益久のものづくり

廣田益久が30年かけて作りつづけてきた益久染織研究所の綿・・・。
昔々の作り方にこだわることで素朴で優しい風合いを見せてくれる綿・・・。

かつて一度も、農薬・肥料(有機・化学)を使った事のない自然な大地に
種を蒔き、水遣り・雑草取り・綿の収穫などを全て手作業で行い育てた綿です。
益久の商品は、この綿を使い昔ながらの手法−紡績(手紡ぎ・ガラ紡)と
織り(手織り・動力織機)−によって作っています。
※紡績とは、糸を紡ぐ工程です。

これを「益久綿」 と呼んでいます。


ここでは“ものづくり”についてお話し致します。

  ●益久綿ができるまで
  ●益久綿を作る中国の工房取材記





 益久綿ができるまで



 益久が手塩に掛けて作り続けてきた「益久綿」。その素朴で優しい風合いは母なる大地と人の手によって育まれたものです。
 その「大地」と「人の手」の素晴らしい連携プレーの一部をご紹介致します。

 
 益久綿


中国山東省にある工房の綿花畑。
見渡す限り一面が綿花でいっぱい!
おばさんが綿(ワタ)を手摘みしてます。

 益久綿は中国山東省の広大な大地で栽培。そして、糸紡ぎ、染色、織りまで全て一貫して行っています。

 この中国の工房の説明はこちら!

 昨今の環境ブームでもてはやされている様々な物の中にオーガニックコットンがありますね。益久綿はもちろんこのオーガニックコットンの部類に入ります。しかしながら益久綿は普通のオーガニックコットンとは少々趣を異にします。

 普通のオーガニックコットンは3年以上無農薬・無化学肥料で栽培した農地(有機栽培と言います)を使い収穫する綿のことです。それまで効率的に収穫量を上げる為に農薬や化学肥料を使っていた綿畑だったところに、農薬や化学肥料を使わずこれまでやったことのない手作業な栽培手法を増やして綿花を栽培しなおす、というのが通例です。そして、これまでずっと化学肥料や農薬を使っていた残留の影響がなくなると予想される有機栽培切替3年後の収穫から、初めてオーガニックコットンと唄えるようになるのです。

 方や益久染織研究所の中国の工房では、はるか昔に畑をはじめてからこれまで一度も農薬や肥料を使ったことがありません! 本当に昔から同じ製法で仕事をしている農場なのです。昨今の流行りではじめたオーガニックとはその年季が違います。化学肥料や農薬の残留物はもちろんありませんし、一度も近代農業をしたことがない為手作業の栽培手法も手馴れたもの、と言いますか、その方法でしか栽培をしたことがないのです。
 栽培される綿花にもその思いは伝わるようで、本当に優しく素朴な綿花が出来上がります。
 益久綿は、本当に昔ながらの製法で栽培された綿花を使いつづけ、何十年かしてふと気がついたらそれがオーガニックコットンと呼ばれるようになっていた、といった具合です。

 手馴れたもの、と言っても、それはそれはとても手間のかかる栽培方法です。化学肥料を使わず、害虫駆除剤(農薬)も使用しません。害虫の予防は全て人の手や動物の手を借りて地道にせっせと行います。
そのてまひまかかる畑仕事を当たり前のようにされている中国の農場には本当に感謝してもしすぎることはありません。

黄河のほとり、広大な大地が育んだ素朴で力強い綿花を、現地の工房でひとつひとつ手摘みで収穫し、糸紡ぎに備えます。



 手紡ぎ


工房の手紡ぎ風景。天気がいい日は、
たいがいお日様の下で作業します。

 人の手で優しく紡がれていく手紡ぎ糸。その原理は数千年前からほとんどといって良いほど変わっていません。種を除き、綿打ちをして均一にほぐしたワタを、糸車を使い糸を紡いでゆきます。

糸紡ぎの経験のある方ならお分かりと思いますが、ある程度練習すると誰でも糸を紡ぐことはできるのです。しかし「速く・正確に・大量に」、となるとこれが難しい! 熟練者が丸一日休みなく紡いでも200g程度の糸しかできません。本当に手間と根気の要る作業です。

 益久綿の手紡ぎ糸は全て中国の工房で紡いでいます。日本で紡ぐと、皆様に手軽にお分け出来るような糸はとても作れません。中国の方たちには、本当に丁寧に根気よく良い仕事をしていただいています。

 手紡ぎ糸は柔らかくムラのある、自然な風合いの糸になります。

 

 

 ガラ紡


愛知県の紡績工場にある
ガラ紡績機。いい感じの機械です。

 信州松本のお坊さん、臥雲辰致(がうんたっち、と読みます。レッキとした日本人です)が明治時代に発明したわが国最初にして唯一の純和製紡績機械、『ガラ紡績機』で紡いだ糸です。仕組みが単純で、手紡ぎに最も近い糸が仕上がる紡績機ですが、現在の工業用紡績機の数百分の一の速さでしか糸紡ぎが出来ません(それでも手紡ぎよりは効率が良い)。

 今から30年ほど前、廣田益久がガラ紡保存運動へ参加したことから益久とガラ紡との切っても切れない関係が始まりました。
 高速の紡績機に取って代わられたゆったりしたガラ紡。ガラ紡機で紡がれた糸は独特のふくらみ感と素朴さを持った素晴らしい糸で、廣田益久はどんどんほれ込んでしまいました。
 手紡ぎ糸を作るようになった今でもやはりガラ紡の素朴さは手放せません。中国で見つけてきたガラ紡績機を大事に使って山東省の工房でゆっくりゆっくり益久綿のガラ紡糸を作ってもらっています。

 素晴らしい糸を紡いでくれるこのガラ紡機。呼び名の通りガラガラと音を立てながらのんびりと優しい糸を紡いでくれる、“機械”が“道具”と同じくまだ人の手に近い仕事をしていた古き良き時代の紡績機です。

 



 手機(てばた)織機と力織機(りきしょっき)


中国の工房お手製の手機織機。
手作りのニオイがぷんぷんします。
カッタン、カッタンと、音も懐かしい…。

益久綿に仕上げる最後の大切な作業に「織り」があります。ゆったりと作られた手紡ぎ糸やガラ紡糸が持つ自然な柔らかさとふくらみがそのまま伝わるよう、益久綿を織り上げる機械には手機織機や力織機を使っています。手機織機の歴史の古さはもちろんのこと、力織機も明治の後半から昭和初期まで活躍していた、日本の織工業の黎明期を担った懐かしい機械です。
 なぜこんな昔の機械ばかり使うのか? 決して懐古趣味からではありません。理由は簡単、仕事が遅い(?)からです。

 手機織機も力織機も、最新の工業織機の十倍以上の時間をかけて布に仕上げます。時間をかけるということは、それだけ糸に負担をかけない、ということでもあります。手紡ぎ糸やガラ紡糸は柔らかすぎて、糸に負荷をかけながら布を織る現代の織機にのせることが難しいという理由もありますが、柔らかくふっくら大事に仕上げた糸は、やはり時間をかけて無理なく丁寧に布にして、その風合いを活かすのが本筋です。

 機屋さんや工場でお蔵入りになったり捨てられそうになっていた昔々の織機を方々から拾ってきて、国内や中国の工房で再び現役で働いてもらうことで、益久綿手紡ぎやガラ紡の優しさがいっぱい詰まった、本当に柔らかい益久綿の布が出来上がるのです。

 

 

 おまけその1 〜糸の太さの単位、番手表示

 糸の太さは通常、「番手」という数字で表します。番手の数が大きくなると糸は細く、番手の数が小さくなると糸は太くなります。では、その番手の数字がいったいどのように決められているかというと、これがややこしいことに素材によって違います。以下にその決まりを素材ごとに書き上げます。

木綿 英式綿番手 重さが1ポンド(453.6g)、長さが840ヤード(767.76m)の糸の太さが1番手。
長さが2倍の1640ヤードで2番手。
英式麻番手 重さが1ポンド(453.6g)、長さが300ヤード(274.2m)の糸の太さが1番手。
長さが2倍の600ヤードで2番手。
共通メートル番手 重さが1kg、長さが1kmの太さが1番手。長さが2倍の2kmで2番手。

 例えば、茶綿20番単糸は、この糸を1ポンド用意すると、この糸は英式綿番手なのでその長さは
840×20=16800ヤードある、という計算方法になります。
 また、イ-004の黄麻14番3本撚糸は、英式麻番手の14番手が3本より合わさっているので、だいたい14÷3≒4.7番手と同じ位の太さになり、この糸が1ポンドあるとその長さは 300×4.7≒1410ヤードになります。

 このように綿番手と麻番手では、その基準が違うため同じ番手でも太さが違います。例えば同じ10番手でも、その太さは、

麻10番手>毛10番手>綿10番手

となります。太さの違いを計算すると、同じ番手なら麻番手は綿番手の約2.8倍、毛番手は綿番手の約1.7倍の太さになります。ただし、糸の太さは糸の作り方によって変わりますし、もちろん素材の密度にも左右されますのでこの計算はあくまで目安です。

 

 おまけその2 〜117、217、317、417 という数字〜

 益久綿の糸と布で見られる“117”、“217”、“317”、“417”と言う数字は、上の番手とは全く関係がありません。これは益久独自の番号です。決して「317番手の極細手紡ぎ糸がある!?」などと思わないで下さい(笑)!
 これはその昔、中国の工房で手紡ぎ糸を開発していたときに、初めて完成度の高い手紡ぎ糸が出来上がった日が3月17日だったことから、その日を記念して出来上がった太さの手紡ぎ糸に“317”という番号をふり、それより太い糸を“417”、細い糸を“217”、“117”としただけのこと、あまり深くお考えになりませぬよう…。