<リプレイ>
●カライザナイ〜4〜 「案内役の言葉から察するに、『視肉』ってのは『愛情を示してくれる人』の血肉の代わりか?」 竜胆・螢(銀夜の守護竜・b02371)は複雑に絡み合った古民家の、埃を被った雨戸を引き開ける。無数の古民家がひしめき合ったマヨイガの全貌たるや、蓑虫の棲家を連想させた。 横倒しになって連結された古民家の床は即ち壁。螢の引き開けた雨戸の向こうにはまた別の古民家が連なっている。 「んー、ハルよく分かんないんだけど。『視肉』があると腐敗しちゃうの?」 「いや、どっちかというと逆じゃないかな。『視肉』がないと腐る……」 鷹來・遥姫(春色兎姫・b11253)の疑問に答えていた神凪・円(守護の紅刃・b18168)の台詞は途中から悲鳴に変わる。着地した先の廊下が腐っていたらしく、足で踏み抜いてしまった。仰木・弥鶴(グリーンスリーヴス・bn0041)が手を差し出す。 「大丈夫?」 「随分古い民家のようだな……」 梓原・真矢(スタットコール・b23584)は細雪を先に行かせ、自らは細心の注意を払って周囲を見渡した。もしかしたらあの吸血鬼――アレクサンドラが来ているかもしれない。 「ん……?」 廊下の端に何かが転がっている。拾い上げてみると小さなベーゴマだった。おそらく、この古民家に住んでいた持ち主のものだろう。 先頭を突き進んでいた桐嶋・宗司(深黒晦冥・b25663)が肩越しに振り返る。 「おい、観察はそれくらいにして急ぐぞ」 「ええ。長居は無用です。古民家の先がこのような異世界に繋がっていた……この情報を早く学園へ持ち帰らなければなりません」 続きをリヴィ・フランケン(はぐれ花嫁・b31446)が引き継ぎ、桐真・響(アゲート・b56476)が自信ありげな微笑みを唇に乗せた。 「必ず帰るよ! こんな体験、帰ったら自慢しないともったいないしね」 「さんせーでーす! ハルも早く帰りたいのねー」 ぴょん、と階段を飛び越えながら遥姫が申告。マチェイ・ノヴァク(血呑み児はネリネを抱く・b62429)も無言の頷きを返した。複雑に連なった階段をひたすら下に下る。窓の外から見えるのはどこまでも続く空。 「……とり、みたい。?」 マチェイはきゅ、とロザリオを握り締める。 こんな所ではぐれたら永遠に帰れないような気がする。と、俯いた先に何かが転がっているようだ。突然立ち止まった彼のお尻に弥鶴の蜘蛛童がもぎゅっと頭をぶつけた。 「……これ、なに?」 マチェイの手には鋳鉄製の小さなコマがある。真矢が先ほど拾ったのを同じものらしい。 「ベーゴマっていうんだ。紐を巻きつけて回す、子供のおもちゃだな」 「なんかこの辺、やけにそれ転がってるけど……」 宗司に続いて階段を下りていた響が訝しげな声をあげる。それから幾らも経たないうちに階段は古民家二階のベランダへと能力者達を誘い込んだ。再びマヨイガの表層部に顔を覗かせた能力者達の耳に届く、少女の甘ったるい笑い声。 「あら、あらあら誰か来たわよ」 「聞けるかしら聞けるかしら? 心躍る恋のお話を」 くすくすと繰り返される甘い嘲笑は3人分。 ――そして、あともう1人。 「来るぞ」 宗司の隣に並び立ちながら、螢は愛用の斬馬刀を振り上げる。同じく宗司も旋剣の構えを発動。ベランダの奥から放たれた黒い弾丸のような物体を強化した兇冥の刃で受け止めた。 「前は頼んだぞ……!」 真矢はベランダの端に留まり薙刀を振るう。結ばれた五色の布が翻る先で細雪が粘り糸を放ち、それに従うように弥鶴の蜘蛛童も後方に足場を構えた。 「ちょっ、いきなり戦闘ってズルイのね!」 遥姫の結晶輪はマヨイガの空を花びらのように飛翔。向かう先にいたのはまだ幼い1人の少年だ。その手にはベーゴマを回すための細い紐が握られている。 「……通しちゃ、だめ」 それだけが使命だと言わんばかりの、低い呟き。 「悪いけど、通してくれないなら通るまで……!」 円の手元で経典が紐解かれ、真矢の薙刀に祖霊が降りた。敵は四人か――刃を向けられかけた少女のゴーストがけたたましい笑い声を上げる。 「あら、あらあら? 聞けないのかしら恋のお話?」 「それは残念。残念残念残念……!!」 遥姫と響が互いに顔を見合わせた。 もしかして、と少女達を眺める。 「あなた達、ただ恋話を聞きたいだけ?」 返るのは先ほどと同じ高らかな笑いだけ。試しにやってみようか。二人の少女は互いに目配せを送り、小さく頷き合った。 ●カライザナイ〜5〜 大して広くもない民家のベランダが一呼吸の間に戦場へと様変わりする。ベーゴマに風の力を宿した少年の目前で円が紡ぐ、呪詛呪言。少年の動きが一瞬だけ止まった。その隙をついて、螢と宗司が左右から同時に斬りかかる。あどけない悲鳴が耳をつんざいた。 「ちっ、やりにくい」 「……だが、沈めてみせる」 まずは螢の炎が少年の全身を包み込んだ。そこへ垂直に叩き込まれる宗司の黒影剣。開いた脇を狙って少年のベーゴマが高速回転を始める。 「来る……っ!」 遠距離攻撃を使用していた円は何とかその難を逃れた。直前に声をかけたものの、乱戦状態にありながら逐次離脱するのは難しい。防御に徹するのならば可能かもしれないが――同じく最下層を目指す他の仲間の事を考えればあまり時間をかけてはいられないはずだ。 「謹みて勧請し奉る……」 少年の一撃は宗司ですら体力の三分の一近くを持っていく。真矢がすかさず祖霊を降ろしてこれを回復。隣では祝福によって確実に戦闘能力を上げたリヴィが青薔薇を真横に振った。 「悪いですが、あまり時間は掛けたくありませんので」 「……そこ、どいて」 更に後方からはマチェイのブラッドスティールが発動。薔薇の花芯より射出された弾丸が少年の肩口を貫き、マチェイの指図によって引き抜かれた赤い液体が彼の体内に吸い込まれた。 激しい戦闘音を背景に、響は場にそぐわないほど明るい声を張り上げる。 「甘いお話を御所望の女子諸君! 此方へおいで」 両手を広げ、ベランダの手すりに腰掛けた少女達の注意を引きつける。さすがに一戸建てのベランダ内だ。少年の射程から完全に外れるのは不可能だが、今のところ少年は戦闘に集中している。 今のうちに、と響は演技がかった声色で甘酸っぱい思い出話を語り始めた。 「――僕がまだ、恋に恋してるようだった頃。甘い癒しの一時をくれた人がいたんだ」 手のひらでその頃の身長を再現する。次に、自分の頭よりも高い位置へ移動させて『その人』がとても背の高かったことを示した。 その途端、3人の少女はぴたりと動きを止めて響の話に耳を傾ける。遥姫も結晶輪を投げる手は止めないままに、こっそりと聞き耳を立てた。 「週に1度位しか逢えなかったけどよく大人の……」 響はもったいぶって少女の顔を見渡す。続きは、と彼女らが身を乗り出すのを待ってから甘く囁いた。 「――キスもくれたよ」 とろける様な甘い話に少女達はほう、とため息。 対照的にリヴィやマチェイは表情ひとつ動かさずに少年を攻撃し続ける。螢が円の祝福を受けている間に宗司の剣先が少年の背中を突いた。ようやく、半分まで削った所か。 血生臭い戦いと相反する甘い恋話。 それでどうしたの、と小首を傾げてねだる少女達の前で、響は人差し指を唇に押し当てた。 「悪いけど、ここから先は内緒。――代わりに次は此方の女性の恋話を御堪能あれ!」 響は大声で遥姫を呼びつつ、少女達の前から退散。立ち位置を入れ替わる形で電光剣を構えた。呼ばれた遥姫はさっさと持ち場を離れて少女達の前に姿を現す。 「はいはーい! 今度はハルがお話するのね♪」 そして、じゃーんと自慢するかのように左手の甲を突き出した。 「これは彼氏さんから16歳の誕生日に貰った指輪です! 『16歳』『指輪』『彼氏』と三拍子揃ったら、もう言わなくても分かるはずなのね」 にっこりと得意げな笑みを浮かべる遥姫。 その肩越しで、真矢が赦しの舞を踏んでいる。後方より戦況を把握しながら、隙をついて少年に話しかけた。 「最近、おばさ……女性が来なかっただろうか」 けれど、門番である少年は興味など沸かない様子でただベーゴマを繰る。続けて円が尋ねる。空いている方の手で指を三本立てた。 「聞きたいことが三つあるんだ。視肉についてと、このマヨイガの在る位置と時代。それと……って、うわっ!」 皆まで聞かず、ベーゴマを竜巻のようにまとわりつかせた少年が突っ込んでいた。追撃は嵌ると痛い。 「大丈夫か?」 真矢の問いに円は頷きだけを返す。 「何も知らないのかな?」 「……そんな、感じ……?」 マチェイもまた、首を傾げた。 それならそれで、遠慮なく倒すだけだ。幸い少女達の足止めは成功している。遥姫は楽しげに指輪を見せつけながら恋話を続けた。 「……で、綺麗な夜景の見える場所でハルの目を見て。『ずっと僕の傍に居て下さい』って……きゃー!」 「「「「きゃー!!」」」 合わせて少女のゴーストも黄色い悲鳴をあげる。 「……なーんて、言ってくれたらいいんだけど」 小さく付け足した真相になど気づく様子もない。そうこうしている間に、リヴィの弾丸と響の雑霊弾があと一歩というところまで少年を追い詰めていた。幾度目かでようやく締め付けに成功した蜘蛛童の隣から、弥鶴の森槍が放たれる。けれど止めにはやや足りない。 「……そこ、どいて」 「通らせねぇなら沈めるまで、ってな」 マチェイの呟きと宗司の宣告が同時に被さる。 血を奪われ、闇の剣に切り裂かれた少年は愛用のベーゴマと共に姿をかき消した。よし、と円が拳を握る。早くと促したのは螢だ。 「一機に駆け抜けるぞ」 ちょうど少年が立っていた後ろの手すりが壊れ、その向こうに別の古民家の屋根が連結しているのが見える。 「……邪魔すんなら消すぞ」 通り過ぎざま、宗司は満足したように笑っている少女を横目で睨んだ。だが少女達は彼らを阻む気は特にないようだ。 ひらりと手すりを乗り越えながら、リヴィが浅く頷いた。 「いけそうですね」 「よーし、今のうちなのね! あ、響ちゃん。ハルあのお話に出てくる男の人の事もっと詳しく聞きたいです……!」 「ふふ。そうだねぇ……何せきらきら輝いてるような人だったからね。鷹來さんのいい人とどっちが格好いいかな」 さりげなく続けられる恋話に少女ゴーストは夢見心地。 難なく最初の関門を突破した彼らは最下層への道を急ぐ。調査や問答にやや時間を割いてしまったかもしれない。他の仲間達はもうそこまでたどり着いているのだろうか――。 「さぁ、もう一踏張りだぜ! 気合入れなおして頑張ろーぜ!」 円の激励を受け、肩に入った力を一度抜き直す。彼女の提案で少しの休憩を挟んだ後、彼らは再びマヨイガを降下し始めた。
●カライザナイ〜6〜 「あ、そこ……」 とにかく下へ。 通り抜けられるような廊下や襖を片っ端から通過した先に、赤い吸盤のような物が見えた。マチェイが指差した先は突き当たりの和室に取り付けられた窓の外。 窓枠を乗り越えて広間の上に降り立った螢は、目の前にある『物体』の正体を知ってうめいた。古民家と古民家の間に埋まるようにして極太の『脚』が蠢いている。 「もしかしてタコ……か?」 「だとしたら相当でかいな」 同じく、宗司が眉をひそめた。 目の前に見えるのは脚が1本とその付け根から続く胴体の一部だけ。耳を澄ませばそれほど遠くもない場所から剣戟や爆発音が聞こえる。 どうやら、『これ』はもう他の仲間達と交戦中らしい。 「しかも、佳境のようです」 リヴィの言葉に応じるように、彼らは出来るだけ扇状に広がる陣形を取った。少しでも敵の攻撃を集中して受けないために。けれど敵の大きさからすればその程度の距離は零に等しい。 ぐるり、と体の向きを変えたタコの妖獣は黒い墨のようなものを辺り一面に噴射する。その動きは緩慢で随分弱っているように思えた。同じく最下層までたどり着いた他の仲間が健闘してくれたのだろう。 「到着が遅れた分、こっから挽回しないとね……!」 「ええ、必ず突破してみせます」 響の剣閃と共に雑霊弾がタコの脚に突き刺さった。リヴィは他の仲間達の気配を探りつつ回復援護を担う。 「目視できない距離での連携は難しそうですね……」 「各自で頑張るしかないってことか」 円は初手から遠慮なく呪言を紡いだ。その両脇を二匹の蜘蛛童が駆け抜け、タコの脚に直接噛り付く。既に森王の槍を使い果たしていた弥鶴は射撃に切り替えて援護射撃。 「やーん。今ぐにゃって、ぶにょってした……!」 「ったく、嫌な手ごたえだな」 黒燐奏甲を纏い氷の吐息を当てに行った遥姫と、旋剣の構えから紅蓮拳に繋いだ螢。両者はまるで示し合わせたかのように同じような感想を吐き出した。真矢は乱戦状態の前線を慎重に見定めようとするが、入り乱れる前衛とタコ脚はほぼ密着状態。完全に敵の射程外に逃れつつ彼らのバックアップを行うのは至難の技だ。 「それでもできるだけ後方から……!」 ジャケットの裾が翻り、石畳紋がささやかな主張を果たす。 その祖霊を受けた宗司が渾身の黒影剣を突き込んだ。 「……こんな場所、留まる気は更々ないんでな」 「同意! 大好きな親友や大切な仲間達が待ってくれてるんだ」 ……そして、多分あの人も。円の頬が僅かに赤みを帯びた。不思議と力が沸いてくる。 百名以上の能力者に取り囲まれた最下層の番人は明らかに翻弄されていた。視界内の敵を毒に侵すスミ攻撃の射程は視界内。ぐるりと一周するだけで脚の数よりも多い手数を消費してしまう。 「まけ、ない……!」 マチェイは左手でロザリオを握り締め、もう片方の指先で妖獣から血を盗む。タコの脚がいよいよ力を失ったように地面へ横倒しになった次の瞬間、それは悶えるように激しい扇動を繰り返した。 「斬撃の音――?」 前後して一際激しい戦闘音が遠くで鳴り響く。 おそらくはそれが止めだったのだろう。 瞬時に妖獣の姿が消滅するのと同時に床が眩しい輝きを放ち始めた。 「きゃっ」 思わず遥姫は目を覆う。特に原初の吸血鬼の存在を案じて周囲を見渡していたリヴィとマチェイも例外では無かった。光に視界を奪われ、ようやくそれが収まった時。彼らは揃って山の上に投げ出されていた。 余韻も何もあったものではない。 「視肉についても分からずじまいだし、たいした調査もままならないまま脱出かよ」 地面に座り込んだまま、螢は肩を竦めてみせた。 首を巡らせた真矢はすぐ隣に細雪の姿を見つけてほっと息をつく。どうやら山の頂上付近にいるらしい。 「それにしても、どこだここは……?」 帰還先となったのは、宮崎県高千穂峰。 宮崎県と鹿児島県の県境にそびえる複合火山の名称である――。
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参加者:8人
作成日:2010/06/17
得票数:楽しい1
カッコいい6
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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