各々の学校制服に身を包んだ私と謙一くんは、息を切らしながら夜の街を走っていた。時刻は深夜で、オフィス街は人通りもなく、閑散としている。私たちは、その通りを駅に向かって走っていた。どこかに逃げるあてがあるわけではないが、今は一刻も早くここから離れなくてはいけない。 「う……ッ」 私の下腹部に甘い痺れが走った。一瞬、脚の動きが止まる。私を逃すまいとする黒の下着が、性感帯を貪ってきたのだ。闇に撫でまわされるような感触に襲われ、私の膝は折れそうになる。 「絵美理さん、大丈夫?」 「うん……ありがとう」 私の異常に気が付き、謙一くんが手を差し出してくれる。私は、その手を掴む。謙一くんが作り出してくれた、あの場所から逃げるたぶん最後のチャンスだ。弱気になっている場合じゃない。私は、自分自身に気合を入れ直して、甘い疼きを抑え込んだ。 「……!?」 その時、私は別の異常に気がついた。オフィス街のビルの間に、白い霧が流れ込んできた。淫気を宿したものが、獲物を狩るときに作り出す結界だ。 (もう、気がつかれちゃったの!?) 私たちを取り囲むように、霧の白い壁が立ちふさがる。その向こう側からは、禍々しい気配が二つ、こちらに向かってきていた。私は、謙一くんをかばうように立ちふさがる。 「謙一くん! 下がっていて!!」 「絵美理さん!?」 私は、謙一くんのほうを振り向くと、微笑む。 「大丈夫。私を信じて?」 謙一くんは、緊張した面持ちで頷き返す。私は、素早く学校制服を脱ぎ捨てると、漆黒のランジェリー姿をなった。黒いトカゲのウロコのように、ぬめるように私の身体に張り付く黒下着。淫気の力で、私の肉体を強制的にいやらしく作り変える下着であっても、私は今ここにある危機を乗り越えるために、その力を使う必要があると判断した。 私は、息を殺して、気配が近づくのを待ち受ける。やや間をおいて、霧の向こう側から現れたのは二人の少女だった。一人は黒バラのような闇色のビスチェにその身を包み、上品な笑顔とは裏腹に、熟れきったかのような豊満な肢体を見せつける少女、麻衣。もう一人は、夜の帳のような薄布でできた漆黒のベビードールを夜風にひらめかせ、可愛らしい童顔にどこかサディステックな微笑みを浮かべた少女、花梨。二人は、いたずらした子供をたしなめるような表情を浮かべて、私のほうに歩み寄ってきた。 「さすがね。花梨の霊感のおかげで、すぐに絵美理に追いつけたわ」 「当然よ、麻衣ちゃん。だって、絵美理ちゃんを逃がすわけにはいかないでしょう?」 かつて、淫気を探りだすために頼りにしていた花梨の霊感。その感覚によって、私たちは補足されていたらしい。私は、こんなに早く追いつかれたことに合点がいくと同時に、親友である花梨が完全に堕ちきっていることを理解してしまった。 「ねえ、絵美理。一緒に戻りましょう? 今のあなたでは、その黒い下着に宿った淫気を浄化することはできないわ。そのまま逃げても、苦しいだけよ」 黒いビスチェに身を包んだ麻衣が、真面目な口調で私に告げる。 「絵美理ちゃん。そんなに強がることないよ。私たちは、もう十分がんばったんだもの。あとは、私たち三人で、仲良く一緒に気持ち良くなろうよ?」 麻衣に続き、私に語りかける花梨。その口元は笑っているが、目はそうではなかった。 「これ以上、近づかないで!!」 私は、二人に向かって叫ぶ。あの場所へ戻れ、私の漆黒のショーツは妖しく蠢く。私のショーツの中は愛液で水浸しになる。それでも、私は自分の心を振り立たせ、油断なく身構えた。 「へぇ、あくまで抵抗するのね。絵美理?」 「もお、絵美理ちゃんには、お仕置きが必要ね」 麻衣と花梨は、感心したような表情を浮かべる。次の瞬間、二人の全身から淫気が吹き出す。淫気は闇の力へと姿を変え、二人の掌の上で実体を得る。ほどなくして、麻衣の両手には闇の鎖が、花梨の手には闇の短剣が握られる。 「うふふ。こうして、一緒に戦うのも久しぶりね。花梨?」 「そうね、麻衣ちゃん……絵美理ちゃん、覚悟して? かつてのランジェリーエンジェルのコンビネーション、見せてあげるわ!!」 二人が言うや否や、私に向って二本の鎖と、無数の短剣が放たれる。私は、飛んでくる闇の塊の動きをぎりぎりまで見極めて、跳ねる。闇に堕落したランジェリーであっても、身体能力を高めてくれる力は健在だ。私は、常人離れした身のこなしで、二人の攻撃の回避を試みる。 (麻衣の鎖だけは、よけなくちゃダメだ……) あの黒い鎖につかまれば、動きを封じられ、戦うどころではなくなる。私は、ステップして、鎖の軌道から逃れる。空中でヘビのように蠢き、襲いかかる鎖を、身をひねりながらかわす。しかし、私が逃れた場所には、花梨の短剣が飛んできていた。私は、とっさに急所をかばうが、かわすことはできない。肩と太ももが、闇の刃にえぐられる。 「うぁ……ッ!!」 不思議なことに、傷口から血は流れなかった。ただ、激しい痛みと熱さが私の神経に苦痛を与える。同時に、私は希望の糸口を見つけていた。 (花梨が淫気の力で私を傷つけられるってことは……私も、淫気の力で麻衣や花梨をやっつけられるってことね) 傷口の熱い痛みと下腹部の甘い疼きを、意志の力で抑え込む。私は後方へと跳躍して態勢を立て直した。そのまま、つかず離れずの距離を保ちつつ、横に向かって全速力で走りだす。麻衣と花梨に、攻撃の的を絞らせないためだ。 「無駄よッ!!」 二人の声が、同時に響く。間を空けずに、二本の鎖と無数の短剣が襲いかかる。鎖は、迷わずに私の身体の中心をとらえ、それを避けようとする位置に短剣が配置されていた。 「うッ!?」 鎖による致命傷を避ける私の身体を、短剣が切り刻む。二人のコンビネーションは完璧だった。立ち止ったら、確実にやられる。私は痛みを抑えつけて走り続けた。 「あらあら、今のを耐えるなんて、絵美理もなかなかやるわね?」 「でも、絵美理ちゃん。よけても、よけなくても、辛くなるだけよ?」 麻衣と花梨は、表情に余裕すら浮かべている。圧倒的優位を得て、二人は油断しているのだ。私は遮蔽をとって走り続ける。そのまま、二人に気づかれないようにイメージを集中させ始める。かつて、純白の“聖衣”に身を包んでいたころを思い出す。あのとき、淫気を浄化するために作り出した強い光のイメージ。 ズズズ…… 私の掌から、何かがはい出してくる気配がする。それは、闇の塊だった。球状の闇が私の掌に現れる。 「もっとよ! もっと、強く!!」 私の叫びに応じて、闇の密度と体積は大きくなっていく。同時に、下着の蠢きが激しさを増し、私を悦楽の泥沼に引きずり込もうとする。私は、その肉欲への誘惑を徹底的に無視し、押さえつける。 「えぇいッ!!」 私は、急ブレーキをかけて、麻衣と花梨の方に向き直る。手の上で限界まで大きくなった闇の力を、二人に向かって思い切り放った。麻衣と花梨の顔が、一瞬だけ驚愕に歪む。次の瞬間には、お互いの視界は、闇の塊に塗りつぶされて、真っ暗になる。ただ、私のすべての力で作り出した、巨大な力の奔流が麻衣と花梨を呑み込もうとする。 「……やった?」 私は、精根尽きはてて、膝をつきそうになる。どうにか踏みとどまると、今は闇に塗りつぶされた、二人が立っていた地点に目を凝らす。ほどなくして、少しずつ闇が晴れてくる。 「……本当、絵美理には、驚かされるわ……」 闇の向こう側にあったのは、麻衣と花梨を守るように張り巡らされた格子状の黒い鎖だった。闇が完全に晴れるとほぼ同時に、二人を守っていた黒い鎖は、ボロボロと崩れ落ちる。鎖の使い手である麻衣の顔には、冷汗が浮かんでいた。 「とっさのことだから、力の半分以上を使ってしまったわ……今のを、まともに受けていたら危ないところだった……」 仕留めそこなった! 愕然とする私に向って、闇の短剣が二本、投げつけられる。 「うあッ……!!」 「絵美理ちゃん、逃げちゃダメよ?」 花梨が投げた短剣は、私の両足の甲に突き刺さる。力を使いきり、脚の自由も奪われた私に、麻衣と花梨は悠然と近づいてくる。麻衣は鎖を、花梨は短剣を構えなおす。 「絵美理ちゃん、すごいわ。こんなに、闇の力を使いこなすなんて……絵美理ちゃんなら、きっと、素敵な堕天使になれるわよ」 花梨がうっとりした表情でささやく。私は、麻衣と花梨が、私にとどめを刺そうとしているんだ、と直感した。でも、二人の行為から、逃げるすべは私にはない。私は、半ば無意識に、胸のペンダントに手を伸ばしていた。 (ママ……私に、力を貸して……) 私は、ペンダントを握りしめて、すがるように祈った。花梨は冷酷な笑みを浮かべながら、私の胸に短剣を伸ばす。淫気を直接、心臓に流し込もうとしているんだ。私が、目をつむった、その時…… カッ…… ペンダントから、青白い光がほとばしった。花梨の闇の短剣は光によって浄化され、花梨自身も弾き飛ばされる。一歩離れた所から様子を見ていた麻衣の眼が見開かれる。 (ペンダントに残っていた……浄化の力だ……!) 浄化の光は、私の身体を包み込んでいく。暖かく清らかな輝きは、私の黒く堕落したランジェリーをも浄化していく。 「花梨! 早く、立ちなさい!!」 麻衣が、叫ぶ。それよりも、私の“聖衣”が力を取り戻すほうが先だった。私は、今度こそ、ありったけの力を両の手に集める。 「浄化の光よ! 私に、力を!!」 力強く青白い浄化の光が、奔流となって、麻衣と花梨を呑み込んだ。 私は、ふらふらする自分の身体を支えて、麻衣と花梨の様子を覗き込んだ。二人とも気絶しているが、ケガはなさそうだった。二人の身につけているランジェリーの淫気は、まだ完全に浄化しきれてはいない。私の“聖衣”もペンダントも完全に力を使い切ってしまっていた。それでも、しばらくは淫気の力も弱まるだろう。私の“聖衣”が力を取り戻すのを待てば、今度こそ完全に二人の淫気を浄化することができるはずだ。 「謙一くん、大丈夫だった?」 私は、後ろで待っているであろう彼に声をかけた。 「え、絵美理さん!!」 謙一くんの返事は、何かに脅えるような声だった。私は、慌ててそちらを振りかえる。そこには、一人の女性の姿があった。長い黒髪をたたえ、研究者風の白衣を身につけた大人の女性。よくみれば、あのビルで見かけた白衣の女性……彼女は、私がずっと探していて、いつもその背中に憧れていて、私のことをどんな時でも心配してくれた……私がよく知っている女性だった。 「……ママっ!!」 「久しぶりね、絵美理……」 私のママ……小宮静華は、妖艶に微笑むと、羽織っていた白衣をはだけた。すると、白衣の下から、黒い下着に包まれた肢体が現れる。ハイレグの水着みたいな形をしたテディのランジェリー。黒いイバラに包みこまれたその身体は、黒く熟れきった果実のように豊満な肉付きを示している。ママが、もう一度ニコリと微笑むと……麻衣と花梨の分を足しても、なお凌駕するほどの、強烈な淫気があたりに満たされた。 「え……? え……!?」 私は、突然のことに戸惑いながらも、身構える。ママは、口元に微笑みを浮かべたまま手をかざす。ママの手の上に、闇が渦巻き、それは燃え盛る黒い炎のような姿を現す。 「ちょっと、待ってよ! ママ、これは、どういうことなの!?」 「あのね、絵美理。淫気を浄化する“聖衣”を作り出したのはママなの。“聖衣”に、濃い淫気を吸わせると堕落した黒いランジェリーとなることを発見したのもね」 「え……それって……」 「つまり、ママはね……淫気を浄化するために戦った最初のランジェリーエンジェル、エンジェルゼロにして……淫気のために“淫獣”様にお仕えする一人目の下僕、漆黒堕天使サキュバスゼロなのよ!!」 ママの手に渦巻く、漆黒の業火が私に放たれる。私は、浄化の光をまとってそれを防ごうとする。しかし、闇の炎の力の強さは、私に残されたわずかな力では、到底防ぎきれるものではない。 「うああぁ!!」 私は、闇の力に肌を焼かれ、その場に倒れこんだ。花梨の短剣と同じように、肌に傷は付かず、神経にだけ強い苦痛がもたらされている。 「ごめんね、絵美理。熱かったでしょう? すぐに、楽にしてあげるわ」 「あぁ……ママ……」 ママは、私が首にかけていたペンダントに手を伸ばす。ペンダントはすでに、浄化の力を使い切り、輝きを失っていた。 「このペンダントを作ったのも、私……絵美理が、淫気に襲われないようにと思って作ったの。これは、浄化の力を蓄えておける、充電池みたいなものなんだけど……同じように淫気の力を蓄えることもできるのよ?」 ママは、私のペンダントに指をあてる。指先には、強烈な闇の力が集められ、ペンダントの中へと流れ込んでいく。次第にペンダントは、どす黒い色へと変わっていく。 「あぁ、いや! いやぁ!!」 十分な淫気が注ぎ込まれ、ママが指を離す。すると、じわじわとペンダントから染み出す淫気が、私の皮フを侵食し始める。見れば、ようやく浄化の力を取り戻した“聖衣”が少しずつ黒い色に戻り始めている。 「ママ、助けて……お願い、助けて!!」 「大丈夫よ、絵美理。苦しいのは、最初だけだから……」 慈しむような表情で、私を見下ろすママ。私は、ただ、訳も分からず身をくねらせることしかできなくなっていった。
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