河北春秋
55年前、日本で初めてロケット発射実験を行った故糸川英夫博士は「モノとカネだけで人の心は埋められない。心の空白を満たすのは科学と芸術である」と随筆に書いた(『モーツァルトと量子力学』)▼博士の名を取った小惑星「イトカワ」を探査した「はやぶさ」が、地球に帰還した。往復60億キロという途方もない距離の航行に成功。きのう、オーストラリアの砂漠で回収されたカプセルには、地表の砂が入っているのではと期待されている
▼帰路の途中、燃料漏れによって姿勢の制御ができなくなり、7週間さまよった。設計寿命を超えたエンジンが次々と停止。「動いていること自体が奇跡」と言われた▼ぼろぼろになりながらも地球に帰ろうとする姿は、命を宿しているようだと天文愛好家の枠を超えて共感を呼んだ。全国の科学館などで記録映画が上映され、多くの市民が足を運んだ
▼7年前、遠大な使命を受けて宇宙の海にこぎ出し、最後はカプセルの落下を見届けて、自らは大気圏で燃え尽きた。日本人が持つ無常観に訴えるものがある▼プロジェクトの責任者は「この成果は、諸先輩が築き上げた科学技術の上に成り立っている」と総括した。豊かな時代になっても、飽くなき探究心で真理に迫ることの尊さ。博士の一念は見事、今に受け継がれた。
2010年06月15日火曜日
|
|