「本当に着陸できるのか」
小惑星イトカワを目前にした05年11月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の管制室は重苦しい空気に包まれた。計画では、はやぶさがカメラ画像で自分の位置を判断し、地球からの指令なしに着陸する段取り。だが、画像をうまく処理できないことが分かったのだ。
はやぶさの姿勢制御を担当する白川健一・NECエキスパートエンジニア(45)が切り出した。「人が支援してはどうでしょう」。着陸は担当ではなかったが、管制室の仲間の苦労を見て、ひそかに情報を集めていた。
白川さんは、管制室ではやぶさのおおまかな位置を推定できるプログラムを開発。着陸直前まで支援する方法を考案した。精密な自律制御を目指していた管制チームから「技術者らしい(荒っぽい)やり方」と言われたが、着陸は成功した。
その後もはやぶさは、帰路の姿勢を保つエンジンすべてが故障するトラブルに見舞われた。白川さんは、太陽光の圧力を利用して姿勢を制御する方法を編み出し、難局を切り抜けた。
太陽光は予測が難しいため、「はやぶさ中心の生活」が続く。白川さんは「まるで生き物を相手にしているようだった。はやぶさは困難を解決する醍醐味(だいごみ)を教えてくれた」と振り返る。
「エンジンが止まった!」。旅も終盤に差し掛かった昨年11月、NECの堀内康男シニアマネジャー(45)に連絡が入った。4基中3基がダウンし、残る1基をフル稼働しても帰還できない状況。内心「今度は駄目かもしれない」と感じた。
迷った末、エンジン担当の国中均・JAXA教授(50)に提案した。停止した2基のエンジンの正常な部品を回路でつなぎ、1基として使う。「地上で試していないので、逆に悪さをする可能性すらある」と念を押したが、国中さんは決断した。結果は成功だった。
堀内さんは大学院時代、国中さんのもとではやぶさのエンジンを研究し、それを形にするためNECに就職した。20年来の同志が二人三脚で切り抜けたピンチ。「不死鳥」に例えられるはやぶさの旅を、技術者たちの意地と粘りが支えた。
うれしいはずの帰還なのに、いま堀内さんの胸中は複雑だ。「終わったら寂しくなるでしょうね。毎日メールで届くはやぶさの報告が来なくなる」=つづく
毎日新聞 2010年6月10日 東京朝刊