【社会】「はやぶさ」地球に帰還 小惑星探査機、飛行7年2010年6月14日 朝刊
【ウーメラ(オーストラリア)=共同】2003年5月に打ち上げられ、小惑星「イトカワ」への着陸を果たした宇宙航空研究開発機構の探査機「はやぶさ」が13日夜、オーストラリア南部ウーメラ付近の砂漠を目がけて大気圏に突入、7年ぶりに地球に帰還した。 宇宙機構はイトカワの砂が入っている可能性があるカプセルが日本時間同日午後11時すぎに着地したことを電波で確認。ヘリコプターから地上に落ちているカプセルを目視で確認した。 月以外の天体との往復は世界初の快挙。トラブル続きで当初予定から3年遅れの帰還となり、太陽の周りを約5周する、約60億キロの長旅となった。 探査機本体は途中で燃え尽きたとみられる。カプセルは中華鍋のような形で直径40センチ、高さ20センチ。宇宙機構は14日から回収作業を開始する。小惑星の物質が地上に回収できればこれも世界初で、太陽系の形成初期を理解する貴重な手掛かりになる。 はやぶさは13日午後8時21分(日本時間同7時51分)、探査機本体からカプセルを分離し、同11時20分(同10時50分)ごろ、大気が薄く存在する高度200キロに秒速約12キロの超高速で突入した。周辺では、ばらばらになって燃え尽きる本体の光の中に、カプセルの明るい光跡が肉眼で観察された。 はやぶさは将来の本格的な宇宙探査に向けた技術の実証機。先進的なイオンエンジンや自律ロボットとしての小惑星への接近、着陸、岩石採取、地球への飛行、回収といったさまざまな技術を試した。 イトカワに金属球を発射して岩石を舞い上がらせて採取することには失敗したとみられるが、それ以外の目標はほぼすべて達成。日本の宇宙開発史に飛躍的な一歩を記し、世界の宇宙探査をリードする成果を挙げた。 ◆アポロ13号に匹敵科学技術ジャーナリストの中野不二男さんの話 探査機が宇宙から戻ってくるだけで十分にすごく、よくぞここまでやり遂げたなという思いだ。数々の危機を乗り越えた成果は、重大な故障に見舞われながらも帰還した1970年のアポロ13号に匹敵するとさえいえる。いわば手術をしながら次々と新しい治療法を発見していったようなもので、結果的に多くを学んだ日本は世界でもナンバーワンの探査技術を手に入れた。ノウハウをしっかり継承していくためには、次の探査機の開発が不可欠だ。 ◆不死鳥支えた“家族のエンジン”60億キロに及ぶ旅を陰で支えたのはメーカーの技術者たちだ。困難に見舞われてもあきらめず、経験と粘りで「不死鳥」を地球帰還に導いた。イオンエンジンを担当する堀内康男・NECシニアマネジャー(45)もその一人だ。 堀内さんは学生のころからイオンエンジンを研究していた。宇宙航空研究開発機構でイオンエンジンの開発を担当する国中均教授(50)は大学院の先輩だ。 誰にも負けない経験がものをいったのは、はやぶさの姿勢制御装置が故障して機体が回転したとき。 イオンエンジンの燃料をわざと漏らすことで制御装置の代わりにして姿勢を回復させるという、ものすごい“裏技”を思いついてはやぶさを救った。 そんな堀内さんに「今度こそだめか」と思わせたのが、昨年11月のトラブルだ。イオンエンジン4基のうち3基がダウン。残り1基では力不足で帰還できない。エンジン同士を結ぶ回路を使って壊れた2基の正常な部分を組み合わせ、1基として使うことで危機を脱した。 見事な作戦だったが堀内さんは悩んだ。「回路を積むことを決めたのは、試作機のテストを終えて実物の機体を作る段階だった」からだ。うまく働くか試す機会もなかった。失敗すると機体全体を壊してしまう危険もある。「ぶっつけ本番の回路など、エンジニアとして危なくて使えない」と初めは使用に反対した。 だが、この機会を逃すと帰還はまた数年延びる。議論の末回路をつなぐことに。はやぶさに指令を送るとエンジンは無事にキセノンガスのイオンを噴き出した。大きな“賭け”に勝ち、地球帰還の道が開けた。 堀内さんは打ち上げ前、4基のエンジンにひそかに自分と妻、娘、息子の家族4人の名前を付けた。「イオンエンジンは1基ずつ個性があって情が移る」という。 最後に回路で結ばれたのは自分と妻のエンジンだった。「私は打ち上げ直後に調子が悪くなったんですが、最後に妻と力を合わせて帰ってきました」と堀内さんは笑う。「帰還を見届けて卒業式を終えた気分。はやぶさには、どうもありがとうと声をかけたい」 【はやぶさ】 2003年5月にM5ロケットで打ち上げられた日本の小惑星探査機。当初はミューゼスCと呼ばれていたが、獲物をとらえるハヤブサのように小惑星の岩石を回収してほしいとの願いを込めて名付けられた。05年9月に小惑星「イトカワ」に到着。形状を計測し、2回の着陸に成功した。07年に帰還予定だったが、エンジンの燃料漏れと通信途絶で3年延期された。開発費は127億円。
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