フリーターからGoogle API Expertへ 松尾貴史さんのエンジニアライフ(2/2)
――松尾さんはGAEのAPI Expertでもありますね。API Expertとはどういうものなんですか?
松尾 米国のGoogleにある「グル(Guru)制度」というのを日本でもやろう、という話がありました。日本で受け入れられやすい名前に変えましょうということでできたのがAPI Expertですね。メーリングリストなどでほかの人を助けたり、イベントを開催したりという役割を期待されているんだと思います。その代わりに、米国のグルの場合は「サンフランシスコに立ち寄ったら、いつでも本社に遊びにきてください。一緒にランチでも食べようよ」というような特典があるようです。
――日本の場合は?
松尾 月に1回ミーティングをやっていて、たまに秘密の情報を聞けることがありますね。基本的にはコミュニティの希望として僕らがGoogleに伝えるという感じなんですが、ミーティングでほかのExpertに会えるのも刺激になります。みんなすごい人たちばかりですから。
――松尾さんにとってGoogle AppsやGAEの魅力というのはどういうところにあるんですか?
松尾 正しい方向に進化しているところですね。クラウドコンピューティングの肝というのはコンピューティングリソースのコモディティ化にあるわけで、誰でも安く利用できるのがいいところ。普及の過程のなかで、ソフトウェアベンダーとか日本のSIerとか嫌がる人がいるのも分かっていますが、全体として正しい方向に進化していると思います。僕としてはもっとコモディティ化させてほしい。だから「Amazon Web Services」(AWS)やGAEを応援しています。
――いま注目しているのもGAEということになりますか?
松尾 そうですね。いまGAE上のWebフレームワーク「Kay framework」を作っています。フレームワークなのでできることにそんなに差はないんですけど、GAE専用でやっているので長い目でみるといい方向にいくんじゃないかと思っています。目指すのは、フル機能だけどGAE上でサクサクと動作すること。
実はこのフレームワークの名称は息子の名前からとっているんです。息子が生まれる日に最初のバージョンをリリースしたくて、臨月までに最初のバージョンをまとめて、陣痛で運ばれるタクシーで移動する中で「大丈夫?」と言いながら、横でリリースタグを打ってtar.gzをまとめていました(笑)。で、生まれた直後にリリース文を書いてリリースした。だから、GAEにはできるだけ長持ちしてもらいたいんですよ。
子供がいる人には自分のプロジェクトに子供の名前を付けることを勧めたいですね。子供の名前を付けると放って置けなくなるんで、モチベーションを維持し続けるのには最適です。少し前に「Django」をGAEの上で使えるようにする「app-engine-patch」というプロジェクトがあったんですが、これがなかなかよかったにもかかわらず作者が途中で放棄してしまった。「そういうのはよくないな」という思いもあって息子の名前を付けた。「使えない」とか言われると気分が悪いから、すぐに直したくなりますし(笑)
――話は変わりますが、音楽はまだ続けていたりするんですか?
松尾 3年ぐらい前までは路上パフォーマンスをちょこちょこやっていましたが、最近はやらなくなっちゃいましたね。実は先月までボイストレーニングを受けていたりしたんですけど、ここら辺は恥ずかしいんであまり聞かないでください。でも歌はいいですよね。歳をとっても歌えるし、引退したら歌を歌っていたいな、と。
――お休みの日はどんなふうに過ごしているんですか?
松尾 土曜日の朝はメールを見ていることが多いですかね。時差の関係で米国は金曜日が終わったばかりだから、何か事件が起こってないか気になるんで。日曜日は先月までボイストレーニングと英会話に通っていました。もちろん休日の区別なく仕事をすることもありますね。
――英会話もやられているんですね。
松尾 毎年Googleの年次カンファレンス「Google I/O」に遊びに行っているので、やっぱり英語はできたほうがいいかな、と。もちろんオープンソースをやるんだったら、英語ができたほうがコミュニケーションをとりやすくて楽しいというのもあります。日本は人口が少ないしシャイだからフィードバックをあまりもらえないけど、英語だったらそれも多くなるだろうし、いろいろなエンジニアと交流できます。
僕はプログラマーや開発者の地位が低いというのがやるせないんですね。日本ではプログラマーというと、最下層の仕事で上が言ったものだけを作っていればいいと思われているところがあります。しかしGAEというのは開発者だけでものを作ることができる。そういうところもGAEが好きな理由かもしれません。
連載終了のお知らせ
この連載は今回で最終回となります。個が輝くITエンジニアということをテーマにリレー形式でつないできましたが、取材にご協力いただいたエンジニアの方は皆、それぞれの輝き方していました。しかし共通しているのは皆「オープンマインド」であり、それによってネットワークが広がっていくことを心から楽しんでいる姿でした。
このような点をITエンジニアの姿を新しい潮流だとするのは、okyuu.comユーザーの皆様にとってはいまさらかもしれません。しかし彼らは企業や国などこれまで高い壁が存在すると思われてきた境界を簡単に飛び越え、お互いがゆるやかにつながり、楽しみながらスキルを高め合っているのです。製品やサービスの裏方にいるエンジニアがこのようなつながり方をしている業界というのはあまり例がありません。
所属する企業も国籍も関係なく、純粋に技術を楽しみ、切磋琢磨する。イノベーション(革新)の起こる場所というのはこのようなところへとシフトしてきています。インタビューをどこからスタートしたかということにも関係しているかもしれませんが、面白いもので、この連載に登場したエンジニアのほとんどはWebのエンジニアでした。もちろんWebの技術はオープンで標準化が進んでいることもあるでしょうが、それだけ今のWebの世界には多くのオープンなマインドを持ったエンジニアを引き付ける大きな魅力があるのでしょう。
Webエンジニアに限らず、いずれすべてのITエンジニアがこの連載に登場した彼らのように、個を輝かせて生きる時代が来るような気がします。新しい時代へ向けた地殻変動は既に始まっているのです。
長い間ご愛読ありがとうございました。