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政治

高速道路無料化「経済効果7.8兆円」の幻想

      実体とは異なる概念上の数字におどらされてはいけない

上岡直見2009/09/08
 2009年9月6日『朝日新聞』朝刊に、高速無料化の経済効果 国交省、一転試算認めるとの記事が掲載された。これは、国交省の所属機関である国土技術政策総合研究所が、以前から高速料金値下げのシミュレーションを実施しており、3割引き、5割引きのほか、10割引き(無料)の試算も行っていたのに、無料のケースを隠していたとするものである。 

 交通論の観点からは、資料隠しなどは本質的な問題ではないので本記事では触れない。無料化ケースの結果であるが、高速道路側は渋滞増加などで2.1兆円のマイナスになる一方で、一般道側は4.8兆円のプラスとなり、差し引き2.7兆円の経済効果があるとしている。また利用者の料金負担の軽減分などを加味すると7.8兆円の経済効果があるとしている。

 注意しなければならないのは、こうした金額を「経済効果」と受け止めてよいのかという点である。記事にもあるとおり、1)走行時間の短縮、2)走行経費の減少、3)交通事故の減少を金額に換算したものである。これは通称「3便益」と言われており、今回の無料化にして新たに起きた議論ではなく、すでに道路事業の評価方法としてマニュアルにまとめられているものである。(*1)
(*1)国交省 費用便益分析マニュアル PDF

 シミュレーションの考え方については、筆者の記事、上岡直見「高速道路無料化論の錯覚」で紹介している。この記事では、1本の高速道路と、並行する1本の一般道路について簡単な例を示したものであるが、これを全国の道路ネットワークに拡大して計算したと理解すればよい。

 前述の「3便益」のうち、走行時間の短縮便益が大部分を占める。これは、ある地点から別の地点への走行について、1台の車について、10分とか15分といった単位で時間の短縮がある。また直接並行していなくても、付近の道路にも影響が波及してゆく。こうした時間を、一定の比率(時間あたり賃金など)で換算して、全国で集計した数字が2.7兆円となるわけである。

 ここで理解できるとおり、この金額を「経済効果」と呼ぶのは正しくない。なぜなら2.7兆円という金額はあくまで概念上の数字にすぎず、その金額によって新たなビジネスができるとか、雇用が発生するという効果は全くないからである。また各個人にとっても、10分とか15分といった細切れの時間を集めて一日にして、それで別の仕事をするといったことは不可能だから、個人にお金が還元されることもない。

 また利用者の料金負担の軽減分などを加味すると7.8兆円というが、これも「経済効果」ではない。利用者が支払わなければ税金で補填することになり、負担が移転するだけである。要するに「経済効果」というが、その実体はないに等しい。

 筆者(上岡)は、道路にかぎらず公共事業の評価について説明するときに「税金の確定申告のようなもの」とたとえを示している。確定申告の書式は決まっており、計算方法そのものは誰がやっても変わらない。しかし、所得・必用経費・控除に何を計上するかによって、税額は全く変わってくる。ときには納付と還付が逆転することさえある。公共事業の評価では納税者のほうが「税務署」である。だまされてはならない。

 「海外の高速道路は無料」と主張する人がいるが、この認識は全く誤りである。料金所でお金を集めないという違いだけである。専門用語では「シャドートール」という用語がある。これは「隠れた料金所、概念上の料金所」といった意味である。料金所が設けられていない道路でも、計算上・会計上その費用を税金で精算するという意味であり、要するに日本でいう一般道路と同じである。

 料金所が渋滞の原因になっている等との主張もみられるが、全く枝葉末節の議論にすぎない。海外では通常の走行速度のまま無線で料金の収受を行っている実例がある。ETCにしながらゲートで徐行するという日本のレベルが低いだけである。

 高速道路無料化の支持者は、あたかも無料化するとその分だけ天からお金が降ってくるような議論をしているが、冷静に考えれば誤りに気づくはずである。
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