人口増加と少子高齢化

 

先進国では,少子高齢化に伴って,出生率回復の必要性が主張されているが,少子高齢化は,途上国でも進行している。しかし,持続可能な開発のためには,出生率回復ではなく引き下げが望ましく,そのためには,ジェンダー平等化,リプロダクティブ・ヘルスとプライマリー・ヘルスケアの充実が有効である。

 

1.世界人口の推移

 

1.1 南北の人口

UNPD (2002) World Population Prospects: The 2002 Revisionによれば,世界人口は,1970年36.9億人,1980年43.3億人,1990年52.5億人,2003年63.0億人と増加し,将来人口は2025年78.5億人,2050年89.2億人と予測される。世界銀行の区分に従えば,世界人口の85%は低・中所得国に住む人々である。2000年における人口1億人の11カ国をみても,低所得国はインド10.2億人,パキスタン1.4億人,インドネシア2.1億人,バングラデシュ1.3億人,ナイジェリア1.3億人,中所得国は中国12.6億人,ブラジル1.7億人,ロシア1.5億人,メキシコ1.0億人と低・中所得国が9カ国を占める。1人当たりGNIが9625ドル以上の高所得国では,米国の2.9億人,日本の1.3億人の2カ国である1。年平均人口増加率は,1980-1985年1.71%,1990-1995年1.50%,2000-2005年1.22%と低減してきたが,2000-2005年の年平均人口増加率は,途上国1.46%,先進国0.25%と南北格差が大きい。毎年の人口増加は,先進国は1985-1990年の970万人から2010-15年の190万人へと大幅に低下しているが,途上国は1980年代から2015年までは毎年7000万人代の増加を続けている(3-1参照)。こうして,世界人口に占める途上国の人口比率は,2003年の80.9%から201584.2%203086.3%へ上昇する。

ここで死亡率Crude death rateは,1980-85年は先進国9.7,途上国10.5で,2000-05年は各々10.18.8と南北で逆転した。その後,先進国の死亡率は徐々に高まり,2020-25年には11を超え,途上国では8.8で落ち着くとされる(3-1参照)。これは,先進国で少子高齢化し,寿命を迎えた老人が死亡率を引き上げる一方,途上国では若年者が多いためである。したがって,途上国の人口増加率の高さは,死亡率の格差ではなく,第一に,TFR(合計出生率)の高さに起因する。TFRとは,女子が生涯に生む子供の数で,出産可能な15~49歳の女子の出生率を合計し,単純平均した値である。世界126カ国(先進国は21カ国)について,2000年のTFRと購買平価換算した1人当たりGNIは,強い負の相関関係を示す。高所得国は低出生率,中所得国は中出生率,低所得国は高出生率で,1人当たりGNIが低いほど,TFR,人口増加率が高い(3-2参照)

死亡率の南北格差は小さいが,乳児死亡率(出生1000人当たりの1歳未満の死亡率)の格差は大きい。大半の途上国では経済成長から,衛生・医療の整備が進み,乳児死亡率(出生1000人当たりの1歳未満の死亡率)は,1980-85年の先進国14.8,途上国87.1から,2000-05年には各々7.560.9に低下した。このまま行けば,2020-25年には各々5.740.8にまで低下すると予測される(3-1参照)。しかし,1980-85年,2000-05年ともに,途上国の乳児死亡率は,先進国の6倍程度でで,南北格差は解消されていない。また,LLDCsでは,いっそう高い死亡率を示している。乳幼児死亡率(出生1000人当たりの5歳未満の死亡率)についても,1990年と2001年を比較して,アフガニスタンは260から257に,ナイジェリアは190から183に若干低下し,バングラデシュは144から77に,インドネシアは91から45に半減した(3-2参照)。しかし,日本の乳幼児死亡率の5に比して,途上国の死亡率はきわめて高い2。途上国では,衛生・医療が未整備で,安全な水や保健サービスにアクセスできない人々が多数残っているために,乳幼児死亡率が高いが,この高い乳幼児死亡率に打ち勝つために余分な子供をもつインセンティブが生まれる。世界173カ国について,TFR乳幼児死亡率の間の相関関係を見ると,低所得国は多産多死,中所得国は中産中死,高所得国は少産少死である(3-3参照)

ここで,購買力平価換算の1人当たりGNIと乳幼児死亡率には,強い負の相関関係があり,途上国では貧困のために,乳幼児死亡率が高く,TFRも高くなる。また,購買力平価換算の1人当たりGNIと出生時の平均余命とは正の相関関係がある(3-4参照)。そして,世界191カ国を対象に,TFRと高齢化率(60歳以上の人口構成比)の関係をみると,強い負の相関関係がある。つまり,高所得の国ほどTFRが低く,平均余命が長く,高齢化率が高くなるために,先進国は少子高齢であり,対照的に,途上国は多子短命である(3-5参照)。したがって,一般的に,先進国では少子高齢化が,途上国では人口爆発が問題となると論じられる。

 

1.2 少子高齢化の進行

経済成長につれて,乳児死亡率が低下すれば,余分な子供を持つ必要性が低下し,TFRも下がるはずである。実際,TFRの動向をみると1980-1985年は先進国1.85,途上国4.13で,200-2005年は各々1.56,3.11に,2025-2030年には各々1.75,へ低下し,南北で少子化が続く。他方,老年人口比率(65歳以上の人口構成比は,1980-1985年は先進国11.6%,途上国4.1%,2000-2005年も各々14.3%,5.1%と先進国の老年人口比率は極めて高い(図3-6参照)。しかし,1950年から2000年の老年人口の増加は,先進国1億621万人,途上国1億8126万人で,老年人口の増加の64.0%は途上国で生じた。2000年の老年人口比率は,先進国14.3%,途上国5.1%であるが,老年人口は先進国1億7033万人,途上国2億4809万人と,世界の老人の59.3%は途上国の人々である(表3-3参照)。国連中位推計によれば2025年の老年人口は先進国2.6億人,途上国5.7億人に達し,今後25年間に増加する老人4億624万人の78.0%は途上国で生じる。

2000年の653%程度で,低所得国平均でも4.4%で,メキシコ4.7%,中国6.9%のように中所得国でも6.6%に過ぎないが,高所得国では14.7%と高い。他方,0-14歳の年少人口比率は,パキスタン,ナイジェリア,カンボジアで40%を上回り,中所得国では27.4%であるが,高所得国は18.5%と低い(3-4参照)

1999~2015年の老年人口の年平均増加率は,フィリピン,パキスタン,カンボジア,タイ,メキシコ,ナイジェリアで3.2%以上と高所得国の1.8%,日本の2.4%を遥かに上回る,他方,1999~2015年の年少人口の年平均増加率は,高所得国の0.6%減に対して,中国0.9%減,バングラデシュ,インドネシア,タイ,メキシコでも0.2減であり,少なからぬ途上国で,若年人口減少,老年人口増加が観察される(3-4参照)。そして,大半の国で15-64歳の経済活動人口の増加率は,老年人口よりも低く,若年人口の増加率よりも高いから,TFRの低下を伴う少子高齢化は,世界的な現象となると考えられる3

 

2.少子高齢化の問題

 

2.1 経済問題

先進国での少子高齢化の第一の問題は,労働力不足といわれる。確かに,高齢者の労働参加率は,農業雇用が減少したため低下した。しかし,経済活動人口比率の高さ,女子の労働参加率の高さを認識すれば,労働力の不足は生じない。

まず,2001年の経済活動人口(15-64歳人口)の比率は,高所得国66.9%,中所得国66.0%,低所得国58.7%と高・中所得国の労動力の潜在的供給能力は高い(3-4参照)。また,先進国では,ジェンダー平等,男女の雇用機会均等から,女子の労働参加率も高い。日本では,女子の労働参加率は,未婚の20歳代前半までは高いが,結婚・出産・育児の後に退職すると,低下する。しかし,育児の終了した40歳代で労働参加率が再び高まり,老齢になり定年退職が増える。つまり,女子の労働参加率は,25-39歳を底としたM型となっていた。しかし,この2030年間で,結婚・出産・育児を契機とした退職が減り,25-39歳の労働参加率が上昇し,女子の労働力化が進んだ(3-7参照)。つまり,女子労働力を積極的に活用し,少子高齢化に伴う労働力不足が回避された。女子の労働形態は,従来は家族従業員としての自営,家内無償労働が中心であったが,近年では勤労者が増えた4。そこで,男女勤労者比率は,1975年の40.5%から,200082.4%と,年齢にかかわらず倍増した(3-4参照)。また,労働節約的技術の普及,リストラの進展から,企業の労働需要の低迷が危惧される現在,労働供給維持のための出生率回復の意義は小さい。労働力供給源としての人口の考え方は,市場確保,生産維持の視点のもので,持続可能な開発には直結しないといえる。

第二に,少子高齢化によって,市場規模が縮小し,言語など自国文化を維持することも困難になり,国力が低下するとされる。確かに,2000年から2025年に先進国人口の経済活動人口(15-64)8300万人から77600万人へと2700万人減少するが,老年人口は17000万人から26000万人に9000万人も増え,先進国の人口は2700万人増加する(前掲表3-3参照)。したがって,人口急減は起こらないないし,熟達した伝統的文化とシルバービジネスを支える老人に,活力がないというのは,誤解である。高齢化が国力低下を意味するという見解は,国力を支えるのは労働力であるという誤解であり,文化はもちろん,消費市場,資本・資源エネルギー・土地・技術といった労働力以外の生産要素の重要性を無視している。国防力も,人口以上に,訓練・兵器を含めた総合的な戦力に依存する。

第三に,少子高齢化による貯蓄率の低下が起こり,投資資金が不足するという。確かに,将来の備えに回す貯蓄の比率は,若者にあって老人より高く,少子高齢化に伴って,国内貯蓄率が低下しよう。しかし,外国貯蓄を,銀行貸し付け,債券貸し付けとして取り込むことができるから,国内貯蓄率の低下にのみ注目して投資資金がまかなえなくなるというのは早計である。

 

2.1 社会保障問題

第四に,高齢化に伴って,年金,医療,介護など社会保障の費用をどのように賄うかが問題となる。日本の1人当たり年間医療費を年齢別に比較すると,15-45歳の9万2800円に対して,65歳以上は73.7万円と高額で,老人の受診率は15-45歳よりも4倍以上も高い。年齢別の障害者率をみても,40-491.45%,60-644.89%,70歳以上7.91%と障害者率は年齢が高まるほど上昇し,65歳以上の障害者は159万人と全障害者の56.0%を占める。入院患者の年齢別構成比も,65歳以上が40%を占めている5。つまり,高齢化に伴って,受診率,障害車率,入院患者の比率が高まり,医療費は急増する。

他方,医療,年金,社会福祉(生活保護など)に関する公的な社会保障支出は,日本では社会保障給付費と呼称されるが,この1980年の値は24.8兆円,国民負担率(社会保障給費の対国民所得比)12.4%であった。しかし,1980年から1999年にかけて,老年人口比率が上昇し,あわせて高齢者への支給が増額されたため,高齢者給付比率が急速に高まった。そこで,年金の国民負担率も5.3%から10.4%に2倍に,医療の社会保障給付費は5.4%から6.9%に上昇した(3-8参照)1999年の社会保障給付費は75.0兆円に増加し,国民負担率も19.6%に達した。もちろん,国民負担率は,米国14.5%,ドイツ28.2%と日本より重い国も多いが,日本の社会保障給付費は2000年から2025年にかけて2.7倍となり,国民負担率は30%以上に達すると見込まれる6。こうして,所得から控除すべき税金,年金掛け金など非消費支出が増え,可処分所得が低下することが懸念される。また,先進国の老年従属人口比は1980-90年には19以下で,2000年には21であるが,2025年には33に急上昇する(3-9参照)。これは,老人1人を若者(経済活動人口)5人で支えていたものが,老人1人を若者3人で支えるようになることを意味する。そこで,給付開始年齢や事業者負担の引き上げ,給付水準の引き下げなどの措置をとらない限り,若者1人当たりの社会保障負担が重くなる。

年金加入者比率(年金掛け金支払い者の労働者に対する比率)は,1人当たりGNIとは正の相関関係にある(3-10参照)。つまり,先進国では,年金が普及しているが,途上国では,年金制度自体が未整備であり,公務員,将校,大企業の正規従業員など一部が年金に加入するに過ぎない7。例えば,日本,米国では公的または私的の違いはあっても,皆保険・皆年金のために,年金加入者比率は94%以上で,年金加入者の2059歳人口に対する比率も92%以上に達する。そこで,少子高齢化による年金,医療保険,生活保護などの需要の高まりの中で,社会保障制度をそのまま維持しようとすれば,その負担増かを誰が担うかが問題となってくる。しかし,途上国の年金加入者比率はマレーシア,ブラジル,メキシコなど上位中所得国では30%以上であるが,タイ,中国は18%,パキスタン,バングラデシュ,ナイジェリアは4%未満である(3-7参照)。また,年金,医療への公的支出の対GDP比も,大半の途上国で3%未満であり,日米のたかだか半分程度である。つまり,途上国では,少子高齢化が自動的に財政問題を引き起こすことはなく,高齢化に対応できる社会保障制度を整備するには新たな制度構築の負担が求められる。実際,途上国では,高齢者の福祉向上のために社会保障制度の構築に向けて,若者や事業者への税金・年金掛け金などの公的賦課を検討したり,先進国の保険会社による営業を認めたりして,社会保障の充実を樹と企図している。また,中国では,老年人口比率は2015年には10%を,2036年には20%を超えると予測され,老年人口比率が10%から20%に上昇するのに僅か21年を要するに過ぎず,この年数は,日本の32年,ドイツの56年よりも短い。つまり,高齢化の速度は,先進国異常に急速であり,所得向上,労働力の有効活用以外にも,現行の政府全面負担型の社会保障に個人・家族の分担を求め,さらに1人っ子政策の見直しも提唱されている8

 

3.人口増加のメカニズム

 

3.1 子供の経済的意義

出生率回復の議論を概観したが,出生率の決定要因としては,所得や乳幼児死亡率と並んで,子供を持つことの意味が問われなくてはならない。子供を持つ利益とは,第一に出産,育児の効用で,1人当たり所得水準に依存しない水平線Aによって示すことができる(3-11参照)。世論調査でも,1999年と2002年に「子育てを楽しいと感じることが多いか」という質問をしているが,「楽しいと感じるときの方が多い」との回答率は各年54.9%,42.9%なのに対して,「辛いと感じる方が多い」との回答率は各年4.4%,6.5%と遥かに低い9。「子供を産み育てることに夢の持てる社会」とは,出産・育児自体に家庭や親としての楽しみ,すなわち出産・育児の効用である。生物学的に,遺伝子の保存,種の保存が本能と考えられ,この効用は,南北問わず等しく存在し,所得にも関連しない。

しかし,子供の経済的意義は,南北で全く違う。第一に,社会保障制度の不備な途上国では,家族の医療費,介護,老後の世話は,子供の収入,マンパワーに依存する側面が強く,子供による生活保障の利益は大きい。子供による生活保障の必要性は,資金・資産の蓄えもない貧困世帯にとって大きく,社会保障制度の代替物として,子供による年老いた両親への自主的支援は不可欠である。第二に,途上国で子供は,兄弟の世話,水汲み,薪拾い,調理などの家事労働や農作業をこなす。また,低賃金の中で,子供と大人の賃金格差も小さく,児童労働による現金収入が重視される。最低就労年齢を規定する途上国は少なく,世界で15歳未満の児童2億人以上が農林漁業,製造業,商業などに従事していると推測される。貧困のために,教育よりも現在の生活費の工面を優先するのであれば,児童労働が選択される10。しかし,児童労働比率(1014歳人口に対する1014歳労働の比率)は,1人当たりGNIに反比例するといっても,相関関係は強くはない(3-12参照)。しかし,1980年から1999年にかけて,各国で児童労働比率は低下したものの,バングラデシュ,ラオス,ナイジェリアは依然として24%以上,インド,中国も9〜13%に達する(3-13参照)

他方,日本の2002年の世論調査では,子育ての辛さとして高い回答率を示したものは,「将来の教育にお金がかかる」43.9%,「体力や根気がいる」34.5%,「自分の自由な時間がなくなる」31.0%,「子どもの小さいときの子育てにお金がかかる」24.1%と,教育と扶養の費用,労力を挙げている。つまり,途上国では子供は,薪拾い,調理などの家事労働や農作業をこなすため,低賃金の中で,子供と大人の賃金格差は小さく,UNICEFによれば,世界で15歳未満の児童2億人以上が農林漁業,製造業,商業などに従事している。貧困世帯では,子供のための教育支出が少なく,子供の収入,マンパワーに依存した生活保障や家事労働が重要である。したがって,家事手伝いと家計補助の児童労働,老後の生活保障の利益は,1人当たり所得と負の相関関係にある(3-14参照)。こうして,貧困世帯ほど,児童労働の重要性が増す。

1995年のフィリピンでは,各活動・業種に就く5〜17歳の児童労働は,男子では農業に201.5万人,製造業など生産に27.3万人,女子は,農業に66.9万人,商業に32.9万人,サービス業に24.5万人ある。そして,児童労働力率(児童労働従事者の5-17歳人口に対する比率)は,男子23.4%,女子12.5%で,業種別では,男子は農業74.8%,製造業10.1%,女子は農業49.1%,商業24.2%,サービス業18.0%である(3-14参照)。また,1014歳の児童労働(過去1年間に収入がある者)について,非識字者のうち25%近くが,収入ありとする者で,児童労働に従事しているものの教育水準が低い。また,収入のある雇用に65.5万人がついている一方で,無給の雇用に36.4万人が従事し,無給の児童労働も広まっている(3-16参照)。都市と比して,地方では非通学者が多く児童労働が広まっている。遠隔地の学校には,交通手段がなかったり,下宿費用が負担できなかったりして非通学となり,教育機会が制限され,児童労働が選択される。

以上から,子供の経済的意義は,家事手伝いと家計補助の児童労働,老後の生活保障で,これは1人当たり所得の減少関数として,Bのように表される(3-11参照)。つまり,子供1人当たり費用は,扶養・教育・女子の機会費用であり,それは所得の増加関数として,Cのように表される。

 

3.2 ジェンダーと出生率

ジェンダー不平等の下では,女子に低賃金しか払われず,女子の社会進出は,大きな収入をもたらすことがない。つまり,女子の機会費用は小さく,女子に教育をつけたり,社会進出を促したりするよりも,早く家庭を持ち,出産・育児に打ち込むほうが人生設計として理にかなっている。ジェンダー不平等な状況では,女子の低学歴化,早婚化が促され,TFRは高くなる。

他方,日本では,ジェンダー平等化が,女子の高学歴化,晩婚化,未婚化,離婚率の上昇となって,出生率低下につながった。高等教育卒業率(大学学部・短期大学への進学率は,1970年から2000年で,男子で29.3%から49.4%へ,女子で17.7%から48.7%へと高まった。そして,高等教育を受けた女子が,都市勤労者として職場進出し,生きがいとして仕事を選択すれば,結婚の意義は低下する。女子の平均初婚年齢は,1970年の24.7歳から2000年の28.6歳と晩婚化した。晩婚化は,個人の尊重によって,社会進出を選択する女子が増えたことを反映しているが,両性の合意を前提とする結婚が困難になったこと,生涯結婚しないという選択も異常ではなくなったことも関連している。女子の生涯未婚率1970年の3.33%から2000年には5.82%に高まり,過去30年間で,女子未婚率は,25~29歳で18.1%から54.0%に,30~34歳で7.2%から26.6%に大幅に上昇した (3-6参照)。日本の離婚率(年間離婚届数の年齢階層別の有配偶者人口に対する比率)は,1970年の0.33%から2000年の0.60%に倍増した(3-16参照)。離婚した子の妻の親権率(親権者に妻がなる比率)が上昇したことも,母子福祉の向上とあいまって,女子の独立化を反映している(3-6参照)。熟年離婚も増えたが,これは夫に依存せずに生活できるようになったことと,女性の自立が社会的に許容される。

女子の高学歴化,社会進出,晩婚化,未婚化,離婚率の上昇,妻の親権率上昇は,女性の労働基本権,財産権,社会的役割などに関するジェンダー平等化を意味しており,結婚・出産の持つ生涯設計上の意義は相対的に低下する。したがって,ジェンダー平等化の結果として,TFRが低下したといえよう。

途上国にあっても,ジェンダー平等化,女子低賃金の改善によって,女子の機会費用が高まる。すると,家庭の女子・主婦が子供の養育を担うことで,社会に進出できず,就業して獲得できる所得を喪失してしまう。また,ジェンダー平等化によって,女子教育への支出増加が正当化される。つまり,女子の機会費用と女子への教育支出は,Dのようにジェンダー平等化の増加関数である。したがって,子供からの利益(AB)から子供の教育・扶養・女子の機会費用(CD)を差し引いたものが,子供の純利益(E=A+B−C−D)となる。この純利益が大きければ,出産・育児を選好し,TFRが高まる。

 

3.2 日本の少子化対策

日本の厚生省では,1988年に「高齢者保険福祉推進十ヵ年戦略」,通称ゴールドプランが策定され,地方自治体も含めて行政による高齢者の保健福祉計画の方向性が示された。その後,1994年に高齢者保健・福祉推進の計画目標の引き上げを目指す「新ゴールドプラン」が示され,1999年に介護保険を含む「ゴールドプラン21」に引き継がれた。他方,少子化対策は若干遅れ,1994年,子育てを社会的に支援する「エンゼルプラン」が提唱され,安心して出産・育児のできる環境を整え,子育て支援社会を構築するとした。子育てと仕事の両立,家庭における子育て支援,子育てのための住宅・生活環境の整備,ゆとりある教育・健全育成の推進,子育て費用の軽減,がその内容である。1997年,人口問題審議会は,政府審議会として,初めて少子化問題を正面から取り上げ,その要因を分析するとともに,少子化対策の必要性を明示した。この報告書では,少子化への対処の仕方は,最終的には国民の責任で,その選択によるとしたが,日本の国力低下,社会保障水準の低下をもたらす少子化を放置しておくことはできないと問題提起した。また,家庭・地域コミュニティの子育て機能が低下したこと,離婚増加をうけて,児童家庭福祉制度の見直しが行われた。1998年に児童福祉法の改正によって,保護者による保育所の選択,保育サービスを基盤とした保育料負担,現地住民による子育て支援,児童相談所の機能強化,母子家庭の自立・雇用の促進,などを定めた11

しかし,日本のTFR低下は止まらず,1999年には,首相主催の「少子高齢化かへの対応を考える有識者会議」が,「日本には,若い男女にとって家族を築き,子供を育てていく,という責任ある喜びや楽しさを経験することを困難にするような社会経済的・心理的要因がある」として,その制約を取り除くことを提言した。少子高齢化対策推進関係閣僚会議でも,少子化対策推進基本方針が決定され,結婚・出産の自己決定を尊重しつつ,男女共同参画社会の形成,子育て家庭の支援などが定められ,性的役割分業の固定化の是正,仕事と子育ての両立のための職場整備,需要に見合った保育サービスの多様化などの政策を採用するとした。これが,1999年末の「新エンゼルプラン」である。ここでは,仕事と保育サービスに加えて,子育て相談,母子保健医療を重視し,教育,住宅など総合的な計画も厚生省以外の官庁が担当,協力するとされた。児童手当の改正も行われ,それまで第3子から支給対象とされていたのを,1985年に第2子にも義務教育就学前まで支給すると対象を拡大した。支給額は,第2子は月2500円,第3子は5000円であったが,1991年には,支給対象を第1子(3歳未満まで支給)へ拡大し,支給額も第1子・第2子は月5000円,第3子は1万円に引き上げられた。2000年には第1子の支給期間も義務教育前までに延長された12。しかし,児童手当の支給対象は年収750万円以下の所得層に限られる。また,保育所を整備しても,保育所に頼らず自ら子育てに専念する「専業主婦」にとって利点はない。子育てをする家庭への支援は,働きながら出産・育児をする女子に比較して,手薄なままである16

 

3.3 少子化対策の有効性

出生率回復の政策は,出産・子育て支援によって,出産・育児・教育の費用(心理的負担を含む)を軽減し,家庭・親に出生・育児を選択することを容易にする経済的インセンティブであり,子供の経済的意義を引き下げ,TFRを高める傾向を持つ。しかし,女子の雇用と子育ての両立を目指して,企業で働く女子に対して,出産・育児休暇,子育て支援を行うことは,職場で働く妻の出産・育児の負担を軽くする一方で,自ら育児に終日専念する専業主婦には利点がない働く女子への優遇政策である。専業主婦とその希望者にとって,働きながら産み育てるのに快適な職場・地域が準備されれば,子育てに専念するよりも,社会進出を選択するインセンティブが高まる。子育てに専念していては,職場で得られる所得も育児サービスも受けられないという不公平感も加わって,育児の負担感は増加する。したがって,女子の雇用と子育ての両立を図ると,女子の育児に伴う機会費用が高まり,TFRが低下する。

また,母子相談,母子福祉関連施設,父と生計をともにしない児童への扶養手当など母子福祉の充実も,母子家庭における女子の地位向上,ジェンダー平等化の動きとなり,離婚率の上昇と相俟って,女子の社会進出を促す。少子化対策としての子育て支援,母子保健,母子福祉のうち,出産・育児・教育の費用など経済的インセンティブは,出生率回復の傾向を持つが,ジェンダー平等化となる女子の雇用と子育ての両立のための政策は,女子の社会進出を促し,女子の機会費用を高めることで,TFR引き下げに作用するのである。

高所得国では,出産・育児の保健・医療についても,健康保険,児童手当,母子保健が充実しており,家庭・親の負担感は大きくはないし,老後の生活保障として子供の持つ経済的意義も大きくはない。したがって,出産・育児・教育の費用を若干軽減するだけの経済的インセンティブでは,出生率回復は困難である。育児の機会費用が,高学歴化,社会進出に伴い男女とも著しく高まってあおり,高学歴化に伴う教育費用の負担が増加するなかで,現在の日本の少子化対策は,ジェンダー平等化を強力に推し進めて,育児の機会費用の引き上げにつながり,教育費の負担軽減にも有効でないのであって,出生率回復の効果はないといえる。

 

4.出生率回復は必要か

 

少子化対策の有効性を議論したが,実は出生率回復には,生きがいの多様化を阻害する問題が指摘できる。生殖可能期間を終了した哺乳類の余命は長くはなく,遺伝子保存が生存目的といえるが,ヒトは出産・育児以後も余命が長く,50歳時の日本人の余命は男性28.8年,女性34.4年に達する。19952000年の平均寿命は,インドの男性61.9歳,女性62.6歳,中国の各々67.9歳,72.0歳に対して,日本は各々77.0歳,女性83.8歳と世界有数の長寿国である。日本のライフサイクルをみると,1920年には結婚後の出生期間が14.7年間と長く,余生(夫婦いっしょにあるいは妻のみ)は夫6.1年,妻10.3年であった(3-17参照)。他方,1991年には,晩婚化,少子化によって出産期間は4.5年と1920年の3分の1に短縮した。末子誕生時の夫婦の年齢は,1920年の末子は第5子で夫39.7歳,妻35.9歳,1991年は第2子で夫32.9歳,妻30.4歳に低下した。これは,出産・育児に時間をとられ,それ以外の生きがいに時間を割くことができなくなってしまうことを避けているのであって,1991年の余生は,夫12.2年と妻19.9年と1920年に比して倍増した。育児,子供の教育,就業以外の人生の意義を見出そうとする人々が増えたのである。出産・育児を無理に選択させる必要はないのである。親の余裕ある家計や母親の家事労働に依存するパラサイト・シングル,晩婚化は,自由な選択の現れである。つまり,結婚,出産・育児,遺伝子の保存以外にも精神的豊かさを求める動きが年齢を越えて広がっており,これが少子化として現れている13

ライフサイクルの変化から,人生の選択肢を広げようとしているのであれば,出生率回復を目標とする政策は,第一に,余生,新しい人生の意義に対する政府の介入に他ならず,豊かさの改善には必ずしも結びつかない。結婚・出産後は退職を強要する職場,託児に冷淡な職場,保育所・託児所の不足などは改められるべきであり,安心して子供を生み育てることが可能な社会,男女の能力を発揮できる男女共同参画社会は,それ自体に価値がある。しかし,男女共同参画社会は出生率回復の手段ではない。

第二に,社会保障制度の維持にしても,外国の労働力を活用すれば,労働力不足は回避できる。また,直接投資によって,外国で労働者を雇用しているが,これは国内の労働力不足を回避していることを意味する。直接投資が進展すれば,利潤の本国送還によって自国の国民所得が増加し,資本蓄積によって労働生産性向上も可能となり,社会保障に必要な財源は確保できる。老人を支える要素の間で,若者から資本,インフラ,技術,資金などへ代替を進めればよい。社会保障制度の問題は,年金掛け金の引き上げや医療費の自己負担の拡大など受益と負担の適正化,あるいは投資・資本形成の促進,労働生産性の向上による収益増を年金,医療費などの社会保障給付に回す構造改革で対応すべきで,出生率回復は不要である。

第三に出生率が高まれば,年少人口(乳幼児,児童を含む)が増え,育児,教育,衛生・医療の負担が増加する。出生率回復の当初15年間は,従属人口(15歳未満の年少従属人口と65歳以上の老人従属人口)は確実に増加し,1564歳の経済活動人口に対する従属人口の比率,すなわち従属人口比は上昇する。実際,1980-2030年の期間を見ると南北ともに老年従属人口比が上昇する一方で,若年従属人口比は低下する傾向にある(3-18参照)。しかし,従属人口比とTFRとには,強い正の相関関係があり,TFRが低下する状況では,長寿化することで老年従属比が高まるよりも,少子化に伴う若年従属人口比の低下が急速に進展するために,従属人口比は低下する傾向にある(3-9参照)。特に,年少人口比率の高い途上国では,従属人口比が5090と日本,ドイツの45よりも高い (3-2参照)。かえって,日本では,少子高齢化による老年者への医療費・社会保障給付の負担増への危惧は,年少従属人口比の低下による育児・教育への負担軽減によって相殺される。TFRが低下すれば,出産介護,乳幼児への衛生・医療,児童教育など年少者を対象とする社会保障の需要は低迷し,高齢者への社会保障の充実の余裕が生まれる。日本では,年金など社会保障制度が整っているために少子高齢化による財政問題が顕在化してはいるが,2000年の日本の従属人口比は47で,ナイジェリアの93,インドの62,ブラジルの52よりも低く,負担が重く感じるのは手厚い社会保障を公的負担によって維持しているためである(3-20参照)

先進国より従属人口比の高い途上国では,年少人口,老年人口への社会保障に対する潜在的需要は大きく,貧困,制度の未整備のために財政問題としては顕在化していないだけである。しかし,持続可能な開発のためには,年少者と老人への社会保障を拡充すべきであろう。他方,日本の場合,少子化対策として,無理に出生率を回復すれば,増加する年少者と高齢者への社会保障給付の増加という二重の負担が生じてしまう。出生率回復は,15年後から45年間に限って,一時的に老年人口比率を低下させるだけで,従属人口比の低下に結びつかない場合,社会保障負担を軽減することにつながらない。

第四に出生率回復は,Sustainable Developmentにとって,不利である。成熟化した社会では,地球的視野をもって,貧困者への支援,貧困解消など経済的豊かさの向上が望まれ,所得分配の公正の達成,平和・人権の確立,環境保全など精神的豊かさも求められる。Sustainable Developmentの概念は,ブルトランド委員会の報告書Our Common Futureでは「将来世代のニーズを危うくすることなく,現在世代のニーズを充足すること」と定義されたが,人口増加に密接に繋がっている概念でもある141992年の地球サミットの「環境と開発に関するリオ宣言」では,南北がともに人間が持続可能な開発の概念の中心に位置し,その実現を目指すことが謳われた。出生率回復が人口増加をもたらすことで,インフラの混雑激化,環境負荷物質の排出増加が進み,インフラと環境への人口圧力は,持続可能な開発の大きな障害になってくる。対照的に,既に整備されたインフラをそのまま維持できれば,人口減少に伴って,1人当たりの道路,電力使用量,上水道利用量,教育・衛生施設,公園面積などのインフラ利用可能性は高まる。また,森林,土地,水,大気などの地球の賦存量が変わらない本源的資源の利用可能性も少子化によって高まる。つまり,少子化・人口停滞によって,1人当たりインフラ・本源的資源の利用可能性は大きくなり,インフラ・環境への人口圧力は低減するが,これは持続可能な開発にとって好都合である。

 

第3章注

【1】南北人口は,UN(2002)World Population 2002UN(1999)Women's Indicators and Statistics Database. CD-ROMhttp://www.un.org/esa/population/publications/aging99/fa99toc.htm参照。

2】乳幼児死亡率は,UNICEFWHOWorld Bankなど出所により若干の差異がある。

3】少子化の要因は,厚生統計協会編(2001)pp.14-2515-117,伊藤編(2000)pp.24-27,丸尾・益村他編(2001)八代(1999)pp.8-29参照。卵巣は思春期に完成し,排卵につれて卵が老化するため,出産年齢が上昇するにつれて死産,流産の確率が高まる。しかし,自己の遺伝子を残す行為は生物学的に重要であるが,人間の高齢期が他の生物より長期にわたることを踏まえれば,育児・出産が普遍的な価値をもつわけではない。

4】勤労者比率=勤労者÷(自営業+勤労者+家族従業員)×100 (国立社会保障・人口問題研究所編(2002)8-14)。共働きと無償労働は,伊藤・川島編(2002)pp.81,121参照。

5】障害率(=年齢別障害者数÷年齢別人口×100)は,厚生労働省大臣官房統計情報部編(2002)3-273-30表,国立社会保障・人口問題研究所編(2002)2-3参照。ここでの障害は,視覚,聴覚言語,肢体不自由(障害者全体の50%以上),内部障害(20%以上)の合計で知的障害者(32.9万人)は除く。【6】社会保障給付費は,厚生労働省大臣官房統計情報部編(2002)pp.313326参照。

7】アジアの社会保障制度は,石・早瀬編(2000)pp.100-106参照。

8】アジアの高齢化は,石・早瀬編(2000)pp.87-99,中国の高齢化は,清水・岡本・洪他(1996)pp.71-82参照。

9】子育ての楽しさと辛さは,内閣府大臣官房政府広報室『月刊 世論調査』平成1411月号,pp.67-71参照。

10】子供の権利条約のいう権利行使主体としての子供の認識も重要である(伊藤編(2000)pp.28-30)

11】ゴールドプラン,エンゼルプランは,厚生統計協会編(2001)pp.77-80118-120参照。厚生労働大臣主宰の少子化社会を考える懇談会座長は「お金を稼ぐことが幸せで,育児は負担とのみ考える風潮は改めたい。このためには,男女それぞれが特性を発揮できる社会を作り上げることが重要ではないか。現在の価値観の大きな転換は皆が感じている筈である。」と述べている(『週刊 社会保障』第56巻第2185pp.4-5)

12】保育施策,児童手当は厚生統計協会(2001)pp.120-131参照。

13】両親と同居し,その家計・家事労働に依存する未婚者は,パラサイト・シングルと揶揄される。

14】持続可能な消費は,伊藤編(2000)10章参照。

1