[294] たとえばぼくが紙魚ならvol.005 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/03/19(Wed) 23:18

電車内の会話、憂国ひとりごち。

女「花粉症なんじゃなーい?」
男「そうかな」
<略>
女「桜って花粉あるのかな?」
男「多分、ないと思う」

あ、あ、あります…よね―――…
ないと、桜咲きませんもの。

フィクションの負け、貴方達の勝ち。


[293] たとえばぼくが紙魚ならvol.004 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/03/18(Tue) 23:31

たとえばぼくが紙魚なら
指先で撥ね飛ばしてくれろ
楽しくなくても
ぼくをみて
逃げるなんて
そんなものだと
しってみるもいいだろう


[292] たとえばぼくが紙魚ならvol.003 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/03/07(Fri) 23:02

『歩き出した偶像、或いは惑乱するフェティッシュ』

サイン本がここに三冊ある。
島田雅彦『彗星の住人』(新潮社)
西尾幹二『西尾幹二の思想と行動@ヨーロッパとの対話』(扶桑社)
姜尚中『愛国の作法』(朝日新書)

先生の無限カノン三部作は、死ぬ前にもう一度読みたい作品。
セリーヌ『夜の果ての旅』とどちらかひとつを選べといわれると
迷ってしまう。
サイン会には友人が赴いた。都合が悪くいけなかったのだ。
みんな忙しかったりして三人目にOKをもらった。
彼女曰く「めちゃくちゃ男前やった」…
先生には優しく握手をしてもらったみたいで、羨ましかった。
女性が差し出した紙には男性の氏名が記されていて、
それを見ながらサインする先生はどんな顔してたのかしら。

先生がヴァタシの名前を書いてくれた。
多くのなかの一つだけれど、
ヴァタシの名前の書かれた『彗星の住人』はただひとつ。
一時期それをじっと、ずっと眺めていたが、飽きなかった。
いまも時々本棚から取り出して、確認する。
そして、丁寧に収める。

サイン会に行ってくれた友人とは疎遠になり、噂も聞かない。
だが、『彗星の住人』には、彼女も住んでいる。
本を手渡してくれた時の彼女の笑顔は忘れられないのだ。


[291] 感謝 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/03/05(Wed) 18:04

なかなかレスできませんが、どんどんやってください。>ふうこさん

他の来訪者を手ぶらで帰らせてしまって申し訳なく思っています。公序良俗に反しない限り、なんでもありの広場です。

誰かを排除することはありません。


[290] たとえばぼくが紙魚ならvol.002 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/03/04(Tue) 02:33

『ヴァタシの偏向、「転向」するアイドル』

以前、ゴールデンタイムの討論番組で、「ニート」特集を
していたのを見た。「極左」お笑い芸人は「弱さ」について
いつも思慮と懐の深さを見せてくれている。

ほしのあきがいう、「ニートのひとって、理屈しか言わない」。
「ニート」から「理屈」をとったら何が残るのだろう。
ほしのあきは、誰の購買意欲でのしあがったのか。
「ニート」「社会的ひきこもり」等の性的弱者ではないのか。
媚びろとはいわないが、せめて彼女の口から、
「わたしは、がんばっているひとがすきだ」というような
前段の「正論」より、「エール」でもあればよかった。
そして、その方が彼女を支えてきた諸君を「裏切」ることも
なかったであろうと思う。
「正論」と「暴言」で、のしあがるアイドルが跳梁しているが、
いくらヴァタシがマゾヒズムを志すとて
そんなことをアイドルがいうのは、極めて時代的ではあるが、
どこか虚しさを感じる。アイドルは何もいわず、被写体のなかに
居て欲しいと思うヴァタシは、誰に思いを馳せたらいいのだろう。

小倉優子は、路線変更する位なら、山口百恵になるべきだった。
ヴァタシとて、フィクションであることは承知しているが、
それにしても、夢がない。
アイドルは切り取られた風景の中で、
その眼差しと肢体、セクシュアリティを差し出してはくれないか。

電車の中で、束の間の「おたくの階級闘争」論議を聞いていた。
「やっぱり、お金が力をいうね」「公務員が強いですね」
成る程、性的弱者の救世主であったアイドルも
いまや完全に、「強者の論理」で駆動しているのだ。

ならば、ヴァタシの方途は…
ネットに巣食う同士諸君と、チャイルド・ポルノ談議を
するしかないのだろうか。
妄想は高度情報社会、高度資本主義社会(村上春樹)のうちで
摩滅し、擦り切れ果て、来るところまで来ている。
妄想を獲得する為に、「実行」に移らざるを得ないという
パラドクスがここに至って露見しているように思えてならない。


[289] たとえばぼくが紙魚ならvol.001 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/03/02(Sun) 00:36

怠惰な反米趣味者であるヴァタシの
アメリカの良いと思うところ

@核武装している
A国軍と徴兵制がある
B一神教がある
C拳銃を持つ権利がある
Dスラム街・階級がある
EマルコムX
Fクー・クラックス・クラン
G人民寺院
Hユナボマー


暴力を否定した日本には
なにもない
からっぽである
暴力を否定した国家は
暴力を好まない国民を生産するが
暴力を好まないとは
生命力の低下であり
自己完結の生命である
して、そんなものは生命ではない

暴力を肯定しなければ
自らに暴力を内包するしかなく
して、それは粛々たる自殺にしかならない

「うつ」は戦争で晴らせ
失調症は核における分裂で補完せよ

世界が背を向けるなら
そいつに向かってぶっ放せ

アメリカは良いなあ 戦争ができるなんて
アメリカはいいなぁ そんな自由があるなんて


[288] たとえばぼくが紙魚なら 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/02/26(Tue) 23:32

ぼくぅの、実存形成過程、知的カクテル。

宮台真司『野獣系でいこう!!』
     ×
鶴見済『人格改造マニュアル』
     ×
島田雅彦『僕は模造人間』
     ‖
人為的解離性人格障害、サイバートランス志向のネオ右翼



たとえばぼくが紙魚なら
そっと逃がしてほしい
ゆるせぬときは
ぼくのすきな
ビニ本のやまで微笑んでくれ

     


[287] Re[286][285][284][283][282]: 例えばぼくが紙魚なら 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/02/23(Sat) 20:01

> 相対性(主義)から抜け出そうとすればするほど
> それこそが相対主義のループに絡めとられるという
> 恐ろしいまでのメビウスの環です。
>
> 先生は、死ぬまでにメビウスの環を打ち破れますでしょうか。
>

島田さんの昔のエッセーの中でメビウスの輪について
言及しているものがあったような気がするのですが、
どこだったか思い出せません。


[286] Re[285][284][283][282]: 例えばぼくが紙魚なら 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/02/17(Sun) 22:06

> > 百円とカルビーのポテトチップス、これに第三項として
> > 「君」とか「あなた」とかを代入すると
> > 君と買って食べるお稲荷さんは、300円より価値がある
> > なんてことになりそうです。
> >
> アインシュタインの有名な言葉、『熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです。』
> を思い出しました。

いまなにかが繋がったような気がします。
アインシュタインがそんなこと、言ってるんですか。
不勉強で済みませんが、相対性という言葉を
そんな風に説明しているとは、やっぱり偉いなぁ!!(笑
ぼくは、タイムスリップを理解しようとばかりしていました。

なるほど。おそるべし、相対性。
相対主義は論理的にそれ自身を相対化せねばならぬから、
矛盾しており脆弱であるという(西部邁的保守)主義も
相対主義を前提に置いて論を展開せざるを得ない点からすると、
それもまた、相対性によって梯子を外されている訳ですね。

相対性(主義)から抜け出そうとすればするほど
それこそが相対主義のループに絡めとられるという
恐ろしいまでのメビウスの環です。

先生は、死ぬまでにメビウスの環を打ち破れますでしょうか。


[285] Re[284][283][282]: 例えばぼくが紙魚なら 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/02/17(Sun) 19:49

> 百円とカルビーのポテトチップス、これに第三項として
> 「君」とか「あなた」とかを代入すると
> 君と買って食べるお稲荷さんは、300円より価値がある
> なんてことになりそうです。
>
アインシュタインの有名な言葉、『熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです。』
を思い出しました。


> 本家島田ブログのはなし。
> 「コウジ(さん)」=「ナルコシャーマン」
> という読み替えをして楽しんでいます。
> (わたしはコウジさんではないのですが、何通かそういった
>  お便りをいただきました)
>

コウジさんは、「病気」だそうですから、あまり責めるつもりもないし、相手にするつもりもありません。ただし、あそこまではっきりと支離滅裂なことを書くところをみると、どこまで病気でどこまで計算しているのか、わかりません。島田さんの周辺に居着いて、何をしたいのかも分からない。しばらく傍観するつもりです。


[284] Re[283][282]: 例えばぼくが紙魚なら 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/02/15(Fri) 01:30

なるほどです。いい得て妙ですね。

「おいしい生活、(高くつく)」
あくまでキャッチコピーなのですが、
深い真理が隠されていそうですね。
なんていうと、糸井重里なんかの思うつぼのような気もするけど
コンビニ黎明期の匂いがします。

百円とカルビーのポテトチップス、これに第三項として
「君」とか「あなた」とかを代入すると
君と買って食べるお稲荷さんは、300円より価値がある
なんてことになりそうです。

ポストモダン思想の頃は今に比べてまだ牧歌的です。
キャッチコピーに関して吉本隆明が評論してたり。

いまはとにかく、流動性が高まりすぎて
なにごとかを下らなくてもいいので、謗りを受けようと
論じるということが難しいです。
広告批評なんかも腰を据えて何かを、という感じじゃないし。

ロスト・ジェネレーション、貧乏くじ世代などと
嘆いている暇もない。
真理など追究しようものなら「ひきこもり」
日々生きることで精いっぱいの若者ばかり。

芸術も相対的です。
それはいいことだと、言い切れない自分は
多様性フォビアの、脆弱な実存の、中間派。

宮台社会学は、ある意味で失敗したと思う。
宮崎(哲弥)流処世術のほうがリアルの思えます。
斎藤環がいちばんその辺のヴァランスがいいなぁと
わたしは個人的に思っています。
まぁ、そんなことは知らんぷりして
福田和也の文芸評論集を舐めるように読んでいますが(笑

本家島田ブログのはなし。
「コウジ(さん)」=「ナルコシャーマン」
という読み替えをして楽しんでいます。
(わたしはコウジさんではないのですが、何通かそういった
 お便りをいただきました)


[283] Re[282]: 例えばぼくが紙魚なら 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/02/13(Wed) 18:30

消費税が導入されるはるか前の時代のキャッチコピー。

『100円でカルビーのポテトチップスは買えるが、カルビーのポテトチップスで100円は買えない。』

深い真理が隠されているような気がする。


[282] 例えばぼくが紙魚なら 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/02/11(Mon) 19:13

彼女の持論「パラサイトシングル多いですね。
      わたしは一人暮らしをして一人前だと思うんです。」

世間の尺度でいうとぼくは「パラサイトシングル」ですらない。

彼女の優先順位「ごめん。お茶が長引いて、遅くなるから、
        今日は無理だと思う」

ぼくはデートの約束をして、3週間熱烈に待っていた。
お茶>ぼく

ぼくは相対的だし、取り替え可能で、あなたにとって
ぼくがぼくである「必然」はない。
ぼくがお茶より意味がないというわけではなくて
その時々によって、相対的に、お茶が優先されるのだ。
しかし、君よ!!
わたしは、何よりも君と交わした約束ほど大事にするものは
ないのである。


[281] Re[280][278][275]: 男子畢生危機一髪 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/02/10(Sun) 22:57

> それはわたしにもあります。発狂しないために文章を書いて
> 日記をしたためたりしているのですが、
> 一昨年の日記を読み返してみて唖然…
> 意味が不明どころか内容が読解できない。速記みたいな字体でした。
> 一年前の日記を見ると同じことを書き続けている。
> とはいえ、精神衛生のための文章狂室は続けていきます。
>
実は私もほぼ毎日、日記を書いています。手書きではなく、PDAを使っていまず。なので、字体が変化することはありませんが、1年前と同じことを書いているということは度々あります。
それでも書き続けている。それは、あとで自分の状態を客観的に見つめるためです。同じことを考えているなら、そのことを見届ければよいし、変化してきているなら、そのきっかけを探ってみたりするのも一興。


> 人間存在とはこれまた狂気なのですから、
> わたしは、狂いながら生きぬきたいものです。

価値は相対化されるものですから、狂気と正気に違いはないのでしょう。きれいは汚い、汚いはきれい?!

昨年末あたりから、今までなら腹が立ったことが、笑いに変わってしまいました。


[280] Re[278][275]: 男子畢生危機一髪 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/02/04(Mon) 21:22

> 今、不安を感じていることといえば、このまま一人で長生きして、どこかで発狂してしまうのではないか、ということです。生命力が強くても精神的に壊れてしまいそうな気がするのです。

それはわたしにもあります。発狂しないために文章を書いて
日記をしたためたりしているのですが、
一昨年の日記を読み返してみて唖然…
意味が不明どころか内容が読解できない。速記みたいな字体でした。
一年前の日記を見ると同じことを書き続けている。
とはいえ、精神衛生のための文章狂室は続けていきます。

> 島田さんは、自らが死を選ぶことを避けるために「自由死刑」を書いたそうですね。それを読む私もまた、同様。

なるほど。その通りです。悪質なギャグではなく、
強靭なる逆理なのであります!!
死を選ぶなど、意志や信条では決してなく、全くの狂気なのですが、
人間存在とはこれまた狂気なのですから、
わたしは、狂いながら生きぬきたいものです。


[279] Re[276]: たとえば僕が紙魚だったら 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/02/03(Sun) 22:41

ギョウザ問題は、製造工程には問題なかったらしいということのようですね。あくまでも、報道から知る情報だけですが。袋詰めした後に毒物が混入したとなると、意図的な行為である可能性が高まりそうですが、誰が何のためにやったのか。製造元の会社を陥れるためか、日本人を標的にしたものか。

さて、報道のいわゆる「やらせ」問題は、今でも時々浮上しますが、そもそも、人の手を介して番組として製作されたものに完全な公正中立というものはありえないでしょう。受け手が冷静に判断するしかないですね。


[278] Re[275]: 男子畢生危機一髪 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/02/03(Sun) 22:18

私の場合、すでに30歳を過ぎて干支が一回りしてしまったけど、風貌は30歳のことからほとんど変わらず、頭の中も同様に変わっていません。昨年末、10年前に初めて会った人に1年ぶりに会って、『初めて会った時と同じ顔だね。』と言われました。

幼少のことは、頻繁に発熱したこともあり、自分は早死にすると思っていましたが、実は長生きする家系であり、精力絶倫で生命力が強いことが分かりました。

今、不安を感じていることといえば、このまま一人で長生きして、どこかで発狂してしまうのではないか、ということです。生命力が強くても精神的に壊れてしまいそうな気がするのです。

> いいたい事は、「人生の意味」に尽きるのだと思う。
> 自意識の芽生えた5歳の時分から、そいつだけは不変である。

「人生の意味」については、最近、ますます分からなくなってきました。小学生から中学生にかけて、担任の教師と衝突し、差別されてきた原体験は、拝金主義や権威主義と戦う基本姿勢となっていますし、それは会社に入ってからも変わらないのですが、一方で、「金の力は万能ではないが絶大である」という現実を受け入れてもいる。今、こうしている自分の生活が、自分の都合だけでは自由にならない現実がある。毎朝、5時に起きて通勤する生活も5年目に入り、出口も見えず。生きている意味はそれほど感じていないのですが、積極的に死ぬ理由もない。とりあえず、生活は安定していて、苦痛もない。歯車の快感に身を任せ、妄想世界に閉じこもるだけ。

> 「あえて」の無限後退。
> 「どうせ、死ぬじゃない」
> 「どうせ、じゃない。死ぬのだ」
> 接頭語と形容詞と副詞に殺される気がする。
> レトリックに殺されるような気がする。
> 言葉なんていうものに…

島田さんは、自らが死を選ぶことを避けるために「自由死刑」を書いたそうですね。それを読む私もまた、同様。


[277] 週末にゆっくりレスします 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/01/31(Thu) 23:30

濃厚な書き込みに応えるには、こちらも腰を据えて書きたいので、平日は読むだけ。

来訪者の書き込み歓迎します。


[276] たとえば僕が紙魚だったら 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/01/30(Wed) 23:14

中国産冷凍食品に毒物が混入しており、幼子が意識不明の重体
だとの一報を聞いた。中毒者も多数居り、
今後の拡大も予想される。
「殺人国家中共のテロ」だと、コメンテーターが叫んでいた。
自身も「この野郎、チャ×コロ→→めがぁ」等と喚くに思えた。

一瞬間、これはもしかして大掛かりな政治力が働いているのでは
ないかという考えが想念された。そう仮定してみた。
これが、「日帝反動勢力」による情報操作であり、プロパガンダ
であるとしたら、一体どういった具合なのだろうか、と。
日本放送協会からフジサンケイまで、まったき同じニュース。
これは政治宣伝である、と自分に思い込ませてみた。
そうすると大戦下の日本及び戦時下の大国にある(あった)
ある種の空気が理解されるのだと確信した。

しかし、幼子が苦しんでいる事に変わりは無く、
無論、彼/彼女に罪などあろう筈も無い。

日本よ!これらが、グローバライゼーションである。
こころせよ!!
効率と採算に最優先事項を譲り渡したばかりの失態である。
売り手さえ、どこの・なにで・だれが・どのように・いつ
作ったのか知り得ないのだとしたら、
責任の所在が不明確であったなら、
自ら放った矢に自らが射られるという愚である。

真に撃つべきは、快適をただ無放縦に求める
我が内なるアメリカ資本主義である。


[275] 男子畢生危機一髪 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/01/30(Wed) 00:08

何時の頃からか、「30(歳)になったら死のう」と考えていたのだけれど、その思いはどういうものなのか、理路と説明は出来ないでいて、「言訳」に過ぎないといってみても、何に対する、どういったエクスキューズなのか、そいつも判然としない。

ただ、確信しているのは、30が「節目」であることだ。
人生、そういう事柄の節目なのだろう、と思う。
それまでは、やりたいこと・すべきことを盲滅法にやろう、
そう考えていたことに違いはない。
世が世であっても、なにがしかの「夢」「希望」について邁進すること。振り返るのは未だ早いのだと。
でもしかし、いつのまにか、30までにやりたいことなどが霧消して、或いは余りの敷居の低さにクリアーして、ぽつねんと、蹲ってじっとしている自分がいる。
そして、「節目」がいつのまにか「死期」と読み替えられた。

あと3年で30で、恐らくそれは思うよりずっと早い速度でやって来るに違いない。そのとき私はどうするだろう…

ニネベは40日で滅ばなかった。
喜多善男は一週間後果たして死ぬのだろうか。
「審判」は下らず、死期は季節が移ろうように先延ばされるのか。

何れにせよ、自らのうちになにごとかの決定を日時と共に決意するということは、狂気を孕むに違いない。
いいたい事は、「人生の意味」に尽きるのだと思う。
自意識の芽生えた5歳の時分から、そいつだけは不変である。
ブッディストになるか、「真理の探究」か。
何も無いという事実を凝視し、それを了解し、故に生きるという態度はひどく難しいように思う。

「あえて」の無限後退。
「どうせ、死ぬじゃない」
「どうせ、じゃない。死ぬのだ」
接頭語と形容詞と副詞に殺される気がする。
レトリックに殺されるような気がする。
言葉なんていうものに…


[274] Re[273]: 昨年の三冊 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/01/27(Sun) 00:03

最近、仕事関連の本しか読んでいません。
こんな生活、今年は変えたいと思っています。


[273] 昨年の三冊 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/01/21(Mon) 22:41

少しずつアクセス数ふえてます…ね?……

私の2007年の「これぁ、よかったのね、の、3冊」
は、

前田愛『増補 文学テクスト入門』(ちくま学芸文庫)
坂口安吾『暗い青春・魔の退屈』(角川文庫)
西部邁『生まじめな戯れ』(ちくま文庫)

です。


[272] Re[271][268]: 携帯小説の形態を省察する件 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/01/20(Sun) 15:19

インターネットはあらゆる価値・権威を相対化するシステムです。
島田氏もその例外ではないでしょう。
ポルノと自殺とウヨとサヨ、そして(ケータイ)小説、エトセトラが、
時間的・空間的に、均質等価であります。
それだから、良いのか。故に、すすむのか。

島田バイラスをばらまくつもりが、逆に食い殺されやしないか。
それだから、良いのか。故に、すすむのか。

モリエフスキー氏の謂われる所を期待しませう。

――よめりゃイイっつうのも、ナンかちげぇーとおもうんすよね…
わたくしは、タダモノヤロウなのでしょう――――


[271] Re[268]: 携帯小説の形態を省察する件 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/01/19(Sat) 23:43

島田さんが、いよいよ携帯小説という分野にも進出ですね。
文字が書ければ小説家という風潮に風穴を開けてくれることでしょう。


[270] Re[269]: あしたの喜多善男 投稿者:ふうこ 投稿日:2008/01/18(Fri) 00:29

> 昔、『自由死刑』から私がピックアップした資料がパソコンの中に残っていたので、再アップしておきます。
> ページは、単行本のものです。他の作品についても、同じようにやってみたいですが、時間がなかなか取れません。

 
『あしたの喜多善男』の波及効果として、小説『自由死刑』が売れるでしょうか。書店に原作本としてコーナーをつくる段までゆかなくとも、ポップを付けての広告くらいはあるでしょうか。

ジャニっているドラマ、吉本っているバラエティーを尻目に、
こういったハイクオリティの作品が人々の心を捉える事を願います。
願わくば、新しい読者を獲得できたらいいなぁと、ファンとして思いますね。

先生の作品の通奏低音としてのクラシックを、私は蔑ろにしてきた嫌いがありますので、今後は精読と平行して、モリエさんのような読みもしてみたくもあります。


[269] あしたの喜多善男 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/01/14(Mon) 16:20

先ほどアップしたつもりが、更新できていませんでした。

昔、『自由死刑』から私がピックアップした資料がパソコンの中に残っていたので、再アップしておきます。
ページは、単行本のものです。他の作品についても、同じようにやってみたいですが、時間がなかなか取れません。

下線は、作曲者名または曲名のみの登場のため、私が勝手に選曲。

P27

<ドヴォルザーク>  チェロ協奏曲 ロ短調

<チャイコフスキー> ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

ブルックナー 交響曲第五番 変ロ長調
       特に、第二楽章(アダージョ)は、『癒し系』としても良い(私の個人的意見)。

P28

<葬送行進曲>  ショパン ピアノソナタ第2番

<レクイエム>  ヴェルディ レクイエム

P41

<ワルプルギスの夜>
ベルリオーズ 『幻想交響曲』
       副題は、『ある芸術家の生涯の物語』
       第一楽章 「夢と情熱」
       第二楽章 「舞踏会」
       第三楽章 「野の風景」
       第四楽章 「断頭台への行進」
       第五楽章 「ワルプルギスの夜の夢」

P109

<イタリアのジョージ>
ベルリオーズ 『イタリアのハロルド』
       ヴィオラ独奏付交響曲。

<ある雨の日に>
プッチーニ 『蝶々夫人』
      第二幕 第一場 蝶々夫人のアリア『ある晴れた日に』。



P128

モーツアルト レクイエム ニ短調 K.626

P134

ベートーヴェン ピアノソナタ第32番 ハ短調
        最後のピアノ・ソナタ。

P146

<亡き子をしのぶ歌>
マーラー 『亡き子をしのぶ歌』
     管弦楽伴奏付の全5曲よりなる歌曲集。フリードリヒ=リュッケルトの詩による。
     1. いま太陽は晴れ晴れと昇ろうとしている
     2. 良く解る、なぜそんな暗いまなざしで
     3. おまえのおかあさんが戸を開けて入ってくるときに
     4. 子供たちは、ちょっと出かけているだけだ
     5. こんな嵐に

P167

<フーガの技法>
J.S.バッハ 『フーガの技法』BWV1080
        未完の大作。4曲のカノンと15曲のフーガからなり、
        1曲を除いて楽器の指定がない。

P196

<イタリアのジョージ>(再出)

P255

モーツアルト 歌劇『ドン・ジョバンニ』序曲

P269

J.S.バッハ 『無伴奏チェロ組曲』BWV1007−12
        全6曲よりなる独奏チェロのための作品。

P282

ビゼー 歌劇『カルメン』前奏曲

P283

『カルメン』(再出)

その他、豆情報

P27

<クナッパーツブッシュ>
  ハンス・クナッパーツブッシュ(1888−1965)
  ドイツの指揮者。ワーグナーやブルックナーの演奏に定評。
  また、ピアノが弾けなかったというエピソードは有名。

P41

<ワルプルギスの夜>
  ゲーテの詩によるメンデルスゾーン作曲の合唱曲等もある。

P134

<ロシアの老ピアニスト>
  スヴャトスラフ・リヒテル(1915−1997)と推測。
  20世紀を代表する巨匠の一人。彼の師匠であるゲンリヒ・ネイガウスは、
  名ピアニストにして、名指導者としても名高い。他に、エミール・ギレリスも
門下。日本でも有名なスタニスラフ・ブーニンの祖父でもある。


[268] 携帯小説の形態を省察する件 投稿者:ミシェル・ふうこ 投稿日:2008/01/14(Mon) 16:12

携帯小説が流行り、ベストセラーとなり、映画化され、雑誌や新聞の紙面を占めているのを見る。
私は、文学作品・小説を愛好しているが、携帯小説といわれる新興文学群については、どこか違和を覚える。それがどのような心性に基くのか自分で腑分けしてみる事がないではないが、もとより携帯小説という形態が私にフィットしない事のみであろうと思う。
書店へ赴き、階を上り、棚を見、本に触れるとき、ざわざわとした感触、なまめかしく、掌から伝わるアウラ、何かにひたされているという充足、或いは拒まれているという想念…そのようなフェティッシュが携帯小説にはない。
読書は、ただ文字を追うのみでなく、その本を手にする過程や項を繰る事にも物語性があるものだとすると、サイバアスペイスより生まれいずるそれは、いったいなんであろうか。
どんどん瞬間化されていく芸術が、時間というものを軽視し、差別し、否定的見地から処理するならば、自らの根に向かって斧を叩きおろすのに似た、愚であるとしなければならない。
紙は強いのである。
エコロジーであるといってみても、精神のエコを果たして見据えているのか甚だ懐疑である。

以上の論旨を、書店の面接で述べると、書店員にはなれません。


[267] Re[266]: 謹賀新年 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/01/04(Fri) 23:32


> 掲示板のある、オープンな、自由で平等な、ヒコクミン酒場は、
> ここにしかありません。
> (公式サイトは、先生との繋がりが妄想媒介作用もあってか、
>  高まり、フィットする方が多いのでしょうか)

求めるものが、違うのかも知れませんね。確かに、今となっては、こういうスタイルの掲示板は他にはありませんので、続ける甲斐もあるというもの。


[266] 謹賀新年 投稿者:ミシェル・ふうこ 投稿日:2008/01/04(Fri) 06:04

モリエさま、新年が明けまして未踏の2008年ですね。

わたくしめも、今年は喪中であります。

そうです。宣伝しましょう。
掲示板のある、オープンな、自由で平等な、ヒコクミン酒場は、
ここにしかありません。
(公式サイトは、先生との繋がりが妄想媒介作用もあってか、
 高まり、フィットする方が多いのでしょうか)


[265] 年が明けました 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2008/01/02(Wed) 14:47

今年は喪中なので、年賀状は自粛です。

このサイトは、まだ続けるつもりです。
最近は、ふうこさんだけしか来訪者がありませんが、もう少し宣伝しようかな。


[264] Re[263]: 惰眠にて勤労感謝の日を過ごす 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2007/11/25(Sun) 14:42

>
> 脱線しました。少し纏まった考えが浮かびましたら、
> 困惑されない程度に、モリエさんに直接メール致します。
>
お待ちしております。どんな内容でも対応いたしますよ。


[263] 惰眠にて勤労感謝の日を過ごす 投稿者:ふうこ 投稿日:2007/11/24(Sat) 02:50

わたしは「妄想力」が些か低下しております。
これは、危機的情況なのですが、
生理的要素も多分に影響していると思われますので、
滋養強壮あたりから、部分的修正しようかと思っています。

正直に申しますと、先生のエッセーは「些か」わたくしは、
フィットしない感がいつも在るのです。
『語らず、歌え』のような、硬質?のものはすきなのですが、
紀行文やグルメ、なんと云いますか、
婦人向け雑誌掲載系の文言はどうも敬遠しがちです。
「敬遠しがち」ですので、まったき敬遠ではありませぬが。

村上春樹のエッセーは、もう全然ダメです。
安西水丸氏?の絵からして、生理的冷感症に陥るのです。

柳美里氏のエッセーは面白いのですが、といいますか、
柳氏のエッセーは、「文学」(小説)として読めますので、
少しニュアンスが異なると感じてはいます。

脱線しました。少し纏まった考えが浮かびましたら、
困惑されない程度に、モリエさんに直接メール致します。

失礼しました。


[262] 妄想だけは元気です 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2007/11/21(Wed) 23:42

口にしたら会社にいられなくなってしまうような、非現実的でお馬鹿な妄想が止まりません。
そういえば、「妄想生活」も未読でした。


[261] 無題 投稿者:ふうこ 投稿日:2007/11/18(Sun) 20:19

肉体を超えるところの、或いは、肉体を経ないでの
精神的関係、
精神的師弟関係というのは、
羨ましい限りです。

ボーイは不安定
ガールはいつも元気なのです。


[260] Re[259]: 無題 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2007/11/17(Sat) 23:08

特に門下というわけではないのですが、精神的師弟関係だと個人的には思っております。

今年は6月以降、体調が不安定でしたが、今週後半から上昇してきました。

島田さんの最新作、まだ読んでいません。


[259] 無題 投稿者:ふうこ 投稿日:2007/11/16(Fri) 14:41

ごくろうさまです。
門下の方でしたか。

無限カノン三部作以来、少し島田先生に関しましては
集中的な読みができておらぬ今日でございまして…

最近は、福田和也氏以外の文芸評論といいますか、時評やら
大袈裟にいえば、文学理論の書を意味ありげに項を繰って
おります。

それが済んだらまた、本文へと舞い戻る次第です。

寒い時節でありますので、モリエさんも風邪などひかぬよう
肉体精神共々御自愛下さいませ。


[258] Re[257]: やはり、先生には期待したい 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2007/11/16(Fri) 07:18

ご来訪ありがとうございます。また、返信が遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。

今の彼岸百貨店も好きですが、以前のような掲示板のスタイルも確かに良さがありますね。

私は自分が立ち上げたサイトすらまともに更新しておりませんが、完全にあきらめたわけではありません。

昔よりも多忙なため、やりたいことが順調に進んでおりません。

かつての彗星の黒板や入門者掲示板の荒らし対策をしていた冗談者は、実は私でした。島田さんから管理を委託されたのです。


[257] やはり、先生には期待したい 投稿者:ふうこ 投稿日:2007/10/27(Sat) 01:02

彼岸百貨店には、昔々のような掲示板がありませぬ。
ああいうのすきだったのですけれど、残念です。

ファンの方で、誰かホムペなど開けてないかなと思いつつ
やはり?いちばんの理論家であるモリエフスキーさまの
所へと行き着きました。

百貨店以外でのコミュニティが、島田氏及び文学理論系統で
なかなか見つからないのです。

ならば、ファンの足跡を追うべしと相成った訳です。
また、お世話になろうかななどと考えております。ペコリ…


[256] Re[254][253]: 彼岸百貨店 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2007/03/22(Thu) 13:14

> 今は、復活していますね。一時的な問題だったのかも。

ずっとダメですね。mixiで「彼岸を救え」というコミュで立ち上げようかな。


[255] 東京の嘘 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2007/03/22(Thu) 13:13

横浜で見てきました。予備知識なしで行ったので頭の中が混乱しました。もう一度、見てみたいです。

最後のところ、『午後の曳航』を連想したのですが、やはり、意識されていたみたいですね。


[254] Re[253]: 彼岸百貨店 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2006/09/29(Fri) 19:54

今は、復活していますね。一時的な問題だったのかも。


[253] 彼岸百貨店 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2006/09/29(Fri) 07:58

昨日、2fも3fも閉鎖されたようですね。リニューアルするのか完全閉鎖するのか、不明。

あとで、島田さんに直接確認してみます。


[252] 当面、更新できません 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2006/06/11(Sun) 23:53

体調はまずまず良い方向に向かっているのですが、正直なところ、サイト運営に当てられる時間がありません。
閉鎖はしませんが、当面、このままということになります。


[251] 出版都市 TOKYO 2005 - 現代のドイツと日本を代表する作家たちの対話 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2005/11/07(Mon) 23:20

こちらも行ってきました。詳しくはあとで。


[250] ジョナサン・スウィフト国際会議 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2005/11/01(Tue) 00:00

行ってきました。価値ある時間を過ごすことが出来ました。島田さんとも少しだけお話できました。

詳細は近いうちにアップします。


[249] ご連絡 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2005/07/21(Thu) 23:08

過労および諸事象により、体調を崩しています。日常生活に問題はありませんが、心身のバランスが良くありません。3連休もずっと寝ていました。

というわけで、サイト運営は滞ったままですが、落ち着いたら着手します。


[248] Re[247]: 三島の講演 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2005/05/27(Fri) 01:08

> むか〜しお花見他の集まりに参加していた者です。
ご来訪ありがとうございます。お花見というと、上野でやったときですね。昔は、いろいろなイベントがありましたね。時間とともにいろいろあって、彼岸百貨店もああいった状況ですが、常連の書き込みはよい感じだと思います。あとは、管理者がコントロールしてくれれば、よいのでしょうけどね。島田さんはもう、見ていないのかな。

> モリエさんいらっしゃっていたのですね。
> 気づきませんでした。
> すう女史はすぐに気づいたのですが・・・

すうさん、私も終わってから帰るときに気づきました。
お仕事の方も順調のようでよかったです。

> 久々に聴く島田氏の講演。あの方はノルまでに少し時間がかかりますが相変わらずノリ始めると面白いですね。
> 又おじゃましに来ます。

サイト運営が滞っていますが、まとまった時間が取れたら対応する予定です。これから寝て、6時には起きるので、慢性の寝不足。ぎりぎりの生活です。

ここは、島田さんに関するタイムリーな話題に限らず、島田雅彦というキーワードが縁でこの広場に集まった人が自由に語る場所です。政治関連からSEX談義まで、私に可能な範囲で御相手させていただきます。

毎日、チェックはしていますので、是非またおいで頂けることを熱望します。


[247] 三島の講演 投稿者:キュピ 投稿日:2005/05/25(Wed) 22:05

むか〜しお花見他の集まりに参加していた者です。
モリエさんいらっしゃっていたのですね。
気づきませんでした。
すう女史はすぐに気づいたのですが・・・
久々に聴く島田氏の講演。あの方はノルまでに少し時間がかかりますが相変わらずノリ始めると面白いですね。
又おじゃましに来ます。


[246] 多面体・三島由紀夫 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2005/05/10(Tue) 23:53

いわゆる「トークショー」とは違い、きちんと準備してお話されているのがわかりました。久しぶりに石川町駅から港の見える丘公園まで歩いたのですが、汗をかきました。

詳細は、また後ほど。いろいろ溜まっているのすが、まとまった時間が取れない。週末も無気力・放心状態ということが多いのです。


[245] マンスリーセミナー『書物復権』第一回 いま天皇・皇室を語る 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2005/04/24(Sun) 01:37

非常に有意義な鼎談でした。原武史さんのことは良く知らなかったのですが、このたび岩波から刊行された『天皇・皇室辞典』を早速買ってきました。他にも興味深い本がたくさん出ていたのですが、『歴史としての天皇制』(網野善彦、吉本隆明、川村湊)をあわせて買ってきました。

原さん、小熊さん、島田さんがそれぞれ明治学院、慶応、法政で教えているということもあってか、会場には若い人が意外と多かった。あとは、歴史好きの年配の方々。会場はほぼ満席だったのには驚きました。

終了後、出口のところで親友にメール打っていたら、島田さんが通過。あいさつできて良かったです。

詳細は、後ほどアップしたいと思います。


[244] 夢見る能力 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2005/03/20(Sun) 00:49

独演会ではなく、中原図書館長とのトーク形式で進行するというスタイルでした。
話題は、このところの島田さんの興味対象に絡めて、展開。
詳細は、いつものようにアップしますが、来月いっぱいは多忙のため、各種レポートとサイト更新はできません。
主なキーワードは、以下の通り。
「日本のテクノロジーと暇つぶし」、「考古学への興味」、「郊外での生活」、「資本主義化と農耕文社会からの離脱」、「無限カノン執筆の背景」、「神話への関心」、「オホーツク文明への関心」、「自然崇拝とエコロジーと日本人」等々。

次の作品は、現代のシャーマンの話だそうです。


[243] asahi.comの書評から 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2005/01/07(Fri) 00:27

高橋源一郎のお薦め「今年の3点」として昨年末に掲載された中に、
『対称性人類学 カイエ・ソバージュ5』(中沢新一著)が挙げられていました。

天外伺朗の「今年の3点」の中も『カイエ・ソバージュ1〜5』がありました。

書評を読んで興味津々。読みたい本はたくさんあるけど、時間と集中力が足りません。
どんな天才も金持ちも、1日が24時間、一生は100年に満たない。
だったら、時間の密度を高めるしかない。それができるかできないかが、
人の一生を大きく左右するのでしょうね。

今年に入ってからも来訪者は、安定していらっしゃるようですね。
このサイトの存在意義と個性は、今のところ希薄だと思いますが、
まだまだ試行錯誤を繰り返して行きたいと思っています。
ネタが気になったら、ご参加ください。


[242] Re[241]: また地震...! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/12/29(Wed) 01:18

ご来訪ありがとうございます。

> 中沢氏の『僕の叔父さん』は、期待以上に素晴らしかったです。

そうですか。私も是非読んでみたいです。

> >ブランクをものともせず お話しの続きすること お許しください;
>

どうぞ、お話ください。大歓迎です。
私のサイトでは、特定の人物を排除するようなことは一切ありません。
著しく社会常識から逸脱したと管理人が判断した場合のみ、削除することがあるだけです。

nadaさんの文章、とても興味深く拝読させていただきました。明日も通常勤務のため、日を改めてきちんと書かせていただきます。

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。


[241] また地震...! 投稿者:nada 投稿日:2004/12/27(Mon) 02:05

こんばんは! ご機嫌いかがですか。
1カ月ほど前にハジメマシテしたきりで 失礼しておりました。

中沢氏の『僕の叔父さん』は、期待以上に素晴らしかったです。
>ブランクをものともせず お話しの続きすること お許しください;

網野先生のお話しはもとより、
中沢氏ご自身のお育ちになった環境や 思索的経歴とでも言うようなものまでが、
独特の柔らかくて魅力的な文章で綴られていて、とっても美しかったです、
もちろん内容は極めてラディカルなんですけれどもね;
やっぱり先日お話しを聴きに行くべきだったなあと 今更ながら後悔。

島田氏のファンになる以前から ずっと中沢氏のファンだったんです。
大学に入ってすぐに中沢氏のご本を読んで、初めて“ものごとを考える”と言うのが
どういうことなのか、解ったような気がしたものでした...(若いっ!)
そう言えば、いま中沢氏がお勤めの大学に通う 年下の友人がいるんですが、
最近 彼女の所属学部までもが どうやらヒットしてるらしいと言うことが判明しまして、
さすがに興奮した私が 「中沢氏の講義受けてるのもしかして??」って訊きましたら、
不思議そうに 「...なんで知ってるんですか?」ですって!!!

朝日新聞紙上では “今年の3冊”として 島田氏もこの作品を挙げておいで
だったのですよね。 他紙では異なる選択をされていたと 某サイトで知り、
中沢氏のお名前が入っていたのが 我が家の購読紙上であったことに
思いきり感謝してしまいました.(嬉しかったんです;)

モリエフスキーさん、年末でお忙しいようですが、
どうぞお身体お大事に お過ごしくださいませね。
島田氏のお耳も お加減良くなられていますように☆


[240] 多忙につき 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/12/25(Sat) 15:58

諸々の更新が遅れています。しかし、このサイトを閉鎖する予定はありません。
今でも安定して来訪者がいらっしゃることに感謝しております。


[239] Re[238]: こんばんは! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/12/01(Wed) 11:56

> 『島田雅彦』をキーワードに風通しが良く多くの方のお話を
> 知ることは視野が拡がりますし楽しいものですネ。

そうですね。それがこのサイトの狙いです。

> キーワードからあまりにも脱線した書き込みに気を付けたい
> と思います。

公序良俗に反しない限り、何でもありです。
>


> きょうはシンポジウムと舞台、行かれましたか。
> 中沢新一さんやシアターでの興味深かったお話を聞かせて
> いただけたら嬉しいです。では、また。
>

行きましたよ。落ち着いたら、書きます。
他サイトでも情報出るでしょうけど。


[238] こんばんは! 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/28(Sun) 23:29

モリエさん、早速の社会学者の推薦本をどうもありがとうございます。是非、読んでみようと思います。

新しいお客様の来訪、私も嬉しいです。
『島田雅彦』をキーワードに風通しが良く多くの方のお話を
知ることは視野が拡がりますし楽しいものですネ。
キーワードからあまりにも脱線した書き込みに気を付けたい
と思います。

私も最近人の顔や声や服装にあまり好き嫌いがなくなりました。

きょうはシンポジウムと舞台、行かれましたか。
中沢新一さんやシアターでの興味深かったお話を聞かせて
いただけたら嬉しいです。では、また。


[237] Re[236]: 僕の叔父さん. 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/28(Sun) 22:01

> はじめまして。 この半年くらい ROM専門でお邪魔していたのですが、
> 大好きな中沢氏のお話しが出ていましたので、思い切ってご挨拶に伺いました。

ご来訪ありがとうございます。大変うれしいです。

> 幸い、『すばる』に連載された追悼論文が 新書版で出版されましたので、
> そちらを いま 読んでいるところです。
>

そうですか。網野さんの名前は知っているものの、きちんと著書を読んだことが無かったのですが、
元々、歴史大好きな私としては、大変興味深いお話の連続でした。

> 先日の『EU文学祭』でも、飛び入りの方が 網野先生を悼む詩を朗読されていたんですよ。
> あの方がどなただったのか 判らずじまいで帰って来てしまったのですが、...
> (島田氏の持ち時間(?)内に プログラムに無かった津島祐子さんによる自作朗読が
> ありまして、さらにその後だったと記憶しています)
> 静謐な美しさに、それまで結構わさわさしていた会場内の雰囲気も 一変したように
> 感じられたほどでした。印象深く残っています。 突然でしたが、嬉しい驚きでした。
>

そんなこともあったのですね。私としては、島田さんの作品に興味があって、声とか顔には
特別な興味はないのです(笑)。でも、良い企画だとは思っていました。


> 因みに、遅ればせながらのご報告になりますが(お聞き及びかとも思いますけれども;)、
> 島田氏の当夜のライヴは 『溺れる市民』から最初の2作。特に1作目は 朗読のために
> お書きになられたかのような作品ですものね。 講演のような形では あまり耳にすることの
> 出来ない種類の 小説家氏のお声の調子は、大っ変新鮮でした(笑):
> 個人的には、「閣下は幾何学が気がかり」が 何故だか もーたまらなく可笑しかったです。
> それから 靴屋さんになった冬樹君のセリフ :「趣味はバレエ鑑賞だ」.
> そのときの島田氏の声音... しばらく耳に残って困りました!
>

ご報告ありがとうございます。声とかには興味がないといいながら、詩のボクシングに見られるように、
島田さんはエンターテイナーとしても秀逸ですね。行けばよかったかも。

> 明日の シアターΧ いらっしゃるのですね。
> 私も行きたかったのですが、ちょっとまだ不確定要素が...
> (それでも、“一応”、 文学など専攻しております)
>
> 少しでも お話しお聞かせいただけましたら 嬉しいです。

詳しくは、後日、報告します。どういう形にするか未定ですが。

> どうぞ 良い日曜日をお過ごしくださいますよう☆
> 流れを無視した書き込みになりましたようで 恐縮しつつ.
>

流れなど作ってしまえばよいのです。どうぞ、作ってください。

当サイトは、『島田雅彦』をキーワードに多くの人が集い語るために開設しています。
公序良俗に反しない限り、何でも受け入れます。
これからもよろしくお願いいたします。


[236] 僕の叔父さん. 投稿者:nada 投稿日:2004/11/28(Sun) 05:47

はじめまして。 この半年くらい ROM専門でお邪魔していたのですが、
大好きな中沢氏のお話しが出ていましたので、思い切ってご挨拶に伺いました。
(あ・勿論 島田氏のファンでもあります: ファン歴と言うなら まあ中堅くらいでしょうか!?)

私も、昨日の講座は 受講申込みをしていたのですが、土曜日は毎週夕方に
お稽古事のようなことがありまして、そちらとの兼ね合いから 結局断念して
おりました。 幸い、『すばる』に連載された追悼論文が 新書版で出版されましたので、
そちらを いま 読んでいるところです。

先日の『EU文学祭』でも、飛び入りの方が 網野先生を悼む詩を朗読されていたんですよ。
あの方がどなただったのか 判らずじまいで帰って来てしまったのですが、...
(島田氏の持ち時間(?)内に プログラムに無かった津島祐子さんによる自作朗読が
ありまして、さらにその後だったと記憶しています)
静謐な美しさに、それまで結構わさわさしていた会場内の雰囲気も 一変したように
感じられたほどでした。印象深く残っています。 突然でしたが、嬉しい驚きでした。

因みに、遅ればせながらのご報告になりますが(お聞き及びかとも思いますけれども;)、
島田氏の当夜のライヴは 『溺れる市民』から最初の2作。特に1作目は 朗読のために
お書きになられたかのような作品ですものね。 講演のような形では あまり耳にすることの
出来ない種類の 小説家氏のお声の調子は、大っ変新鮮でした(笑):
個人的には、「閣下は幾何学が気がかり」が 何故だか もーたまらなく可笑しかったです。
それから 靴屋さんになった冬樹君のセリフ :「趣味はバレエ鑑賞だ」.
そのときの島田氏の声音... しばらく耳に残って困りました!

明日の シアターΧ いらっしゃるのですね。
私も行きたかったのですが、ちょっとまだ不確定要素が...
(それでも、“一応”、 文学など専攻しております)

少しでも お話しお聞かせいただけましたら 嬉しいです。
どうぞ 良い日曜日をお過ごしくださいますよう☆
流れを無視した書き込みになりましたようで 恐縮しつつ.


[235] Re[234]: こんばんわ! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/28(Sun) 00:04

> モリエさんは島田さん以外にどんなものを・・・??
> わたしは社会学にちょっと興味がいきそう。

『エリアス・暴力への問い』(奥村隆、勁草書房)なんていかがでしょうか。中断したままですが、すごくよさそうです。

本日、神奈川大学で中沢新一の講演に行ってきました。10月に島田さんがやったのと同じシリーズです。
網野善彦の話でしたが、これも大変面白かったです。

もっと書きたいけど、明日は、シアターχでのシンポジウムと舞台があるので、もう寝ます。


[234] こんばんわ! 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/26(Fri) 18:58

朝、目覚めると猫を枕にしていることにハッと気付きます。
ムートンの手触りに似ているくらいだから冬は暖かいですね。
夏はちょっと鬱陶しい(お互いに)。

―きょう気になった本―
○ 猫にかまけて(町田康の写真もカワイイ)←葬式の場面泣く 
○ 節子さん(苗字忘れた)の本(帯に坂本推薦コメント)
○ 宮台真司の本(黒板に既出はすぐにチェックしてしまう)

モリエさんは島田さん以外にどんなものを・・・??
わたしは社会学にちょっと興味がいきそう。
本屋さんや図書館に入るとき無知で鬱々した気分になる時と
飽きない場所で嬉しくなる時の気分の差に振り回され気味デス。

USENは雨でケーブルの繋ぎ目のトコロがショートしていた!
2,3日まえから聴けるようになってアメリカのラジオは感謝祭で
盛り上がっています。

島田さんは子供時代、ワンちゃんで辛い経験があるらしいけれども
動物は好きなんじゃないのかな。モリエさんのほうが知ってるハズ!どうでしょうか。ネコちゃんはすきかな。

右翼でも左翼でもない宮台真司ってどうなのかな。
資本主義も社会主義も意識しないでなんとなく島田さんの
ファンてコも多いかも。





[233] Re[232]: こんばんは! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/25(Thu) 00:45

>ワンちゃんがたくさんいて楽しそうだけどお世話がたいへんそうですネ。

母に負担がかかっているので、今、母犬だけは妹のところに預けてあります。
いずれ、子供のうち、次女と三女も預ける予定ですが、少し先のことになりそうです。

猫は気ままで、神出鬼没。忍者みたいですね。寒くなってきたので、ベッドにもぐりこんできます。
腕枕してあげないと怒るのです。

『忘れられた帝国』の中でも犬が出てきますね。島田さんも犬好きなのかな。


[232] こんばんは! 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/23(Tue) 20:47

ワンちゃんがたくさんいて楽しそうだけどお世話がたいへんそうですネ。ウチは1匹でフンも外のお決まり場所でじぶんで済ませているので大変な事はありませんが、黒い服を着る事が多いのと(毛が目立つ)、病院のアレルギー検査の結果をみても本当は一緒にいないほうがよいのですが。モリエさんのお宅は清潔で快適そうですネ。ウチはもう取り壊してもおかしくない隙間風が吹く古い平屋です。両親は私が高校生の時に(ココよりも)山の上に住みたい、と家を建てたのです。同居してもいいのですが母が大の動物嫌い。猫がいるからひとりでいる、というのが実際の理由です(笑)。 それから、片頭痛でしたか。私は若い頃は過敏性の腹痛で通学通勤がたいへんでした。いまはゆったり過ごせているので過敏性の症状は出ていませんがやっぱり歳です。若い頃と同じ気持ちで同じ事をしても身体は老化している、ということなのでしょう。眠いのを少しでも我慢すると直ぐに頭が痛くなってしまうし。モリエさんもあまり御無理なさらぬよう。


[231] Re[230]: こんばんわ! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/23(Tue) 01:42

>ところでモリエさんは読書も音楽もきちんと片付いている場所が落ち着くのですネ。
>私は適当にゴチャゴチャしている方がリラックス出来ます。ソファ兼ベッドで横になり、
>脳に新鮮な酸素がある様な状態じゃないと何も頭と心に入って来ません(笑)。

考えてみると、きちんとした部屋で座って読書したことはほとんど無いですね。
通学・通勤途中の電車の中が多いです。若いときは片頭痛との闘いの毎日でしたので、
その闘いと同時進行の読書でした。今考えると、受験とかよくできたと思いますが、
若かったから体力があったのでしょうね。今は、何をするのも億劫です。精神的老化が著しい。

ただし、足の踏み場に困る現在の状況は、克服しなくてはなりません。

>読書も音楽もそうです。聴きたいと思う時、読みたいと思う時>のみ、脳に心に正直に吸収
>させるのです。それが学生時代のお勉強とはぜんぜん違った大>人としての愉しみであり醍醐味だと思います。

食べるように読書したい、というような話が島田さんのエッセーにあったと記憶しています。
実践したいと思いながら、できません。今では、通勤途中および勤務中も睡魔と闘う毎日です。
何も前進できない。今年は、いよいよ前進できそうな気配を感じています。

>それからお掃除のことですが猫の毛が家中すごいです。昨日もモップに毛が沢山付いてきました。
>掃除機をかけても水拭きモップをかけないと落ち着きません。モリエさんのお家には
>5匹くらいワンちゃんとネコちゃんがいるのでしたっけ??サイトのリニュの予定がありましたら
>ワンちゃんとネコちゃんのお話もしたいです。

我が家では、ダイキンの光クリエールという空気清浄機を2台、一般には市販していない
オゾン式のを3台、稼動させています。臭いはそれなりに抑えられているようです。
でも、抜け毛はたくさんですね。掃除機もあまり使っていない。犬6、猫1はそれぞれ個性があって面白いです。


[230] こんばんわ! 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/21(Sun) 20:06

モリエさん、今度はUSENのErr表示ばかりでお部屋の中が寒々としています。明日、工事をした人の会社に連絡し、調子が元に戻るようにしてもらいたいと思います。ところでモリエさんは読書も音楽もきちんと片付いている場所が落ち着くのですネ。私は適当にゴチャゴチャしている方がリラックス出来ます。ソファ兼ベッドで横になり、脳に新鮮な酸素がある様な状態じゃないと何も頭と心に入って来ません(笑)。実家でのお行儀の方がずっといいです。怒られてしまいますから。でもひとりなので逆にだらしならなくならないように気をつけるものですョ。特に他人の出入りです。それから食生活です。嫌なものは食べないという事が健康の秘訣です。どんなに栄養があっても食べたい時に食べなければ何にもなりません。読書も音楽もそうです。聴きたいと思う時、読みたいと思う時のみ、脳に心に正直に吸収させるのです。それが学生時代のお勉強とはぜんぜん違った大人としての愉しみであり醍醐味だと思います。それからお掃除のことですが猫の毛が家中すごいです。昨日もモップに毛が沢山付いてきました。掃除機をかけても水拭きモップをかけないと落ち着きません。モリエさんのお家には5匹くらいワンちゃんとネコちゃんがいるのでしたっけ??サイトのリニュの予定がありましたらワンちゃんとネコちゃんのお話もしたいです。


[229] Re[228]: こんばんは! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/20(Sat) 17:04

> 島田→三島の読者多そうですネ。私は思春期のときに『憂国』を読んだのが最初だったと思います。
> その次が『美しい星』です。他は読んでも吸収するに至らずのままです。

島田好きには、三島好きが多いのは確かですね。私は、『音楽』のほか、『午後の曳航』、『仮面の告白』、『金閣寺』くらいですね。元々、国語嫌いだし(笑)。
『豊饒の海』は、未読です。心の準備が必要な気がしているので。物事の好き嫌いは、確かにセンスの問題ですね。

> お仕事、よかったですね。きちんと見ていて下さる人は必ずいるのですね。
> 週末ですがどのようにお過ごしですか。

部屋を片付けない。落ち着いて、音楽聴いたり読書したりできません。
いつか、島田作品に登場する音楽を集めて、CDコンサートしたいと思っているので、それに備えて。

このサイトもリニューアルしないといけないし、レポートも書きたいのですけどね。


[228] こんばんは! 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/19(Fri) 19:32

きょうはこちらは一日中雨降りのお天気でした。
スピーカーは線がダメだったらしく新しいものに交換されて
返って来ました。USENのアフリカンミュージックを気持ち良く聴きました。

島田→三島の読者多そうですネ。私は思春期のときに『憂国』を
読んだのが最初だったと思います。その次が『美しい星』です。
他は読んでも吸収するに至らずのままです。
私はミーハーなんだと思います。
読書量も少ないし慣れや知性、経験、想像力など少しずつでも昇って行く事に望みをかけて読書の幅が拡がりそれに比例し愉しみも増えて行くような気がします。でも、」センスは相性ですネ。

お仕事、よかったですね。きちんと見ていて下さる人は必ずいるのですね。週末ですがどのようにお過ごしですか。では、また。


[227] Re[226]: こんばんわ! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/19(Fri) 01:11

伝記って、確かに子供のときによく読んだ気がします。そして、自分も立派な人になろうと
志を立てたはずだったが、、、、。最近、小市民的な方向に堕落しているのを自覚しているのですが、
会社では、なぜか一癖ある上司に仕事ブリを賞賛されて複雑な気持ちです(笑)。昔も今も、変わらないはずなのに。

漱石の「こころ」も、良いですね。個人的に非常に影響受けたのは、三島の「金閣寺」です。
三島進出も島田さんを経てですが。「音楽」だけは読んでいたけど。


[226] こんばんわ! 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/17(Wed) 20:15

モリエさん、ナイチンゲールの伝記は子供時代に読んでとても感心して読み終わったことを思い出しています。素直に掛け値ナシに偉大なお方だと今でも尊敬しています。ひとの遺した業績よりも行跡に興味を惹かれます。ファーブルは虫がすきなのでこの伝記も夢中になって読みました。子供時代に読んだものは今の性格に随分影響していると思います。大人になった今は夏目漱石「こころ」を読み打たれ強さに磨きをかけようかな。独りで生きて逝くのは楽しいけれども厳しい面もあるから。実際私は三角関係に陥っているわけではないけれども意気消沈する作品じゃないですよね。元気の出る作品だと思います。モリエさんの書き込みを読んできちんともう一度ナイチンゲールやファーブルについての書物も手にしたくなりました。でも近所の図書館が休館中です。それから、スピーカーは左側が調子悪くて修理に出しているのですが明日出来上がるそうで受け取って来ます。ウチにいるときは音楽浸けかもしれないです。さっき夕方もラップを流したまま1時間ほど眠りました。ボージョレヌーヴォー2004世界解禁日。珍しいといわれている白をこれから飲みます。では、また。


[225] Re[224]: こんにちは! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/16(Tue) 00:00

>以前、黒板でBOSE501ZやパイオニアPD-M70を教えていただきました事、憶えています。
>6連奏タイプのプレーヤは追加されましたか?

我が家で使っているのは、BOSE501Zが出る前の501Xです。その後、モデルチェンジは
されていないみたいですね。息の長いモデルということになります。当時、相当思い切って買った
記憶があります。通信販売で74800円ほどだったはず。
最近は、音を出す機会が減りましたが、部屋の整理が進んだらゆっくり楽しみたいです。

PD−M70の方は、消耗部品の交換と転倒による故障を経験したものの、現役です。これが6連奏タイプのモデルです。
8月にゼンハイザーのHD580というヘッドフォンを購入したのですが、エージングにもPD−M70は便利でした。
ジョン・エリオット・ガーディナーがオリジナル楽器を使って演奏したベートーヴェンの交響曲全集のCDや
小澤征爾がサイトウキネンを振った同じくベートーヴェンの交響曲全集などを毎晩鳴らし続けました。

> 音楽との相性もあるみたいで比較的クラシックの弦もピアノの音も気に入っています。
>でも、追求したらキリがない、というかどういう音をどんな音で聴きたいか!っていう事につきあたりますネ。
>人から感心される機材じゃなくともじぶんで気持ち良く毎日過ごせれば充分デス。

その通りですね。高いものが良いものというわけでもないし。
ヘッドフォン関係のサイトをいろいろ調べたところ、人によって実にさまざまな意見があって面白かったですよ。

パイオニアのピュアモルト・オーディオの方が今ではメインで使っているのですが、こちらも、寝室に暫定的に置いているだけで、スピーカーを鳴らす機会は少ないです。寝る前にHD580でちょっと聴く程度ですね。

BOSEのWaveRadio/CDも時々、鳴らしています。


>それと、敗者の記述がおすきなのですね?モリエさんは勝ち負けどちらが多く送られて来られましたか。
>私は負けがすご〜く多いのです。勝気と言われて来ていますが悔しい事ばかりです。だから時々嬉しいことが
>あるとすごく嬉しいのです。ナイチンゲールは私とちがい他人の為に、と毎日生きたひとです。
>でもそれも結局自分の為、それで自分が満足していたのでしょうから得な性格だったと思います。

そうですか。私は負け続けいている気がします。何をやっても人には劣るので。
島田さんに限らず、小説を書く人には何かしら屈折した部分があるような気がします。
でも、私には小説は書けません(笑)。

Akikoさんは、ナイチンゲールに関心を寄せているのですね。
ちょっと調べたのですが、ナイチンゲールは、過剰に英雄視されることを嫌い、
墓石には、ただ「F. N. Born 1820. Died 1910.」とだけ記させたそうです。

ナイチンゲールの影響を受けて、赤十字社を創設を提唱したアンリ・デュナンもまた、事業に失敗し、
赤十字国際委員会から脱会し、ひっそりと老人ホームで過ごしているところを偶然、一人のジャーナリストに
発見され、それがきっかけでノーベル平和賞の最初の受賞者となったそうです。
彼はその賞金のほとんどを赤十字社に寄付し、静かに、目立たないように葬儀をしてほしいと希望したそうです。

この二人は、偶然にも1910年に亡くなっていますね。とても素敵な人生の幕引きだと思います。


[224] こんにちは! 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/14(Sun) 10:23

モリエさん、こんにちわ。直接対面の提案ありがとうございます。
では、ビデオも消去してしまわないで大切に保管しておくことに
しましょう。いま、有線からエリーゼのために、が流れています。
以前、黒板でBOSE501ZやパイオニアPD-M70を教えていただきました事、憶えています。6連奏タイプのプレーヤは追加されましたか?現在ウチ(部屋)では中古屋さんからひろって来たどこのメーカーともわからないコンポを使っているのですが低音が安定しているところが結構聴けるかな、と思いながらずっとそのままです。
音楽との相性もあるみたいで比較的クラシックの弦もピアノの音も気に入っています。でも、追求したらキリがない、というかどういう音をどんな音で聴きたいか!っていう事につきあたりますネ。人から感心される機材じゃなくともじぶんで気持ち良く毎日過ごせれば充分デス。モリエさんの愛機はどんなかんじですか??それと、敗者の記述がおすきなのですね?モリエさんは勝ち負けどちらが多く送られて来られましたか。私は負けがすご〜く多いのです。勝気と言われて来ていますが悔しい事ばかりです。だから時々嬉しいことがあるとすごく嬉しいのです。ナイチンゲールは私とちがい他人の為に、と毎日生きたひとです。でもそれも結局自分の為、それで自分が満足していたのでしょうから得な性格だったと思います。


[223] Re[222]: こんにちわ! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/13(Sat) 16:07

> いつもお返事どうもありがとうございます!
> ハイヴィジョン録画テープお送りしましょうか??

こちらこそいつもありがとうございます。
私も秘蔵ビデオ持っているのですが、いつか直接対面するときに交換しましょう。いつになるのか未定ですが。
私は最近、北の方に関心を持っているのです。

> モリエさんの明智光秀やアルフレッド・ノーベルの好きな理由を
> 聞かせてくださいネ。

私は、歴史における敗者の記述が好きなのです。三島由紀夫の『金閣寺』に出てくる一節、「私は、歴史における暴君の記述が好きであった」というところに通じる気がします。

明智光秀は、「知識人で愛妻家」でもありますし。なぞの多い人ですし。自分の名前を残すことよりも、
もっと大きな正義を選んだという印象です。

ノーベルは、一生独身でしたね。ノーベル賞は、本人が存命中に設立されたわけではありませんが、
結果として、巨富を人類のために役立てるというのは、私もやってみたいものです。

先日、脚本家の三谷幸喜が「坂本竜馬は、かっこよすぎて、ちょっと敬遠していた」ということを言っていて、
私も同じだと思いました。


[222] こんにちわ! 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/12(Fri) 10:17

いつもお返事どうもありがとうございます!
ハイヴィジョン録画テープお送りしましょうか??
百回転さまにメールをして先日申し出をしたのですが
ネット上のみのお付き合いの場合・・・との辞退の返信を受け取り
すこし寂しい気持ちになっています。
気軽に喜んでいただけるものと信じ込んでおりましたので。
最後まで観ました。エッセンスだけキュッと吸収しました。
モリエさんの明智光秀やアルフレッド・ノーベルの好きな理由を
聞かせてくださいネ。わたしは考えてみたんだけど特にいませんネ(笑)。ナイチンゲールは尊敬しています。ファーブル昆虫記のファーブルはだいすき、かな〜。明日はお仕事お休みですか。残りの時間、頑張ってください。ファイト。


[221] Re[220]: おはようございます! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/11(Thu) 00:05

こんばんは。いつも書き込みありがとうございます。
寝る時間なので、軽くレス。我が家ではまだ、ハイビジョン見れないのでうらやましいです。

>以前ラジオ番組で島田さんが秀吉について熱く!語っておられましたネ。

そうですか。秀吉と光秀が出てくるのは、『カタストロフの理論』でしたね。個人的には、日本史で一番好きなのが明智光秀で外国ではアルフレッド・ノーベルです。


[220] おはようございます! 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/10(Wed) 07:12

モリエさん、おはようございます!いま、FM放送のバロック聴いています。古い楽器の素朴な音色で大抵始まります!持っているアルバムを教えて下さってどうもありがとうございます。どんな曲でもいろいろな聴き方お持ちだと思いますが最近はあまり身構えて聴いていないので体力消耗しなければいいのですが(笑)。昨日ハイビジョンで2日に放送された島田雅彦特集を半分ほど観ました。プロコフィエフやショスタコヴィッチの自筆スコア譜を見る事が出来たしアシュケナージの演奏や指揮の場面も多く初めての作品も聞けたしとても興味深かったです!後半は今夜にでもゆっくり観るつもりです。島田さんと亀山郁夫教授のお話も解りやすいです。モリエさんも独身ですネ。私は独りの暮らしはずっとツラヌクかも。労働はキライ。人に気を遣って暮らすのもイヤ。乳ネタでの秀吉&家康ですが以前ラジオ番組で島田さんが秀吉について熱く!語っておられましたネ。歴史学者も酒の席ではわかりませんよ(笑)!小説のなかの疲れている中年男性のお相手は〜27位の女性の年齢設定が"絵になる"んじゃないですかね??下世話な言い方ですが。家康&秀吉についてもう少しお話聞かせてもらえませんか。では、また! 


[219] Re[218]: ジャンヌ・ダルク 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/10(Wed) 00:14

> オネゲル、聴いた事ありません。推薦盤がありましたら教えてくださいー!

私が持っているのは、次のCDです。
 フランス国立放送合唱団
 フランス国立放送少年合唱団
 フランス国立管弦楽団
 指揮:小澤征爾
番号は、POCG−1094
1989年6月、パリでのライブ録音です。つまり、フランス革命200年関連での企画ですね。

曲想は、難解なイメージではありますね。内容が内容ですから、BGMとしてゆっくり聴くというよりも、
身構えて聴く曲だと思います。

>私は島田雅彦にあまりにも遠い存在なので推し量る術もありません。
>モリエさんは実際お会いになってお話もされているのですね??

はい、何度かお会いしてお話しました。私は島田さんのように妻子持ちではありませんが、
家族を支えて労働している者としてシンパシーを感じています。

乳房ネタで、ちょっと。豊臣秀吉と徳川家康では、軍事的なセンスが大きく異なっているのですが、
もうひとつ、女性の好みも異なっていたようです。秀吉は城攻めが得意で側室は大名の未亡人が多かった、
家康は野戦が得意で側室は若い子が多かった。晩年になるほど、低年齢化していたらしいです。
私が思うに、秀吉にとって城=乳房だったのではないか。家康は野戦が好きだから、平坦な場所が好きだった。つまり、大きく発達していない子供の胸のイメージです。
こんなこと、歴史学者は絶対に口にしないでしょうね(笑)。


[218] ジャンヌ・ダルク 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/09(Tue) 17:27

オネゲル、聴いた事ありません。推薦盤がありましたら教えてくださいー!峰不二子ってあたりさわりのないイメージで書いたのでしょうかね。だって雅子さまとタイプが違いますよね。私は島田雅彦にあまりにも遠い存在なので推し量る術もありません。モリエさんは実際お会いになってお話もされているのですね??でも美しくて知能も高くて脚のキレイな人がタイプなんじゃないですかね。実家にあった『週間朝日』林真理子さんの対談のお相手の方が、日本人は巨乳好きじゃない、と話しておられました。モリエさんは胸って気になりますか?私はアンダーが65センチでDカップだから細いのに胸だけポ〜ンととんがっていて自分でイヤなんですよ。高校生のときによく痴漢にあっていました。サブラといえばアジア旅行記ですね!いつもレス、ありがとうございます!オネゲルってどういうかんじですか??では、また!


[217] Re[216]: こんばんわ 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/09(Tue) 12:16

> モリエさんの息子もお元気で!では、また!
私には娘と息子の双子がいます(笑)。

島田さんの作品では、「自慰」と並んで「巨乳」へのこだわりが多いみたいですね。でも、実際の島田さんの
女性の好みは、ちょっと違うような気がする。微乳系じゃないかと思うのですが、、、。

快楽急行では、巨乳系のシンボルである峰不二子の話題。以前、サブラ誌上でも瀬名さくらとの「共演」という企画もありました。

ジャンヌダルクというと、音楽の世界でも作品化されていますね。

 ヴェルディ:オペラ「ジャンヌダルク」
 チャイコフスキー:オペラ「オルレアンの少女」
 オネゲル:劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌダルク」

などが浮かびました。

それにしても、峰不二子って、年齢設定が不明ですね。


[216] こんばんわ 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/08(Mon) 17:19

そうですか、モリエさん、同じ経験ありますか!
困っちゃうだろうな〜と思うのはストレスなどにより元気のない息子をお持ちの方です。アメリカでは離婚訴訟の深刻な問題にもなるようですね。殿方には息子と共に健康で気持ちの良い毎日を過ごしていてほしいな〜と思います。浮気で困るよりも私は元気のないひとのほうが困ります。モリエさんの息子もお元気で!では、また!


[215] Re[214]: おはようございます 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/07(Sun) 23:22

簡単にレスします。

> 島田さんは作品を読んでも自慰の仕方が念が入リ過ぎていてその箇所を読んでいる時のみ
>「もしや変わったひとなのかな??」と思います!

模造人間なんて非常に細かく描写していますよね。個人的には、まったく同じ経験があったりして笑えます。


[214] おはようございます 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/07(Sun) 10:30

モリエさん、おはようございます!来日公演行けなくて残念でしたね!私もドタキャン経験かなりありますね。韓国のヴァイオリニストのチー・ユンは御存知??彼女の演奏を楽しみにワクワク待っていましたが体調不良が理由でキャンセルになったりアーティスト側での理由もこちらでは結構あります。というよりアルゲリッチが来日なさっても人が入らないんですよ!音楽人口少ないわけじゃないのですけどネ。教会なんかで行われる質素なコンサートもだいすきです!聴衆も場所によって違うし聴衆によって演奏の色のようなものがひきだされることもありますね。昔の演奏家をテレビで観ると一流扱いされていて存在感は感じられてもヘンな癖のある恰好で弾いているひと、いますね。演奏する姿も美しいと一層演奏に引き込まれますね。実際経験するのと耳、頭のみで経験するのとでは何事も『違う』と感じて過ごしているので彼女(ムッター)の入団審査の賛否両論の出来事も理解出来るような気がします。島田さんの話題ですが(とってつけたようですが)高校の同級だった現在高校教師の方が評しておられましたか!思うに、作家でサラリーマンタイプの方もおられるのではないでしょうか??たとえば仙台在住の『邂逅の森』の著者など(よく知らないのに思いつきで書いています)。いますよいますよ。きちんとしたサラリーマンタイプの作家。島田さんは作品を読んでも自慰の仕方が念が入リ過ぎていてその箇所を読んでいる時のみ「もしや変わったひとなのかな??」と思います!不倫系の話は奥が深く感じられても好きじゃないですね。楽しく本妻と愛人とその子供が工夫しながら暮らしているお話なんか読んでみたいものです。島田さんの場合、本妻に気に入られる愛人てレベルが高そう。気ままに書いてます。失礼!


[213] Re[212]: 音楽のお話たのしい! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/07(Sun) 00:29

> 上手下手というよりも(ムッターは天才)ソリストは"存在
>感"のある演奏をするひとがすきです。最近、若者がオーラを
>感じるって言葉をよく使うけれども存在感ってそのようなこと
>なのかなと思います。

実は彼女の来日公演、チケット買っていたのですが、体調悪くて行けませんでした。サントリーホールでした。

『フルトヴェングラーかカラヤンか』(ヴェルナー・テーリヒェン著、音楽の友社)の中で、
あるオーケストラでは入団審査の際、外見で不公平が生じないようにカーテンの内側で演奏させて
音だけで評価するところもあるが、著者は、それに賛成しない。というのも、演奏する姿が聴く
者を圧倒するような存在感のようなものもまた、演奏の一部であるのだから、というような記述があります。
うろ覚えなのでニュアンスが違うかもしれませんが。

これっていわゆるオーラというものなのでしょうね。川崎高校での島田さんの講演で、司会担当の教諭は
島田さんの高校時代の同級生だったそうですが、島田さんのことを『大変、強烈な個性の持ち主だった』と
評していました。ある意味、普通のサラリーマンには成れない、向かないほどの変人系だったということ
なのかもしれませんね。

ルロイ・アンダーソンも確かに元気が出そうですね。


[212] 音楽のお話たのしい! 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/06(Sat) 15:16

モリエさん、こんにちわー!そうですね!朝から重い曲は避けたいですね。ルロイアンダーソンなどはいかがでしょうか。どの曲も万人向け朝向きのような気がいたします。ブラームスは4曲とも傑れた交響曲を残してくれましたね!ドイツの作曲家の作品も好きですがベートーヴェンよりも情緒的傾向が顕著ですね。ブラームスはロマン的ですが内燃的とでもいいましょうか私は思春期過ぎて第2転換期にのめり込みました。第4交響曲の終楽章がすきです。現在は先日書いたムッターの音色にまだめろめろです。ロシア(チャイコフスキー)はあま〜いですね。毎年この時期はモーツァルトなのですが、でも、また2,3日したらめろめろモード脱出予定です(笑)。上手下手というよりも(ムッターは天才)ソリストは"存在感"のある演奏をするひとがすきです。最近、若者がオーラを感じるって言葉をよく使うけれども存在感ってそのようなことなのかなと思います。では、なんでもいいから(内容)お返事くださいね♪


[211] Re[210]: 再度こんばんわ 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/06(Sat) 01:04

> 一般的なイメージとしての曲じゃなくモリエさん
> の思い入れのある楽曲なんかを教えていただきたかったのですが
>

思春期のころは、ブラームスの交響曲を熱心に聴いていました。最初は1番、やがて4番に傾倒しました。しかし、近年、2番も好きになってきた。性格が楽天的になってきたためかもしれません。

個人的な愛着ということになるとバルトークとかコダーイなども非常に好きです。

島田さんは、ブラームスは好きではなさそうですね。その気持ちも分からなくはないのですが、私にとっては、判官贔屓のような感情もあるのかも。

> それでは毎朝の出勤前に聞くと気分が良くなる曲を教えて下さい!

朝起きた時の気分次第なので、一口にはいえません。疲れが残っている朝から重たい曲は避けたいですね。バーンスタインの『キャンディード』序曲なども元気が出そうですね。


[210] 再度こんばんわ 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/04(Thu) 19:59

御薦めの曲、ありがとうございます。
どの曲も超有名ですね!
でも音楽は扱うひとや演奏者によって全く違うモノに
なりますものね。私は『売られた花嫁』や『フィンランディア』
にはくら〜い思い出が憑いてまわるので聞くと落ち込んでしまう。
たとえばチャイコフスキーでも『バルカローレ』はサミシゲな
かんじを抱くひとが多いと思いますが私はなぜか聞くと勇気が
湧いて来ます。一般的なイメージとしての曲じゃなくモリエさん
の思い入れのある楽曲なんかを教えていただきたかったのですが

>どれがNO.1というわけでもないのです。何でも好きですね。

…たしかにそれぞれ名曲ですね。
それでは毎朝の出勤前に聞くと気分が良くなる曲を教えて下さい!
わたしはエルガーでは『愛の挨拶』ですよ〜ん。
その日によって違うけど。


[209] Re[208]: 憧れのムッター 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/03(Wed) 23:37

こんばんは。軽くレスします。

> バッハの無伴奏チェロ組曲がNO1好き楽曲ですか!どなたの演奏が御薦めですか!

どれがNO.1というわけでもないのです。何でも好きですね。愛聴盤は、マイスキーのです。

> 私の車はエンジン音が大きくいつも元気な感じで運転しているので聴く曲も元気のいい勇気&活力が湧いてくるかんじものが多いです。

元気が出てくる曲というと、ベートーヴェンなら奇数番号の交響曲ということになるかもしれませんね。名前がついていない中ではもっとも人気があると思われる第7番の第4楽章などお勧めです。あとエルガーの威風堂々第1番とかスメタナの『売られた花嫁』序曲とか、シベリウスのフィンランディアとか。


[208] 憧れのムッター 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/03(Wed) 19:47

ムッターの音色の魔術に取り憑かれてしまっている時を過ごしています。Korngold(ロンドンシンフォニーオーケストラ)も収録されているムッターの最新盤がすっかり気に入ってしまいました。弦楽器は断然チェロよりもヴァイオリンの音色を聴く事が多いです。私はドビュッシーがすきなので島田作品の『夢』の中間部がとりあげられている箇所を読んだときにはほんとうに嬉しくなりました。モリエフスキー(長いのでモリエさんと呼ばせて下さい)さんはバッハの無伴奏チェロ組曲がNO1好き楽曲ですか!どなたの演奏が御薦めですか!それから、車のなかで『田園』は優雅でいいですね。私の車はエンジン音が大きくいつも元気な感じで運転しているので聴く曲も元気のいい勇気&活力が湧いてくるかんじものが多いです。これからもよろしくおねがいします。


[207] Re[206]: お邪魔致します 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/11/02(Tue) 00:10

ご来訪ありがとうございます。

> モリエフスキーさま、クラシックのお勧めがありましたら
> 是非教えて下さいね。

最近の関心は、重厚長大なものよりもひとつの楽器の音を深く追求することに向かっているような気がします。

J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲はお勧めですね。「自由死刑」にも出てきます。

とはいえ、カルロス・クライバーの追悼ということで、数枚購入。生涯に1度しか取り上げなかったというベートーヴェンの「田園」を車の中で聴きました。週末に改めて、部屋でゆっくりと聴く予定です。

神奈川大学のレポートは、まだ整理できていませんが、近いうちにまとめます。ただし、WEBにアップするかどうか、未定です。


[206] お邪魔致します 投稿者:Akiko 投稿日:2004/11/01(Mon) 10:05

モリエフスキーさま、クラシックのお勧めがありましたら
是非教えて下さいね。私が最近よく聴いているのは実家から
借りて来た、ムッター&ウィーンフィルのヴァイオリンコンチェルト(チャイコフスキー)です。何かで紹介されていたらしく直ぐに購入したそうです。実家へは月1の割合で新譜をチェックしに行ってマス(笑)。自宅でのコンサート、素敵ですね。夢が実現しますように!ちなみに作品中でのNO1は??そういえばスティングの『兵士の物語』は手放しました。単純に飽きて目障りになったからです。では、また時々書き込みに来ます!厚かましさはご容赦を。


[205] 天涯 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/10/24(Sun) 00:57

CDを買ってきたものの、まだ聴いていません。どなたか、感想を書いていただいたらうれしいです。

もちろん、私も後で書きます。


[204] Re[203]: 最近は・・・ 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/10/22(Fri) 00:41

> めっきり寒くなりました。
> みなさんいかがお過ごしでしょうか?
> 体調なぞくずされないように・・・。

周囲でも風邪をひいている人が増えてきました。私はうがいと手洗いを毎日続けているので、何とか大丈夫です。

確実に来訪者が増えているこの掲示板ですので、書き込みの方も増えることを期待しています。台風の被害も全国で報告されていますが、いかがでしょうか。

書きたいことは、どうしても週末になってしまいます。


[203] 最近は・・・ 投稿者:のりお 投稿日:2004/10/21(Thu) 21:51

めっきり寒くなりました。
みなさんいかがお過ごしでしょうか?
体調なぞくずされないように・・・。


[202] Re[201]: エスパース・デポック2004  投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/09/26(Sun) 19:16

>でも自衛隊の駐屯所というのは・・・?日本に国軍をという考>えでしょうね。

今、日本を国連の常任理事国にするという話が盛り上がって
いるようですが、そうなると今度は、それにふさわしい国家
として、自衛隊ではなくて日本国軍にすべきだという議論が
湧き上がってくるのは避けられないでしょうね。現在の憲法
の枠内で対応可能だと小泉首相は説明していますが、いずれ
解釈だけでは矛盾を解消できなくなると思います。

私個人としては、まず、日本を永世中立国にすること。
そして、自衛隊は規模を縮小することを前提に、憲法を改正し
て自衛隊を容認する方向で検討するのが妥当だと考えます。
(余談ですが、小林恭二の『日本国の逆襲』は、面白いです。)

>天皇主権に対して「象徴」なのか、こんな風に覚えさせられた>私たちから、さらに新しく生まれてくる子供は「天皇は象徴」>と言う言葉がさらに伝言ゲームのようにわからないものになっ>てしまいます。今もって「君側の奸」に教えて欲しくもあるの>です。三島由紀夫の「現代の歴史は死者の視点によってからこ>そとらえ直さるべきだ」ですが、靖国の英霊のことだけを指し>ているようでならないのです。
>

元来、天皇は象徴だったはずです。万世一系ではないことは、
最近の研究では明らかになっているわけだし。

> 講演の内容はとても濃くて社会常識や文学的素養を要するみたい。
> なので教えてください。
> ・「私」の内訳―漱石「道草」太宰「人間失格」
> ・古井―「私」を模索 中上―「アジアを模索(世界化した路地)」
> ・護憲vs改憲―日本社会党
> ・オイディプス王vsコロノスのオイエディプス
> ・二世議員に未来はあるか(ブッシュ大統領、福田和也)
>
> タイトル考えてみました。

二世議員のところは、福田康夫(元官房長官)ですね。
基本的なテーマは、上記の通りだったと思います。
中上健次については、読んだことがないので、何ともコメント
できないのですが、対談の最後の部分、島田さんの『敗北を引
き受ける』と古井さんの『超近代のテーマ』は、非常に興味を
惹かれました。


[201] エスパース・デポック2004  投稿者:MAI 投稿日:2004/09/21(Tue) 14:29

> 切腹の時、森田必勝が介錯したそうなのですが、日本刀の使い方が
下手で、一回では切れなかったらしい。それで、別の隊員が交替してようやく成功したそうです。

>うわー痛そうですねー。キリシタン迫害の頃の拷問、竹ノコギリみたい。森田必勝の名は覚えているから、何かで一回読んだのかもしれないな。三島由紀夫の自決は怪我の功名で後の作家の自殺減少に貢献したのですね。イデオロギーは依然と曖昧。正しく解釈している人はいるのかな。ナルシスト説は全面に漂っていますが、ひとまず置いといて・・・。「天皇陛下万歳!」。天皇に帰依するだけなら楯の会のみなさんで皇居の草取りするとか、実際にそういう人がいたと思うんですが、お堀のあたりで皇居を仰いで自決となる。でも自衛隊の駐屯所というのは・・・?日本に国軍をという考えでしょうね。辞世の句のあたりに声明文読み上げとかあったんでしょうか?「天皇制こそ日本文化の最終的根拠である」これは国粋主義と言うのだろうか。小林よしのりが著作の中でやはりこんな事を書いていて、雑誌の中で「それはおかしい」と言われていた。でも憲法第1条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって・・・」ここですが、小林よしのりや三島由紀夫の言う事よりよっぽど明確な提示がしてあると思うんです。三島由紀夫の子供の頃は今よりはっきりとした天皇と国民の関係があったと思います。天皇主権に対して「象徴」なのか、こんな風に覚えさせられた私たちから、さらに新しく生まれてくる子供は「天皇は象徴」と言う言葉がさらに伝言ゲームのようにわからないものになってしまいます。今もって「君側の奸」に教えて欲しくもあるのです。三島由紀夫の「現代の歴史は死者の視点によってからこそとらえ直さるべきだ」ですが、靖国の英霊のことだけを指しているようでならないのです。

講演の内容はとても濃くて社会常識や文学的素養を要するみたい。
なので教えてください。
・「私」の内訳―漱石「道草」太宰「人間失格」
・古井―「私」を模索 中上―「アジアを模索(世界化した路地)」
・護憲vs改憲―日本社会党
・オイディプス王vsコロノスのオイエディプス
・二世議員に未来はあるか(ブッシュ大統領、福田和也)

タイトル考えてみました。


[200] Re[199]: おかあさん、由紀夫です! 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/09/20(Mon) 22:53

今回も軽レス。

以前から感じていたのですが、「島田好き」には「三島好き」が多いですね。

> 無敵の一般教養 P127
> 茂木「島田さんの小説を読んで、共鳴したと同時に、これは
> ヤバイ領域だなとも思ったんです。恋愛におけるエロスの起
> 源とは、断絶したもの、未知のものだとすれば、最後には三
> 島由紀夫のように絶対者、タブーといった領域に踏み込まざ
> るをえないのではないか。そうなることが人間の必然である
> ような気がするし、それはとてもヤバイことのような気もす
> る。」
> 島田「危険が伴いますからね(笑)。」
> P135
> 島田「略 小説も常套句を芋版で押していけば早くできて、
> わかりやすい分、よく売れるかもしれない。しかし、それが
> なぜできないかというと、倫理的な問題以前に快楽がないか
> らやりたくないんですよ。」
>

論点がぶっ飛んでいると思いますが、ヘアヌード解禁されて
から、「未知の部分」が消えてしまったと感じています。
全国のオナニストにとって、実に困難な時代になったのでは。
個人的には、某女の嫌がらせ等もあって、普通ではエロスを
感じなくなっています。だからといって、SMに傾倒している
わけでもないのですが(笑)。ただ単に、女性に幻滅を繰り返
しているだけです。


三島の死については、「死ぬことは空虚だ」ということを示し
たというのが、島田さんの考えだったと記憶しています。
青島幸男は、「おかまのヒステリー」と言ったらしい。

切腹の時、森田必勝が介錯したそうなのですが、日本刀の使い方が
下手で、一回では切れなかったらしい。それで、別の隊員が交替して
ようやく成功したそうです。


> 三島由紀夫にとって絶対者とは「昭和天皇」だったのでしょうか。
> 三島由紀夫の「絶対者でタブー」は「天皇」ではなくて自分だったように思うのです。

非常に計算している。自分自身が作品なのでしょう。ナルシストですから。

そういえば、山中湖半の三島由紀夫文学館は、まだ行っていません。
それまで、山中湖とか河口湖には、時々行っていたのですが、体調を
崩してから、遠ざかっていたのです。


[199] おかあさん、由紀夫です! 投稿者:MAI 投稿日:2004/09/14(Tue) 23:04

無敵の一般教養 P127
茂木「島田さんの小説を読んで、共鳴したと同時に、これはヤバイ領域だなとも思ったんです。恋愛におけるエロスの起源とは、断絶したもの、未知のものだとすれば、最後には三島由紀夫のように絶対者、タブーといった領域に踏み込まざるをえないのではないか。そうなることが人間の必然であるような気がするし、それはとてもヤバイことのような気もする。」
島田「危険が伴いますからね(笑)。」
P135
島田「略 小説も常套句を芋版で押していけば早くできて、わかりやすい分、よく売れるかもしれない。しかし、それがなぜできないかというと、倫理的な問題以前に快楽がないからやりたくないんですよ。」

三島由紀夫にとって絶対者とは「昭和天皇」だったのでしょうか。
私は三島のイデオロギーの中の天皇を解釈しようと務めましたが、市ヶ谷駐屯地で割腹するというパフォーマンス、行為そのものにイデオロギーがあったと思います。内向というか自己完成の欲求ですね。戦争中の軍人が否応なく戦地へ駆り出されるのとは逆に、三島の場合は選択肢あっての中で軍人として死にたかった。なら、自衛隊に入れば良かったじゃないかと思うが、年齢制限があったのか、私設クラブでうわべだけの軍人さんでは何か違うと思いました。元来三島由紀夫はおばあちゃん子でどちらかというとひよわな子だったと思う。それが、肉体を鍛え上げ、「天皇陛下万歳!」と言って割腹する。天皇に帰依するというより、天皇に帰依する自分を演出したかった、自分の人生をデザインしたかった、というように思えるのです。オリジナルデザインの派手な軍服、鉢巻巻いて、辞世の句でしょ?ホモっぽかったり、オタクっぽかったり、ナルシストっぽかったり、ギャグっぽかったりします。こんなことで良かったのでしょうか。もちろん命かけてですから、かえって困惑してしまいます。切腹はかなりの深さで腹に刺さり、左腹部四cm程下に降ろし、右に引く。これは普通出来ることではないそうです。楯の会の人が介錯したのだと思うけど、その人の腕だってたいしたものです。子供の頃こういったことにお友達を巻き込んではいけないと言われました。私。楯の会の人も固い結束で結ばれていたのでしょうが、自衛隊駐屯所に乗り込んで、これでしょ?殺人幇助罪、不法侵入、銃刀不法所持、思想犯、なんかで少なく見積もっても懲役10年、10年、15年(資料なくてすみません)じゃないか?死んでご家族にお詫びをと思っても死んじゃってるし。それで三島は遅れて来た兵隊さんなのかな?と思った。自分のアイデンティティは何かと思い、軍人として死ぬことだと思った。自分の作品に花を添えることにもなる。三島は昭和天皇が神様だった頃、少年だった。おばあさんや、おかあさんに「立派な軍人になってお国のために死ぬのですよ」なんて言われて育った世代なのだろう。自己完成の欲求。作家として認められるだけではなく、天皇に帰依する。でも、その影には「お母さん、由紀夫(本名、公威)は立派ですか?」といった努力家の甘えっ子が見え隠れするように思うのだ。「我が国の近代史、現代史は死者の視点からこそとらえ直されるべきだ」この部分はほんとうに共感します。だけど1970年にイデオロギーと共に望んで死ぬ事が出来た三島由紀夫に比較して、私には戦時中特高の拷問で獄死した小林多喜二の存在のほうがよっぽど衝撃で鮮烈だったのです。三島由紀夫の「絶対者でタブー」は「天皇」ではなくて自分だったように思うのです。

内向の時代ということで、「意味とエロス」竹田青嗣、柄谷行人(ゆきと)などを以前読みました。が、あまり「内向の時代」と関係ないテキストだったかもしれません。いい本でした。


[198] Re[197][196][195]: 三島由起夫 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/09/11(Sat) 21:36

非常に魅力的な書き込み、いつもありがとうございます。
とりあえず、簡単にレス。

>いかに小説のなかに社会を盛り込んでも文学は文学。
>政治家になるとか、思想と共に死ぬのが帰結だろうか。
>島田さんはそういう方向には行かない。最後まで小説家として
>『クオリア』を描く方向へ行く。と言っているようにも思える
>のです。

三島は、「言葉」だけでは飽き足らず、「行動」を起こしたの
でしょうね。出典は忘れましたが、島田さん自身は、楯の会の
ような組織を率いることは将来も無い、というようなことをど
こかのエッセーで書かれていたと記憶しています。

島田さんが政治家になるというのは、現実的に困難だろうと思
うし、思想として死ぬとも思えない。

思えば、「彼岸百貨店」という活動は、島田さんが「書く」と
いう枠組みを超えて、「行動」をする拠点だったはずですが、
実際は、諸般の事情によりあのような状況に陥ってしまってい
ますね。

クオリアというと、茂木健一郎氏の「Qualia Movement」の公式
サイトのトップページにクオリアの先覚者たちとして紹介され
ている中に文学者としては、夏目漱石が登場しています。
私も島田さんには、クオリアを描く小説家として活躍してほしいと願っています。

とりあえず、軽レスということで、ここまで。


[197] Re[196][195]: 三島由起夫 投稿者:MAI 投稿日:2004/09/09(Thu) 13:38

島田さんの「政治的支持を集めるには〜〜その敗北を引き受けるつもりである。」この部分ですが、三島由起夫が「天皇に帰依する姿勢」で自決したことと、島田さんの「敗北を引き受ける」は反対の意味にもとれるのです。くだらない大衆小説だとは思わないが、政治や思想に向った日本の作家というのは「文学」より「イデオロギー」に向う傾向があるように思うのです。もちろん「文学」と「イデオロギー」が一致している場合だってあります。都知事、県知事、内閣特別顧問。政治の世界に文学「閥」、「枠」があるみたいです。^^いかに小説のなかに社会を盛り込んでも文学は文学。政治家になるとか、思想と共に死ぬのが帰結だろうか。島田さんはそういう方向には行かない。最後まで小説家として『クオリア』を描く方向へ行く。と言っているようにも思えるのです。

私の現国の担任は雑誌で三島由起夫の連載(天人五衰か?)を読んでいるうちに「ああ、この男は死ぬのだな」と思ったそうだ。そして最終原稿を書き上げたと同時に自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決。ニュースを見て「やっぱり」と思い、ぞっとしたそうだ。
三島由起夫は、「日本(我が国)の近代史、現代史は死者の視点からこそとらえ直さるべきだ。現代的な常識の転換、転倒が目ざされている。死者の無念、献身のうちにこそ世界の意味の核心は秘められている。この思いの連鎖、持続のうちに歴史を超えうる契機を探り直すべきだ」と言っていて。私も最近はそう思うようになった。島田さんも「戦争の是非は長いスパンで見るものだ」というような事を言っている。

三島由起夫は「天皇制は文化の全体性というものを保証する最終的根拠である」とか「天皇制こそ日本文化の最終的根拠である」と言った。天皇制はどうだか、「日本独自の文化を守ることが国力につながる」このような考えは政治家などから数多く聞いた。アメリカニズム、グローバリズムの短所に対する対策だともとれる。「コンピューター時代の天皇制ってどうなってしまうのだろう」こんなことも言っていたようだ。そして「君側(クンソク)の奸」を嫌っていたことでも。君側の奸とは天皇と民衆の「間」に介在している金持ちで身分が高い人だとか、知識人を指したようだ。三島由起夫が懸念していたのは天皇と民衆との距離ではないだろうか。


[196] Re[195]: 三島由起夫 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/09/08(Wed) 23:02

> >この部分だけではとりようによってはどうにでもとれる。イデオロギーとともに切腹した三島の「イデオロギー」ってなんでしょう。また左翼的とも右翼的とも解釈できますが…。

時間が無いので、簡単にレス。

何年も前のことですが、『潮』という雑誌の中で島田さんは三島由紀夫を「裏切られた作家」だと書かれていました。「このように死ぬことは空虚である」ということを自ら死んでみせることで示したのだと。

私が思うに、「島田雅彦もまた、裏切られた作家」だという気がしているのですが、その件はいつかどこかで。

さて、この掲示板の展開は、非常に絡みにくいらしいのですが、管理人としては内容のあるものなら何でも歓迎します。久しく顔を合わせていない人、一度は決別した人、誰にも開放された場所ですので、二度と会いたくないと思っても、掲示板だけの付き合いがあっても良いと思っています。


[195] 三島由起夫 投稿者:MAI 投稿日:2004/09/02(Thu) 22:23

島田 (部分)1970年の三島由起夫の切腹はナンセンス扱いだった。今では、みんな三島と同じ考え方である。

>この部分だけではとりようによってはどうにでもとれる。イデオロギーとともに切腹した三島の「イデオロギー」ってなんでしょう。また左翼的とも右翼的とも解釈できますが…。


[194] Re[193][192]: 敗北を引き受ける 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/09/02(Thu) 00:45

> 島田さんの作品自身で「これを描ききれた!」という完成度というか、まとまりを自他共に認められれば文学者として勝利だと思う。
> 間違って売れてしまっても文句は言わない(笑)
>
『傑作か、ベストセラーか』って言い方をされていましたね。
別に傑作が売れちゃいけないとは思わないけど、言いたい気持ちは分かります。

今は無きSMRにも書いたことありますが、『兵士の物語』における兵士と悪魔の対決に象徴されていると思います。良心の象徴としてのバイオリンと悪魔の入れ知恵によって手に入れたお金とは、相容れないのか。両方を追うものは、どちらも失うのか。これもまた、人間にとっての永遠のテーマかもね。


[193] Re[192]: 敗北を引き受ける 投稿者:MAI 投稿日:2004/08/31(Tue) 12:07

> 『政治的な支持を集めるには、そういうくだらない大衆小説の方が有効であろうから、そういうことに加担している文学に向き合い否定していく方向しか心ある文学者は進めないだろうけど、そういう人はますます敗北するだろうが、その敗北を引き受けるつもりである。』

> これって、文豪への意志の表れだと感じています。私の頭にあるのは、「汎幼進化論」という考え方です。

>商業主義に迎合しないという文学者の矜持だと思ったけど、「政治的な支持を集めるには」と「そういうことに荷担している文学に向き合い否定していく方向しか心ある文学者は進めない」。
…結果的にそうなるのかしらね?政治的な支持を集めなくても、そういうことに加担している文学に対抗しなくても、人に阿ねない、書きたいテーマ、独自なテーマを書くっていう道はないの?
島田さんの作品自身で「これを描ききれた!」という完成度というか、まとまりを自他共に認められれば文学者として勝利だと思う。
間違って売れてしまっても文句は言わない(笑)

> 社会的に順調に出世する男には、用は無い。アウトサイダーを選んだわけですが、人類とは、木登りが下手な類人猿が地上に降り、やがて直立歩行を獲得して人類へと進化したという考え方にちょっと似ていると感じるのです。

>ルイセンコの突然変異説にそういうところがありました。アウトサイダーは社会を客観的に見ることが出来るのですね。島田さんは当世風な人物で今の社会にありがちな事象を描写するのよりこちらの方が向いていると思います。普通の人の生活に適応出来なくても普通の多くの人の感じ方と違っていても、何かしらの活路やかえって優れた点があって、みんな価値のある人間 だと思うほうが楽しい。 
私は凡庸ですが。


[192] 敗北を引き受ける 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/08/30(Mon) 23:53

MAIさん、のりおさん、書き込みありがとうございます。
書きたいことはあるのですが、時間がないので、今夜は軽く。

島田さんの言葉、
『政治的な支持を集めるには、そういうくだらない大衆小説の方が有効であろうから、そういうことに加担している文学に向き合い否定していく方向しか心ある文学者は進めないだろうけど、そういう人はますます敗北するだろうが、その敗北を引き受けるつもりである。』

これって、文豪への意志の表れだと感じています。私の頭にあるのは、「汎幼進化論」という考え方です。

話は飛躍しますが、ブライアン・デ・パルマの『アンタッチャブル』の中で、警察学校から射撃の名手をスカウトするシーンでWASPの男ではなくて、イタリア系移民の男(アンディ・ガルシア)を選ぶわけです。つまり、アメリカ社会では出世できない存在ということ。

社会的に順調に出世する男には、用は無い。アウトサイダーを選んだわけですが、人類とは、木登りが下手な類人猿が地上に降り、やがて直立歩行を獲得して人類へと進化したという考え方にちょっと似ていると感じるのです。

夏の文学教室でエイゼンシュテインの話がちょっと出ていましたが、代表作である『戦艦ポチョムキン』の中の乳母車が階段から落ちていくシーンをデ・パルマがこの映画の中で引用しているのも有名ですね。賛否両論あるようですが、一番の見せ場、このイタリア移民が最高に輝くシーンであることは間違いないでしょう。

取り留めないけど、今夜はここまで。

一定数のアクセスがあることは大変うれしいのですが、是非、語っていただきたい。語る相手が出てきてくれないなら、今後、レポートアップは本当に中止します。

一応、夏の文学教室のレポートも80%くらいできていて、今度の週末あたり、アップできそうなのですが。

九州、四国、中国地方は、台風の被害が大変ですね。今、神奈川でも雨と風が強くなってきました。徳島は、大丈夫でしょうか。


[191] 対談 投稿者:のりお 投稿日:2004/08/24(Tue) 19:41

かつて島田氏はこんなことをエッセイで言っていたと記憶しています。
「私のような稚拙な者の考えていることなんか、古井さんの思考の領域にスッポリ呑み込まれてしまうだろう・・・。」
島田氏が尊敬の念を存命の同業者に示すことはほとんど聞いたことがないので印象に残っています。
 古井さんを全然知らない私は、初めて古井さんにふれて
そうした氏の尊敬の理由をこの対談で実感できました。
 人は話すと一切合切のものがバレてしまうものだな・・・。
古井氏は聴衆に対して語りかけ、導こうという意思があったと思います。それに対して島田氏は、、軽薄・・・という感じがぬぐえない。 これが私の対談に参加した感想です。
 モリエさんレポートお疲れ様です。


[190] 終焉に向って 投稿者:MAI 投稿日:2004/08/23(Mon) 14:53

(古井)

終末論は、繰り返されているが、今回は今までとは違う。神とか仏とかではなくて、数理的に予測可能である。それは初めてだろう。その数理の必然にするか、蘇るか、別の滅び方をするか、それは超近代のテーマである。

>宇宙を計測すると膨張しているし、これが収縮に向うと閉じてしまう事になる。資源は限りあるし目安と生活設計は大事ですネ。

だけど単純計算ってどうかなと思う。大人になると行動するのにも八方塞りだったり住宅ローンや家族の責任なんてのもあり、疲労はどんどん増していく。恩や義理も単純計算すると返せない。なんて、絶望的になった人も多いのでは、と思う。何か少し状況が変わっただけで、目の前の霧が晴れたように楽になったり、返せないはずの恩や義理も返せる自分になることがある。これは単純計算では予測不能だ。もちろん予測せぬ天災にみまわれることもあるし、好きな人と別れなければならないことも、嫌な人と暮らさなければならないこともある。明日は必ずあるというのは疑わなければいけないのかもしれないし、大まかに決めてあとは惰性で生きることにも真実はあるのかもしれない。

>「路地」 中上健次は読んだ事がなかったのですが、良さそうですね。路地、ドヤ街のような「路地」かな。モラルもなく、ムラの掟がある。向上心のあるものはそこから排除され「父」と決闘しなければならない。母系社会で父無し子が育つ。島田さんはアメリカ型グローバリズムの描写で「みんなお金持ちになるためには働け、働け!文句をいう奴は民主主義的にお仕置きだよ。古くて汚いおもちゃは捨てちゃいなさい。道路とビルヂングをつくってあげるから、その中に新しいおもちゃを詰め込むんですよ。(僕は模造人間)」

こんなふうに書いている。高度成長期に寝る間も惜しんで「追いつけ追い越せ」とGNP世界一になるまで働いたお父さんたち。混沌やあいまいや情の暖かさや血縁、地縁、お茶の間のぬくもりがここまでなくなった世の中を誰が想像したろう。古い物や人との関係を大事にする人には生き辛い世の中だ。天井がなくなった世の中で何を指針にして生きればいいのだろう。「路地」は選択肢と選択肢の連続の記号にも思える。天井と私との背丈の間にはイマジネーションと夢があったなぁ。


[189] Re[187]: レポート 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/08/17(Tue) 23:42

こんばんは。書き込みありがとうございます。

> モリエフスキーさま レポートしっかり受け取りました。
> 夏の休暇を返上して仕上げてくださったのではないですか。
> お骨折りに感謝いたします。ひとりでも多くの方に読んで
> 欲しいものです。

夏休みはまだです。例年、涼しくなってから取ることにしています。もたもたしていて、取れなくなったこともありますが。今年もまた、予定はありません。せいぜい、箱根湯本の温泉に行くくらいだと思います。本当は、カーフェリーで北海道まで行って、再び、定山渓温泉に行きたいのですが、同伴者がいませんので断念。

温泉といえば、平成10年に初めて島田さんとお話したとき、『温泉に行きたい』と頻りに口にされていたのを思い出しました。

> MAIさんとみゆき・・のみゆきってわたしのことでしょう
> か?うれし恥ずかし、どうしましょうという心境でした。で
> は後ほど・・・。

もちろん、他の人でも歓迎します。まゆみさんとのりおさんは、連絡先知っているので、大丈夫ですね。

以前、彼岸の方にリンク出したときは、くだらない反応も少なくなかったので、失望しているのです。2ちゃんねらーにネタ提供しているだけなのかと。

トップページ、背景だけ変えてみました。そもそもSMR閉鎖にあわせて急遽、作成したこともあり、めちゃくちゃセンスないです。落ち着いたら、少してこ入れします。

レポートの方も色をつけ、誤字脱字等々、多数あったので修正してあります。まだまだおかしなところがあると思われますので、ご指摘いただけたら幸いです。適宜、修正させていただきます。


[188] Re[187]: レポート 投稿者:MAI 投稿日:2004/08/17(Tue) 23:07

>みゆきさま
…間違いなくみゆきさんのことだと思われます(*^・^*)うふ。


[187] レポート 投稿者:みゆき 投稿日:2004/08/17(Tue) 22:53

モリエフスキーさま レポートしっかり受け取りました。夏の休暇を返上して仕上げてくださったのではないですか。お骨折りに感謝いたします。ひとりでも多くの方に読んで欲しいものです。MAIさんとみゆき・・のみゆきってわたしのことでしょうか?うれし恥ずかし、どうしましょうという心境でした。では後ほど・・・。


[186] レポ 投稿者:MAI 投稿日:2004/08/17(Tue) 16:52

>モリエフスキーさま
レポートアップ、サイトリニュアルお疲れ様でした。
やりがいのある濃い内容ですね。あとでじっくり読みます。
あら、渋い色になった♪と思ったのですが、やっぱ補色♪^^

『敗北は引き受ける』おおっ!かっこいい!と思ったのですが、「淘汰される。おれ。覚悟。」という意味じゃないですか〜(泣)!
戦争をどうしてやってはいけないか、自衛隊派遣が当然の事実になると、一転して「平和ボケ」といわれるようになりますが、戦争を反対する人は「戦争の悲惨さ、痛ましい過去を繰り返してはならない」こんなことだけではなく説明できない何かを訴えているように思います。島田さんは現実の損得や短いスパンの社会情勢だけを追うものの見方ばかりになることを疑問視していたような。

>ロック女王の御息所さま
アイギーポップの場合は散水車動員だったのかしら?
OK牧場…家族の一部に誰かがおなか壊すと十分な「間」をとって、(くるぞ、くるぞ!と思って避けているのに)どうしてもゲイリー・クーパーって落としたい人がいます!御息所さま!私の家族ではないでしょうね(笑顔)?


[185] Re[184]: 心強いです 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/08/16(Mon) 23:55

早速の書き込み、ありがとうございます。

> 文学少女ではないので、難しいことは、よくわかららないのすが、モリエフスキーさんのレポートを読んで、なんだか少し、勇気付けられました。どうもありがとうございます。

その勇気について、もっと聞かせてください。私も語りたいことはたくさんあるのですが、平日は朝が早いので、週末にでも書きたいと思っています。

『敗北を引き受ける』とか、反応せずにはいられない発言です(笑)。

ほかの常連の方もおそらくご来訪いただいていると思います。
ぜひ、この広場で語ってください。

夏の文学教室の方もまとめているのですが、ここで反応が出てこないようなら、アップは見送ります。

その場合でも、MAIさんとみゆきさんには、メールでお伝えします。


[184] 心強いです 投稿者:ロック女王の御息所 投稿日:2004/08/16(Mon) 19:26

文学少女ではないので、難しいことは、よくわかららないのすが、モリエフスキーさんのレポートを読んで、なんだか少し、勇気付けられました。どうもありがとうございます。


[183] 乱痴気騒ぎ 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/08/15(Sun) 02:34

> 一人で舞台に立って演技する事。観客全員の視線に監視されて、少し緊張していらっしゃるように見えた部分もありましたよね。でも、好きでやっているみたいだから、OK牧場!そんな島田さんが、大好きです。

御息所さんもよみうりホールに行かれたのですね。思ったよりも会場は盛況で、私は2階席に座りました。

> 島田さんも、イギー・ポップみたいに、観客をじゃんじゃん壇上に上げてしまえばいいのに...。ふふふ。水掛祭りになっちゃたりして...。

乱痴気騒ぎって、良いですね。どのエッセーだか忘れましたが、マーラーの交響曲第5番の第4楽章について、ディオニュッソス的乱痴気騒ぎと評していたような気がします。

ボノボのホカホカみたいに、みんなで騒げば喧嘩も収まる?!

エスパース・デポック2004のレポートは、下書きができましたので、htmlにしてアップするのみとなりました。日曜日のうちにはできる見通しです。


[182] 壇上OK牧場化運動 投稿者:ROCK女王の御息所 投稿日:2004/08/06(Fri) 19:01

一人で舞台に立って演技する事。観客全員の視線に監視されて、少し緊張していらっしゃるように見えた部分もありましたよね。でも、好きでやっているみたいだから、OK牧場!そんな島田さんが、大好きです。
島田さんも、イギー・ポップみたいに、観客をじゃんじゃん壇上に上げてしまえばいいのに...。ふふふ。水掛祭りになっちゃたりして...。


[181] Re[175]: レポートは遅れます 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/08/03(Tue) 22:15

レポートは進めていますが、まだ遅れます。仕事が次々と来るので、平日はどうしても帰りが遅くなってしまいます。
百回転さんのところにもレポートは出ていましたね。

島田さんは、もっと話したいことはあったそうですが、時間が足りなくなってしまったとのこと。取り留めない語り口ではあったものの、私としては楽しめました。壇上に上がって行って一緒に語り合いたかったです(笑)。


[180] 源氏物語 投稿者:MAI 投稿日:2004/07/31(Sat) 15:50

アクセス数が上がっていたので遊びに来てみました。

私は源氏物語をしっかり読んでいない上に、忘れている所があるのか、六条の御息所の最後ってどんな風になるんですか?
葵の出産の時、祈祷したら出て来ちゃったり、紫の上にも分け隔てなく来てくれたような・・・。
我が身をはかなんで伊勢に下向するんでしたっけ?
紫に憑いた時はまだ亡くなってなかったんですか?どうだったっけ???
>モリエフスキーさま バイプレーヤーってバイセクシャルではなくて脇役ですね?バイブレーターって参りました!MAIっ!

>六畳の御息所さま モリエフスキーさんとすべりあってる(?)ところはやっぱり参りました!!近いセンス(笑)?
六条が六畳で宇治十帖が10畳!!@@!
そして気がつかなかったけど六条がROCK女王だ(笑)!わ〜ん!

六条は知性ある美人で機会があれば、紫の一番の理解者だったように思います。
あっけらかんとした紫や光君のボケ兄さまにはないものを持っているというのか・・・。
少なくとも二人には受け入れられているように見えました。
六条で物語が締まるのは情念の描写のほかに、現し身から離れて人物を関連づける役割を持っているのね。
交通機関や情報や立場で隔絶された世界だから。「情念」や「怨念」なんて言うと字面は怖い感じですが、あこがれちゃうな。
そんな深いお心を、って・・・私も光のようなところがあるのね。
「お前が一っぺん首しめられてみいっ!」ですよね。

藤原右と左の権力図にがんじがらめになった光の悲哀も見えます。


[179] 少し思い出しました。 投稿者:ROCK女王の御息所 投稿日:2004/07/28(Wed) 21:22

以前テレビ番組で見ました。作者が、少し年をとった後に、書いた部分だそうですね。とても穏やかなイメージがあります。


[178] 私は漫画で少し読んだだけです。 投稿者:ROCK女王の御息所 投稿日:2004/07/28(Wed) 12:19

よく話は、覚えておりませんが、宇治10畳...。いいですねえ。


[177] Re[176]: 脇役は辛い 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/07/28(Wed) 00:17

ご来訪ありがとうございます。

この掲示板は、「島田雅彦」をキーワードにして集まった人たちが、文学、思想、哲学等々、さまざまに好きなように語る場所です。源氏物語は詳しくないので、もっと書いていただくとうれしいです。

脇役っていうと、東野英治郎とか笠智衆を連想します。
バイプレーヤーとバイブレーターは音が似ているって、変な想像ですが。

私は今、10畳の書斎でこの文章を書いています。


[176] 脇役は辛い 投稿者:六畳の御息所 投稿日:2004/07/26(Mon) 11:55

ついつい紫の上ばかり、追っかけてしまいます。
六畳の御息所って、死ぬほど辛い役回りだなあ。
あんな死に方したくないよなあ。


[175] レポートは遅れます 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/07/19(Mon) 23:00

3連休にまとめる予定でしたが、部屋の掃除を優先したため、まだレポートはアップできません。しかし、着手しています。明日からは仕事の方が落ち着く予定(いつも願っていますが、、、)なので、少しずつ進めます。他サイトでも良いのが出ているらしいので、常連の方は、チェック済みでしょうね。


[174] Re[173]: 期待しています 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/07/14(Wed) 00:39

> 私も参加できました。毎日のぞかなくては・・・の心境です。トップですね。心得ました。

ご来訪ありがとうございます。以前からromしていただいていたのでしょうか。このところ、仕事が忙しくて、メモを整理するのは週末になってしまいます。

みゆきさんもよかったら、感想など、ここに書いてみてくださいね。

差し支えなかったら、どの辺に座っていたかメールでお伝えください(笑)。


以前からですが、講演レポート等は、行けなかった人や偶然このサイトに飛んできた人に島田さんの魅力を知ってほしいという気持ちから、いわば、ボランティア精神で書いています。私にはそれくらいしかできませんので。いずれ、過去の分もアップしたいと思っています。

おそらく、イベントの後ということで、来訪者が増えているようです。遠く、関西や四国方面からもアクセスしていただいているのではないかと思います。私と面識のある方、知らない方、どなたでも歓迎いたします。なにか、コメントしていただけるとうれしいです。


[173] 期待しています 投稿者:みゆき 投稿日:2004/07/12(Mon) 23:17

私も参加できました。毎日のぞかなくては・・・の心境です。トップですね。心得ました。


[172] 公開対談「中上健次の方法」 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/07/11(Sun) 23:37

行ってきました。恥ずかしながら、中上健次の作品は読んだことがないのですが、期待通りの充実した内容でした。近いうちにレポートアップします。おそらく、この掲示板ではなく、トップにリンク公開すると思います。


[171] Re[170][152][144][143][142][137]: なよたけのかぐや 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/06/14(Mon) 23:40

> こんにちわ!
> ルナ輪廻転生、書籍になっているのはなんでしたっけ。
> ストーリー説明し辛い抽象的な内容なのかしら?
>

河出書房新社から出ていた単行本は、絶版みたいですね。
実は私も未入手だったような気がします。というのも、
文藝の掲載号を持っていて、単行本を買うのを忘れていたような気がするのです。もはや、記憶があいまい。

河出文庫から出ていた『ユラリウム ルナ』も絶版の模様。こちらは持っていたような気がするのですが、我が家は古代遺跡のごとく散らかっているので、復旧には数年かかりそうです。


> 思い出したんですけど、「竹取物語」の作者が男性だと思えるところが所々あったんです。その一つ、月明かりが非常に強いことを表すのに「顔の毛穴が見えるくらい」とありました。女性できめ細やかな描写をする人がいても、こういう表現はしないんです。「うぶ毛」という人はいる。こういう表面上の顔の表現をする人は太宰治とか繊細な男性ばかり。どうでしょう?

なるほど。女性ならではの読みですね。
話が飛びますが、芥川龍之介「幻作」とも言われる『赤い帽子の女』は、昔、古本屋で見つけて購入しましたが、まだ読んでいません。伏字が多いけど、要するに駅売りのスポーツ新聞の官能小説レベルってとこですね。当時は、刺激が強かったのかな。映画にもなっていましたね。森下愛子と永島敏行が出ていました。


[170] Re[152][144][143][142][137]: なよたけのかぐや 投稿者:MAI 投稿日:2004/06/12(Sat) 13:36

こんにちわ!
ルナ輪廻転生、書籍になっているのはなんでしたっけ。
ストーリー説明し辛い抽象的な内容なのかしら?

思い出したんですけど、「竹取物語」の作者が男性だと思えるところが所々あったんです。その一つ、月明かりが非常に強いことを表すのに「顔の毛穴が見えるくらい」とありました。女性できめ細やかな描写をする人がいても、こういう表現はしないんです。「うぶ毛」という人はいる。こういう表面上の顔の表現をする人は太宰治とか繊細な男性ばかり。どうでしょう?


[169] 嫌米派? 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/06/06(Sun) 00:15

島田さんは、どちらかというと嫌米派という気がします。明示的ではないにしても。『気ままにいい夜』に出演したときも、「ポーランドとかは、強大なロシア、ドイツに挟まれたかわいそうな女の子みたいで、放っておけない」というような発言をされていたと記憶しています。ビデオ録画しているので、確認すればよいのですが、部屋が散らかっていて、どこに何があるのかわからない状態なのです。

ついでに初めて公開しますが、鹿児島で行われた『フランシスコ・]』の公演映像をある方の個人的好意でいただいています。こちらも部屋のどこかにある(だいたいわかりますが)のですが、いつか近いうちに、私の自宅でビデオ鑑賞会が開催できたらよいと思っています。ほかにも島田さんの映像はいくつかあるので。


[168] Re[125][124]: ルナ輪廻転生の物語 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/06/02(Wed) 23:00

> 観ましたよ。銀座セゾン劇場で、秋吉満ちるが主演でしたね。
> 藤木孝とか秋山祐徳太子とかも出演していました。

Four Roses の広告に出ている秋吉マンデー満ちる、当時に比べると老けた。もちろん、自分も老けた(はず)。


[167] Re[165]: ジュニアバタフライ 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/04/26(Mon) 00:18

書くといいながら、この時間ですので軽く書きます。

黒板でLa traviataさんがご指摘されていた部分、非常に興味を持ちました。(彼女がどなたか、何となく分かるような分からないような)

演出は、それほど斬新なものではなく、天井に設置されたスクリーンの効果は、何だかわかりませんでした。実際の戦争の映像を映し出すのは、『戦艦ポチョムキン』とか『存在の耐えられない軽さ』などの映画でも使われているものですね。

佐藤しのぶの歌唱については、私は素人なので詳しいことは言えないのですが、絶好調ではなかったのは確かでしょう。人間ですから、実力を完全に出し切れない場合があるのは仕方ないと思います。

しかし、テーマには普遍性があり、ブラッシュアップを重ねることで、あの『蝶々夫人』に匹敵する世界的なグランドオペラへと発展すると期待しています。

収容所のシーンで、『スギハラという変人』という台詞が出てくるのですが、これはあの「杉原千畝」のことですね。
杉原千畝については、数年前、島田さんが読売新聞のコラムで取り上げられていたことがあります。
今、すぐに取り出せないのですが、『あの時代にパブリックであったことは賞賛に値する』ということだったと記憶しています。

検索エンジンで杉原について調べると、多数のヒットがあります。ここでいちいち紹介はしませんが、みなさんも是非、読まれることをお勧めします。

私は個人的に、英雄にはある種の悲劇性と変人性があると感じています。島田さんが杉原のことを『変人』としてさらりとオペラの中に登場させたことに、非常に好感を抱いています。

あの『江戸を斬る』の主題歌にも『他の人とはどこか違う』という歌詞があった(記憶が曖昧)のですが、これも英雄の変人性という気がします。←ダイヤさん、もし知っていたら歌詞確認して(笑)。

もっと語ることはありますが、とりあえず、この辺で。


[166] 語りたいことはたくさんあるのですが、 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/04/23(Fri) 01:31

仕事が結構忙しくて、ゆっくり書くことができません。
でも、今週で落ち着くので、週末に書きたかったことを
まとめて書く予定です。

特に個人的に気になった「杉原千畝」に絡めて書きたいと
思っています。

熱心な来訪者がいらっしゃることを感謝しております。
何か足跡、あるいは、リクエストなど書いていただけないでしょうか。


[165] ジュニアバタフライ 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/04/14(Wed) 00:09

10日の公演に行ってきました。仕事の疲れが残っていて、
あまり調子は良くなかったのですが、座っていて楽が出来る
ように通路側の席を取っていましたので、助かりました。
SS席ではなくS席でしたが、1階の後ろから2列目で舞台に向かって
ほぼ中央でしたので、ポジションとしては全体が見渡せてよかったです。

まだ3部作を全部は読んでいないのですが、最近の島田さんの
関心、思想、哲学について感じられる内容でした。

ちょうどカメラが入っていて、収録されていたようですね。
『忠臣蔵』はNHKで放送されましたが、今回、どこの
カメラだか確認できませんでした。DVDは出るでしょうね。

これから見る人もいらっしゃるでしょうから、ストーリーについて
あまり書くことは控えますが、もろもろ、個人的な関心事について
書いていこうと思っています。

詳細は、週末以降になります。

私が気づいた著名人というと、

渡辺康雄(指揮者、ピアニスト。故・渡辺暁雄の子息)
筑紫哲也
石井苗子
吉村真理
桜井良子
堀紘一
田中小実昌

といった方々でした。石井さんは、島田さんになにやら紙袋を渡されていました。

今回は、島田さんと直接お話はしませんでした。


[164] Re[163]: 『弥勒』 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/03/29(Mon) 23:04

> 仏教界の救世主「弥勒」は釈迦入滅後56億7000万年経ってからこの世に現れるとされている。

川崎高校での講演で、その話をされていて、そもそも、太陽がその前に死んでしまうだろう、というオチがありました。

> 彌六チャンは30歳ちょい前、そんな時・・・。
> 2020年になるように無理して計算しちゃったかなぁ・・・。

私もまだ生きているはず。住宅ローンから解放されて悠々自適かも(笑)。

ずっと前、『子供を作るということは、未来への期待なのだ』と島田さんが話されていたことをふと思い出しました。
使うことがないけど、娘の名前は、摩耶子にしようと思っています。もちろん、摩耶夫人とマヤコフスキーから取ったものです。
恐らく、一生独身であろう私は、少子化対策への貢献が出来ませんが、しっかり労働して納税しているから少しは許されるでしょう。

> これでいいような気がするんだけど・・・。
> 「弥勒」は何度降臨してもいいです。マリアみたいに。

その通りだと思います。


[163] 『弥勒』 投稿者:MAI 投稿日:2004/03/24(Wed) 16:56

島田さんちの彌六チャンは元気かな?
預言者達は2020年が大転換の年だと言ってるらしい。
仏教界の救世主「弥勒」は釈迦入滅後56億7000万年経ってからこの世に現れるとされている。
しかし、釈迦入滅年の紀元前480年頃から計算すると、2500年後の西暦2020年に「弥勒」降臨となるんだけど・・・。
彌六チャンは30歳ちょい前、そんな時・・・。
2020年になるように無理して計算しちゃったかなぁ・・・。
これでいいような気がするんだけど・・・。
「弥勒」は何度降臨してもいいです。マリアみたいに。


[162] 松と柏 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/03/21(Sun) 01:12

> >「不老不死の薬」
> 関係ないですが、、マツの花言葉は「不老長寿」「永遠の若さ」でっす☆★

松と柏は、常緑樹ということで縁起が良いらしいですね。
柏の花言葉は「愛国心」。

「ヒコクミン」とは、島田流『愛国心』というところでしょうね。


[161] 『IMAGINE』 投稿者:MAI 投稿日:2004/03/19(Fri) 14:01

詩にのった感情に忠実な曲の作り方?
だからといって曲がダメなわけじゃないし・・・。
両優先の人探してみます(謎笑)。


[160] Re[159] 投稿者:ダイヤ 投稿日:2004/03/18(Thu) 21:15

> ビートルズのポールマッカートニー派かジョンレノン派かっていう質問がありました。前者はメロディ先行。後者は詩優先。
ジョンレノン『IMAGINE』が、特に、好きな私は「詩優先」なのかしら。。。


[159] Re[158]: 松 投稿者:MAI 投稿日:2004/03/17(Wed) 23:04

> 語源は、神がその木に降りてくるのを「待つ」ことから「マツ」になった、、、とも〜。。。
>「待てど暮らせど来ぬ人を」で宵待草ははじまるんですネ。
松。トミーとマツ。ゴメン!
赤松の枝を水の入った密封ビンに一晩置くの。香りのある炭酸水になるので、ガムシロ入れて松サイダーが出来ます。試したことナイ。
不老長寿サイダー。
「動物園の園長」の他に「サーカスの猛獣使い」という候補がありました。本当にアフリカのサバンナで百獣の中をジープかオートバイで疾走することを想像するだけで胸がドキバクってしたの思い出せる。
今は悲しき文明人、ウイルスの進化にナーバスになるばかりです。^^わだすシティーガールじゃけん。

ビートルズのポールマッカートニー派かジョンレノン派かっていう質問がありました。前者はメロディ先行。後者は詩優先。そんな意味合いだと思うんですが。言語は原始人が「うお〜!」っていう雄叫び、感情の吐露から派生したものと(音)、漢字みたいに、何かを表そう、記録を残そうとしたものがあるんですねー。
じゃあ文学の起源は感情と理性ですね。
「松の木ばかりが待つじゃない♪」この演歌みたいな歌はなんでしょうネ(笑)?


[158] 投稿者:ダイヤ 投稿日:2004/03/17(Wed) 21:08

語源は、神がその木に降りてくるのを「待つ」ことから「マツ」になった、、、とも〜。。。


[157] 再び、Re[152] 投稿者:ダイヤ 投稿日:2004/03/17(Wed) 20:55

>「不老不死の薬」
関係ないですが、、マツの花言葉は「不老長寿」「永遠の若さ」でっす☆★


[156] Re[155][154]: 富士 投稿者:MAI 投稿日:2004/03/17(Wed) 08:51

> ダイヤさんこんにちわ〜♪
> 『宵待草』といえば、竹久夢二ですね〜。。。
歌詞のタイトルですね。「宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬそうな」『宵待ち草』は竹久夢ニが造った言葉なんですね。。。

> MAIさんは、お花、お好きなようですね!私は、どちらかといえば、動物の方が好きです。
動物好きですよ〜♪馬を飼うとか象を飼うとか(乗りたかったらしい)言って家族を困らせ「そんなに好きなら動物園の園長になれ〜!」と言われました。
花だとか星を見て暮らすと人間と縁遠くなるみたい。動物も一匹飼うごとに、なんて言われるようですね。
『神曲』のダンテはベアトリーチェがすでに遠い人だったからそれでよかったのかな?


[155] Re[154]: 富士 投稿者:ダイヤ 投稿日:2004/03/16(Tue) 19:28

> MAIさんこんばんわ〜♪
> ダイヤさんのおうちは富士山がよく見える所ですか?
「うちからは、見えません(悲)。」まあ、本年は、正月ずっと見られたので…。
『宵待草』といえば、竹久夢二ですね〜。。。
MAIさんは、お花、お好きなようですね!私は、どちらかといえば、動物の方が好きです。


[154] 富士 投稿者:MAI 投稿日:2004/03/16(Tue) 13:18

> ダイヤさんこんにちわ〜!
ダイヤさんのおうちは富士山がよく見える所ですか?
うちの3F(百貨店にあらず)のベランダからお天気の日、富士が見えます。「無限カノン」の不二子はミス・日本という意味もあってついた名なのかな?(ルパン説は話し半分に聞いてます)
月見草は私の好きな花のひとつで、待つ宵草、宵待ち草、コマツヨイグサ、オオマツヨイグサですよね。
オオマツヨイグサのなかには子供の顔ほどの大輪のものがあって、祖母の家のお墓に行った帰り道、髪に挿しました。
太宰治の石碑のあたりはコマツヨイグサが群生していたと思うんだけど。

この間、島田センセが「東京生まれ」にこだわっているという話をしていました(笑)。
島田センセの『無敵の一般教養』のなかに「じゃあ、おまえ、アマゾンに住めよ」とよく言われるけど、ぼくは一応シティボーイで、東京生まれの東京育ちなので(P164)・・・・・、

で、出ぇたぁ〜!どこまで洒落だかセンセのアイデンティティなのね。島田さんは子供の頃世田谷にいらしたのかな。それからそこに近い神奈川の読売ランドらへんに・・・。読売ランドは小田急線。急行停車駅の向ヶ丘遊園、登戸はくっついています。
読売ランド、今は無き向ヶ丘遊園でセンセの作品に出て来るジェットコースターで遊ばれたのかも。そこまではいい、そこらへんも一応川崎ですが、本当の海の工業地帯のほうの川崎に行くのや、ちょっとした都内の町に出るのに、JR使おうとすると、もう「登戸」で「南武線」に乗り換えなければならない。これはイタイ、痛恨の大打撃です。「シティボーイ」が「登戸」乗り換えの「南武線」に乗る。「南武線」は元貨物が走っていたローカル線で、一区間がすごく短いのはそのなごり。車両は4ないし6両編成。しかも中央線や八高線のお古のつぎはぎ。標準色は黄色。床は油じみた昔のバスのにおい。見える風景はどこまでものどかな田園風景。
渋谷でカッコつけてナンパ決めこむと女の子に「家どこ?終電、平気?」って聞かれる。だいたい場所を言うと「ナ、南武線!?本数少ないからもう帰ったほうがいいんじゃナイ?」って言われる。
そのうえ、「あのカッコいい人、なんか靴に土ついてたよね?」なんて笑われる。地方に住んでいるのとはまた別なビミョーさがあるんです。南武線のシティボーイ!島田センセはやっぱ、どっか(笑)。


[153] Re[152] 投稿者:ダイヤ 投稿日:2004/03/15(Mon) 19:59

、の内容で、懐かしく、
太宰治の『富嶽百景』「富士には月見草がよく似合ふ」の言葉が想い出されました。


[152] Re[144][143][142][137]: なよたけのかぐや 投稿者:MAI 投稿日:2004/03/15(Mon) 15:48

帝は薬もあがらずに病み伏してしまった。不二の人。ここにも富士が掛けられているのでしょうか。

「不老不死の薬」ですが、中国に不老不死の薬が月中にあるという『神仙思想』が影響を及ぼしています。
「万葉集」に「月よみの持ちたる変若水(おちみず)」という語があり、この頃すでに『神仙思想』が伝わっていたことがわかります。

月=かぐや姫だとすると、発光したり全くの影になったり(朔、または新月)この頃は太陽の光を反射しているとは考えられていなかったからか。・・・・でもSFフィクション!・・だとすると・・・。

月は地球を回る唯一の天然の衛星。月明りを地球に届ける月の『罪』と言ったら『引力』だろうか。月の引力の影響で起る潮の満ち引きなど月が地球に及ぼす影響は数知れない。月は地球の周りを公転しているばかりか、公転周期と同じ27・32日の周期で自転している。
このため月は地球に表側しか見せないことになる。かぐや姫が求婚者達に無表情を通したように。しかし、見せない月の裏面は銀河系が出来た時、様々な物と激しい衝突を繰り返し大きな傷をたくさん持っている。
そして月は遠心力のためだんだん地球から遠ざかっている。
『竹取物語』の頃は今の約30倍の大きさで月が見えたはず。
10億年後位には月は地球から離れてしまう計算だと思うけど、こんな含みもあると言ったら穿ちすぎでしょうか。

本文「天人が姫に天の羽衣をさっとお着せになると、姫はすぐに天人になられ、空飛ぶ車に乗り、100人ほどの天人を連れて天に昇っていかれた」


[151] Re[150]: 泣く泣く・・・ 投稿者:MAI 投稿日:2004/03/12(Fri) 17:09

> 喜・怒・哀 の感情を激しく、激し〜く表すのっていうのは
気持ちいいもんです。
>思いっきり泣くのって健康によさそう。恋愛でドキドキするのもいいですねー。
私の父は心から健康になろうとドキドキの元を意図的に探していたようです。回春剤(‐_‐)y−。ο0O

多涙の詩聖、杜甫の「春望」
國破山河在 城春草木深 感時花濺涙 恨別鳥驚心 烽火連三月
家書低万金 白頭掻更短 渾欲不勝簪

春らしくていいなぁ。
源氏がよく泣いたのは雅なお子さまだったからか。
男が泣くのは大抵、現状を打開できないからだ。

のりおさんは「無心になりたくて」かな。
最近の男の子が「えへっ!ちょっと泣いちゃった♪」っていうのは、なんだか助かります。感謝(謎)。


[150] 泣く泣く・・・ 投稿者:のりお 投稿日:2004/03/11(Thu) 18:26

喜・怒・哀 の感情を激しく、激し〜く表すのっていうのは
気持ちいいもんです。
恥もなにもなく表現できる子供は羨ましいなぁ。

今は感情が一番揺れ動くのは恋愛。
恋愛するから感情が起伏するのか?
感情を起伏させたいから恋愛するのか?

人は感情的になりたがる???
感情的なその瞬間って無心だから、、
人は無心になりたがる???


[149] Re[148]: 泣く男 投稿者:MAI 投稿日:2004/03/10(Wed) 15:43

> 『明治の男』は人前で泣かなかったのかもしれないです。
男は男らしくと教育されていたからか。『竹取物語』のおじいさんは嘆く、悲しむはあったけど、実際泣いたかどうか。童話「かぐや姫」の挿絵では袖で涙を拭うおばあさんを支えていたのが多かったようです。

小学校の頃、クラス全員がほぼ号泣した時がありました。先生が屈辱的な言葉を並べたて泣かせていました。一言なにか言うごとに嗚咽があちこちから。先生が喜ぶだろうなと思って教卓を片付けたらテストの解答が置いてあって盗み見たということになっていたようです。ぽかんとしてる当事者も最後に泣き出した頃、先生は誤解だったと気づいたようですが、引っ込みがつきません。私は先生の罵倒のセンスのなさ、誤解の性質に泣くに泣けませんでした。私まで泣いたら誰がこいつの不名誉を晴らすんだとアツくなってしまいました。
「お話があります」とすでに怯えている先生を職員室に連れて行きました。「間違っていても『はい』と言えばすむことじゃないか」「態度のことを言ったのだ」の繰り返しでした。長丁場になり職員室を出ると、ドアのところにクラス全員が私を心配して待っていてくれました。「職員室から笑い声が聞こえたので安心した」そうです。
私は職員室での先生の立場を悪くさせたばかりか、クラスの人を下校時間はるか過ぎてから帰宅させてしまいました。後で、「あそこで私も泣いてしまえば先生の気も済んですぐに終ったんだ」と気づきました。でも泣けない。まだ「泣き真似」が卑怯だとされていた頃だったからか。。。

小津監督は「泣き」で「落ち」が欲しかったのではないでしょうか。

>ネカマは綿矢りさ「インストール」の小学生、青木君。この言葉は「インストール」で始めて知りました。


[148] 泣く男 投稿者:モリエフスキー 投稿日:2004/03/10(Wed) 12:30

『明治の男は、泣かない。』と言って、笠智衆は小津安二郎監督に抵抗したことがあるという。しかし、源氏物語などでは、男がよく泣く。竹取物語では、おじいさんは泣いただろうか。覚えていない。

紀貫之といえば、女のふりして土佐日記を書いたのでしたね。
これって、日本発のネットオカマ?