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[18631] 【習作】東方悪魔魂(東方project×Demon's Souls) 第五話投稿
Name: 塞翁◆39c71bf7 ID:2efcc117
Date: 2010/06/16 01:56
 はじめまして、塞翁といいます。

 このSSは、上海アリス弦楽団様の「東方project」と、FromSoftware様の「Demon's Souls」のクロスオーバーものです。捏造設定や独自解釈、ネタバレ、また東方キャラクターの二次創作設定など、俗に言うフロム脳を含みます。
 故に、キャラクターの性格、口調などに違和感を覚えられる方も居られると思いますが、ご了承下さい。

 それらに耐えられないという方専用↓

    興<聞こえるか、こちらに逃げ込め……! つ(戻る)

 なお私こと塞翁は、金銭面の問題上「東方project」を永夜抄までしかプレイしたことがない上、腕のなさが問題でExステージまで到達したことすらありません。
 未プレイ部分のストーリーやキャラの設定やその他もろもろはプレイ動画やwikiを参照して補完していますが、そんな奴の小説なんて読めるわけねーだろクズが、空気にもなれんか・・・。という方も同じく↓

    干<手こずっているようだな、手を貸そう つ(戻る)

 長らく物書きから離れていたため、稚拙な文章が多々あります。
 なるだけ早く上達、そして昔の勘を取り戻していきたいと思いますので、どうかご容赦ください。

 それでは、よろしくお願いします( ´乙`)ノシ

 (追記)
 
 この作品には数多のフロム作品パロディーを含みます。

 そのためレイヴン、リンクス、コジマ、などなどにアレルギーのある方は覚悟の上でお願いします。



[18631] プロローグ【王子、戦場に散る】
Name: 塞翁◆39c71bf7 ID:2efcc117
Date: 2010/05/07 19:41
 かつかつと。堅い足音が響く。それはやがて私の目の前で歩みを止め、私を見下ろす。

「あなたでしたか。てっきりビヨール殿かと……いえ、かえって好都合です」

 霞みゆく意識の果てで、私はそんな言葉を痛む喉の奥から吐きだした。

「この鍵を。これはボーレタリアに伝わる霊廊の鍵。古き王ドランが統べる神の領域へと続く扉を開くためのものです」

 竜によって焼き焦がされた足が燻り、生理的嫌悪感が満載された臭いを空気中に散布する。同胞たちによって抉られた左腕と、太く鋭い矢が突き刺さった右肩から、生々しい紅とともにソウルが零れ落ちていく。

「そこに眠る伝説の魔剣……“デモンブランド”。魔を分かつあの剣ならば、父の持つ人を断つ剣“ソウルブランド”にも対抗しうるでしょう……」

 満身創痍の私とは異なり、目の前にいる彼――幾度となく私の窮地を救い、ともに闘ってきた戦友の身体には傷一つない。右手に握られた北騎士の剣は魔術的奇跡的に強化されたソウルの輝きを放っており、その輝きはソウルにのまれた兵士たちの生命によって【紅く】染まっていた。

「お願いです。その剣を使って。父を……殺してください」

「あれはもはや父ではない。ソウルにのまれた悪しきデーモンです」

 そう。飛竜の脇をすり抜けるとき、私はそれと視線を交わした。そして悟ってしまった。それがもはや、自らの憧れとして追い続けてきた父とは、完全な別物だということに。

 厳しくも優しい父。剣の稽古をつけてくれた父。王としての威厳に満ち溢れていた父。

 そして私の叙任式で、この装備一式を得た私を誇らしげに見つめていた父。

 そのどれもが人間味に満ち溢れており、王という名を持ってしてなお、一個の人間であるということを実感することができた。

 だがあれの瞳には何もない。ただソウルを喰らうという純粋な欲望のみで構成された野獣の瞳。本能に支配された人にあるまじき心。

「……腐れ谷の彼や貴方のことが、少しだけわかってきましたよ」

 激しくせき込み、階段に座り込みながら血を吐きだす。それを気遣うように彼は兜や鎧の一部を私の身からはぎ取り、手当たり次第に治療を開始した。各種薬草。ロートス、祝福された奇跡の聖具。表面的な傷口はすぐに止血され、幾分か体が楽になる。

 だが、それだけだった。受けたダメージが大きすぎる。

「現実を忘れ、故郷を忘れ、人を忘れ……ただ想う人、為すべき何かのためだけに。私には不可能です。私は現実を直視することも、ただ人を殺す修羅になることもできません。どれほどの苦悩が彼や貴方を襲ったのか、今なら、わかる気がします」

 ただ人の身では無力。だからこそ人はソウルにすがり、やがてデーモンと化す。

 力が足りぬ。勝利への渇望。その果てに人は人であることを手放し、やがて後悔する。

 それが恐ろしいからこそ、人は人であり続ける。それこそが最後の自制。それを破ったのが、腐れ谷の聖人たち、我が父、ラトリアの女王に仕えた大臣、そして目の前の彼。

 私は恐ろしかった。自分が人でなくなるのが。

 だから私は後悔した。なぜ自身の弱さに負け、力を得ることを拒否したのか、と。

 人の身では、悪魔に届くことなどありえないというのに。

 もはや後悔しても、遅すぎるというのに。

 食道を赤い血潮が逆流する。階段に敷かれた赤い絨毯が、現実味を帯びた生々しい【紅】へと染め上げられ、彼が無理やり飲み込ませた丸薬の類が床にぶちまけられた。

「……私は、一体何が、できたというのでしょうか」

 うつろな瞳で、右手に握っていた金色の剣――ルーンソードを窓から差し込む輝きにかざす。魔術的な祝福。それはある種の呪いめいた呪詛の言葉が刻まれた刃。叙任式から、父にそれを与えられてから、一度たりとも手放したことのない相棒。

 彼は一言たりとも言葉を発しない。彼も悟ったのだろう。私の命が尽きかけているということに。マクシミリアン式と通称される私と同じ騎士の正式装備に身を包んだ彼は、兜の隙間から覗く黒い瞳で、私の顔を覗き込んでいる。

「今は逃げてください。おそらくデモンブランドがなければ父に抗うことはできません……。早く、三英雄が戻ってくる前に……!」

 父の傍らに居座っていた三体の禍々しい黒いソウル。私の記憶が正しければ、塔の騎士アルフレッド、貫きの騎士メタス、そして長弓のウーラン。

 今思えば、肩に突き刺さっている矢にも見覚えがあった。祭祀場周辺で採掘される純粋な月影石を鏃に用いているとされる白き矢。それをこの国で唯一射ることができるのは、祭祀場を守る蛮族の長にして、『東に飛将あり、北に長弓あり』と恐れられるほどの弓の名手、かの長弓ウーランに他ならない。

 撃ち下ろされた弓矢に気を取られた私は、まんまと竜の炎の餌食となったわけだ。

「ッ!」

 鈍い金属音とともに、背後に衝撃が走る。玉座へと続くエレベータが下りてきたのだ。

 中に乗っている者たちは、言うまでもない。私を射たウーランを始めとする、王国三英雄の黒いファントムである。

「早く、逃げてください……。今のあなたでは、勝てません」

 最後の力を振り絞って、私は彼の身体を思い切り突き飛ばす。刹那、彼の頭があった位置を鋭い飛翔音とともに白の矢が貫通、石畳を割り砕いて床へと突き刺さった。

 もう時間はない。敵はすぐそこまで迫っているのだ。

「私が彼らを引きつけます。その間に……!」

 手から零れおちていたルーンソードを手に、私はすっくと立ち上がる。足がふらついた。視界が真っ赤に染まり、手の震えが止まらなくなる。きつく結んだ唇の端から黒色の血が零れ落ち、また顎を伝って銀の鎧を汚していく。

「ボーレタリアのオストラヴァ、推して参る……!」

 身を翻し。駆けだす。焼け焦げた足の腱が悲鳴を上げ、筋肉がはがれおちる。だが止まらない。いや止まれないのだ。背後で必死の叫びが聞こえた。……だがそれですら私を止める足かせになることはない。もはやそれに意味などないのだ。

 次々と飛来する矢を剣で弾き、迫り来ていた貫きの騎士メタスに肉薄する。

「おおおおおおおおおおおお!」

 一閃。ルーンソードが空間を断絶し、それとともに黒きソウルの一部を抉り飛ばす。

 メタスが長大な剣を振り回しながら、苦悶の呻きをあげて後退する。その脇をローロングしてすり抜け、すぐそこまで迫っていた重装歩兵――塔の騎士アルフレッドに体当たり。もつれ込むようにして倒れるが、私と彼とでは身軽さが段違いだ。重すぎる装備に足を取られ、アルフレッドは地面の上でじたばたとのたうつ。

 痛みをこらえてすぐさま立ち上がり、背中を向けて走り去っていく戦友を狙う影――百発百中の矢を番えているウーランへと、渾身の咆哮とともに斬りかかった。

「はぁっ!」

 一撃目。研ぎ澄まされた刃がウーランの首を直撃し、勢いのままに斬り飛ばす。剣が、人の肉を、生命を抉る感触。傷口からソウルがわらわらと空気中に飛散し、濃密な死の香りを漂わせる。しかしウーランはそれらしい痛みを感じた様子もなく、すぐさま体勢を立て直して矢を番え、逃げゆく獲物に照準を合わせていた。

 さすがは三英雄の一角。逃がしはしないと、敵をただ射ることに全身全霊を注いでいる。

「まだだぁっ!」

 二撃目。口走った言葉とともに切り返す。ウーランは其れを予期していたかのように身体を滑らせ、剣の切先から体を退ける。その時点でリーチで劣るルーンソードの殺傷能力は、ウーランに対して何一つ効果を及ぼさなくなってしまった。

「終わり、です!」

 だが私の目的はデーモンの討滅ではない。ただ、死を待つだけの捨て駒。彼が逃げる時間さえ稼げればよい。つまりは私の狙いは、ウーランではない。

 確かな手ごたえ。肉を断ち切るようなものではなく、堅い木製の何かを叩き割った感触。

 私の剣の切先は、ウーラン自慢の名弓を、真っ二つにへし折っていた。

 驚愕したように飛び退る首のないウーランの幻影。その安堵からか、急に足に力が入らなくなった。追撃をかけようと踏み出した両足が生まれたての仔馬のごとく震え、足の裏が地面とらえ損ねる。バランスが崩れ、私は思考がスローになってゆくのを肌で感じた。

 これでは、逃げることも攻めることも叶わないではないか。

 貫き。そして背後からの衝撃。身体の中を異物がすり抜ける。それはやがて内側から皮膚を突き破り、私という存在そのものを串刺しにする。

「かっ……」

 痛みで頭が麻痺する、鉄の冷たい感触が臓腑をなぞり、深紅の血流が抜け落ちていくのを感じながら、あくまで私は冷静だった。

 もとより死は覚悟しているのだ。ならば後の可能性のために、この命など捨ててやる。

 かろうじて握っていたルーンソードの切先を、自らの身体に向くようにして持ち変える。メタスの貫きの剣は、私の身体を深くまで射抜いているのだ。思い切り腕を伸ばせば――。

 しかし。右腕に激痛。筋肉が断裂し、引き千切られる。筋や神経の類が傷口からぶら下がり、びくびくと脈打つ様子を目と鼻の先で見る羽目になってしまった。

 メタスの頭蓋を撃ち抜くつもりで放った背後に対する渾身の刺突。それは、私の右腕とともに、無残にも宙を舞っただけだった。

「――!」

 声にならない悲鳴を上げて、私の身体からついに力が抜けた。意識はある。だが両腕はすでにない。強烈すぎる苦痛が脳髄を搔き回し、やがてそれすらも感じなくなってしまう。

 私の腕を槍に突き刺したアルフレッドが、メタスに対して顎をしゃくる。

 無口なアルフレッドが、先陣を切るメタスに対してよく行っていた仕草。霞んでいく視界の最中に、仲間たちの姿を垣間見る。それは懐かしい記憶。そして、もう届かない記憶。

 メタスの大剣が大きく一振りされ、私は通路下の奈落へと放りだされた。三つのファントムが見守る中で、私の身体は宙を舞い、静かに、ただ静かに落下していく。

 奈落の底に叩きつけられるのが先か、私が逝くのが先か。

 そんなことを考えながら、私はゆっくりと意識を手放していた――。



[18631] 第一話【王子、幻想郷に到達する】
Name: 塞翁◆39c71bf7 ID:2efcc117
Date: 2010/05/07 19:41
 空を飛ぶ。日傘は忘れずに。

 頬をうつ鋭い風。後ろへ吹き飛んでいく景色。

 外の世界はあまりに広かった。

 心地よい。あまりに長い年月を地下で過ごしてしまった。

 自由だ。今この瞬間だけは、自由なのだ。

 七色の翼を羽ばたかせる。吸血鬼にあるまじき異形の翼を。

「ふふふふ……」

 口元から笑みがこぼれる。人にあるまじき鋭い犬歯を覗かせて。

 幻想郷にて最凶。紅魔館の問題児。名をフランドール・スカーレット。

 紅魔館が主、レミリア・スカーレットの妹君にして、【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】を操る吸血鬼。少々気がふれているということはもはや幻想郷の住民すべてが知る事実であり、人里では都市伝説にすら発展しているというありさま。

 彼女の姿を見ただけで、妖怪たちは恐れ慄き、人々は死を覚悟する。

 幾数百年もの幽閉がその重大さを物語っていた。それは愛しい妹を守るため、そしてその暴走から愛しい皆を守るための、姉君の厳しくも優しい、苦渋の決断である。

 だが彼女はあまりに幼かった。数百年の時を経た今でも、彼女の中にはうす暗い地下室以外の世界はない。好奇心は幼子のそれ相応であるというのに。

 そして、あの紅魔異変から数日。彼女は外の世界を垣間見た。

 それは彼女の強すぎる好奇心を刺激するに十分足りうるものであり、同時に甘美な媚薬の如き熱さを彼女のもとにもたらしたのだ。

 窓越しに、空を覆う紅霧を見た。

 窓越しに、春の来ない冬を見た。

 窓越しに、奇妙な形の月を見た。

 咲き誇る彼岸花、終わりの無い宴会、突然の大地震、空飛ぶ宝船。

 数多の異変を、紅白の巫女を、白黒の魔法使いを、遠くから見つめていた。

 それらは彼女が上辺だけで知る外の世界とは、かけ離れたものだった。

 ――外に出たい。

 そうなってしまえば、もはや彼女を止める者など何もない。

 運悪くレミリアは一人で博霊神社へと出かけており、昼寝中の門番は論外、妖精メイドでは彼女を止めることなど不可能だった。

 彼女を追っているとするならば、レミリアの右腕にして紅魔館のメイド長を務める、最強と名高い人間、十六夜咲夜その人だろう。

 だがフランとて頭が回らないわけではない。彼女の目的が外の世界を見ることである以上、追手が早々にやってくることは厳に避けられるべきことである。脱走に能力を使いはしたが、壁を吹き飛ばしたり破壊したりといった乱暴な真似はしていない。せいぜい少数の見張りメイドをきゅっとしてどかーんしただけだ。

 つまり追手はまだこない。もう少しなら外の世界を満喫していられる。

「あはははははは!」

 思わず、笑みがこぼれる。してやったりといった表情を浮かべ、フランは口元を釣り上げてさもおかしそうに笑った。

 どういう風の吹きまわしか、はたまた姉君の考えが変わってきたのか、姉君の許可をとれば館の中を歩けるようになっていたし、その影響で地下室の施錠も甘くなっていた。鍵自体は紅魔館大図書館の主ことパチュリー・ノーレッジの強固な魔法防御壁で堅牢に守られていたが、フランの能力を押さえきるにはいささか力が足りなかったかのように思える。三秒も力を注げば、拮抗していた力が上回り、やがてボロボロに崩れ去っていたのだから。

 そういうわけで誰にも気づかれることなく地下室を出たフランは、居眠りしている門番の脇をすり抜け、湖の妖精にちょっかいをかけた後、すぐそこまで迫る魔法の森に向けて飛翔していたのだった。彼女の背後に散らばっている妖精たちの残骸は見なかったことにしよう。性質上、その内に再生するのではなかろうか。

(れいむとまりさには感謝しないとねー)

 そんなことを思いながら、さらにフランは加速する。
 博霊の巫女。それは幻想郷と現世を隔てる博霊大結界を維持する役目を持ちし者。人に仇なす悪い妖怪を退治することを生業にしており、先の紅魔異変、そしてフランが引き起こした降りやまない雨の時も数々の障害を打倒して紅魔館に侵入、その元凶たるレミリアとフランを屈伏させたのだった。レミリアは彼女――博霊霊夢をいたく気に入った様子で、友人になると言って目を輝かせながら館を飛び出していくのが日常茶飯事になりつつある。

 そしてその相方の白黒魔法使い。名を霧雨魔理沙。あの攻撃超特化ともいうべき砲撃はやろうとしてもなかなか真似できるものではない。彼女ら吸血鬼とてまともにくらえば消し炭だ。まあ姉君にとってみれば愛する巫女の付属品程度にしか映っていないようだが。

 紅白の巫女、そして白黒の魔法使い。彼らはレミリアを、紅魔館を、そしてフランを、自らの把握しきれぬところで変えてしまっていたらしい。

 そして全てが幕を開ける。幻想郷全土を巻き込む、大事件の始まりであった。

 フランが紅魔館を抜けだして半刻。ちょうど魔法の森の中心にさしかかった時のこと。

「?」

 ふと、視界の端で何かが光った。

 高速で飛翔していたためにその感覚はおぼろげで、ただの気のせいだった可能性もある。

 きょろきょろ。フランは不思議げに辺りを見回す。

 見つけた。ちかりと光る、金色と銀色の何か。木々の間から差し込む光を反射しているのだろうか。銀の光ならまだしも、金の光など人工物以外ではありえない。

 フランは本能的にそれを確信し、その正体を突き止めるために距離を詰める。


 なんだろうか。ざわざわと。胸騒ぎにも、胸やけにも似た感覚。

 行ってはいけない。見てはいけない。脳が身体に警鐘を鳴らす。

「ああ、もう! うっさいなぁ!」

 首をぶんぶんとふって雑音をかき消した。好奇心は猫をも殺す。今の彼女を言い表すとするならば、まさにそれであった。

 奇妙な光に照準を合わせ、速度を上げるとともに急降下。足を突っ張るような形で緊急着陸し、あやうくつんのめりそうになって――彼女はぴたと、動きを止めた。

 目の前に存在(あ)るそれに、全ての思考を奪われて。

 銀色の人形……いや、息がある。中に人がいるのだろうか。

 形容するならば、騎士。凹凸のある装甲を主体とした軽装鎧に身を包み、契約に基づいて戦場を駆ける中世の最高戦力。その傍らには主の窮地を知らせるかのように金色の輝きを放っている剣と盾が転がっており、それらを握っていながらも、主とは接続されていない腕がびくびくと脈打っている。切断された肩の部分の装甲が主の血で紅に染まっており、突き砕かれた鋭い鉄の断片が傷口を裂き抉っていた。

「ひ……と……?」

 フランはただ呆然とその光景を眺めている。

 能力を使っても、こうはならない。

 こうなる前に、人も妖怪も塵になる。

 人の死にざまなど、彼女は見たことがないのだ。

「……!」

 ふらふらと騎士の近くにより、鎧の表面に触れる。血だ。粘着質の紅い液体が指を伝う。紅茶やケーキ、彼女の食べ物には決まって含有されている紅。

 だがなぜだろう、震えが止まらない。真っ赤に染まった指を目の前まで運び、自身の震えを再確認する。指を生温かい血潮が流れ落ち、また騎士の鎧を汚していった。

 抜けていく。命が、消えていく。

「妹様!」

 その声に、フランははっと我を取り戻す。

 凛として鋭い女性の声。目の前でふわりとした白銀の髪が舞う。
そして気がついた時には、その豊満とは言い難い胸に優しく抱かれていた。視界はその薄い胸によって塞がれ、柔らかな掌が、なだめるように、いたわるように、優しくフランの後頭部をなでている。

「……ち、ちが……わた、私じゃない! 私は、やってな……」

「妹様、どうか落ち着いてください。この咲夜がついておりますわ」

 挙動不審。いつもの快活なフランにはありえないほどの動揺。涙を浮かべながらの錯乱。

 紅魔館のメイド長にして唯一の人間こと十六夜咲夜は、暴れるフランをなだめつつ、倒れている騎士らしき人間に目をやった。

 両腕が大きく損傷している。鎧を着ているために、今のところそれくらいしか傷の程度がわからないが、鎧を脱がせばまだまだほころびが見つかりそうだ。生きているのが不思議と言わざるを得ない状況だが、それは騎士の生命力の高さに脱帽するほかあるまい。

 だが、決定的な問題として、血が流れすぎている。
 血というものを日常的に扱っている彼女をもってしても、吐き気を催すほどの惨状。

 紅魔館お抱えの医者に見せたとしても、回復は到底見込めないに違いない。

 例え、どんな名医を雇ったとしても。

 無駄だとはわかっていながらも、咲夜は騎士の鎧へと手を伸ばし、その特徴的な形をした兜を取り去る。血に濡れた長髪がだらりと顔に張り付き、目の少し上には隙間から飛び込んだ破片による切り傷があった。瞼は優しく閉じられており、無理やりに瞼をこじ開けると、突然なだれ込んだ太陽光によって瞳孔がきゅっと収縮した。

 死にかけてはいるが、確実に死へは近づいているが、死んでいるわけではない。

「その人、助かるの?」

 咲夜の腕にしがみついて離れないフランが、不安げな面持ちで咲夜を見上げる。

「……厳しいでしょうね。よっぽどの名医に診せれば、あるいは……」

 人里の医者程度ではだめだ。幻想郷にはここまでひどく傷つく争い事など存在しない。当然医者もここまで重症の患者を診るのは久しいだろう。そうなれば助かる確率はぐんと低くなる。それではこの騎士を助けたとは言えない。

 幻想郷一の名医。能力を利用した高速思考で次々とその顔を思い浮かべ、はたと、ある人物の顔が思い浮かんだところで思考が停止する。

「あ」

 そうだ。正規の医者で助からないならば、非正規の天才を使うまで。
それは迷いの竹林の奥に居を構える月人。赤と青で彩られた奇妙な衣服に身を包んだ幻想郷最高の闇医者。

 名を八意永琳。幻想郷でも屈指の長齢にして、【あらゆる薬を作る程度の能力】を操る不老不死。月の姫君である蓬莱山輝夜の従者であり、百発百中の弓を駆るその戦闘能力は、主である姫君をすら上回るといわれている。

「永遠亭に運びましょう」

「えいえんてい?」

 フランは頭にクエスチョンマークを浮かべながら咲夜の顔を覗き込む。

「あそこの医者なら、なんとかできるかもしれません」

 そう言うと咲夜は騎士の身体を担ぎあげようとして――。

「お、重い……っ!」

 できなかった。鎧がガシャンという音を立てて再び地面に押しつけられる。
重い。予想外に重い。いや、この姿形からして重いことは分かっていた。だが極めて軽装に加えて腕を二つ失ってなおこの重さ。この装備で戦場を駆けるなど、この騎士は一体どんな身体をしているのだろうか。咲夜が呆れたように首を振る。

「どいて!」

 再び地面に転がった騎士の身体を、フランが軽々と持ち上げる。さすがは吸血鬼というほかならないが、騎士の身体とフランの身体では体格差がありすぎて、まるで奇妙な絵画を見ているような気分になった。

「えいえんていに運べばいいんだよね?」

「え、ええ……治療してくれるかどうかは別ですが、診せないよりはましでしょう」

「うん、わかった!」

 フランがその翼にぐっと力を込める。宝石のように輝く七色の羽が、まるで生きているかのように脈動し、込められた魔力を凄まじい推進力として叩きだす。

 ぎゅん!

 間近でその様子を見ていた咲夜にすら、その姿を一瞬たりとも視界に収めることはかなわなかった。ここまでの力を垣間見たのは、彼女が一度暴走して紅魔館を半壊させたあの時以来である。

「……私も追わなければ……お嬢様に叱られてしまいます」

 そう呟くと同時に、咲夜の姿はまるで空気中に書き消えるかのごとく無音のままに消え去った。フランが吹き起こした砂埃が辺りを包み、やがてゆっくりと晴れていく。

 ――そういえば妹様は永遠亭の位置を把握しているのでしょうか?

 そんな咲夜の呟きを、それ同様にかき消しながら。


    ☆ ☆ ☆


 いかがでしょうか、簡潔に言うとオストラヴァこと徘徊王子の幻想入りです。

 フランや咲夜の性格が違うかもしれませんが、私にとってこれが全力でした。

 所詮知識が二次創作ばかりの私にはこの程度が限界だったか……。

 不満や批判はどしどし受け付けますので遠慮なく言ってください。

 賞賛するのも遠慮なく。え? 賞賛する要素がない? じょ、冗談じゃ!
 
 それでは( ´乙`)ノシ



[18631] 第二話【王子、紅魔と相対す】
Name: 塞翁◆39c71bf7 ID:2efcc117
Date: 2010/05/11 22:51
 消えてゆく。

 ソウルの気配が。

 仲間たちの姿が。

 濃霧にのまれて消えていく。

 手を伸ばす。鎧を纏いし冷たい右手を、濃密な【紅】が滑り落ちた。

 足もとには血溜り。足裏を【紅】が浸食し、粘着質の水音を立てる。

 刹那。

 立ち上がる。血溜りから。彼らの姿が。

 濃霧の呼び声【拡散の尖兵】。

 重装なる槍【ファランクス】。

 王国を守護する盾【塔の騎士】。

 戦陣を突き陥す剣【つらぬきの騎士】。

 焼き尽くす業火【タカアシ鎧蜘蛛】。

 轢き千切る火焔【炎に潜むもの】。

 叩き潰す灼熱【竜の神】。

 今は亡き女帝の影【愚か者の偶像】。

 忌まわしき魂の業【マンイーター】。

 枯れ果てた憎悪【黄衣の翁】。

 裁き、喰らえ【審判者】。

 嵐を求めた英雄【古い勇士】。

 大空を制する魔物【嵐の王】。

 汚濁、果てしなく【ヒル溜り】。

 打ち捨てられしイコン【不潔な巨像】。

 黒き聖騎士【ガル・ヴィンランド】。

 穢されし純潔の乙女【アストラエア】。

 数多の、ソウルに縛られし者ども。

 そしてそれらを率いる、一人の影が。

 その右手には王国に伝わる聖魔剣“北のレガリア”。

 左手には、変わり果てた父親の姿。心臓を貫かれ、ただの人形となり果てた王。

 哀しき力の成れの果て【デーモンを殺す者】。

 彼の左手から、ソウルの奔流があふれ出す。つかんでいた王の頭蓋が一撃のもとに吹き飛ばされ、残された四肢がソウルの燐光を放ちながらかき消えていく。

 歩き出す。濃霧の向こうへ。闇の先へと。

 待ってくれ。置いていかないでくれ。

 追いかける。追いかける。追いかける。

 だが距離は詰まらず、ただ疲労だけが足に蓄積していく。

 そんな私の隣を、アルフレッドが、メタスが、ウーランが、ビヨールが、ヴァラルファクスが、ミラルダが、見向きもしないで歩いていく。その影に導かれるように。

 呼びかける。声が出ない。

 身体から力が抜け、剣ですら、盾ですら、鎧ですら、岩のような重みをもってして我が身を押さえつける。

 そんな時だ。

 光が起こった。私を背後から照らし、影を作り出す白き閃光が。

 振り返る。

 それは私の背後に生じた闇の裂け目から、空間にできた隙間からあふれ出た光。

 そして光は、全てを受け入れる温かな輝きを伴って――。

 私の身体を飲み込んだ。


    ◆ 


 どこだ、ここは。

 自問する。身体の感覚がない。

 石のように重く、気だるい頭を、無理やりに覚醒させていく。

 順を追い、精密な樞を扱うかのように。

 腕に感覚が戻ってくる。だが装着していたガントレットの堅く冷たいそれではない。

 妙な温かさだ。押し包むような温もりが、左の掌を握っている。

 温もりはやがて身体に熱を伝え、左手を中心に感覚を取り戻させていく。

 鼓動。掌で脈打つ血潮が身体に乗り移り、やがて心臓が気だるげに活動を再開する。

 誰だ。そこにいるのは。

 殺す者か? 火防女? それとも――。

「――!」

 そこは知らない場所だった。

 やっとのことで目が開く。眩しい。白く染まった視界を右手でかばい、目を細める。

 どうやら、寝かされていたらしい。

 オストラヴァがいたのは天幕付きのベッドの上だった。身体を起こそうと試みるが、体中が軋みを上げて動かない。鎧も剣も身につけていないというのに、まるでベッドに背中を縫い付けられたかのような感覚である。

「……?」

 その時。温かな水滴が、無意識のうちにオストラヴァの頬を伝っていった。

 手をやる。それは涙。泣いていたのか、王子たる私が。

 考える。考えて、考えて、答えらしきものにたどり着いた。

 夢を見ていた気がしたのだ。もう欠片も思い出せないが、確かなことがただ一つ。

 悪夢。それも計り知れないほど、過去最悪の夢見だったということだけ。

 ため息をついた後、オストラヴァは先ほどのように焦らず、ゆっくりと上体を起こしていく。体中の筋肉や骨格が悲鳴を上げるが、先ほどよりははるかにましだ。

 身体を完全に起こしきった後、ばきばきと音を立てる首を動かして、左右を見回す。

 ここは、どこなのだろうか。

 奇しくもボーレタリアの建築様式とよく似ている館である。下ろされている天幕の向こう側にうっすらと見える絵画や家具はこの館が高貴な人物の所有物であるということを暗に示唆しており、見る者を圧倒する壮大さがあった。

 だがそれらを超越してあまりある存在感を発揮しているのが、紅。

 壁紙、家具、絨毯に到るまでが、全て深紅に彩られているのだ。

 紅という色は、人に否応なく血を連想させる、他でもないオストラヴァもその一人であり、この館の主人の美的センスを疑わせるには十分すぎるイレギュラー要素だった。

 何かの殺人現場と言わんばかりに紅に彩られた部屋。

 楔の神殿における貴重な常識人として知られていたオストラヴァには、この光景を美しいと言わしめるほどすっ飛んだ美的センスは備えられていなかったようである。

 フレーキやユルトならば気に入るかもしれない。ビヨールなら高笑いしているだろう。

「ん……」

 もっと良くあたりを観察しようとして、聞こえた声に動きが止まる。

 人の気配。いや、正確には人に近いが人ではない何か、そんな印象を彼に与えた存在。

「……すー……すー……」

「……」

 少女が、座っていた。

 正確には突っ伏していた。ちょうどオストラヴァの膝のあたりで。

 穏やかな寝息を立てながら、オストラヴァの手を握り、ぐっすりと眠っている。

 館の壁紙の色にも似た紅の衣服を身に纏っており、その紅に瑞々しい髪の金色がよく映えている。病的なまでに真白な肌は雪のようになめらかで、その上を少しだけ開いた口から垂れたらしいよだれの跡が伝っていた。

 ――美しい。

 長らく戦場に生き、そのような感覚などとうに忘れた彼にすら、そう思わせる。

 だがそれも、彼女に憑りついている禍々しい異形を発見するまでのことだった。

 ――翼?

 まるで何かの芸術品のような、ガラス細工にも似たその翼。そこには骨組しか存在せず、本来なら柔らかい羽根か皮膜が存在するだろう場所には、宝石の羽根が接続されている。

 装飾品の一種だろうか。左手はそのままに、痛みに顔をしかめながら右手をのばす。

「んっ……!」

 瞬間、少女の身体がピクリとはねた。オストラヴァは慌ててその手を離し、信じられないという風にその掌を見つめている。

 温かかった。それは、確かな生命の温もりを、オストラヴァの右手に伝えていたのだ。 

 つまりこの翼には血が通っていることになる。通っていなくとも、生命の元に生まれた先天的な何かであることは間違いない。

 だが、ありえるのか。ただの人間には、翼などない。

 だが少女にはラトリアのガーゴイル、マンイーターと同じように翼が生えているのだ。

 それを見た彼の記憶から蘇るのは、ただ一つの光景。

 色の無い濃霧から生まれた、無数の悪魔たち。

 ソウルを喰らい、人々を蹂躙する悪しきカタチだ。

「デーモン……」

 思わずオストラヴァはそう呟く。だがそれも仕方のないことかもしれない。彼にとって人以外の異形とは、全て討滅すべき敵ばかりだったのだから。

 未だ身体中が痛むが、動けないわけではない。少女を起こさないようにゆっくりと体をひねり、周りの状況を再確認する。

 王から賜ったルーンソードも、シールドも、そればかりかフリューテッド一式もその姿を消してしまっている。見つけたのは机の上に置いてあった――おそらくは無害なものと判断されたのだろう――獣のタリスマン、ただそれだけだ。当然といえば当然だが、これでは圧倒的力を持つデーモンを討滅することは愚か、わずかに抗うことすら難しいだろう。

 万事休す。だが、王城で奴隷兵や兵士たちに囲まれた時とはわけが違う。

 最後の手段――それは逃亡。今は逃げ、態勢を立て直し、再起を図る。

 幸い少女は未だ眠りについている。すぐ傍にある窓から飛び降り、ボーレタリアのどこかに潜伏することが可能であれば、要石を利用して神殿に帰還する方法も見えてくる。

 そうしようとして、ふと気がついた。

 そうだ。私はある重大なことを見逃している。

 右手を見る。傷一つない。右肩を見る。腕が接続されている。左手も、左肩も、腹も、胸も、足も……全てが健康体で、血が通っている。

 そう。両腕を切り捨てられ、腹を裂かれたはずなのに。

 言葉も出ない。つねってみる。叩いてみる。ごつごつとした皮膚の感覚。

 長年剣を振り、人を斬り、斬られた。死にかけたことすら何度もある。

 着せられていた見慣れない衣服から腕を抜き、あらゆる角度から眺めてみる。

 消えている。戦いの記憶が、消えぬと言われた数多の古傷が。

「は?」

 口から出てきたのは、ただそれだけ。息をついたかのようなか細い声だけだった。

 そんな馬鹿な、そんな思いだけが頭の中を駆け巡り、かき回していく。

 人類の新たなる力、ソウルの業にすら生き還りは存在しないのだ。

 だがオストラヴァはそれを受けている。そして今、生きている。

 尋常ではない大きさの槍が腕を千切り、常人では扱えぬ巨大な大剣が腹を裂いた。

 足は竜の吐息で焼け焦げ、肩口には身体を蝕む呪を秘めた鏃が突き刺さっていた。

 間違いなく致命傷だった、そして死んだはずだった。

 だがこのありさまは何だ。

 自分が見ている現実は、本当に現実なのだろうか、そんな疑問が頭をかすめる。

 死者のソウルは世界という巨大なソウルに還元され、また新たなる人のソウルとしてこの世に生まれ落ちる。つまりは審判者とやらの前で裁かれた後、ある程度の猶予期間を以てもう一度世界に戻ることができる。それが通説――いや、絶対の真理だったはずなのだ。

 だが自分は元の肉体を持ち、そして息をしている。胸に手を当てれば心臓の鼓動が聞こえる。皮膚の下に薄く覗く血潮も、途絶えた様子がない。

 死んだはずだった。だが死んでいない。

 オストラヴァは驚きの余り硬直したまま、ただ掌を見つめている。

 私は今、どこにいるのだろうか。

「こんなことをしている場合では……!」

 ぶんぶんと頭を振って思考を中断する。なんにせよ生きているならば一刻も早く楔の神殿に帰ることを優先せねば。世界が濃霧によって分断され、自由な行き来ができなく立っている以上、ここが王城付近以外のどこでもないことだけは確かなのだから。

 命の恩人であり、戦友であった彼は今も戦っている。一人でぐずぐずはしていられない。

 ――要石を見つけよう。

 そう思い、オストラヴァは少女を起こさないようにゆっくりとベッドから立ち上がる。幸い筋力やその他諸々が動けないほどに低下している様子はない。これならば館の中で剣を探すことも可能だろう。まずはある程度の館の構造を把握してからではあるが。

 天幕をくぐり、窓に近づく。日が眩しい。一瞬だけ視界が白く染まるが、やがて瞳孔が収縮して光量を調整する。まず始めに飛び込んでくるのは言わずもがな壁紙の紅だ。

 そしてオストラヴァは窓に手を駆ける。人がくぐるには十分すぎる大きさの窓だ。高さもそれほどでない。祭祀場の祭壇で影人に橋から叩き落とされるよりはましだろう。

 と、その時だった。

 ノックの音、続いて木の軋む音を立てながら部屋の扉が開く。

 館の者か、それとも……。だが考えている暇はない。

 オストラヴァは慌てることなく振り向きざまに木製のタリスマンを扉へ突きつけ、短く呪文を詠唱した。ソウルの威力は抑え気味に、吹き飛ばしの指向性を加えながら。

(恩があるとはいえ、敵はデーモン。しばらく、眠ってもらうぞ!)

 オストラヴァが呟くと同時に、呪文の影響を受けたソウルがタリスマンを取り巻くようにして漂い始め、やがて青き閃光と化して目標に殺到する――。

 はずだった。

「あら、貴方の世界では恩人には害意で答えろという礼儀があるのですか?」

「!?」

 開きかけた扉をぶち破り、最も基本的な攻撃魔法“ソウルの光”が空気を焼く。派手な音とともに窓を突き抜けたそれは、しかし誰の身体を貫くこともなく、ただ霧散した。

 目標が消えた? それにオストラヴァが気付いた刹那。

 首筋にナイフが突きつけられる。ご丁寧にタリスマンまで弾き飛ばし、後ろから羽交い絞めにした体勢で。もはや慣れてしまった冷たい金属の感触が薄皮をなぞる。

 メイド服を着た銀髪の少女が、いつの間にやらオストラヴァの後ろに立っていた。

「迅いですね。その人外の業、やはり貴方も……!」

「何を言っているのかよく理解しかねますが、しばしこのままお待ちくださいね」

 にこやかな笑顔を浮かべ、少女はやや強めにナイフを押し付けてくる。怪しい行動をとればたちまち頸動脈を切り裂かれることは確実だろう。だが――。

「悪いですが、デーモンと仲良くする趣味はないんですよ!」

 ソウルの力を左手にこめ、一瞬の肉体強化。首筋のナイフの刃へ手をかけ、力任せに握り砕く。破片が掌を深く切り裂くが、この程度で音を上げていてはあの世界で戦うことはできないのだ。驚愕の表情を浮かべる少女の脚を払い、そのまま投げて床に組み伏せる。

「――それだけですか?」

「何!?」

 だが、次の瞬間には既に少女は目前から姿を消していた。それに代わって首筋にはまた金属の冷たい感触。心なしか先ほどより圧力が強い。少しでも動けば、と言わんばかりの力加減だ。こうなってはもはや抵抗は無意味であろう。

 両手をあげ、同時に手放したタリスマンが紅い絨毯の上に転がり、乾いた音を立てる。

「へぇ、咲夜に一矢報いるなんてね……やるじゃない」

 手をついてうなだれるオストラヴァに、感心するような声がかけられた。それは先ほどまでの少女とは違う声。幼さを残していながら、ある種の威厳――カリスマを秘めた声だ。

 顔を上げる。オストラヴァの蒼い瞳と、紅い瞳が交錯し、爆ぜた。

 背格好は幼女のそれ。ピンク色の子供っぽい衣服に、同じ色の帽子。水色の髪が彼女の動きに合わせてふわりと揺れる。だがそれらを超越してあまりある存在感を放っているのが、彼女のくりくりとした目に収まっている紅の瞳と、その背に生えた蝙蝠の翼であった。

 先ほどの少女のそれとは違う、れっきとした化け物のそれ。まさしくガーゴイルやマンイーターの背に生えていた翼に酷似している。そして紅い瞳。口から覗く鋭い犬歯。

 オストラヴァの中で、ある一つの単語がパズルのピースの如く噛みあった。

「吸血鬼(デーモン)……!」

「あら、貴方の世界にも吸血鬼はいるの?」

 吸血鬼の少女の隙を見、オストラヴァは床の上のタリスマンに手を伸ばすが、それが神出鬼没のナイフによって手の届く範囲から弾き飛ばされ、床を転がっていくのを見て悟る。

 ――私の、負けか。

 ぎりと奥歯を鳴らし、オストラヴァは吸血鬼の少女を睨みつける。

「お嬢様。いつからそこに?」

「貴方が彼に投げられるところからかしら」

「……お恥ずかしいところをお見せしました」

 ほんのりと頬を染めて、メイド服の少女がオストラヴァの首筋からナイフの切先を外した。オストラヴァは突然のことに困惑した表情を見せ、タリスマンを拾って立ち上がる。

「これは預かっておきますね」

「……好きにしてください」

 またしても一瞬で手の内から消え、メイド服の少女の掌でくるくると回っているタリスマンを眺めながら、オストラヴァは肩を落として嘆息した。それを可笑しげに見つめるのは吸血鬼の少女で、メイド服の少女はまた一瞬のうちに彼女の背後に現れて椅子を差し出している。その手にはどこからともなく紅茶のカップ。

 もはやオストラヴァにとっては手品の領域である、

「どんな手品ですか、それは?」

「咲夜には【時間を操る程度の能力】があるから、時を止めて動いてるだけよ……って貴方に言ってもわからないわよね、外来人?」

「時を、止める……?」

 馬鹿な。そんなことが一人の人間に可能なはずがない。オストラヴァは鼻で笑おうとして、ふと思いとどまる、万が一それが実在するならば、先ほどまでの摩訶不思議な瞬間移動に説明をつけることができるのではないだろうか。 

「まぁ貴方にとってここは完全に未知の土地だから、それは追い追い話していくとしましょう。じゃあまずは自己紹介からね。貴方、名前は?」

 吸血鬼の少女は咲夜と呼ばれたメイドからやけに赤い紅茶を受け取り、一口だけ飲んだ後、オストラヴァに紅く鋭い視線を突き刺した。

 オストラヴァはごくりと唾を飲み込み、やがてそれに応える。

「ボーレタリアの、オストラヴァ」

「ふぅん、オストラヴァね、いい名前じゃない」

 少女はまたくすりと笑い、椅子からすっくと立ち上がってオストラヴァを見上げる。

「私はこの紅魔館が主、レミリア・スカーレット。よろしく、遠い異世界の騎士よ」

 再度二人の視線が交錯し、爆ぜる。まるでお互いの器を図りあっているかのようだ。

 亡国の王子と、現実亡き世界の王。

 運命は絡み合い、二人の王を引きよせたのだった。


   ◆ ◆ ◆


 フランなにしに出てきたのかわかんねぇー! どうも、塞翁です。

 フランとの絡みは考えてはいるんですが、何とも難しいですね。こりゃあんがい修羅の道かもorz

 レミリアにはここ数話の間カリスマ全開で行ってもらいます。

 だから後でその反動がくるかもしれません……しかも口調良くわかんねーし。

 それと、みなさんの期待を裏切らないように、青ニートのごとく無断蒸発だけは避けたいと思ってます。私がこれを投げだすときには興に後ろの穴を差し出す覚悟です(アッー!

 しかしもう書きだめがあと一話分しかありません。

 中間テストも迫ってますので一日一つ更新なんてのはできないと思います。

 始まったばかりですけどね(笑)

 だが安心しな、すぐに書きだめてやるよ!

 では( ´乙`)ノシ



[18631] 第三話【王子、家族の一員になる】 大幅修正版
Name: 塞翁◆39c71bf7 ID:2efcc117
Date: 2010/06/01 01:47
「……」

 オストラヴァは困惑していた。

 原因は数多だが、まず現実世界の裏に位置するという幻想郷やデーモンの一種ともいえる妖怪や怪物に幽霊、特定の人々や妖怪が持つ時すら止め死すら癒す能力のこと。

 その全てが夢物語に等しいものではあるものの、自分が瀕死の重傷を負っていながら健康体で今を生きることができていることそのものが証明だ。信じないわけにはいかない。

 そして自分がなぜここにいるのかということ。

 話によれば幻想郷とは現実世界とは一線を駕す独立した世界なのだという。

 オストラヴァにとって世界から世界への移動は日常的に行われていたものであるためにあまり驚きはしなかったが、問題はこの幻想郷へ外から侵入できるものが“現実世界から忘らさられた者”のみに限定されており、オストラヴァのように生きている内にここへ来るものは数少ないということだ。

 にもかかわらず、オストラヴァはここにいる、

 そして最後の困惑の原因、それは――。

「……」

「えへへへ」

 なぜフランドール殿は、私の膝の上にいるのだろうか……。

 何が楽しいのか知らないが、とても晴れやかな笑顔で得意げに辺りを見回している。

 ちょ、あまり動かないで! 羽根が……痛い痛い痛い!

 誰か、鎧を! 私のフリューテッドをををををををを!

「……というわけで、貴方の置かれてる状況、理解できた?」

「は? え、ええ……」

 引きつった表情を浮かべたまま椅子に座っているオストラヴァが可笑しくてしょうがないといわんばかりに、レミリアは口元をひくひくさせながらオストラヴァに問う。

 正直理解しがたいところはあったものの、理解しなければ始まらない。というより理解するよりほかに仕方がないのだ。死んだはずのオストラヴァが生きていて、何故か違う世界にいる。これはまぎれもない事実でしかないのだから。

「それで、私はボーレタリアに帰れるのでしょうか?」

 そしてオストラヴァは核心に迫る。即ち、帰れるのか、否か。まだボーレタリアはデーモンに……獣に敗北したわけではないのだ。

 もはやオストラヴァが帰ったところで、殺す者が全てを終わらせているかもしれない。

 だがそれでも彼はボーレタリアの王子なのだ。

 王亡き今、その後を継ぎ、民を安寧に導くのは王子の使命以外の何物でもない。

「うーん、それは私じゃ専門外ね。パチェ、頼んだわよ」

「ええ、レミィ」

 レミリアは困ったように首をかしげ、傍らの大机で本を読んでいた紫色の髪を持つ少女――“動かない大図書館”パチュリ―・ノーレッジに話を振る。今現在紅魔館の面々が集まっている大図書館の主であり、紅魔館が主レミリア・スカーレットの盟友だという。

 パチュリ―は持っていた本を置き、一拍置いた後、やがて口を開く。

「率直に言うわ。帰る方法、たぶんないわよ」

 空気が凍った。

 レミリアが飲んでいた紅茶を噴き出し、咲夜はどこか納得したような表情、この紅魔館の門番である中華系の少女、紅美鈴は唖然とした表情でパチュリ―を見つめる。ただフランだけは何が話されているのかわかっていない様子でしきりに辺りを見回していた。

「……帰れない?」

「ええ。この幻想郷は“博霊大結界”と呼ばれる特殊な壁で外界に存在しながら隔離されているわ。つまりここは実質異世界ではなくて世界の一角を巨大な城壁で仕切ったような状態ということよ」

 なるほど、とオストラヴァは頷き、一人納得する。

 ようするにその結界とやらは世界を分断したあの濃霧と同じ性質を持っているのだろう。

「これを超えるだけなら対して労力はいらないわ。それだけなら少し特殊な魔具を使うこと前提だけど、私単体の力でもどうにかできなくはないし」

「ならできるんじゃないですか?」

 美鈴が口をはさむ。それにパチュリ―は頷きで答え、またオストラヴァに向き直る。

「でもね、何故か貴方のいた世界は、聞く限りどんなに高く見積もっても文明レベルは中世……今の外界の文明レベルとは雲泥の差があるのよ」

 確かにおかしな話だ。外界からオストラヴァがやってきたのであれば、外の世界はボーレタリアでなければならない。文明レベルがずれていることなど、ありえはしないはず。

「では私は未来にやってきたと? だから帰れないのですか?」

「それも違うわ。外から入ってきた文献を見る限り、貴方の言うボーレタリア王国なんて国はこの世界に存在しない。もとより、ソウルの業なんてものが存在しないのよ」

 つまり、そう言ってパチュリ―は一瞬言葉を詰めた。

「貴方はおそらくこの世界とは全く関係の無い、いわば完全な別世界からやってきたの。つながっていない二つの世界を行き来するなんてことはこれまでもこれからも不可能でしょうし、貴方は一方通行の道を通ってここに来てしまったのよ」

 そして一気に言い放つ。それはオストラヴァに深く突き刺さり、脳を揺さぶる一言。

 馬鹿な。こんなはずがない。

 私は王子だ。あの国の、あの世界を統べる王の息子なのだ。なのに――。

 世界の危急を、私は黙ってみていることしかできないというのか。

 全てを無関係な彼に押し付けて、苦悩のままに殺すというのか。

「……嘘でしょう……?」

「……」

 頭を抱えるオストラヴァ。図書館を重苦しい沈黙が包み、静寂の帳が下される。

「よしよし」

「……」

 空気を読んでください妹様。

 オストラヴァのひどい落ち込みようを見たフランがオストラヴァの身体をよじ登り、その頭を小さい子供にするかのようになでる。オストラヴァはまた違う意味で微妙な表情を浮かべ、それを見たレミリアがまたにやりとからかうような笑みを口元に浮かべた。

「……何か?」

「なんでもないわ」

 蒼と紅の視線が激突する。絡み合い、火花を散らし、そしてオストラヴァが先に折れた。

 ため息をつき、とりあえずフランの頭をなでておく。フランは満足げに笑い、またオストラヴァの膝の上にちょこんと座り直す。七色の翼が視界の端でぱたぱたと揺れ、オストラヴァの衣服を軽く叩いた。どうやら少しは加減を覚えたらしい、

「まぁこれは私の意見だから、帰れる可能性が本当にないかと言われればわからないわ。私だってそんなに詳しいわけでなし、“スキマ妖怪”に聞いた方が確実でしょうね」

 そう言ってパチュリ―はまた本に視線を戻してしまった。もはや話すことはないといわんばかりの態度である。

 やることはやる割にいつも客にそっけない態度をとる神殿の鍛冶屋ボールドウィンを思い出してしまったのは秘密だ。

「スキマ妖怪、とは?」

「幻想郷の管理者ともいえる存在で、幻想郷が完成する頃からこの世界に存在する最古参の妖怪です。“境界を操る程度の能力”を持っていて、スキマと呼ばれる異空間を操ることで数多の世界を行き来することができるとか、できないとか……」

 古参の妖怪といわれるだけあって、あまり市井には知られていないのだろうか。咲夜の微妙に困ったような表情を見て、オストラヴァはそう思っておくことにした。

「そのスキマ妖怪にはどこへ行けば会えるのでしょうか」

「うーん、紫はちょっとした変人だから……まさに神出鬼没なのよね」

 聞くところによると、そのスキマ妖怪こと八雲紫氏は、スキマと呼ばれる特殊な異空間の中に絶えずこもっている、極度の怠け者だという。まれに面白いことがあれば出てくることもあるが、それ以外は冬眠するが如くスキマの中から出てこないらしい。

 そしてそのスキマを彼女以外の者が発見することは不可能だということだ。
つまり彼女に話を聞きたいのであれば完全な受け身に回らねばならないのである。

「でも外から人が入ってきたならあのスキマ妖怪が知らないわけがない。たぶんその内出てくるんじゃない? 気長に待ってればいいわ」

「そうですか……」

 オストラヴァにとってはその時間が惜しいのではあるが、そういう事情があるのであればいたしかたない。彼女に会わなければ本当のところ帰れるか否かすらわからないのだ。

 まさに万事休す。王城で上級騎士たちに追われていた時のことのようである。

「それより、えーと……オストラヴァさんはこれからどうするんですか? 聞いたところ住む場所もなければ資金もないらしいですし、まさに着の身着のままですけど……」

 ふと思いだしたように、美鈴がオストラヴァに問う。

 そう言えば、その辺りのことを全く考えていなかった。

 オストラヴァはボーレタリアにおいてなら王子であったが、この世界では何の情報も資金も持たない漂流者同然。資金どころか食料も何一つ持ち合わせていない。

 その上、先ほど聞かされた人食い妖怪などのこともある。それ以前に、動けぬほどの重傷を負って放置されていたところを助けられたことですら奇跡らしい。

 生身の人間が森の奥深くに入り込むことすらあり得ないというこの世界で、秩序も何も知らず、裸同然のままに生きていくのは少し困難であるような気もする。

 帰れるにせよ帰れないにせよ、スキマ妖怪に会うまでは死ねないのが実情だというのに。

「とりあえず、スキマ妖怪とやらに会ってみないことには帰れるか否かはわかりかねるようなので、彼女に会うことが目下の目的になりますが……」

「でも、貴方は何も持っていない。貴方が持ってるのはまさに身体だけね」

「……お恥ずかしながら」

 まさか身体を売って稼ぐというわけにもいくまい。女ならまだしも男の身であるオストラヴァにできることではないし、彼が持つ王族としてのプライドがそれを許さないだろう。

 いや、ある意味でそういう人たちには受けるのかもしれないが。

「うーん、どうにかしてあげたいのは山々だけど……幻想郷にはさほど働き口がないのよね。人里に行けばあるのかもしれないけど、それじゃあ私たちのコネが聞かないから」

 それはそうだろう。オストラヴァは命を救ってもらった恩があるとはいえ、何も知らない人々にとってみれば彼女らは恐ろしい鬼(デーモン)の一派でしかないのだ。

 先ほどからレミリアが口にしているやけに赤い紅茶も、オストラヴァが咲夜に聞いてみたところ、人血が含有されているらしい。それを聞いて以来渡された紅茶に手をつける気分ではなくなってしまったのも仕方がないだろう。いくら血生臭い人生を歩むオストラヴァでも、カニバリズムだか何だかという性的嗜好は持ち合わせていないのだ。

 そのような吸血鬼が、人里にコネなど持っていようはずもない。持っていたらオストラヴァはその人里に住まう人々の神経を疑わざるを得ないだろう。

「……」

 再び図書館を沈黙が包む。

 帰る帰れないを語る以前の問題として、明日の生死すら危うい状況だ。

 まずは寝床、そして食料、資金の確保。それらが満たされなければ彼に明日はない。

 王城に通じる地下通路で兵士たちに追い詰められた時のようなありさまである。

 ――……今考えると、私って常に追い詰められてないか?

 始めは奴隷兵、次は兵士、続いて上級騎士、最後は王国三英雄の黒いファントム。

 着実にランクは上がっているが、そのどれもとまともに戦った記憶がない。

 オストラヴァは思わず肩を落とした。

 ――本当に彼に頼りっぱなしだな、私は。

 こればかりは窮地に陥るたびに助けてくれた殺す者に脱帽せざるを得ないが、今回ばかりは彼のような救世主が現れるはずもない。今度こそ自分で道を開かねばならないのだ。

 そう思っていた、だが――。

「……行くところがないならここで雇っちゃえばいいんじゃないですか?」

 救世主とは音もなく、突如として現れるものらしい。

 美鈴の思わぬ発言に、一斉に図書館内の視線が彼女に集まる。

 得意げな顔をして胸を張る妖怪と、唖然とした表情でそれを見つめる吸血鬼が二人に人間が二人、魔女と悪魔が一人ずつ。

 まったく、この小娘は何を言っているのだろう。できたら苦労しないというものだ。

 オストラヴァはため息をつき、視線を同じく呆れているであろうレミリアに向ける。

 ――なぜそんなに面白そうな顔をしているのですか、貴方は。

 だがオストラヴァの予想に反して、レミリアの表情はとても晴れやかだった。

 口元には邪悪な笑み。オストラヴァが呆然と彼女を見つめているのに気付いたのか、にこりと笑って首をかしげてみせる。

 刹那、オストラヴァの背筋に冷たいものが走った。

 何故だろう。何やら話が危ない方向へと進みつつある気がするのだ。

「美鈴にしてはいい考えね」

「そんな、ひどい!」

 レミリアは到ってご機嫌な様子で美鈴をからかうと、頬を膨らませて拗ねてしまった美鈴をしり目に、冷や汗をだらだらと流しているオストラヴァに向き直る。

「たった今貴方の就職先が決まったわ。その上衣食住の面倒は見てくれるし、貴方の目的達成にも協力してくれるそうよ? よかったじゃない」

「そ、そうですか……で、どちらに」

 この吸血鬼、外見は幼女の癖に白々しいにもほどがある。

 思わせぶりに咳ばらいをした後、レミリアはすっくと立ち上がり、やがて口を開いた。

「貴方の就職先はここ、紅魔館! 主はもちろん私! 光栄に思いなさい!」

 そしてレミリアは高笑い。それも外見の問題場小さな子供が背伸びして大人のふりをしているようにしか見えないのではあるが。

 対するオストラヴァは苦笑いを浮かべ、頭を下げながらに口を開く。

「……ありがたいことですが、辞退させていただけないでしょうか? 命を救ってもらった上、これ以上貴方がたに迷惑をかけるわけには……」

「じゃあ貴方、自分の治療費と貴方の持ち物の修理費、全額払ってね」

 と、そこで言葉に詰まった。

 長らくソウルの業に頼っていたため完全に忘れていたが、当然医者を雇う普通の治療方法で人を治療した場合、治療費が発生する。オストラヴァはそれを払っていないのだ。

 オストラヴァにはそれを返す義務がある。

 ――助けてくれと頼んだ覚えはない。死なせてくれれば楽だったのではないか。

 だがここでそれを言うほどオストラヴァは落ちぶれていなかった。

 まさかそんな言葉が、王族にして誇り高き騎士たる彼の口から出るはずもない。

 つまり――。

「……幾らほどですか、その額は?」

 彼に諦め以外の選択肢はなかったのだ。

「うーんと、とりあえず貴方が帰れるまでずっと馬車馬のように働くくらい」

「鬼ですか貴方!」

「あら、褒め言葉?」

 したり顔で再び席に着くレミリアと、首を振ってうなだれるオストラヴァ。

 だが先ほどまでの暗い雰囲気はそこにはない。

 この展開をレミリアは待っていたのだろうか。わざと他の逃げ道を閉ざし、自身の従者がただ一つの通路に気づいてそれを口に出す。そしてそれを強引に押し切ってしまう。

 レミリアはここの王たる者。自身の意見に逆らえる者などいないはず。にもかかわらずレミリアは自身の望んでいたであろうこの展開を自身の手で発案はしなかった。

 何故か。それはオストラヴァが見ず知らずの人間であるということに由来する。

 見ず知らずの他人が、いくら主人の命とはいえ、いきなり自分たちの家の中に踏み込んでくれば、従者たちの中にも多少の不安が残るだろう。

 それをなくさせるためにも従者からの発案を彼女は望んだのだ。

 そしてそれは自身と同じ考えを持っているだろうという、従者への信頼をも意味する。

 まさしく王の為すこと。人の上に立つ者の業だと言えるだろう。

 オストラヴァは感心し、そして嘆く。

 ボーレタリアに私でなく彼女がいたならば、あんなことは起こらなかったのでは、と。

「一ついいですか?」

 オストラヴァは顔をあげ、レミリアと瞳と視線を交わす。

「何?」

「なぜ見ず知らずの私を、助けた?」

 彼女らにとって人間とは食料。咲夜のように優れた人材ならば自身の配下としてもまずマイナスはないだろうが、オストラヴァは手のかかる凡夫でしかない。

 あのまま捨て置くことはあったにしても、拾う価値などまさに百害あって一利なしだ。

 レミリアは先ほどまでの表情を一変させて深刻な顔を作り、やがて諭すように口を開く。

「……人も吸血鬼も、運命には逆らえない。ただ流されていくだけ」

「運命、ですか?」

「そう。でもね、私は運命に流されていくだけは嫌なの。それが示す選択肢、その中から最善最良の物を導きだして、後悔しないように生きていく。それだけよ」

 それに、そう言ってレミリアは一瞬言葉を切る。

 視線がオストラヴァから外れ、彼の膝の上で目を白黒させているフランに注がれた。

「この子が、泣きながら助けてくれと言ったから」

「フラン殿が……」

 話は一応聞いていた。紅魔館の問題児として幽閉されていたはずの彼女が、何かに導かれるがごとく紅魔館を抜けだし、その途中で死にかけていたオストラヴァを発見したという。その後、フリューテッド装備の重量でまともに動かせる状態ではなかったオストラヴァを一人担ぎ、医者がいる場所まで運んでくれたらしい。

 幼女に助けられる騎士というのもなんとなくおかしな絵面ではあるのだが。

「貴方がフランに何かいい影響を与えるかはわからない。でもね、聞き分けのない妹の頼みを受け入れてやるのが姉の仕事というものよ」

 レミリアは困ったような表情を浮かべ、苦笑した。

 敵わないな、オストラヴァは思わずそう呟く。

 器の違い。格の違い。オストラヴァと彼女では天と地ほどの差が開いている。

 片や亡国の王子、片や幻想郷の王、同じ境遇でもこれほどの差があるというのか。

 オストラヴァが得られなかった王たるもののカリスマを、彼女は持っている。

 それはひどく妬ましく、同時に哀しかった。

「……よくわかんないけど、オストラヴァはずっとここにいるってこと?」

 俯いて目頭の熱さをこらえていたオストラヴァの下で、フランが唐突に声を上げた。

「ええ、そうね。少なくとも帰れるま――」

「やった! 良かったね!」

 レミリアが言葉を言いきるまで待つことなく、身構える暇もないほどの速度でオストラヴァに思い切りフランが抱きついてくる。

「げふぅ!」

 鎧もなく、デーモンまがいの力でタックルを受けたわけだ。空気の抜けるような悲鳴とともにオストラヴァが椅子ごともんどりうって地面に転がった。

「い、一瞬、何か見えましたよ……加減をお願いします、フラン殿……!」

 フランが腹の上に乗っているためにのたうつわけにもいかず、ただ震えながら痛みが治まるのを待つ。当のフランは不思議な顔をしてオストラヴァの上に座っており、レミリアは顔を押さえてため息をついていた。

 なぜ彼女がこんなにもオストラヴァになついている理由は分からない。だがそれもその内に解き明かされることだろう。もとよりなるようにしかならないのだから。

 こうして、オストラヴァの幻想郷での生活が始まった。


   ◆ ◆ ◆

 指摘された部分を引き延ばすべくこういう風に変更。
 
 指摘をくれた方に感謝して今日も一日がんばります( ´乙`)ノシ



[18631] 第四話【王子、幻想へ踏み出す】
Name: 塞翁◆39c71bf7 ID:2efcc117
Date: 2010/06/03 00:02
 がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。

 朝の湖畔。霧が薄く漂い、背の低い植物に着いた朝露が日を反射してきらめく。小鳥が小さな歌声を奏でて空を舞い、寝坊がちな妖精たちが寝ぼけ眼のまま辺りを徘徊し始める。

 いつもの風景、いつもの音響。いつもの時間。

 そこに分け入ったのが、見慣れない銀色の人影と、聞き慣れない鈍い金属音だった。

 銀の人影に妖精たちが目を見張り、妖怪たちが興味津々とばかりに遠巻きに見つめる。

 腰には金色の剣、背には金色の盾。魔力的な輝きを放つそれらとは対照的な、禍々しい圧力を放つ木彫りのお守りを腰に下げ、銀色の人影は世にも恐ろしい吸血鬼の館の周りを徘徊している。

 誰も彼が大国の王子だということなど知る由もない。

 誰も彼が一度死んだことなど知る由もない。

 そして、誰も彼がこの吸血鬼の館で雇われたことなど知る由もない。

 彼の名はオストラヴァ。王子として生まれ王子として散った、亡国からの渡来人。

 そんな彼がなぜ吸血鬼の館たるこの紅い建物――紅魔館の周りを徘徊幻影の如く歩きまわっているかというと、それにもやはりれっきとした理由があった。

「美鈴……昨日のことをもう忘れてしまいました? 今日から居眠りは絶対にしないとの約束だったはずでしたけど?」

「はい、すみません、おっしゃる通りです……」

「あら、自覚はあるの? なら貴女にはちょっとお仕置きが必要らしいわね……」

「咲夜殿、ひとまず落ち着いて! そう! ナイフ! ナイフはしまってください!」

 妖精たちの見つめる先。そこには地べたに正座して委縮してしまっている美鈴と、ナイフを振り回して怒るメイド服の咲夜。そしてその後ろであたふたと右往左往しているオストラヴァといった珍妙な喜劇が展開されていた。

「美鈴殿も悪気があったわけじゃないはずです! ここは一つ穏便に!」

「ふふふ、これが一度目なら私もそう致しますわ……!」

「常習犯なんですか!?」

「……生きててごめんなさい……」

 ヘルムの中でオストラヴァが驚愕の表情を浮かべ、それをはたから見ていた美鈴がさらにいじけ始める。咲夜の手の内で銀色のナイフが踊り、その切先がいつ美鈴に向けられてもおかしくない状況を作り出していた。

「ふぁ……あ。貴方達、こんな朝早くから何やってるの……」

 ふと、テラスの方から間の抜けた少女――この館の主の声が聞こえてきた。

「レミリア殿! お早うございま――じゃなくて! 貴女も止めてください!」

「咲夜。美鈴には私から……くぁ……いっておくから……早く用を済ませてきたら?」

 寝ぼけ眼に大あくび、昨日のカリスマはどこへやら。ピンク色のパジャマ姿のままで、目をこすりこすりしながらぼそぼそと呟くレミリアを見て、オストラヴァは悟る。

 どうやらこの人は役に立つときとたたない時の落差が凄まじいらしい。

「いわゆるカリスマブレイクという奴でしょうか」

「失礼ね……普通に朝から起きてる吸血鬼がどこにいるっていうのよ……」

 すぐそこに、とはさすがに言えなかった。

 童話の中でも小説の中でも現実でも、吸血鬼を始めとする悪魔にとって太陽とは唯一の天敵だ。空から降り注ぐ聖なる灼熱は、吸血鬼の弾丸すら通さぬ皮膚を易々と焼き焦がし、刹那の内に灰燼へと帰してしまう。そういえばその灰を吸うことができた人間は吸血鬼の不老不死の力を得るとか、得ないとか、そんな伝説があったような気がする。

 とにもかくにも、それ故に吸血鬼は夜行性だ。太陽が容赦なく照りつける初夏の朝に外へ出てくること自体がナンセンスなのである。

 しかし最近はレミリアも通常の人間と同じような生活リズムを完成させつつあった。原因はまぎれもなく、あの神社の紅白巫女だ。夜中に遊びに行ってそのまま追い返されて涙目のまま紅魔館へと帰ってきて以来、遮二無二早寝早起きを実践しているらしい。

 一言言わせてもらうとしよう。あんたは子供か。

「デーモンほどの汎用性を持てないのは、やはり吸血鬼というジャンル故でしょうか」

 ボーレタリアに魍魎跋扈したデーモンたちにはそのような制限は何一つない。しいて言うならば分断された世界を行き来することができないというくらいだったが、人の恐怖や尊敬といった感情を読み取り、具現化するという原生デーモンの性質上、弱点が少なくなり、より完璧な存在へと近づくのはいたしかたないのかもしれないが。

 なにはともあれ、彼女らがデーモンとは違う種族であるということを再確認する良いきっかけとなったには間違いない。

「そういえば、あの……フラン殿は?」

 ふと思い出したといわんばかりの表情を浮かべ、オストラヴァがレミリアに問う。

 しかしその途端、レミリアは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ、くいと館の玄関に向かって顎をしゃくって見せた。

 次の瞬間。

「いーやー! 私も行くのー!」

「あ、暴れないでフラン! あちょ、待っ! いたたたた!」

 大きな音とともに扉が蹴破られ。中からフランが飛び出してくる。しかしそれはフランを追っていたらしい息も絶え絶えなパチュリーの魔手によって間一髪にひきとめられ、そのまま館の中に引きずり込まれてしまった。呆気にとられるオストラヴァをよそに、扉は痛みを訴えるかのごとく軋み、跳ね上がり、音を立てて震えている。

 中がどうなっているかは正直想像したくない・

「……パチュリ―がそろそろ死にそうだから、なるべく早く行ってくれると嬉しいわ」

「貴女の完全な人選ミスですよ……それでは先を急ぐとしましょう」

 オストラヴァは苦笑いを浮かべたままに、未だ説教中の咲夜の方へ向き直る。

「わかりました。……美鈴」

「心得ました! すみませんごめんなさい」

 美鈴が直立不動の姿勢のまま大げさに敬礼して見せる。背後でレミリアがくすりと笑い、咲夜は呆れたように首を振ってこたえる。オストラヴァは苦笑することしかできなかった。

「で、オストラヴァ。貴方、そのままでいくの?」

 レミリアがだいぶ覚醒してきたらしい瞳でオストラヴァを見やる。

 理由は言うまでもない。オストラヴァのフリューテッド装備のことだろう。

「すみません、これしかないもので……」

「わかってるけど、服を買いに行くのにそれ?」

「……人里が大騒ぎになること請け合いですね」

 わかっている。そんなことはわかってるんだ。

 オストラヴァは思わずそう口走りそうになって、はぁとため息をつく。

 昨日も言った通り、オストラヴァは今現在無一文。持っているものといえば装備一式とこのフリューテッドぐらいしかない。そのため今から人里に出向き、オストラヴァ用の服を買おうということになっているのだが、最初からけつまずいている状況である。

 ボーレタリアではあの状況上仕方なく鎧を常着していたが、別に戦う必要がないのなら鎧は脱いでおいた方が体力的にも気分的にもよい。何より重いのだから。

 さすがに一日中鎧のままでいるのはどこか堪える部分がある。

「何とかなるでしょう。なんとか」

「うん、まぁね、いまさら鎧があるいてたって驚かないか……?」

「それはそれで問題な気もしますけどね」

 吸血鬼を始めとする妖怪が跋扈するこの世界でも、やはり鎧が独り歩きしていれば驚くだろう。それが至極まともな反応だ。でなければむしろおかしい。

「まぁ貴方の存在を認知してもらえるチャンスだし、いいんじゃない?」

「あまり大騒ぎになると逆に困るんですが……まぁいいです。それでは、レミリア殿」

「ええ。いってらっしゃい」

 レミリアに一礼し、咲夜とともに歩き出す。

 なんでも人里はこの魔法の森を抜けた向こう側にあるらしい。有力な妖怪や人食いの事例がある妖怪が人里を襲撃することがないのはこの森がそれを隔てているからだとか。

 まさに護るに易く、攻めるに難いといったところだろう。

 しかしそれは空を飛ぶことのできないオストラヴァにも容赦なく作用する。

 咲夜は空を飛ぶことができるが、武装した大の男を抱えて飛べるほどの余裕はないだろう。しかし森の中を突っ切るのは道に迷う可能性もあり、推奨しがたい。

 そういうわけで森を迂回するルートを通ることになっている。しかしこれでは大幅な回り道になるため、早く行かないと帰ってくるまでに日が暮れてしまうことも考えられる。

 まあ咲夜がいる時点でそんな問題は関係ないもいいところなのだが。

 と、その時。

「ん?」

 ふと、オストラヴァの視界の端で何かが光った。

 七色の光を放ったそれはやがてオストラヴァの視界から消失、見えなくなる。

「どうかしました?」

「いえ……それでは、行きましょう」

 不思議な顔をしてオストラヴァを見つめる咲夜に愛想笑いで返し、オストラヴァは新たな世界で新たなる一歩を踏み出したのだった。





「……」

「……」

 気まずい。

 特に会話もなく、咲夜とオストラヴァは人里へと続く街道を行く。

 かたやこの世界で生きてきた人間。

 かたや一週間前にここへ来た人間。

 当たり前というべきか、話題も何も、噛みあうものなど何もなかった。

 それ以前に二人ともがつい先日会ったばかりの、まだ打ち解けてすらいない状況なのだ。

 オストラヴァは今さらながら後悔する。さすがに通貨の使用方法などが大きく変わっているわけではあるまい。地図でも書いてもらって一人で人里までたどり着くことも不可能ではなかったはずだ。その方が双方気を使わずに済んで快適だったろうに。

 オストラヴァは咲夜に聞こえぬよう小さく嘆息し、鎧が奏でる音色を耳に聞きながら歩いて行く。

「オストラヴァさんは……」

 突然に、咲夜が話しかけてきた。

「はい?」

 面食らったオストラヴァだったが、ヘルムをつけた状態なら自身の表情が外に知れるはずがない。あくまで平常心を保ちながら、返事をする。

「ここに来る前、何をしておられたんですか?」

 それはある意味で当然の疑問。主人の手前、聞きにくかったのかもしれない。

 それを証明するように、彼女の瞳には純粋な好奇心が満ち溢れている。

「ええと、私ですか……そうですね。私はしがない一騎士です。ボーレタリアの王オーラントに仕える者、大多数の一人でした」

 あくまで事実は離さない。九割の真実に、一割の虚実を織り交ぜる。

 自らの身分を詐称し、騙すことは命の恩人に対してあまりにも不躾かもしれない。だが、王子という身分を明かしたところでどうなるのか。どうにもなりはしない。むしろオストラヴァはある種の壁を作ってしまうという可能性を無意識のうちに危惧していたのだ。

「私はオーラント王の命令でボーレタリア外に出て、外国の視察を行っていました」

「戦争には出ていなかったんですか?」

「私は……というより、北の大国と呼ばれるまでに成長したボーレタリアに喧嘩を売ろうという国自体が少なくなっていたのは事実です。なので従軍経験が乏しくて……」

「なるほど……でも貴方の体裁きは只者ではないように見えましたけど?」

「買いかぶらないでください、私より強い人間などあの国には五万といます」

 なんとなく打ち解けた感じの会話が続く。咲夜は感心したように何度も頷くと、またオストラヴァの方を見つめて口を開いた。

「オストラヴァさんは、いろんな国を見てきたんでしょう?」

「は? え、ええ」

「羨ましいです。私たちにはここしかありませんので……」

 咲夜はどこか諦めにも似た表情を浮かべながら、遠くを見つめる。

「……しかし、戦う必要がないということ。これはあまりに手に入りがたいものです」

 対するオストラヴァは諭すように、咲夜に対して語りかけた。

「私たちがいた世界には戦いがあります。戦争があります。いつの日も血が流れ、誰かが死んでいきます。己を突き通すために、己を突き通したために」

 己を突き通すために、デーモンとなった者たちがいる。

 己を突き通したために、デーモンとなった者たちがいる。

 己を突き通すために、殺し合った者たちがいる。

 それを思うだけで、オストラヴァの心は大きく抉られていく。

「私は争いが、殺し殺され合う世界が、憎かった」

 オストラヴァがそう呟くと、咲夜ははっとした表情をつくって顔を伏せる。

「だから私は正直な話、この世界が、そして貴方達がうらやましくてたまりません」

 生態系や天寿の形として死ぬことはあっても、憎しみの果てに殺し殺されることはない。それだけで人は幸せを享受できる。後者を退官した人間ならばなおさらだ。

 オストラヴァにとって、彼女らから聞いたこの世界は、まさに理想郷に等しいのだろう。

「……すみません。少し、軽率な発言でしたね」

「いえ、気にしないでください。別世界の住人の戯言です」

 オストラヴァは歩みを止め、怪訝な顔で振り返った咲夜の瞳を見据える。

「新たな知識への渇きは、全人類が持つ欲望の一つです。それを求めるのは決して愚かなことではありません。そういう意味で言えば、私は恵まれているのかもしれませんね」

 それに、そう言いながらオストラヴァはにやりと笑い、ゆっくりと背後を振り返った。

「人間でも、人外――失礼、吸血鬼でも、そういう渇望に違いはないようですし」

 そうしてオストラヴァはゆっくりと身構える。剣は鞘におさめたまま、盾も背に背負ったままで、静かに腰を落とし、蒼く遠い虚空に視線を走らせる。

 咲夜はその真意を測りかね、首をかしげながら彼が見つめる方向へ目を向けた。

 その時。

「……!」

 何かが聞こえた。

 それはやがて空気を着咲く轟音とともに飛来し、その姿を現していく。

「おーすとーらヴぁー!」

 現れたのは虹色。宝石を思わせる異形の翼をはばたかせ、彼女がまっすぐに突撃する。

 その名も紅魔館の問題児フランドール・スカーレット。

「妹さ――!?」

 ドガァン!

 予想外の光景に咲夜があっけにとられた刹那、虹色の軌跡を描くフランの身体は超高速のままに、身構えていたオストラヴァへと突っ込んでいった。

 砂塵が舞う。

 咲夜はあっけにとられた表情のまま、今の出来事を脳内で反芻した。

 フランが二人を追いかけてきてことならわかる。服を買いに行くことが決定した際も、着いて行くといって一人でダダをこねていたのが記憶に新しいからだ。おそらくは二人が外出するのを見計らって館の外に逃げ出し、悟られぬよう後からついてきていたのだろう。

 だが今現在そんなことはどうでもよかった。

 フランが館を抜けだしているというのはこちらの不注意だが、それによって最悪の事態が起こってしまったかもしれない。

 なんといっても、今のはオストラヴァにじゃれて飛び着いたというレベルの体当たりではないからだ。幾らオストラヴァが鎧を着込んでおり、それなりに鍛え上げられた戦士だといっても、超高速で突っ込んでくる弾丸の如き体当たりを喰らって、無事でいられるはずもないだろう。

 そもそもフランは人がどの程度で壊れてしまうのか、その力の加減を知らないのだ。彼女にとってはただのじゃれあいでも、人間にとってみれば致命的な一撃となりうることすら考えられる。今のオストラヴァの状況を現すならまさにそれだった。

 もしかしたら原形をとどめないまでに木端微塵になっているかもしれない。

 そう考えて咲夜は思わず身体を震わせた。

 しかし。

「……同じ手は二度と食いませんよ、フラン殿」

「? あ、傘が!」

「はいはい、傘はこちらに。あーあ、骨組みが曲がっちゃって……ちょっとお待ちを」

 咲夜の予想に反し、砂塵の中から現れたオストラヴァは、全くの無傷だった。

 両足が地面に大きくめり込み、それだけの衝撃が彼の身体を襲ったことを容易に想像させる。それでいて鎧には目立った損傷もなく、力任せに受け止めたという様子もない。

 つまり、彼はフランが突っ込んでくることを何らかの形で察知していたということ。

 それでいて全く動揺せず、よけることもしないで、真正面から彼女を受け止めたのだ。

 まったく正気の沙汰ではない。

「ほら、直りましたよ。貴女はもう少し加減というものを覚えないと駄目ですね」

 当のオストラヴァはフランを体の陰に隠すようにして彼女の傘を修理し始め、風圧で曲がってしまった骨組みを、少し力を入れて元通りにしているところだった。

「うん、わかった!」

 リアクションも取れず呆然と立ち尽くしている咲夜をよそに、オストラヴァから傘を受け取ったフランは、一瞬彼を見上げたのち、にやりと笑って器用にオストラヴァの身体をよじ登り、その頭にしがみつく。

 いわゆる肩車という体勢である。

「よーし、しゅっぱーつ!」

 今度はオストラヴァがあっけにとられる番だった。

 鎧を着た長身の男がおかしな体勢のままで硬直しているというのは、何とも言えず奇妙な光景だったのだが、それのおかげでやっと咲夜は現実に引き戻される。

「だ、大丈夫ですか!? っと、それより! 妹様! 早く降りてください! さすがにそれは失礼……!」

 慌てた様子でオストラヴァのそばに駆けよってくる咲夜。しかし彼はそんな彼女を手で制した。

「構いませんよ。何と言っても命の恩人ですし、それに……」

 ヘルムから覗く瞳は、笑っていた。苦笑と、どことなく諦めが入り混じった感情。哀しそうでもあり、何かから解放されたという充足感すら感じられる、そんな笑みだった。

「落ちないで……っと、その心配はいりませんか。傘を落とさないでくださいよ?」

「りょーかい!」

 フランの笑顔に、オストラヴァ自身も笑って答える。

「え、妹様、着いてこられるんですか……ってああもう、待ってください!」

 立ち尽くしている咲夜をよそに、歩き始める二人で一人。

 咲夜は慌ててその後ろ姿を追いかけ、人里へと向かっていく。

 そして、その中で彼女は思案にふけった。

 戦いを憎むという彼。

 平和を愛するという彼。

 ここの住人を羨ましいといった彼。

 その言葉に偽りはない。

 何より、間近でそれを聞いた咲夜には、その真摯な感情がひしひしと伝わってきていた。

 だが、彼は傷だらけで倒れていた。

 死ぬほどの重傷を負って、まさに死にかけて、倒れていたのだ。

 戦場に出ることを嫌っていたという彼が。戦場に出はしなかったという彼が。

 その矛盾。明らかな温度差。それは咲夜の心にもやもやした何かを植え付けていく。

 一体、彼の世界で何があったのだろう。

 咲夜は心のうちで、そう問わずには居られなかった。


    ◆ ◆ ◆

 長らくお待たせしました(汗

 すみません、中間テストとかピースウォーカーとかロストプラネット2とかMAD作成で忙しかったもので……。

 え、最後三つは全く関係ない? じ、冗談じゃ!

 決してMGSPW×リリなのstsのクロスオーバーものとか書いてたわけじゃないんだからね!(死

 やっとのことで第四話です。この空き時間の長さでたくさんの人に見捨てられてしまったかもしれませんが、これからもよろしくお願いします( ´乙`)ノシ

 P.S.

 ロストプラネット2で出あうことがあったらよろしくお願いします。

 もはやデモンズの過疎化は止められぬというのか……!(お前が言うか



[18631] 第五話【王子、獣人と相見ゆる】
Name: 塞翁◆39c71bf7 ID:2efcc117
Date: 2010/06/19 23:55
 街。

 レミリアや咲夜は人里と行っていたが、それでもオストラヴァには活気ある町に思えた。

 オーラントが健在だったころのボーレタリアや、稀代の老大臣が追放される以前のラトリアに匹敵するとは到底言えない。むしろ大きく劣ってさえいる。しかしオストラヴァはその落ちついた生活館があふれるこの街に感嘆を禁じ得なかった。

 子供たちが駆け回り、呼子の威勢のいい声が響く。

 行きかう人々に交じって、おいしそうな食べ物の香りが鼻をくすぐる。

 悪くはない。むしろ心地よいくらいだ。

 オストラヴァは思わず、かつて東方諸国の視察に赴いた時のことを思い出す。

 何より、平和だった。どこを歩いていようとも、剣を持ち歩く必要などない。

 それがいかに素晴らしいことか、麻痺しかけていた感覚が解きほぐされていくのを、オストラヴァは自身の胸中で強く感じていた。

「……いいところですね、ここは」

 中天にさしかかった太陽から守るように身体を縮ませながら、肩の上にいたフランを街の木陰に下ろし、オストラヴァは辺りを見回した。

 見たところ建物は木造建築。ボーレタリアの一使者として訪れた東方諸国の建築様式とよく似ている。レンガや石による建築に比べて耐久力は劣る。しかし触れてみると、冷たい石にはないわずかな温かみを感じることができた。

 なるほど、ものの真の性質というものは、触れてみなければわからぬものもあるらしい。

「……しかし」

 オストラヴァは不意に口を閉ざし、立ち止まって辺りを見回す。

 ――何アレ。

 ――こ、怖い……。

 ――おかーさん、あれってなーに?

 ――しっ! 見ちゃいけません!

 ――うほっ、いい男。

 視線が痛い、刺さると言えるものではない。もはや貫通しているレベルだ。

 さながら丘の上の十字架に架けられ、槍を突き刺された聖者のようである。

 人の視線というものはここまで凶悪なものに成れるということを再確認し、前方から容赦なく注がれる視線から逃れるがごとく、オストラヴァはゆっくりと後ろを振り向く。

「で、貴女たちは何故そんなにも離れた位置にいるんです?」

 ヘルムの奥にある蒼い瞳が、じとりと後ろの二人を睨みつけた。

「すいません。何故かそうしなくちゃいけないような気がして」

「これが間違い探しなら、間違い探し成り立ってないね。だって間違いだもん」

 咲夜はまだしもフランにまで思いがけぬ反撃を受け、オストラヴァは大きく肩を落とす。

 オストラヴァ。異世界でも絶賛はぶられ中であった。

 決してボーレタリアではぶられていたわけではない。

 王城の入り口でデーモンを殺す者に二度も素通りされた経験などない。断じて。絶対。

「あ、ちょっと近づかないでもらえます? 他人のふりするので」

「咲夜殿!?」

「ほらほらあっちいけー!」

「フラン殿まで!?」

 オストラヴァがにじり寄ると、二人はわざとらしげに身体をすくめて遠ざかっていく。

 そんな彼に容赦なく突き刺さるのは得体のしれないものを見る人々の視線。

 鎧も盾も意味をなさない。着実にオストラヴァの心に突き刺さっていく。

 オストラヴァは顔が熱くなっていくのを感じずにはいられなかった。

「っ~!」

 王族には似つかわしくないくぐもった悲鳴を上げて、その場で頭を抱える。ニヤニヤしながら遠ざかっていく二人を、恨めしげに睨みつけ、そして――。

「ああそうですか! もういいです! 買い物くらい私一人でできますよ!」

 踵を返し、肩を怒らせて街の中へと足を進めた。

 ポカンと口を開けて棒立ちしている二人をよそに、オストラヴァはそのまま人ごみに消えていく……かと思われたが、人々が一斉にオストラヴァから距離をとったため、またもやオストラヴァが一人だけ空間に取り残されてしまう。

 再びにやと笑う二人。彼には見えていなかったはずだが、心なしか歩くスピードが上がったように感じられた。今オストラヴァのヘルムを外して顔を拝むことができたのなら、まるで茹蛸の如く赤熱したオストラヴァを見ることができたであろう。

「……不幸だ」

 オストラヴァは泣きそうな声でそう呟き、街中へとずんずん進んでいってしまった。

 咲夜とフランは顔を見合わせてくすりと笑うと、彼の後を追って歩を進める。

 街の入り口付近ではあれほどに避けられていたオストラヴァだったが、街の中心部に向かうにつれて人々も興味を失ったのか、時たまに注目を浴びる程度にとどまっていた。

 咲夜とフランも彼に追いつき、三人はとある服屋の前で物色を行っている。

「むう、なかなかに迷いますね。……妹様、あまり暴れないでくださいな」

「すごーい! 服がいっぱーい!」

 咲夜は真面目な顔つきのまま首をかしげているが、フランはというともはや何をしに来たのか忘れてしまった様子ではしゃぎまわっている。忙しなくきょろきょろと辺りを見回し、瞳をキラキラと輝かせて走っていくその様が五百年近い齢を感じさせることはない。むしろ幼女そのものに近いといっていいだろう。それが彼女の長きにわたる幽閉の歴史故に形成された者であるなどと、オストラヴァは知る由もなかった。

「ふむ、それには同感ですが、こうもたくさんあると私には選びかねますね……」

 オストラヴァはすぐ傍にあった見慣れない衣服の一着を手に取り、眺めてみる。

 おそらくボーレタリアとでは使われている繊維そのものが違うのだろう。手触りも柔らかく、このレベルとなれば東の大国から入ってくる貿易商に買い求めるしかなかった。

 しかしそれから推測してわかったことがある。

 ここはボーレタリアから見て極東の国々の文化と酷似している部分があるということだ。

 文字も多少似ている部分がある、これならばここで暮らしてもほぼ支障は出ないだろう。

「オストラヴァさん」

 声をかけられて振り向くと、オストラヴァに会いそうな大き目の服を両手に抱え、フランを背中にしがみつかせた咲夜がすぐ傍までやってきていた。

「なんでしょう?」

「ここは私に任せて、少し街の方を見てきたらどうですか? どっちにしろ帰れるまではここにいなければならないんですし、知っておいて損はないでしょう」

 ふむ、それにも一理ある。

 レミリアも言っていたことだが、オストラヴァの存在をこの世界に人々に知ってもらういいチャンスであるのも確かだ。あまり目立つのは不本意ではあるのだが。

「じゃあお言葉に甘えさせていただきます。少ししたらここに戻ってきますので」

「わかりました。お気をつけて」

 オストラヴァは顎に手を当てて一瞬思案した後、咲夜に一礼して歩き出した。

 服屋を出ると、また行きかっていた人々がぎょっとした顔で彼から距離を取る。完全にオストラヴァを注視していたことがばれているにもかかわらず、蜘蛛の子を散らすがごとくわらわらと散っていく姿にオストラヴァは苦笑するしかなかった。

 先ほどは少し取り乱したが、これも仕方がないことなのかもしれない。

 ここの住人にとって、彼は得体のしれない銀色鎧でしかないのだから。

 オストラヴァはふと微笑んで、また鎧を鳴らして街の中を歩いて行く。

 背の低い木造建築が並ぶ街並み。緑の絶えぬ道なり。澄んだ空気と、蒼い空。

 飛竜に怯えて震える必要も、いつソウルに飢えた者どもが踏み込んでくるのかと嘆く必要もない。これがいかに素晴らしいことか、今のオストラヴァにははっきりと実感できた。

 結局、人は非日常を求めながら、日常を生きることを望んでいるのだ。

 日常をつまらないと思えるのは、非日常を知らないからだ。

 異形を目の前にして遠巻きに見つめることができるのは、それが敵対者でないからだ。

 これが普通。これが日常。これこそが平和。

 剣も鎧も盾すら存在意義を否定された世界。

 それこそが人が求める平和だ。

 だが人はそれを失ってすらまだそれに気づかない。

 遠回りに遠まわりを重ね、重ね続けてやっとその片鱗を掴む。

 そしてその片鱗ですら、一瞬のうちに滑り落ちていく。

 人は完璧にはなれない。予測不能、統御不能。それ即ち自然の業。

 いかにこの先テクノロジーを突きつめ、ソウルの業を超えた力を自由に振るえる時がやってきたとしても、人が完全無欠の存在……神に成ることなどあり得ない。

 世界には人の敵わぬ存在がいる。それこそが人に歯止めをかける。

 だがその枷が外れた時。

 人は真に天敵無き絶対神として暴走するのだろう。

 それこそが人が完璧でないことの証明。

 人は過ちを繰り返すことしかできない。人は過ちから学ぶことはできない。

 所詮、人というたいそうな名のついた愚鈍な獣の一端でしかないのだから。

 そう思うからこそ彼はこの世界がうらやましい。

 この世界は極楽だ。

 かの詩人ダンテが旅したパラダイスだ。

 誰もが笑顔を抱いている。幸せを抱いている。例え上辺のものだったとしても。

 嗚呼、たまらなく妬ましい。あまりにも次元が違いすぎた。

 ボーレタリアは何故こうなれなかったのか、と。

 世を統べる王の子たる彼の心は、それを思うごとに暗く曇ってゆく。

 と、大きなため息をつきながら、濃すぎる影を引きずって歩いていた時のことだった。

 どん、というよりは、がつん、という衝撃が下半身に走る。

「ん?」

 考え事をしていた上にこの視界の悪さだ。足もとはほとんど見えていなかった上に注意などさらさらしていなかった。どうやら何かにぶつかってしまったらしい。

「おや、すみません。考え事を――」

 礼儀正しい彼は謝罪の言葉を述べながら足もとに視線を移す。

 そこでオストラヴァの時が止まった。咲夜の能力さながらの硬直である。

 足もとにいたのは、打ちつけたらしい鼻の頭を真っ赤に染めて、尻もちを突いている少女だった。年齢的にも身体的にもまだまだ幼い。オストラヴァから見れば幼女同然だ。それが呆然とした表情で、足もとからオストラヴァを見上げている。

 一瞬の静寂。逆光を浴びている銀色の不気味な巨人――少女から見ればだが――を眺めていた少女の口元がきゅっと結ばれ、目頭に涙があふれだす。

 そしてオストラヴァは直感した。

 ――もしかして、まずい状況ですか?

 あわあわと慌てだすオストラヴァ。

 それを気にした様子もなく、目に涙をためた少女はその場で泣き出してしまった。

 これはまずい。この静かな泣き方は大泣きされるよりもはるかにまずい。

 なぜなら対処を間違えれば自分が大悪党になってしまう可能性が秘められているからだ。

 突っ立ったまま鎧の中でだらだらと冷や汗を流すオストラヴァ。恐る恐る視線を周りにやれば、遠巻きに自分を見つめる人々の視線は絶対零度のそれまでに冷え切っている。

 そんな目で私を見るな! と怒鳴れたらどれほど楽だったろうか。

「あう、え、あの……だ、大丈夫ですか……?」

 やっとのことで思考に行動が追いついた。これは自己保身よりもまずは少女の傷を心配した彼をたたえねばなるまい。よくやったぞオストラヴァ。

 しかし、次の瞬間。

「うわああああああん!」

 恐怖に顔をひきつらせた少女は、全速力で元来た道を駆け去って行ってしまった。

 手を伸ばした状態のまま固まるオストラヴァと、容赦なく突き刺さる他者の冷たい視線。

 はっきり言おう、今ほどこの相棒が憎らしいと思ったことはない。

 何故鎧を着ているだけで見世物小屋の動物の如き扱いを受けたり化物のような扱いを受けたりしなければならないのかと、オストラヴァは思わずガントレットを手で叩きつける。

 とりあえずフリューテッドに責任を押し付けて、自己逃避を図るオストラヴァだった。

 盛大なため息をついて立ち上がる。もうこれ以上二次災害を引き起こしたくはない。さっさと咲夜とフランがいた場所へと戻って、居心地抜群の紅魔館へと帰るとしよう。

 そう考えてオストラヴァは首を振り振り元来た道の方向へ向き直ろうとする。

 どどどどどどどどどどどどどどどどど……!

 だが凄まじい地響きが、それを許してくれなかった。

「な、何事ですか!?」

 地震にしては弱すぎる上、断続的で浮き沈みが激しい。なにより周辺にたむろっている人々の様子を見れば一目瞭然だ。またか、と言わんばかりの表情を浮かべた後、自分がしていた作業にもう戻り始めている。

 震源と思わしい方向を定め、目を凝らす。そして、ある異変に気がついた。

「土、煙……?」

 先ほどの少女が駆けていった方向から、ものすごい勢いでこちらへと向かってくるそれ。

 オストラヴァは呆気にとられてそう呟くことしかできない。

「――!」

 地響きと砂煙に交じって、何かが聞こえた。

 オストラヴァは思わず耳を澄まし、それを聞き取ろうと苦心する。

「……うちの生徒を泣かせたのは――」

 そこまで聞いて、

「だーれーだー!」

 砂煙の中の何かは、オストラヴァを標的に動いていることに気付いた。

 盾を構える。かわせば後ろの人々に被害を及ぼすかもしれない。半分の建て前と自己保身と一割のプライドをかけて、ルーンシールドが陽光に煌めいた。

 そして、それは飛び出してくる。

 赤い眼光を携えた、世にも恐ろしい鬼が。

 ドガァン!

「うおおおおおおおおお!?」

 ただの頭突き。だがその凄まじい威力に耐えかねた腕の筋肉と骨格が悲鳴をあげ、盾を構えた状態のまま後ろに吹き飛ばされる。

「ちぃ!」

 震える腕を叱咤してバック転の体勢を取り、受け身を取るようにして体勢を立て直す。

「何者です!? 名乗りなさい!」

 オストラヴァはこの世界では未だ一度も抜いたことがないルーンソードを抜き放ち、吼える。刀身に施された呪術符号(ルーン)が右手から伝わった魔力を吸って歓喜の咆哮を上げ、陽光を浴びて魔を焼き尽くす聖なる輝きを放った。

 オストラヴァは無意識のうちに柄に手をかけていたという事実に気付き、内心驚愕する。

 抜きたくはなかった。だが抜かざるをなかった。

 目の前の、おそらく妖怪からは、尋常でないほどのソウルの波動が感じられたのだから。

 周りにいた女子供が悲鳴を上げて逃げだし、男たちは唖然とした表情のまま硬直する。

「そうね……とりあえず、先生とだけ言っておこうか」

「せんせ……うおぉ!?」

 構えたはいいものの、こんな街中で剣を振り回して大立ち回りを演じるわけにもいかない。それをわかっているのか、それともただ単に平和ボケから振るはずがないと決めてかかっているのか、先生を名乗る鬼は躊躇なくオストラヴァに躍りかかった。

「聖職者たる教師がいきなり通行人に襲いかかるとはどういう了見ですか!」

「うちの生徒を泣かせた罪は重いということだ!」

「何ですと!?」

 盾で掌底を受け止め、剣を捨て、鍔迫り合いめいた拳の押し合いとなる。

「よって!」

 その掛け声に、妖怪の尋常でない力によって押し切られることを恐れたオストラヴァが、さらに腕へと力を込める。しかし目の前の鬼はそれに対することをしなかった。

 途端に行き場を失ったエネルギーでバランスを崩すオストラヴァの身体。しまったという顔をしてみたものの、もう遅かった。

 頭が鬼の両腕でわしづかみにされ、完全に彼女の射程内で固定されてしまう。

 オストラヴァはかろうじて視線だけを動かし、恐る恐るそれを見上げた。

 にやりと意味深な笑みを浮かべ、青い帽子をかぶった知性的な顔つきの女性。さきほどまでの暴走具合が嘘のように美しい女性の顔が、ゆっくりと後ろにひかれる。

「ヘッドバットの刑に処す!」

 その声が聞こえた瞬間、轟音とともにオストラヴァの頭の中で火花がはじけた。

 凄まじい衝撃。

 頭の中が白く染まり、息がつまる。
 
 そして二、三歩後退った後、ふらふらと地面に倒れ込んでしまった。

 呻きはするものの、ほとんど動かない。

 静寂。全ての人が彼女の勝利を確信した、次の瞬間。

「……きゅう」

 強烈な頭突きを見舞った本人も、目を回してその場に倒れこんでしまった。

 彼女はしらなかったのだ。目の前の『人間』が一体何を着用しているかなど。

 強烈な作用は強烈な反作用として自らをも傷つける。それを体現した瞬間であった。

 地面に転がって目を回している二人を、オストラヴァを探しに来た咲夜とフランが見つけるのは、もう少し後のお話である。



    ◆ ◆ ◆

 はい、なんとか前よりは短期間で一話を上げることに成功しました、塞翁です。

 AC小説をレイヴンウッドの方に上げるべく作ってたり、締め切りが迫る新人賞に向けてネタを練ってたら遅くなりました。すみません<(_ _)>

 本当は全然ネタが浮かばなかったから気分転換と称してこっち作ってた(笑)

 締め切り間に合わないだろうから今回は諦めるとしましょう(泣)

 はてさて皆さんご存じあの人のご登場です。オストラヴァはついに神殿へと送還されてしまうのでしょうか。

 次の更新をお待ちください( ´乙`)ノシ


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