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鳩山由紀夫前首相が辞任したからといって、何ひとつ解決していない。沖縄県の米海兵隊普天間飛行場の移設問題は振り出しに戻ったにすぎない。
菅直人首相は「沖縄慰霊の日」のあす、沖縄県を訪れ、戦没者追悼式に出席する。前首相が「最低でも県外」の公約を果たせず、深く傷ついた政府と沖縄の関係を再構築する出発点にしなければならない。
太平洋戦争末期、沖縄は本土防衛の「捨て石」とされ、住民を含む20万人超が犠牲となった。米軍による占領・統治は本土の独立後も20年間続いた。
なぜ沖縄に在日米軍基地の75%が集中するのか。なぜ沖縄県民が前首相の公約違反を「沖縄差別」と怒るのか。その原点に向き合うことから始めたいという菅首相の姿勢は正しい。
政府に対する信頼の回復は極めて厳しい。しかし、この壁を乗り越えない限り、現行の日米合意を基礎にして移設を進めようとしても、出発点にすら立てない。
菅首相は就任早々、名護市辺野古への移設を確認した鳩山政権時代の日米合意を履行する方針を明らかにした。民主党の参院選マニフェストにも、日米合意の踏襲が明記された。
前政権下できしみ続けた日米関係の足場をようやく固め直そうかというところである。首相には、前政権の副総理として閣議決定に署名をした責任もある。
しかし、名護市長は受け入れ反対を崩しておらず、仲井真弘多知事も「実現は極めて厳しい」と明言している。日米合意は滑走路の場所や工法の検討を8月末までに終えるとしているが、地元の理解を得ない頭越しの決定は事態をこじれさせるだけだろう。
辺野古移設を「強行」するようなことは決してあってはならない。それが大原則である。時間がかかっても県民の声を丁寧に聞き直し、最低限の納得は得られる打開策を探るべきだ。
菅首相は、沖縄の負担軽減に力を尽くす考えを強調している。しかし、口先だけでは地元の信用は得られない。訓練の移転でも、訓練海域の返還でもいい。まずは先行して負担軽減の話し合いを米国政府と始めるべきだ。
首相はカナダでのサミット時に、オバマ大統領と会談する。日米安保体制を安定的に維持するためにも、沖縄の負担軽減が欠かせない事情を、正面から大統領に伝えてほしい。
首脳外交をみずから機能不全に陥らせた鳩山氏の轍(てつ)を踏んではいけない。
同時に、沖縄の問題を日本全体の問題として受け止め、同盟とそのコストをどう調和させるか。せっかく生まれた議論の芽を大切にしたい。一政権の崩壊という代償を払った課題である。政治の取り組みも、国民の関心も、ここで失速させてはなるまい。
「シャンシャン」「お手盛り」と評される運営から脱却してほしい。企業の株主総会のことだ。
金融庁は先に企業の情報開示ルールを強化し、今年の総会から各企業に適用を求めている。企業はこれをきちんと受け止め、総会と経営の変革につなげることが期待される。
今年3月期決算は、全体としてみると純損益は黒字を回復した半面、配当は2年連続で減る。足元の業績も大事だが、日本企業に求められるのは、新興国の台頭や地球温暖化対策といった新たなグローバル競争の中で生き抜く展望と戦略だ。株主も経営陣とこれを共有することが欠かせない。
相互理解のカギを握るのが情報開示と対話であり、金融庁のルール強化もそれに資すると考えられる。
新ルールで話題を呼んでいるのが、1億円以上の報酬を得る役員の名前や金額の個別開示を義務づけたことである。多くの場合、総会後に公表される有価証券報告書に報酬の算定根拠とともに記載される。
高額報酬について欧米諸国では開示が進んでいる。さらにリーマン・ショック以降、目先の高報酬が経営陣に過剰なリスクを取らせる要因になることが世界的に問題視され、報酬への監視が強まっている。
欧米に比べ報酬が少ない日本では経済界が強く反発したが、「開示姿勢を強調して世界から投資を呼び込みたい」と金融庁が踏み切った。
個別の報酬が公表されるなら、総会でも株主が質問しよう。経営トップは逃げずに堂々と説明し、納得を取り付けねばならない。本来は総会の招集通知に記載するべきだ。役員の貢献の価値をきちんと説明しようという緊張感があればこそ、経営の理念や戦略、事業展開に関する密度の濃い対話が株主との間に成り立つはずである。
役員報酬の開示に劣らず、大きな影響を及ぼしそうなのが議案の賛否比率の公表だ。これまで「賛成多数」としか説明されてこなかった採決結果が明快な数字で示される。
いわば経営陣に対する「支持率」「通信簿」の性格を帯びる。総会後に金融庁に提出する臨時報告書に記載され、株主の経営監視や議決権の行使にも影響を及ぼすことになる。
日本の企業経営は発展途上にある。株主との議論を重ねながら新しい日本型のグローバル経営モデルを築いていくステップとして、新ルールを大いに活用してもらいたい。
ルール強化は経営陣に緊張をもたらす一方、経営に対する株主や従業員、消費者などの関心を高める。広範な信頼関係が成熟すれば、日本が長年の課題としてきた「貯蓄から投資へ」というお金の流れの転換にもつながっていくのではあるまいか。