~2001年5月2日 アラスカ国連軍・第11番格納庫~
【Sideクラウス】
「終わったぁ~……」
俺はF-15・ACTVに整備班と担架車が来たのを確認してからハンガーへと機体を戻す。
誘導員の指示通り主脚歩行で何時ものハンガーへと機体を移動、各部関節ロック、主機関停止、外部電源への切り替え、機体の各部状況一つ一つをチェックしたので後は整備班の仕事になる。
顔見知りの整備兵達がタオルを準備してくれていたのでそのままシャワーでも浴びるとしよう。
「あ……報告書には何て書こう…」
まさか、
『イーダル1とアルゴス3が殺し合いを始めたので武力介入しました!』
なんて……書ける訳が無い、絶対に無い。
「んまぁ……成せばなる、か?」
そんな事を考えつつハンガーの付近に設置されている屋外シャワーでザッと汗を流し、UNブルーのBDUを着込む。
これで取り合えずは人心地が着いたものだ。
「ん~……!―――お~い!そこのジープ、止まってくれ!」
自分の上官への報告の為に基地司令部ビルへと向かおうと考えていた俺の横を一台のジープが通り抜ける。
その車内にタリサの姿を見つけた俺は慌てて手を上げ、車を止める。運転手の軍曹に目的地を確認、運良く行き先は俺と同じみたいだ。
「よう、お邪魔するぜ?」
「クラウスか、さっきは助かったよ」
「墜落したら整備で済む物が換装になるからな、無駄な金を浪費したくなかっただけだよ」
タリサの座る三列目へと腰を落とし、軽い会話のジャブを交わす。そんな恒例行事を済ませた後にしっかりと腰を据える。
そんな時に二列目のフライトバッチ付の少尉が横目に見た空色(正確にはシアン)のホーネットを見て呟いた。
「あれは……あの時のホーネット?」
「あの時?………もしかして、お前らが輸送機の中身か?」
「ああ、俺はユウヤ・ブリッジスだ。……アンタがあのホーネットの衛士か?」
「ヴィンセント・ローウェル軍曹であります、少尉」
「そうだ、クラウス・バーラット少尉だ。軍曹、もっと砕けた口調で良いぞ」
「あ、ホントっすか?んじゃ遠慮なく」
俺は盗ってきたホットドック (恐らくは整備兵の昼飯) の半分をタリサに渡し、残り半分に齧り付きながら前方の少尉と軍曹のコンビに聞く。
あの色に塗ったのはつい最近だし、“あの時”なんて事態はさっきのニアミスくらいだ。
しっかし……ユウヤが○野ボイスでヴィンセントが杉○ボイスか……豪華だなおい。
「クラウス、そいつらってネバダのグルームレイクって所の田舎もんの州兵だってさ」
「な、テメェ!」
タリサが不敵な笑みを浮かべて……と、言うよりは馬鹿にした様な笑みで俺に告げる。
だが………
「タリサ、鼻先にケチャップとレリッシュが付いてるぞ」
「んなっ!?」
―――威圧感0であった。
むしろ、袖で慌てて鼻を擦る様は幼く見え、とても可愛らしかった………って、グルームレイク!?
「おいおい、まさかまさかのエリア51か?世界最高峰の先進兵器開発研究施設じゃねーか」
「そうっ!しかもそこでユウヤは戦技研部隊でも1,2を争う腕前だったんですよ!」
「って事はラプターにも乗った事はあるだろ?ブリッジス」
「……ああ」
自慢気に語るヴィンセントに外を見たまま答えるユウヤ、対照的な二人だが良いコンビなんだろう。
…………取り合えず、一回だけ釘を刺しておくが。
「ローウェル≪ヴィンセントで良いですよ≫……なら、ヴィンセントもブリッジスも良いか?此処じゃエリートなんて肩書きは役に立たないぞ」
「………は?」
見事に呆けた顔になったヴィンセントの顔を見て噴出しそうになったが耐える。
そんな俺の言葉にユウヤも気になったのか耳だけは此方に向けている様だ。
「例えばな、ヴィンセント。『俺はボクシングの世界チャンプだ』っていうのと『自身が見ている目の前で世界チャンプになった』の違いは何だ?」
「えっと……第三者からの情報と自身の五感で得た情報の差…ですか?」
「その通り、お前も口先だけで『俺は強い!』なんて言われるより実力を目の前で証明した方が早いと思わないか?」
その言葉にヴィンセントは納得したかの様に頷く。
良くも悪くも開発衛士……テストパイロットにはエースと呼ばれる者達しか居ない、つまりだ。
「戦って、自分の力を証明しろ……か?」
「EXACTLY(その通りで御座います)………お得意だろ?対戦術機戦は」
ユウヤの呟きに返答し、大方納得したのかヴィンセントも黙り込む。それを見たタリサは嬉しそうに胸を張り、自慢げに言った。
「そうそう、そん位に畏まってるのが一番さ!」
「あ、お前もさっき負けたから人の事言えないぞ?」
「なっ――――!」
予想外の裏切りにあったかの様な顔で此方を見るタリサ。
だが、俺の理論だとタリサも大きい顔して言えないのが現実である。
「……そういやクラウスさんよ、ここってユーコン陸軍基地なのに何で海軍のアンタが居るんだ?」
会話が途切れた車内で再度ヴィンセントが話を振る。まぁ、確かに此処は陸軍基地だから海軍は存在しない筈である。
「ああ、俺は出向組みなんだ。癖で海軍とかって言ってるだけだよ」
「ほぇ~……あ!そういや、あのホーネットの改修計画って気になるんですけど聞いても良いですか!?」
「やっぱ根っからの整備兵って訳か……良いぞ?輸出も進んでる機体だ、ラプターみたいに機密たっぷりじゃ無いしな」
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▽
さてさて、此処で俺が属する国連海軍主導の海軍機改修計画についてご紹介でもするとしよう。
昨今の戦術機開発に置いて、各国は第三世代機を続々と開発を進めているのはご承知の通りだろう。
だが、現在国連軍では第三世代機という機体はほぼ配備されていない。国連軍保有機を10の割合で表したのなら第一世代機が6、第二世代機が3、第三世代機が1の割合だろう。
つまり、突き抜けて高性能な戦術機を国連は保有していないのである。
そこで企画された大掛かりな現存する戦術機の改修計画である。
だが、当然の様に問題も発生した。
国連陸軍で主に使用さているF-15は第二世代機最強と謳われており、既に完成され、安定した戦闘力である。
さらに、主に軌道降下兵団で運用されているF-15Eもハイヴ戦仕様に改修され、弄り様が無い。
かと言ってF-4等の第一世代機を一々改修するのならF-15を生産した方が結果的に言えば早いし、性能も高い。
しかも、第一世代機(特にF-4)は既に様々な国が改修を施し、運用している為に統一する為の収拾が着かないのである……それで良いのか?
………話がズレたので戻すとしよう。そこで焦点は海軍機へと移った。
陸軍等の上陸地点確保の為に運用されている海軍機。その主な機体となったF-18(ホーネット)の大まかな改修は………結果的に、アメリカのF-18E/F(スーパーホーネット)の登場で終わりに近づいた。
ぶっちゃけ、弄る部分がアメリカさんに先に改修されたのである。
―――――とまぁ、様々なトラブル(主に先に改修された、弄り様が無い)を乗り越えた中、現場でF-18E/Fを運用する衛士から多かった意見は『近接戦での格闘能力の弱さ』である。
海軍機は上陸地点の確保を目的とする為に高火力な事が多いが今回の意見が多かったのはヨーロッパ方面……つまりは、BETAの支配域への電撃作戦が多い地域である。
圧倒的な物量を誇るBETAとの乱戦を経験する事が多い欧州方面では近接戦にも力を入れている。
そんな中で欧州国連海軍によって近接格闘戦闘能力の強化を求める計画が上層部の決議に上げられ、晴れて可決である。
要求は3つ。
・BETAとの近接格闘・混戦を想定した改修。
・生産性の現状ラインを維持
・出来る限りの高性能化
以上である。
△
▼
「―――そんな感じで、今は近接格闘能力の強化計画が進められてる。F-35も色々とあって開発が遅れてるからな、暫らくは海軍機の主力を張ると思うぜ?」
「……BETAとの格闘戦なんて、正気じゃ無いな」
ヴィンセントが興味深そうに聞いていた(米軍の格闘戦の概念は至近距離から弾をブチ込む、である)中、ユウヤが吐き捨てる様に言う。
だが、これが中々に馬鹿に出来ないんだがね。
「ま、射撃がお家芸なのが米軍だしな……そう思うのが普通…か?」
「―――気になったんだが良いか?そんな近接格闘戦を考慮した開発計画に何でアメリカ人のお前が?」
「あー……」
ヴィンセントの質問に俺は頭を掻き、口篭る。
えーと、えーと…………
「ああ、酒場で聞いたんだけどな、コイツって新米の米軍少尉だった頃にとある佐官を殴って国連軍へ移されたんだってさ!」
「あ、テメェ!?」
「国連軍でもダイバーズの次に死亡率が高い海軍でブレードとかナイフだけで戦う機会が多かったって、酔いながら言ってなー…実際に、強いし」
「―――アンタ、顔に似合わず過激だなぁ……」
「……うっせー」
「あ、スネた」
あ、佐官を殴った理由がほられそうになったなんてナイヨ?ぜったいに、ナイカラネ?
「―――着いたぞ」
俺のトラウマスイッチが押された中、目的地へと到着をした為に車が止まる。
見れば、タリサが無い胸を張ってユウヤに啖呵を切っている様だが………彼女の後ろから接近する1名によってそれはお開きとなった様だ。
「――――――最前線へようこそ」
そんな、俺がこの基地に着任した際にも別の上官に言われた言葉が耳に届く。
俺はその言葉を告げられた二人の横を抜き去り、ノンビリと歩き出す。
――――――あの言葉が、この『物語』の本当の始まりであったのは……俺には知るよしも無かった。