保存か解体かで町を二分する騒ぎに発展した豊郷町の豊郷小旧校舎。かつて「東洋一」と呼ばれたこの白亜の殿堂が今、再び全国の注目を集めている。社会現象になった人気アニメのファンが、モデルとされる旧校舎を「聖地巡礼」しているのだ。昨年6月に放送が終了した同作品は今春に続編も始まり、巡礼者は増える一方だ。商工会は作品を利用した町おこしに取り組んでおり、地元を走る近江鉄道も近く同作品のオリジナル切符の発売も検討している。夏にはさらなるブーム過熱が予想される。【稲生陽】
■ネットで初めて
「インターネットで『聖地』と紹介されるまで、豊郷町自体知らなかった。アニメがなければ一生来ることはなかったはず」
今月中旬、ボディーにアニメキャラを描いたワゴン車で旧校舎を訪れた名古屋市の男性会社員(32)は、旧校舎3階の「部室」の窓から外を眺めた。作品は女子高の軽音楽部の日常を描いたアニメ「けいおん!」(TBS系、現在放送中の続編は「けいおん!!」)。主人公らの歌う主題歌がCD売り上げ1位となったり、登場するギターやヘッドホンが人気を集めて価格が急騰するなど社会現象化した。旧校舎は、その女子高の校舎に酷似しているのだ。
米の建築家メレル・ヴォーリズ(1880~1964)が設計し、現在は町教委や図書館が入る旧校舎がファンの話題になったのは、昨年4月に放送が始まってすぐだ。幾何学的なアール・デコ調の外見やウサギとカメの装飾などからすぐに特定され、翌月の耐震工事竣工(しゅんこう)式には作品のファンも数十人が駆けつけた。今では平日も駐車場に県外ナンバーの車が並び、東北や九州、海外から足を運ぶファンもいるという。
■「登校」40回も
ファンの間で聖地の巡礼が爆発的に広がったのは、ここ数年のことだ。ネット上の大衆心理についての論文がある大手前大メディア・芸術学部の谷村要講師(情報社会学)によると、聖地巡礼は90年代からあったが、07年に同じ製作会社が作った人気作品「らき☆すた」の舞台の一部を出版元が埼玉県鷲宮町と公式に認めて以降、各作品で巡礼者が急増したという。
商工会も作品を利用した町おこしを図る。青年会が昨年6月に立ち上げた実行委はキャラクターを使ったオリジナル商品の販売のほか、毎週日曜の「けいおんカフェ」も開始。メニューは作中に登場するトーストや焼きそばパンなど簡単だが、昨秋に1日数千円だった売り上げは、続編が始まった今春以降は4万円以上に。5月の連休中はさらにその倍以上になった。今秋には声優にも参加してもらうイベントも企画している。訪れたファンが記す軽音部の日誌によると、「登校」が40回目という人もいた。
■ブーム後は
ただ、続編の放送は秋までの予定で、その後はブームの沈静化も予想される。放送が一度終わった昨年も、冬の時期には客足は減ったという。
自身も毎週放映を見るようになったという実行委の宮川博史委員長(40)は「ブームはいつかは終わるもの。熱が冷めても、10年、20年後に『また来たい』と思われるようなもてなしができれば」と話す。巡礼者に町内を回ってもらおうと、廃自転車を修理してレンタルも始めた。旧校舎でも調査している谷村講師は「拒否されることの多い『オタク』を町民が受け入れてくれるかが鍵。物を売る客としてだけでなく、どれだけ深い交流ができるかが今後につながっていくだろう」と指摘する。
一時的なテーマパーク化ではなく、訪れた作品のファンをいかに豊郷町のファンに変えていけるかが、今後の課題となる。
毎日新聞 2010年6月22日 地方版