バブル期に地方の公立高校、都内の私立大学を卒業し、サラリーマンを経て、起業し40過ぎてのち、政治学を学べる通信制の大学(選択肢はなかった)ということで慶應義塾大学の通信法学部乙類(政治学科)に入学した。
通信は慶應に限らず、ほぼ全入であり、普通に高校卒業(実業高校でも)していて
かつ、それなりの小論文が書けるか、書いてくれる人がいれば入学できてしまう。
毎年4月入学と10月入学の2回募集があり、それぞれ「さくら組」、「もみじ組」と呼ばれる。
つまり、試験はなく、学生(塾生)も多種多様で、10代~70代まで、老若男女が大学生となれてしまう。毎年1000人程度入学してくるが、概して、少々変わった人物が多い気がする。また、驚いたことに、30代の独身の男女が多い。社会に出て学歴に苦しんだ人や出会いを求めている人までいる。学力は、東大を出てから来る人もいれば、英検3級以下の人もいるため内部の偏差値は50程度といったところか。
一方で、社会に適合できない人や偏った主義主張を正義感を持って振りかざしたりする人も少なくない。人としての礼儀や道徳心といったの基本的な部分が欠如している人が多いのは残念でならない。病んでる人たちの駆け込み寺と表現した人がいるが、通信学生が大学生として社会的に認知されない一端を感じてしまう。
ともあれ、その学習の中身は、意外にハードで3カ月に1回の科目試験に向けて、レポートを書きあげて試験とレポートがともに合格しないと単位の認定はない。また、夏休みや夜間でスクーリングといって、実際の大学の講義を受けなければいけない。地方の社会人学生にとっては、厳しいハードルであり、都内および通学圏内の学生はかなり有利であるともいえる。
卒業までの単位は、116単位と8単位の卒業論文の124単位が必要。
しかも、教授陣は通学制と同様の優秀な先生方であり、気を抜いて単位が得られるようなものではない。在籍可能期間は原則12年(最大15年)と長いが、卒業率は、法学部と経済学部が5%、文学部が8%、さらに卒業者の平均在籍期間は10年を超えている。通信の卒業生の学力は通学生の平均をしのぐという教授もいるようだ。(個人的には、それはないと思うが・・・)
実際に入学した人の半数近くは、初年度で消えるといわれる。2年目の学費を納めても年半ばで壁を越えられない人も多いようだ。勉強は置いておいて、学生というポジションに価値を見出す人が出てきてしまうかもしれない。大学側からすれば経営的には好都合の良いお客さんである。
慶早戦(慶應では早慶戦と呼ばない)の応援要員には最適でもある。
しかし、仮にも最古の私大を自負する大学には、今後、入学のハードルに関しては再考してほしいと願う。
ただし、卒業すれば、その学位記は通学制と同様のものであり、在学中は様々な差別(学費が安いので当然)こそあれ、それなりのラベルを手にすることになる。
ある意味、通信制は卒業して初めて慶應を名乗ることができるというのは納得できる話でもある。
私のような高齢者?では意味がないが、他大学を卒業した20代の方であれば、学士で入学し、短期で卒業して、履歴書に「慶應法学部卒」と書くことで、エリートと呼ばれるレールに乗ることは可能かもしれない。
過去の学歴によって、普通(高卒)、特別(短卒)、学士(大卒)に区分され、一定の単位は免除される。しかし、英語は全ての課程で必修科目である。大卒でも英語が必修なのは通信制では慶應だけのようだ。これが卒業率を下げている要因でもある。
私も決して優秀な方ではないが、老体に鞭打って現在まで、4回の試験及び昨年度のスクーリングを終え「47単位」を取得できた。目標の50単位は若干及ばず残念ではあるが、認定単位と合わせて87単位となっている。
また、卒業論文は5月に1回目の指導を終え、最短で終われば残り2回(1年)で完成の予定である。
現在のところ、まだ最短卒業(1%以下)の可能性を残している。
もちろん、自己の体調、仕事や家庭の問題など環境の変化で卒業が半年単位で延びることもあり得る。与えられた環境の中で、優先順位を間違えずに努力をしていければそれが、それぞれの最短であると思う。
これから、少しずつ学習記録を残し、腐らず真面目に勉強して短期での卒業を目指す人たちの参考になればと考える。
尚、昭和の私はネット上での議論は好まない、それほど暇ではない。
リアルであればいつでも徹底的にお相手する覚悟はある。