「アメリカ」と聞くと最近は、普天間基地や日米同盟の行方など深刻な問題を連想することが多いが、久しぶりに「これぞアメリカ!」と感服するようなニュースを目にした。鳥の群れとの衝突でエンジントラブルを起こした飛行機が川に不時着して全員が助かった“ハドソン川の奇跡”から1年、その時の乗員や乗客が同窓会を開いたというのだ。
しかも、その場所がなんと不時着の現場。フェリーに乗った200人ほどの参加者は、不時着した時刻に「乾杯!」と祝杯をあげたのだという。もちろん、英雄とまで言われたサレンバーガー機長も参加した。
いくら命が助かったといっても、一時は誰もが死を覚悟。機長をはじめとして、その後心の傷による後遺症に悩まされた人も多かった、と聞いても誰もが当然と思うだろう。
それが1年後には不時着現場にまで出かけられる、というのだから、彼らの回復力には驚かざるをえない。しかも、祝杯をあげたカクテルには、鳥にちなんで「灰色のガチョウ」なる名前のものを選んだそうだ。考えようによってはブラックジョークにもなりかねないが、そこはユーモアと見なすことにしたのだろう。
アメリカ映画を見ていると、登場人物たちは危機一髪の場面でもよくジョークを口にする。救急外来を舞台としたドラマ「ER」でも医者や看護師があまりにもジョークを言うが、「日本なら、“重症者を前に不謹慎な!”と非難されるだろうなあ」と文化の違いをしみじみ感じてしまう。
もちろん、ユーモアやジョークがどんな時でも厳粛さや節度よりすばらしい、などと言いたいわけではない。しかし、暗い気持ちになりがちな時こそ笑い飛ばしてみることも大切。そこでふと力が抜けて、「まあ、ボチボチやってみようか」と次の一歩につながる場合もあるはずだ。
私は深刻な雰囲気が苦手で、診察室でもおかしいときは笑う。重いうつ病の患者さんが、「実はちょっと面白いことがあって」と日常の中で起きたおかしみのあるエピソードを語ってくれる時など、とくに大声で笑ってしまう。それは決して相手を軽く見ているわけではなくて、たいへんな中でも“ユーモアの目”を持って面白いできごとを発見し、話してくれるその人を、私なりにリスペクトしているつもりなのだ。
「あなたの話、面白いよ!」と相手を尊重しながら、お互い大笑い。アメリカに学ばなくても、わが国にも「笑う門には福来る」ということわざがあったのを思い出した。
毎日新聞 2010年1月19日 地方版