きっと、だいじょうぶ。

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/5 魔法の力=西野博之

 「このあたりに、きれいなお砂場はありませんか」。泥んこになって走り回る小学生を目で追いながら、幼児を連れた若い母親が言った。

 「外遊びはさせたいけど、服が汚れるのは嫌」「子どもがお口の中にいろんなものを入れてしまうので、猫のウンチやおしっこが混ざっているような不潔なお砂場では遊ばせたくない」。そばにいた母親たちも口をそろえる。最近よく耳にする声でもある。

 町の公園は犬猫用のふん対策として柵が取り付けられたり、シートがかぶせられたり、お砂場そのものをなくしてしまったり。近所の保育園でも「抗菌お砂場」を売りにしたところが出てきた。有料の屋内型遊園地では高温で加熱殺菌処理した砂を使ったり、大型噴霧器を使って砂を定期的に消毒しているという。

 いつの間にか「除菌・抗菌」がちまたではやるようになった。お店の中は抗菌グッズであふれている。ふとシンプルな疑問が頭の中をよぎる。はたして私たちのまわりは、そんなに不潔なのだろうか。

 私が幼かったころは、街に野良犬や野良猫がたくさんいて、道端にも公園のお砂場にもふんがあった。あのころの親たちも「お口に入れたら、ばっちい(汚い)よ」くらいのことは言ったと思うが、今ほどの大騒ぎはしなかった。子ども心に、遊び場が汚いから遊べないと感じたことなどなかった。

 除菌・抗菌が商品化されるようになってからむしろ大人たちの不安は広がり、子どもたちの元気がなくなってきたと感じているのは、私だけだろうか。長く不登校や引きこもりの子どもたちとかかわってきたが、過度な親の不安や心配が生きにくい子を生み出していると思えてならない。たとえ除菌して体が守られたとしても、心の中には不安が広がっていく。これ触っても平気? これは汚いの?

 地面に座れない、電車のつり革が握れない、よその便座に座れない、他人と共用の食器が使えない、そんな子どもが増えている。ちょっとくらい汚いものを触ったり、口に入れてしまっても、大丈夫。人間は生まれながらに、体の中にいろいろな菌と闘う免疫力というものが備わっている。床に落としたお菓子だって拾って食べられるくらいの子のほうが元気に育つといったら、言い過ぎだろうか。

 除菌・抗菌に縛られ親が心配な顔をすると、その顔を見て子どもはおなかが痛くなる。親が伝える「だいじょうぶ」が、子どもにとっては何よりの魔法の力なんだよね。(NPO法人フリースペースたまりば理事長)=次回は20日

毎日新聞 2010年6月6日 東京朝刊

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