「いつまでも一緒よ、アリシア……」
大魔導士プレシア=テスタロッサとポッドに寝かされている少女アリシア=テスタロッサが虚数空間へ落ちていった。
「母さん……」
「フェイト、早く逃げないと……」
残された娘フェイト=テスタロッサはそれを見ている事しかできない。
「母さん!?」
フェイトは叫ぶ。視線の先には虚数空間へと落ちていった母。しかし、魔法も使えない筈の場所で母とポッドは落下を止め静止していた。よく見ると黒い鎧のような腕に抱き留められていた。
「……っ」
駆け寄った白い少女高町なのはは先程まで戦っていた傀儡兵に似ている、と思ったがソレと視線が合い慄いてしまった。
「皆脱出急いで!! 庭園の崩壊に巻き込まれちゃう!!」
オペレーターの叫びが木霊する。
「……あ」
一瞬気を逸らした途端、姿は見えなくなってしまった。
「フェイトちゃん!」
「フェイト、早く行くよ」
「なっ……」
プレシアテスタロッサは混乱していた。ただ落ちるしかない虚数空間で我が身と愛しい娘を抱え、尚且つ静止する傀儡兵に似たソレを。
『あ、危ないではないか! 落ちたら死ぬのだぞ!?』
酷く焦った念話が届いてきた。此処では魔法は使えない筈なのに、目の前にいるソレにはそんな常識は一切通用しないようだ。
「……もう疲れたのよ」
『ええい、思い直せ! 愚痴なら我が聞いてやる! 早まってはならん!!』
「……ところで、貴方は何者なの? 此処は魔法も何も使えない虚数空間。何故貴方は此処に居ることが出来るのかしら?」
ソレが自分を抱えている以上、落ちるなんて出来はしないのに、ひたすらテンパっているソレに率直な疑問をぶつけた。
『我か? 我は宮本小十郎。他人には漆黒の魔王などと呼ばれている存在だ。……非常に不本意ではあるがな』
「魔王……っ!? グ、ゲホッゲホっ!!」
ソレからの念話の最中に突然咳き込み、吐血する。
『むっ!? そなた、どこか具合が悪いのか?』
「……ええ、もう永くな『何処が悪い?』……循環器系よ」
有無を言わせぬ念話に素直に応えた。
『これを飲め。良くなる筈だ』
小十郎の指先に一滴の雫が集まり、それをプレシアの前に差し出す。
「……もうアリシアのいない世界に疲れたの。放って置いて頂戴」
しかしプレシアはそれを受け取らない。疲れた表情を浮かべたまま拒絶した。
『……アリシアとはこの娘の事か?』
自らの手に抱いたポッドの方を見る小十郎。
「ええ、私の自慢の娘よ。でも、もう良いの。アルハザードへと続く道も絶たれ、私にはどうする事も出来ない。愛する娘一人生き返らせられないで何が大魔道士よ……」
『……我が蘇らせてやろうか?』
黙って聞いていた小十郎がごく自然に問い掛けてきた。
「な……何を言って」
咄嗟の事で言葉に詰まる。
『此処で出会ったのも何かの縁であろう。多少の事に眼を瞑るなら、今すぐにでも蘇らせよう」
「せ、生前の記憶とかはどうなるの!? あと、多少の事って!?」
逸る気持ちを抑えきれず、矢継ぎ早に質問を浴びせかける。
『記憶の方は此処まで状態が良ければ問題なかろう。多少の事とは、まず、我に……その……従順になるのだ」
「なんだ、そんなこ『我に対して好感度MAXだぞ? ご主人様と下僕状態だぞ? それでも良いのか?』……」
傀儡兵に似た何かを観察する。口は昆虫のソレに似てキチキチと音を立てている。眼は複眼。体躯は巨大で生物的で真っ黒な鎧。正直直視するのもキツイ。
『……あと、これが一番問題かもしれんが、我が蘇らせた者は、我の命が尽きるまで死ぬ事の出来ぬ身体になる。……それでも良いか』
「……………………構わないわ。あの娘と話が出来るなら。あの娘が笑うなら。あの娘と暮らせるなら……私はただそれだけの為に生きてきたのだから」
暫し考え込んだが、答えは変わらなかった。
『うむ、あい分かった。だが、その前に、そなたの名は?』
「プレシア=テスタロッサよ」
『では、プレシアよ。我が子と対面する前にまずコレを飲め。そなたの身体がまいってしまう前にな』
そう言って、目の前に差し出すのは先程の雫。
「そうね、分かったわ」
先程とは打って変わって生きる希望を見出した表情で、それを受け取り飲み込んだ。
「……身体が軽くなったわ。医者も匙を投げる程だったのに……信じられない」
『良し。次は……』
呟きと同時に目の前の風景が変わった。そこは真っ暗で周りに何があるのかは良く見えないが間違いなく床がある。それは虚数空間から抜け出した事を意味していた。
そしてゆっくりと降ろされる。
「どうして、虚数空間で空間跳躍が出来るのよ……」
相手が規格外だと分かっていても、突っ込まずにはいられなかった。
『此処は我が家とも言える艦、鳳凰。……では、始めるぞ』
ポッドを抱えていた手に力が込められるのが見て取れた。すると、ポッドの中の少女が微かに動いた。
「アリシア!?」
勢い良く駆け寄る。
『……何を言っても落ち着いてはくれんだろうな』
ポッドに罅が入り中の液体が漏れ出し、そして親娘を分け隔てていたソレが完全に砕け散った。
「う…うぅ」
身体を小刻みに震わせて苦悶の表情を浮かべる。それは眠ったままの今までとはまるで違う。
心臓は鼓動を刻み、頬に赤みが差し、在りし日の姿へとゆっくり、ゆっくり少女を造り替えていく。
「ああっ……アリシアっアリシアっ!!」
大粒の涙をボロボロ零し、母は娘を抱き締めた。
「か、母様、苦しいよ……どうして泣いてるの? 何処か痛いの?」
『……我は暫し席を外す。落ち着いたら戻って来よう』
「はーい。分かったよ、御主人様!」
「ごしゅっ!?…………はぁ」
『う、うむ。ではな』
これ以降、人々に魔王と恐れられる宮本小十郎の傍に金髪の少女と妙齢の美女が加わる事になる。
おまけ
「そういえば、小十郎はどうしてあんな場所にいたの?」
『……それは、だな……』
「言い難いなら聞かないでおくわ」
『……いや、その、な。寝惚けながら空間跳躍したら偶々あそこに出たのだ』
「…………そう」
さらにおまけ
「マスター、何か悲しい事でもあったのですか?」
『……レンか。これは悲しくて泣いているのではない。子を想う親の心に中てられたのだ……』
「……それがどのようなものか理解出来ませんが、マスターが悲しんでいるのではないようなので安心しました」
『今はそれで良い。いつかそなたにも分かる日が来よう。……む? だがソレを知るためにはレンが誰かと結婚して子を為さねばならんのか?、それは認めん、絶対に認めんぞ!! まずは我を倒してからだ!!』
「マ、マスター落ち着いて下さい。私のすべてはマスターのものですから!!」
プレシア救済ものが少なくてムシャクシャしてやった。後悔はしていない。