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中国が人民元の切り上げを認めた。これが米国との摩擦を緩和するためのその場しのぎの策で終わってはいけない。中国自身と世界全体の均衡ある発展に向けた一歩としたい。
人民元は2005年に切り上げられ、その後ゆっくりと上昇した後、08年夏から事実上、対ドル相場を固定する政策が採られていた。金融危機などの影響で、中国の輸出がふるわなくなることを恐れたためだ。しかし、元相場を人為的に低く抑えるための為替介入は、米国など諸外国の反発を招いていただけでなく、中国のインフレや不動産バブルに結びついていた。
国際的な圧力が中国を動かした面はあるが、中国自身にとっても必要な政策であることを、やっと認めたことになる。この意味で中国当局が人民元を切り上げていくという決断は、遅ればせだが当然のことである。
欧州危機によるユーロ安で、人民元の対ユーロ相場は大幅に上昇している。中国にとって欧州連合(EU)は、米国を上回る最大の輸出先になっており、輸出にさらにブレーキがかかる切り上げについては、中国政府内にも消極的な意見があった。
しかし、26日からカナダで始まる20カ国・地域(G20)首脳会議で、中国が切り上げ圧力にさらされるのは必至だった。人民元のドル固定をやめると表明することで、その圧力をかわす政治的なねらいがあった。
中国に対して陰に陽に圧力をかけていた米国政府は、さっそく歓迎するコメントを出している。
とはいえ、切り上げを認めるといっても、中国当局が為替相場に介入する管理相場であることには変わりない。あまりにも小幅なペースの切り上げだと、米国などの不満は消えない。
中国人民銀行の声明が「人民元相場の弾力性を高める」と切り上げを認める一方で、中国の経常黒字の国内総生産(GDP)に対する比率が減少傾向にあることを指摘し、「人民元レートの大幅な切り上げの論拠は存在しない」と述べたことも気になる。
急激な切り上げは成長を損なう危険があるが、人民元を徐々に相当の幅で切り上げてゆくことは、中国自身が資源などを安く輸入して内需を拡大し、持続的な成長を続けていくために不可欠ではないか。
中国には、高い潜在的な成長力がある。05年から3年間で対ドル相場は2割ほど上がったが、10%成長を続けた。日本を抜いて世界第2の経済大国になろうとしている中国が「元高恐怖症」にとらわれる必要はない。
むしろ、人民元の切り上げを必要以上に遅らせればインフレの加速や資産バブルに歯止めがかからなくなる。その影響や反動に中国経済が苦しみ、弊害は世界全体に及ぶだろう。
捕鯨国と反捕鯨国が、互いに相手が絶対に受け入れないような主張を繰り返す。そういう不毛な対立の下、20年以上にわたって国際捕鯨委員会(IWC)は機能不全に陥ってきた。
何とか事態を打開しようというIWC議長の提案が、きょうからモロッコである年次総会で議論される。IWC正常化のまたとない好機である。
今後10年間は商業捕鯨、調査捕鯨といった区別をなくし、IWCが海域と種類ごとに捕獲数の上限を決める。こうした一括管理によって世界全体の捕獲数を大幅に減らしていく、というのが議長案の狙いだ。
南極海における日本のミンククジラ捕獲枠は当初5年間、現在の調査捕鯨の半分以下の年400頭に減らされる。その先の5年間は、さらに半減して年間200頭だ。大幅な譲歩を強いられるのは間違いない。
その代わり日本の沿岸では、年間120頭を上限にミンククジラを捕獲できるようになる。これは事実上の商業捕鯨といえる。
民主党政権になって政府は「沿岸捕鯨を復活できるのなら、南極海は縮小もやむをえない」という現実路線に変わった。11年目以降どうするのかという課題はあるが、今回の議長案は受け入れがたいものではなかろう。合意に向けて努力するべきだ。
最大の課題は、かたくなな姿勢を崩さない反捕鯨国をどう説得するかである。
豪州は「南極海の捕鯨は認めない」と議長案に反発し、妥協するどころか「日本の調査捕鯨は違法だ」と国際司法裁判所に提訴した。このような反捕鯨国から譲歩を引き出すのは容易でない。
日本はこの際、反捕鯨国が特に問題視する南極海の調査捕鯨の大胆な見直しを検討してはどうか。
これまで政府は「国際条約に基づくものだ」と調査捕鯨の正当性を訴えてきた。だが、反捕鯨国や過激な環境保護団体との戦いに多大な労力を注いでまで「南極海」に固執する合理的な理由があるのか、冷静に考えたい。
いま、日本人のクジラ肉の消費量は極めて少ない。各種の調査によると、国民の平均的な消費量は牛肉や豚肉などの100分の1以下の水準だ。仮に南極海産のクジラ肉がなくなっても、最小限の沿岸捕鯨ができれば需要をまかなうことはできる。
クジラが増えすぎると、魚が大量に食べられて漁業に打撃がある。だから科学的な生息調査は欠かせない。そんな意見もある。だとしても、日本がはるばる南極海まで出かけてクジラを捕る理由としては説得力が弱い。
議長案がテーブルに載ったいま、ぜひとも反捕鯨国に妥協を促す。そんな覚悟で交渉に臨んでもらいたい。