「福祉をつぶして税金を安くしたままでいいのか。国債発行を増やしてギリシャのように財政破綻(はたん)になっていいのか。消費税の逆進性をなくす軽減税率とか還付はしっかりやることを前提として、野党に議論を呼びかけている」。菅直人首相は20日、横浜市で街頭演説し、消費税引き上げの公約を訴えた。
鳩山由紀夫前首相と民主党の小沢一郎前幹事長は参院選前の消費税論議を封印。「小鳩」辞任前の民主党内では、仙谷由人官房長官や玄葉光一郎政調会長らが消費税の引き上げを唱え、小沢系と非小沢系の対立点となっていた。参院選マニフェストには「次期衆院選後に税制の抜本改革を行う」ことを盛り込む方向だったが、菅首相の誕生後、「早期結論をめざして、消費税を含む税制の抜本改革に関する協議を超党派で開始」に変わった。
菅首相は16日、玄葉氏を官邸に呼び「消費税引き上げの時期に明確に踏み込みたい」と伝えた。マニフェストを発表した17日の記者会見では「今年度内に消費税に関する改革案をとりまとめていきたい」と表明。玄葉氏は引き上げ時期について「衆院選後だと思うが、12年度秋が最速」との補足説明に追われた。
首相を前のめりにさせたのは「脱小沢」路線への世論の高い支持だ。増税論議もその一環としてなら理解を得やすい。「菅人気」を頼りに選挙戦に臨む党内も表立っては反論しにくい。輿石東参院議員会長は17日、党本部で枝野幸男幹事長に「(首相の意向は)聞いている。やればいい」と容認姿勢を示した。
参院選に勝てば「財政再建」を旗印に政局の主導権を手にできる。連立を組む国民新党は消費税上げに反対しており、「第三極」勢力や自民党の一部を取り込む「連立組み替え」も視野に入ってくる。「政治とカネ」問題などとともに、衆院選マニフェストのバラマキ路線も小鳩体制の負の遺産として一気にリセットし、本格政権につなげる勝負の選挙と首相は位置づけた。
民主党内の小沢氏支持グループが9月の党代表選で「菅降ろし」に動けば、「衆院解散カード」で対抗することも可能。小泉純一郎元首相が自民党内の抵抗勢力との戦いをアピールして01年参院選で圧勝し、郵政民営化反対派を05年の衆院解散・総選挙で封じた先例が首相の念頭にあるのは間違いない。引き上げの実施を衆院選後と宣言する「解散とのリンケージ」(党幹部)は小沢グループへのけん制にもなっている。
ただ、無駄遣い削減による財源捻出(ねんしゅつ)は思うように進まず、官邸筋は「消費税率は16、17%ないと帳尻が合わない」と指摘する。民主党の従来の主張は消費税と年金制度改革とのセットだったが、仙谷氏は「別に制度設計した方が混乱は少ない」と切り離す考えを示した。消費税論議を急いだ末に参院選で支持を得られなければ、すべてのシナリオが崩れる。菅首相にとっては両刃の剣だ。【須藤孝】
◇
参院選(7月11日投票)の公示が24日に迫った。民主党が単独過半数を確保すれば21年ぶりに1政党が衆参両院の過半数を握る。93年の細川内閣発足以降、常態化した連立政権が続くのか、組み替えにつながるのか。与野党の思惑を探る。
毎日新聞 2010年6月21日 東京朝刊