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株式会社アイエヌエイチ
株式会社ウェーブマスター
2008.12.18
 
アルファレコード入社~G.M.O.レーベル以前
ゲームミュージックに特化した「G.M.O.レーベル」誕生!
サイトロン発足~移籍へ
サイトロンを支えた敏腕ディレクター
ソフトウェア開発メーカーとしてのサイトロン

       
 えーと、突然こんにちは。不思議な経緯で呼ばれてしまいました罰帝です。
  勤めてたゲーム開発会社が倒産したり、ゲームセンターで働いたり、ゲーム雑誌で音楽系の記事を書き散らかすライターだったりしてきた結果、サイトロンとかウェーブマスターとかでサントラ制作のお手伝いをするようになりまして、自分でも何が本業なのか良くわからなくなってる人です。
 

   
大野: どうもお久しぶりで。
   
罰帝: ごぶさたしておりました!! その節は大変お世話になりまして!! 今回は面白い企画に呼んで頂きましてありがとうございます!!!!
   
大野: まぁまぁそう興奮しないで(笑)
   
罰帝: はい。なんかすでに読者さん置いてきぼりな気がするので、軽く説明しますね。
   
株式会社ユーブック 代表取締役社長 大野善寛

 アルファレコードの宣伝部を経て、伝説の「¥ENレーベル」に関わり、同社「G.M.O.レーベル」の制作に関わるようになる。
  その後、「G.M.O.」を主宰した小尾一介氏が中心となって「サイトロン・アンド・アート」が設立され、大野氏もここに移籍する。
  2001年にサイトロンは分社、「サイトロン・デジタルコンテンツ株式会社」が設立され、大野氏が社長に就任。以降「サイトロンレーベル」を継承することになった。
  2006年に、サイトロン・デジタルコンテンツ株式会社は株式会社ハピネットの音楽事業部門として吸収される。
  2007年3月、株式会社ユーブックの代表取締役社長に就任。
   
罰帝: こんな流れで間違いないでしょうか?
   
大野: はい。おおむねはネ。
   
罰帝: で、サイトロン時代にお手伝いしてたご縁で、ここに呼ばれたと。
   
大野: だってゲームミュージックに詳しいライターさんって君のほかに知らないから。
   
罰帝: いやいやいやいや他にもいますから! でもお呼び頂きまして真に感謝です。
 
●アルファレコード入社~G.M.O.レーベル以前
   
罰帝: では、ここからが本題です。以前より大野さんには聞きたいと思っていたことがありまして、いい機会なのでいろいろお伺いしたいと思います。
   
大野: あんまり変なこと聞かないでね。
   
罰帝: できる範囲で(笑)
   

   
罰帝: アルファレコードに入社されたのはいつごろだったのでしょうか?
   
大野: 1982年です。就職活動でポニーキャニオン、日テレ、ソニーなどに落ちて(苦笑)、アルバイト入社から1年後社員になり、宣伝部としてアーティストのプロモーションに関わるようになりました。
   
罰帝: 当時のアルファというと、やはりYMOを思い出すところですが。
THE VERY BEST OF ¥EN LABEL VOL.2
98年に発売された¥ENレーベルのベスト盤。 細野晴臣氏のスーパーゼビウスとギャプラスがDISC-2に収録されている。
   
大野: 「サーヴィス」「アフター・サーヴィス」などの宣伝はやっていました。他にもアルファに所属していたアーティストの宣伝には全てやっていたので、戸川純やカシオペアなどのレコードを持って、ラジオ局を巡ったりしました。
   
罰帝: YMOの“ジャム”という曲で「ジャムトーストがマズい喫茶店」というのが出てきますよね?
   
大野: Aスタジオの下にあった「BAN」のこと?(※アルファレコードの最上階にあったレコーディングスタジオのこと)
   
罰帝: ええ、YMOファンには有名な話だと思いますが、その喫茶店に『ギャラガ』や『ゼビウス』が置いてあった?
   
大野: いや、そこではなくて、「キムラヤ」という別の喫茶店じゃないかな? アルファ社員の昼食御用達だった。
   
罰帝: 当時そのお店で、どのようなゲームで遊ばれていたんですか?
   
大野: 『バーニンラバー』や『バーガータイム』、そして『ゼビウス』、『Mr.Do!』などは大好きで、かなりハマっていました。
   
罰帝: そんなゲーム好きがきっかけで、G.M.O.に繋がったと。
   
大野: このあと20年以上ゲームミュージックというジャンルで仕事をするきっかけになったのかも?
   
   

 
●ゲームミュージックに特化した「G.M.O.レーベル」誕生!
   
罰帝: G.M.O.レーベルでは設立時から関わっておられた?
   
大野: 当時会社ではゲームに詳しい人間がいなくて、色々意見を聞かれるようになっていましたが、まだ宣伝部だったので制作には関わってないですね。ただ、初期の頃から色々なメーカー名を上げて、シリーズで発売するという企画書を書いた気がします。
   
罰帝: やはりG.M.O.は細野さんの「ビデオゲームミュージック」の影響から生まれたものなんですか?
   
大野: 10万枚以上売れたからね。アルファは新しいことをドンドンやる会社だったので、ゲームミュージックも新しいジャンルとして考えられると思ったのだろうね。
   
罰帝: では、制作に移られたのは……
SNK・ゲーム・ミュージック
80年代のアーケード・ゲーム音楽作品をオムニバスで収録した87年発売のゲームミュージックアルバム写真は2001年に発売の復刻版。
   
大野: 「SNKゲームミュージック」からです。大野木さんと共同で基板から音源を収録をしたのが最初です。
   
罰帝: その後ディレクターとして数々の名盤を手がけられることになりますが、アルバムに収録されたアレンジ曲などの発注も大野さんが?
   
大野: ほとんどそうですね。当時は基板の音だけだとボリューム不足だったので、味付けをして、作品としてグレードを上げていきたいというのがあって、国本佳宏氏などにアレンジしてもらっていました。
   
罰帝: そこから発展して、ゲーム会社の作曲者が直接アレンジを行うようになったのですね。
   
大野: ええ、「コナミック・ゲームフリークス」の時に、古川もとあき氏とマイケル前沢氏がスタジオに来て、自ら演奏してもらいました。特に古川氏は当時からプロ顔負けの上手さだった。そこから彼らは「矩形派倶楽部」というバンド名で活動していったと。
     
罰帝: 活動の中心がキングレコードのほうに移っちゃいましたけどね。
   
大野: そうだったね(笑)
   
罰帝: G.M.O.で関わられた最後の作品は何になるのでしょう?
   
大野: デコのアルバム(「データイースト・ゲームミュージック」)です。僕自身がデコゲーのファンだったので、僕の企画で進めたアルバムです。ただ、発売されたときにはすでにサイトロンに移っていたんだけどね。
   
       
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