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終戦特集(19)〜広島、長崎に原爆投下

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原爆投下後の広島市街【PANA】

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▼広島、長崎に原爆投下

 1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、広島市上空のB29爆撃機「エノラ・ゲイ」からウラン型原子爆弾が投下された。高度約600メートルでさく裂した原子爆弾は、TNT火薬2万トン分の威力があるとされていたが、巨大なエネルギーは一瞬にして高温の熱線と放射線を発し、すさまじい爆風を巻き起こして通常爆弾とは比較にならない大きな被害をもたらした。爆心地から半径2キロ以内の地域は完全に焼き尽くされ、その周辺部も爆風によって家屋の大半が倒壊、広島市は一面の焼け野原となった。死者は爆発時の熱線やその後の火災による焼死のほか、爆風による圧死、残留放射線によって救護に従事した人が時間をおいて死亡するなど、被害は長期にわたって拡大した。正確な被害実態は明らかでないが、広島市は同年12月末までにおよそ14万人が死亡したと推定している。さらに、8月9日午前11時2分、B29爆撃機「ボックスカー」が長崎市にプルトニウム型原爆を投下。死者は同年12月までに7万4000人と推定されている。米国は戦争終結を早めるために原爆投下に踏み切ったとしているが、広島、長崎の被爆者は今も後遺症に苦しめられており、その人たちにとっての戦争はいまだに終わっていない。

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