツは無限大と無限小の弁証法である。もう一つあります。記号論(二元論)から一元論へというもの。記号論は不気味なものが共同体に進入し、共同体を活性化します。つまり内と外ではなく、差異に触れ、永遠に思考するという一元論が哲学の理念です。


[308] たとえばぼくが紙魚ならvol.007 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/04/06(Sun) 22:35

「未来は信じないけれど、一般論には耳を傾ける」

本(小説・読書・文学)とは何か。
【抗不安薬】であり
【抗鬱剤】であり
【睡眠導入剤】である。

名刺であり、ハンケチであり、身分証明書である。
もう一つのぼくであり、二人目のあなたである。

水と煙草と本がなければ
ぼくは冷や汗と悪寒と不安感が拭えず
希死念慮に打ち負け
カーテンを洗うこともない

君に会いに行くための地図で
そのために乗る列車の切符で
愛を伝えるラヴレター……

本が宇宙で、真理なら
ぼくは逃げ惑う紙魚に他ならず

日本の本は、本の本。
文章読本・人生読本の本。

本日日本の本は、ブックオフ等悪党によって
右へ左へ、積み重ねられ
本来の良書は値段がつかないといって古紙回収に……
中国共産党のチベット文化殲滅に似た
合理主義の野蛮なる徹底が
人間から人間を奪っています。

リサイクル型大型古書チェーン店は本を人質に立て篭もり
帯と栞は引き千切りられる。
とどめおかまし 古書愛好心……

アウシュビッツ―中国共産党―ブックオフ!!

ナチ戦犯を追え
チベット民族を守れ
そして、ブックオフから本を救え


[307] 無題 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/04/04(Fri) 22:38

書店にて『早稲田文学』第一号を見ました。
ロヴ=グリエ特集と島田氏論文で欲しかったけれど
千円は高嶺の花。
グラビア?!が川上未映子氏。
小説書け、小説を。文章で表現して下さい。ったく。

わたしはリハビリテーション中です。
社会復帰、というか体力と集中力つけてます。
仕事できたらいいけれど、まだまだ先の話(だと思う)。
女の子に
「わたしは一人暮らしをして一人前というのが持論」
といわれて、ニート満喫宣言を撤回。
俄か社会参加志望へと移行中……
(女子に言われて行動様式を変える前思春期モードです)

老人ボランティアにいって
あとは、読書と執筆です。

時々、どうしても死にたいと思う時がある。
殆どが疲れているときで休息すると馬鹿げていると気づくが
疲れがとれず、慢性疲労が続くとどうなるか知らない。
自己管理したい。

仕事は何をやっても大変。何でだろう。
と思うのがおかしいといわれる。


[306] 理念(ロゴス)=力 投稿者:コウジ 投稿日:2008/04/03(Thu) 16:17

俺は早稲田文学に応募しましたが落選しました。近い内に持ち込んだ小説が採用されるか・・・
ふうこさん。真理や世界は無限です。しかし哲学ディスクールでいうと非真理や普遍としての世界性です。その点、デカルトの自我と神ではなく、スピノザの神即自然でしょう。俺は出版社の連絡を待ちつつ、ドゥルーズの「差異と反復」を読んでいます。俺はニート病に感染してて働きたくはありません。それで物書きになろうとしています。ふうこさんはどうですか。


[305] たとえばぼくが紙魚ならvol.006 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/04/03(Thu) 11:07

2ch「新潮」版を見ながら、微笑みつつ、次へ進む。
「群像」「三田」の新人賞が決まった。
予選通過していますでしょうか。
そして、また次へ行く。
春ですから……

今月の必読、或いは即買いアイテム
一、東浩紀編『思想地図』
二、西尾幹二「三島由紀夫論」(仮)

昨年の前田愛以降、「構造」「機能」エトセトラについて
思いを巡らせているが
吉本隆明・柄谷行人・蓮実重彦エトセトラから
考えることは多い。
何処までいっても「言葉」であるが
であるが故に
紡いでいかなくてはならない。

福田和也はある意味で
詩、である。

麻雀を始めた。
阿佐田哲也『麻雀放浪記』を買い揃える。
(柳美里は関係ない…と思う)

今回はいけるんじゃないかと少し強く思う。


[304] Re[303]: 無限の闇 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/03/28(Fri) 23:25

> 哲学では無限の闇、有限の光という概念があります。

この概念は「真理」とか「世界」に置き換え可能ですか。
仮にそうすると
ファシズム・戦争は
文学者(哲学者)にとって
「真理」「世界」への契機を
阻害するものとして機能するということでしょうか。


[303] 無限の闇 投稿者:コウジ 投稿日:2008/03/28(Fri) 12:20

共同体の外部とは外国のことではない。哲学では無限の闇、有限の光という概念があります。それは目には見えません。その外部を内に持っているのが哲学者や文学者です。それが共同体の外部です。そしてディコンストラクティブ(批判)によってトポスの外部が顕在化します。


[302] Re[301]: 無題 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/03/25(Tue) 20:16

> 哲学者、文学者とは共同体に拮抗するものです(意識的ではなく)。

それは、共同性にスポイルされない為ですか。
それとも、全体性の希求でしょうか。

内部を批判するのはわかります。
しかし、それで外部へいけますか。
果たして外側はありますか。

春の陽気と締め切りに追われて、
凶気の桜が咲き乱れそうです……


[301] 無題 投稿者:コウジ 投稿日:2008/03/25(Tue) 13:56

哲学者、文学者とは共同体に拮抗するものです(意識的ではなく)。


[300] イデオロギー 投稿者:コウジ 投稿日:2008/03/24(Mon) 15:26

哲学者、文学者にとってファシズムや戦争は絶対に避けなければなりません。国家イデオロギーやナショナリズムや全体主義のその根幹を絶望のような批判で無化しなければなりません。


[299] Re[297]: ・・・ 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/03/23(Sun) 15:26

> ふうこさんへ。
> だって今の思想の現状は東浩紀の「動物化するポストモダン」ですよ。あの中ではっきりと今という時代を生きることは多重人格と言っているじゃないですか。あと哲学の武器の「懐疑」はもう現状が超越的根拠が失い、共同性を失った共同体でどのようにすれば可能なんですか。批評ももう不可能で、あとは哲学ではなく科学ですよ。

ファシズムは無理ですか?日本にそんな芸はないか…

単純かつ熱烈に日本の「改憲」に期待しています。
いまの日本にとって「戦争」は「超越項」になりえませんか?


[298] 無題 投稿者:コウジ 投稿日:2008/03/22(Sat) 12:11

ふうこさんへ。
わたしの哲学魂に火を点けましたね、・・・
働きなくね〜(ニート病なんで)、やっぱり俺の哲学原稿出版社に採用されて哲学者になるドー!


[297] ・・・ 投稿者:コウジ 投稿日:2008/03/22(Sat) 11:59

ふうこさんへ。
だって今の思想の現状は東浩紀の「動物化するポストモダン」ですよ。あの中ではっきりと今という時代を生きることは多重人格と言っているじゃないですか。あと哲学の武器の「懐疑」はもう現状が超越的根拠が失い、共同性を失った共同体でどのようにすれば可能なんですか。批評ももう不可能で、あとは哲学ではなく科学ですよ。


[296] Re[295]: ・・・ 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/03/21(Fri) 16:33

> ぼくは哲学と文学を捨ててもいいもん。だってWEBやグローバリゼーションで哲学と文学終わっているんだもん。あと売れないし。今やケータイ小説や書き込み哲学ですね・・・

いいじゃないですか。売れなくても、終わっていても。
もちろん、新人賞とれたらそれこそ、
ぼくは嬉しさ余って気が触れるでしょうけど。

ぼくにとっては、哲学も文学も親密圏に属していています。
個人的で、非普遍的な領域です。いまはそんな位相です。

日本が滅んでも、日本文芸は不滅である(福田和也)
小説が売れなかろうが、文学が終わっていようが、
ぼくのなかでは、いま始まったばかりです。


[295] ・・・ 投稿者:コウジ 投稿日:2008/03/20(Thu) 15:25

ぼくは哲学と文学を捨ててもいいもん。だってWEBやグローバリゼーションで哲学と文学終わっているんだもん。あと売れないし。今やケータイ小説や書き込み哲学ですね・・・