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メキシコ湾原油流出対策、当局の混乱で二転三転

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 英BPのメキシコ湾掘削リグ「ディープウォーター・ホライズン」の爆発事故からほぼ1カ月を経た5月19日、米ホワイトハウスは爆発の結果発生した原油流出への対応を集計した。海岸と野生生物を保護するために2万人が動員され、138万フィート(約420キロメートル)超のオイルフェンスが設置された。さらに、石油を分解するため65万5000ガロンの溶剤が湾に投入された。

原油流出対応策は二転三転 John Dooley/Sipa Press

ウォール・ストリート・ジャーナルの調査によると、当局者間の意見の不一致で、原油流出対応策は二転三転した

 この日、ルイジアナ州テレボンパリッシュのドックに数千フィートのオイルフェンスが用意されていたが、原油が漂着するなか、BPの請負業者がこれを設置したのはさらに2日後のことだった。

 連邦政府はメキシコ湾の原油流出を受け、早い段階で行動を取った。しかし、海岸や入り江には、政府の行動が失敗したことを示すサインが、そこかしこに見られる。

 連邦政府の書類、ホワイトハウスや沿岸警備隊、州・市当局とのインタビューに基づくウォール・ストリート・ジャーナルの調査によると、取るべき手段をめぐる混乱で、一部の決断は遅延した。政府機関の内部や、政府と州、市当局の間の意見の不一致で、対策は二転三転した。

 沿岸警備隊とBPはそれぞれ、メキシコ湾における原油流出に対応するプランを作成していた。両者とも現在、プラン策定時にこれほどの長さの海岸線を一度に汚染する惨劇を想定していなかった、と認める。米国法により大規模な流出の際に対策の指揮を義務付けられている連邦政府が取ったのは場当たり的な対応だった。

 連邦政府の当局者は、一部の主要な問題について、一度ならず方策を変更した。政府は石油を分解する化学溶剤の使用をいったん承認したが、その後、投入するには有毒性が強いと判断。しかし、その後再び、使用を承認している。また、ルイジアナ州の政治家による防波島建設案については、当初は批判したが、その後、部分的に承認した。

 連邦政府の対応責任者、タッド・アレン沿岸警備隊司令官はインタビューで「われわれはより柔軟、かつより機敏に動くことを学ぶ必要がある」と述べた。

 司令官は、米エクソンのバルデス号がアラスカ州で起こした原油流出事故から20年が経過して、政府内部に大規模流出に取り組んだ経験を持つ「百戦錬磨のベテラン」がいなくなっている点を指摘し、「学習曲線の問題だ」と述べた。

 政府による行動が、より迅速でよりきっぱりとしたものであったら、海岸線がどの程度保護されたであろうかは不明だ。ホワトハウスの擁護者は、どれだけ上手く調整を行ったところで、原油はいかなる防御策をもすり抜けただろう、と話す。

 オバマ大統領は15日夜の国民向けテレビ演説で、「これだけのスピードと規模の作戦展開に完璧はあり得ない。また、新たな課題が常に浮上するだろう」とし、「作戦に問題があれば修正する」と述べた。

 連邦法の下、海上で操業を行う石油会社は大規模流出に対応するための計画を提出する必要がある。一方、政府計画の準備は沿岸警備隊が監督する。流出事故が発生した場合、石油会社は政府の監視下で計画を実行し、汚染除去のための費用を支出する責任がある。流出が深刻な場合には、政府が指揮を掌握して対応を指示する。

 内務省ミネラルズ・マネジメント・サービス(MMS)に提出されたBPの計画は、政府が推定する今回の流出量をはるかに上回る規模の原油を封じ込めることを想定していた。BPは海水から原油をすくい取り、油膜に原油を分解する溶剤を噴射し、海岸沿いにオイルフェンスを張り巡らすための請負業者を雇うことを明記していた。

 一方、2009年8月に更新された沿岸警備隊によるニューオーリンズ近海の流出事故対応計画は、オイルフェンスの設置が海岸線を守る主要策の1つになる、としている。

 アレン司令官はBPの原油流出事故の責任者に任じられた際、BPと政府のいずれの計画も、大規模で複雑な今回の流出に対処するには不十分であることを理解した。

 BPの広報担当者は同社の対応を「未曾有のもの」とし、「一部についてはもっと上手くやれたかもしれない」と述べた。

 オバマ大統領がこの問題を初めて知ったのは4月20日の夜だった。国家安全保障会議(NSC)の高官が大統領に、ルイジアナ州の海岸から50マイル沖合いの掘削リグが爆発したと伝えたのだ。「大きな問題に発展する可能性がある」と高官は話した。

 沿岸警備隊長官だったアレン司令官が現場に派遣された。司令官は後に、流出が深刻であることはすぐに分かった、と述べている。翌日、内務省のデービッド・ヘイズ事務次官がルイジアナ州に向かい、司令室を設立した。

 リグが沈んだ4月22日、大統領執務室で開催された今回の事故に関する最初の会議には、ナポリターノ国土安全保障長官やサラザール内務長官らが招集された。会議参加者が知り得る限り、原油は流出していなかった。

 それから2日後、原油が湾に流出しているとの報告がホワイトハウスにもたらされた。ホワイトハウスのジョンホールドレン科学技術担当補佐官は、ジョンブレナン大統領補佐官(国土安全保障・テロ対策担当)とNSCのデニス・マクドナー参謀長を呼び出した。マクドナー参謀長によれば、ホールドレン補佐官は、政府が役に立つ可能性がある秘密兵器を持っているか(例えば、潜水艦)と尋ねた。何もない、が答えだった。 

 4月28日の夜、NSCのマクドナー参謀長とホワイトハウスのある高官は、ホワイトハウスで開かれていた会合を中断した。原油が当初の想像よりも速いペースで噴出していたのだ。

 連邦政府の最優先課題は、オイルフェンスの設置などにより、原油を沖合いにとどめておくことだった。海岸線には何マイルにもわたる入り江や島、湿地があり、戦略の実行を困難にしていた。

 沿岸警備隊のベンジャミン・クーパー指揮官は5月中旬、ルイジアナ州デュラックの小エビ漁関係者や住民に対し「テキサス州からフロリダ州までを保護できるほどの大きさのオイルフェンスは世界中どこを探してもない。このため、われわれはトリアージ(緊急時の行動順位決定)を実施している」と告げた。

 問題は初めから山積していた。オバマ大統領が初めて現地を訪問した5月最初の週末、海は荒れていた。ニューオーリンズ東部のセントバーナードパリッシュの沖合いにオイルフェンスを設置するためにBPが雇った請負業者は、週末の大半を陸上で過ごしていた、と市会議員は述べる。同じ週末、小エビ漁関係者が1万8000フィートのフェンスを設置したのに対し、BPが雇った業者は4000フィート程度を設置したに過ぎなかったという。これについて、BPからのコメントは得られていない。

 ニューオーリンズ地域担当の沿岸警備隊員エドウィン・スタントン氏は、流出後の最初の1週間に政府監督下の労働者は数万フィートのフェンスを設置した、と述べた。一方、同氏は、設置場所について問題があったことを認めた。

 政府は適切なフェンスを保有していなかったのだ。外洋向けのフェンスは、静水域向けのフェンスよりも大きく、かつ強くなければならない。スタントン氏によると、大きいフェンスは高価で供給が不足している。

 原油が東方面に広がり始めると、アラバマ州のライリー知事は、漁業と観光業にとって重要なパーディド湾への拡散を阻止するよう求めた。5月中旬、知事と沿岸警備隊の当局者は外洋向けのオイルフェンスを使用して、原油を沿海から遠ざける計画を立てた。知事の報道官によると、アラバマ州当局者はフェンスを求めて世界中に問い合わせの電話をかけた。

 5月下旬、アラバマ州当局者はバーレーンで適切なフェンスを見つけ、同州の海岸に空輸した。数日後、沿岸警備隊がこれをルイジアナ州沖に設置した。

 ライリー知事はそれを知って激怒した。沿岸警備隊とアラバマ州当局者は、代わりにより小型のフェンスを設置したが、結局、原油は今月10日、パーディド湾に侵入した。

 ライリー知事の報道官は「これはルイジアナ州とアラバマ州の争いではない。しかし、われわれの資源が奪われたことについては失望を禁じ得ない」と述べた。

 アレン司令官の報道官は、このフェンスはルイジアナ州の湾を保護するために必要だったとし、フェンスを接収したのは「アラバマ州の沖合いに原油が到達するはるか前のことだった」と述べた。

 オイルフェンスが効力を発揮しなかったことに苛立つルイジアナ州当局者は、原油の海岸への到達を阻止するため、海岸沿いに防波島を建設することを提案した。5月11日、州当局者は陸軍工兵部隊に130マイルの防波島を建設するための緊急許可を求めた。

 この提案は複数の政府機関に批判された。環境保護庁(EPA)は陸軍工兵部隊に送付した意見書で、防波島の建設は、原油の海岸への到達に間に合わない可能性が高い、との見解を示した。EPAは、このプロセスは、原油に汚染された砂を拡散させる可能性があり、海流が変化して湿地に打撃が及ぶことも考えられる、とした。ホワイトハウスの当局者も、この案に懐疑的だった。

 承認の遅延に苛立ったルイジアナ州のジンダル知事は、陸軍州兵を派遣し、バリアアイランドと呼ばれるメキシコ湾に突き出た島々の間を砂で埋めた。

 EPAのジャクソン長官は、もう1つの脅威を憂慮していた。原油を分解する溶剤の使用だ。連邦政府の当局者によると、BPはこれまでに前代未聞の130万ガロンの溶剤を投入している。

 EPAによると、分散剤の1つ、Corexit 9500は小エビや魚にとって有毒であることが試験で確認されている。しかし、大量の入手が可能なため、BPはこの溶剤を使用している。

 5月10日、ジャクソン長官はルイジアナ州立大学(LSU)の科学者約25人と会い、原油流出について協議した。LSUのロバート・カーニー教授は、科学者の大半は、更なる調査を行わずして、BPに流出油井に直接、溶剤を噴射するのを許容すべきでないと長官に進言した、と述べた。カーニー教授によると、ジャクソン長官は、EPAが溶剤使用の承認を求める「BPによる強い圧力下にある」と述べた。

 これより5日後、EPAはBPに対し、油井への溶剤のスプレー噴射を認める方針を示した。

 5月中旬、原油の大きな塊が海岸に打ち上げられ始めた。

 科学者と環境団体から圧力を受けたEPAは突如、Corexit使用に否定的な姿勢に転じた。5月20日、EPAは同日夜までに有毒性の低い代替溶剤を見つけるようBPに伝えた。ジャクソン長官は「可能性のある、あらゆる選択肢を試すことが重要であると認識した」と述べた。

 これに対し、BPは書簡で、他の分散剤メーカーは10~14日で大量の供給はできない、と表明。BPはCorexit使用を継続する意向を示し、「他の分散剤よりも長期の影響は少ないようだ」とした。

 テレボンパリッシュでは、BPの請負業者が未だ、オイルフェンスを設置できずにいて、沿岸警備隊の当局者を怒らせていた。テレボンパリッシュの住民は当局者の「怒りが見てとれた」と述べた。フェンスの設置は21日にようやく始まった。

 5月24日、EPAのジャクソン長官は、BPがCorexitを使用するのを阻止しない、と発表。代替品がないことを理由に挙げた。長官は、BPとEPAがより望ましいアプローチを探す間、BPはCorexitの使用量を「著しく」削減する必要がある、と述べた。

 一方、ルイジアナ州のジンダル知事は忍耐力を失いつつあった。5月24日に被災地域を訪れたナポリターノ国土安全保障長官は、同州の防波島建設計画に冷や水を浴びせ、防波島と同程度に効力を持つ一方、環境リスクのない計画を模索している、と述べた。

 ナポリターノ長官の隣にいた知事は憤りを隠さず、「海岸を守る戦いに勝つためには、行動を起こす必要がある」と述べた。

 5月27日、政府は防波島建設計画に関して方向を転換。陸軍工兵部隊は、ルイジアナ州が提案した130マイルの防波島のうち、約40マイルを建設することを承認した。ただ、アレン司令官がBPに対し、この40マイルの防波島建設費のごく一部の支払いのみを求めたことが事態を複雑にした。

 翌日にルイジアナ州を訪れたオバマ大統領は、アレン司令官にさらなる防波島建設を検討するよう命じた。司令官が今月1日にニューオーリンズで招集した会議で、ジンダル知事はBPの支払い増やすよう要求。司令官は2日、政府がBPに40マイルの全費用を負担するよう求めることを明らかにした。防波島の建設は今月13日に始まった。

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