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終戦特集(3)〜ノモンハン事件

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ノモンハン事件で破壊された戦車の残がい。1989年8月撮影【時事】

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▼ノモンハン事件

 1939(昭和14)年5月11日、満州国とモンゴル人民共和国との国境付近にあるノモンハンで、国境線をめぐって両国による紛争が発生。これが日本・ソ連による大規模な軍事衝突「ノモンハン事件」へと発展した。現地の関東軍(満州国に駐留する日本軍)は当初、紛争に乗じてソ連領に侵攻する意図まで持ち、中央の参謀本部の方針を無視して独断で戦線を拡大した。5月の第1次戦闘には2000人を投入、6月末からの第2次戦闘ではソ連領内を爆撃し、さらに約1万5000人の地上兵力を動員した。しかし、戦車部隊と航空機を立体的に連携させる近代戦を展開したソ連軍に対し、歩兵中心の白兵戦で挑んだ日本軍は9月の停戦までに約7700人の戦死者を出して壊滅した。ソ連軍を指揮したジューコフ将軍が日本軍について「兵は勇敢だが高級将校は無能」と指摘したように強引な用兵が敗因だったが、その傾向は太平洋戦争でも変わらなかった。

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