鳩山由紀夫首相が責められるのは、「最低でも県外」の公約を実現できなかったことだけではない。
日米関係の深化の試みや東アジア共同体構想の展開、そして拉致問題や北方領土問題……。信頼を失ったリーダーの下では重要案件の進展は望むべくもないという、日本の外交安保政策全体の信頼性を失ったことだ。
首相は普天間飛行場の県外移設を唱えた動機の正しさを強調するが、その不誠実さは命懸けで問題に取り組んだとは到底、思えないところにある。
首相は米国の抵抗にあい昨年中に、いったんは県外移設は無理だと悟った。ところが、社民党の反発などで「県外」の旗を降ろせなくなった。その後は5月末の決着期限をにらんで、「あわよくば」と展望のないグアムや徳之島を候補にあげながら、県内移設への回帰のためのアリバイ作りに腐心した--これが全体の構図としか見えないのだ。
首相の迷走を許したのは、民主党政権が持つ構造的な欠陥であることも見落としてはならない。
同党は政権奪取のために生活テーマを前面に出し、安保政策は寄り合い所帯の党内事情と、票にならないという選挙戦略上の理由から遠ざけられた。衆院選のマニフェストでも同分野の扱いは軽く、移設問題は触れられなかったことがそれを証明している。
国対委員長による「普天間は直接国民生活に影響しない。雲の上の話だ」との発言(抗議ですぐに撤回)が、同党における普天間問題の軽さを象徴的に表している。そこには政権党でありながら、日々の安定した生活は安全保障によって担保されているという認識のかけらもないのだ。
準備不足で戦略も覚悟もないため、岡田克也外相、北沢俊美防衛相、平野博文官房長官の連携は最後までとれなかった。脱官僚のスローガンのもとに経験豊かなプロの意見は無視され、首相の私的アドバイザーも固定されなかったため、最後まで難事業に挑む「チーム鳩山」は結成されなかった。
民主党内には、政策的な整合性をはかる福島瑞穂消費者・少子化担当相の罷免に対しても、社民党の票ほしさゆえに批判が渦巻いた。
おそらく政権内での首相の存在は、一人で風車に突っ込むドン・キホーテだったのではないか。
未熟な政権のゆえにもてあそばれた安保。政策の再構築がなければ、たとえ首相が代わっても同じことが繰り返されてしまう。
毎日新聞 2010年5月29日 東京朝刊