記事入力 : 2010/06/18 11:45:07
【コラム】鄭大世の涙(上)
彼は夢に描いた清津港に到着した。先に祖国に戻っていた友人の舞踊家、崔承喜(チェ・スンヒ)に涙で迎えられた。しばらくして、北朝鮮の最高人民会議祝賀公演で金日成(キム・イルソン)の熱烈な歓迎を受けた。北京公演で歓迎してくれたのは周恩来だった。しかし、彼の消息は7年後に「祖国」から消えた。
金永吉の華やかな帰国は、多くの青年在日同胞に影響を与えた。東北大の大学院に在学していた韓国籍の秀才、チョ・ホピョンもそうだった。彼は金永吉の帰国から2年後、日本人の妻と共に北送船に乗った。父が包丁を手に止めようとしたが無駄だった。チョ・ホピョンの消息も5年後に途絶えた。彼の消息が判明したのは28年後だった。国際人権団体の照会に対し、北朝鮮が異例の回答を寄せたのだ。彼はスパイ容疑で強制収容所に入り、家族と共に脱走を企てて銃殺されたという。日本人の妻、幼い子供3人がチョ・ホピョンの「祖国」でそうやって死んでいった。
女性声楽家、田月仙(チョン・ウォルソン)の両親は、息子4人を北朝鮮に送った。慶尚南道出身だったが、北朝鮮を祖国に選んだ。兄弟らの消息が途絶えたのは10年後だった。その後の10年は生死すら確認できなかった。母は朝鮮総連に願い出て、北朝鮮を訪れた。そこにはやせ細った兄弟3人が待っていた。兄弟らは母に対し、「スパイの汚名を着せられ、9年間収容所に入っていたが釈放された」と体を震わせながらささやいた。次男は拷問に耐えかね、収容所で死亡し、遺骨すら見つからなかったという。
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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