【 緊急ロングインタビュー】「マンガを正当なビジネスにしたい」マンガ家・佐藤秀峰 爆弾発言の裏にある思い
2010年06月22日21時20分 / 提供:日刊サイゾー
電子書籍デバイス「iPad」「Kindle」の誕生により、過渡期を迎える出版業界。隆盛を誇るマンガ雑誌も2007年に「月刊少年ジャンプ」(集英社)、08年に「週刊ヤングサンデー」(小学館)が休刊し、その後、新雑誌が創刊されるなど各社再編が相次いでいる。そんな中、"脱出版社"に向けて、作品を1話10円から販売するオンラインコミックサイト『漫画 on Web』で新たなマンガの可能性を模索するのが『海猿』『ブラックジャックによろしく』で名を馳せるマンガ家・佐藤秀峰氏。
昨年2月に公式サイトを立ち上げ、『ブラよろ』が「モーニング」(講談社)から「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)へ移籍した顛末のほか、編集部によるネームの無断改変、必要経費の実情、アシスタントからの賃上げ要求までも暴露。さらに広告用のマンガを描くも代理店の不義理な対応から掲載を拒否し、ギャラ540万円の受け取りを放棄した話や、編集者の不手際から『新ブラよろ』のコミックス9巻のカバーイラスト執筆をボイコットするなど、サイトの日記で爆弾発言を連発している。
『新ブラよろ』の雑誌掲載があと2話で最終回となる中、佐藤氏に突撃インタビューを行った。編集部との長年にわたる軋轢やマンガ界の内情、『漫画 on Web』への手ごたえと出版界の未来、プロのマンガ家になる方法、さらに次回作のプランも告白してくれた。前後編でマンガ界の禁断の真実に肉薄する。
――佐藤先生の"暴露"が世間では大きな反響を呼んでいます。ここまで内情を晒すことに抵抗はなかったのでしょうか?
佐藤秀峰(以下、佐藤) 僕は起こっている出来事を普通に話しているだけなんですよ。今までは発言する場所がなかったのが、ホームページという発言の場ができたから言ってるだけ。怒りがたまっていて、恨みを晴らすためにやってるわけでもないんです。ニュースサイトで記事にされる場合は、"ブチギレ"とか"暴露"と見出しを付けられちゃうんですけど(笑)、僕は平熱なんです。「原稿料の話は外じゃ絶対言っちゃいけない、それは業界のタブー」という空気が支配しているのがむしろおかしい。僕が何か言うと「みんなが黙ってきたのに、何言ってるんだ」というような反応がある方が変。僕はこういうことを普通に話せる空気が欲しいだけ。
――「単行本の表紙カバーを描いてもギャラが出ない」という話も読者には衝撃的でした。カバーをボイコットする話では、『ムショ医』で知られるマンガ家である佐藤智美夫人と夫婦喧嘩をして、出版社に対して「あいつら、レ○プしといて、『オレが女にしてやった』って言うような奴らだぜ......」と日記で発言。その後、奥さんが部屋から出て行ったところで終わったので、そのまま離婚の危機を迎えるのかと思いましたよ。
佐藤 単行本の表紙は、僕が知る限りどこの出版社もほぼ100パーセント、ギャラが出ませんね。日記を書くときは業界の人より、マンガをあまり知らない一般の方が読むことを想定して、面白おかしく伝えたいという気持ちがあるんです。カバーの話も事実を列挙して説明文を書いても面白くないので、奥さんと喧嘩した様子を実況中継風に書いたほうが読者の興味を引いて読んでもらえるんじゃないかという"演出"です。マンガのストーリーを作るのと同じで、冒頭に衝撃的な事件があって、状況説明のシーンが始まって、まただんだん盛り上がっていく感じ。実は深刻な夫婦喧嘩じゃなくて、奥さんには日記を書くときも相談して、「(喧嘩の時に)レイプって言葉は使ってなかったよ」と言われて「でもそう思ってたんだ」と言ったら、「じゃあ書いてもいいんじゃない」ということで使いました。さらに「一日、日記を空けた方が引きがあるよ」と言われて、文章は先に作っといて、一日空けてから結末は書きました。
●マンガ界に伝わる都市伝説「編集者は3人新人をつぶして一人前」
――マンガ編集者の間では、「編集者は3人新人をつぶして一人前」という話もあるそうで......。
佐藤 実際、担当編集者に言われたんですよ。「入社したときに先輩の編集者から編集者の心得として三つ言われたことがある。一つ目が、"編集者は3人新人をつぶして一人前"。二つ目が、"作家に絶対謝るな"。三つ目が、"大物作家とタクシーに乗るときは、作家を奥に入れろ。新人の場合は出口側に座らせろ"」。だから、マンガ家と編集者は根本的に感覚が違うわけですよ。僕らマンガ家は、表現者で自分の表現がしたいのに、編集者は自分たちが"マンガを描かせてる"と思ってるから話が通じない。僕らからすればマンガを多くの人に見せたくて、有名な雑誌に載って、より人目に付くところに発表したいと考える。そのために出版社がパートナーとして存在している、という順番。創作意欲が大前提。でも、編集者は、雑誌を埋めるためのコンテンツが必要で、そこにどの作家を選んで何を描かせるかと考える編集者の企画主導。その点が折り合いつかないことがよくある。それで、自分を傲慢とも思わないでそれが当然だと思ってる。若い頃は、なんで大学出てマンガを描いたこともない人間に、いきなり作品の批評されて「出直して来い」と言われないといけないのかと思ってましたね。何を分かって批評してるんだろう、と。
――マンガ家の心情を理解している編集者はいなかったですか?
佐藤 前の「スピリッツ」の担当はすごく好きな人で、その人は「編集者は才能にたかるハイエナで、おこぼれを頂戴しようとして才能の周りにくっついてる人間だと常に自覚しておくべき。ただハイエナにはハイエナのプライドがある」と言ってましたね。「編集者が(マンガを)作ってるというのは思い上がりだと自分は思ってる」と。要は、どこまで相手の立場を尊重できるかだと思う。
――マンガ家と編集者の関係というと、現在「週刊少年ジャンプ」(集英社)連載中の原作・大場つぐみ、作画・小畑健の『DEATH NOTE』コンビによる『バクマン。』や、土田世紀のマンガ『編集王』でもその内幕が描かれています。佐藤先生は読まれてらっしゃいますか?
佐藤 『バクマン。』は読んでないんですが、『編集王』はアシスタントのころに読んでいて、「これからこんな編集者と付き合っていくのか、でも、ここまで悪い人たちはいないだろう」という思っていたら、もっと悪かったという(一同笑)。熱血な編集者もいるんですけど、どこかで、会社に呑まれるんですよ。作家の味方をしても、「じゃあ辞めるのか」となったら、やっぱり給料とっちゃう。1回負けると角が取れて、かわいくなっちゃう。
――『海猿』は編集部との表現の方向性をめぐる対立から、連載終了を申し入れたと明かされています。
佐藤 『海猿』の場合は、海上保安官の仕事は、海上の治安の維持という海の平和を保つ仕事。溺れてる人がいたら助けるけど、悪いヤツがいたら時には銃を撃たないといけない。同じ人間が、ある時は命を救い、ある時は人を殺すという矛盾や葛藤を描きたかったんですけど、それは編集部が描かせてくれないわけですよ。「だったらやる意味ないや」と思って、結局止めちゃいましたね。
――編集部は、正義のヒーローにしようとした。
佐藤 そうですね。単純に人助けをして「かっこいい」「感動した」という話を延々描いてくれと言われると無理ですね。それは僕の表現したいことじゃない。描けと強制されると無理でした。そもそも『海猿』は「ヤングサンデー」の編集者が、当時、映像制作会社に所属していた小森陽一(『海猿』には原案取材としてクレジット)さんと知り合いになって、お互い海が好きということで、海上保安庁の話を描こうとしていた。そこで小森さんが原作を文章で書いて企画会議に出して、「原作としては使えないけど、海上保安庁というのは珍しい」ということで、企画だけが残っていたんです。それを編集者が「佐藤君、描いてみないか」と持ってきて、話を受けたんです。なので、僕は小森さんの書いた原作を読んでいないのですが、小森さんは自分が原作者だと思っていらっしゃるようで、そこからお互い齟齬があったんですよね。
――『ブラックジャックによろしく』では、編集者の取材内容にミスがあり、抗議が来てから作品に編集者の名前がクレジットされるようになりました。実際、取材はどのようにされていたのでしょうか?
佐藤 『ブラックジャックによろしく』は、まず「モーニング」で描きませんかという話だけがあって、最初は、ヤクザモノはどうだろうとか、いろいろ案はあったのですが、前作の『海猿』が海上保安官だったので、"命の現場"の話が向いているということで、医者になったんです。特に医療に興味があったわけではないです。取材は、打ち合わせで決めた内容を、編集者だけが医療関係者などに取材に行くときもあれば、僕が同行する場合もありました。がん編の途中までは、取材は編集者が主導ですね。つまり、それまでの取材の内容については、彼らの仕事の成果だと思っていますし、彼らが評価されるべきです。逆に言うと、僕にはその当時の取材内容について、責任が取れないし、編集者も、取材の内容については自分たちが保証するという取り決めでやってきたはずです。がん編の途中からと、精神科編以降は、取材も僕が主導ですね。
――編集者だけが取材に行った内容を掲載した際にクレームが来たんですか?
佐藤 クレームは大小いろいろあるのですが、訴訟に発展しかけた最も大きなクレームについてはそうでしたね。その時も、取材の責任は誰にあるかということで、まずは作品を作る上で役割を決めようという話はしました。データがあっても、それをどう組み込んで、ストーリーを作っていくかは別の作業。編集者がデータを調べると、なぜか"自分の原作"だと思ってしまう。なので、編集者が勝手に台詞を変えて、僕が「なんで台詞を変えるんだ」と言っても通じない。編集者は「原作者と同じ仕事してる」と思い込んでいて、「だっていいものにしようと思ってる」と言うんですが、そこに意識のズレがある。物語を作るのは僕の役目。編集者に作家の領域に踏み込まれると違いますよね。僕はマンガに、そのとき伝えたい思いや表現したい内容がないと描けない。そのためにデータを利用もするし、データは物語を作る材料の一部に過ぎません。編集者の意向でそもそも表現したいことを曲げるのは、本末転倒です。
――どんないい食材を持ってこられても、結局は調理人の腕次第ですよね。データだけがあっても、それを物語に盛り込んで生かすのは、作家の特殊技能によると思います。
佐藤 データもそうだし、言葉一つとっても、言葉だけがあって物語ができるんじゃなくて、言葉はストーリーにハマるパズルの一つ。物語を作ったことない人は、それがわからなくて、出来上がった物語の中に、自分が調べたデータや言った言葉が混ざってると、自分が作ったものだと思ってしまう。編集者だけでマンガを作っているのなら、作家をバンバン取り替えて、編集主導で100万部ヒットを連打すれば、講談社も黒字になるんじゃないかと思うんですけど。現実は違うわけですよ。それがわからないみたいですね。
●100万部売れても一生は暮らせない
――ギャラの話もサイトでされていて、『ブラックジャックによろしく』を講談社で描いていた頃、原稿料がページ単価2万3,000円で、アシスタントへの人件費や事務所の賃貸料を考慮すると、原稿料だけでは赤字だったと明かされています。
佐藤 ビジネスですからお金の話は最初にしないといけないし、それができない雰囲気があること自体がおかしい。それをサイトで書いたら問題があるというのがわからない。アルバイトも時給がいくらかわかってから働くのが普通ですよね。編集者に原稿料の話をしても「編集長しか原稿料はわからないので、担当の私は知らない。決定権がない」と言われてしまう。ギャラを明確にせず、契約書もないままマンガを描くのはおかしいので、5〜6年前からは契約の専門家を立てるようになりました。マンガ家でもそこまでやる人は少ないでしょうね。そもそも、契約書を交わさないといけないという概念がない。
――原稿料だけでは赤字だったとしても、コミックスの印税ではガッポリ儲かっているんじゃないんですか?
佐藤 全然そんなことないんですよ。100万冊売れるマンガなんて全体の0.1パーセント以下。有限会社 佐藤漫画製作所という会社組織にしているんですが、零細企業の社長としては全然儲かってない。100万部ヒットといっても1冊500円で印税が5,000万。年4冊出して2億。それって、すごいわけではない。年商2億ですからね。僕の年収じゃない。アシスタント含めて5〜6人いる企業ではたいしたことないですよ。しかもそれが全体の0.1パーセントで、平均だけで見れば、悪い商売ですよ。その上、単行本の出ない漫画家のほうが圧倒的に多いですから。トップになった人は桁が違うぐらい儲からないと職業として魅力がない。100万部ヒットを出すと一生遊んで暮らせるというぐらいじゃないとマンガ家は夢がないですよね。半分税金で持っていかれるし。
――でも、マンガは何巻も出せますし、映像化の際のロイヤリティやグッズ収益などのキャラクタービジネスもウマみがあると思いますが。
佐藤 それはごくごく一部ですよ。言うほど儲からないですって。キャラクタービジネスで儲かるのは、漫画がアニメ化され、ゲーム化され、キャラクターグッズが飛ぶように売れる人ということになりますが、そういう人って何人もいないですよ。『ワンピース』の尾田栄一郎さんとか、『ドラゴンボール』の鳥山明さんとか、本当に限られた何人かですよ。実写ドラマ化されても、キャラクターグッズなんて出ないです。『海猿』の場合、最初の映画化では単行本の増刷がかかったんですけど、次の映画化では単行本はまったく増刷がかかりませんでしたし、テレビドラマの場合、1本30万円弱の原作使用料が入るだけです。映画が70億ヒットと言われても、僕にはロイヤリティは1円も発生しません。決められた原作使用料が1回支払われるだけです。それじゃおかしいということで、次回作ではロイヤリティが発生する契約を結んでいます。子どもの頃は週刊マンガ雑誌に連載してる人は全員大金持ちだと思ってましたけど、まさか原稿料だけでは、赤字でやっているとは思わなかったですね。
――マンガの新たな表現の場を求めて、立ち上げられた『漫画 on Web』について、改めて説明をお願いします。立ち上げたきっかけを教えてください。
佐藤 紙媒体が斜陽化していて、次のメディアを考えたのがきっかけです。自分でサイトを作るのは、金も労力もかかるのですごく面倒で、誰かに作って欲しかったんですけど、誰も作ってくれないんですよね。出版社が動いてくれたら楽だったのに全然動かないから、結局自分で作りました。
――出版社が作っても莫大なマージンを取りそうですよね。現在アクセス数は1日どの程度でしょう?
佐藤 詳細は言えませんが、アクセスは1日数千。日刊サイゾーで取り上げられて、「Yahoo!トップニュース」になった時で数万ですね。収支は、赤字ではないんですが、平均でランニングコストとサイト用のスタッフ1人の人件費を払って利益が多少出る程度ですね。売り上げも月に数十万円。100万円はいかないですね。昨年9月の有料サービスを開始して、最初は一気にポイント(マンガの閲覧はポイント制で300ポイント315円から)を買ってくれて、初日は10万円売り上げたんですが、そのまま100万円まで行くかと思ったら、落ち着いちゃいましたね。
――サイトには読者の掲示板もありますが、読者の反応はいかがですか?
佐藤 「意外と読める」という人もいれば、「紙の方がいい」という人も。デジタルになって初めて僕のマンガを読んだ方もいて、年配の方から「マンガコーナーに行って自分がマンガを選んでいる姿が恥ずかしい。それがパソコンだと誰にも探すところを見られなくて30年ぶりにマンガ読んだ」という意見もありました。僕自身はネットで読むことに抵抗はなくて、机の前にパソコンモニターがあって、一日中、メールや資料をパソコンで見ながら作品を描いているので、不便じゃない。でも、マンガを読むためだけにパソコン立ち上げると考えると面倒かもしれませんね。
――『漫画 on Web』には、『ダービージョッキー』『日本沈没』のマンガ家・一色登希彦、『森繁ダイナミック』のマンガ家・桃吐マキルさんも参加されています。出展者はDEBUTコースなら月額5,250円のみと低料金ですね。
佐藤 システムは正直にやっています。出展するマンガ家さんからは売り上げの手数料は1円ももらってないし、掲載は審査もしていないので誰でもOK。誰でも自由に登録して使ってくださいという形式で、小説も写真集も出展可能です。1話あたりの値段や、読者が閲覧できる期間は、作家さんが自由に決められて、1回購入で最大366日閲覧可能。僕の作品は366日ですね。『ブラックジャックによろしく』は旧作は1話10円。マンガは1冊10話としたら、1冊100円で妥当な値段かと。新作は1話30円で1冊分に相当する10話買うと300円。紙の本より安くないと意味がないし、BOOK OFFと同じ値段じゃないと競合しない。出展はこちらから営業は一切していないので、興味を持ってくれた方に自由に使ってもらえる魅力的なシステムにしたいですね。
――『漫画 on Web』では、佐藤先生のアシスタントも作品を発表されていますね。テーマを基にネームの出来を競う"ネーム対決"を行っています。
佐藤 アシスタントにはプロになって欲しい。マンガ家は一代限りの才能なので、僕の才能がなくなったら会社も潰れ、みんな雇えなくなってしまう。長く面倒は見られないので、アシスタントには最長3年で辞めてもらうという契約にしています。プロになって辞めてくれるのが一番ですが、3年やって才能の芽が出なければ、若いうちに田舎に帰るのもいいんじゃないかと思うし。
――佐藤先生のアシスタントからプロになった方もいらっしゃるんでしょうか?
佐藤 去年は5人辞めて、4人連載を持っています。吉田貴司は「モーニング・ツー」(講談社)で『フィンランド・サガ(性)』を、梅澤功二朗は「ヤングジャンプ」(集英社)で『ヤナガオート』を連載中。白鳥貴久は「ヤングキング」(少年画報社)で『タイガーズ』連載して、携帯コミックでも活躍。まぁびんこと藤井五成は「月刊スピリッツ」(小学館)で『DRAGON JAM』が始まりました。こんなにアシスタントがマンガ家になっているのは日本でウチだけだと思います。
――それは佐藤先生に若手を育成するメソッドがあるのでは?
佐藤 才能を拘束しないで、ある程度のお金とゆとりを与えることですかね。週5日、1日12時間拘束で働いてもらいますが、年に2〜3カ月有給休暇がある。その間も給料払うけど、「しっかり自分の作品描いてね」と言っています。ボーナスも4カ月分出してます。
――そんな好待遇を記事にしたら、アシスタント応募殺到しますよ(笑)。佐藤先生にとってマンガ家のプロになる条件は?
佐藤 描くことだけ。雑誌に載ってる人は、描いてる人ですよ。描かないで載る人は一人もいない。マンガ家になれたのは、いっぱい描いた人だけです。なれなかった人は途中で描くの辞めますからね。プロになるまで描いたからなれた。ちゃんと考えながら1,000枚原稿描けば絶対なれますよ。その前にみんな諦めちゃうだけ。
●改めて問う、佐藤秀峰にとってマンガを描くことの意味とは?
――では、改めてお伺いします。佐藤先生にとってマンガとは何でしょうか?
佐藤 「マンガとは?」ってあんまり聞かれないですよ......(長い沈黙)。マンガはなくてもいいものだと思うんです。マンガのない国もいっぱいあるし、マンガを読まなくても日常過ごしている日本人もいっぱいいる。描くのは好きだけど、ほかのマンガはまったく読まないし、斜に構えてる感じじゃなくて、あってもなくてもいいものだと思う。でも、なんであるか分からない......改めて聞かれるとマンガってなんだろう......(さらに長い沈黙)。実は、仕事してることに罪悪感もあるんですよ。例えば、『ブラックジャックによろしく』でテーマにしている医者だったら、医療がない時代も人は生きて繁殖して、人類は続いてきた。だから「医者ってどこまで必要なのかな?」と考えると分からなくなってしまう。長生きしたいし、病気で苦しんで、治療して楽になったらありがたい存在だけど、自分が医者だったら、結局病気の人からお金を吸い上げて生きている気持ちになる。マンガってなくてもいいものだと思うし、無駄な出費を誰かにさせて暮らしているわけで、無駄なものにお金を使わせている。これを続けてどういう意味があるんだろうと思うこともあります。
――医者の話は極論だとしても、人は無駄なものに対価を払いませんよ。先生の作品に「本当に救われた」「感動した」という読者の声も届くのでは?
佐藤 感動してくれればうれしいですけど、その人のために描いてないですからね。その人に会ったことないし、その人の顔を思い浮かべて描いたわけじゃないから。「この仕事は何なんだろう」と思いますね。
――では、誰のために描いてるんですか?
佐藤 当然自分のためだと思います。生活のため、表現欲を満たすため。そのために誰かに何かを伝える言葉だから相手が必要。
――例えばスティーブン・キングは「すべての小説を夫人に向けて書いている」と聞いたことがあります。また、伊集院光は深夜ラジオで「中2の自分に向かって話している」と語っていました。佐藤先生にとっての想定読者は?
佐藤 自問自答している感じ。でも、自分の作品も基本的には読み返さない。描いていて、整合性取るためには読むけど、それ以外は読まないですね。
●作品発表は『漫画 on Web』へ 『ブラよろ』の結末は......
――今後は、『漫画 on Web』メインで、今後は完全に"脱・出版社"の方向で、大手出版社の仕事は受けないつもりなのですか?
佐藤 印税に頼るのはギャンブルなので、制作費をカバーできる正当な原稿料をもらえれば出版社でも描くし、もらえなければやらない。ビジネスパートナーになってくれるのであれば、仕事をするだけです。今の状況では、『漫画 on Web』が一次使用で、それを「原稿料払うので雑誌に載せたい」という話があれば二次使用としてはいいかなと思う。契約の仕方ですね。発表の形態もiPadには期待を寄せているので、今後、7月中を目途に『漫画 on Web』をiPadに対応させてから、その次に翻訳して、海外版もできればと考えています。
――次回作は、「週刊マンガTIMES」(芳文社)に掲載されて休載中の『特攻の島』ですか?
佐藤 『特攻の島』は途中なので、そこまでは雑誌でやります。『新ブラックジャックによろしく』が終わったら、一カ月程度休んでからやろうと思ってます。掲載期間は、1年から2年ですね。その次の作品もネームはできているので描きたいんですけど。さすがにそれはまだ詳しいことは言えないです。常に描きたいことはいっぱいあるけど、形にするのに苦労します。描きたいことを出し切るには、かなりの時間が必要で、描きたいことがなくなるということは今のところない。
――描いてみたいテーマはありますか?
佐藤 ジャンルで描きたいものはないんですよ。だから編集者が提案してきたものを受け入れちゃうんですよ。どんな食材を持ってきても、おいしく料理できますよって感じ。マグロしか扱えないとかそういう風になりたくない。どうせ僕が描くと泥臭い感じになるんで。でも、泥臭い風にしかならないけど、なんでもできます、となりたいかな。
――一色登希彦さんのマンガ家としての半生をマンガにするという企画がお二人のTwitterでのやりとりから始まって、その基となる一色さんへのインタビューをUSTREAMで配信されました。
佐藤 一色さんとのマンガは、『漫画 on Web』ですぐにやりたいと思ってます。取材があまり必要じゃない自分の知ってる世界を書けたらいいなと思ったけど、話を聞いたら意外と大変で......。おそらく「表現者とは何か?」という話になる予定です。
――では最後に、残り2回となった『新ブラックジャックによろしく』はどのような幕引きとなるのでしょうか?
佐藤 最後回のために取材してきた題材があるので、それを描こうと思っています。医療マンガもまだ描こうと思えば描けます。愛情を持って描いてきたので、寂しい気持ちもありますね......。最終回は"マンガでは誰も描いたことがない終わり方"になると思います。
* * *
佐藤先生の日記での告白に、「激怒」「マジギレ」「暴露」......そんな見出しを付けてきた我々だが、直接生で聞いた先生の声は穏やかで冷静、しかしながらマンガへの強い信念が随所にほとばしっていた。「マンガとは?」という質問に、言葉を選び、熟慮して答えていただいたその様は『ブラックジャックによろしく』の自問自答する主人公・斉藤英二郎そのもの。たゆたう心情をありのままに表現するその姿勢こそが、作品にリアリティを生んでいるように思われた。大手出版社への挑戦状とも言える『漫画 on Web』の未来と、掲載誌を変え、8年にわたって連載されてきた『ブラックジャックによろしく』の"誰も描いたことがない"着地点に期待したい。
(取材・文=本城零次<http://ameblo.jp/iiwake-lazy/>)
●佐藤秀峰(さとう・しゅうほう)
1973年12月8日生まれ。大学在学中よりマンガ家を志し、福本伸行、高橋ツトムのアシスタントを経て、1998年「ヤングサンデー」に掲載の『おめでとォ!』でデビュー。同年開始の『海猿』はNHK BSハイビジョンでTOKIO・国分太一でドラマ化され、さらに伊藤英明主演で映画化、フジテレビ系でドラマ化、今年9月18日には3作目の映画公開も控える。また、02年、「モーニング」に『ブラックジャックによろしく』を連載、03年に妻夫木聡主演でTBS系でドラマ化。単行本1〜13巻の累計発行部数は1000万部を突破。07年、「ビッグコミックスピリッツ」に移籍し、『新ブラックジャックによろしく』と改題。09年、オンラインコミックサイト『漫画 on Web』(http://mangaonweb.com/)を立ち上げ、マンガの新天地を模索している。
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昨年2月に公式サイトを立ち上げ、『ブラよろ』が「モーニング」(講談社)から「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)へ移籍した顛末のほか、編集部によるネームの無断改変、必要経費の実情、アシスタントからの賃上げ要求までも暴露。さらに広告用のマンガを描くも代理店の不義理な対応から掲載を拒否し、ギャラ540万円の受け取りを放棄した話や、編集者の不手際から『新ブラよろ』のコミックス9巻のカバーイラスト執筆をボイコットするなど、サイトの日記で爆弾発言を連発している。
『新ブラよろ』の雑誌掲載があと2話で最終回となる中、佐藤氏に突撃インタビューを行った。編集部との長年にわたる軋轢やマンガ界の内情、『漫画 on Web』への手ごたえと出版界の未来、プロのマンガ家になる方法、さらに次回作のプランも告白してくれた。前後編でマンガ界の禁断の真実に肉薄する。
――佐藤先生の"暴露"が世間では大きな反響を呼んでいます。ここまで内情を晒すことに抵抗はなかったのでしょうか?
佐藤秀峰(以下、佐藤) 僕は起こっている出来事を普通に話しているだけなんですよ。今までは発言する場所がなかったのが、ホームページという発言の場ができたから言ってるだけ。怒りがたまっていて、恨みを晴らすためにやってるわけでもないんです。ニュースサイトで記事にされる場合は、"ブチギレ"とか"暴露"と見出しを付けられちゃうんですけど(笑)、僕は平熱なんです。「原稿料の話は外じゃ絶対言っちゃいけない、それは業界のタブー」という空気が支配しているのがむしろおかしい。僕が何か言うと「みんなが黙ってきたのに、何言ってるんだ」というような反応がある方が変。僕はこういうことを普通に話せる空気が欲しいだけ。
――「単行本の表紙カバーを描いてもギャラが出ない」という話も読者には衝撃的でした。カバーをボイコットする話では、『ムショ医』で知られるマンガ家である佐藤智美夫人と夫婦喧嘩をして、出版社に対して「あいつら、レ○プしといて、『オレが女にしてやった』って言うような奴らだぜ......」と日記で発言。その後、奥さんが部屋から出て行ったところで終わったので、そのまま離婚の危機を迎えるのかと思いましたよ。
佐藤 単行本の表紙は、僕が知る限りどこの出版社もほぼ100パーセント、ギャラが出ませんね。日記を書くときは業界の人より、マンガをあまり知らない一般の方が読むことを想定して、面白おかしく伝えたいという気持ちがあるんです。カバーの話も事実を列挙して説明文を書いても面白くないので、奥さんと喧嘩した様子を実況中継風に書いたほうが読者の興味を引いて読んでもらえるんじゃないかという"演出"です。マンガのストーリーを作るのと同じで、冒頭に衝撃的な事件があって、状況説明のシーンが始まって、まただんだん盛り上がっていく感じ。実は深刻な夫婦喧嘩じゃなくて、奥さんには日記を書くときも相談して、「(喧嘩の時に)レイプって言葉は使ってなかったよ」と言われて「でもそう思ってたんだ」と言ったら、「じゃあ書いてもいいんじゃない」ということで使いました。さらに「一日、日記を空けた方が引きがあるよ」と言われて、文章は先に作っといて、一日空けてから結末は書きました。
●マンガ界に伝わる都市伝説「編集者は3人新人をつぶして一人前」
――マンガ編集者の間では、「編集者は3人新人をつぶして一人前」という話もあるそうで......。
佐藤 実際、担当編集者に言われたんですよ。「入社したときに先輩の編集者から編集者の心得として三つ言われたことがある。一つ目が、"編集者は3人新人をつぶして一人前"。二つ目が、"作家に絶対謝るな"。三つ目が、"大物作家とタクシーに乗るときは、作家を奥に入れろ。新人の場合は出口側に座らせろ"」。だから、マンガ家と編集者は根本的に感覚が違うわけですよ。僕らマンガ家は、表現者で自分の表現がしたいのに、編集者は自分たちが"マンガを描かせてる"と思ってるから話が通じない。僕らからすればマンガを多くの人に見せたくて、有名な雑誌に載って、より人目に付くところに発表したいと考える。そのために出版社がパートナーとして存在している、という順番。創作意欲が大前提。でも、編集者は、雑誌を埋めるためのコンテンツが必要で、そこにどの作家を選んで何を描かせるかと考える編集者の企画主導。その点が折り合いつかないことがよくある。それで、自分を傲慢とも思わないでそれが当然だと思ってる。若い頃は、なんで大学出てマンガを描いたこともない人間に、いきなり作品の批評されて「出直して来い」と言われないといけないのかと思ってましたね。何を分かって批評してるんだろう、と。
――マンガ家の心情を理解している編集者はいなかったですか?
佐藤 前の「スピリッツ」の担当はすごく好きな人で、その人は「編集者は才能にたかるハイエナで、おこぼれを頂戴しようとして才能の周りにくっついてる人間だと常に自覚しておくべき。ただハイエナにはハイエナのプライドがある」と言ってましたね。「編集者が(マンガを)作ってるというのは思い上がりだと自分は思ってる」と。要は、どこまで相手の立場を尊重できるかだと思う。
――マンガ家と編集者の関係というと、現在「週刊少年ジャンプ」(集英社)連載中の原作・大場つぐみ、作画・小畑健の『DEATH NOTE』コンビによる『バクマン。』や、土田世紀のマンガ『編集王』でもその内幕が描かれています。佐藤先生は読まれてらっしゃいますか?
佐藤 『バクマン。』は読んでないんですが、『編集王』はアシスタントのころに読んでいて、「これからこんな編集者と付き合っていくのか、でも、ここまで悪い人たちはいないだろう」という思っていたら、もっと悪かったという(一同笑)。熱血な編集者もいるんですけど、どこかで、会社に呑まれるんですよ。作家の味方をしても、「じゃあ辞めるのか」となったら、やっぱり給料とっちゃう。1回負けると角が取れて、かわいくなっちゃう。
――『海猿』は編集部との表現の方向性をめぐる対立から、連載終了を申し入れたと明かされています。
佐藤 『海猿』の場合は、海上保安官の仕事は、海上の治安の維持という海の平和を保つ仕事。溺れてる人がいたら助けるけど、悪いヤツがいたら時には銃を撃たないといけない。同じ人間が、ある時は命を救い、ある時は人を殺すという矛盾や葛藤を描きたかったんですけど、それは編集部が描かせてくれないわけですよ。「だったらやる意味ないや」と思って、結局止めちゃいましたね。
――編集部は、正義のヒーローにしようとした。
佐藤 そうですね。単純に人助けをして「かっこいい」「感動した」という話を延々描いてくれと言われると無理ですね。それは僕の表現したいことじゃない。描けと強制されると無理でした。そもそも『海猿』は「ヤングサンデー」の編集者が、当時、映像制作会社に所属していた小森陽一(『海猿』には原案取材としてクレジット)さんと知り合いになって、お互い海が好きということで、海上保安庁の話を描こうとしていた。そこで小森さんが原作を文章で書いて企画会議に出して、「原作としては使えないけど、海上保安庁というのは珍しい」ということで、企画だけが残っていたんです。それを編集者が「佐藤君、描いてみないか」と持ってきて、話を受けたんです。なので、僕は小森さんの書いた原作を読んでいないのですが、小森さんは自分が原作者だと思っていらっしゃるようで、そこからお互い齟齬があったんですよね。
――『ブラックジャックによろしく』では、編集者の取材内容にミスがあり、抗議が来てから作品に編集者の名前がクレジットされるようになりました。実際、取材はどのようにされていたのでしょうか?
佐藤 『ブラックジャックによろしく』は、まず「モーニング」で描きませんかという話だけがあって、最初は、ヤクザモノはどうだろうとか、いろいろ案はあったのですが、前作の『海猿』が海上保安官だったので、"命の現場"の話が向いているということで、医者になったんです。特に医療に興味があったわけではないです。取材は、打ち合わせで決めた内容を、編集者だけが医療関係者などに取材に行くときもあれば、僕が同行する場合もありました。がん編の途中までは、取材は編集者が主導ですね。つまり、それまでの取材の内容については、彼らの仕事の成果だと思っていますし、彼らが評価されるべきです。逆に言うと、僕にはその当時の取材内容について、責任が取れないし、編集者も、取材の内容については自分たちが保証するという取り決めでやってきたはずです。がん編の途中からと、精神科編以降は、取材も僕が主導ですね。
――編集者だけが取材に行った内容を掲載した際にクレームが来たんですか?
佐藤 クレームは大小いろいろあるのですが、訴訟に発展しかけた最も大きなクレームについてはそうでしたね。その時も、取材の責任は誰にあるかということで、まずは作品を作る上で役割を決めようという話はしました。データがあっても、それをどう組み込んで、ストーリーを作っていくかは別の作業。編集者がデータを調べると、なぜか"自分の原作"だと思ってしまう。なので、編集者が勝手に台詞を変えて、僕が「なんで台詞を変えるんだ」と言っても通じない。編集者は「原作者と同じ仕事してる」と思い込んでいて、「だっていいものにしようと思ってる」と言うんですが、そこに意識のズレがある。物語を作るのは僕の役目。編集者に作家の領域に踏み込まれると違いますよね。僕はマンガに、そのとき伝えたい思いや表現したい内容がないと描けない。そのためにデータを利用もするし、データは物語を作る材料の一部に過ぎません。編集者の意向でそもそも表現したいことを曲げるのは、本末転倒です。
――どんないい食材を持ってこられても、結局は調理人の腕次第ですよね。データだけがあっても、それを物語に盛り込んで生かすのは、作家の特殊技能によると思います。
佐藤 データもそうだし、言葉一つとっても、言葉だけがあって物語ができるんじゃなくて、言葉はストーリーにハマるパズルの一つ。物語を作ったことない人は、それがわからなくて、出来上がった物語の中に、自分が調べたデータや言った言葉が混ざってると、自分が作ったものだと思ってしまう。編集者だけでマンガを作っているのなら、作家をバンバン取り替えて、編集主導で100万部ヒットを連打すれば、講談社も黒字になるんじゃないかと思うんですけど。現実は違うわけですよ。それがわからないみたいですね。
●100万部売れても一生は暮らせない
――ギャラの話もサイトでされていて、『ブラックジャックによろしく』を講談社で描いていた頃、原稿料がページ単価2万3,000円で、アシスタントへの人件費や事務所の賃貸料を考慮すると、原稿料だけでは赤字だったと明かされています。
佐藤 ビジネスですからお金の話は最初にしないといけないし、それができない雰囲気があること自体がおかしい。それをサイトで書いたら問題があるというのがわからない。アルバイトも時給がいくらかわかってから働くのが普通ですよね。編集者に原稿料の話をしても「編集長しか原稿料はわからないので、担当の私は知らない。決定権がない」と言われてしまう。ギャラを明確にせず、契約書もないままマンガを描くのはおかしいので、5〜6年前からは契約の専門家を立てるようになりました。マンガ家でもそこまでやる人は少ないでしょうね。そもそも、契約書を交わさないといけないという概念がない。
――原稿料だけでは赤字だったとしても、コミックスの印税ではガッポリ儲かっているんじゃないんですか?
佐藤 全然そんなことないんですよ。100万冊売れるマンガなんて全体の0.1パーセント以下。有限会社 佐藤漫画製作所という会社組織にしているんですが、零細企業の社長としては全然儲かってない。100万部ヒットといっても1冊500円で印税が5,000万。年4冊出して2億。それって、すごいわけではない。年商2億ですからね。僕の年収じゃない。アシスタント含めて5〜6人いる企業ではたいしたことないですよ。しかもそれが全体の0.1パーセントで、平均だけで見れば、悪い商売ですよ。その上、単行本の出ない漫画家のほうが圧倒的に多いですから。トップになった人は桁が違うぐらい儲からないと職業として魅力がない。100万部ヒットを出すと一生遊んで暮らせるというぐらいじゃないとマンガ家は夢がないですよね。半分税金で持っていかれるし。
――でも、マンガは何巻も出せますし、映像化の際のロイヤリティやグッズ収益などのキャラクタービジネスもウマみがあると思いますが。
佐藤 それはごくごく一部ですよ。言うほど儲からないですって。キャラクタービジネスで儲かるのは、漫画がアニメ化され、ゲーム化され、キャラクターグッズが飛ぶように売れる人ということになりますが、そういう人って何人もいないですよ。『ワンピース』の尾田栄一郎さんとか、『ドラゴンボール』の鳥山明さんとか、本当に限られた何人かですよ。実写ドラマ化されても、キャラクターグッズなんて出ないです。『海猿』の場合、最初の映画化では単行本の増刷がかかったんですけど、次の映画化では単行本はまったく増刷がかかりませんでしたし、テレビドラマの場合、1本30万円弱の原作使用料が入るだけです。映画が70億ヒットと言われても、僕にはロイヤリティは1円も発生しません。決められた原作使用料が1回支払われるだけです。それじゃおかしいということで、次回作ではロイヤリティが発生する契約を結んでいます。子どもの頃は週刊マンガ雑誌に連載してる人は全員大金持ちだと思ってましたけど、まさか原稿料だけでは、赤字でやっているとは思わなかったですね。
――マンガの新たな表現の場を求めて、立ち上げられた『漫画 on Web』について、改めて説明をお願いします。立ち上げたきっかけを教えてください。
佐藤 紙媒体が斜陽化していて、次のメディアを考えたのがきっかけです。自分でサイトを作るのは、金も労力もかかるのですごく面倒で、誰かに作って欲しかったんですけど、誰も作ってくれないんですよね。出版社が動いてくれたら楽だったのに全然動かないから、結局自分で作りました。
――出版社が作っても莫大なマージンを取りそうですよね。現在アクセス数は1日どの程度でしょう?
佐藤 詳細は言えませんが、アクセスは1日数千。日刊サイゾーで取り上げられて、「Yahoo!トップニュース」になった時で数万ですね。収支は、赤字ではないんですが、平均でランニングコストとサイト用のスタッフ1人の人件費を払って利益が多少出る程度ですね。売り上げも月に数十万円。100万円はいかないですね。昨年9月の有料サービスを開始して、最初は一気にポイント(マンガの閲覧はポイント制で300ポイント315円から)を買ってくれて、初日は10万円売り上げたんですが、そのまま100万円まで行くかと思ったら、落ち着いちゃいましたね。
――サイトには読者の掲示板もありますが、読者の反応はいかがですか?
佐藤 「意外と読める」という人もいれば、「紙の方がいい」という人も。デジタルになって初めて僕のマンガを読んだ方もいて、年配の方から「マンガコーナーに行って自分がマンガを選んでいる姿が恥ずかしい。それがパソコンだと誰にも探すところを見られなくて30年ぶりにマンガ読んだ」という意見もありました。僕自身はネットで読むことに抵抗はなくて、机の前にパソコンモニターがあって、一日中、メールや資料をパソコンで見ながら作品を描いているので、不便じゃない。でも、マンガを読むためだけにパソコン立ち上げると考えると面倒かもしれませんね。
――『漫画 on Web』には、『ダービージョッキー』『日本沈没』のマンガ家・一色登希彦、『森繁ダイナミック』のマンガ家・桃吐マキルさんも参加されています。出展者はDEBUTコースなら月額5,250円のみと低料金ですね。
佐藤 システムは正直にやっています。出展するマンガ家さんからは売り上げの手数料は1円ももらってないし、掲載は審査もしていないので誰でもOK。誰でも自由に登録して使ってくださいという形式で、小説も写真集も出展可能です。1話あたりの値段や、読者が閲覧できる期間は、作家さんが自由に決められて、1回購入で最大366日閲覧可能。僕の作品は366日ですね。『ブラックジャックによろしく』は旧作は1話10円。マンガは1冊10話としたら、1冊100円で妥当な値段かと。新作は1話30円で1冊分に相当する10話買うと300円。紙の本より安くないと意味がないし、BOOK OFFと同じ値段じゃないと競合しない。出展はこちらから営業は一切していないので、興味を持ってくれた方に自由に使ってもらえる魅力的なシステムにしたいですね。
――『漫画 on Web』では、佐藤先生のアシスタントも作品を発表されていますね。テーマを基にネームの出来を競う"ネーム対決"を行っています。
佐藤 アシスタントにはプロになって欲しい。マンガ家は一代限りの才能なので、僕の才能がなくなったら会社も潰れ、みんな雇えなくなってしまう。長く面倒は見られないので、アシスタントには最長3年で辞めてもらうという契約にしています。プロになって辞めてくれるのが一番ですが、3年やって才能の芽が出なければ、若いうちに田舎に帰るのもいいんじゃないかと思うし。
――佐藤先生のアシスタントからプロになった方もいらっしゃるんでしょうか?
佐藤 去年は5人辞めて、4人連載を持っています。吉田貴司は「モーニング・ツー」(講談社)で『フィンランド・サガ(性)』を、梅澤功二朗は「ヤングジャンプ」(集英社)で『ヤナガオート』を連載中。白鳥貴久は「ヤングキング」(少年画報社)で『タイガーズ』連載して、携帯コミックでも活躍。まぁびんこと藤井五成は「月刊スピリッツ」(小学館)で『DRAGON JAM』が始まりました。こんなにアシスタントがマンガ家になっているのは日本でウチだけだと思います。
――それは佐藤先生に若手を育成するメソッドがあるのでは?
佐藤 才能を拘束しないで、ある程度のお金とゆとりを与えることですかね。週5日、1日12時間拘束で働いてもらいますが、年に2〜3カ月有給休暇がある。その間も給料払うけど、「しっかり自分の作品描いてね」と言っています。ボーナスも4カ月分出してます。
――そんな好待遇を記事にしたら、アシスタント応募殺到しますよ(笑)。佐藤先生にとってマンガ家のプロになる条件は?
佐藤 描くことだけ。雑誌に載ってる人は、描いてる人ですよ。描かないで載る人は一人もいない。マンガ家になれたのは、いっぱい描いた人だけです。なれなかった人は途中で描くの辞めますからね。プロになるまで描いたからなれた。ちゃんと考えながら1,000枚原稿描けば絶対なれますよ。その前にみんな諦めちゃうだけ。
●改めて問う、佐藤秀峰にとってマンガを描くことの意味とは?
――では、改めてお伺いします。佐藤先生にとってマンガとは何でしょうか?
佐藤 「マンガとは?」ってあんまり聞かれないですよ......(長い沈黙)。マンガはなくてもいいものだと思うんです。マンガのない国もいっぱいあるし、マンガを読まなくても日常過ごしている日本人もいっぱいいる。描くのは好きだけど、ほかのマンガはまったく読まないし、斜に構えてる感じじゃなくて、あってもなくてもいいものだと思う。でも、なんであるか分からない......改めて聞かれるとマンガってなんだろう......(さらに長い沈黙)。実は、仕事してることに罪悪感もあるんですよ。例えば、『ブラックジャックによろしく』でテーマにしている医者だったら、医療がない時代も人は生きて繁殖して、人類は続いてきた。だから「医者ってどこまで必要なのかな?」と考えると分からなくなってしまう。長生きしたいし、病気で苦しんで、治療して楽になったらありがたい存在だけど、自分が医者だったら、結局病気の人からお金を吸い上げて生きている気持ちになる。マンガってなくてもいいものだと思うし、無駄な出費を誰かにさせて暮らしているわけで、無駄なものにお金を使わせている。これを続けてどういう意味があるんだろうと思うこともあります。
――医者の話は極論だとしても、人は無駄なものに対価を払いませんよ。先生の作品に「本当に救われた」「感動した」という読者の声も届くのでは?
佐藤 感動してくれればうれしいですけど、その人のために描いてないですからね。その人に会ったことないし、その人の顔を思い浮かべて描いたわけじゃないから。「この仕事は何なんだろう」と思いますね。
――では、誰のために描いてるんですか?
佐藤 当然自分のためだと思います。生活のため、表現欲を満たすため。そのために誰かに何かを伝える言葉だから相手が必要。
――例えばスティーブン・キングは「すべての小説を夫人に向けて書いている」と聞いたことがあります。また、伊集院光は深夜ラジオで「中2の自分に向かって話している」と語っていました。佐藤先生にとっての想定読者は?
佐藤 自問自答している感じ。でも、自分の作品も基本的には読み返さない。描いていて、整合性取るためには読むけど、それ以外は読まないですね。
●作品発表は『漫画 on Web』へ 『ブラよろ』の結末は......
――今後は、『漫画 on Web』メインで、今後は完全に"脱・出版社"の方向で、大手出版社の仕事は受けないつもりなのですか?
佐藤 印税に頼るのはギャンブルなので、制作費をカバーできる正当な原稿料をもらえれば出版社でも描くし、もらえなければやらない。ビジネスパートナーになってくれるのであれば、仕事をするだけです。今の状況では、『漫画 on Web』が一次使用で、それを「原稿料払うので雑誌に載せたい」という話があれば二次使用としてはいいかなと思う。契約の仕方ですね。発表の形態もiPadには期待を寄せているので、今後、7月中を目途に『漫画 on Web』をiPadに対応させてから、その次に翻訳して、海外版もできればと考えています。
――次回作は、「週刊マンガTIMES」(芳文社)に掲載されて休載中の『特攻の島』ですか?
佐藤 『特攻の島』は途中なので、そこまでは雑誌でやります。『新ブラックジャックによろしく』が終わったら、一カ月程度休んでからやろうと思ってます。掲載期間は、1年から2年ですね。その次の作品もネームはできているので描きたいんですけど。さすがにそれはまだ詳しいことは言えないです。常に描きたいことはいっぱいあるけど、形にするのに苦労します。描きたいことを出し切るには、かなりの時間が必要で、描きたいことがなくなるということは今のところない。
――描いてみたいテーマはありますか?
佐藤 ジャンルで描きたいものはないんですよ。だから編集者が提案してきたものを受け入れちゃうんですよ。どんな食材を持ってきても、おいしく料理できますよって感じ。マグロしか扱えないとかそういう風になりたくない。どうせ僕が描くと泥臭い感じになるんで。でも、泥臭い風にしかならないけど、なんでもできます、となりたいかな。
――一色登希彦さんのマンガ家としての半生をマンガにするという企画がお二人のTwitterでのやりとりから始まって、その基となる一色さんへのインタビューをUSTREAMで配信されました。
佐藤 一色さんとのマンガは、『漫画 on Web』ですぐにやりたいと思ってます。取材があまり必要じゃない自分の知ってる世界を書けたらいいなと思ったけど、話を聞いたら意外と大変で......。おそらく「表現者とは何か?」という話になる予定です。
――では最後に、残り2回となった『新ブラックジャックによろしく』はどのような幕引きとなるのでしょうか?
佐藤 最後回のために取材してきた題材があるので、それを描こうと思っています。医療マンガもまだ描こうと思えば描けます。愛情を持って描いてきたので、寂しい気持ちもありますね......。最終回は"マンガでは誰も描いたことがない終わり方"になると思います。
* * *
佐藤先生の日記での告白に、「激怒」「マジギレ」「暴露」......そんな見出しを付けてきた我々だが、直接生で聞いた先生の声は穏やかで冷静、しかしながらマンガへの強い信念が随所にほとばしっていた。「マンガとは?」という質問に、言葉を選び、熟慮して答えていただいたその様は『ブラックジャックによろしく』の自問自答する主人公・斉藤英二郎そのもの。たゆたう心情をありのままに表現するその姿勢こそが、作品にリアリティを生んでいるように思われた。大手出版社への挑戦状とも言える『漫画 on Web』の未来と、掲載誌を変え、8年にわたって連載されてきた『ブラックジャックによろしく』の"誰も描いたことがない"着地点に期待したい。
(取材・文=本城零次<http://ameblo.jp/iiwake-lazy/>)
●佐藤秀峰(さとう・しゅうほう)
1973年12月8日生まれ。大学在学中よりマンガ家を志し、福本伸行、高橋ツトムのアシスタントを経て、1998年「ヤングサンデー」に掲載の『おめでとォ!』でデビュー。同年開始の『海猿』はNHK BSハイビジョンでTOKIO・国分太一でドラマ化され、さらに伊藤英明主演で映画化、フジテレビ系でドラマ化、今年9月18日には3作目の映画公開も控える。また、02年、「モーニング」に『ブラックジャックによろしく』を連載、03年に妻夫木聡主演でTBS系でドラマ化。単行本1〜13巻の累計発行部数は1000万部を突破。07年、「ビッグコミックスピリッツ」に移籍し、『新ブラックジャックによろしく』と改題。09年、オンラインコミックサイト『漫画 on Web』(http://mangaonweb.com/)を立ち上げ、マンガの新天地を模索している。
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