政府が、2009年の株式上場(予定)の際、東京地下鉄(東京メトロ)の株式を売却する方針であると報じられた。1000億円を超える収入が見込まれ、国の「民営化法人の株式売却による計8兆円の収入目標」の一部にするという。6日の日本経済新聞(朝刊)は【政府の関与がなくなることで、メトロはより収益性を重視した経営をするとみられ、累積損失の多い東京都営地下鉄の統合には慎重になりそうだ】と伝えた。
参照:
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政府、東京メトロの全株売却検討(FujiSankei Business i.)
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東京メトロ全株売却・政府が検討(NIKKEI NET)
「おいおい、ちょっと待ってよ。カンベンしてよ」と思うのは私だけだろうか。私は悪い意味でのナショナリストではないから「世界有数の経済大国の首都が、このような交通インフラでよいのか」とは言わない。しかし東京の地下鉄の不便さと難解さ、複数の事業者、設備の貧しさは、都市の公共インフラとしてちょっとひどすぎるのではないかと思う。寡聞にして私は、東京以上に公共交通の貧しい都市をしらない。
複雑で難解な東京の鉄道網
東京の地下鉄網は、基本的にはターナー式と言われる放射状の配置によっているため路線図が難解である。これはやむを得ない面もある。地下鉄は原則、道路の下に造る。東京は道路網が、基本は、江戸の東海道、中仙道、奥州街道/日光街道、甲州街道、川越街道、青梅街道、中原街道……といった道々を受け継ぎ、放射状となっているからだ。
しかし、路線図がわかりにくいのは、ターナー式配置のせいばかりではない。比較的、初期に計画・建設された、銀座線、丸の内線、日比谷線は、すくない路線数で最大限の効果を挙げるため、古くからの盛り場などを無理して縫ってまわる。歴史的には、この時点ですでに東京の地下鉄は路線図がわかりにくい。
くわえて、その後の交通量の爆発的な増大によって、東西線、千代田線、有楽町線、半蔵門線などという既成鉄道路線のバイパス的な路線を新設した。これで路線網としては、決定的にわかりにくくなってしまった。東京の地下鉄は、場当たり的な建設をしてきたという批判をされても過言ではない。場当たり的な建設をつづけてきたこともあり、東京の地下鉄は大阪市のそれと比べて設備は貧弱だし、路線の交錯が不必要に多いので新しい路線ほどやたらに深い。
Uの字型をした丸の内線と三田線、「へ」の字のような浅草線と東西線、新宿線、南北線、Lの字型の銀座線、千代田線、有楽町線、たとえようもない形に曲がりくねった日比谷線、半蔵門線、大江戸線……これに加えて東京では、歴史的な経緯からJRも曲がりくねって走るので、東京出身あるいは在住・在勤者でも電車の路線図が極端にわかりにくいものになってしまっている。
東京うまれの私は長じてから、仕事や旅行であちこちの都市を訪ねるようになった。これほど難解な公共交通網を東京の他にしらない。バス路線も含めて他の都市の方が、もっともっと「まとも」である。東京で外国人旅行客を見かけるたび「なんで日本の首都は、こんなに交通網が難解なのか」と思っているに違いないと思う。また、大阪の御堂筋線の立派な設備の方が、よほど「首都っぽい」ではないか。
日本橋駅で・右端の3人、迷わずに目的地に着けるかな?
ターナー式の難解な路線網でも、都電のうちは事業者が(ほぼ)1つだからまだよかった。東京の公共交通が現在、決定的にダメなのは、鉄道・新交通の都市内路線だけで、JR、東京メトロ、都営地下鉄、東京モノレール、新交通ゆりかもめ、臨海線と6事業体もあることだ(日暮里・舎人線は東京都営になる予定という)。都市内公共交通は、単一事業体が原則で、いくつも事業体(経営体)があって公共交通と言えるのだろうか。長年、この問題を放置し、むしろ悪化させてきた国や東京都の責任は重い。
官益や民益のみを優先して、都市内の公共交通にいくつもの事業者の参入を許してしまった結果、東京では、地点間の最短到達時分で鉄道を利用しようとすれば、JR・東京メトロ、東京メトロ・都営地下鉄などという組み合わせで、2以上の事業者の利用を強いられるケースが決して少なくは無い。
たとえば、埼京線と東京モノレールを利用して羽田空港に行こうとすれば、乗客はJR・臨海線・東京モノレールと3事業者の利用を強いられる(乗り換え回数を抑えた場合)。だが、ある居酒屋で飲んでいて、8〜9時は「A社」9〜10時は「B社」10〜11時は「C社」の事業で、「それぞれ料金は別々で〜す」だったら、お客は怒るだろう。しかし東京の公共交通では、利用者も問題点に気づかないまま平然と「一つの居酒屋で、3社サービス提供」のようなことをやっている。
キャバクラには申し訳ないけれど、キャバクラだって誠意があり、お姉さんがチェンジする時はお客さんに一言断る(お姉さんが交代するたび、料金は高くなるようだ。だから一応「断わる」らしい)。東京の鉄道は乗客にとって「キャバクラ以下のボッタクリ」なのだ(なお私は、残念ながらホストクラブに行ったこと・勤めたことは無い)。ちなみにキャバクラやホストクラブなら「行かなければいい」が、移動の自由は天与の基本的人権の1つなのだ。乗客は必要な移動をし、手段にはあまり選択肢が無い。あるいは、郵便または宅配便が、近距離のA地点からB地点まで運ばれるとき、2つも3つも事業者があったら利用者はどう思うだろう? 水商売や、郵便または宅配便では許されないことが、東京の「公共交通」である筈の鉄道では、白昼堂々と平然と行われているのだ。
「ボッタクリとはあんまりだ」と関係者は思うかもしれない。しかし、東京への過度な一極集中、都電(路面電車)の廃止、行き過ぎたモータリゼーションによる道路の渋滞、バス運行の不足(※)、などという様々な失政の積み重ねの上にアグラをかいて、東京地下鉄(東京メトロ)は大量の乗客と莫大な収益を保証され、今や安くはないであろう民放コマーシャルまで大々的に行なっている。東京の地下鉄は公共交通である以上、乗客の選択肢はごく限られ、いい意味での市場競争も成り立っていない特殊な世界である。アダム=スミスも、マルクスも、ケインズも「想定していなかった」事態なのだ(※ たとえば福岡市は、公営地下鉄もあり、地上には西鉄バスの充実した路線網もある。乗客は選択肢に恵まれ、利便性は高い)。
そもそも東京は鉄道網が難解なので、A地点からB地点まで、どの線とどの線を使ったら一番はやいのか、あるいは安いのか、パソコンか携帯電話で調べないとよくわからない。「パソコンや携帯電話は便利だな」などと騙されてはいけない。こんなややこしい鉄道網を乗客に強いるのは、運輸省→国土交通省、営団地下鉄→東京メトロ、そして東京都政の長年にわたる「負の遺産」なのだ。おもに政治の責任である。選挙の大きな争点にしなかった候補や政党が悪い。地下鉄に乗るたびに料金表の前で、「どこを、どうまわっていけばいいのかしら」と迷う、あわれな乗客達よ、悪いのはアナタではなく、永田町と霞ヶ関、そして都庁と東京メトロなのだ。
現状では、最短到達時分を知らされないまま、東京メトロの路線のみを遠回りさせられている利用者も少なくないだろう。
半蔵門駅の料金表・都営線接続料金:駅によっては「空欄」
上の写真を見て欲しい。半蔵門線・半蔵門駅の運賃表である。都営線連絡乗車券の料金表だ。六本木など、駅によっては空欄になっている。こんな料金表って「アリ」だろうか? 東京メトロは、このような料金表によって、都営地下鉄の駅に東京メトロ線もある場合、暗に東京メトロ線の利用をすすめて、都営地下鉄への乗換えを阻止しているのだ。
たとえば、半蔵門線の各駅から六本木に行こうとすれば、青山一丁目で大江戸線に乗り換えるのが便利だ。ちなみに青山一丁目乗り換えも、延々と歩かされたりはせず、東京の地下鉄路線の乗換えとしては便利な部類に入る。だが東京メトロの料金表は「六本木には日比谷線も通っていますから、そちらに乗ってください」と言わんばかりだ。ところが、半蔵門線は日比谷線との乗換駅が無い。だから、半蔵門線 → 何らかの別路線 → 日比谷線は、「安いけど、不便・時間もかかる」のだ。吉野屋の牛丼だって、食料自給と言う点では大問題だが「早い・うまい・安い」というのに、東京の地下鉄では「早い・便利」なルート、半蔵門線→青山一丁目乗り換え→六本木ルートの運賃が高い。公共交通の原則に反して、東京の地下鉄に二つの事業体が存在するからだ。一元化すれば安くなるのに、何だかんだと理由をつけて、そんな簡単なこともできないのが、日本と言う国(あるいは社会)の摩訶不思議である。
鉄道事業はその公共性に鑑みて、固定資産税などの減免措置もある。財務省はこのような「せこい」料金表を掲げる東京メトロを、それでも公益的な事業の担い手と考えているのか。重箱の隅をつついているようだが、東京メトロは営団地下鉄の時代から、一事が万事、こんな調子で「せこい」のだ。
現状のような惨状でも「東京メトロは公共交通だ」というなら、国は株式売却の際「東京メトロは、都営地下鉄の路線を買収すること」などを前提にすべきだと思う。あるいは国が売却予定の株式を東京都が買って、東京都が東京メトロを吸収してもよい。要は一元化が重要なのであって、6事業体もある状態では、東京の鉄道は公共交通とは言えない。官益や民益のみを優先し、首都の鉄道に6つもの事業体の参入を許し公益を犠牲にしたところが、いやはや何とも、残念ながら「日本」らしい。
石原慎太郎さん、残念ながら私はあなたが好きになれません。しかし、選挙で都知事に選ばれたのはあなたです。東京オリンピックなんて、庶民にはどうでもよいのです。鈴木都政の負の遺産、臨海副都心にオリンピック村をつくり、空き地を埋めようとするのは「官益」にしかすぎません。それより東京メトロなどを買収し、鉄道を一元化し「公益」を実現してください。
あるいは国でよいのです。東京メトロの株式を売ろうとするなら、その前に東京メトロに、都営地下鉄を吸収させてください。臨海線や「ゆりかもめ」、東京モノレールを吸収すれば、なおよいのです。鉄道が一元化されれば、きっと緒線の赤字も解消されるでしょう。公共交通である筈の鉄道が、白昼堂々と、乗客に「それ」と気づかれないまま、首都・東京でボッタクリまがいの行為をしているのは如何なものかと、すくなくとも私は思うのです。
最後に。小泉元首相、あなたは郵政民営化より、首都の公共交通の経営一元化に「命を賭ける」べきでした。あ、電車には乗らないか。「電車に乗らない人」が総理大臣でいいのかどうか、僕らはもう、真剣に考えるべき時なのかもしれません。え? 警備の負担が増える? それを押してでも、永田町や霞ヶ関のお偉いサン、テレビで威張っている(いた)みのもんたさん他ニュースキャスターらには、せめて電車くらい乗ってもらって、庶民感覚を肌で実感してもらわないとね、この国には「えせ庶民感覚」ばかりがはびこって、ちっとも社会がよくならないような気がするなあ……。
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