池田信夫 blog

Part 2

2010年06月20日 09:04
経済

国家資本主義の呪縛

The End of the Free Market: Who Wins the War Between States and Corporations?政府の「新成長戦略」をみると、依然として「環境産業や健康産業で成長する」という類のターゲティング政策が並んでいる。このように政府がビジョンを打ち出して民間を指導する国家資本主義は、先進国ではとっくに終わっているのに、今ごろ「よい公共事業」という形で墓場からよみがえるのは困ったものだ。本書は世界の国家資本主義を概観したもので、その中心はもちろん中国である。
健全な民主主義が機能している国では健全な資本主義が発達するが、その逆は必ずしも真ではない。かつての韓国や台湾のように、民主主義がなくても「開発独裁」によって成長することができる。目的が明確で資本の足りない後発国で「追いつき型近代化」を急速に進めるには、国家資本主義で戦略産業に資本を集中することが効率的である。

中国やロシアは、かつては軍事的脅威だったが、今は経済的脅威である。彼らの資源ナショナリズムと保護主義が世界経済に広がると、その悪影響は無視できない。産油国では政府が油田を保有しているため資源ナショナリズムが強く、世界経済の不安定化要因になっている。インドやブラジルでも、国営企業が資源を独占している。新興国が世界経済の中心になるにつれて、国家資本主義の影響力が強まることは必至である。

この傾向はどこまで続くだろうか。今のところ、中国が民主化する兆候は見えないが、政府主導による成長には限界が来るだろう。過剰な労働人口を低賃金で使って安価な製品を輸出する路線は、賃金が上がると終わる。そして所得が増えると、人々は精神的な自由を求めるようになる。中国はそれを天安門事件で弾圧し、利益誘導によって人々の不満を抑えているが、このような政治体制のもとでは自由なイノベーションは育たない。

国家資本主義の限界を典型的に示しているのは(本書は余りふれていないが)日本である。戦時経済でできた国家資本主義は、戦後復興には大きな威力を発揮したが、高度成長期が終わっても日本はそれを卒業できなかった。Rajanも指摘するように、政府や銀行がリスクを取って国民は安く資金を提供する構造があまりにも長く続いたため、個人がリスクを取って投資を行なう株主資本主義に転換できないのだ。

しかし菅首相は、あいかわらず「行き過ぎた市場原理主義」で格差が広がったと繰り返している。このように日本の直面する問題を真逆に見ているかぎり、日本経済は立ち直れない。国家資本主義は、途上国が「離陸」するときは便利なのだが、成熟してからもそれを捨てることがきわめてむずかしいのが最大の欠点である。

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トラックバック一覧

  1. 1.

    国家資本主義

    池田信夫 blog : 国家資本主義の呪縛 そうじゃないかと思っていたんだ。民間の自主的活力が成長を決定するんだよね。国がナニを言ってもしょうがないよね。その民間だけどどうなのかな。我慢する路線ももう限界のような気がするんだけど。なんにみんなが引かれるのかな。

コメント一覧

  1. 1.

    >国家資本主義
    八幡製鉄所ができて以降一度としてその呪縛から脱することができなかった北九州市が「失われた40年」を続けていることを考えると、失われた20年は後もう2,30年続く可能性は十分ありえますね。

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