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[19240] 白光焔舞曲 奏(TOA)
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/02 08:57
 
(まえがき)
 
 本作品は『テイルズ オブ ジ アビス』の再構成もので、同掲示板内にある『白光焔舞曲 序』の続編という形になります。先にそちらの方を読まないと、まるで話が繋がらないと思います。
 以前から読んでいて下さる方、またよろしくお願いします。初めてこの作品を見る方、『序』から読んで下さると嬉しいです。
 
 
 
 
 美しい水の流れる帝都、色とりどりの花や装飾が栄える純白の教会から、同色の衣装に身を包んだ花嫁と花婿が進み出てくる。
 
 以前は結い上げていた白金の髪を背中に伸ばす花嫁は、見る者全てに安らぎを与えるような幸福を、その笑顔に宿していた。
 
「………はぁ」
 
 その結婚式を祝う者として人々の列の僅か後ろに並んでいた、キムラスカの赤い軍服を身に纏った栗色の長い髪と海のような蒼い瞳を持つ少女……ティア・グランツは、その姿に憧れるように熱の籠もった溜め息をつく。
 
 その隣で………
 
「ふぁ………」
 
 着慣れない正装に身を包み、退屈という風情を隠そうともしない少年が、露骨に欠伸した。
 
「………レイル」
 
 ティアはそんな少年に、わざと低くした声で呼び掛ける。少年は……無反応。
 
「レイル」
 
 もう一度呼び掛ける。少年は無反応……どころか、眠そうにごしごしと目を擦った。
 
 腹に据えかねたティアは、彼の“古い名前”でもう一度だけ呼んでみる。
 
「………ルーク」
 
「ん?」
 
 ようやく反応が返って来た。今度こそ冷めきった視線が少年を射抜く。
 
「欠伸なんてしないで。恥ずかしいでしょ、“レイル”」
 
「………だって、なげーんだもん」
 
 注意された事そのものと、少し強調して呼ばれた名前に、レイルは決まり悪そうに後頭を掻く。自分から言い出した事なのに、なかなか慣れない。
 
「もう……あの二人の関係を一番応援していたのはあなたじゃない」
 
 そう、事実レイルはこの結婚の事を知った時には手放しで二人を祝っていたし、式の最初の方は真剣に見ていたのだ。
 
 しかし厳かで形式張った進行や、会った事もない知人の言葉などを繰り返し見ている内に、完全に飽きが回ってしまっている。
 
「……………」
 
 そんなレイルと不毛な会話を続けては雰囲気が台無しとばかりに、ティアは再び花嫁に憧れの眼差しを向ける。
 
 今度はレイルが、そんなティアの様子が気になった。何とも珍しい態度に見えたからだ。
 
「……お前でもこういうの興味あったりすんの? 何つーか、意外だな」
 
「えっ!?」
 
 意表を突かれて、ティアが軽く飛び跳ねた。隠し持っていたぬいぐるみが見つかった時の反応に近い。
 
「ち、違っ……将軍にはお世話になったから、純粋にお祝いしたくて来ただけでっ……別にこういう事に興味あるわけじゃ……っ!」
 
 普段から毅然と振る舞っているティアだが、それは騎士として己を律した結果に過ぎない。かわいい物に興味もあれば、幸せそうに笑う花嫁に憧れもするのだ。
 
「(何で隠そうとすんだろ……?)」
 
 わかりやすく狼狽するティアに、レイルは無神経に首を傾げる。自分だって、『誰かと結婚したいのか』と訊かれればパニックになるくせに、だ。
 
『―――――!!』
 
 式の最中にしては騒がしいはずの二人のやり取りは、しかし周囲に気にもされない。むしろ、より以上の騒がしさを以て、円形の階段の下に居並ぶ女性たちが色めき立つ。
 
 ブーケを手にした花嫁が、背中を向けたからだ。
 
『………………』
 
 期待と気合いに震える女性たち。遂に花嫁の右手が振り上げられ、ブーケが中空に舞った。
 
「みゅーーー!!」
 
 同時に、水色の何かが舞った。それはブーケに頭から衝突し、フラフラと宙を縺れ合って………
 
「み゛ゅっ!?」
 
「「あ………」」
 
 水色はレイルの、そしてブーケはティアの腕の中に収まった。次なる花嫁を渇望する女性たち全ての意気込みを置き去りにして。
 
「みゅぅ……ご主人様、良かったですの。人間の男の子たちに追い回されて怖かったですの……」
 
「…おい……、宿でおとなしく待ってろって言ったよな。言ったよな、俺?」
 
 水色の何かは、チーグルの仔供・ミュウ。レイルを恩人と慕い舎弟を気取る、チーグル族の追放者である。
 
 が、今はそっちはどうでもいい。結果的に反則を使って手にしたようにしか見えない、ティアの手の中のブーケが一番の問題だった。
 
『………………』
 
 殺意にも似た視線が、レイルとティアに突き刺さる。夢見る女性たちの失望の前では、ティアが軍服を着ている事など何の意味もなさない。
 
「………逃げるぞ」
 
「………そうね」
 
 ブーケとミュウを抱えたまま、脱兎の如く駆け出すレイルとティア、騒ぎだす式場。そんな光景を……
 
「………………」
 
 花嫁……ジョゼット・フリングスは、目を丸くして見送る。
 
 人類の未来を懸けた死闘を経て、外郭大地を降下させて世界を本来の姿に戻すという歴史的な快挙から………二ヶ月の時が流れていた。
 
 
 
 
「お久しぶりです、ルーク様………いえ、レイルーク様」
 
 時間を置いてフリングスの屋敷を訪れたレイル達に、ジョゼットが恭しく頭を下げる。次いで、ティアに微笑んだ。
 
「ティアも、息災なようで何よりだ」
 
「すいません。生涯一度の大切な儀式で騒動を……」
 
「気にしないでください。あれくらいのトラブルなら余興の内ですよ」
 
 申し訳なさそうに頭を下げるティアに、アスランが人の良さそうな笑顔で返す。
 
「ったく、ブタザルのせいでひでー目に遇った」
 
「みゅう……ごめんなさいですの……」
 
 などとぼやくレイルとミュウも伴い、二人と一匹は客室に通される。
 
 少将という地位にあるだけあり、フリングスの屋敷は立派だった。もっとも、公爵子息として何不自由なく育ったレイルがそれに感慨を持つ事は無い。
 
 テーブルを挟んで向かい合うソファーに、レイルとティア、アスランとジョゼットがそれぞれ並んで座る。控えていたメイドが、テーブルに人数分の紅茶を並べた。
 
「お二人が式に来て下さるとは思いませんでした。書状を出す頃には、既にバチカルを発ったと聞いていたものですから」
 
 ジョゼット・セシル、アスラン・フリングス。この二人が伴侶として手を取り合うまでには、様々な障害があった。
 
「つーか、元々来る気じゃなかったよ。たまたまグランコクマに寄ったら、丁度結婚式だっただけで」
 
 ジョゼットはキムラスカの、アスランはマルクトの軍人。つまり元を正せば、戦争で互いに殺し合いをする間柄だったのだ。
 
「レイル! わざわざそんな言い方しなくてもいいでしょ」
 
「事実じゃん」
 
「ですの♪」
 
 そんな二人が互いに特別な感情を抱くには、少し特殊な経緯がある。外郭降下前に両国が起こした戦争の最中、ジョゼットがマルクトの捕虜として捕われてしまったのである。
 
「何にせよ、来てくれてとても嬉しい。レイル様やティアには、私たちの事でも、背中を押して頂きましたから」
 
「何かしたのはガイだろ。それも、別にお前らのためじゃないと思うぜ」
 
「それでも、ですよ」
 
 そして、捕虜である自分に誠意を持って接するアスランにジョゼットは惹かれ、捕虜となっても誇りと正義を失わないジョゼットにアスランは惹かれ、二人は瞬く間に恋に落ちた。
 
「ガイラルディアを変えたのは、あなたなのですから」
 
「……さあな。あいつ元々音機関マニアだし、キムラスカの方が肌に合ってたんじゃねーの?」
 
 敵国の軍人同士、という障害は、外郭降下と同時に両国が和平を結んだ事で解決した。しかし、ジョゼットには夢があった。それは……セシル家の再興。
 
「気にしないでください。照れ隠しですから」
 
「っ……おいティア!」
 
「はは……お二人は、仲が良いんですね」
 
「「良くない(です)!!」」
 
 ジョゼットの叔母、ユージェニー・セシルは、ホドとの和平の証としてマルクトのガルディオス伯爵家に嫁いだ。しかし、その真の役割は後に起こると預言に詠まれたホド戦争の際に、キムラスカ軍を手引きするスパイだった。
 
「その事を抜きにしても、お二人は世界を崩落から救った英雄ですから。いくら感謝しても足りませんよ」
 
「あまり煽てないでください。彼、すぐ調子に乗りますから」
 
「……お前、さっきから言う事キツいぞ」
 
 だが、ユージェニーはそれに応えなかった。夫を、家族を護るため、そして戦争という絶望的な預言を回避するために……。結果として戦争は止められず、ユージェニーはガルディオス家共々惨殺され、元々貴族だったセシル家は売国奴と蔑まれ、爵位を奪われたのだ。
 
 ジョゼットはその再興を夢見て、軍に入った。だから、誰かの花嫁になる事は出来ないと思っていた。その相手がマルクトの人間なら、なおのこと。
 
「将軍は……変わりましたね」
 
「もう、将軍ではないわ」
 
 ユージェニーを殺したファブレ公爵は、その負い目からか、ジョゼットを不自然なまでに取り立てた。それがまた不名誉な噂を広めたが、ジョゼットはその屈辱さえも呑み込んで出世を目指した。
 
「どんな侮辱や不名誉を受けようと、成し遂げたい願いがある。そう言った私が、こうしてマルクトの花嫁となっている。……軽蔑したか?」
 
「……いいえ」
 
 そんなジョゼットに、ティアも好感を持っていた。しかし、それでもジョゼットのアスランへの想いは大きかった。……積み重ねてきた、願い以上に。
 
「目的のために全てを犠牲にする、それが正しいとは限らない。今は……そう思います」
 
「……そうか」
 
 そんなジョゼットを葛藤から救ったのは、レイルの親友であり、ユージェニーの息子でもある……ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。ジョゼットの従弟にあたる彼は今、母方の姓であるセシルを継ぎ、キムラスカ王国の子爵となっている。
 
 ジョゼットの婚姻と合わせて、それはキムラスカとマルクトの和平の証であった。今度こそ、真実の平和条約である。
 
「ところで……まだ聞いた事がなかったのですが、レイル様は何故バチカルから旅立たれたのですか?」
 
 かつて世界を救う旅をしていた、レイルやティアの仲間たち。
 
「………ちょっと、人探ししてんだよ」
 
 それぞれが、新しい日々を歩んでいた。
 
 
 
 
(あとがき)
 作者・水虫です。第三部に伴い、新シリーズに突入致しました。話数が増えすぎて不便だったので。
 
 



[19240] 1・『レイルーク』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/02 19:20
 
 私の兄でもある彼の師、ヴァン・グランツの野望を阻み、世界を守るための長くて短い旅が終わってから、二ヶ月の時が経つ。
 
 “造られ”、憧れ、裏切られ、傷ついて、泣いて、苦しんで、逃げて、それでも立ち上がって、戦って、前に進んで、そして師に認められて、超えた。………そう、彼は変わった。
 
 レプリカである事も、『ルーク』ではない事も、その全てを含めた上で、それが自分なんだと言えるようになった。
 
 だから、自分だけの名前が欲しい。『ルーク』ではない、レプリカルークとしての名前が。
 
 そして、彼は選択する。今は鮮血のアッシュと名乗るオリジナルの『ルーク・フォン・ファブレ』を、本来の居場所に連れ戻すと。
 
 自分が『ルーク』だと思われて過ごした七年間を、否定しない。それは大切な思い出だ。
 
 でも、大切だと思うからこそ……その居場所は返さなくちゃいけない。アッシュが敵だろうと、罪人だろうと、それは居場所を返さない理由にはならない。
 
 『あなたも私の大切な息子に変わりはない』、そう言ってくれるシュザンヌ様の言葉を、『私はもう逃げない、お前を息子に持って誇りに思う』そう言ってくれるファブレ公爵の言葉を、彼は拒まない。
 
 何を捨てるわけでもない。自分の全てを受け入れて変わるとはそういう事。
 
 目的はもう一つ。キムラスカ国王、インゴベルト陛下からの密命。
 
 自らが裏切った、血の繋がらない娘……王女ナタリアを見つけだし、連れ戻して欲しいというものだった。
 
 事を荒立てれば真実が露見し、娘が居場所を失う。そして娘の意志を変えられるのはお前しかいない。縋るような国王の懇願を、彼は平和条約締結前から請け負っていたらしい。
 
 アッシュとナタリアの二人を捜し出し、連れ戻す。それは彼の意向にも沿っていた。
 
 長い間責務を放棄していた私の行動は『彼の護衛』という言葉で正当化され、私は再び彼付きの騎士として旅の同行を命じられた。
 
 偶然……かどうかはわからないけれど、私の任務も私の意向に沿っている。
 
 こうして、本来の姿に生まれ変わったオールドラントで、私とルークの……いや、レイルの新たな旅は始まった。
 
 
 
 
『私は、自分のやった事の始末をつけたかっただけなんですよ』
 
 レイル達がヴァンを倒し、外郭を降下させた後に向かったベルケンドで、光を失ったために戦線から離れていたジェイドは、国家機密に相当する過去の真実と、自らの心情を吐露した。
 
『ヴァンがホドを消滅させたという預言(スコア)は真実です。そしてそれは、当時十一歳の子供だった彼を無理矢理フォミクリー装置に繋ぐ事で発動した擬似超振動によるものだ。……マルクトの命令でね』
 
 ティアやアニスのような特殊な立場ではない軍属のジェイドが、世界を救うためとはいえ、正規の軍務から外れてあんな旅に同行していたのは不自然だった。
 
『ヴァンを復讐鬼へと変貌させ、レプリカ世界などというくだらない誇大妄想を抱かせた。その全ての発端は、私が生み出したフォミクリーです』
 
 それはマルクトの軍人、皇帝陛下の懐刀である以前に、ジェイド・カーティス個人としての行動だったのかも知れない。
 
『ある意味、私が全ての元凶ですよ。あなた達の大切な人を狂わせたのも、世界を危機に陥れたのも、そして、あなた達の手でヴァンを殺させたのも』
 
 ジェイドは光を失った瞳で、レイルを、ティアを、ガイを見た。
 
『もう一度言います。望むなら、この喉笛をかき斬っても構いません。あなた達には、その資格がある』
 
 無意味な死を肯定するようならしくないその言葉に、レイルは無言でジェイドを殴り飛ばした。
 
 それから二ヶ月。彼らは帝都・グランコクマで再会する。
 
 
 
 
 フリングス夫妻の結婚を祝った後に、レイルとティアは軍の名家、カーティス家の屋敷を訪れていた。
 
 ただ仲間の顔を見に来た、というだけの理由。外郭大地がいつ崩落するかわからない、という切迫した状況下にあったかつての旅に比べれば、今の二人(と一匹)の旅はのんびりとしたものだ。
 
「お久しぶりです、カーティス大佐」
 
「懐かしいですねぇ、ルーク、ティア。ハネムーンに出たと聞いていましたが?」
 
 屋敷の客室に通されたレイル達に開口一番、ジェイドのふざけた発言が飛ぶ。目も見えていないのに、レイルとティアの方を正確に向いて胡散臭い笑顔を浮かべた。
 
「………羽?」
 
「大佐! 結婚したのはフリングス少将たちです! 私はただ、レイルの護衛として同行しているだけで……」
 
 聞き慣れない単語に首を傾げるレイルと、相変わらずなジェイドに律儀に釈明するティア。そんなやり取りを“耳にして”、ジェイドは胡散臭い笑顔を僅か穏やかに深めた。
 
「冗談ですよ。結婚式でキムラスカの女軍人がブーケを横取りした、と聞いてましたので、つい。……それに、私はもう“大佐”ではありません」
 
「つーか、俺ももうルークじゃねーよ。手紙出しただろ」
 
「レイル様ですの!」
 
 二重の意味で恥ずかしそうに黙るティアを置いて、レイルがわかる部分の間違いを指摘し、道具袋から飛び出したミュウが訂正する。
 
「ああ、確か『レイルーク(栄光なる焔の響)』……でしたか。あなたの師匠好きも相当ですね」
 
「ほっとけ」
 
 母やティア、ガイ、そしてイオンの試行錯誤の末に得た名前を茶化されて、レイルはわかりやすくむくれた。
 
「では、レイル。あれから体に何か異変はありませんか?」
 
「何だよ、いきなり医者みてーに」
 
「一応、医師の資格も持ってますけどね」
 
 そんなレイルに構わず、ジェイドは自身の科学者としての好奇心を覗かせる。……それだけ、というわけでもないが。
 
「どうもこうも、絶好調だよ。むしろ一度消える前より調子良いくらいだ」
 
 レイルは、外郭降下直前のヴァンとの死闘で限界以上の力を使って音素乖離を起こし……確かに、消えかけていた。
 
 そして、ユリアの譜歌の詠唱と共に突き出されたローレライの剣によって体を貫かれたと思った次の瞬間には、何故かレイルの体は乖離しておらず、それどころか傷一つついていなかった。
 
 後にベルケンドの第一音素研究所で検査したところ、音素乖離どころか、それ以前からレイルの体内に蓄積していた障気すらも消え去っていたのだ。
 
「兄さんは……ローレライの力を使ったのかしら」
 
 一~七章まで続けて詠うユリアの譜歌は『大譜歌』と呼ばれ、それはローレライとの契約だと言い伝えられている。
 
「いえ、むしろ本来ローレライに作用するはずの力を、完全同位体であるレイルに使った、という事だと思いますよ。ローレライの召喚にはローレライの鍵が必要だと言われていますが、その場にあるのは剣だけだったと聞きますし」
 
 完全に伝聞であるにも関わらず、ジェイドは理路整然と分析する。そのフォンスロットが、レイルの背中のローレライの剣を捉えていた。
 
 おそらくレイルの体はあの時確かに爆散し、そして瞬時に再構成された。それが、あの時に出た結論だった。
 
 一度消えてしまったと思われるレイルの体に、この先どんな異変が起こるかわからない。そういう危惧が確かにあったが、今のところ何の問題もないようだった。
 
「とにかく俺は平気だっつーの! ……それより、ジェイドの眼はやっぱり治らねぇんだな」
 
「おや、心配してくれるのですか? 私も堕ちたものですねぇ」
 
「お前なぁ!」
 
 ジェイドはヴァンとの戦いで自身の譜眼を暴走させ、その視力を失った。眼球や網膜が傷んでいるというわけではなく、破損した譜が眼に蓋をしてしまっているような状態であるため、薬や手術でどうこう出来るものではない。
 
 譜眼の発案者であるジェイドなら、あるいは瞳に刻んだ譜陣を取り除く術を見つけだせるかも知れないが、光を失っているのはそのジェイドだ。
 
「まあ、私の事ならご心配なく。自分一人を養う程度の財力ならありますから」
 
 ジェイドはおどけてそう言って、眼鏡を直す仕草をしようとして……それが無い事に気付いた。
 
「カンタビレは? 会ったのか?」
 
「いいえ。わざわざ見舞いに来るような方でもありませんし、そうでなくとも、今のローレライ教団は大忙しです。……手紙なら来ましたが」
 
 外郭降下後、カンタビレは一人でさっさとケテルブルクに引き返した。……ジェイドにも会わずに。
 
 その後、ヴァンやモース、六神将という統率者をこぞって失ったローレライ教団を立て直すためにダアトに異動した。
 
「大佐、手紙って……」
 
「ええ、当然メイドか執事の誰かに代読してもらわなければなりませんでした。それを見越していたのか、内容は嫌がらせに近いものでしたが」
 
『………………』
 
 珍しく本気で困ったように肩を竦めるジェイドに、レイル達は沈黙する。カンタビレという人間がまた一つわからなくなった。
 
「それより、二人はどうしてグランコクマに? あのフリングス将軍が、自分の結婚式に公爵子息を呼びだすような無礼をするとは思えませんが」
 
 確かに、バチカルの屋敷に届いていたのは招待状ではなく、あくまでも書状。しかもレイル達はそれを見てもいない。
 
「人捜しだよ。アッシュとナタリア」
 
「ああ……。外郭降下の際にあなたを妨害したという話ですか……」
 
 耳にして、ジェイドは「眉唾物」という表情を作る。確かに、レイル本人にしかわからない確信なのだから仕方ない。
 
「生身の人間が、地核に落ちて生きているものでしょうか……。ナタリアはともかく、アッシュが生きているというのは、些か現実味に欠けますねぇ」
 
 至極もっとも過ぎる意見に、レイルは反論出来ない。というより、あの感覚を口にして説明する事が難しい。
 
 まあ、それはこの際どちらでもいいのですが……と前置きしてから、ジェイドは質問する。
 
「本物の『ルーク』を連れて帰れば、あなたは今の居場所を失う事になるかも知れない。何故、自らアッシュを捜すような真似を?」
 
 ジェイドにとっては罪の象徴でもあるレプリカという存在。そのレイルと旅をして、成り行きとはいえ見続けてきた。……しかしジェイドは、レイルの変化の象徴……ヴァンとの死闘を知らない。
 
「俺とあいつが別だからだよ。……だから、“あいつの”居場所は返すんだ。それで、俺の過去が消えるわけじゃねーしな」
 
 その解に、自分の生んだものに、別の何かを見る。
 
 
 
 
「(アッシュ、か……)」
 
 二人が帰った後、ジェイドは自室の安楽椅子に背中を預ける。
 
「………………」
 
 自分とアッシュは別の存在だと解を見つけたレイル。レイルは自分の可能性の一つだと言ったらしいアッシュ。
 
「(もし本当に、生きているなら……)」
 
 気持ちの強さだけで、どんな現実も越えていけるわけではない。少なくともジェイドはそう思う。
 
「(いや、しかしレイルが生まれて七年経っている………)」
 
 だが、レイルは勝った。理屈で考えれば、その実力を上回る事の出来ないアッシュ……オリジナル・ルークに。
 
 意志の力、想いの強さ、安易にそんな精神論を唱える事だって、出来なくはない。
 
 ―――だが、科学者としてのジェイドの頭脳は、冷徹に他の可能性を考えていた。
 
「(もしそうなら……何と残酷な運命か……)」
 
 複製として造られ、身代わりとして生き、それでも師を越えて、自己を確立し、一人の人間となったレイル。
 
 だからこそ、残酷な未来。そこに繋がる可能性が、ジェイドの胸中に暗雲を広げていた。
 
 
 ―――この二週間後、ジェイド・カーティスは帝都・グランコクマから姿を消す。
 
 
 
 
(あとがき)
 二部と三部の間の説明に終始してる気がします。未だにグランコクマから出てない……。
 
 



[19240] 2・『墓前の花束』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/04 08:27
 
「久しぶりに帰省して来た……というわけではなさそうだな」
 
「ええ、船の乗り継ぎでユリアシティに止まるから、そのついでよ」
 
 グランコクマを後にした私とレイルは、船でユリアシティに立ち寄っていた。かつては監視者の街として唯一魔界(クリフォト)に在る街だったここも、世界が本来の姿に戻った今では、立派に世界の一部となっている。
 
 青い空と海、障気に包まれた魔界には無かった……いつか私が憧れた景色が、今は私の故郷にも在る。
 
「ティア、たまには休暇を貰って帰って来なさい。お前、故郷を発ってから一度も仕事以外で帰って来た事がないだろう」
 
 中央塔の会議室で書類を相手にしていたお祖父様は、訪れてきた私の顔を見て少し表情を明るくしたけど、隣にいるレイルを見て気落ちしてしまった。
 
 ……確かに、私は旅立ってからほとんどこの街に戻っていない。幼少時代からの事もあるし、お祖父様の反対を押し切ってキムラスカ軍に入った事も気まずく……要するに、居心地が悪かったから。
 
「………お祖父様も、大変みたいね」
 
「ローレライ教団……私たちは、これまでずっと監視者としての役割を果たしてきた。世界が預言(スコア)から外れた今、その責任を負わされるのは仕方ない」
 
 ………だけど、これからは長年のわだかまりを埋めていけると思う。預言から外れた世界………私や兄さんの夢は、叶ったのだから。
 
「何か、イオンもぼやいてたよな。『大切な時なのに、僕が教団のために出来る事は少ない』とか。……あいつ、二歳児なんだからうぜー書類仕事なんて出来なくて当たり前なのにな」
 
「ご主人様は七歳児ですの!」
 
「どこかの誰かと違って、イオン様は自分の勉強嫌いを正当化しようとしないもの。知らない事は、学べない事と同義じゃないわ」
 
 完全に他人事の口調で呟いたレイルに、私とミュウが苦言を呈する。ミュウを踏みつけようとしたレイルの足より速く、私はミュウを抱き上げた。
 
「これまで、人々は預言に依存し過ぎていた。いきなりそれを奪われたら、灯台の無い夜の海を彷徨うのと同じ。……時間が掛かるのは仕方ないわ」
 
 世界の滅亡が回避されても、問題は山のように残っている。これ以上の混乱をもたらさないためにも、人々に少しでも早く安寧をもたらすためにも、真実の全ては公表されなかった。
 
 表向きは、発見された第七譜石の消滅預言(ラストジャッジメント・スコア)を回避するための預言からの離脱。そして数々の悲劇は、ユリアの預言を断行しようとした大詠師モースの仕業とされた。
 
 死んだモースとユリアの預言を悪者にして、事態の回復を図る。真実を知る私たちにとっては釈然としないものは残るけど、ここで両国の悪事まで暴露したらそれこそ収拾がつかなくなる。
 
 納得は出来ないけど、人々が預言から自立するには、これが一番良いのかも知れない。
 
「三国の為政者が『世界は預言から外れた』と主張しているというのに、『預言は外れていない』と信望するものもかなり多い。………特に、預言を与える立場だった教団は複雑な立場でな。全ての責任をモースに負わせて片付く問題ではない。正体不明の謎の預言士(スコアラー)が徘徊していると言うし、教団の信用は損なわれるばかりだ」
 
 肩を落として、お祖父様は自分の髭を撫でる。「せっかく孫娘に会えたのに仕事の話などしたくない」という風に手を振ってから、レイルを見た。
 
「それで、ルークは一体何故また旅などしている?」
 
「レ・イ・ルだっつーの! 手紙出しただろ?」
 
 知人に会う度に繰り返しているやり取り。面倒なのはわかるけど、彼が“生まれ変わった”という事だから、これくらいは仕方ない。
 
 手短に旅の目的とアッシュの居場所を訊ねたけど、やっぱりお祖父様も知らなかった。
 
 赤い髪の青年と金髪の少女。というだけでは簡単には見つからない。『赤い髪の神託の盾(オラクル)』ならかなり絞り込めるはずだけど、彼がまだ神託の盾の軍服を着ている確証は無い。
 
 忙しそうなお祖父様を気遣って、私たちはほどなく中央塔を後にした。そして、実家のセレニアの花畑に向かう。
 
 ……お祖父様には悪いけど、どちらかと言えばこっちが本来の目的だったし。
 
 兄さんに貰って育てた、セレニアの花畑。その中央に、一つの厳かな墓碑が立っている。
 
 『栄光を掴む者 ヴァン・グランツ、ここに眠る』。石にはそう刻まれていた。
 
 私とレイルが、バチカルを発ってから真っ先にした事。髪の毛一本残さず消え去ってしまった兄さんの墓を作る事だった。本当ならすぐにでも作りたかった。………だけど、各国の代表への報告を後回しには出来なかったから。
 
 私の部屋から扉を開いて内庭に出て、直接墓を見て……私たちはすぐに異変に気付いた。
 
「………え?」
 
 白く光るセレニアの花畑の中央に立つ墓碑の前に、違う色がある。一見して珍しい、鮮やかな蒼い花束が置かれていた。
 
「一体、誰が……」
 
 兄さんを崇拝する人間は山ほどいると思う。だけど、ユリアシティにあるこの家の事まで知っている人間が何人いる? 勝手に家に上がり込まれた事以上に、何か不気味な予感があった。
 
「……もしかして、アッシュのやつか?」
 
「………かも知れない」
 
 この場所を聞いているとすれば、それはおそらく六神将くらいだと思う。そして六神将で生き残っているのはアッシュとアリエッタの二人だけ。
 
 そこまで考えてから、それら全てを振り払って、墓碑の前で両手を合わせた。戦い終わった兄さんの前でするような話じゃない。
 
『………………』
 
 私、レイル、ミュウ、三人でお祈りをしてから、眼を開く。
 
「…………兄さんは」
 
 何となく、私は口を開いた。
 
「最期の最期で、わかってくれた。悲しくないと言ったら嘘になるけど……解り合えないまま、命を奪う事で別れるより……ずっと良かった」
 
 兄さんを説得する事なんて出来ない。刺し違えてでも止める。そう考えていた私にとっては、これでも………幸せな結末だったと思う。
 
「………ごめん。俺がもっと早く、ヴァン師匠を……」
 
 謝ろうとしたレイルの唇を、人差し指で押さえて遮った。……もっと早く兄さんの心を動かせていたら、兄さんが死ぬ事は無かったかも知れない。
 
 だけど、過去に言い訳する事に意味はないし、彼が謝るような事じゃない。
 
「兄さんは、未来への希望をあなたに見て、行った。……最期の時には、救われていたはずよ」
 
 上手く、笑えているかしら……。そんな事を思いながら、私は兄さんから剣を継いだ少年を見ていた。
 
 
 
 
 恐怖に駆られた人々の絶叫。親とはぐれて泣き叫ぶ子供。赤々と燃える民家。空を煤け、濁らせる黒煙。
 
 そんな光景が、ローレライ教団総本山たるダアトに広がっていた。
 
「ちっ」
 
 無関係な民間人にもまるでお構い無しのメチャクチャな襲撃に、神託の盾騎士団首席総長たる女傑・カンタビレは忌々しげに舌打ちをする。
 
 眼前に広がるのは、かつてヴァンと共に姿を消したと思われる元・神託の盾兵、その口からバチバチと紫電に奔らせるライガや、中空を羽ばたくグリフィンの群れ、そして……人形を抱き締める妖獣使いの少女。
 
「ガキとはいえ、あんたも元軍人だろ。本来守るべき民間人を巻き添えにしといて、何とも思わないのかい」
 
「おとなしく奴を出せば、これ以上無関係な被害は出ない、です……」
 
 妖獣使い……アリエッタの言う“奴”が誰なのか、カンタビレは当然わかっている。だが、それ以上に説得は無理と判断して、握る剣に力を込めた。
 
 ライガとグリフィンが数匹、カンタビレに襲い掛かる。カンタビレは剣をくるくると指先で回して、地に突き立てた。
 
「『風塵皇旋衝』」
 
 カンタビレを中心に発生した竜巻が、魔物を引き裂き、薙ぎ払う。そのまま一番至近にいた敵兵に接近、斬り倒しながら、カンタビレは怒鳴る。
 
「民間人の保護を最優先! あたしの足引っ張ったらただじゃおかないよ!」
 
『はっ!!』
 
 その怒声に応えて、正規の神託の盾兵が民家の隙間に散開していく。
 
 その間も、カンタビレは次から次に敵兵や魔物を斬り倒す。そんなカンタビレに向けて、一列に並んだライガが、まるで訓練された兵士のような的確なタイミングで一斉に咆哮を上げた。
 
 雷撃が奔り、一直線にカンタビレに向かう。
 
「『雷神旋風奏』!」
 
 それを、カンタビレの剣先から生まれた稲妻の柱が呑み込み、掻き消す。
 
「よくもアリエッタの友達を………もう絶対許さないんだからぁ!」
 
「自分からけしかけといてよく言うよ。それとも、こんなケダモノであたしを倒せると本気で思ってたのかい」
 
 民家の屋根の上から戦いを見ていたアリエッタが、怒りの形相で詠唱を始める。カンタビレが、回避の後の逆撃のために足に力を入れる。
 
 それらの全てを……
 
「『アカシック・トーメント』」
 
 横合いから繰り出された、通りの大半を埋めるほどに巨大な譜術の衝撃波が、遮る。
 
 カンタビレを包囲するようにしていた魔物や敵兵がまとめて消滅した。
 
「もういいです、カンタビレ。僕が出ていけば、彼女も民間人を巻き込んだりしないでしょう」
 
 言って、静かにカンタビレに歩み寄るのは、純白の法衣に身を包んだローレライ教団の導師・イオン。
 
 ……だが、その全てはアリエッタにとって紛い物でしかない。
 
「ママの仇……仲間たちの仇……! もうお前に用はない……だから、殺します……!」
 
 そして、育ての親であるライガの女王の仇敵だった。
 
「……アリエッタ、確かにあなたにとって、僕は許せない存在でしょう。だけど、それに無関係な人間を巻き込むのは違うはずだ!」
 
「うるさい! その声で喋るなあっ!」
 
 叫ぶように怒鳴りつけて、杖代わりの人形を触媒に詠唱を始めるアリエッタ。その動きが……唐突に止まった。
 
「ごっ、ごめんなさい……でも……アリエッタ、間違ってないもん……」
 
 淡い光に包まれるアリエッタは、ボソボソと一人で何か喋っている。
 
「ごめんなさい………ルークが、ですか? ………………わかった、です…………」
 
「「…………?」」
 
 独り言を呟きながら、何故かどんどんしょんぼりと落ち込んでいくアリエッタの豹変の意味は、見ているイオンやカンタビレには全くわからない。
 
 何かを渋々と納得したらしいアリエッタは、キッとイオンを睨みつけて……
 
「お前は、ママの仇……。地の果てまで追い掛けて、いつか必ず殺します……!」
 
 そう言い残して、跨がっていたライガごと、青い怪鳥たるフレスベルグに飛び乗り、去って行く。生き残った兵士や魔物たちも、それを追うように逃げて行った。
 
「………何だったんだろうね、ありゃ」
 
「……わかりません。何かに、諭されたような態度でしたが……」
 
 ったく、このくそ忙しい時に……と毒づきながら剣を納めるカンタビレとは対称的に、イオンの表情は晴れない。
 
「(僕がここにいる限り、アリエッタは何度でも………)」
 
 それは、自分のオリジナルを大切に思っている少女に対する引け目か。あるいは彼本来の性格ゆえか。
 
 ―――その時……
 
「イオン!!」
 
「一体、何があったのですか!?」
 
 未だに戦火の醒めやらぬダアトの街に、かつて共に旅した仲間が現れた。
 
「レイル……ティア……!?」
 
「丁度いい。あんた達も後片付け手伝いな」
 
 未だ混迷する、しかし安定へと向かっていたはずの世界で、何かが、静かに動き始めている。
 
 
 
 
(あとがき)
 私はファンダムはした事が無く、カンタビレはオリジナルに近いかも知れません。
 技はジェイドの槍技(の剣ver)を使わせてますが、これも原作とは違うと思います。
 
 



[19240] 3・『心の在処』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/05 06:24
 
 時を僅か、遡る。
 
「ご主人様! パダミヤ大陸が見えてきたですの!」
 
「見りゃわかるっつーの。いちいちはしゃぐんじゃねー」
 
「もう……どうしてそんなにミュウに意地悪なの?」
 
 ダアトに向かう定期船の上で、レイルとティア、そしてミュウが、船の向かう先を一望する。
 
「……………」
 
「? ……何?」
 
 不貞腐れたように手摺りに寄り掛かったレイルが横目で睨むのは、特等席と言わんばかりの顔で、ぬいぐるみよろしくティアに抱かれているミュウ。
 
 怪訝に訊ねてくるティアに、レイルは何も言い返さない。
 
「(…………馬鹿だ、俺)」
 
 こんな小動物に、僅かでも嫉妬の感情を持っている自分のカッコ悪さにゲンナリする。
 
 ……つまり、そういったカッコ悪さを自覚出来る程度には、レイルも成長したと見るべきだろう。以前の彼なら、感情に振り回されるままに八つ当たりしてしまっていたに違いない。
 
「みゅ~みゅみゅ~みゅみゅ~~みゅ~みゅみゅ~~♪」
 
 そんなレイルの気も知らず、ミュウは下手な鼻歌を歌いながらレイルの頭によじよじと登る。
 
「………お前、何やってんの?」
 
「ご主人様を元気づけてるですの! 悲しい時や辛い時に歌を歌うと、元気になるんですの!」
 
 悪気の欠片もないミュウの行動だが、レイルのこめかみには当然の事として青筋が浮かぶ。
 
「だって明日は、ご主人様にょっ……!?」
 
 いよいよ投げ飛ばそうか、という頃合いで、ティアがミュウを、その口を押さえながら奪い取った。
 
「ほ、ほらミュウ! あんまり外に出ていると風邪を引くから、そろそろ中に入りましょう?」
 
 そして、あからさまな言い訳を残して、ティアはさっさと船室に戻ってしまった。取り残されたのは、一人疎外感を噛み締めるレイルのみ。
 
「………はぁ」
 
 まだ、レイルが『ルーク』と名乗っていた頃に、ティアは白光騎士団の一人としてレイルと知り合い、それから……約一年が経つ。
 
 いつからかはわからないが、レイルはそんな日々の中でティアに淡い恋心を抱き、自分という存在を見つける旅の中で、それを自覚した。
 
 しかし、初めて抱いたその感情を、どうしたらいいのかわからない。今も、過剰なまでの寂寥感を持て余している。出来る事と言えば、自分の感情をティアに押しつけない事……くらいだった。
 
「はあぁ~…………」
 
 一人きりになってしまった艦橋で、レイルはもう一度、深い深い溜め息をついた。
 
 
 
 
「……お前ら、最近俺をのけ者にしてねぇ?」
 
「してないわ」
 
「ですの!」
 
 ダアト港から出て、街道沿いに橋を渡り、第四石碑の丘を越えて、ダアトに辿り着く。
 
 その道筋をたどるレイル達の、これまでと何ら変わりない旅の風景。
 
 そんな中で、当たり前のように、同時に嘘のように、それは在った。
 
「…………え?」
 
 “それ”に真っ先に気付いたのは、ティア。まだ横目半眼でそのティアを見ているレイルと、そのレイルの頭に乗っているミュウは気付かない。
 
 そんな二人に構わず、ティアは“それ”に向かって一目散に駆け出した。
 
「おっ、おい……ティア?」
 
 突然の事に驚き、後を追ったレイルも、そのまま向かう先……広がる街道の先にいたそれに気付いて、驚愕に目を見開く。
 
 期待、恐怖、疑心、動揺、様々な感情が心を支配する中で、体は一刻も早くと駆け出していた。
 
 近づくにつれて大きく、はっきりと見えてくるその姿。
 
 栗色の髪を後頭で束ねた、白い軍服に身を包んだ、精悍な顔つきの神託の盾(オラクル)の剣士。
 
「兄、さん……?」
 
 ティアの零した、あり得ない呼び名。レイルにも同様の思いがあった。
 
 “あり得ない”と。
 
 それを肯定するかのように、“ヴァン・グランツと見える男”は口を開く。
 
「ティア・グランツ……それにレプリカルークか。待っていたぞ」
 
「「ッ………!?」」
 
 スラリと、男は剣を抜く。感情とは別に、理性で、レイルとティアは解を見た。
 
 ヴァン・グランツの最期は、自分たちが見届けた。間違っても、あのヴァンが自分たちをこんな風に呼ぶ事はもう無い。記憶のそれより僅か若く見えるし………何より、目の前の男の瞳は、まるで生気を感じさせない……死人のような暗さを宿している。
 
「ヴァン師匠の……レプリカか……!」
 
 どうしようもないほどの拒絶感が二人の全身に駆け巡り、咄嗟に武器を構えていた。
 
 敵として戦い、最期には死に別れてしまったけれど……兄として、師として、今でも愛情と尊敬を抱く『ヴァン』という存在を、これ以上ないほど冒涜された気分だった。
 
『そうだよ。僕やあんたみたいな旧型じゃない、ね』
 
「……何? この音素(フォニム)……!?」
 
 そんな二人を嘲笑うような声が空気を震わせ、同時にティアが、異質な音素の収束を感知する。
 
 淡く光る音素が、ぼんやりと色を増し、形を作り、ヴァンレプリカの隣でその姿を具現させていく。
 
 そして、光が変質して姿を変えたそこには……深緑の髪と瞳を持つ、小柄な少年。
 
「イオン!? ……いや、シンク……か?」
 
 友達の少年に瓜二つの顔に、レイルが思わずそう叫ぶが……特徴が違う。
 
 動きやすい黒の格闘服を纏い、イオンよりも短い髪を逆立てているその姿は……同じレプリカイオン、シンクのそれ。もっとも、レイルとティアは彼の素顔を見るのはこれが初めてだ。だが、それ以上に不可解な事がある。
 
「生きて、いたの……?」
 
 そう、シンクは以前……イオンの譜術によってタタル渓谷のセフィロトに落下し、命を落としたはずだ。
 
 いきなり音素の塊から形を作り出した事と合わせて、目の前のシンクはあまりにも不気味な存在感を撒き散らしていた。
 
 だが、二人にとってはそんなシンクよりも、その隣に立つ男の方が気掛かりだ。
 
「………お前が」
 
 怒りに震える声で、レイルは叫ぶ。
 
「お前が! ヴァン師匠のレプリカなんて造りやがったのか!?」
 
 レイルは、今では自分の存在を認める事が出来た。それでも、自分とアッシュのような歪んだ関係が、正しい在り方だとは思わない。
 
「自分もアッシュのレプリカのくせに、何怒ってんの? それとも、今になって初めてアリエッタの気持ちがわかったわけ?」
 
 言われて、ハッとする。そう、今の二人にとってのヴァンレプリカは、まさしくアリエッタにとってのイオンと同じ。
 
 “大切な人の紛い物”だった。
 
 レプリカとは知らずにレイルとの思い出を重ねたナタリアやシュザンヌとも、初めからオリジナルルークに殺意を持っていたガイとも、立場が根本的に異なる。これが……アリエッタの気持ち。
 
「紹介するよ。“ヴァンデスデルカ”、能力の劣化もない、被験者の記憶も引き継がれている、最新型のレプリカだ」
 
 そんな二人の気持ちなど無視して、シンクはヴァンレプリカに向けて手を広げ、自慢する。
 
「記憶、も……?」
 
「レプリカ情報を抜いた時までの、だけどね。まあそれでも………」
 
 シンクの言葉を行動で引き継ぐように、ヴァンデスデルカが駆けていた。
 
「アルバート流を使うのに、何の問題もないけどね!」
 
 体ごと突き出すような重く鋭い刺突が、最短でレイルに迫る。
 
「『瞬迅剣』!」
 
「ぐっ!」
 
 その剣先を、レイルの剣の腹が受け止め、しかし体ごと大きく後ろに弾き飛ばされた。
 
 その剣を値踏みするように睨んで、シンクがポツリと呟く。
 
「『ローレライの剣』、か……? 探す手間が省けて好都合だけど……」
 
 スッと、シンクはレイルを……正確にはレイルの剣を指差して、訊ねる。
 
「その剣、どうやって手に入れたの?」
 
「ヴァン師匠から受け継いだんだ。お前らも、いつまでもレプリカ世界なんて妄想に浸ってんじゃねーよ!!」
 
 後半のレイルの怒りにはまるで頓着せずに、シンクは面白そうに自分のあごを指で撫でる。
 
「へぇ……じゃあ、ヴァンのやつホントに裏切ったんだ。ローレライの剣まで持ってたなんてね。……で、“ちゃんと死んだ”? 死体が見つかってないんだけど?」
 
 その言葉に………レイルが“キレた”。
 
「この野郎おおぉぉ!!」
 
「何キレてんだか……」
 
 激昂するレイルの斬撃、大振りなそれを柳の葉のように躱したシンクは、その顔面に蹴撃を放ち、退がらせる。
 
 そのままレイルの懐に潜り込み、剣の間合いの“内側”から一方的な攻勢に転じる。
 
 その頃、ティアにはヴァンデスデルカが襲い掛かっていた。元々実力が違うのに、近接戦闘に持ち込まれたら勝機は無い。
 
 ヴァンデスデルカの剣撃を、避けるだけで手一杯。……いや、避け切れていない。
 
「どけぇえ!!」
 
 ティアの窮地に、レイルが咆える。右拳がシンクのあごをはね上げ、しかし追撃の素振りさえ見せずに、ヴァンデスデルカに猛進する。
 
 ガキリと音を立てて、ローレライの剣と、ヴァンデスデルカの剣が噛み合った。
 
「お前! ヴァン師匠の記憶があるなら、何で真っ先にティアを殺そうとすんだよ!? ヴァン師匠は、最後までティアと戦うのを嫌がってたんだぞ!!」
 
「ならお前は、教本で得た無機的な知識を、“思い出”として扱う事が出来るのか? ルーク」
 
 刃越しのレイルの怒声に、ヴァンデスデルカは無感動にそう返した。ヴァンの記憶を持っている、というわりには、彼の言動と瞳の光は、あまりに虚無的で個性が無い。
 
 その事に僅か動揺したレイルの腹を、ヴァンデスデルカは蹴り飛ばし、突き放した。
 
「私にとっては、お前たちなど初対面の他人に過ぎん。躊躇う理由などどこにある?」
 
 ヴァンデスデルカの目が、レイルに向いている。ティアはナイフを握り、その首に狙いをつけた。
 
『メシュティアリカ……今まで、すまなかったな……』
 
「っ………」
 
 しかし、瓜二つのその横顔がどうしても実の兄と重なり、躊躇が生まれる。
 
 そして、ヴァンデスデルカは……ティアに目を向けた。
 
「死ね」
 
 兄の声で告げられる死刑宣告。向けられる殺意。咄嗟に杖を構えるティアだが……
 
「(防ぎ切れない……!)」
 
 自らの甘さを悔やむ、まさにその瞬間………
 
『っ………!?』
 
 ガンッ! と音と火花を立てて、ヴァンデスデルカの剣の腹で光が弾け、大きくブレた。
 
 そのまま、断続的に降り注ぐ音弾の雨から、ヴァンデスデルカは素早いステップで逃げる。
 
「戦いの最中に心を乱すな、揺らすな、惑わされるな。一瞬の隙が死を招く」
 
 その声……今日二度目の“あり得ない”現象に、ティアはゆっくりと顔を上げる。
 
 ティア達がいる場所から幾分高い丘の上に、音弾の主は立っていた。
 
 その美しい金髪を後頭で束ね、両の手に二丁譜銃を握る、空のように蒼い瞳の女銃士。
 
「姉さん………!!」
 
 ティアの呼び掛けに応えず、女銃士……『魔弾のリグレット』は宙を舞うように飛び降り、シンクとヴァンデスデルカの前に立ちふさがるように銃を向けた。
 
「生きてたんだ。……で、あんたも裏切り者なわけ?」
 
「裏切り? 勘違いするな。今までも、これからも、私が全てを懸ける男は……ヴァン・グランツただ一人だ」
 
 ただ一人の男のために。その姿は、紛い物などでは決してない。ティアが憧れ、慕い……そして別れた………
 
 魔弾のリグレット以外の何者でもない。
 
 
 
 
(あとがき)
 今日も今日とてモーニング更新。前話の途中とラストの間のレイル達視点みたいな感じですが、時間軸が難しい。
 
 



[19240] 4・『烈風のシンク』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/05 18:12
 
『………………』
 
 沈黙。シンク、ヴァンのレプリカ・ヴァンデスデルカ、レイル、ティア、そして突然現れたリグレット。
 
 それぞれの意味を持つ、長いようで短い沈黙を経て、張り詰めた糸を緩めるようにシンクが肩を竦めた。
 
「退くよ、ヴァンデスデルカ」
 
「良いのか?」
 
「ローレライの剣まで持ってるとは思わなかったし、裏切り者の介入で勝率も低くなった。アリエッタも戻って来ないし、今回は事実確認だけで良しにしよう」
 
 ヴァンデスデルカと短く言葉を交わしたシンクの左の頬が、雪のように崩れる。レイルの拳を受けた場所だ。
 
「まだこの体も……長時間実体化出来ないしね」
 
 言い終わると同時に、シンクの全身が陽炎のように朧気に透ける。今にも消えてしまいそうなその姿を、リグレットは睨み付ける。
 
「……お前は、本当に“導師イオン”か?」
 
「………え?」
 
 リグレットの言葉の意味がわからず、困惑な声を上げるレイル。それに構わず、シンクはリグレットに向けて意味深に笑った。
 
「イオンであり、イオンじゃない。そんな事はとっくにわかってるはずでしょ?」
 
「私が訊いてるのは、そんな事じゃない。その体は何だ」
 
「さあね………』
 
 問答の終わらない内に、シンクは解けるようにその姿を消した。その姿は、とてもではないが人間とは思えない。
 
「………………」
 
 それを見届けると、ヴァンデスデルカも剣を納め、背を向けた。何を感じている風もなく……。
 
「待て!」
 
 その背中に、レイルは思わず声を掛けていた。掛ける言葉もわからずに。
 
「…………?」
 
 ヴァンデスデルカは、僅かに不可解そうな顔でレイルを見返す。レイルが躊躇うように言葉を選んでいると、逆にヴァンデスデルカが訊いた。
 
「何故、お前がオリジナルの世界に拘る?」
 
 いつかリグレットに言われた言葉を、より不思議そうに……心底わからないと言いたげに。
 
「お前も私もレプリカだ。自分たちの世界を目指して何が悪い?」
 
 そうする事が当然で、レイルこそが異端。本能に近い僅かな自我が、ヴァンデスデルカにそう言わせる。
 
「私たちを認めない世界など、どうなろうと知った事ではない。全てを壊して居場所を勝ち取る。ただそれだけの戦いだ」
 
 傲慢なまでの生存本能。かつてオリジナルのヴァンが目指したものを、レプリカのヴァンデスデルカはより単純な理由で、より原始的に目指している。
 
「………………」
 
 言いたい事だけ言って、応えも求めず立ち去ったヴァンデスデルカの背中を、レイル達は黙って見送った。
 
「…………哀れな」
 
 俯いたリグレットが一言、複雑な声で漏らす。そして、譜銃を納めてレイルとティアに向き直った。
 
「姉さん、生きていたんですね……」
 
「………あるいは、死んでいた方が良かったのかも知れないな」
 
 ようやく喜びを噛み締めるように言うティアに、リグレットは寂しそうな自嘲で返す。言葉尻に小さく……あの人と一緒に、と続いた。
 
「何で俺たちがここにいるってわかった? つーかお前………味方、なのか?」
 
「……この数週間、お前たちの動向を追っていたからな」
 
 レイルの質問の後半を敢えて無視したリグレットは、逆に質問を返した。
 
「………あの人の最期を、お前たちの口から訊きたかった」
 
 話せ、と続くそれは、質問というより命令。このためだけに、リグレットはずっと二人を捜し歩いていたのだ。
 
「兄さんは………」
 
 面白くなさそうに眉を潜めるレイルを押し退けて、ティアはリグレットに語る。ヴァンとの最期の死闘。その言動の一挙手一投足、一言一句も漏らさずに。
 
 愛する男の最期を聞き終えて、リグレットは「そうか……」と言って背を向ける。……が、
 
「待てよ」
 
 それをレイルが止める。レイルらにしてみれば、わけがわからない事だらけだ。納得出来るわけがない。
 
 色々と訊きたい事はあったが、現状でわからないものの中で、一番気になるのは………
 
「シンクが“導師イオン”って、どういう事だよ」
 
 これだった。ヴァンデスデルカ、というヴァンのレプリカについては、小難しい理論以外なら大体聞いていたから。
 
「……さっき奴が言っていた通り。あれはイオンであって、イオンじゃない。同時に、オリジナルでもレプリカでもある存在だ」
 
 てっきり無視されるかと思ったレイルだが、予想に反してリグレットは饒舌だ。もっとも、その言葉の意味はさっぱりわからない。
 
「………死霊使い(ネクロマンサー)から、何も聞いていないのか?」
 
 揃って首を傾げるレイルとティアに、リグレットは意外そうに問い返した。問い返して、それが事実だと悟ると、短く説明を始める。
 
「大爆発(ビッグバン)。完全同位体の間で起こる、特殊なコンタミネーション現象の事」
 
 ティアの肩が、その不気味な響きに僅かに強張る。それを、リグレットは探るように見ていた。
 
「オリジナルが緩やかな音素乖離の後に爆散し、同じ存在であるレプリカとの間でコンタミネーションが起きる。シンクはその……世界で初めての成功例だ」
 
「だーもうっ、ワケわかんねー!」
 
「ならそれでいい。敵だとだけ憶えていろ」
 
 頭を掻き毟って喚くレイル(ミュウも)とは対称的に、ティアの顔は見る間に青ざめていく。
 
 完全同位体による“融合現象”。その理論から、一つの最悪な可能性に行き着いていた。
 
「(まさか……レイルとアッシュ、も……?)」
 
 完全同位体同士の融合現象、どころか………これまでの言動から察するに、オリジナルのイオンがレプリカイオンの一人の体を乗っ取った、という風にも解釈出来る。
 
『素質も、経験も、時間も、覚悟も、全て俺が上だ。テメェが俺に、勝てるわけがねぇんだよ!!』
 
『ルークがアッシュの実力を上回るの、理屈としては不自然なんだって。大佐は何か心当たりあるみたいだったけど、教えてくんなくて』
 
『……そういう、事かよ。まったく……俺はとことん、運命ってやつに嫌われてる……らしい……』
 
『オリジナルが緩やかな音素乖離―――』
 
「(違う!!)」
 
 思い返せば思い返すほど、嫌な予感を裏付けているような怖気に襲われて、ティアはそれを必死に拒絶するように首を振る。
 
 専門的な知識など無い。違うと言える根拠などどこにもない。ただ感情でのみの否定だった。
 
「………………」
 
 リグレットはそんなティアと、ティアの様子にまるで気付かないレイルをじろじろと観察してから、今度こそ背中を向けて歩きだす。
 
「だから待てっつーの!」
 
 話は終わった、と言わんばかりの背中に再び声を掛けたレイルは、迷う。
 
 今度は、呼ばれてもリグレットが止まらないからだ。何を言おうか迷ったり、何故かリグレットの事なのに黙っているティアに恨みがましい視線を送ったりした後、“これだけは”と口にする。
 
「お前……敵なのか? 味方なのか?」
 
 あるいは、最重要かも知れないその問いに、ティアは顔を上げ、リグレットも足を止めた。
 
 ティアが、また大切な人を相手に戦わなければならないかどうか、リグレットの応えにそれが左右される。
 
「さっきも、言ったはずだ」
 
 リグレットは、振り返らずに応えた。
 
「私が道を同じくするのは、ヴァン・グランツただ一人。……あの人がお前に剣を託した以上、私の道も決まっている」
 
 それだけ言って、今度こそリグレットは去って行った。わかりにくい言い回しではあったが……
 
「ティア!」
 
 リグレットはもう敵じゃない。ティアがまたリグレットと戦う事はない。その事が嬉しくて、レイルは思わず素の笑顔をティアに向ける。
 
「ええ……良かった」
 
 無邪気で残酷な笑顔を向けられたティアは、やはりリグレットがヴァンの遺志を継ぎ、自分たちと戦う道を選ばなかったという事に笑顔を作る。
 
 ………だが、その笑顔にはどこか陰が差していた。
 
「(私には……フォミクリーの専門知識なんてわからない。断定するには早すぎるわ)」
 
 後ろ向きな思考を振り払って、ティアは今度こそ喜びだけを乗せて笑顔を作る。その微妙な笑顔の違いに、レイルはやはり気付けなかった。
 
 でも、レイルもティアも、わかっていたのかも知れない。『リグレットと戦わなくていい』、その考え自体が………戦いを前提としたものなのだから。
 
 この後、ダアトから空に立ち上る黒煙を視認したレイル達は大急ぎで街に向かい、イオンやカンタビレと合流。街の復旧に奔走する事になる。
 
 
 
 
「何で俺が瓦礫運んだり釘打ったりしなくちゃなんねーんだよ! おかげで指が血だらけだっつの!」
 
「馬鹿力しか取り柄が無いんだ。活躍の機会をくれてやった事に感謝しな。それと、釘や金槌で怪我したのはあんたが不器用だからだよ」
 
 最低限の復旧作業を終えた後のダアト教会、イオンの私室で、レイルがカンタビレに食って掛かっている。
 
「オリジナルイオン…………そう、ですか」
 
 そんなやり取りを脇に置いて、ティアはイオンに事情を話し終えていた。
 
 前に訪れた時と同様、アッシュとナタリアを捜している事。テオドーロに聞いた旅の預言士(スコアラー)の事が気になって、ダアトに来た事。そこでシンクとヴァンデスデルカに強襲された事。リグレットに聞いた話と、リグレット自身の変心。
 
 イオンも、アリエッタがダアトを襲撃した事をレイル達に話した(これは再会してすぐに、だが)。
 
「ローレライ教団は今、全面的に預言を詠む事を禁止しています。……少なくとも、それは正規の教団員ではない」
 
「……はい、もしかしたら、シンク達が私たちを襲ってきた事と……何か関係があるのかも知れません」
 
「まどろっこしい事言ってるんじゃないよ」
 
 それぞれ、起こった出来事を検証しあうようなイオンとティアの会話に、カンタビレが面倒くさそうに割って入る。レイルは相変わらず、こういう話は他人任せだ。
 
「ヴァンの残党だか六神将だかがまた動き始めてるって事だろ。全部が全部、何かしら関係してるじゃないか」
 
 カンタビレの言う通りだった。イオンやレイルらが見聞きした事象の全てに、シンクの影が見える気がする。
 
「………ならそれに関わっていく事で、アッシュやナタリアを見つける事も、出来るかも知れない」
 
 言って目配せしてきたティアに、レイルは肯定の意を示す。作戦に口は挟まないが、最低限やるべき事はわかっているのだ。
 
「どうせアッシュとナタリア捕まえなきゃいけねーんだし……それに、シンク達も止めないと、ヴァン師匠が剣を託した意味無いもんな」
 
 ガシッと、レイルは勇気を貰うように、ローレライの剣の柄を握る。
 
「導師、あんたも行っていいよ。どうせ猿でも出来るような判子叩きの仕事しか回してないんだし」
 
「え………?」
 
 そのレイルを見た後、カンタビレがぶっきらぼうにイオンに言う。僅か呆気に取られたイオンだったが、しばらく考え込んでから口を開く。
 
「……そう、ですね。僕がここにいては、またダアトの皆を巻き込むかも知れない。だったら、自分から戦いを終わらせに行きます」
 
 アリエッタがイオンを狙う以上、どこに居ても巻き添えは出るかも知れない。だが……いや、だからこそ、こちらから攻めて終わらせる。
 
 それが、今のイオンの思考回路。この半年で、随分と前向きに、逞しく成長したものだった。
 
「………………明日」
 
 何となく出来上がっていた、『新たな旅の空気』。それに水を差すように、ティアが控え目に口を挟む。
 
「明日一日くらいは、ダアトでのんびりしていってもいいんじゃない? 私たちも、ずっと旅続きだったから……」
 
 生真面目な彼女らしからぬ、提案だった。
 
 
 
 



[19240] 5・『片想い』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/06 14:25
 
「はいっ、自分の五倍以上の大岩を持ち上げる人形使い……リトルデビっ子のアニスちゃんでしたぁ~!」
 
 外郭から落下した事による崩壊から復興に向けて意気盛んなセントビナーの広場に、少数サーカスの一団がやってきていた。
 
 やや癖のある黒髪をツインテールにした少女が、芸の終わりに一礼した。コウモリの羽や髑髏で飾った、小悪魔のようなサーカス衣装に身を包んでいる。
 
「えーっ、あの岩持ち上げたのぬいぐるみじゃん!」
「そっちのチビがすごいんじゃないやい!」
「悔しかったら自分で持ち上げてみろー!」
 
「んだとこのガキ! このトクナガ動かすのだって楽じゃねぇんだぞ!?」
 
「ハイハイ、新入り。お客さん怖がらせてんじゃないヨ」
 
 自分の(人形の)力技を見ていた子供たちの冷やかしに大人気なく怒るアニスの頭を、団長たるノワールが叩いた。
 
「ほら、アンタの出番終わったから、買い出しにでも行っといで」
 
 アニスの背中を押し出したノワールが衆目を集める。数十本のナイフを器用に空中で踊らせるノワールを尻目に、アニスは広場を後にした。
 
「あ~……わたし何やってんだろ」
 
 アニスは過去、重く複雑な経緯を経て、命の危険のあった両親を盗賊団・漆黒の翼に誘拐してもらい、ナム孤島という彼女らの故郷に受け入れてもらった。
 
 ローレライ教団の大詠師を手に掛けたアニスは失踪後、その縁もあって漆黒の翼と行動を共にしている。
 
 漆黒の翼の生い立ちや行動方針が、預言に頼らないこれからの世界に合っているという事と、調子のいい盗賊稼業の抑止力になる、という理由もある。
 
 かくしてアニスは、サーカス団・『暗闇の夢』として各地を転々としていた。
 
 贖罪……というよりは、何かしていないと落ち着かない。何が出来るか探している。そんな心境に近い。
 
「(牛乳に調味料に……げ、あのおばはんまた化粧品にこんな金掛ける気ぃ~?)」
 
 渡されたメモに目を通しながら、アニスは街の通りを歩く。セントビナーの象徴でもあるソイルの木の影響か、障気が消えてから二ヶ月しか立っていないのに、もうセントビナーには花々が蘇ってきている。
 
 “かつての”仲間たちがもたらした世界の一端を眺めながらアニスの耳に………
 
「預言が知りたいものは私について来い! 新生ローレライ教団が、皆を輝かしい未来へ誘おうぞ!」
 
「!?」
 
 不穏な言葉が、届く。見れば、深緑の法衣を身に纏った預言士(スコアラー)らしき男が、セントビナーの住民を多数引き連れて歩いていた。
 
「(あれか……!)」
 
 教団が預言を詠んでいないのに、旅の預言士が各地に現れているという噂は、アニスも以前から聞いていた。
 
 イオンの許から離れたとはいえ、その敬愛が薄れたわけではない。むしろ、敬愛しているからこそ離れたと言える。
 
「どぉりゃああぁぁーー!!」
 
「ぐあっ!?」
 
 目撃から五秒と待たず、アニスのドロップキックが預言士を直撃、真横に吹っ飛ばした。
 
 預言を求めていた人々が何やらアニスを非難しているのも無視して、アニスは倒れた預言士の胸ぐらを掴む。その懐から、宝石のような結晶が幾つも零れ落ちた。
 
「(! ………これ、譜石じゃない)」
 
 アニスが見た事もないような結晶。試しにフォンスロットを全開にして見たところ、やはりこの預言士には第七音素(セブンスフォニム)の素養を感じない。
 
 預言は、第七音譜術士(セブンスフォニマー)の能力でしか詠む事は出来ない。つまりこの男は……正規のどころか、預言士ですらない。
 
「(何か……またヤバそうな事が起きてるのかな……)」
 
 手にした不気味な結晶に、アニスは言い様の無い不安を感じた。
 
 
 
 
「ったく、何だっつーんだよ」
 
 珍しくティアの提案で休日となり、一日ダアトで体を休める事になったレイル一行。……なのだが―――
 
「つまんねぇ……」
 
 イオンは仕事、ティアも姿を眩まし、今、レイルの傍にはミュウのみ(カンタビレは最初から除外)。
 
 せっかくの休日なのに、突然ダアトの街に一人で放り出されてもつまらない。
 
 変装抜きでダアトの街を歩くのは初めてのレイルだが、そもそもダアトの宗教的な雰囲気は彼の肌に合わないのだ。
 
「やっぱイオンの部屋に行こっかなぁ。本棚に冒険小説あったし」
 
「ダメですの! イオンさんのお仕事の邪魔しちゃいけませんの! 今日は一日、ご主人様はミュウと一緒に街を回ってなきゃいけないんですの!」
 
「ブタザルの分際で誰に命令してんだテメェは。あ?」
 
 おまけに、いつもは単にレイルの後をついて回っているだけのミュウの動きが……何というか、牽制的だ。
 
 ほっぺたをぐにぐにと左右に引っ張られながら、ミュウは「あっちに面白そうなお店がありますの!」などと言いながらレイルを誘導していく。
 
 その日、レイルは小さなチーグルの仔供の掌の上で踊らされ、夕方以降まで歩き回らされる事になった。
 
 …………………
 
「あ~……疲れた」
 
「みゅ?」
 
「『みゅ?』じゃねーっつーの。せっかくの休みに何でお前のお守りしなくちゃなんねーんだよ。おまけに昨日こき使われたせいで大工と勘違いされるし、散々だ」
 
 結局一日かけてダアトを隅々まで歩き回ったレイルは、やや重たい足でダアト教会に戻ってきた。
 
 街中歩き回ったのにティアに会う事は無かったため、教会の中にいるのかと思って図書館などを覗いて見るが………
 
「………いねーな」
 
 仕事だというイオンは仕方ないとして、ティアは朝起きたらもういなかった。
 
「………………」
 
 人探しでも護衛でもなく、二人で出掛けたい。そんな願望も、レイルには密かにあった。……誘えるかどうかは別問題として、姿さえ見えなかったのはややショックだ。
 
 いや、理屈は抜きにして……レイルはただ、ティアと一緒にいたかったのだ。
 
「あーあ、昔だったら暇な時でも絶対ガイがいたんだけどなぁ……」
 
「ご主人様はミュウじゃ不満ですの?」
 
「うん」
 
「――――――!?」
 
 複雑な気持ちのままに、ミュウに言葉のナイフで八つ当たりしてみる。それを受けたミュウは、声無き叫びを上げてレイルの頭の上で昏倒した。
 
「しゃーねぇ、イオンの部屋行ってみるか」
 
 何となく淋しくなってしまった気持ちを紛らわすため、レイルは友達の部屋を目指す。図書館を出て、礼拝堂に続く大広間を右の扉から抜けて、譜陣を使って上階に転移する。そこから右に真っ直ぐ行くと、イオンの私室だ。
 
「おーい、イオ………」
 
 ノックもなしの、無遠慮な気安さで扉を開いたレイルに、それは降り掛かる。
 
(パァン!)
 
「うぇわぁっっ!?」
 
 僅か鼓膜を震わせる炸裂音と、クラッカーから飛び出した紙テープと紙吹雪。
 
「「誕生日おめでとう、レイル」」
 
 紙テープまみれのレイルに、ティアとイオンが祝いの言葉を掛ける。その場にはいるカンタビレはそんな言葉は掛けず、レイルの頭上でしんでいるミュウをつまみ上げ、ティアに渡した。
 
「時間ぴったりよ、ミュウ。ありがとう」
 
「お任せくださいですの!」
 
 復活したミュウが、ティアの礼に応える。レイルはまだ状況がわからずに目を白黒させている。
 
 部屋の中央のテーブルの上には、今の旅暮らしの中では豪華と言える料理が並び、それにはレイルの好物である鶏肉料理も含まれている。お祝いパーティーだと、鈍感なレイルでもわかる光景……だが……
 
「………俺の誕生日、今日じゃねーんだけど」
 
 レイルは、こんな日に誕生日を祝ってもらった事などない。前の誕生パーティーの時にはティアも屋敷にいたから、ティアもレイルの誕生日は知っているはずだった。
 
「(…………忘れられてた)」
 
 レイルはガクリと落ち込む。自分はティアの誕生日を憶えているのに、ティアには忘れ去られているという事実は、自身で驚くほどダメージが深かった。
 
 ――しかし、それは杞憂に終わる。
 
「違うわ。今日が……あなた自身の本当の誕生日なのよ」
 
「え………?」
 
 ティアの言葉の意味がわからず、レイルは間抜けな声を出す。説明をイオンが継いだ。
 
「以前持ち出した音譜盤に、『ルーク』のレプリカが造られた日時も記録されていたんです。……つまり、レイルが生まれた日ですよ」
 
 穏やかな笑顔でそう言われて、ようやく気持ちが状況に追い付いた。
 
 つまり……ティアがいきなり休日を設けたのも、今日皆がレイルと顔を合わせなかったのは、このサプライズパーティーのためだったのだ。
 
「ありがとう……!」
 
 遅れたように、溢れだしたような素直な笑顔で、レイルはそう言った。
 
 
 
 
 あれから、ティアの手作り料理や手作りケーキで催された誕生日パーティーで思う存分に騒いだ後、レイルとティアは宿に戻ってきていた。
 
「あら、早速着替えたのね」
 
 その朱の髪よりなお赤い真紅のコートに身を包んだレイルを見て、ティアは僅かに目を見開いた。
 
 イオンがレイルに贈った、『ベルセルク』と呼ばれる剛の戦士が纏う栄誉ある衣装だ。どうもイオンは、レイルを英雄視している感がある。
 
「……ちょっと窮屈な感じがするなぁ、これ」
 
「だったら、この紐を緩めればいいのよ」
 
 無造作な仕草で近づき、触れて、紐を緩めるティアに、レイルはどぎまぎすると同時に、僅かな寂寥感を覚えた。
 
 異性として意識されていない。そんな気がしたからだ。
 
「それから、はい」
 
「ッッッ!??」
 
 言ってティアは、レイルの首に手を回して、顔を近付けた。あまりに唐突で急激な接近にレイルはその髪以上に顔を赤くするが………ティアはすぐに離れた。
 
「? ……カンタビレさんに教えてもらって作ったの。誕生日プレゼント」
 
「あ………」
 
 何事か、と思ってレイルが自分の胸を見下ろせば、そこには海のように蒼いガラス玉が下がっていた。
 
 先ほどのティアの仕草は、これを自分の首に掛けてくれていたのだ、とレイルはようやく悟る。
 
「これ………手作り?」
 
「ケ、ケテルブルクでは一般的みたいなの。ガラス細工で作るアクセサリー。…………要らないなら、捨てていいけど」
 
「ち、違うっつーの! その……ティアは料理とかケーキとか作ってくれてたから、プレゼントまであると思わなくて……!」
 
 二人して言い訳染みた抗弁をした後、顔を見合わせて吹き出すように笑い合う。
 
「………ありがと、ティア」
 
 油断すると抱きついてしまいかねないほどの万感の想いを噛み締めて、レイルは呟く。
 
「…………………」
 
 その手を、ティアの両手が包んだ。
 
「(ここにいる………)」
 
 今が大切があればあるほど、未来への恐れが広がる。昨日のリグレットの言葉がティアの胸に楔を落としていた。
 
「(あなたは、消えない……!)」
 
 いずれレイルの全てが喰らい尽くされてしまう。そんな未来は信じない。
 
「ティア………?」
 
 自分の手を握るティアの手が震えている。その理由が……レイルにはわからなかった。
 
 
 
 
(あとがき)
 ルークの誕生日は原作では謎なのでオリジナル設定です。アッシュの誕生日すら明記されてなかったと思います。
 
 



[19240] 6・『新生ローレライ教団』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/07 11:24
 
 シンク達の動向を追う、と言っても、特別手掛かりがあるわけではない。
 
 一番多くの手掛かりを持っていそうなリグレットは行方がわからず、旅の預言士(スコアラー)というのもアバウトだ。
 
 とりあえず、シンクの目的はレプリカ世界だという事はわかっているのだから、やはり専門家に訊くのが一番だと“強行に”意見を通すティアとイオンによって、次の目的地はジェイドのいるグランコクマに決まった。
 
「(何か、変わったよな……)」
 
 グランコクマ行きの船の船室で寝転がりながら、レイルはそんな事を思う。
 
 強行に意見を通す。イオンならともかく、ティアの行動としては珍しい。
 
 旅を中断してまで誕生日を祝った事といい、半年前とは明らかに違いが出てきている。
 
「(変な言い方だけど、無駄に優しくなった……)」
 
 元々優しかったけど……。と口の中で転がすレイルは、自分が惚気ているという自覚は無い。
 
 そして実は、以前にもティアは、レイルが障気蝕害(インテルナルオーガン)を患っているとわかった時に単独で勝手な行動を取った事がある………という事実すら、レイルは知らなかったりする。
 
「(けど、何でジェイドなんだ……?)」
 
 切なげに歪めていた表情を一変させ、起き上がって首を傾げるレイル。その百面相を、小さな水色のチーグルが見ていた。
 
「ご主人様一人で楽しそうですの! ミュウも一緒ににらめっこすみゅ!?」
 
 じゃれついてきたミュウの頭を寝台に押しつけるレイル。
 
 このひねくれた性格が改善されるには、まだまだ時間が掛かるようだ。
 
「みゅぅ~~! ティアさんに言い付けてもいいんですの!?」
 
「やれるもんならやってみやがれ! 大体何でそこでティアが出てくんだよ!」
 
「ボクはご主人様とにらめっこしたいんですの!」
 
 ……いや、そんな日が本当に来るのかどうか。
 
 
 
 
「ジェイドが………」
 
「誘拐……?」
 
「……ああ」
 
 グランコクマに着いて、カーティス家の屋敷に向かった僕らは、たまたま居合わせたフリングス将軍に連れられて、そのままグランコクマ宮殿に案内された。
 
 そして謁見の間でピオニー陛下に直接告げられた話の内容が、ジェイドの誘拐。
 
 何でも僕らがここに来る少し前に、突然現れたディストの譜業がジェイドの屋敷を強襲し、ジェイド本人を連れ去ったという。
 
「サフィールの奴は昔っから、どこ行くにもジェイドの後について回ってたからなぁ……」
 
「そういう問題、なのでしょうか……?」
 
 本気なのか冗談なのかわからない陛下の言葉に、僕は控えめに訊いてみる。
 
「サフィールとは……死神ディストの事でしょうか?」
 
「ああ、サフィール・ワイヨン・ネイスって言うんだよ、あいつの本名」
 
 ティアの問いにも、陛下は軽く応えた。
 
「つーか、あいつ生きてたんだな。ジェイドの譜術で吹っ飛ばされたって聞いてたけど……」
 
「ゴキブリ並みの生命力さ。殺して死ぬようなタマじゃない」
 
 レイルの言葉ももっともだ。リグレットが生きていたという事は、ラルゴも生きていると思った方がいい。リグレットが離反したとはいえ、これで六神将は全員生きていた事になる。でも、それより気になるのは………
 
「ディストは、ジェイドを攫ってどうするつもりなのでしょうか……。今のジェイドは、光を失っているのに」
 
 ディストの目的がわからない。フォミクリーの情報を与えたくなかったのかも知れないけど………以前の旅の時点でジェイドが僕らに全てを話していたかも知れないのに……。
 
「あいつはジェイドに複雑な愛憎感情持ってるからなぁ」
 
『………………』
 
 段々、陛下の言葉が本気なような気がしてきて黙り込む僕たちに、陛下はおもむろに語りだす。
 
「まあ、冗談は置いとくとしてだな」
 
「冗談かよ!?」
 
 皆の気持ちを代弁したレイルに人懐っこい笑顔で誤魔化した陛下は、唐突に真剣な表情を作った。
 
「各地で騒いでる旅の預言士も、ジェイドを攫ったのも、貴公らを襲ったのも、『新生ローレライ教団』と名乗る六神将の残党の仕業だろう事はわかった。それを貴公らが追っている事もな」
 
 陛下はそう言って玉座を立ち、僕たちに手招きをする。そして目の前に集まった僕たちに、背中に隠していたらしい世界地図を取り出して見せる。
 
「先日、我がマルクト軍の音素(フォニム)計測機がある一点に異常な数値の第七音素(セブンスフォニム)を感知した、それがここだ。」
 
 戦争以外で第七音素を大量に使うのはフォミクリーくらいのもの。
 
 そう言って陛下が指した場所は、大陸でも島でもなく、ユリアシティの南東に位置する………海。
 
「……どういう事でしょう?」
 
「いや、実際に偵察船も出したんだが、そこに行ってもただの海しかなかったんだ。計測機の反応も頻繁に変わるし、見失うし……」
 
 僕の質問に愚痴のようにつらつらと言葉を並べた陛下は、人差し指をズビッと立てて、一言。
 
「俺たちの結論としては、“浮島”だ」
 
「…………何だそれ」
 
 不思議そうに訊ねるレイルには、呆れたように額を押さえたティアが説明してくれている。
 
 海洋上に浮かび、海流に乗って海を漂う島。それも、地図に載っていない。
 
「連中のレプリカ計画の肝は第七音素。まだ推測の域は出ないが……おそらくそれが奴らの本拠地だろう」
 
 まるで他人事のような口調の陛下は、申し訳なさそうな顔をこちらに向ける。
 
「外郭を降下し、預言を廃してまだ二ヶ月しか経ってない。下手に軍を動かして、ただでさえ心の弱ってる国民に、これ以上不安を与えるわけにはいかない。ただでさえ俺たちが預言士を取り締まる事で、住民が暴動紛いの騒ぎを起こすような事態にもなってるしな」
 
 力は貸せない。暗にそう言って、陛下は冗談めかして笑った。
 
「可愛くない方のジェイドも、気が向いたら助けてやってくれ。今のあいつは民間人だし、な」
 
 たとえ親友だとしても、ジェイド一人のために軍を動かす事は出来ない。だから、陛下に言えるのはそれだけだった。
 
 
 
 
 グランコクマ宮殿を出た俺たちは、何だか気合いの入らなくて、トボトボ港に向かって歩く。
 
「……何か、ピンと来ねー話だよな。ジェイドが誘拐されたなんて……」
 
「……そうね」
 
 いっつも人を馬鹿にしたような態度取ってて、目が見えなくなってもいつも通りな奴が……こんなあっさり攫われるなんて。
 
「ジェイドも一人の人間です。視力を失って、六神将に対抗出来ないのも仕方ありません」
 
 俺とティアの呟きに、イオンがもっともな応えを返した。……いや、そりゃそうなんだけど。イメージの問題っつーか。
 
「けど、フォミクリーの話訊こうと思って来たら敵の居場所までわかったんだから、予想外の収穫だよな? ジェイドも、ディストに攫われたんならそこにいるだろうし」
 
 前向きに考えたら、案外悪くない状況だと思って、俺がそう言ったら……
 
「そうね」
 
 ティアが表情一つ変えずに応えて、少し早足で先頭を歩く。……何だよ? って思ってたら、イオンがティアに近づいて何か耳打ちした。
 
「……何か俺、間違った事言ったか?」
 
「みゅう……ミュウにもわかんないですの……」
 
 お前には最初から期待してねーっつーの。
 
「当然の事ですが、海流に流れる浮島に向かってくれる船はありません。そもそも、今はどこの海を漂っているのかすらわからない」
 
 イオンが振り返って、そんな事を言ってくる。……お前今、話逸らさなかったか?
 
「シェリダンに向かいましょう。レプリカ計画の亡霊を消し去るために、彼女なら、もう一度翼を貸してくれるはずです」
 
 イオンに流されてるような面白くない気分を味わいながら、俺たちはシェリダンに向かう事に決まった。
 
 
 
 
「! レイルさん、ティアさん、イオン様、ミュウ!?」
 
 シェリダンに着いてすぐに、買い物に出ていたらしいノエルに出会った。
 
 休日なのか、旅の間は見る事のなかった、白のワンピース姿で。
 
「………………あ! ノエルか?」
 
「お久しぶりです、レイルさん!」
 
 一瞬ノエルだとわからなかったらしいレイルにも気を悪くした様子もなく、ノエルは駆け寄って凄く嬉しそうな笑顔になった。
 
「っ………」
 
 何の脈絡もなく、胸がチクリと痛む。……どうして?
 
「……イオン様までいらっしゃるという事は……キムラスカの公務ではない、ですよね?」
 
「ああ、ついでに言うとガイに会いに来たわけでもねーよ」
 
 私たちを見て少しだけ考え込んでから訊いてきたノエルに、レイルがぞんざいに返す。困ったように「相変わらずですね」とノエルが笑った。
 
「またアルビオールに乗せてもらいたいんです。詳しい話は、場所を移してからにしましょう」
 
「はい!」
 
 イオン様の言葉に、一も二も無く元気良く敬礼したノエルが、私の方を向いた。そして……
 
「(ど、どうして……?)」
 
 私は何故か、一歩後ろに退がっていた。これじゃまるで、ノエルに怯んだみたいで失礼じゃない。
 
「ティアさんも、お久しぶりです」
 
「ええ、久しぶり、ノエル」
 
 自分の突発的なおかしか行動を正して、私もノエルに挨拶を返す。
 
 そして、詳しい話をするからとノエルに案内された先の屋敷で………
 
「おっ……! レイルにティアにイオン様まで、どうしたんだ?」
 
 見た事が無いくらいに生き生きとした顔になっているガイと再会した。
 
 
 
 
(あとがき)
 この辺りのさじ加減が、ちょっと難しい……。
 
 



[19240] 7・『フェレス島』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/09 05:14
 
「私に息子はいない。……レプリカだから、ではないぞ?」
 
 バチカルの公爵邸、玄関先に飾られた宝刀を見上げながら、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレは言う。
 
「私が……預言(スコア)の示すまま、息子を見殺しにするような男だからだ。……父親とは呼べまい」
 
 見上げる宝刀は、かつてホドの貴族、ガルディオス伯爵を討ち取った際に奪ったもの。そのガルディオスの息子と、彼自身の息子が、すぐ後ろで彼の言葉を聞いている。
 
「私はずっと逃げていた。いつか死ぬ息子を愛するのは無意味……いや、辛いと思って、逃げていたのだ」
 
「………………」
 
 血も涙もない悪鬼。そう思い続けてきた男の、人間らしい……弱い部分を見て、ガイはその表情を歪ませる。
 
「仇の息子を助け、世界を救った。……何故だ? 私が憎くないはずがないだろう」
 
「俺は―――――」
 
 この問答の後、ガイは父の形見の宝刀を返され、セシルの名を冠してキムラスカの貴族となる。
 
 ―――二ヶ月以上、前の出来事だった。
 
 
 
 
「お前、シェリダンほっといて良かったのかよ?」
 
「まだまだ“教えられる”立場だからさ、ぶっちゃけ俺がいない方が仕事は捗るし、何よりあそこは職人の街だぜ?」
 
 シェリダンから再び飛び立つアルビオールの中で、心配そうなレイルの質問にガイが親指を立てて応える。
 
 ウインクをしながら親指を立て、ニッと笑った歯が白く光る。完璧だった。
 
「彼……完全に覚醒したみたいね」
 
「ガイさんとっても生き生きしてますの!」
 
 そんなガイの姿に、ティアは呆れ、ミュウは飛び跳ねる。ガイは元々音機関マニアだ。シェリダンの知事になってからは、その魂が止まる所を知らないらしい。
 
「でも助かります。この先六神将と戦う事も想定すれば、信頼に足る仲間は一人でも多い方が良いですから」
 
 イオンが裏表の無い笑顔で素直に喜ぶ。これにカンタビレが加われば、あのヴァンすらも打ち破った仲間が揃う事になるのだから。
 
「それに……ヴァンのレプリカやアッシュも絡んでるなら、俺にとっても無関係ってわけじゃない」
 
 和やかな空気に混ぜて、ガイは小さく呟いた。皆に僅か緊張が張り詰め、決意を固めさせた。
 
 レイルにも、ティアにも、ガイにとっても特別な存在であるヴァンの……レプリカ。レイルのオリジナルであるアッシュ。そのアッシュの許婚であり、レイルやガイの幼なじみでもあるナタリア。ナタリアの実の父親、ラルゴ。イオンのオリジナルと融合したらしいシンク。そのシンクを慕い、従っているのだろうアニスの同期、アリエッタ。
 
 先の戦いで残した因縁の全てに、今度こそ決着をつける時が来た。そして、ヴァンが思い描いたレプリカ計画という幻想にも。
 
「地図にある座標から、海流に沿ってアルビオールで飛行、それらしい浮島を発見次第、着陸します」
 
 皆がそれぞれの決意を固める中、皆の翼であろうとするノエルの、努めて冷静な声が響く。
 
 
 
 
「ここ………フェレス島だ」
 
「! 知ってんのか、ガイ!?」
 
 ノエルが捜索を始めて四日。アルビオールは目的の浮島を発見、着陸した。
 
 アルビオールの窓から島を見ていた時から何か引っ掛かるような顔をしていたガイが、唐突に島の名前を口にする。
 
 連なる建物も、架かる橋も、芸術的な様式である事が素人目にもわかる街並み。だが、その街は同時に酷く寂びれ、廃墟のように至る所が壊れていた。
 
「ホドの対岸にあった島だよ。……ホド消滅の影響で、津波に沈んだって聞いてたんだが……」
 
「………津波で、陸地が浮島になるものでしょうか?」
 
「ただの浮島でもないと思います。こんな大きな島なのに、定期船ほどのスピードで移動していましたから」
 
 ガイの言葉に、イオンとノエルがそれぞれ疑問を口にする。
 
「……兄さんが本拠地にしていた場所だもの。どんな秘密が隠されていても不思議じゃないわ」
 
 調べてみましょう。と先を促すティアの裾を引っ張って、ミュウが震える。
 
「みゅぅ……この島怖いですの。魔物の気配がいっぱいするですの……」
 
「……今回は、ノエルも一緒に来た方が良さそうだな」
 
「あっ、はい! 万一に備えて、準備は万端です!」
 
 ミュウの言葉を受けたガイの提案に、ノエルは力強く返事をして、いつもの赤いパイロットスーツの上から重装備を身に付ける。
 
 譜業式機関銃に譜業式火炎放射機に第五音素爆弾、催眠ガス弾。何とも凶悪な譜業が目白押しだった。以前の旅に教訓を得たのか、凄まじい気合いの入りようだ。あんな銃火器を身に付けながらも平然と歩いている辺り、案外体力があるのかも知れない。伊達に世界で唯二人の飛晃艇のパイロットをしてはいないらしい。
 
「……とりあえず、こけたりすんなよ。頼むから、マジで」
 
「はい!」
 
 目を輝かせるガイと、やる気充分のノエル以外の全員が、内心で冷や汗をかいた。
 
 
 
 
「………………」
 
 様式美を追及した結果なのか、フェレス島はどこか迷路のような複雑な造りだった。ガイの話に因ればこの街を手掛けた建築家の名前がフェレスと言って、島の名前もそこから取ったらしい。
 
 さっきからレイルが道を間違えてばかりだし、ライガ族の魔物も沢山襲ってくる。……結構厄介な島ね。
 
「……大爆発(ビッグバン)の事、レイルは何も気付いてないのですか?」
 
「はい……。ああいう人ですから」
 
 一行の一番後ろを、私とイオン様が並んで歩く。先頭をガイが、その間を、ミュウを肩に乗せたレイルとノエルが並んで……。
 
「………………」
 
 また、何だかモヤモヤする落ち着かない気分になったけど、今はそれどころじゃない。イオン様と話を続ける。
 
「……ジェイドがこの話をしなかったという事は、“話しても仕方ない”事なんじゃないかと思うんです」
 
「……どういう、意味でしょうか?」
 
 どこか含みを持たせるようなイオン様の言葉に、私は何を察する事もなく訊き返した。
 
「………………」
 
 そんな私に、イオン様は沈黙で返す。見返してきた瞳が「わかっているはずです」と物語る。
 
「(…………本当に?)」
 
 ……わかっている。私は、本当はその可能性に気付いていた。……話しても仕方ない、という事は、話しても結果が変わらない、という事。
 
「……とにかく今は、目の前の事に集中しましょう。真相を知る手掛かりは、この島に必ずあります」
 
「……はい」
 
 何を考えるのも早計。そうわかっているはずなのに、後ろ向きな事ばかりを考えてしまう。真相は目の前に迫っているのに……いや、真相が目の前に迫っているからかも知れない。
 
「(落ち着かないと……)」
 
 こんな状態じゃ、護衛の任務にも支障をきたす。いや…………
 
「「ッッ………!?」」
 
 ―――もう、きたしていた。進んだ先、一際大きな広場の中心に踏み込んだ時、複数の視線が私たちに向けられている事に……私とガイが気付く。
 
「(気配に気付かなかった……!?)」
 
 気配を隠した相手を見つけたわけじゃない。向こうから気配を曝け出しただけ。
 
「気を付けろ!」
 
「へ?」
 
 全く気付いてなかったらしいレイルが間の抜けた声を出し、他の皆はガイの言葉の意味に気付いて円形に陣を組む。中央にノエルとミュウを囲うようにして。
 
「あんな目立つ物で乗り込んで来たんだ。まさか気付かれていないとは思っていまい」
 
 大きな石柱の陰から、大鎌を担いだラルゴが。
 
「……俺は信じねぇぞ。ヴァンがお前に剣を託したなんて」
 
 ラルゴと反対側にある家屋の屋上から、アッシュが。
 
「……どうして、こんな所にまで来てしまったのですか」
 
 そのアッシュの背中から、ナタリアが。
 
「ここはアリエッタの大切な場所……お前たちなんかが勝手に来ていい場所じゃないんだからぁ!」
 
 私たちが来た道から、魔物を引き連れたアリエッタが。
 
「これはこれは、ローレライ教団の“導師イオン様”まで来てくれるとはね。歓迎するよ」
 
 そして、正面の大階段を悠然と降りてくるシンクが、私たちを囲むように現れる。
 
 ディストと兄さんのレプリカは……いない。相手は五人、こちらも五人……但し、ノエルは戦えない。それにアリエッタの魔物もいる。
 
「へっ、やっぱり生きてやがったか……!」
 
「……何嬉しそうにしてやがる。殺すぞ屑が」
 
「その屑に二回も敗けたのはどこのどいつだよ」
 
 何だかんだ言っても今まで半信半疑だったアッシュの生存に、レイルは少し気合いが入ったらしい。
 
 ……確かに、数の上では敗けているけど、彼らが兄さんより強いとも思えない。それに、今のレイルは体から障気を除去した万全の状態。本当に戦力で劣っているかどうかはわからない。
 
「えいっ!!」
 
『!?』
 
 誰もが、意表を突かれた。
 
 敵主力との総力戦にも近いこの戦いの火蓋を切って落としたのは……
 
「掴まれメリル!」
 
「は、はいっ!」
 
 ノエルの投げた、譜業爆弾だった。アッシュとナタリアの立っていた家屋が、荒れ狂う爆炎の中で崩れ落ちる。
 
「“聖なる名を持つ空駆ける天馬よ 我が血の盟約に従いて此処に来たれ”」
 
 意外とこういう時の行動の早いイオン様が、既に詠唱を終えていた。聞いた事もない譜だと私が思った時には、イオン様の足下に浮かび上がった譜陣が光り輝く。
 
 そして、溢れだした光の中から……“それ”は姿を現した。
 
「げ」
 
「なっ!?」
 
「ユ……!」
 
 敵よりまず、私たちの方が驚愕してその動きを止めてしまう。だって、今イオン様が跨がっているのは………
 
『ユニセロス!?』
 
「この二ヶ月の間に身につけた召喚譜術です。……一応、禁譜なんですが」
 
 説明もそこそこに、イオン様はノエルに手を伸ばし、水色の鬣と翼を持つ一角天馬に乗るように促した。
 
「余所見してんじゃねぇよ!!」
 
 けれど、いつまでもそんなやり取りを黙って見ているわけもなく、ノエルが爆破した家屋から飛び降りたアッシュが、レイルに斬り掛かる。
 
 背後からのその一撃を、フォローに回ったガイが止めた。
 
 イオン様とノエル(とミュウ)がユニセロスに乗って上空に逃げる。アッシュとガイが斬り結ぶ。
 
 アッシュの力が“衰えていないで欲しい”。そんな私情を意志の力で押さえ込んで、私はレイルに、一瞬目配せした。
 
 まだ敵は完全に起動を始めていない。私の意図を察して、レイルは一直線にラルゴに向かって走る。
 
 確実に一人ずつ、敵戦力を削る。……まずは一人、一撃で決める!
 
「“穢れなき風 我らに仇なすものを包み込まん”」
 
 自分に猛進を掛けてくるレイルに気を取られているラルゴの上空から―――
 
「『イノセント・シャイン』!!」
 
 降り注ぐ天風が、無防備なラルゴを圧し潰した。
 
 
 
 
(あとがき)
 またしてもイオン様にオリジナル要素です。アニメだとディストが何も無い所から譜業出したりしてるし、アリかと思った次第です。
 
 



[19240] 8・『不可解な烈風』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/09 09:43
 
 浮島の空を、二つの蒼が回り続ける。一つは青い怪鳥フレスベルグ、もう一つは水色の天馬ユニセロス。
 
 爪が、角が、翼がぶつかり合って、回り続ける。フレスベルグが嘴を大きく開き、冷気のブレスを吹き出した。それはユニセロスに乗るノエルが放った火炎放射に混じり合い、大気に散った。
 
 当然のように、その分ユニセロス自身に余裕が出来る。その金色の一角が稲妻を奔らせ、怪鳥を襲った。
 
 その一撃を何とか回避したフレスベルグを……
 
「“紫電の槌よ”『スパークウェブ』!」
 
「ギィイイイイッ!?」
 
 イオンの譜術が生み出した雷撃の球が呑み込み、地に墜とした。
 
「これで制空権は握ったはずです。振り落とされない事だけ注意して下さい」
 
「大丈夫です! 私はアルビオール2号機の専属パイロットですから!」
 
 やややる気が空回りしている様に見受けられるノエルに一抹の不安を感じて、イオンは眼下の戦場を見下ろす。
 
 ティアの秘奥義を受けたラルゴは、瓦礫に埋まって姿が見えない。だが、あの天風の直撃を受けて無事なはずがない。
 
 ラルゴへの囮となっていたレイルは一気に進路を変えてアッシュと交戦、入れ替わるようにガイがナタリアを追い詰めている。
 
 ティアはラルゴに最高の一撃をくわえた後にライガに乗ったアリエッタと戦っている。他にもライガが複数いるため、ラルゴを倒してもなお状況は悪い。
 
 普通ならば、ティアと協力してライガを倒すのが一番だ。削れる戦力から削るのが一番確実。だが……
 
「……………」
 
 この乱戦の中にあって、どの戦線にも加わらずに、ただ大階段に腰掛けて静観を貫いているシンクの存在が、イオンには嫌に不気味に感じられる。
 
 以前レイル達から聞いていた情報から考えて、もしかすると単に戦える状態ではないだけなのかも知れないが、楽観する気にはなれなかった。
 
「……ノエル、譜業爆弾をライガに。ティアを巻き込まないように気を付けてください」
 
「了解しました」
 
 私情、不安、思惑、様々な葛藤を経て、イオンは後ろ髪を引かれるような面持ちで、ライガ達に向かってユニセロスによる滑空を始める。
 
 
 
 
「『エクレールラルム』!」
 
「『ネガティブゲイトォ』!」
 
 言霊を発すると同時、立ち上る光がアリエッタを、包み込む魔空間がティアを襲う。
 
 自身を包む魔空間から後ろに跳び退いたティアを、アリエッタを乗せたライガは逆に前に飛び出して追撃する。
 
 苦痛を振り払うように爪と牙を唸らせるライガだが、ティアも半年前とは違う。近接戦闘の術も身につけている。
 
「『バニシングソロゥ』!」
 
「ガァッ……!?」
 
 杖の先端から譜力を爆発させて、ライガを軽々と吹き飛ばす。僅か出来た余裕を生かして、周囲の戦局に目を配る。
 
 その中に、アッシュに対して優勢に戦いを進めているレイルを見つけて、ティアは表情を複雑に歪めた。
 
「撃てぇ!!」
 
 しかしそれでも、全体の戦局を見極める作業を怠りはしない。自身の背後から一斉に雷撃を吐き出そうとするライガ達を“無視して”、先ほど吹き飛ばしたライガ……アリエッタの騎馬へと走る。
 
 一拍置いて――――
 
『ガァアアアアッ!?』
 
 ティアを狙い撃とうとしていたライガ達が、雷撃ではない咆哮を上げた。頭上から投げ落とされ、炸裂した、譜業爆弾によって。
 
「キャアアアアアァァ!!」
 
「(譜術力は大したものだけど、情緒が不安定過ぎる。六神将と言っても、やっぱりまだ子供という事……!)」
 
 先ほどフレスベルグが墜落した時と今、魔物が攻撃される度に悲鳴を上げて取り乱すアリエッタを内心でそう評して、ティアは口の中で小さく詠唱を始める(実は同い年なのだが)。
 
「『ホーリー……』」
 
 だが、伏していたライガがティアの予想に反した速さで立ち上がり、飛び掛かり………
 
「痛っ……」
 
 ティアの二の腕を爪で薙いだ。思わず集中が乱れ、音素(フォニム)が霧散する。
 
「(実際の状況判断は、このライガがしているという事……!?)」
 
 予想外の反撃を受けて、ティアは『妖獣のアリエッタ』の評価を引き上げる。彼女と魔物は一心同体、一番の脅威は、魔物と対話し、従える能力であると。
 
 ティアが手傷を受けてアリエッタと距離を取っている頃、レイルとアッシュは目にも止まらぬハイスピードの剣撃の応酬を繰り広げていた。
 
 相変わらずアルバート流の剣と剣がぶつかり合う中で、レイルは以前とは違う違和感を感じていた。
 
「(おかしい……)」
 
 全てに於いて上をいかれていた以前の戦いとは、明らかに違う。高次元の斬り合いには違いないが、今のレイルは傷一つ受けていない。
 
「(こいつこんなに、“弱かった”っけ……?)」
 
 とても楽勝だなどとは言えないが、負ける気がしないのも事実だった。
 
「(まあ、ヴァン師匠と比べりゃ誰だって弱く見えるか……!)」
 
 それに然程頓着せず、単に好都合とレイルは割り切る。
 
「ブン殴ってでも連れて帰るぞ。母上泣かしてんじゃねーよこの放蕩息子!」
 
 レイルの右掌と、
 
「ふざけた事言ってんじゃねぇ! あそこはもう、俺の居場所じゃねぇんだよ!」
 
 アッシュの左掌がぶつかり、間で気が弾けて吹き飛んだ。……アッシュのみが。
 
「やっぱり、かよ……くそっ……!」
 
「何ごちゃごちゃ言ってんだ!」
 
 石造りの建物の壁を砕いて仰向けに倒れて呻くアッシュに向かって、レイルが走る。だがそれを阻むように、突然―――
 
「っわ!?」
 
 漆黒の大鎌が、レイルの眼前に迫っていた。咄嗟にローレライの剣で受け止めるが、あまりの重さに大きく退がらされる。
 
「……気配を読むのは苦手なようだな。小僧」
 
「タフなオッサンだな、おい………」
 
 いつ瓦礫からはい上がってきたのか、ティアの秘奥義を受けたはずのラルゴがレイルの前に立ちはだかる。
 
 引きずるような重い動きから、相応のダメージは見受けられたが、やはり一進一退の攻防は続く。
 
「(思ったより粘るな……)」
 
 それらを座して睥睨していたシンクが、面白くなさそうに溜め息をついた後、「……飽きた」と口にして立ち上がった。
 
 見上げる先には、空を駆ける水色の天馬。
 
 
 
 
「ナタリア、いい加減に目を覚ますんだ! こんな事が正しいと、本当に思ってるわけじゃないだろ?」
 
「ナタリアではありません。わたくしはメリル……メリル・オークランドですわ!」
 
 次々と射られる矢を躱し、切り、弾いて、ガイはその俊足でナタリアに迫る。スピードを身上とする剣士であるガイは、間合いを取って敵を射るナタリアにとっては、最悪の相手と言えた。
 
 ナタリアが『斬るべき相手』なら、とっくに勝負はついているところだ。逃げながら矢を放つナタリアを追い詰めるガイ。その攻防にも、終着が近い。
 
「はっ!」
 
「!?」
 
 ガイの剣先が、ナタリアの弓の弦を捉え、切った。これでもう矢は射てない。ガイは当て身を食らわせ、気絶させようと動いた。その初動で………
 
「が………っ!」
 
 真後ろから繰り出された蹴撃が、ガイを真横に吹き飛ばした。その蹴撃の主………深緑の髪と瞳を持つ少年が、吹き飛ばしたガイを一瞥する。
 
「シンク……!」
 
「しっかりしてよね。おちおち観戦も出来やしない」
 
 ナタリアに皮肉を零したシンクは、具合を確かめるようにグッ、グッと掌を握り、靴を直すように爪先で地を叩いた。
 
「……戦えるんですの?」
 
「呑まれやしないよ。試運転には丁度いい」
 
 軽く応えて、シンクは天に右手を向ける。そして、放つ。
 
「“雷雲よ刃となれ”『サンダーブレード』」
 
 凄まじい雷光を迸らせる稲妻の剣が奔り、空を駆けるユニセロスを襲う。それは直撃こそしなかったが、余波たる稲妻で天馬を灼き、その飛行能力を奪った。
 
「うあぁっ……!」
 
「きゃああぁ!?」
 
 風の支えを失った凧のように、ユニセロスは宙を踊って地に叩きつけられた。騎乗していたイオンとノエルは呻き、苦悶の表情を浮かべる。
 
 シンクは止まらない。ガイ以上の俊足で駆け、獲物に向かって一直線に駆ける。
 
 それはラルゴやアッシュと対峙しているレイルではなく………
 
「ティア!!」
 
「っ!?」
 
 レイルの叫びに反応して、ティアが後方に目を向ける。だが、それによってアリエッタに背中を向ける事になる。この瞬間、完全な挟み撃ちが成立してしまっていた。
 
「テメェら………」
 
 レイルは、左右から迫るアッシュとラルゴを……
 
「邪魔だあぁっ!!」
 
 右の拳と左脚で弾き飛ばして、一目散にシンクを追う。だが―――遅い。
 
「『リミテッド』!」
 
「っ………あ!?」
 
 背後を突いた光の鉄槌がティアを撃ち、それによって動きが鈍り、杖を取り落とした一瞬を逃がさず、シンクがティアの喉笛を掴み上げる。
 
「これで、譜術も譜歌も使えないね」
 
「っ……………!!」
 
 言われた通りの状況に、しかしティアは怯まず反撃に転じる。
 
 右足で放った蹴りは、シンクの左腕に容易く阻まれて届かない。防がれると同時に左手にナイフを握り………
 
「無駄だって」
 
「ッ……か……!?」
 
 それを投げるより早く、シンクの左膝がティアの鳩尾にめり込んだ。
 
 堪らず意識を失ったティアを肩に担いで、シンクはアリエッタに一言告げる。
 
「アリエッタ、グリフィンを」
 
「? ……はい、です」
 
 怪訝そうにしながらも、アリエッタの口笛に合わせて、家屋の向こうからグリフィンが飛んでくる。
 
 シンクは人一人を担いでいるにも関わらず、常人ではまずあり得ない跳躍でそれに跳び乗った。
 
「待てこの野郎! どういうつもりだ!?」
 
「ヴァンの妹を返して欲しかったら、レムの塔まで来なよ。ここは退いてあげるからさ」
 
 シンクの不可解な行動に戸惑いながらも激昂するレイルに、シンクはさらに不可解な言葉を残す。
 
 あの瞬間にティアが殺されなかった事は喜ぶべきだが、今まさにそのティアが攫われそうになっている。
 
「ティア起きろ! 攫われちまうぞ!! 起きろっつーの!!」
 
 叫び、咆えてもティアは目覚めない。シンクはそれ以上語らず、グリフィンを上昇させようとする。レイルは両足に力を込めた。
 
「ティアを返せ!!」
 
「馬鹿だね、あんた。普通自分から空中に来る?」
 
 先のシンク以上の跳躍で、レイルはグリフィンの眼前に飛び出した。その行動を鼻で笑ったシンクが、右の掌をレイルに向ける。
 
「二度も言わせないでよね。返して欲しかったら、レムの塔に来い」
 
「ッ……くっ!?」
 
 そこから奔った衝撃波が、木の葉を散らすようにレイルを吹き飛ばす。空中で踏ん張る事すら出来ないレイルは全く無力に地に墜ちた。
 
「待て、よ………」
 
 それでも、離れていく、届かない天空に手を伸ばして、レイルは叫ぶ。
 
「ティアァァーー!!」
 
 そのレイルを、横合いから狙っているものがある。アリエッタの駆る、ライガだ。
 
 その牙だらけの口から、バチバチと紫電が溢れ出す。
 
「ガアアアァーー!!」
 
 レイルは気付いていない。完全に意識が空に向いている。雷の咆哮が、迫る。
 
「レイルさん!!」
 
 少女の背中を、稲妻が打った。
 
 
 
 
(あとがき)
 一部二部よりやたら長くなりそうな予感がしてる、そんな三部です。もっと楽しげなパートも書きたいのですが、この辺は止まれないです。
 
 



[19240] 9・『マリィベル』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/10 18:19
 
 シンクの一撃。とんでもなく重い一蹴りで無様に吹っ飛ばされた俺が体を起こす時には、もう戦況は一気に変わってた。
 
 いつの間に接近したのか、シンクがティアを捕まえ……気絶させた。そのままグリフィンに跳び乗るシンクに、レイルが不用意に向かっていって、返り討ちにされた。
 
「(ティアを攫う……?)」
 
 奴らの意図が読めない。前ならまだしも、ヴァンもリグレットもいない今、あいつらがティアを連れ去る理由がわからない。
 
 だが、そんな事を悠長に考えてる余裕も無いらしい。飛び去ったシンクに気を取られてるレイルを、アリエッタのライガが狙ってる。
 
「レイル! 避けろ!」
 
 呼び掛けながら、俺はもう走ってる。……あいつ、ティアが攫われた事で頭ん中真っ白になってるな。俺の声も聞こえちゃいないらしい。
 
「(間に……合わない!!)」
 
 少し距離がありすぎる。あいつならサンダーブレスの一発くらい耐え切るか……なんて考えが俺の頭を過った時には、もうライガは雷撃を放っていた。
 
「避け……」
「レイルさん!!」
 
 もう一度俺が叫ぼうとした声を掻き消すような大声が聞こえて、そして………
 
「あ―――――」
 
 レイルを庇うように飛び出したノエルの背中を、稲妻が焼いた。
 
『ガイラルディア、あなたはここに隠れていなさい。何があっても、絶対に出てきてはいけません』
 
「っ………!?」
 
 そんなノエルを見た瞬間、突然割れるように頭が痛みだした。懐かしい屋敷の景色、それを踏み荒らすよう白光騎士団、血に染まる絨毯、心がざわつくような光景が頭の中を巡る。
 
「(何やってんだ俺は……!?)」
 
 レイルじゃあるまいし、こんな時に何頭抱えて蹲ってるんだよ……!
 
『女子供とて容赦するな! 譜術が使えるなら十分脅威だ!』
 
 そう思ってるのに、頭の中で声は響き続ける。今まで眠っていたものが、呼び起こされるみたいに。
 
『ガイ! 危ない!』
 
「っ!!」
 
 俺は暖炉から飛び出した。そんな俺を庇って、姉上が、メイド達が、斬り殺されていく。斬り殺されて、その体が俺の背中から覆い被さって、隠していく。
 
「思い……出した……!」
 
 今まで抜け落ちていた。姉上たちの最期の記憶。俺が女性恐怖症になった理由。ようやく、それに辿り着いた。
 
 だけど……
 
「…………………」
 
 俺がモタモタしてる間に、残りの六神将も、ナタリアも、シンク同様に姿を消してしまった。
 
 
 
 
「………………」
 
 居ても立ってもいられない。そんな風情で握り拳を作るレイルを、僕はノエルの傷を癒しながら横目に見る。
 
 ティアの事が心配で、気が気でない。だけど自分を庇ってノエルが怪我をしたのに、焦った態度を見せるわけにはいかない。すぐに後を追うように急かす事になってしまうから。
 
「(……と言ったところでしょうか)」
 
 レイルはすぐ顔に出るから、何を考えているのか僕でも簡単に解る。……これでは、ノエルが目覚めた時に結局負担を掛けてしまう。
 
「レイル、俺たちはもう少しこの島を調べてみよう」
 
 僕が丁度提案しようと思った事を、ガイがレイルに申し出た。流石に、レイルと一番付き合いの長い親友なだけある。
 
「で、でも……もうあいつらここにいねーし、ノエルとイオンだって……」
 
「ここに第七音素(セブンスフォニム)が集中してた事に変わりはないんだ。それに、イオン様やノエルなら大丈夫だよ。野生の魔物は、あんな大爆発のあった場所に進んで近寄ったりしないし、いざとなったらこいつがいる」
 
 おどおどと狼狽えているレイルとは対称的に、ガイは理路整然と説明しながら、「な?」とユニセロスの鬣を撫でた。……彼も先ほど、何か様子がおかしかったが……気のせいだったのだろうか?
 
「行ってください。外傷はそれほど深くないから、本当に心配は入りません」
 
 少し気にはなったけど深く立ち入らず、僕はレイルに先を促す。……シンクの行動の意図はまるで読めないが、この島に何も無いとも思えない。
 
 一刻も早くティアを助けたいと言うなら、効率的に為すべき事を為すべきだ。当面で言えば、この島の探索。
 
「何か……嫌な予感がします。アクゼリュスが崩落した時に似ている。漠然とですが……何か大きな災いが迫っている気がするんです」
 
 僕の言葉に何かを感じ取ってくれたのか、レイルはガイに連れられて、何度もこっちを振り返りながら奥に進んだ。
 
「ミュウ」
 
「みゅ?」
 
「レイルについていて下さい。彼は少し、行き過ぎな所がありますから」
 
「わかったですの!」
 
 僕の要請を受けて、ミュウは一目散にレイルを追い掛け、飛び付いた。
 
「………………」
 
 僕は治療術に意識を集中しながら、頭の片隅で別の事を考える。
 
 先ほどのアッシュの実力は……明らかにレイルを下回っていた。やはり……
 
「(…………………だとしても、防ぐ術はあるかも知れない)」
 
 大爆発(ビッグバン)はコンタミネーション現状。つまり、レイルと融合する音素(フォニム)が“存在しなければ”いい。
 
「(素人考えだけど……)」
 
 レイルの超振動で、アッシュを音素ごと消滅させてしまえば、レイルがアッシュの構成音素に乗っ取られる事は無くなる。
 
 残酷かも知れないけど、アッシュは敵だ。レイルと天秤に掛ける理由が無い。
 
「(この考えを告げたら、レイルはどうするでしょうか………)」
 
 そこまで考えて、軽く首を振ってから治療術に集中する。まだ何が確定したわけでもない。この島にジェイドが捕まっている可能性だってある。
 
 レイルの大爆発、攫われたティア、シンクの思惑、何一つはっきりしない不気味な状況に、僕は一人、肩を落とした。
 
 
 
 
「俺を守ってくれた姉上やメイドたちの亡骸に覆い隠されて、俺は九死に一生を得た。………情けない話だよ。俺を守ってくれた姉上たちの事を怖いって思って、女性恐怖症になっちまったんだから」
 
 俄かに不気味な気配が強くなるフェレス島の奥地に進みながら、レイルはガイの話を黙って聞いていた。
 
「………ごめん。俺はレプリカだけど、父上が……」
「いいって。そもそも、直接関係ないお前を殺そうとしてた時点で、俺の復讐は八つ当たりだったんだ」
 
 全く今さらにしょぼくれるレイルを、ガイは朗らかに笑い飛ばす。別に、責めるつもりで話したわけではないのだから。
 
「ガイさん……可哀想ですの……」
 
「……そうでもないさ。ホド消滅で理不尽に命を奪われた人間は何万といたんだ。こうやって生き延びて、親友もいて、音機関に囲まれて、今じゃ前向きに生きてんだ。十分以上に幸せ者だよ、俺は」
 
 眉を八の字にしてへこむミュウにも、ガイは笑い掛ける。これでは立場がまるで逆だ。
 
 ガイのそんな態度を(珍しく)察したのか、レイルは話題を別方向に逸らそうとして……
 
「ティア……大丈夫かな………」
 
 再び消沈した。世話役も大変である。
 
「わざわざ攫った以上、今さら危害を加えたりはしないだろ。……目的がわからないけどな」
 
 ガイは、今度はフォローするつもりでもなくごく平静な判断でそう言った。レイルは俯いたまま、歯を軋ませた。
 
 シンクへの怒り、みすみすティアを攫われた自分への不甲斐なさ、あらゆる負の感情をない交ぜにしたような危うい色が瞳に揺れる。
 
「(無理もないか……)」
 
 ティアを取り返すまでは、何を言っても気休めにしかならないだろう。ガイに出来る事といえば、普段のティアの代わりにレイルの抑え役になるよう務める事くらいか。
 
 しばらく言葉もなく進んだ先、一際大きな屋敷を見つけて、レイルとガイは中に踏み込む。寂れてはいるが、大仰で格式張ったその様式から見て……以前は貴族が住んでいたのかも知れない。
 
 その屋敷の地下にまで進み、レイル達は一つの施設を見つけた。巨大なホールに、様々な譜業が絡み合うように設置され、不気味な光が部屋に満ちている。
 
 その中央の譜業に、レイルは見覚えがあった。
 
「これ……コーラル城にあったやつと同じだ」
 
「って事は、これがフォミクリーなのか? しかも稼働してる……」
 
 コーラル城は、『ルーク』が攫われ、レイルが生まれた場所。そしてこの島に強力な第七音素の反応があったという事実から、ガイはすぐに正解に辿り着く。
 
 今、目の前にある音機関が、ヴァンが思い描いたレプリカ計画の根源なのだという事に。
 
「……何だってシンク達は、こんな大事な譜業があるフェレス島であっさり退いたんだろうな。現に、俺たちは簡単にこれに辿り着いちまったぜ」
 
「あいつらの考えてる事なんて知るかよ……」
 
 首を捻るガイの言葉を聞き流したレイルが、怒りを押し殺したような声で呟き、ローレライの剣を抜く。
 
 そして―――
 
「『雷神剣』!!」
 
 稲妻を纏った剣の一突きで、フォミクリーの譜業を破壊する。目に見えてわかる感電がホール中を巡り、その機能を完全に停止させた。
 
「…………戻ろうぜ。ノエルの怪我も治ってるかも知んねーし、レムの塔って所に急がなきゃな」
 
「ティアさんが心配ですの……」
 
「もう少しだけ探索しないか? ジェイドだってここに居るかも……」
 
 明らかに逸っているレイルとミュウを引き止めようとしたガイの声が……止まる。
 
 露骨な人の気配が、レイル達の周りに集まりだしたからだ。……それも、半端な数じゃない。
 
「!? 何だこいつら!」
 
「……探索続行どころじゃなくなったらしいな、どうも」
 
 気配はすぐに姿を現し、レイル達を取り囲む。鈍色の全身スーツに身を包む人間たち……だが彼らの瞳はどこか虚ろで、生気を感じさせない。
 
「レプリカか……!?」
 
「……ま、当然か」
 
 ガイは己の見通しの甘さを呪う。フォミクリーが稼働していたという事は、当然レプリカが造られ続けていたという事だ。彼らの登場は、予想して然るべきだった。
 
「何をする。何故我らの仲間が生まれるのを邪魔する」
 
「……あんた達が生まれたら、俺たちオリジナルを滅ぼそうって奴らがいてね。悪いけど、止めさせてもらった」
 
 背中から掛けられた―――どこかで聞いた声――に振り返って応えたガイは、今度こそ完全に平静を失う。
 
 ガイと同じ青い瞳と金の髪を持つ、レプリカの女性がそこに立っていた。
 
「マリィ……姉さん……?」
 
 かつて、弟を守るためにその命を失った姉の紛い物が、ガイの前に姿を現した。
 
 
 
 
(あとがき)
 この辺りから、またダッシュで数話入れたいかも知れません。まとめ投稿も楽しい。
 
 



[19240] 10・『憧れの人』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/11 16:56
 
「…………レムの…塔……」
 
「はい、ごくろうさま」
 
 あれからノワール達を引っ張り回すようにして旅の預言士(スコアラー)を捜して絞め上げる事、これで三人目。
 
 よ~~やくそれっぽい情報が手に入った。今までの連中は何されても全然口を割らなかったけど、三人目のこいつは毛色が違った。
 
「………………」
 
 目に生気が無くて、何かぼんやりしてる。まあ、こいつがやる気無いおかげでわたしは情報をゲット出来たんだから、いっか。
 
「ちょいと、あんたまさかこんなヤバそうな話に直接首突っ込むつもりじゃないだろうネェ?」
 
「子供の火遊びは感心しないぜ?」
 
「オイラ達、別に正義の味方でも何でもないでゲスよ」
 
 暗闇の夢の三人が、わたしに牽制を掛けてくる。……ったく、『義賊』って便利な言葉だよね。都合の良い時だけ正義面しちゃってさ。
 
「嫌ならわたし一人で行くよ。確かに、三人には関係ないし」
 
 パパとママを受け入れてくれた事には感謝してる。わたしをサーカスに誘ってくれたのも嬉しかった。………だけどまあ、所詮は損得勘定のギブアンドテイク。これ以上わたしに付き合うのは割に合わないってのはわかってるつもり。
 
「今までありがと。……運が良かったら、またナム孤島で会おうよ」
 
 そう言って、わたしは三人に背を向けた。今じゃわたしの家はあそこにある。個人的な行動で旅から外れても、わたしの帰るべき場所はあそこ。………生きてれば。
 
「………はあっ、わかったよ。付き合えばいいんだろ付き合えば!」
 
 ……あれ?
 
「いいの?」
 
「いいも何も、キュビ半島行きの定期船なんて無いぜ? 筏でも作って行くつもりかい」
 
「行っとくけど、ヤバくなったらアタシら逃げるからネ! ガキのわがままに付き合って心中なんて冗談じゃない」
 
 ………ワルなんだか善人なんだかわかんない。どこぞの世間知らずのお坊ちゃんを思い出した。
 
「(仲間、か………)」
 
 わたしは、モースを殺して失踪してからの、皆の旅の経緯は知らない。
 
 外郭が無事に降りた事、イオン様は生きてる事、カンタビレがダアトに来た事、ガイがシェリダンの知事してる事、ナタリアがバチカルに戻ったわけじゃなさそうって事、知ってるのはそのくらい。
 
 六神将や総長、皆の生死すらわかってない。イオン様は今頃ダアトで大忙し……。ガイもカンタビレも同じだろうなぁ。……ティアはどうだろ? 総長やリグレットの生死次第じゃ、もう旅なんてしてないかも。いや、それどころじゃないかも………
 
「(ルーク、死んじゃったのかな……)」
 
 外郭大地を降ろすまで生きてたのは確実だけど、わたしが一緒に居た時には、もういつ死んでもおかしくなさそうに見えた。生きてても重病人なのは間違いないし、ティアがほっとくとも思えない。わっかりやすかったからなぁ……あの二人。
 
「………………」
 
 どっちにしろ、この不穏な動きを掴んで行動してるのは……もしかしたらわたしだけかも知れない。ノワール達は戦えないし、六神将も何人残ってるかわかんない。
 
「よーし、いっちょ頑張るか!!」
 
 死ぬかも知れない。だけど今さら皆を頼るつもりはない。わたし一人で……始末をつける。
 
 それはどこか、気が楽なものでもあった。
 
 
 
 
「オラ火ぃ吹けぇ!」
 
「ファイヤーー!!」
 
『ッ!?』
 
 レイルに頭を掴まれたミュウが火炎を吹き出し、鈍色の全身スーツのレプリカ達を威嚇する。怯んだレプリカ達を押し退けながら、レイルとガイは一目散に外を目指す。
 
 敵として向かって来ている事に変わりない。だが……こういう言い方が正しいのかはわからないが……このレプリカ達は『一般人』である。
 
 魔物でも山賊でも敵兵でもない“人間”。流石に容赦無く斬り殺す気にはなれない。元々レイルは、人殺しは嫌いなのだ。そして、ガイ―――
 
「姉上が……どうして……」
 
「しっかりしろよガイ! 事情とかわかんねーけど……俺がアッシュとは違うのと同じで、あいつだってお前の姉ちゃんじゃねーんだ!」
 
 姉のレプリカを目の当たりにし、そしてフォミクリーを止めた侵入者として排除されそうになって、衝撃のあまり動きの鈍いガイを、レイルが叱咤する。行く先を埋め尽くすフォミクリー達の肩を踏み台に次々と跳ねて、その包囲を抜けた。
 
「っ……わかってる!」
 
 殴り倒しても蹴り倒しても切りが無い。今まで一体どこに隠れていたのかというほどの数がレイルらに迫る。
 
 その動きは酷く緩慢で、兵や山賊どころかまともな一般人よりも鈍い。でなければ、いくらレイル達でも手加減しながら突破する事は出来なかっただろう。
 
「『烈破掌』!」
「『獅子戦吼』!」
 
 レイルの掌底から炸裂した気と、ガイの全身から放たれた獅子の闘気が、レプリカ数人を巻き込んで屋敷の玄関の大扉を吹き飛ばす。
 
「(こいつら……これからどうなるんだろ……)」
 
 走る中、レイルは後ろ髪を引かれるように思う。生まれたからには、生きる事に遠慮する必要なんてない。……それでも、異形の命には変わりない。
 
「(あんなにいっぱい、居るってのに……)」
 
 この世界に、彼らの生きる場所はあるのだろうか。柄にもなくそんな事を考えて、しかしレイルは立ち止まらずに走る。
 
「(この世界を見捨てないって……選んだのは俺だ)」
 
 その後、至る所から姿を現すレプリカ達を振り切って、イオンとノエルと合流したレイル達は、アルビオールでフェレス島を脱出した。
 
 向かう先は、レムの塔。ティアを取り戻すため、そして……全てに決着をつけるため、レイル達は決戦の地を目指す。
 
 
 
 
「レムの塔は……ユリアシティ同様、元から魔界(クリフォト)にあった創世歴時代の建造物です。ユリアシティと違い、ほとんど打ち棄てられたような状態だったようですが」
 
 いくらアルビオールの移動速度でも、限界というものはある。フェレス島でノエルが負傷した事もあって、一行はケセドニアで宿を取っていた。
 
 その片割れ、イオンとガイは自分たちに割り振られた部屋で、今後の事を話し合っている。
 
「そんな所にティアを連れて行くって事は……またユリアの遺伝情報が関わってるんですかね」
 
「……どうでしょう。あちらにはヴァンのレプリカがいます。フェレス島のフォミクリーを切り捨ててまで、ティアが必要とは思えません」
 
 ガイはテーブルで頬杖を付きながら、イオンはベッドに腰掛けながら、表情を曇らせる。
 
 情報が足りない。相手の思惑が掴めない。知らず知らずの内に敵の掌の上で踊らされている……そんな不確かな不安が、胸の奥に燻って消えないのだ。
 
「罠であろうとなかろうと、行くしかありません。ティアを見捨てる事は出来ない」
 
「……それすらも奴らの狙い通りっぽくて、怖いですね」
 
 イオンの言葉に思わず不安を零したガイは、しかし肩を竦めて笑ってみせる。
 
「ま、連中が何を企んでても、正面から打ち破ってやればいいだけです。うちの斬り込み隊長を怒らせると、怖いですからね」
 
「確かに……」
 
 隣の部屋の友人を思って、ガイとイオンは苦笑した。頼もしい……だけど手綱を握るのが大変だ、と。
 
 
 
 
「…………ごめん。俺のせいで」
 
 割り振られた部屋で、レイルは同室のノエルに頭を下げる。
 
 既にパジャマ姿でベッドに腰掛けていたノエルは、数秒してから何を謝られたのかに気付いた。
 
「い、いいんですよ! 私が勝手にやった事なんですから」
 
 フェレス島で、ノエルはレイルを庇ってライガの雷撃を受け、怪我をした。その事をようやくちゃんと謝られたのだ。が、却ってノエルを恐縮させている。
 
「……導師の力って凄いですよね。私、教えてもらうまで自分が火傷したなんて気付かなかったんですよ? 傷痕なんて全然残ってないんです」
 
 レイルが責任を感じている、という事自体が嫌で、ノエルは努めて冷静に『大した事ない』とアピールする。事実、傷は綺麗に無くなっていた。
 
「……でも、痛かっただろ。俺もあの電撃食らった事あるからわかるんだ」
 
「………………」
 
 レイルの悪いクセだ。調子に乗りすぎ、落ち込み過ぎ、突っ走り過ぎ、さしずめ今回は気にし過ぎ……だろうか。気遣いを拒否している相手に謝り続けても困らせるだけなのに……。
 
「…………こほん」
 
 ノエルはそんなレイルを前に数秒思案してから、小さく咳払いをして、言う。
 
「私が怪我をしたのは、私自身の責任よ。誰かのせいにする気はないし、される気もないわ」
 
「え………?」
 
 あまりにノエルらしからぬその物言いに、レイルは何を言い返す事もなく、呆気に取られたように目を見開く。
 
 その変な顔を見て、ノエルは可笑しそうにクスクスと笑いだした。
 
「ティアさんの真似です。似てましたか?」
 
「へ? あ、えーと………悪い、全然似てねー」
 
 よくわからないが楽しそうなノエルに釣られて、レイルも沈んでいた表情を崩す。ベッドの端で丸くなっていたミュウは、遠慮なく破顔した。
 
「まだ自分のせいだって思ってるなら、『ごめん』じゃなくて『ありがとう』って言ってください。その方が私も嬉しいですから」
 
「お、おう。じゃあ………ありがとう」
 
「OKです」
 
 レイルの応えに満足したように、ノエルは嬉しそうに微笑む。その視線が、レイルの胸に向いた。
 
 普段は真紅のコートに覆い隠されて見えないそこに、蒼いガラス玉のペンダントが提げられている。ノエルの眼から見てもはっきりわかる安物。仮にも王族であるレイルが身に付ける物には見えず、他の高級そうな服や手袋の中で、そのガラス玉だけが浮いていた。
 
「(ティアさん……そういう事に無頓着みたいだもんなぁ……)」
 
 それの意味する事を瞬時に直感して、ノエルはその笑顔を困ったようなものに変える。
 
「ティアさん、絶対に取り返してくださいね。私は、応援してる事しか出来ませんけど……」
 
「…………うん」
 
 ノエルの言葉に、レイルは小さく頷く。しかしその瞳に燃えたぎるものを見て、ノエルは嘆息する。
 
 決意表明するのが照れ臭いだけで、誰よりティアを助けたいと思っているのはレイルなのだ。
 
「(私の、憧れの人………)」
 
 こうして二人きりで言葉を交わす事も、宿で同室になる事も、もう無いかも知れない。
 
 せめてものわがままのつもりで、ノエルはその日、夜遅くまで他愛無いお喋りにレイルを付き合わせた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回はあからさまに繋ぎのような話です。次話、レムの塔突入します。
 
 



[19240] 11・『囚われの天使』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/12 13:56
 
「……………」
 
 自分が横たわっている床の硬さ、冷たさに、私は意識を覚醒させる。……暗くて、寒い。息がし辛い。
 
 寂れた古い、石造りの牢屋。背中に回された両手と両足首には枷を、口には猿轡をされているらしい。
 
「(そうだ……私は……)」
 
 フェレス島で六神将と戦って、アリエッタの譜術を背中から受けて、目の前にシンクが現れて………そこから先は、憶えていない。
 
「……………」
 
 一先ず上体を起こして座る姿勢になり、状況を整理する。今の私は………どう見ても囚われの身。とすれば、あの場での戦闘にレイル達が勝ったとは考えにくい。
 
 良くてどちらか一方の撤退。最悪――――
 
「ッ………」
 
 一瞬過った想像を、私は首を振って否定する。最悪のケースに思考を偏らせても仕方ない。
 
「(冷静に、今解る情報から最良の行動を選択する)」
 
 武器は取り上げられ、体の自由も利かない。猿轡で詠唱を防がれているため、譜歌も譜術も使えない。
 
 私を捕まえたのは、まず間違いなく六神将。周囲の地理もわからず、味方の状況もわからない。
 
「(………八方塞がりだわ)」
 
 そもそも、捕らえた相手に対抗手段の選択の余地を残すなんて愚を、彼らが冒すはずもなかった。
 
 その時―――
 
「起きたのか」
 
 金属扉の覗き窓から一対の翠が私を見て、ガチャガチャと乱暴に鍵が、そして扉が開けられた。
 
「っ…………」
 
 あまりにそっくりな外見に、私は一瞬息を呑む。
 
 以前は掻き上げていた前髪を下ろし、純白の衣の上からマフラーのように首に掛けた外套を羽織った青年。その姿は……長かった髪をバッサリと切る前のレイルに、あまりにも似過ぎていた。
 
 だけど、絶対に違う。その髪はレイルの暖かい朱色とは違う、血のような紅色だし、何よりその瞳は………酷く歪んでいて、冷たい。
 
「(鮮血のアッシュ……)」
 
 レイルのオリジナル。本物の『ルーク・フォン・ファブレ』。そして……兄さんの野望を継ぐ敵。
 
「会いに来たのがメリルじゃなくて、意外か?」
 
 そう言って、アッシュは腰の剣に手を掛ける。
 
「(殺、される……?)」
 
 それに恐怖を感じて、でも私には抗う術が無い。剣が抜かれた瞬間、私は両目を固く瞑った。
 
 そして―――
 
「え………?」
 
「ヴァンを手に掛けたお前に、今さら説得は無意味。話しても辛くなるだけ、だそうだ」
 
 一瞬。アッシュの剣閃が、私の猿轡だけを正確に切り落としていた。
 
「俺の質問に応えろ」
 
 喉元に突き付けられる切っ先。……私には、彼らが私を生かしたままにする理由がわからない。抵抗は無意味。猿轡が無くなっても、詠唱を許してくれるはずがない。
 
 それでも、今出来る事を……。
 
「……皆は無事なの?」
 
「質問するのは俺だ」
 
 眉根を歪めて、切っ先が僅かに首の皮に埋まる。この反応………既にレイル達を始末したっていう感じじゃない。………一先ずは、安心した。
 
「ヴァンは……本当に俺たちを裏切ったのか?」
 
 躊躇うように訊かれた言葉に、私は意表を突かれる。……そう言えば、彼は兄さんの計画のために誘拐され、兄さんに付き従ってきた。その兄さんが、最期に過ちを認めたという事は、それまで兄さんの理想を信じてきた者を裏切ったとも言える。
 
 ………それでも、偽るつもりはない。
 
「………兄さんは、最期の最期で自分の過ちに気付いてくれた。レイルの命を救け、剣を託してくれた。それが事実よ」
 
 レイル、という名前を怪訝に思ったのか、アッシュは眉間に皺を寄せた。だけど、それ以上の感情は読み取れない。………やっぱり、レイルとは全然違う。
 
 やがて一人で納得したのか、アッシュは零すように口を開いた。
 
「俺の模造品が、俺の名前を捨てたのか……」
 
「レイルーク・ミラ・アルバート。それが、“彼自身”の名前よ」
 
 模造品。いつまでもそんな風にしか彼を見ない。現実を受け入れてやり直そうともしない、そんなアッシュに腹が立つ。
 
 レイルは、アッシュを“ルークとして”バチカルに連れ帰るつもりなのに。
 
「レイルはあなたの身代わりでも、代替品でも、別の可能性でもない。だって、彼とあなたは別の人間なんだから」
 
 そう言った瞬間―――
 
「ッ……っ……!?」
 
 私は、アッシュに蹴倒されていた。起き上がる暇もなく、そのまま横顔を踏みつけられる。
 
「俺はそれを、認めるわけにはいかねぇんだよ……!」
 
「……ちっぽけな人。あなたに騙されたナタリアが哀れだわ」
 
 手も足も出ない。それでも私は、顔を踏まれた状態のまま、横目で精一杯冷たく睨んで、言葉で詰った。
 
「っ……………」
 
 複雑そうに表情を歪めたアッシュは、乱暴に私に猿轡を噛ませてから牢屋を出ていった。
 
「(……嫌になるわ)」
 
 冷静に、理性的であろうと常から心掛けているのに……肝心なところで感情が先に立ってしまう。
 
 もっと巧く会話を進めていたら、もっと有益な情報を得られたかも知れないのに………。
 
 『あなたの体は音素乖離を起こしているの?』
 
 いくらなんでも目的について口を滑らせる事は無かっただろうけど、この質問にくらいは応えてくれていたかも知れないのに……。
 
 あんな人にレイルが融合されてしまうなんて、そんな事考えたくもない。だけど、眼を逸らし続けた結果として最悪の未来を迎えてしまったら、私は自分を許せなくなる。
 
「(でも……今の私に何が出来る?)」
 
 私は軍人であり、騎士でもある。だけど兵役は浅く、白光騎士団に入る以前も魔物や山賊としか戦った事は無かった。当然、捕虜として捕まった事も無い。
 
「(………失態だわ)」
 
 今さらのように、情けなさが込み上げてくる。戦いで後れを取ったばかりか、敵に捕われてしまうなんて……。
 
 今も、ただ助けを待っている事しか出来ないなん……
 
「(…………………………………助けを、待つ?)」
 
 ふと心の中で呟いた言葉に、私は自分に失望してしまった。私の任務はレイルの護衛。なのに……そのレイルに助けてもらう事になるなんて、あってはいけない。
 
 自分で思っている以上に……私は弱気になっているみたい。
 
 ……私は、おそらく人質なんだと思う。レイルは優しいから、多分助けに来てもくれると思う。だけど………私がそんな自分に甘んじていて良いわけが無い。
 
「(何か……何か六神将を出し抜く方法は……)」
 
 石壁に顔を擦りつけて猿轡を外そうとしながら思考を巡らせ続けた私は………………結局、力尽きて倒れるまで、無駄な努力に体力を費やしてしまった。
 
 
 
 
 創世歴時代から魔界(クリフォト)にある、古く……しかし幻想的なレムの塔が、変わらず天高く聳え立っている。
 
 その内側の螺旋階段を………
 
「うおおおぉぉぉーー!!」
 
 真紅のコートを靡かせて、朱色の髪の少年が爆走して、駆け上がっていた。僅かに遅れて、金髪の青年と緑髪の少年が続く。ただし、少年の方は聖獣ユニセロスに跨がっていた。
 
「『双牙斬』!!」
 
 道を阻む譜業人形を斬り倒して、レイルは膝に手を置いて荒く息をついた。焦る気持ちに、体がついて行ってない。
 
「ちょ、ちょっと落ち着けレイル! そんなペースで飛ばし続けたら、バテ、ちまうぞ!」
 
 遅れて来たガイが息も絶え絶えにレイルを止める。この以上に高いレムの塔の螺旋階段を、三人はひたすら駆け上がっている。しかも、一人で先頭を突っ走るレイルは魔物や譜業人形まで片っ端から倒しているのだ。疲れていないはずがない。
 
「落ち着いてください。そんな状態で六神将に遭遇すれば、それこそ彼らの思うつぼです」
 
「はあっ……はあっ……くそ、その馬に三人乗れたらなぁ……何だよこのうぜー階段……」
 
 ユニセロスの上から涼しい顔で注意を促すイオンを、レイルは恨めしそうに半眼で睨む。本当は、今ユニセロスを出している事さえ苦肉の策なのだ。召喚譜術は対象を“喚んでいる”間中、力を消耗する。
 
 こうして今ユニセロスを召喚しているのも、一重にレイルのせっかちゆえ。体力の無いイオンのペースに合わせてこの長大な階段を進めるほど、今のレイルは冷静ではない。
 
「(ティア………)」
 
 誰より大切な少女が、目の前で攫われた。今も苦しんでいるかも知れない。胸を締め付ける不安と焦燥が、彼の足をひたすら塔の最上階へと向けさせていた。
 
「(ティア………!)」
 
 二人に諌められて、それでも急いてしまう気持ちを抱いて、レイルはその後も螺旋階段を上り続ける。
 
「(ティア!)」
 
 作業用の物らしいリフトをも利用して、ようやく天井に辿り着く。続く道を通って行くと、そこは外壁も無い、吹き曝しで寂れた空間だった。
 
 しかも…………
 
「ここ、天辺じゃねーし………」
 
 屋外に出た事ではっきりとわかったが、あれだけ長い行程を経たというのに、レイル達がいる今の地点は、まだレムの塔の最上階ではない……どころか、精々半分程度だった。
 
「階段も終わってるな……。ここからどうやって上に行けばいいんだ?」
 
「中央の昇降機を使えば良い」
 
 うんざりしたようなガイの呟きに、遠く、背後から低い声が掛けられた。
 
 振り返った三人の眼に、嘘のように、或いは冗談のように、その男は映った。
 
 神託の盾(オラクル)の白い軍服に身を包み、その栗色の髪を後頭で束ねた、蒼い瞳の精悍な男。
 
 レイルやガイにとっても特別な姿の、しかし絶対に当人ではあり得ない男。
 
「ヴァンデスデルカ………!」
 
「名を憶えていて貰えたとは光栄だな、レイルーク。……もっともこれは、オリジナルの古い名だがな」
 
 瓦礫の上に立ち、レイル達をその生気の無い瞳で見下ろしていたヴァンのレプリカは、大きく跳び上がり、架け橋のような一つの通路の前で着地した。そして、剣である方向を指す。
 
「この中央の昇降機を使えば、一気に塔の最上階まで行ける。“使えればな”」
 
 ヴァンデスデルカが指すのは、一階からずっとあった………螺旋階段の中心を縫うように存在していた巨大なガラス管。一階の時点では何をしても動かなかったそれは、やはり昇降機の隔壁だったらしい。
 
 その足場たる昇降機が今、確かにこの階で止まっている。
 
「ティア・グランツは最上階だ。助けたければ、私を―――」
 
 抑揚の無いヴァンデスデルカの宣告は、最後まで言い切られる事は無かった。
 
「お前に構ってる暇は無いんだよ!!」
 
 ヴァンデスデルカが昇降機に目を向けたほんの数瞬の隙に凄まじいスピードで接近したレイルの拳が、彼を殴り倒したからだ。
 
 倒れたヴァンデスデルカに目もくれず、レイルはガラスの隔壁に近づき、扉を探して右往左往する。
 
 ガイとイオンがそれに続こうとする動きすらも、ヴァンデスデルカは見送る。ただ緩慢な動きで立ち上がり、近くにあった譜業端末を操作し始めた。
 
「ッ!?」
 
「レイル!!」
 
 そして、一瞬。レイルの後方にあったクレーンがいきなり稼働し、ガラスの隔壁をも砕く一撃が、レイルを昇降機の中に叩き込んだ。
 
 そして昇降機は上がり始める。ガイもイオンもヴァンデスデルカも残し、レイル一人を乗せて……
 
「さて、これで私の仕事は終わった」
 
「お前……最初からレイル一人を上に行かせるつもりだったな」
 
 あまりに容易くレイルに倒されたヴァンデスデルカの不審に、ようやくガイが思い到る。
 
 今度こそ本気で戦うつもりになったヴァンデスデルカは、ガイとイオンに剣を向けた。
 
「お前たちには死んでもらう。私も早く上に行きたいのでな」
 
 ガラスと血に塗れて意識を失う朱色の少年を乗せて、昇降機は天高く上り続ける。
 
 
 
 



[19240] 12・『孤軍奮闘』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/13 10:18
 
「ん…………?」
 
 常とは違う地面の浮遊感に、レイルは薄らと目を開ける。
 
「(痛ぇ………)」
 
 クレーンに強打された背中と頭に鈍痛を感じながら、緩慢な動作で身を起こそうとしたレイルは、着いた掌にガラスの破片が刺さってしまい、さらに傷を増やしてしまった。
 
「………ガイ? イオン?」
 
 上に昇り続ける昇降機の中で、レイルは辺りを見渡すが、当然のように自分しかいない。ほんの二、三分の気絶ではあったが、その気絶した直後に状況は大きく動いたのだ。
 
 一言で言えば、ただでさえ少ない戦力を分断された。
 
「……………」
 
 レイルは立ち上がって、体中に被ったガラスの破片を払い除ける。そして体の具合を確かめるように軽く柔軟体操をした。
 
「………痛ぇけど、戦れる」
 
 この昇降機が運ぶ先に、六神将が何人いるかわからない。それでもレイルは怯む事なく、左手で背中のローレライの剣を抜き、天を睨んだ。
 
「………………」
 
 ガイとイオンの心配はしない。その代わり、レイルは自分の心配もしていなかった。
 
 ……昇降機が、止まる。ガラス越しに、天空に聳える塔の頂が見えた。開いた扉から、ゆっくりとレイルは進み出る。
 
 円形の広々とした頂に、尋常ならざる存在感が満ちている。
 
「(…………一人)」
 
 右を見れば、髪を下ろし、純白の正装の上から黒の外套を羽織った……かつてのレイルに酷似した姿の『鮮血のアッシュ』。
 
「(…………二人)」
 
 左を見れば、鈍色の鎧と兜で武装し、異形の刃を備えた大槍を担ぐ『黒獅子ラルゴ』。
 
「(…………三人)」
 
 振り返れば、最早躊躇いも見せずに弓を構えるナタリア……否、メリル。
 
「(全部で五人か……)」
 
 そして正面。黒の格闘服の上から軽装の白い服を重ね着た『烈風のシンク』。そのシンクの傍に控えるように立つ、以前とは違う白い教団服を来た『妖獣のアリエッタ』。
 
 敵主力の大半がここにいる、と言っても過言ではない。
 
「ようこそ。一人で乗り込んで来るなんて勇敢じゃないか、見直したよ」
 
 実に白々しい、馬鹿にした口調でシンクはレイルにそう告げる。ヴァンデスデルカを使ってレイルを孤立させたのは自分たちなのに、だ。
 
「………………」
 
 レイルは、そんなシンクを見てはいない。見ているのはシンクの後ろ……十字架に磔にされて眠らされている、赤い軍服を着た栗色の髪の少女だ。
 
「そんなに怖い顔しなくたって、ヴァンの妹ならちゃんと返すよ。あんたが僕らに勝ったらね」
 
 予想外に静か過ぎるレイルの反応に、シンクはつまらなそうに言い捨てた。………と同時に、左右後方からアッシュ、ラルゴ、ナタリアが動く。剣を握るレイルの手が、ギリッと軋むような音を立てた。
 
「来やがれ………」
 
 敵の戦力も、自身の無勢も、シンク達が何故捕らえたティアを人質にする素振りすら見せないのかも………今のレイルには関係ない。
 
「後悔させてやる」
 
 静かな焔と、決死の覚悟が、その剣に宿っていた。
 
 
 
 
(ギィン!!)
 
 重く固く金属音が響いて、刃が両者の頬を掠める。直後に後ろに跳び退いたガイを、ヴァンデスデルカの凶刃が狙うも、上方から繰り出された風の刃が阻んだ。
 
「(やっぱり……本物のヴァンほどじゃない)」
 
 幾度かの攻防を経て、ガイは目の前のヴァンのレプリカをそう評していた。
 
 能力の劣化は無いと聞いていた。だが、彼が造られた後の年月でヴァンが成長したものか、或いは精神的な強さの問題か、ヴァンデスデルカには、アブソーブゲートで死闘を演じたヴァンほどの圧倒的な実力を感じない。
 
 そして、もう一つ。
 
「(こいつは譜歌が使えない)」
 
 ユリアの譜歌は、譜に込められた意味と象徴を正しく理解しないと行使出来ない。いくらヴァンデスデルカがヴァンのレプリカだろうと、ヴァンの記憶を持とうと、生まれたばかりの彼にはそれを真実“理解”する事は出来ない。
 
 ガイはこれまでの戦闘でその事に気付いていた。
 
「って言っても……」
 
「ふんっ!」
 
 ヴァンデスデルカの重く、疾く、鋭い斬撃がガイを襲う。スピードで辛うじて伍すガイは、何とかこれを受けるが、両の手が痺れ、止め切れなかった刃が体を数ヵ所刻む。
 
 ヴァンほどではなくても、ユリアの譜歌が使えなくても、常識外れに高レベルな譜術剣士だという事には変わりない。
 
「『クリムゾンライオット』!!」
 
 ガイを追い詰めんとするヴァンデスデルカを炎が球状に呑み込まんとするも、容易く避けられた。
 
 ガイが注意を引いて戦い、ガイの窮地にイオンの譜術が敵を狙う……という攻撃パターンとタイミングも既に覚えられてしまった。
 
 レイル、ティア、ガイ、イオン、カンタビレの五人が力を合わせて辛うじて勝つ事が出来たヴァンの………レプリカ。
 
「(やっぱり、俺たちだけじゃ無理なのか……?)」
 
 戦えば戦うほど大きくなる絶望。ヴァンデスデルカの剣がガイに迫る
 
「(いや……!)」
 
 気を抜けば退がりそうになる足を踏み止めて、ガイは剣を鞘に納めた。
 
「『瞬迅剣』!」
「『真空破斬』!」
 
 瞬速の刺突と渾身の居合い斬りがぶつかり、互いの威力を相殺する。この戦いで初めて、ヴァンデスデルカの攻撃を真っ正面から止めた。
 
「(だとしても、負けられない!)」
 
 意気込み、刃を旋回させて下から斬り上げるガイの全身に、風が巻き付く。
 
「『断空……』」
「『ホーリーランス』」
 
 竜巻を纏う斬撃。それがヴァンデスデルカに届くより早く、十にも及ぶ光の槍が二人を円陣に囲むように突き立った。
 
 ……そして、炸裂。
 
「ぐあぁああぁ!?」
 
 至近で弾けた光輝の爆発に、ガイは絶叫を上げて膝を着く。目の前には、当然のように『ホーリーランス』の影響を受けていないヴァンデスデルカが、剣を片手に立っている。
 
「(まずい……!)」
 
 自身の窮地にすら気付く事が出来ないガイを救うべく、イオンは予め詠唱を終えていた譜術を放つ。
 
「『サンダーブレード』!」
「ヒィイイイン!!」
 
 イオンと、イオンの駆るユニセロスから、紫電の迸る雷光の槍が二本奔った。それは中空で交わり、一本の強力な稲妻と化して、ヴァンデスデルカに襲い掛かる。
 
 ――――だが、それも読まれていた。
 
「!?」
 
 『ガイの窮地にイオンが援護射撃を飛ばす』。そのパターンは既に幾度も繰り返されたもの。ヴァンデスデルカは上空に高々と跳び上がり、その一撃を躱す。……躱して、降り立つ先には膝を着いたガイがいる。
 
「『襲爪雷斬』」
「ガイ! 逃げて下さい!」
 
 上空からガイに迫る稲妻の刃。確実にガイの命を奪えるその一撃を、しかしヴァンデスデルカは別方向に構えた。――空中では、動きが取れないからだ。
 
「『ぐるぐるぐんぐにる』!!」
 
 稲妻を纏った剣の腹を、横合いから飛んできた神槍の一撃が撃つ。そしてヴァンデスデルカの体を大きく宙に泳がせた。
 
「正義の使者! アビスピンク参上!」
 
 全身タイツと、フルフェイスのピンク色の仮面を装着した小さな正義の味方が、守るようにガイの前に立つ。
 
 
 
 
「「『通牙連破斬』!!」」
 
 朱と紅。鏡に写したような二人の剣がぶつかり合う。力と力はしかし拮抗せず、朱に傾いた。
 
「っあああああ!!」
 
 狼のように咆哮を上げて、レイルは一気呵成に攻め立てる。対するアッシュは、以前の戦いとは様子がまるで違う。
 
 剣を体から離して正面に構え、レイルの力に無理に対抗せず流すようにジリジリと後退する。
 
「(こいつ、何で……)」
 
 まるで、力ではレイルに敵わない事を前提にしているような戦い方。絶対に自分がレイルに劣る事を認めたないアッシュの戦法とは思えない。
 
「“全てを灰塵と化せ”」
 
「ッ!?」
 
 冷静に防戦に撤していたアッシュの口から、譜の詠唱が響いて……
 
「『エクスプロード』!」
 
「ぐあ………っ!」
 
 膨れ上がった大爆炎が、レイルを軽々と吹き飛ばした。ゴロゴロと転がって、レイルは弾けるように立ち上がる。
 
「(あのヤロ、譜術も使えんのかよ……!)」
 
「俺を忘れてもらっては困るな」
 
 内心で毒づくレイルの背後で、異形の大槍が振り上げられる。レイルは後ろを見ないまま咄嗟に剣を構えて……その防御ごと弾き飛ばされた。
 
「『スターストローク』!」
 
 弾き飛ばされて倒れたレイルを、跳躍したナタリアによる矢の連射が上から襲い掛かる。横に転がってそれから逃れようとしたレイルのふくらはぎに、一矢が突き刺さった。
 
「くっ………」
 
 素早く立ち上がり、顔を苦痛に歪めてそれを抜き取ったレイルに、アッシュとラルゴが同時に迫る。
 
「はあっ……はあっ……はあっ……」
 
 疲労と痛みの中で、レイルは左手に握るローレライの剣に、確かな存在感を感じていた。
 
『第七音素(セブンスフォニム)は、記憶粒子(セルパーティクル)と六つの属性の音素(フォニム)が結合して出来た七番目の音素なの』
 
『ローレライの剣には、第七音素の収束能力があると言われているわ。兄さんもその力を使っていた』
 
 頭を過るいつかの教え。突発的な閃きのようなものだったのかも知れない。
 
「『守護氷槍陣』!」
 
「「っ……!」」
 
 直下に突き立てたローレライの剣を中心に、周囲を氷槍の刃が埋める。予想外の攻撃に、アッシュとラルゴは思わず飛び退き、距離を取る。
 
「(集約させた第七音素を使って、剣技に属性を上乗せしたのか……)」
 
 それらの戦いに高見の見物を決め込んでいるシンクが、面白そうに口の端を引き上げる。
 
 闇の第一音素(ファーストフォニム)は地と水の性質を、光の第六音素(シックスフォニム)には火と風の性質を同時に備えている。
 
 そして音の第七音素は、それら全ての性質を秘めているのだ。
 
「(まだまだ粘るか……)」
 
 圧倒的に不利な戦況で、レイルは懸命に抗い続ける。
 
「絶対……助ける……!」
 
 さして大きくも無いレイルの声、しかし並々ならぬ決意と覚悟を秘めた声が………宙に溶けて消える。
 
「………………」
 
 十字架に磔にされ、眠りに落ちる少女の指先が、僅かに動いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 第七音素でFOF技出しまくり、という設定はオリジナルです。原作では第七音素のサークルすら存在しませんから。
 
 



[19240] 13・『真紅』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/15 07:22
 
「……………アニス?」
 
 自分を助け、目の前に立ちはだかるものを認めて、ガイはよろよろと立ち上がりながら呟く。
 
 全身タイツとフルフェイスメットを着けた知り合いなんて、ガイにはいない。いや、アビスマン自体は国民的なヒーロー活劇として知ってはいるが…………ガイが名を呼んだ理由はそこではない。
 
 アビスピンクが駆る巨大人形は、見紛う事なきトクナガだったからだ。
 
「わたしはそんな名前ではない! 音素戦隊アビスマンの一人、アビスピンクだ!」
 
「…………何にしても助かったぜ」
 
 どこからどう見てもアニスなのだが、顔を合わせづらいのだろうと無駄に空気を読むガイは隣に並んで剣を構えた。
 
「ガイ! アニスピンク! 来ます!」
 
「ア、アニスピンクて………」
 
 ガイ同様に気を回したイオンの焦った声が、迫るヴァンデスデルカの脅威を知らせる。
 
 今は、再会の感動に浸っている余裕など無い。
 
「……味方はこんだけなの?」
 
「レイ……ルークは上にいる。多分、捕まってるティアもね」
 
 変装がほとんど無意味だったと悟ったアニスが、ガイに短く状況を訊ねる。とりあえず当時の仲間が生存しているらしい事に安堵する表情は、メットの奥に隠される。
 
 眼前に、剣を片手にヴァンデスデルカが迫る。
 
「『獅子戦吼』!」
「『獅吼滅龍閃』!」
 
「ッ……!?」
 
 それを、ガイとアニスの繰り出した双頭の獅子を象る闘気が迎撃した。そのまま二人、逆側からヴァンデスデルカを攻め立てる。
 
 疾さで刺し、力で獲る。かつて共に前衛を組んで戦っていた者同士、連携の相性に抜かりは無い。
 
「『月華斬光閃』!」
 
 月を断つような二連斬に続く居合い斬りを何とか受けたヴァンデスデルカの背中を………
 
「『剛掌破』!」
 
「ぬ……う……!」
 
 トクナガの両腕から繰り出される掌底が強打し、弾き飛ばした。勢いを止めずに追ってくる二人に、ヴァンデスデルカは剣を地に突き立てた。
 
「『守護氷槍陣』」
 
「っ!!」
 
 ヴァンデスデルカを中心に現れた無数の氷刃が、ガイの肩とトクナガの額を捉えた。
 
 一閃、氷陣を斬り裂いて二人に飛び掛かるヴァンデスデルカを、上空から七色の輝きが照らす。
 
「『プリズムソード』!」
 
「が……っ!?」
 
 その輝きの中から生まれた光の剣が、ヴァンデスデルカの右腕を刺し貫く。その隙をアニスは逃さない。
 
 トクナガの豪腕が唸り、振り抜かれて……
 
「げ………」
 
 ヴァンデスデルカの左手に……“素手に”、受け止められていた。
 
「私は生きる……邪魔をするなオリジナル!」
 
 強い、強い生存本能に裏打ちされた、凄まじい気迫、執着。オリジナルのヴァンとはまるで異質な意志の力を見せつけられて、ガイとアニスが“竦む”。
 
 アニスがトクナガごと蹴り飛ばされる。ガイが胸を浅く斬られて倒れた。ヴァンデスデルカが左手に持ち換えた剣を振り上げる。イオンが天馬の翼で駆け付ける。……間に合わない。
 
 ―――その剣が中空で弾かれ、泳いだ。
 
「“邪魔をするな”は、こちらのセリフだ」
 
「貴様は……!」
 
 苛立ちと共にヴァンデスデルカが見上げた先、建造途中の鉄骨の上から、鮮やかな金髪を靡かせる女が立っている。
 
 元六神将、ヴァンを愛し、その道を同じくしようと生きる女……魔弾のリグレット。
 
 
 
 
「『絶破烈氷撃』!」
 
「ぬうぅ……!?」
 
 レイルの掌底を胴に打ち込まれたラルゴが、上半身を氷塊に覆われる。反対側から向けられたアッシュの剣をローレライの剣で受け止め……
 
「『烈震天衝』!」
 
 右の拳を振り上げる。その動きに連動するように、足下から噴き上がる土の奔流がアッシュを襲った。
 
 譜術の一つも操れないはずのレイルが音素(フォニム)を自在に剣技に重ねるという想定外の事態に、優勢であるはずのアッシュ達は動揺し、その動きを鈍らせている。
 
 ラルゴの動きが止まった。アッシュの動きが止まった。レイルは……真っ直ぐにシンクに突進する。
 
「ホント向こう見ずだね。それで良くヴァンに勝てたもんだ」
 
 嫌味でも皮肉でもなく、心底から本気で呆れているシンクを無視して、レイルは怒鳴る。
 
「いつまで寝てんだこのナイフ女! 囚われのお姫様なんてガラじゃねーだろが!!」
 
 ティアを助けて形勢逆転。一人で足掻き続けるよりはマシかも知れないが………
 
「無駄だって、半日は昏睡状態になる薬を……」
「“…よ 聖な……を…め”」
 
「え………?」
 
 迫るレイルに右掌を向けるシンク、その隣に控えていたアリエッタが、あり得ないはずのか細い声を耳にして、しかし振り返る事は出来ない。
 
 目の前に凶刃を構えた剣士が迫っているのだから。
 
「ナイフ女で、悪かったわね」
 
 そして、囚われの天使は刮目する。目を開けて最初に、傷だらけの少年と眼があった。
 
「『エクレールラルム』!」
 
「ッッらぁ!!」
 
 地に描かれた光の十字が、戒めの十字架を打ち砕く。レイルが横に一閃させた斬撃を飛び越えて、シンクはアッシュらの側に回り込んだ。その脇には、状況に対処出来なかったアリエッタが抱えられている。
 
 そして――――
 
「“ヴァ ネゥ ヴァ レイ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レイ”」
 
 戒めを破壊し、自身の体を支えられずにレイルの腕に倒れ込んだティアの唇から………紡がれる。
 
 魔を灰塵となす、激しき調べ。
 
「『ジャッジメント』」
 
 天高く聳える塔の頂で、赤紫の落雷が暴れ狂う。
 
 
 
 
 指向性などなく無差別に暴れる落雷が、アッシュを、ラルゴを、ナタリアを撃つ。アリエッタとシンクもその猛威から逃げ回る。
 
「………行って」
 
 弱々しくレイルの腕に支えられていたティアが、しかしはっきりとした声でそう言って……
 
「で、でも……」
「私は大丈夫だから……!」
 
 突き放した。逆らう事を許さないような一対の蒼に睨まれて、レイルはティアに背中を向ける。
 
「……いざとなったら護るから」
 
「それは私のセリフよ………」
 
 背中越しに言葉を交わして、レイルは一気に駆け出す。落雷の直撃を受けてよろめいているアッシュ目がけて、低い構えから剣を突き上げた。
 
「『翔破烈光閃』!」
「『閃光墜刃牙』!」
 
 咄嗟に同じ構えから技を繰り出したアッシュの剣とレイルの剣が交叉する。しかし、レイルの剣にはアッシュには無い『光』があった。
 
「っがああぁあ!!」
 
 吹き付ける光の奔流がアッシュを呑み込み、斬り刻む。その反対側から、レイルの背中に向けてラルゴの大槍が迫っていた。
 
「『紫光雷牙閃』!」
 
 紫電の雷撃を帯びた斬撃。今度は……躱せない。
 
「いっっ……でぇえ……!?」
 
 背中を斬られ、焼かれて、レイルは激痛に耐えて地を転がり、逃げる。
 
「“魔狼の咆哮よ”」
 
 そのレイルに人形を向けて、譜術の詠唱を終えるアリエッタを………
 
「『グランドクロス』!」
 
「きゃあぁああぁあ!」
 
 ティアの第六譜歌。破邪の天光煌めく光の十字架が捕らえ、裁いた。
 
「……驚いたね。予想外に楽しませてくれる」
 
 圧倒的に不利な状況でなお足掻き続けるレイル達に、変わらず傍観に撤していたシンクが面白そうに称賛を送る。
 
「(……でも、足りないな)」
 
 僅かに不満を滲ませ、シンクはその眼を……ティアに向けた。次の瞬間、その姿が掻き消える。
 
 烈風の二つ名すらも霞むほどの俊足が、疲労と睡眠薬の影響で意識も朦朧としているティアの背後に回って………
 
「(二回も同じ失敗は、しない……!)」
 
 捉えられた。フェレス島の時も、傍観していたシンクの突然の強襲に遅れを取ったのだ。上手く回らない思考の中で、ティアはその事を忘れていなかった。
 
 その手に、ナタリアが射ち捨てた一矢を握り、背後に回ったシンクに振り向き様、体ごと突き出し……突き刺す。
 
「『バニシングソロゥ』!」
 
 そしてシンクの胸に埋まった鏃を中心に、集めた譜力を爆発させた。ビクンッ! と電撃に打たれたように、シンクは全身を一度大きく痙攣させる。
 
「(やった………)」
 
 敵首領を討ち取った確信を持って、ティアは矢を抜き取って身を引こうとする。……その手を―――
 
「ッ………!?」
 
 シンクの手が、掴んだ。胸を矢で刺され、体内で譜力を弾けさせたというのに。
 
「褒めてやるよ。……だけど甘い」
 
 あり得ない事象に目を見開くティアが……
 
「あ…………」
 
 シンクの手刀に斬られ、血を噴き出して倒れた。その光景が遠く、レイルの瞳に映る。
 
「ッああああぁあぁああぁ!!」
 
 地に伏し、慟哭するレイル。その声すらかき消すと言わんばかりに、三方から圧倒的な猛威が迫る。
 
「『アストラルレイン』!!」
 
 ナタリアの放った無数矢が星光を帯びて、頭上から降り注ぐ。
 
「『紅蓮旋衝嵐』!」
 
 ラルゴの大槍が紅蓮の嵐を巻き起こし、炎の竜巻が襲い掛かる。
 
「『絞牙鳴衝斬』!」
 
 アッシュの突き立てた剣が譜陣を展開し、超振動の反音が噴き上げる。
 
 三重の秘奥義。凶悪無比な破壊の力が、容赦なくレイルを呑み込んだ。
 
 しかし――――
 
「うおおぉおおおぉぉ!!」
 
 レイルの慟哭は止まらず、炎が、星光が、反音が、内側から押し返される。
 
 その全身から焔のように超振動を溢れさせるレイルによって。その反音は……いつかレイル自身が見た真紅の色を灯していた。
 
「“消え得ぬ炎を宿せ”『ブレイズエミッター』!」
 
 ナタリアの生んだ炎の加護を受けて、アッシュはその剣に超振動を宿し、レイルに立ち向かう。
 
 その剣が、真紅の反音を明滅させるレイルの右手とぶつかった。
 
「出たぁ!!」
 
 その様を見ていたシンクが目を見開き、喜色にその口の端を引き上げる。
 
「急げっ……!!」
 
 アッシュが冷や汗を流して叫ぶ。その剣がぶつかっているのは……反音の塊などではなかった。
 
「あ……ぅ……!」
 
 シンクは倒れたティアの襟元を強引に掴み上げた。まるでゴミ袋でも捨てるような乱雑な所作で、そのままレイルに向けて投げつける。
 
「っ!?」
 
 レイルには味方識別(マーキング)などという器用な真似は出来ない。ティアを巻き込んで殺しかねない状況に………レイルは慌てて超振動を解いた。
 
 その左手から一つ、真紅の珠が零れ落ちる。
 
「く……っ!」
 
「ティ………ぐあっ!?」
 
 レイルの真後ろにティアが叩きつけられ、それに気を取られたレイルが、ラルゴに取り押さえられる。そのまま、ローレライの剣をむしり取られた。
 
 転がった珠を、シンクが拾い上げる。奪い取った剣を、シンクが受け取る。
 
「気付いてなかったみたいだから、教えてやるよ。……これが、あんたの体内に取り込まれていた『ローレライの宝珠』」
 
 シンクは、這いつくばった姿勢から自分を睨むレイルに真紅の珠を見せて……
 
「そして、これが………」
 
 ローレライの剣に嵌め込んだ。剣は刀身の根元に真紅の輝きを宿して一体となり、本来の姿を取り戻す。
 
「『ローレライの鍵』だ」
 
 鍵は揃った。それが意味する事を、少年はまだ知らない。今は……まだ。
 
 
 
 



[19240] ♪・『栄光の大地』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/14 15:25
 
「このレムの塔って、元々は惑星の外に避難するために造られたものなんだよ」
 
 手にした『ローレライの鍵』を歓喜の色を以て眺めるシンクは、ラルゴに取り押さえられたままの状態のレイルに語り掛ける。
 
「だから、僕の計画にはこの塔の存在が不可欠だったんだ。……ま、当時はかなり無茶な計画だったらしいけど」
 
「……知るか、その剣返せ!」
 
 僅かに昂揚しているシンクに構わず、レイルは師の形見に目を向ける。その耳に……後ろからティアのか細い息遣いが聞こえた。
 
 憤激のままに反撃したいのに、先の一撃で余力を失ったのか、レイルの体には力が入らない。
 
「あんた達が乗り込んだあのフェレス島は、フォミクリーでかなり手を加えててね。浮島というより、船に近い代物なんだよ」
 
 レイルの意思などお構い無し。誰かに話したくて仕方ないとばかりに、シンクの口は止まらない。
 
「そのフェレス島が今、どこにあるか……知ってる?」
 
「知るかよ! テメェさっきから何が言いてーんだ!?」
 
 レイルの怒声に、「馬鹿には百聞より一見だね」と肩を竦めたシンクは、やおらローレライの鍵を真下に突き立てた。そして、笑う。
 
「オールドラントの裏側だよ。この、レムの塔のね」
 
「っ……!?」
 
 鍵を中心に、塔の頂を複雑怪奇な譜陣が埋め尽くす。その不気味な光に、レイルは言い様の無い恐怖を覚える。
 
「お前……何した……!?」
 
「導火線に火を点けたのさ。フェレス島と、あの島にいる数万のレプリカを使ってね」
 
「!!?」
 
 シンクの言っている事は、レイルには半分もわからない。しかし、“レプリカを使う”という言葉の意味は、何故だか即座に理解出来た。
 
「やめろ! てめーらレプリカの世界を創りたいんじゃなかったのかよ! なのに、何でレプリカを殺すんだ!?」
 
 理不尽に造られ、理不尽に捨てられる命。かつての自分と重なる存在の危機に、レイルは必死に叫ぶ。………が、シンクは目を丸くした。
 
「ヴァンのやつ、裏切ったくせに計画の全部を話したわけじゃなかったんだ。最期までよくわかんないやつだったな……」
 
「計画の、全部……?」
 
 そして、堪えきれないように笑いだす。
 
「ふふ、ふ……あはは……はははははははは!! 傑作だね。ただの器のくせに、新しい人類になれるなんて本気で思ってるんだ!?」
 
 狂気にも似た高笑いと共に、シンクはローレライの鍵を天空にかざす。
 
「地核の振動を止めて、あれで計画を止めたつもりかも知れないけど、手遅れだったんだよ。あの時点で、もう必要最低限の第七音素(セブンスフォニム)は確保出来てた。導火線に火を点けるだけなら、あれで十分なのさ」
 
 その頃……惑星の反対側に位置するフェレス島は、眩ゆい白光に包まれていた。
 
 島そのものと、そこに住まう異形の命たちの全てが第七音素に還り、譜陣となったそれは世界に広がり、惑星に浸透していく。
 
 惑星を透過する中で、譜陣は第七音素を呑み込み、取り込み、喰らい尽くしていく。
 
 フェレス島より発せられたその力は瞬く間に世界を覆い、そしてレムの塔へと帰結した。
 
「!? ……何だ!?」
 
『っ………!!』
 
 とても個人の感覚では知覚仕切れない、海のような巨大な第七音素がレムの塔を……レイル達を包む。誰もが空前絶後の圧倒的な力の前に恐々とする中で、シンク一人が、歓喜を以て悠然と、ローレライの鍵を掲げている。
 
「ユリアの造りしレムの塔よ! 我が身に宿りしローレライよ! 今こそその力を解放しろ!!」
 
 シンクが咆える。レムの塔が震える。全てを呑み込むような巨大な第七音素が、塔の頂から上に立ち上る。
 
 空を越えて、天を越えて、音譜帯をも易々と越えて、そして――――
 
「何だよ……あれ……?」
 
 全てを覆い尽くした力が天に昇りきった時……月より遠く、しかしどの星よりも遥かに大きく、“それ”は空の彼方に姿を現していた。
 
 青々と輝く美しいそれを、誰もが知識として知り、しかし視認した者は一人としていない。
 
 惑星、オールドラント。
 
 ……………その、レプリカだった。
 
「あれこそが、僕らが夢見てきた新世界にして……惑星オールドラントの新たな器」
 
 シンクが笑う。
 
「新星・『栄光の大地(エルドラント)』の誕生だ!!」
 
 遂に叶った野望を、心から祝い、謳うように。
 
 
 
 
「『レイジレーザー』」
 
 譜銃から放たれる青い光が、ヴァンデスデルカの剣を捉え、弾き飛ばした。丸腰になり、自身の体表に譜力を集中して防御するヴァンデスデルカに、リグレットは容赦無く音弾を打ち込んでいく。
 
「くっ……そぉ……!」
 
 足、腕、肩、耳、腹、急所だけは守りながら防戦に徹するヴァンデスデルカに、次々と音弾が命中、譜力の壁の上から血を吹き出させていく。
 
「な、何でリグレットが………」
 
「『グラビティ』!」
 
 状況が呑み込めずに混乱するアニスに攻撃を促すように、イオンの譜術がヴァンデスデルカを包んだ。
 
 過重力空間に圧し潰されて動きの止まったヴァンデスデルカに、ハッとしたようにアニスが追い打ちを掛ける。
 
「“魂をも凍らす魔狼の咆哮 響き渡れ”『ブラッディハウリング』!!」
 
 動きの鈍ったヴァンデスデルカに、赤黒い呪いの叫びが吹き付けられた。
 
「おの、れ………」
 
 音弾を浴び、過重力に圧され、呪いの叫びに呑まれ、よろよろと剣を拾い上げるヴァンデスデルカに………さらなる一撃。
 
「『鳳凰天翔駆』!!」
 
「があぁあぁ!?」
 
 気高き紅蓮の炎を纏い、不死鳥と化したガイの斬撃が、ヴァンデスデルカの胴を深々と薙ぎ、焼いた。
 
 決着。―――そう、誰もが思った矢先に、第七音素の海が全てを包み込む。
 
 
 
 
(ィイイイィ………ン――――!!)
 
 耳に痛い音を鳴り響かせて、小刻みに震えて……
 
(パン……ッ!!)
 
 ローレライの鍵が、砂のように砕け崩れて、大気に融けた。
 
「流石のローレライの鍵も限界か。まあいいや、もう用は無い」
 
 シンクはそれを一瞥して、それきり興味を失う。
 
「(ヴァン師匠の……剣が………)」
 
 師から託された剣の最期を、レイルは茫然と見つめる。心に大きな穴を開けられたような空虚感が、レイルを襲った。
 
「さて、と………」
 
 そんなレイルに一切構わず、シンクは一度眼を閉じ、そして開く。その背中に―――天使のような純白の翼が生えた。
 
「お前、一体……!?」
 
 驚愕するレイルにはやはり構わず、シンクは翼を広げて、塔の頂よりさらに高くへと飛び立った。
 
 そして、大仰に広げた両手の動きに合わせて、巨大な譜陣が広がる。
 
【我は、新生ローレライ教団導師・シンク】
 
 譜陣の効力か、シンクの声は眼下に広がる世界全てに届いていく。マルクトにも、キムラスカにも、ダアトにも、ケセドニアにも、とにかく世界中に。
 
【天空に現れた新星の名は『栄光の大地』。預言(スコア)に縛られ、破滅に向かうしかないこのオールドラントに代わる、人類の新たな故郷だ】
 
 突然天から響くその声に、人々は何事かと耳を傾ける。
 
【星の記憶に縛られた哀れな人類よ。自由と意志を取り戻し、真に人間として歩もうと願うのならば、各地を巡る我が教団の使者に名乗り出よ】
 
 外郭大地の降下。預言の廃止。ただでさえ混乱を極めている世界に、さらなる恐慌が走る。
 
【預言に捕われた古き星と肉体から脱し、新たな器へと生まれ変わる。それこそが、我と共に栄光の大地の土を踏む者の資格だ】
 
 言葉の内容自体は、とても正気のものとは思えない。それなのに、どうしようもなく信じさせられるような不思議な風韻が、その声には宿っていた。
 
【この期に及んで預言に拘泥すると言うなら、それも良いだろう。だが、この星の記憶は皆を滅亡にしか導く事は無い】
 
 全世界、全人類への救済の言葉。……あるいは、宣戦布告。
 
【選ぶがいい。このまま預言の傀儡として滅びを待つか、自由と未来を信じて生まれ変わるか。そして間違えるな。我が啓司に従って、この星と人類は何を失うわけでもない。生まれ変わるのだという事を】
 
 言い切って、シンクは開いていた両の掌を閉じた。同時に譜陣が消え、布告の終わりを告げる。
 
「今の……どういう意味だよ……?」
 
「聞いた通りさ。レプリカ世界ってのは、人類が生まれ変わるための器に過ぎない。これが僕らの本当の計画なんだよ」
 
 塔の頂に戻ってきたシンクは、レイルを見下してそう告げる。その背に広がっていた翼が、畳まれるように消えた。
 
「オールドラントは一度滅び、栄光の大地として生まれ変わる。あんた達は叶わない未来でも信じて、新星を見上げてるんだね。少しずつ絶望を噛み締めて、さ」
 
 その別れの言葉を合図にするように、レムの塔が薄紫に輝いて、その本来の機能を発揮する。シンクが、アッシュが、ナタリアが、アリエッタが、ラルゴが、そして階下のヴァンデスデルカが、光の中に掻き消えて………
 
「!?」
 
 たった今生まれた新しい惑星、新星・栄光の大地へと打ち出され、転移した。
 
 惑星脱出装置。その本来の機能を発動させたのだ。
 
「………………」
 
 レイルは、既に失血で気を失ってしまっていたティアを抱き抱えて、立ち上がる。今は……落ち込んでなどいられない。
 
 ただ………
 
「(ごめん………ヴァン師匠………)」
 
 未来と剣を託して逝った師に、心の中で一言謝った。
 
 
 野望はその全容を現し、再び世界を恐怖に陥れる。天空の彼方に生まれた星は、この星の鏡。もう一つのオールドラント。
 
 一つになる。それは滅亡なのか、それとも救いなのか………。
 
 
 
 
(あとがき)
 切りがいいのでここまでが三部。次から四部にしようかと思います。
 勢いに乗って今日はダブルです。
 
 



[19240] 1・『抱擁と仲間と』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:f6bb011e
Date: 2010/06/16 21:58
 
 冷たい水の中を、彷徨っているような感覚。冷たい水の中に、暖かな日の光が差し込み、それが私に温もりをくれる。
 
 寒さと、暖かさと、ぬるさが混じり合ったような不思議な空間の中で、気だるい虚脱感が何故か心地いい。
 
「(ここは……どこ?)」
 
 ここが景色の無い闇の中だという事に、本当に今さら気付く。同時に、焦りが生まれた。
 
「(こんな事してる場合じゃ、ない……)」
 
 思考が乱れて、はっきりとは思い出せない。だけど、何かしなければならない事があったような気がして、私は体を動かそうとするけど……まるで金縛りにあったように指先一つ動かせない。
 
「(行かなきゃ……)」
 
 動けない、という事実が、私の焦燥感を煽る。僅かに動かせた指先に続いて、瞼が開いた。朱色の光が広がって………
 
 私は―――目を覚ました。
 
「…………………」
 
 霞む視界が定まってくる。夕焼けらしい光を浴びて、朱色が焔のように鮮やかに輝いていた。その下で……一対の翠が私を見ている。
 
「レイ、ル……?」
 
 ぼんやりとした頭で、ただ目の前にいる人の名前を呼んだ。その途端、体が持ち上がる。
 
「ッ……良かった……!」
 
 レイルの顔が視界から消えた。心地いい圧迫感が上半身を包んで、ぴったりとくっついた頬から鼓動が聞こえてくる。
 
「(…あったかい………)」
 
 抗い難い安心感に身を委ねようと思った………ところで、ようやく頭が追い付き始めた。
 
「…………え?」
 
 私を包んでいるものは、何? 私が頬を寄せているものは、何? 私は一体………何をされて……。
 
「……………」
 
 考えるまでもない。私は、レイルに……抱き締められている。
 
(ギュウ……)
 
 私が気付いたのと同じタイミングで、抱き締める力が一層強くなり、私はレイルの胸の中にすっぽりと納まってしまう。思っていたより力強い………なんて、考えてる場合じゃない。
 
「(あ……え……う……?)」
 
 顔がとんでもなく熱くなっているのが自分でわかる。レイルのじゃなくて、私自身の心臓がうるさいくらいに騒いでる。どうして、いきなりこんな事に……?
 
「あ、あの……」
 
 苦し紛れに零した言葉が耳に届いた途端、レイルはビクッ! と身を震わせて、恐る恐る自分が抱き締めている私を見る。
 
「「………………」」 
 
 目が………合った。
 
「うえおわおおおおっ!?」
 
 その瞬間、レイルは凄い勢いでしゃかしゃかと床をかいて、私から数メートルの距離を取る。……自分が今まで何をしていたのか、気付いてなかったみたいな反応。………顔、真っ赤。
 
「お、俺………ごめん!!」
 
「あ……………………うん」
 
 赤から青に、忙しく顔色を変えて頭を下げるレイルに、私は少しだけ余裕を取り戻す。
 
「(六神将に捕まって……レイルが助けに来て……戦って……)」
 
 思い出した。シンクの胸に矢を突き刺して、勝ったと思った瞬間に、私は………また意識を失った。
 
「横になっていて下さい、傷口が開きます。」
 
 私に治療術を掛けていてくれたらしいイオン様に促されるまま、私は起こしていた上体を寝かせる。そして、改めて辺りを見渡す。
 
 古めかしい建造物の、瓦礫だらけの屋外。
 
 私なんかに抱きついてしまったからか、青い顔で打ち拉がれているレイル。そんなレイルをつついているガイ。それに………
 
「アニス……? 姉さん……?」
 
 おかしな仮装をして居心地悪そうにしているアニス(背負ってるトクナガでわかる)と、離れた所で空を見上げてる姉さんまでいる。私が捕まっている間に、一体何が………
 
「!? ………あれは」
 
 そんな疑問が全て消し飛ぶほど異質な存在に、姉さんの視線を追って初めて気付いた。常識外れに大きな、青くて綺麗な星が空に浮かんでいる。……当然、今まであんなものはオールドラントの空には無かった。
 
「……シンクが創造した、オールドラントのレプリカです」
 
「ただのレプリカじゃない、“完全同位体”だ」
 
 イオン様の言葉に被せるように、姉さんが口を挟んだ。………あれが、兄さんの考えていたレプリカ世界。完成してしまったの……?
 
「(完全、同位体……?)」
 
 言葉の意味が、遅れて頭に浸透してくる。完全同位体……という事は……
 
 そんな私の危惧を、続くイオン様の言葉が―――
 
「……はい。いずれ惑星間で大爆発(ビッグバン)現象が起こり……オールドラントの人々は死滅します」
 
 肯定した。
 
 私が、レイルが、ガイが、アニスが、凍り付く。預言(スコア)から解放されて、崩落の危険から逃れて、本来の姿を取り戻したはずのオールドラントに、再び危機が迫っていた。
 
 
 
 
「……………マジ、かよ」
 
 レムの塔の一階に向かう昇降機の中で、レイルが重々しく呟く。
 
 レイルは、イオンの説明を聞くまで、シンクの言葉の意味も、事の重大さも理解していなかった。
 
 オールドラントのレプリカが出来た。ただ見たままにそう認識していただけ。
 
 フェレス島のレプリカが消えたという事実に関しても、あまりに遠くの事ゆえに実感が湧かず、『栄光の大地(エルドラント)』が出来た事がオールドラントの危機に直結している事にも気付かなかった。……それが今、ようやく事の深刻さを理解し、膝を折る。
 
 その傷を癒しながら、イオンは無言のままだった。………レイルは、自分が完全同位体と呼ばれていた事を憶えていない。
 
「………要するに、オリジナルがレプリカに乗り移るって事だろ? でもそれって……“本当にそいつなのか”?」
 
 ガイの疑問に、解を示せる者はこの場にいない。シンクの言葉を信じるなら、レプリカの体に乗り移らない者は……一人残らずオールドラントの爆散に巻き込まれて死ぬ。平静でいられるわけがなかった。
 
 誰もが押し黙っている内に、昇降機が一階に到着し、扉が開く。そして……
 
「……ッ………」
 
 真っ先に、アニスが昇降機から踏み出し、逃げるように去ろうとする。その背中に―――
 
「待って下さい、アニス」
 
 レイルの傷口に手を添えたまま、イオンの厳かな声が掛かる。
 
 先ほどとは別の意味で、誰も口を挟めないような空気が漂う。
 
 アニスはかつてイオンを裏切り、罪悪の念からその傍を離れた。もう一緒に居る事は出来ない……その気持ちは今も変わらない。
 
 このレムの塔でイオンに会ってしまった事も、アニスにとっては計算外だったのだ。
 
「あなたが何を思って姿を消したのか、どうしてこのレムの塔に現れたのか……わかっているつもりです」
 
 終わり、とでも言うようにレイルの肩を叩いて、イオンは立ち上がる。立ち上がって、アニスに歩み寄る。
 
「それでも、言います。……一緒に来て下さい」
 
「…………相変わらず、ですね」
 
 イオンの言葉に、アニスは仮面を外して放り捨てる。そして、偽悪的な笑みを浮かべて振り返った。
 
「そんなだから……わたしみたいなのに付け込まれるんですよ」
 
「! お前……!」
 
 その態度に激昂しかけるレイルを片手で制して、イオンはアニスに向かって歩いていく。………アニスが、一歩、また一歩と後退る。
 
「アニス。あなたがしている事は、罪滅ぼしでも何でもない。ただ逃げ回っているだけです。僕からも、自分の冒した罪からも」
 
「来な、いで………」
 
 偽悪の仮面は容易く壊れた。突き放そうとしたはずの存在が、何の躊躇いもなく踏み込んでくる事で。
 
「一緒に居られない? そうじゃないでしょう。一緒に居る事が怖いだけだ。罪を抱えたまま、僕たちと共に行く事を怖れたんだ」
 
 温厚なイオンらしからぬ、辛辣な言葉がアニスを打つ。そう、今、紛れもなくイオンは………怒っていた。
 
「あの時もそうだった。外郭を降ろして世界を救う……一番大切な時にあなたはいなくなった。罪を抱えても出来る事は、すぐ目の前にあったはずなのに」
 
「………………」
 
 アニスを苛んでいるのは、罪悪感。ただ許されても余計に苦しみが増す。………などという気遣いをしているわけではない。
 
「それは、今回も同じです。また逃げ出すのは……僕が許さない」
 
 何もかも一人で決めて去ってしまったアニスの勝手に、個人的に憤っている。
 
「……咎人なのは僕も同じです。許されざる罪なら、僕も一緒に背負います。今度こそ、僕らに出来る事をやりましょう」
 
 俯くアニスの手に、イオンは一本の短刀を握らせる。それは、いつかアニスが絶縁の証としてイオンに贈った物。
 
「あなたが必要なんです。一緒に……来てくれますね?」
 
「っ……ッ………!」
 
 アニスはただ、短刀を強く握り締めて、歯を軋むほどに食い縛って………涙を必死に堪えていた。
 
 
「姉さん………」
 
 遠巻きにそんな二人を見ていたティアが、徐にリグレットの方に向き直る。
 
 これまでの流れ、そしてその眼の色から、リグレットはティアの言いたい事を瞬時に理解した。
 
「姉さんも、一緒に来て下さい。……兄さんも、そう願ってくれているはずです」
 
「えぇ~~~~ッ!?」 
 
 ティアの提案にリグレットが応えるより早く、レイルが心底嫌そうな声を上げる。すぐさまその足をティアに踏まれた。
 
「今さら馴れ合う事は出来ない。……と言えば、“逃げ”だと言われるわけか」
 
 レイルを冷たく一瞥しながらも、リグレットはティアの言葉にのみ平静に応える。………が、その心中は複雑だ。
 
「(ヴァン…………)」
 
 人は未来を選べる。自身の最期にそれを信じて、レイルに託して、ヴァンは逝った。そして、ロニール雪山での戦いで、リグレットもティアに似たような事をした。
 
「……………元々、六神将も目的を同じくするだけの間柄でしかなかった。組もうと思えば、誰とだって組めないわけじゃない。………私はな」
 
 苦しい思いを強いてきたティアのため、ヴァンのため、そして自分自身のため。心中の複雑な気持ちを押し殺し、リグレットはそう言ってレイルを見た。
 
 威嚇するように唸るレイルとリグレットの間で、『気に入らないのはお互い様』という視線が火花を散らす。
 
 そんなレイルの襟足を、ティアが引っ張る。
 
「姉さんは元六神将だからこそ、貴重な情報を持ってるはずよ。それに、今まで二回も私たちを助けてくれているんだから、もう信じてもいいでしょう?」
 
 レイルの顔の前で人差し指を立て、まるで嗜めるように理詰めで言って聞かせるティア。……かなり私情も混ざっている気がしないではないが、叱られモードのレイルがそれに気付く事は無い。
 
「………………」
 
 何となく、リグレットは納得する。
 
『兄さんが好きなら……本当に好きなら……破滅に向かう兄さんを止めなきゃいけなかったのよ!!』
 
 自分とティアが別の道を歩いたのも、当然の事だった……と。
 
 自分に憧れてくれていた、妹同然の少女。似通っている部分も多く、気も合ったが、男の好みは正反対だったらしい。
 
「で、お前! そのオールドラントの大爆発(ビッグバン)ってのは、止める方法あんのか?」
 
 さっきまで情けなく躾けられていたくせに、敵意剥き出しで偉そうに詰問してくるレイルに、リグレットは肩を竦める。これのどこがいいのかわからない。
 
「私に訊くより、専門家に訊いた方がいい」
 
 ヴァンが認めた、ティアが好いた、そして自分が護らねばならない想い人の後継者に………
 
「ワイヨン鏡窟。今からそこに向かう」
 
 リグレットは陰鬱な溜め息を零すしかなかった。
 
 
 
 


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