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終戦特集(8)〜ガダルカナル島の戦い

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ガダルカナル島で上陸訓練を行う米軍。1944年3月撮影【AFP=時事】

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▼ガダルカナル島の戦い

 1942(昭和17年)5月、日本軍はオーストラリアと米国の補給路を分断しようと、ニューギニア東南のソロモン諸島に進出。7月に同諸島のガダルカナル島に飛行場建設を始めた。オーストラリアを反攻の拠点とする米国は、すぐさまソロモン諸島の攻略を決意。8月7日に海兵隊1個師団約1万1000人を送りこんでガダルカナル島に上陸し、滑走路ができたばかりの飛行場を占領した。日本軍も8月17日に一木支隊先遣部隊900人を逆上陸させ、飛行場奪還を目指したが、堅固な米軍陣地に正面攻撃を仕掛けたため部隊は壊滅した。日本軍はその後も増援部隊を送り込んだものの、物量に勝る米軍との消耗戦となり、補給の続かない日本軍は飢餓に苦しんだ。大本営は12月末にガダルカナル島放棄を決定。43(昭和18)年2月からの撤退作戦で陸軍約9800人、海軍約830人を救出したが、同島での戦死者は陸軍約2万800人、海軍約3800人に上った。地上部隊を支援した艦船、航空機の損害も大きく、この戦いで南太平洋戦域の日本の勢力は大きく減退した。

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