メタンハイドレートからのガス生産
/ メタンハイドレート生産シミュレータと減圧法 / フィールドレベルでの減圧法の実証 / フェーズ2以降の課題
メタンハイドレートの生産とは?
地層内に固体として存在するメタンハイドレートをエネルギーとして利用するには、メタンハイドレートを分解させ、メタンガスと水に分けて、メタンガスだけ回収する必要があります。
これを「メタンハイドレートの生産」と言います。
メタンハイドレートは固体のため、メタンハイドレートを石炭のように掘り出すと考えられる方もいらっしゃるかと思いますが、深海の地層中にあるメタンハイドレートをそのまま掘り出すのは効率的ではありません。
メタンハイドレートの生産とは、メタンハイドレートを地層中で分解させ、分解して出てきたメタンガスを井戸や生産システムを通じて回収するということです。
この手法であれば、メタンハイドレートが分解しメタンガスが発生すれば、後は天然ガス開発とほぼ同じ原理・手法・機器・設備でメタンガスを回収することができます。
低温高圧で安定するメタンハイドレートを分解させるためには、
- 温度を上げる
もしくは
- 圧力を下げる
必要があります。
この他に、メタンハイドレートの安定条件を変化させる物質(インヒビター)を使う手法もありますが、大規模な分解を行う「生産」という中では、インヒビターを使い続けるというのは経済的ではありません。
インヒビターは、生産開始時の井戸周辺の分解促進、生産システムにおけるメタンハイドレートの再生成による閉塞防止などを目的とした使用が考えられます。
したがって、メタンハイドレートを含む地層の「温度を上げる」か「圧力を下げる」というオペレーションがメタンハイドレートの生産ということになります。
そして、温度を上げる生産手法を「加熱法」、圧力を下げる生産手法を「減圧法」と呼びます。
加熱法によるメタンハイドレート生産試験
「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」のフェーズ1が始まった直後の2002年、カナダ北西準州のマッケンジーデルタ地域マリックサイトにおいて、第1回陸上産出試験が実施されました。
マリックサイトは陸上であり、夏は湿地ですが、冬は地面が凍結します。この地域周辺は永久凍土層が地下600m付近まで続いており、圧力が高くなる地下が低温になっています。したがって、低温高圧で安定なメタンハイドレートが存在できる環境になっています。
この試験は、5カ国(日本・カナダ・米国・インド・ドイツ)、7機関(7機関(JOGMECの前身である石油公団、カナダ地質調査所、米国エネルギー省、米国地質調査所、ドイツGFZ、インド石油天然ガス省インドガス公社、BP-シェブロン・テキサコ・マッケンジーデルタ共同企業体)の共同研究として実施されました。
マリックサイトは夏場は湿地で試験施設を設置するのが困難であり、また、機材を輸送するのが困難なため、試験は地面が凍結する冬場に行われました。冬場は近くの川が凍結します。
その凍結した川の上に道を作り(アイスロード)、機材を運んだのです。しかし、極域の冬場は極寒であり、体感気温がマイナス60℃を下回ることもあるほどの過酷な現場でした。
この試験では、メタンハイドレートからメタンガスを生産する手法は加熱法の一種である「温水循環法」が選択されました。試験用の井戸に80℃の温水を送り込み、地下1,100m付近に存在するメタンハイドレート層を加熱し、メタンハイドレートを分解させようというものです。温水はメタンハイドレート層周辺で50℃程度であったと推測されています。
この試験では、5日間の生産期間中に約470m3のメタンガスを生産することに成功しました。そして、この試験は「メタンハイドレート層から世界で初めてメタンガスの生産に成功した」という称号が与えられることになりました。
しかし、メタンハイドレートというエネルギー資源を生産するために別のエネルギーを使って温水を作らなければならないのが温水循環法であり、加熱法です。エネルギー効率が悪いことが容易に想像されると思います。
加熱法に代わる効率の良い生産手法を考えるため、MH21は、室内実験による科学的なアプローチを始めました。
メタンハイドレートを含む地層の態様と物性
どのような生産手法が有効なのか?それを科学的に解明していくには、メタンハイドレート自身の物性、そして、メタンハイドレートを含む地層の態様や物性を詳細に知る必要があります。
メタンハイドレートは低温高圧で安定な物質であり、態様を調べたり、物性を測定するためには、低温高圧化で様々な観察・分析ができる特殊な実験装置を一から製作しなければなりません。
また、分析手法も世界的に確立されていなかったため、手法の確立もほとんどゼロからのスタートでした。
MH21の生産手法開発グループは、この実験装置の制作および分析手法の確立に対して果敢に挑戦し、ついに世界トップレベルの技術の確立に成功しました。
東部南海トラフでコアリングされた孔隙充填型メタンハイドレート堆積物の非破壊可視化画像(右)
困難な技術の一つに「模擬メタンハイドレート堆積層」の製作があります。天然のメタンハイドレート層を手に入れるには、実際に掘削しコアリングすることが必要です。
しかし、態様や物性の測定には多量の実験試料を要しますが、コストがかかる掘削から得られる試料には限りがあります。したがって、天然試料を模擬する人工試料の製作が必要でした。
人工試料は、堆積物を構成する鉱物やメタンハイドレートが均質に分布していなければなりません。「均質」な試料の製作手法を確立するだけで多大な努力がはらわれました。
X線CT画像(灰色:砂粒子、緑:メタンハイドレート、赤:水、青:ガス)。
確立された分析技術を使って、メタンハイドレート自身、模擬メタンハイドレート堆積層、基礎試錐によって得られた実際の試料に対し、以下の分析が行われました。
- 熱的性質(熱伝導率、非熱)
- 浸透特性
- 弾性波特性
- 比抵抗特性
- 堆積物態様(嵩密度、真密度、孔隙率、メタンハイドレート 飽和率、粒度分)
- 分解ガス成分
- メタンハイドレート層の強度
- メタンハイドレート分解による物性への影響
- 毛管圧測定
メタンハイドレートを含む地層の分解挙動
メタンハイドレートを含む地層の態様や物性について分かってきましたが。実際に地層の中でどのようにメタンハイドレートが分解しているのかも知る必要があります。
生産手法開発グループでは、模擬メタンハイドレート堆積層内での分解の様子を医療で用いられているX線CT装置で可視化できるように改良し、減圧法、加熱法など様々な生産手法を模擬してメタンハイドレート分解実験を行いました。
下図は、模擬メタンハイドレート堆積層に対して減圧法を適用した時の分解の様子を示しています。暖色(赤色系)は砂の間隙にメタンハイドレートを含む領域で、寒色(黄色系)に変わるほどメタンハイドレートが分解してガスが多くなったことを示しています。
減圧を行うとメタンハイドレートは分解し始めますが、試料の周辺のほうが早く分解します。これは、試料を収めているホルダーから熱を奪うためであり、熱の供給により分解の進行が律速されることを示しています。
メタンハイドレート生産シミュレータと減圧法
分析されたメタンハイドレートを含む地層の態様や物性は、日本が独自に開発したメタンハイドレート生産シミュレータ「MH21-HYDRES」に入力されます。そして、実験室レベルの分解実験をシミュレーションし、その結果と分解実験の結果と比較して、シミュレータの機能をチューニングしていく作業を行いました。
MH21-HYDRESは、様々な生産手法、すなわち、減圧法、加熱法、インヒビター圧入法、異種ガス圧入法、およびそれらの併用法など、10手法以上の生産手法を開発レベルの規模・時間スケールで生産シミュレーションできるもので、世界的に高い評価を受けています。
このMH21-HYDRESを使い、メタンハイドレート賦存状況や生産手法を様々に変えて、メタンハイドレート生産に適した生産手法を模索しました。その結果、導き出された最適な生産手法は「減圧法」主体となりました。
MH21-HYDREの詳細、および、減圧法が選定された根拠については以下の論文をご参照ください。
栗原正典・船津邦浩・大内久尚・増田昌敬・成田英夫・海老沼孝郎(2009): メタンハイドレート生産シミュレータの開発, 石油技術協会誌, 74(4), 297-310.
栗原正典・佐藤明彦・大内久尚・大渕有希子・増田昌敬・成田英夫・海老沼孝郎・佐伯龍男・藤井哲哉(2009): 東部南海トラフメタンハイドレート資源の生産性評価, 石油技術協会誌, 74(4), 311-324
フィールドレベルでの減圧法の実証
生産シミュレータMH21-HYDRESで導き出された最適なメタンハイドレート生産手法は「減圧法」主体でした。
このシミュレーション結果が正しいかどうかをフィールドレベルで実証するために、MH21は2002年に温水循環法を試したカナダ北西準州のマッケンジーデルタ地域マリックサイトに向かい、第2回陸上産出試験を行いました。今回は、日本とカナダ2カ国だけの試験となりました。
この試験は、2007年と2008年の2回に分けて実施され、2007年の試験を第1冬試験、2008年を第2冬試験と呼びます。
フィールドにおける減圧法は、井戸の中の水をポンプで抜き、メタンハイドレート層にかかる圧力を減じることにより実現されます。減圧法の原理を下図のとおり、示します。
2007年の第1冬試験では、減圧法によってメタンハイドレートが分解し、メタンガスが回収されました。しかし、メタンハイドレート層は未固結堆積物のため、メタンガスや水とともに砂も出てきて(出砂現象)、その砂がポンプを停止させてしまったため、試験は12.5時間で終了せざるを得ませんでした。
非常に短い試験で終わってしまいましたが、この試験は「世界で初めて減圧法によりメタンハイドレート層からメタンガスを回収した」試験となりました。
2008年の第2冬、出砂対策を行い、減圧法による生産試験を再チャレンジしました。その結果、約5.5日間の連続生産に成功しました。試験期間に生産されたメタンガス量は約13,000m3となり、第1回陸上産出試験の約470m3を大きく上回り、減圧法がメタンハイドレート生産に対して有効な生産手法であることが示されました。
(右)第2冬試験で生産されたメタンガスのフレア
第2回陸上産出試験の内容およびその意義については、以下のプレス発表にまとめられているので、ご参照ください。
メタンハイドレートからの天然ガス連続生産成功について (PDFファイル 80KB)
メタンハイドレート第二回陸上産出試験とその意義について(PDFファイル 150KB)
フェーズ2以降の課題
フェーズ1の研究や試験により、メタンハイドレートの生産手法として「減圧法」が適していると考えられるようになりました。しかし、MH21では「減圧法主体」という言葉を用います。
MH21-HYDRESの生産シミュレーション結果により、減圧法は他の生産手法に比べて優れた生産手法であることが分かっています。しかし、減圧法単独(単純減圧法)だけで、果たして経済性の良い開発ができるかどうかは不明です。
減圧法単独だけでは生産量がまだ少ないのです。したがって、減圧法を主体とした減圧法+αが必要となり、それを探し出し、生産量を向上させることがフェーズ2の課題となっています。
また、第2回陸上産出試験で起こった出砂現象のような生産障害に対する経済的で有効な対策を考える必要があります。