家庭から来た子たちの極度に低い自己肯定感の取り戻し方(推測)
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養護施設の要養護の子たちは、自分に評価を与えずそのまま生きていた。*1 でも自己肯定感の極端に低められた子どもたちも養護施設へ保護されてくる。
大人になった彼らのブログを見ていても思うのだけど、家庭から虐待されて施設へ入所した体験のある子の文章には、親から虐待された事実以外に共通している特徴があると思う。それは「親を少し誇るように表現している部分が目に付く」とい特徴。これは家庭だけで育てられて虐待を受けた子には特に見当たらなかった。家庭で虐待を受けて耐えて生き延びた子は生きてきた事そのものを誇りに繋げる努力をしているように感じられるから。
でも施設へ保護された子は、生き延びた事よりも親の財力の話が目に付く。そのへんが家庭虐待の子の「施設入所」というファクターと自己肯定感との絡みを考えるヒントの一つかな?と思える。
そのタイプの家庭虐待の子は親が実はマンションを買ってくれた、○○の組長だ、医師だ、お金には困らないなどなど、確かに自分の背景を説明するに必要かもしれないが、読んでいて時々受ける印象は、彼女・彼らが親のお金もちぶりを必要以上に一体誰に伝えたい(伝えた)のだろうといういう疑問が残り続けている。
しかしそれだけですまないのが児童養護施設の集団生活
彼らの虐待されて失墜した誇りは見過ごされている。そういう傍目に立派な親から虐待された事実は、いくら親が金持ちでも覆せない。やがて彼らは「虐待された自分、低められてしまった自分の力を取り戻す為」に、今度は自分が支配者の意識を取り込もうとして、確実に自分が力を誇示できる施設内の年少者へと向う。
わたしは養護施設には虐待の連鎖よりももっと深い、虐待の連鎖反応という問題にも触れていけたらと思う。1人の子が小さな子へ暴力を振るう、それを見ている他の虐待をされた子が心的に連鎖反応を起す、そうして施設は容易に集団リンチ、集団イジメへと発展する。
資料紹介
施設内暴力:暴力に対する状況的要因の影響の系統的レビューおよびメタ分析
レビューワ: Lisa Gadon 訳:尾山 滋(静岡県立大学・大学院)pdfファイル
引用部分
囚人が自身の社会史や特徴を刑務所内に持ち込んでおり,そのような側面が刑務所環境への適応に影響しているということを前提としている。
刑務所に入る前の経験,特に犯罪的価値観を身に付けたこと、および囚人の個人的特徴が、囚人サブカルチャーに同化する程度に影響する。
個人的要因が,暴力を理解・管理するために決定的に重要である一方,行為はそれだけでは起こらないことは広く認識されている。状況的要因が,行為に対して非常に大きな影響力を持ちうる(Toch, 1985)。
状況的要因・変数は,個人の特徴というより,暴力事件が起きる状況の特徴と定義できる(Megargee, 1982)。
状況的要因は,組織的特徴(例えばリーダーシップ,管理,方針や手続き),物理的特徴(例えばセキュリティ水準,物理的資源)あるいは(さらに)スタッフの特徴(例えば性別,経験,クライアントとの相互作用のスタイル)と考えることができる。スタッフが施設環境の不可欠な部分を構成し,施設の運営方法や施設を機能させる方法に影響している場合,そのような要因は,状況的変数と見ることができる。
状況的要因が結果に影響している役割は,喪失モデル(Deprivation Model)のような刑務所暴力の説明モデルで言及されている。このモデルは,「囚人による攻撃は,刑務所内のストレスに満ちた苛酷な状況の産物である」と提議している(例えば.. Goffman, 1961; Sykes, 1958)。
このモデルは
「…拘禁される経験から起こる,囚人サブカルチャーを作る際の
プレッシャーや難題の重要性を強調している」
(Paterline and Petersdon, p.427, 1999)
さらに,管理モデル(Management Model; 例えば.. DiIulio, 1987)は,次のような状況的要因の役割を強調している。このモデルでは,刑務所暴力の原因を,刑務所運営の失敗,セキュリティの過失,スタッフの入れ替えが激しいことと看守の間に規律がないこと,そして被収容者が素早く散らばれないほどの過密さの結果であると考えている。
囚人と恵まれない子どもを一緒にするなと怒られそうですが、人間は必要な条件さえ揃えば同じような連鎖反応を起してゆくという部分での着目です。
*1 施設内で職員から言われる「それ以上でもそれ以下でもないお前ら」という表現については後ほど書くつもり。
| 養護施設にいる間の問題 | 11時45分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑