天満天神繁昌亭(大阪市)の支配人、恩田雅和さん(60)の古里、新潟で北前船の痕跡をたどる旅。赤い鳥居の金刀比羅(ことひら)神社へとやって来た。こんぴらさんは香川県琴平町に総本宮がある海の神様。瀬戸内海を通っていた北前船ゆかりの神社だ。
新潟市内にはいくつか金刀比羅神社があるが、ここには北前船の模型が奉納されている。江戸末期から明治中期にかけて、新潟の船主や船頭さんたちが航海の安全を祈って、自分たちの船の模型を作って納めた。
神社の前はこんぴら通りという。恩田さんは「昔は映画館があって、にぎわってたんですよ」と述懐する。今はシャッター街となり、往時のにぎわいは見る影もない。
港に縁がある神社をもう一つ。湊稲荷神社にはいっぷう変わったこま犬「願懸け高麗犬(こまいぬ)」が鎮座する。なんと、こま犬をグッと押したら台座の上で回転するのだ。回すと願い事がかなうと人気だそうだ。
「今のこま犬は95年に造った3代目です。初代は定かでないんですが、2代目は黒船が来た翌年の嘉永7(1854)年のものです。この辺は信濃川の下流ですから、下(しも)の新地といいまして」。神社の女性が説明してくれる。下の新地の遊女たちが、海が荒れて船が出なくなれば船乗りたちが遊びに来る、とこま犬を海のある西に向けたのが起こり。ゆえに「道楽稲荷」と呼ばれたそうだ。
それじゃ、港を見ましょう。信濃川の河口の新潟西港を一目見て、ものがたり観光行動学会の李有師さん(55)が「こんな港、初めて見たわ」。それもそのはず、川岸に漁船が連なって停泊している。つまり川岸が港なのだ。恩田さんが「新潟は入り江がないから」と説明してくれる。ここが北前船で栄えた港で、佐渡汽船も81年まで、全長100メートルのフェリーが接岸していた。
網の手入れをしていた漁師さんに「今、何が捕れるんですか?」と尋ねると、「クチボソ」との返事。カレイの一種らしい。
港の近くに旧新潟税関の庁舎が残る。明治元年の1868年に外国に向けて開港、税関の前身の運上所(うんじょうしょ)が翌年、建てられた。「神戸や函館など開港5港で唯一、現存する税関の建物です」と新潟市歴史博物館の小林隆幸学芸員。
「大工さんが洋風建築をまねて建てた擬洋風建築で、日本最古です。新潟は貿易が振るわなかったので、建て替えられずに昭和41年まで約100年、税関として使われていました」と付け加えた。赤い瓦にべんがらの扉。気分は文明開化だ。
特別に船の出入りを監視していた塔屋に上がらせてもらった。できたころは新潟市内で一番高かったらしいが、もはや信濃川も見通せない。そういえば、大阪にも新潟と同時期に運上所ができたが、跡形もない。「新潟も水都なんですよ。大阪には負けますが」と小林さんは言うが、水都の面影は新潟により濃く残っていた。<文と写真、松井宏員>
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金刀比羅神社は新潟市中央区西厩島町2338の1。船の模型見学は要予約。大人100円。電話025・223・3573▽湊稲荷神社は中央区稲荷町3482。電話025・222・6549▽旧新潟税関は中央区柳島町2の10。電話025・225・6111。無料。
毎日新聞 2010年6月7日 大阪夕刊