あの頃のわたしの自己肯定感は「自分に関する生殺与奪の権利をこの手に持つ事」だった
家庭から来た被虐待の子が、必ず自分が大人に勝つルールに夢中だったように、わたしは施設を出た後、わたしの命についての
エフェクト:Lei 音と同じように色も絶対色感があると思う。
−−−夢・ここから−−−
実は・・・今朝、変な夢を見た余韻があるので、夢の内容には深く触れず気持ちを書いてみる。夢の中で誰かが言っている。「お前らは社会に出たら生きるも死ぬもお前らの自由、お前らの権利だ」と言ってくれた。
誰かが「本当にそうです、誰もいないからこそ強く生きていけます」と涙ながらに答えている。その子は施設を出た後、自殺した子に似ている気がした。わたしはその子を静止しようとしながら出来ずにいた。だってその人の人生にわたしは責任取れない他人だから、何も言えない。もどかしい夢・・・。
−−−ここまで−−−
たしかに・・・。
過去に誰からも関わられた事がない自分は「もし死んでもわたしなら誰も困らない」と思い過ごしていた。また、それが自分の強みであった。「わたしなら困らない」と感じるのは、もちろん誰も絆がないわたしだから、誰も困らないという事である。そして同時に悲しむ人もいないという事でもある。それらについて、何も考える必要がないという事である。そして特に自殺願望を持つヒマもなく、日々一所懸命生き抜く毎日だった。
会社のランチ友などは気の合わない親から生活費を徴収されて自分の家に住み続けていた。親の過干渉を「締め付けが厳しい」と嘆く。自分の力で飛びたいけれど自立しない娘に固執しているフシのある親から逃れる事が出来ず、彼女らは1人暮らしのわたしを「すごい、かっこいい」と絶賛していた。それほど1人暮らしというものが都会では尊敬の的なのか、わたしにはよく分からなかった。
でも就職の面接でもっとも引っかかるのは、その1人暮らしの部分。訳があれば1人暮らしもやむを得ないという無言のプレッシャーの為、1人暮らしのその理由をはじめて会った面接官に「施設育ちですから」と自ら言わねばならない時、なんとなく、「またか」と思う。
家庭で慈しまれている彼女らの絶賛は、どことなくうつろに感じた。
ただ「自分が死んだ事を誰が知る事になるかといえば、家賃が滞納されているのを心配した大家さんくらい。だからなんて身軽な我が人生、誰もわたしを詮索しない、誰もわたしが死のうが生きようが詮索しない、監視される事も指導される事もない人生、わたしは自分の生殺与奪の権利を手中に入れたの」とランチ友に言った。
彼女らは、わたしの話は理解の域を超えているようで、急に押し黙ってしまった。ごめんね。この手の話は気楽なランチには合わないとその後知った。でも単なる世間話をわたしにさせると、いちいち大変な暴露話になるとは当事者の自分も彼女らもその頃、誰も知らなかった。
人は信頼するたった一人になら何をされてもいいのかもしれない、お金を徴収される不満、親の過保護については文句を言う事を通してプチカタルシスになるのかもしれない。でもわたしは、誰に対してもいつも絶対「自分への生殺与奪の権利」を渡す事を常に恐れていると感じる。
わたしは自分が死のうが生きようが誰にも迷惑かけないのだから、を前提に生きている。その道を決めるのはわたしであり、他の誰かではない。それがわたしの自己肯定感を手に入れた実感でもあった。
わたしは、自分には自分の事を自分で決める権利がある事がうれしい。でもわたしが嬉しいと思う権利は絆がない人特有の権利と思わされた権利かもしれない。
ただ、自分の命を複数の流れゆく人たちによって流されない幸福を感じている。今、大人になり、自分が自分の命をどうするかを決定できる力を手にしている事は、わたしにとって素晴らしい1つの勝利のように思えた。
それが、施設を出たばかりの頃のわたしの自己肯定感覚だった。わたしにとっては誰かに勝つ事は全く意識になく、自分の命や自分の出来事を決定づける権利をわたしは掌握したと思う必要がどうしてもあった。
良いか悪いかは別として他人を必要としない、自己完結型の自己肯定感を持つわたしなりの方法だったようだ。わたしが命を落とす時、わたし以外の他人の差し金によって命を落とす事ほど口惜しい事はないと感じている。
自分でもよほど生き抜きたい事は確か。
| └ コラム | 09時19分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑
夢なんだけど後引いた
この親記事の場面は今朝見た夢だけど、夢の内容を書くと現実の話とごちゃ混ぜになるといけない、そう思っていつもは書くのを控えてたけど、今日は書かせてもらった。#けど、一応夢の部分については怒らないで。
ただリアルでも似たような事を言う職員はざらに居た。
たとえば「お前達はえらいわよね、大変な時は自分1人で解決し、良い話だけを学園に持ってきてくれるんだもの、本当に偉いわよね」と電話で言われたけれど、夫などはこれを、暗に「厄介ごとは自分でやってくれ、学園に持ち込むな」と言われているんだよと、教えてくれたりね。
誉められたんじゃなく、誉めた形を取ったけん制だったというわけ。
施設の思想教育の影響が社会で生きる上でどのような現れ方をするかわからないけれど、このような心理を持っていた。
要養護の子にとっては自分ひとりで解決する癖は時には生き死にに直接関係することが多いのに誰も人がいない。この夢の場面が本当の場面だとして、この話を真摯に聞くのは親のない子くらいだと思う。家庭から来てる子にはちょっとピンと来ない話じゃないかと思う。
| レイ@あくまで夢だからね | 2007/06/29 03:56 | URL | ≫ EDIT