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社説

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中国スト続発―低賃金に世界は頼れない

 「世界の工場」といわれる中国で、労働者たちが声を上げて待遇の改善を求めている。憲法で認められていないストライキさえ、続発している。

 経済のグローバル化が進むなかで、中国など新興国の安価な労働力は、先進諸国の賃金を下げる圧力になってきた。なかでも、共産党と労働組合の指導のもと従順な中国の労働者は、企業から見て良質な戦力だ。

 そんな労働者の決起に、経営者は頭が痛いかも知れない。だが、「世界の工場」として発展する中国の労働者が、その担い手としてふさわしい賃金を求めるのは当然のことだ。

 賃上げで中国の人々の所得が増えれば、消費も増える。内需拡大で「世界の市場」としての成長は確かなものになる。それは中国の経済社会の健全な発展はもちろん、世界経済の均衡ある発展にとっても大切である。

 広東省にあるホンダ100%出資の部品工場では、先月中旬に賃上げを求めてストライキが起きた。変速機などの供給が滞り、組み立て工場が操業停止に追い込まれた。

 同じ広東省にある台湾系で世界有数の電子機器メーカー「富士康」はもっと深刻だ。今年だけで13人が自殺を図り、うち10人が命を落とした。連日の残業に追いつめられていたといい、内外から大きな非難が相次いだ。

 いずれも、大幅な賃上げで事態を収拾した。賃上げを求める動きは、ホンダなどの例に刺激されて全国に広がる気配だ。外資系企業のなかには、ストライキに驚き、人件費増を避けるために、中国内陸部や外国への転進を図るところも出ている。

 外資を積極的に導入し、安い労働力を駆使する輸出加工型発展モデルで、中国は高成長を続けてきた。しかし、その成果は経営者などに厚く配分され、労働者は冷遇されてきた。

 農村からの出稼ぎ労働者が集中する沿海部での月給は2万円前後。連日の残業をこなさなければ、実家への仕送りはできない水準だ。

 多くの工場では、従業員は一部屋に10人前後で暮らし、プライバシーはないに等しい。医療設備や厚生施設が整っていない企業はなお多い。

 それを意識しているのだろう。中国当局も一連の争議にほとんど介入していない。そればかりか、中央の指導者は格差の是正のため、経済構造を輸出・投資主導から消費主導に改める方針を打ち出し、労働者の所得増を公約している。企業も安い労働力依存からの脱皮を図り、産業の高度化や新ビジネスを探るようになる。

 安く抑えられた労働力を頼みに利益を上げるやり方を、中国の労働者たちが是正しようと動き出した。グローバル企業も、彼らの異議申し立てをきちんと受け止めていくべきだろう。

探査機帰還―はやぶさ君に笑われまい

 多くの人々が胸を躍らせた小惑星探査機「はやぶさ」の挑戦が終わった。

 3億キロかなたの小惑星イトカワに着陸して、再び地球に戻ってくる。当初は実現が危ぶまれた野心的な目標を見事に達成し、地球の大気圏に突入して燃え尽きた。月以外の天体との間を往復したのは、世界で初めてのことだ。歴史的な快挙といっていい。

 イトカワの表面で採取した砂などを入れるためのカプセルは、はやぶさから切り離されてオーストラリアの砂漠に落下し、無事に回収された。

 小惑星は太陽系ができたときの様子をとどめているとされる天体だ。カプセルの中身は日本に持ち帰って分析されるが、砂などが入っていればさらにまた金字塔を打ち立てることになる。

 はやぶさが旅立った2003年は鉄腕アトムが誕生した年とされており、当初はアトムを愛称とする案が有力だったという。はやぶさは、自分の力で判断して行動するロボットなのだ。

 重さ0.5トン、技術の粋が詰め込まれたちっぽけなロボットが、地上の探査チームの知恵と工夫に支えられて前人未到の大仕事をやってのける。世界の称賛を浴びたはやぶさは、日本の進むべき道を鮮やかに見せてくれたといえるのではないか。

 真空の宇宙とはいえ、わずかな燃料で総行程60億キロもの旅ができたのは、最新鋭のエンジンのおかげだ。ここに日本の高い技術力が生かされた。

 はやぶさは7年間に何度も危機に見舞われた。とりわけ7週間も交信が途切れたり、四つのエンジンが故障したりしたときは絶望視されたが、奇跡的に乗り越えた。故障しても動かし続けることができたのは、技術を熟知した技術者と研究者の力が大きい。

 チームのリーダーである宇宙航空研究開発機構の川口淳一郎教授は「意地と忍耐と、最後は神頼み」だったというが、チームが一丸となってあきらめずにがんばれば、道が開けることも教えてくれた。

 なによりも再認識させられたのは、高い目標を掲げ、あえて挑戦することの大切さだ。「世界でまだだれもやっていないことに挑戦したかった」(川口さん)という。

 もともとは、新型エンジンなどの技術試験を目的とした計画だったが、小惑星探査という意欲的な目標を加え、それが、技術陣や管制チームの底力を引き出すことにつながった。

 日本には、世界に誇る技術力がある。それをどう生かし、どう育てていくか。そこに日本の将来がかかっていることは間違いない。若者を鼓舞するような目標を掲げて挑戦する。それによって、技術も、そして人も、育てていきたい。

 縮こまってはいられない。はやぶさ君に笑われる。

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