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[19485] 【習作】幻想に挑む者達(東方project オリキャラ)
Name: 本の虫◆e3ea734a ID:16feb2e4
Date: 2010/06/12 00:27
 はじめまして。本の虫と申します。





 本作品では、以下の要素を含みます。



・オリジナルキャラ多数登場(一つの話に多くて三人ほど)


・幻想入りシリーズと呼ばれるものとは方向性が違うと思いますが、幻想入りを目指します。


・基本的にシリアス進行ですが、女の子を可愛く書く練習も兼ねているので、文章の量がおかしい場合、物語の進行上にあまり関係ない部分があります。


・二次設定、独自設定を含んでいます。


・ゆかりんの扱いが終盤まで悪いままで進行します。更に、ゆかりんが人を殺したり暗躍したりします。





 以上のことを踏まえて読まれることを推奨します。

 少しでも楽しんで頂けるように全力で取り組む所存ですので、よろしくお願いします。



[19485] 序論
Name: 本の虫◆e3ea734a ID:16feb2e4
Date: 2010/06/12 00:28






 ――殺してやる。










「小春、まだ幻想郷かどうとか、そういう電波な話をしてるのか?」
「電波って酷いよそれは……。私、耕太君の彼女だよね?」
「彼女であろうが家族であろうが、痛いものは痛い。いい加減現実見ろよ? 就職戦線とかあるだろう」


 リスのように小さな口を懸命に開けて食事をとっている小春に向かって、現実というものを教えてみる。小春は大変面白いのだが、一年ほど前からよく分からない電波を受信し始めた。
 小春の言葉を借りるのなら、もうひとつの世界。幻想郷と呼ばれる世界のことだ。


「うー、耕太君まで信じてくれないんだー……」
「まぁ、電波の割にはディティールが変に細かいことは認めるぞ。物書きなんだから当然と言えば当然だが」
「いやあの、私はミステリ作家だから、ライトノベルとかとはちょっと違うよ?」
「それでも頭の中で全部作るんだから、妄想が細かくなきゃ仕事的にヤバいだろ」


 耕太もトレイに乗せたままだった素うどんを彼女の前の席に置いて、割り箸を割る。


「うん、不味い。大学の学食なんぞに期待するだけ無駄だが」
「ならちょっとはいいもの食べようよ……。私が痛いんだったら、耕太君は現実を見過ぎだよ? 夢とかあるの?」
「安定した生活と安定した老後。……我ながら老衰してるなとは思うけどな」
「こ、これは私が何とかしないと……!!」
「年がら年中頭が春な小春はこっちに戻ってこいよ」
「だーかーらー!! 私は本当に行ってたんだって! ほんとのほんとだよー!!」


 確かに彼女、西行寺小春は一か月ほど失踪していたことがある。捜索願も出されていたし、耕太も捜索に駆り出され、小春が過ごしていそうな場所を探してもいた。
 ……元々、小春は何かの拍子にいなくなることはあった。作家の関係上、取材の旅に出たり、或いは構成を考えている内に道に迷ったり、理由は色々あるのだが、それでも一か月も失踪していたのだ。


「樹海で発見されりゃあ変な電波も受信するか。……発信源が小春自身だけどなぁ」
「だから違うよー! 耕太君、知ってるよね? 私はそりゃ、時々変なことを言うことがあるかもしれないけど、でも、嘘は言わないって!!」
「……あぁ、その辺は重々承知してる」


 だからこそ、小春と一緒に小春が言う場所を調べあげた。専ら耕太が調べたが。


「でも、なかっただろ? つうか、俺が国文学を専攻してなければどうするつもりだったのやら。そうでもなければ神社で保管されてる文書とか調べようがなかったぞ」
「数理を専攻してる私が、そんなことを分かると思う?」
「……」


 結局、いつものところで耕太が黙る。
 小春の言うとおり、公表されていない内容で、小春の言う幻想郷が存在している可能性は見受けることは出来た。出来たのだが、存在が証明されないのだから、小春の言うことは電波にしかならない。あるのかないのか分からない、まさしく名前通りの幻想郷だ。


「ふっふーん。伊達に数理を勉強してないよー? 私を論破しようなんて、耕太君には百年早いんだから」
「まぁ、物理的に黙らせることは出来るけどな」


 小春の頬を捻り、横や縦に伸ばしてみる。


「ひ、ひひゃいひひゃいー!!」
「電波に付き合ってやってるこっちの身にもなれって……。お陰さまで卒論の内容まで決まったじゃないか……? あ、どうしてくれる?」
「ご、ごめんなさいー!!」
「おー、よく伸びるな。このまま引きちぎって口ごと縫って貰うか。静かになっていいかもしれないなぁ」
「駄目ー!! そんなことしたら耕太君に好きって言えなくなっちゃう!!」
「……お前、ド直球にも程があるぞ。俺まで恥ずかしくなるだろ」
「そう? 私はそんなことないんだけど」
「……電波の代わりに常識を受信してくれないかねぇ、このお姫様は!」


 ……何だかんだで付き合っている自分は、小春のことを大事に想っているんだな、と心のどこかで苦笑する。


「お、お姫様?! 耕太君がそんなことを言うなんて……?! で、電波だ! 電波が飛んでるよ!!」
「……」


 だがまぁ、純真爛漫なのはいいのだが、せめてもうちょっと大人になってほしいと思う耕太は、きっと間違っていないはずだと、信じている。






 鼻歌交じりにスキップしている小春の後ろを歩く。
 背後の大学にはしばらく通うことはないだろう。今日で夏季休暇に突入するからだ。小春はこのまま作家として生活するらしいので就職は関係なく、耕太は既に内定は貰っている。大学四年の夏は、のんびりと過ごすことが出来そうだ。


「明日から夏休みだねー。うーん、何しよっかなー?」


 勿論、目の前にいる暢気な女が、就職難で苦しんでいた耕太を放って遊び呆けていたのは言うまでもない。……本気で苛めたくなったのは、後にも先にもあれで最後だ。


「小春は決まってるだろ。新しい作品のために取材だ。あ、俺は寝てるからよろしくな」
「えー! 一緒に行こうよー!! だってだって、次の作品ってあれだよ?! イタリアだよミランだよ!!」
「ミランって何だミラノだろ。しっかりしろ作家、文章に適当書いて担当さんを困らせるなよ」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと推敲って作業があるから」
「……お前がするとは到底思えないが」
「うん、担当さんがしてくれるの! 小春ちゃんにやらせる訳にはいかないんだって。にふふー、私って愛されてるね!!」
「それだけは絶対に違うと思うぜ……」


 小春の担当に文章を渡す前に耕太が読んで、気づいたところを修正をして担当に渡したことがあるが、泣いて感謝された。……それでよくミステリ、しかも売れっ子になれたものだと感心するしかない。基本的に文章は問題ないのだが、知識関係がほとんど全滅だ。トリックに関わっているところに限ってはきっちりと調べているようだが。


「あ、そうだー。新しいのが終わったら、何処かで幻想郷について書こうかなー?」
「……は? ミステリで?」
「さすがに怒られるからミステリはしないかな? SFの短編としてなら大丈夫だよ」
「……出版社、確かミステリとホラーが中心のレーベルだよな?」
「うん。他の会社から書いてみませんかーって声がかかってるから、それに、違う会社にミステリで書いちゃったら、さすがにダメでしょ?」
「駄目かどうかは知らないが……。まぁ、あのディティールの細かさに、普段はぼろぼろの蘊蓄も、珍しく間違いもなかったしな。ウケるとかどうかはともかく、面白そうだな」
「でしょでしょー? それに、日本文学を扱うんだったら耕太君も一緒に出来るしね?」


 こちらを振り返りながら、笑みを浮かべて小春は尋ねてきた。
 ……成程、と思う。どうやら自分は人生の中でも、こと女運に限っては恵まれている方らしい。


「俺は推敲しかしないぞ。……これじゃあ俺も小春の担当になっちまう」
「あ、それ面白そう! ねぇねぇ、私から口をきくから、私の担当になってみない?」
「お前、俺が苦労して取った割とメジャーな企業からの内定を蹴れと言うのか……?」
「うん!」
「……出来るか、そんなこと」


 小春の頭に手を載せて、苦笑する。


「……あー、まぁ、小春は好きなようにしてろよ。もしかしたら、文章で食えなくなるかもしれない。その時は……、なんだ、俺が頑張るから」
「……耕太君……」
「その調子なら問題なさそうだけどな」
「えへへ……。私、耕太君の彼女で良かったなぁ……」
「……恥ずかしいから二度と言わないからな」


 小春の髪を撫で、顔を見られないようにしながら歩き出す。


「待って! 待っててばー!!」
「……やれやれ」


 横断歩道を渡り、対岸で小春を待つ。


「どうしてそこまで遅れるんだよ」
「うー! 耕太君が早いんだよー!!」
「別にそこまで急がなくてもいいんだが……」


 そして。


「さようなら」
「――え?」


 背後を振り返る。しかし、そこには誰にもいない。
 空耳だったのだろうか、と思いながら再び小春を見ようとする。
 だが、目の前にあるのはトラックのみだ。
 理解と同時、世界が割れるかと錯覚する音が聞こえた。


「……は」


 声が漏れる。
 どうなっている、何故トラックが止まっている、どうして小春がいない、どうして、どうして、どうして――


 ……どうして、自分はこんなにも血で濡れている。


「……こ、小春、小春……」


 固まった頭が回り出すこともなく、ゆっくりとトラックの前に回る。
 トラックの前は血塗れだ。まるで、何かを引いてしまったかのように。
 声が聞こえる。
 喚く声、悲鳴、携帯のコール音。


「小春は、何処だ?」


 トラックの前面に出る。
 トラックには何処にも傷はついていない。……いや、傷が分からないくらい、血で汚れているのだ。
 そして、アスファルトに視線を下す。


「――?」


 見慣れた鞄だ。周囲には見慣れたアクセサリもある。
 そして。


「……こは……る!」


 血の海の中心で横たわっている小春を見つけた。


「小春! 小春!! おい、目を開けろ!! まだ死ぬんじゃない!!」


 だが、小春は何の反応も示さない。
 抱きかかえようとして小春の腰に手を回し、何か、掴んではいけないものを掴んだ。


「は、ぁ……? ――!?」


 見覚えがあるわけがないが、それがどういうものなのかは分かった。
 内臓だ。
 良く見れば、小春の身体は顔以外の全てがぐちゃぐちゃになっていた。
 トラックに巻き込まれたのだろう右腕付近は無残に潰れていて、左半身もトラックに引っ掛けたのは、綺麗だった肌がずたずたに裂かれていた。
 下半身はタイヤに踏まれたのだろう、両足とも骨が見えていた。


「小春……!! 起きろ!! まだ死ぬんじゃない!! 俺を置いてくつもりか!! ようやく小春に並んだんだ!! これからは隣でいられるって思ってたんだよ!! なのになんだよこれは!! さっさと起きろ!! 明日からどうするつもりだ!!」


 何を言っているのか、よく理解出来ない。


「何か言えよ?! 普段はどうでもいいことばかり話して肝心な時だけは黙るなよ!! 俺はこれからどうすればいい! こ、こんな、こんな状況で、俺は、俺は!!」


 アスファルトを強く殴る。
 嫌な感触と激痛が戻ってきた。多分、指の骨が折れたらしいが気にしてる余裕はない。


「……あ、ぅ……」
「小春!!」


 うっすらと目を開けた小春は、嬉しそうにこちらにほほ笑んだ。


「耕太君だ……」
「分かるか! 自分がどうなったか分かるか!」
「……どうしよう、全然分からないけど、凄くうれしいよ……」
「っく……!! 誰か、誰でもいい! 布を持ってきてくれ!!」


 素人目にも分かる。
 小春はもう、助からない。
 それでも、諦める選択なんて、取れなかった。


「ねぇ、耕太君……? 私、どうなったの……?」
「何でもない! ちょっと車に轢かれただけだ! 残念だが休みはずっと病院の中で過ごすことになるぞ!」
「あはは……、どうしよう……、耕太君と行きたいところ、いっぱいあるんだけどな……」
「なに、学校が始まってもサボればいい! 俺もお前も就職はあるし、後は卒業するだけだからな!!」


 持ってきてくれたタオルをお礼も言わずに掴み、小春の身体中に巻きつけていく。
 ……一瞬でタオルが赤く染まる。止血点の位置を懸命に思い出そうとするが、どうしても思い出せない。


「あの、ね」
「どうした?!」
「さっき……、幻想郷で出会った人が、いたよ……?」
「何処だ?! 捕まえて幻想郷ってものが本当にあるのか確かめるからな!!」
「……あれ、手が動かないや。あのね、傘を持った、綺麗な人、なんだけど」


 周囲を見る。
 ……見つけた!


「あいつか! とりあえずお前が病院に行ったら確かめておくか!!」
「うん、これで、耕太君も、電波を……、受信、か……な?」
「寝るな!! 寝るにはまだ早いぞ!!」


 ようやく、ようやく救急車のサイレンが聞こえてきた。
 苛々しながら、小春に気付かれないように平静を装うことしか出来ない。


「……耕太君」
「どうした?!」
「……私は、知りすぎちゃったんだと、思うんだ」
「何が?!」
「さっきね、あの人に言われたの。……忘れるか、死ぬかを」
「……何の話だ?」
「幻想郷は、外に漏れちゃ駄目。こっちの世界にないものがあるから。だから、こっちの世界には幻想郷なんて、ないんだから」
「……」
「でもね、私は、忘れられないの。……だって」


 小春の顔に、涙が落ちた。


「……耕太君、いつか一緒に行けたらな、と思っちゃったから……」
「……まぁ、行けるだろ。そこにいたんだろ?」
「うん……。でも、私は、駄目かも、ね」


 砕けた拳でもう一度地面を殴る。


「諦めるなよ!」
「……耕太君、好きだよ」
「――!!」


 やめろ、それだけは、それだけはやめろ――


「ばいばい」


 力が抜けた。
 命が、消えた。


「……――っ!!」


 叫ぶ。
 ただただ、叫ぶ。
 戻ってこいと。
 ただ、叫んだ。 










 ――殺してやる。










「……」


 小春の両親には、最後まで感謝された。我儘な娘に、最後までいてくれてありがとう、と。
 大学の友人からは慰められた。ただ、小春よりも良い奴に出会えると言った馬鹿に関してだけは、袋叩きにした。お陰で夏休みが終わってそうそう停学処分を受けてしまったが。
 耕太には両親はいない。高校の時に事故で失い、それっきり一人で生きてきた。


「……」


 小春は、どうして亡くなってしまったのだろう。
 巡り合わせが悪かったのか、それとも、必然なのか。
 偶然だったのか、故意だったのか。
 事件なのか、事故なのか。


「……」


 小春を轢いたトラックの運転手は拘置所の中にいるはずだ。結論から言えば、トラック運転手の過失で小春は亡くなった。それは変わらない。
 ……けれど、耕太は恨む気にはなれなかった。三十年も働き、酒も煙草も吸わず、安全運転を心掛け、尚且つ慣れた道のはずなのに、信号に気付かないなんて、そんな馬鹿な話はない。
 ……まるで、間の距離がなくなってしまったようだった、とは運転手の言葉だ。


「……」


 ……では、原因は何処にある? 誰の責任だ。


「……俺は」


 小春は言った。知り過ぎた、と。
 だから、忘れるか死ぬかのどちらかの選択を選んだ、と。
 小春は忘れなかった。耕太と共に行きたいと思った理由までは推測出来ないが、それでも、忘れるという選択はしなかった。
 だから、死んだ。
 ……だから、殺された。


「……絶対に」


 では、選択を与えたのは誰だ。
 あいつだ。あいつ以外に考えらない。
 容姿は耕太も知っている。おそらく、声も分かる。
 あの女だ。あの女が小春に選択を与え、尚且つ殺したのだ。
 あいつが、あいつだ、あいつを――!!


「――殺してやる」


 何十年もかかってもいい。耕太として成せなくてもいい。耕太がくださなくてもいい。死んでしまっても構わない。生まれ変わったとしてもこの感情は絶対に忘れない。


「俺は、あの女を、殺してやる」


 懺悔など必要ない。後悔も反省も興味はない。世界が罰則な不必要だと結論付けても関係ない。生まれ変わっても、何百年かかっても、耕太の知らぬところでも、手が届かなくても。


「殺す、殺す、殺す――!!」


 そのためには何が必要か。
 この世界の常識など不必要。勉学も不要。必要なのは、殺す技術と生き延びる実力。魔法などという人間には要らないもの。
 幻想郷に、あの女にたどり着く為に必要となる者全て。


「名前も知らない相手だが、――絶対に到達してやる」


 覚えていろ。
 お前が選択肢を出した。
 そして俺は選んだ。


「――殺してやる」


 青い炎だ。赤い炎とは違い、温度も純度も高い、綺麗な炎。
 ――その炎の名は、復讐と言う。












 一人の男が復讐を誓ってから、既に百年以上の時間が流れた。
 勿論、幻想郷にいる者達が外の世界の、しかも有名でも何でもない女性が死んだことなど知るはずもない。
 だから、今日も幻想郷は平穏な時間を過ごしていくのだ。それが終わることなど、誰も考えないし、終わらないように努力をしている者もいる。


 ――だが、男は到達してのけたのだ。


「……終わりだ。八雲紫」


 紫からすれば、知らない男性だ。
 平々凡々、出会ったとしても記憶にも残らないような、ちっぽけな人間。
 だが、その人間が紫を追い詰めた。


「貴方は……!!」
「俺がここにいる理由もお前は知らない。……それで結構だ。だが、これだけが知っておくといい」


 ……漆黒の瞳の中に、青い炎を見た。


「これは復讐だ」
「逆恨みね。妖怪に殺されたと言うのなら、私には関係ありませんわ」
「あぁ、そうだな。俺が持っている感情はだな、外の世界で抱かれたものだ。……つまり八雲紫、全てお前自身が引き起こした感情だ」
「なっ……」
「言い訳はいい。誰かの大切な者を奪ってまで守りたかった幻想郷そのものにも興味はない。……ただ、お前の存在が許せない」


 この男は、本気で紫を殺そうとしている。
 叶う、叶わないの問題ではない。出来るか出来ないかも考慮していない。
 叶うまで、永遠に続ける気だ。


「俺を殺すか。いい判断だが、無意味だ」
「何故?」
「そんなもので」


 男は言う。


「この感情が消えるものか――!!」


 手に持った剣を、何のためらいもなく紫に向かって振りおろしてきた。


「この場に至るまで、何人もの凡人が挑んできたと思っている?! 妖怪は幻想? 馬鹿馬鹿しい! 信仰を得るために幻想郷へ? ふざけるな!! 吸血鬼は過ごせない?! 誰が決めた!! 知り過ぎたからだと? あいつの想いをそんなことで消し飛ばすな!!」


 ……男の慟哭を聞いて、八雲紫はようやく理解した。
 つまり、この男、いや、この人間たちは――


「お前が幻想へ誘い、幻想郷を維持するために犠牲になったなれの果て!! 消えはしない! 逃がしはしない! 何処までも追い詰める!! それがお前の罪であり罰だ!! 八雲紫!!」


 そして、全員の怨嗟が同じ言葉を紡がせた。


「殺してやる!!」



[19485] 始まりの前 ――商人と紅魔館 ①
Name: 本の虫◆e3ea734a ID:1d0d4cf5
Date: 2010/06/13 16:33




 ――幻想郷は全てを受け入れる、とでも言いたいのか? ならば俺も言おう。俺は、相手が望む全てのものを用意しよう、と




















――時は明治。欧米諸国に逆らうことが出来ず、百年以上も続けた幕府が倒壊し、人々は変化と闘争の真っただ中。
 それは自分にとっても他人事ではなく、生まれ育った町は急速に発展を続け、洋風の建物や洋風の衣装、洋風の髪型と言った、今までのものは破棄すべきものとして、破壊と再生を繰り返す毎日を過ごしている。
 変化が悪いことだとは思わないが、現状は変化ではなく、ただの崩壊だ。温故知新という言葉があるように、古いことは同時に積み重ねられたものがあるのだ。壊す前に、振り返ってほしいものである。


「しかし、俺が言えた義理ではないのかもしれんな」


 商人としては出来る限り流行の最先端にいなければならないし、商売するにしても同様だ。新しい情報、新しい物品。古いものを取り扱っていては、客もすぐに飽きてしまう。
 商人とは、得てして世界で最も情報に敏感でなければ務まらないのだ。


「幸いにして、流行に乗り遅れなかったのが功を奏したのか」


 住みこみに任せている店の様子を眺めながら、呟く。連日帳簿には黒字が続き、お陰さまで住み込みも給与に対する不満も出ていない。文明開花を快く思わない人達もいるのだが、店としては歓迎するしかないだろう。


「ま、マスター! マスター!!」


 何でも、ある外国では主人のことをマスターと言うらしい。多少間違っているのかもしれないが、それを面白がって住み込み達に話してみたところ、自分の呼び名はマスターとなってしまった。……敬え、とまでは言わないが、友人でもないのである。


「どうした?」
「あの、外人の方が!! 服をお求めに!!」
「まずは落ちつきなさい。……ふむ、言葉は通じるのかね?」
「す、すいません……。言葉は大丈夫です」
「なら俺が対応する。案内してくれるか?」
「はい!」


 元気なのは結構だが、これでは若干接客が心配である。かねてから考えていたが、一度しっかりと教えるべきなのかもしれない。
 そんなことを考えながら、案内されるがままに店内に入り、そして見つけた。


「……あぁ、彼女か。君の年齢ならば、あのような女性と結婚するべきなのかもしれんな」
「え、ええと……。その、可愛いとは思いますけど、さすがにちょっと……」


 それも時を重ねれば消える躊躇いなのか、と思いながら近づいて行く。
 身長はかなり低い。容姿もかなり幼く、少女と呼ぶよりも幼女、と形容するべきだ。
 だが、彼女が持つ雰囲気がそれをかき消している。少女よりも女性だ。それも何処かの会場で見かけるような、レディだ。日傘だろうか、傘を持っているので、貴婦人のようにも見える。
 こちらの歓迎よりも、諸外国の歓迎の方が喜ばれるか、と思い声をかける。


「お待たせしました。この店の店主をさせていただいております。さて、今日はどのようなご用件で?」
「あら、私を子供扱いしないのね。成程、いい判断をしているわ」
「有難うございます。貴女様のような素晴らしい女性を子供扱いするなど、私には出来ないものでして」
「……珍しいわね。真っ直ぐに世辞を言うなんて」


 別段、世辞を言ったわけではないのだが、日本人というのはどんな言葉もかなり遠慮して発する。不愉快に思われないように、という配慮らしいが、外国の人々から見ればそれは逆に不愉快になったり、或いは言葉通りに受け取る可能性がある。
 なので、出来る限り難解な言い回しはせずに、真っ直ぐに言葉にしたのだ。


「それで、用件なのだけれど、新しい服が欲しいのよ。……そうね、店主、貴方に任せるわ。私に似合いそうな服を持ってきなさい」
「それは手厳しい。しかしやらなければ商人としての埃が許しませんな」


 店に何を仕入れているのかは全て把握している。例え店を任せても仕入れだけは任せない。それが絶対の決まりだ。
 頭の中で店舗にある全ての衣装を思い浮かべ、尚且つ彼女に着せて最も見栄えするものを選択する。
 考えている間、彼女は暇そうに店を見ていたのだが、何かに興味を惹かれたのか、ふらふらと歩いて行ってしまった。
 丁度いいと思い、近くの住み込みを呼びとめ、頭に浮かべた最も似合いそうな衣装を持ってくるように頼み、再び彼女に接近した。


「用意をさせておりますので、少々お待ちを」
「そう。店の趣味はいいわよ。貴方の顔も中々、後はセンスね」
「セン、ス……。あぁ、衣装のことですね。私の中で、最もお勧め出来る物です。気に入らなければ、私はその程度かと」
「ふーん、言うじゃない」
「商人は、頭と口が回らないと仕事にならないものでして」


 やがて、自分の中で最も似合うだろうと自負している衣装が目の前に現れた。


「こちらになります」
「ふぅん、白のワンピースねぇ。にしては、随分とフリルがあるけれど」
「気に入らないのであれば、こちらで加工致しますが」
「へぇ、そんなことまでするのね」
「いえ、普段は販売までです。しかし、貴女様のような方とはこちらから是非ともお近づきになりたい。ならば、多少の優遇はするべきでしょう?」


 勿論、彼女が時々でいいから来てくれればいい宣伝になる、という下心だ。年が離れすぎていて、女性として見るよりも、どうしても子供として見てしまう。


「……ふふっ、面白いことを言うじゃない?」
「その真意は、解っていただけているとは思いますが」
「えぇ、良く分かったわ。私に対してここまで言うとは、面白いわね。センスも、まぁ満点とまでは行かないけれど、合格点は上げられるわ」
「有難うございます」


 値踏みするようにこちらを見ていた彼女だったが、やがて。


「レミリア・スカーレットよ。貴方は?」


 やれやれ、と心の中で溜息を吐く。
 気配りを常に心がけているのだが、どうやら彼女にはそれは通用しないらしい。先に名前を名乗らせてしまうなど、商人としてはまだまだ精進しなければならない。


「申し遅れました。市ヶ谷 佐兵衛と申します。今後とも、是非ともよろしくお願い致します」






「……あら?」


 レミリアの衣装を整理していたのだが、見慣れない衣装を見かけた。
 それは随分とボロボロになっていて、最早レミリアは着用しそうにないのだが、それでも丁寧に畳まれていた。


「こんなもの、あったかしら?」


 紅魔館の管理のみならず、レミリアやフランドールの世話役も兼ねている咲夜だからこそ、見覚えのない衣装に疑問を覚えた。
 幻想郷にたどり着いて、というよりも、咲夜が紅魔館で働くようになってからレミリアが新しい衣装を仕入れた、という話は聞いたことがない。似たような衣装をたくさん持っているだけなのだが、見る限り、この衣装が一番古い。


「……まぁ、いいわ」


 これをどうするのか、レミリアに聞いておくことにする。レミリアがこのような服を持っているからには何か理由があるはずだし、勝手に処分するのも忍びない。
 今の時間なら、パチュリーと一緒に紅茶を飲んでいる頃だろうか、と思い、足を進める。


「あら、どうしたの咲夜? お代わりならまだだけれど」
「……珍しいものを持っているわね。まだ持っていたのに驚きだわ」


 レミリアよりも先にパチュリーが反応した。どういうことなのか、と疑問をぶつけそうになるが、用件を先に進める。


「あ、いえ。お嬢様の衣装を整理していたのですが、その時に偶然見つけまして。随分と損傷が激しいので、捨てても良いのか確認を取ろうと思いまして」
「あぁ……。それは止めておいた方がいいわよ。レミィ、それを気に入ったから同じような衣装ばかり揃えているのだから」
「そうなのですか?」


 レミリアは、ふと笑みを浮かべて椅子の背に体重を預ける。


「否定はしないわ。……懐かしいわね、ある意味、咲夜の先輩よ、それを選んだのは」
「え?」
「外の世界にいた頃の、ほとんどレミィ専属の商人が選んだの。今に思えば、随分と商売が上手かったわね。私にもレミィにも気に入られていたんだから」
「そうねぇ……。咲夜も私にとっては得難いものだけれど、あいつは望んだものを手に入れられる商売の腕があったから、随分と便利だったわ」
「あの……、その方とはどのような方だったんですか?」


 少しばかり興味が出てきたので、二人の会話に割り込み疑問をぶつける。


「冴えない男よ。男と言っても、出会ったときには既に四十を超えていて、随分と達観してた」
「私にしろレミィにしろ、女性として扱ってはいたものの、内心は子供だと思っていたのかもしれないわね。それを態度に出さないのはさすが、としか言いようがないけれど」
「当たり前よ。そんなことを態度に出そうものなら、即刻八つ裂きにしてやったわ」
「だからこそ、商人として大成出来たのでしょう」
「それに、始めてフランを恐れなかった人ね。フランも随分と懐いて、いつ来るのかって聞いてたわ」
「そうそう、『妹様』と最初に呼び始めたのも彼だったわね。……生きていれば、もう一度会いたいものね」
「パチェ、あいつはただの人間よ。もう、生きてはいないでしょう」
「……残念ね。あぁ、大丈夫よ咲夜。別に彼がいれば貴女が要らない、と言うわけではないから」
「あ、いえ、そういうことでは……」
「そうそう。あいつは可愛げがない分、咲夜の方が好きよ、私」
「あ、有難うございます……」


 主であるレミリアに好きだと言われると、やはり従者としては嬉しいものだ。


「興味があるのなら、話しましょうか? ……ちなみに」


 くすくすと笑いながら、パチュリーは口元に紅茶を運ぶ。


「紅魔館にあるほとんどのものは、彼が売ってくれたものよ。勿論、消耗品は違うけれど」
「……凄いですね」
「さて、話が終わってからまだその感想を持ち続けられるかしら?」








 ……凄いものだ、と毎度のように感心しながらレミリアの後ろについて館の中に入る。
 大凡週に一回の感覚で店に通うようになったレミリアだが、その度に何かを購入していってくれる。大きいものでは寝台もそうだし、カップやスプーンなどと言った細々としたものまでも購入してくれている。


「しかし、何時の間に建てられていたのやら」
「貴方には分からないわよ。詳しいことは私にも知らないんだから」
「なれば、ご両親のどちらかが建てられたもので?」
「さぁ? 建てたのは誰かは知らないけれど、ここに持ってきたのは私の友人よ。だから、今は私が主人ね」


 色々と聞いてはいけないことを聞いたような気がしたが、レミリア自身が気にしていないようなのだから、気にする必要はないだろう。二度と話さないようにしなければならないが。
 両手が塞がっていて扉を開けることは出来なかったが、レミリアが開けてくれて、中に入る。


「……赤色が好きなのですか?」
「えぇ」


 中も外も赤いはずだ。人の趣味は人それぞれだが、それでも佐兵衛が選んだ白色の服を着てくれているので、余程気に入ってくれたのか、それなら商人としては万々歳だ。


「さて、荷物は何処に置けばいいでしょう?」
「そうね……。貴方、紅茶は淹れられる?」
「は? ……紅茶ですか? 正直なところを申しまして、日本茶ならば問題はないのですが、紅茶となると、少々……」
「ふーん。まぁいいわ、淹れなさい。荷物はキッチンに置いておけばいいわ」


 まったく会話が繋がらないのだが、いつもの思いつきかと思う。
 このお嬢様は大変我儘だ。初対面の時から得ていた印象だったが、このように常連になってくれてからは、それをよく感じる。
 ……いくらなんでも手に入れるのに店の全財産をかけるような代物を要求してくるのはどうかと思う。言い値で支払ってくれたので、何とか店を続けることは出来たのだが。


「ということで、よろしくね。私は地下の図書室にいるから」


 じゃあ、と言いたげにこちらを一瞥した後、レミリアはさっさと歩き去ってしまった。


「……さて」


 レミリアが住む館、何でも紅魔館と言うらしいが、に来るのはこれが初めてではない。一人で運べないような荷物を買いこみ、運べと命令してくれるお嬢様は、売上には貢献してくれるが、おかげでこちらの仕事が増えて大変なことになりつつある。


「気に入られている内が花、とは言うものだ」


 一先ず荷物を持ったままキッチンに移動して、整理だなの中に、荷物を整理していく。メイドの一人でも雇えばいいものを、とは思うが口には出さない。おかげで佐兵衛が荷物を整理するまになってしまったのだが。


「それでは、頑張ってみるとしよう」


 紅茶を淹れるのは生まれて初めての経験だ。上手く出来るかどうかは知らないし、そもそも紅茶を飲んだこともあまりない。日本茶のように淹れられれば問題はないのだが、そのあたりは諦めてもらうしかない。……いい加減に、そろそろ店主と客の関係に戻ってほしいところである。









 ……何故、こんなことになってしまったのだろうか、と思わず自問自答する。


「……なぁ、レミリア」


 呆れて敬語を使うことを思わず忘れてしまうくらい、訳のわからない事態になっているのだ。
 溜息を吐きたい衝動を懸命に抑えつつ、レミリアに尋ねる。


「どうして俺の膝の上に乗っている? そもそも、パチュリーも止めろ。嫁入り前の娘が男の膝の上に乗るものじゃない」
「あら、歳の差、まぁ貴方が年下になるけれど、それもいいんじゃないかしら? 私は反対しないわよ」
「どうして俺の方が年齢が下になる……。ああ、まぁいい。紅茶が気に食わなかったのは謝る。次の機会までに調べておく。だから、そろそろ下りてくれないか?」
「なによ、私じゃなくてパチェの方がいいっていうの?」
「そんなことは誰も言っていない。……本音と建前、どちらが聞きたい?」
「建前はさっきと同じでしょ? 嫁入り前が云々とか、なら、本音をお願いしたいわね」
「……怒るなよ」
「努力はするわ。それで?」


 ……まったく、どうしてこうなってしまうのか。


「……数年前か。俺は結婚して、子供もいたんだ」
「それで?」
「……子供は、俺に似なかったのが救いだった女の子だったんだよ」
「そうなの? それは是非とも会いたいわね。今度連れて来なさい」


 連れてくれれば、それはそれで救いだったのだが、残念なことに連れてくることはできないし、会うことも出来ない。


「妻と一緒に、流行病で死んだんだ。だから、もし生き残っていればレミリアにくらいになっているのか、と思っているだけだ。……面白くない話だがな、どうしてもそう思ってしまう」
「そう。でも、私は私よ」
「分かっている。分かっているからこそ下りてほしい。……重ね合わせてしまいそうで、嫌になるんだ」
「それならいいわよ。貴方も人間らしい欲求があったのねぇ」


 一体自分はレミリアにどのように想われているのか不思議だったのが、ようやく膝の上から下りてもらえて、安堵のため息を吐いた。


「その、人間らしい欲求とはどういう意味なんだ?」
「あら、私とパチェと一緒なんて、見る人が見れば素晴らしい状況じゃない」
「……やれやれ。君達が美しいことは純然たる事実だが、全ての男がそのような目で見ているわけじゃない。俺は君たちを常連客として見ているのだから、それ以上の関係には発展しない」
「酷いわねぇ。まるで女の魅力がないみたいじゃない?」


 十二分にあるだろう。少なくとも、自分の妻よりも魅力的ではあるとは思う。それでも、愛したのは妻だけだ。


「あるから安心はしてほしい。若い男がいれば話は違うが、俺は君たちに愛情を覚えるほど不貞ではないし、若くもない」
「十分若いから、安心しなさい」


 ……そろそろ寿命の男を捕まえておいて、よく言うものだ、と思いながら、やはり第一印象通り、我儘で気まぐれなお嬢様だ、と苦笑した。






[19485] 始まりの前 ――商人と紅魔館 ②
Name: 本の虫◆e3ea734a ID:1d0d4cf5
Date: 2010/06/13 16:32



 今日は随分と荒れているな、とレミリアの様子を見て思う。
 普段は意地汚い笑みを浮かべていることが多いレミリアなのだが、今日に限っては不機嫌な表情を隠すこともせず、隣のパチュリーは諦めろ、と言わんばかりに肩を竦めていた。


「……頼まれていたものを持ってきただけなのだが、どうしてこんなことになっているんだろうな」
「五月蠅いわね。それどころじゃないんだから仕方ないでしょう」
「俺には関係のないことだからどうしようも出来ないが。ただ、お代は別だ」
「あぁもう! だから五月蠅いって言ってるでしょ!!」
「……やれやれ」


 何を荒れているのかを知ることはできないが、どうやら機嫌は最悪でこれ以上余計なことを言うと、こちらも巻き込まれてしまいそうだ。立場としてはあくまで店の店主と客であるのだから、突っ込んでも意味はないし、余計な地雷も踏みたくはない。


「仕方ない。お代は後日頂戴しよう」
「その方がいいでしょうね。明日にでもなれば機嫌は直っているはずだから、その時に出なおしてくれると助かるわ」
「君もレミリアの友人ならば、他人との接し方を教えるべきだ。……あぁ、パチュリーも他人との接し方をあまり知らないんだったな」
「大きなお世話よ。そもそも、貴方は他人との接し方は商売で必要な事で、私達にはあまり必要のないことよ」
「世も末だ。一人で生きていくことなど難しいこの情勢に置いて、まだそんなことを言う者がいるとは」
「考え方次第でしょう? 送って行くわ」
「珍しい。パチュリーが図書室から出るとは、相当なものだ」
「分かっているのなら口を閉じた方が賢明よ」
「違いない」


 パチュリーと二人でレミリアの様子を見て、これ以上の無駄話は地雷になると判断した。


「では、引き揚げさせてもらう。……レディとして扱っているのだから、せめて表面上はレディでいて欲しいものだ」
「いい加減にしないと八つ裂きにするわよ?」
「出来るとは思えないが、されると困るので素直に引き下げるとしよう」


 パチュリーと二人で図書室の外に出るとほとんど同時、溜息を吐いた。


「どうしてあそこまで機嫌が悪い?」
「気になる?」
「……前々から思っていたんだが、君たちの共通点は意地が悪いことだな」
「けれど、あながち外れたことを尋ねているつもりはないわよ。誰かに気をかけてもらう経験はあまりないのだから、レミィもどうしていいのか分かっていないんでしょう」
「一つ訂正すれば、だ」
「なに?」


 この理知的な女性も、あまり他人と接しないのだ。


「パチュリーも、どうすればいいのか分からない、が正しいな。人を見る目がなければ、商人としては生きていない。特にこの時代ではな」
「長生きも出来ない者に、言われるとは思ってもみなかったわ。でも、確かに事実よ」
「もう少し外に出ることを勧める。絶対、とは言わないが君たちは箱庭で暮らせるほど貞淑ではない」
「さぁ、それはどうかしら」


 何が楽しいのかパチュリーは笑い続けながら、のんびりとした歩調で歩いている。目の前の女性が慌てる姿や困った姿を想像出来ないのだが、レミリアなら見たことがあるのだろうか。


「……しかし、今日の紅魔館は本当に静かだな。静まり返っているという表現の方が正しいか」
「三人しか暮らしていないのだから静かなのは当然よ。そのうちの二人が喧嘩をしているのだから、尚更ね」
「三人? 君とレミリアが住んでいるものだと思っていたんだが」
「レミィには妹がいるの」
「姉妹喧嘩とは微笑ましいものだ。好きの反対は嫌いではなく、無関心とは言うものだ。あのレミリアが喧嘩をする相手なのだから、レミリアにとってはさぞかし大切な者なのだろう」
「……本当に、誰かを見る目だけはあるわね。貴方」
「昨今は君たちという例外がいるので、少しばかり自信をなくしているのだが。尤も、好きという感情を良い感情として、嫌いを悪い感情だとすれば、無関心はそのどちらでもない零の感情ということになる。そこまで見抜くことは、さすがに出来ないがね」


 だが、近い者を無関心でいることはかなり難しい。無関心であることを装うことは出来ても、無関心であることは全く別物であり、難易度の高さは言うまでもない。


「パチュリーも苦労するだろうな。素直ではないお嬢様を相手にしているのだから」
「初見でそこまで見破る貴方も貴方で十二分におかしいわね」


 苦笑しているのか、それとも微笑なのか、パチュリーの真意を知ろうと彼女を顔を見る。


「……何よ? そんなに見つめて」
「美麗な顔だと言えば君の心は満足するか?」
「しないわね。思ってくれることは嬉しいけれど」
「お世辞だと言って怒り出すのではないかと考えなかったわけでもないのだが」
「あら、貴方自身が言ってたでしょう? 私達は他人と接することに慣れていない、と。だからお世辞か本心かなんて、分かるはずもないわ」


 手厳しい、と呟いたのだが、おそらくパチュリーの耳には届かなかっただろう。
 木々をへし折るような、ガラスを粉々に砕くような、表現は出来ないが壊れる音が屋敷中に響いたからだ。
 先ほどまで笑みを浮かべていたパチュリーが、刹那の時間で真顔に戻る。彼女は笑えば女性から少女になるので、是非とも笑っていてほしいと思っているのだが、そのような状況でもないらしい。


「此処ではそれなりにある出来事のようだ」
「私の顔から判断するのは止めてもらえるかしら? ……興味があるのならついてくる? ただし、命の保証はしないわ」
「レミリアと妹の喧嘩だろう? 命をかけるとは、到底思えないのだがね」
「それは貴方が常識に立っているからよ」
「これでも随分と非常識は見てきたつもりだが。……案内してくれるのか?」
「えぇ。隠し通すのも限界だし、レミィは貴方がお気に入り。なら、こちら側に引き込めば話は簡単よ」
「……良く分からないが、覚悟だけはしておこう」


 パチュリーが走る姿を見るのは、そういえば初めてだと思う。
 少しばかり興味があったのだが、その期待は違った意味で裏切られた。


「……」
「あら、最近の女性は空を飛べるのよ。知らなかった?」
「……そんな馬鹿な……」


 先導するパチュリーは、何度見ても足が地面から浮いていて、空中に浮かんでいた。そしてかなりの速度で飛び始める。
 いきなり理不尽な展開になってきたが、ついて行くと言ったのは自分なのだから、その覚悟だけは貫き通さなければならない。商人が不義理では常連客は逃げてしまう。


「理屈についてはおそらく考えても分からないんだろうな」
「そうね。貴方にはこのようなことは、永遠をかけても無理でしょう」
「そうだろうな。さすがにまだ冥府魔道を彷徨うつもりはないので、少しはこちらを考慮してくれると助かる」
「なら、レミィ達が喧嘩してる場面で足を止めないことね」
「……努力はしよう」


 これ以上の光景に出くわすことになるのか、と思うと年甲斐もなく心が躍ってくる。男とは、何時まで経っても幻想に憧れを抱くものなのだ。
 理解することは既に放棄しているので問題はないが、どういう訳か扉が勝手に開いていく。この光景を、自分が持つ言葉で表現するとすれば、どのようになるだろうか、と考えてみる。


「……魔法使い、か」
「正解。知り合いでもいたの? その割には驚いていたけれど」
「外国から仕入れた娯楽小説の中に書いてあったんだ。その中で、触れなくても開く扉や空を飛ぶ人間のことを、魔法使いと表現していた」
「成程ね。そろそろ身構えてほうがいいわよ」
「全力で足を動かすことだけを考えよう」


 そして、最後の扉を開けると。


「お姉さまの意地悪ー!! 私だって外に出たいのにー!!」
「私はフランの姉なんだから当然でしょ!! 大人しく私の言うことを聞きなさい!!」
「ぶーぶー!! お姉さまの横暴ー!!」
「横暴でも何でもないわよ? ただ、私のフランのお姉さんなの。だから、フランが出来ないことだって出来るだけなの」
「むー……」


 ……大変可愛らしい口論をしている館の主とその妹がいた。
 というか、これ見よがしに互いの頬をつねり合ったり、おそらく妹の方が涙目になっていたりと、どう見ても子供同士の喧嘩にしか見えない。


「では、そんな貴方を現実に戻しましょうか。部屋の端を見てみなさい」
「……」


 寝台が木端微塵に砕けていた。二人が壊したのは間違いないだろうが、どうやって壊したのか、想像することすら出来ない。


「おそらく、どちらかがあれを投げたんでしょうね」
「何時の間に、俺の周囲は非常識で満ちるようになったんだろうな……。これでも商人としての願望しか持ち合わせていないのだが」
「レミィと会ったときからでしょうね」
「縁とは分からないものだな……」


 こういう時のパチュリーと話していると冷静さを取り戻せる。混乱して理解することを放棄していた頭が、段々と回転を始める。
 だが、それも一瞬で止まる。


「やだやだー! 私だって外に出るー! 外に出て遊びたいー!!」


 そう言った彼女は、右手で壁に触れると、その壁を綺麗にぶち抜いてくれた。


「本当、フランって我儘ね……!! いいわ、私が遊んであげるわ!!」


 返答したレミリアも目に見えない速度で何かを放ち、どうやら見えていないのは自分だけらしい、攻撃を受けた彼女は不機嫌そうな顔のままで回避を取り、先ほどまでいた場所には大穴が空いていた。
 ……夢でも見ているのだろうか、と疑った自分はまだ正常に違いない。


「現実よ。少しは私達がどのような存在か、分かってくれた?」
「……最低でも、人間ではないことは理解したつもりだ」
「それ以上の理解は必要ないわね。話の前に、これ以上被害が広がらないように対処だけはしておきましょうか」
「……俺の常識は店に置いてきてしまったらしいな……」


 呆れるように呟く。
 隣のパチュリーが再び顔を上げた時には、既に娯楽小説でも読んだことも、また実際に見たことがない光景が広がっていた。
 あまり広くない部屋を縦横無尽に飛び回る二人は、明らかに人間が当たれば致死の攻撃を繰り返している。勿論二人には当たっていないのだが、先ほどまで玩具のように壊れていた館が攻撃を受けてもその形を保ち続けていた。


「これは……、笑えばいいのか?」
「寧ろ、二人が喧嘩をしている理由に呆れるべきよ」
「どういうことだ?」
「簡単なことよ。レミィばかり外に出ているから、フランが怒ってしまった。まぁ、フランは外に出さないんじゃなくて、出さないのだけど」
「出せない? 病気なのか?」
「似たようなものかしら。フランにとって、感情の表現は全て壊すことなのよ。狂気、と言われたこともあったかしら」


 嬉しいから壊す。悲しいから壊す。楽しいから壊す、というように、自らが抱いた感情を壊すことでしか表現できないのだろう。他人から見れば、それは狂気でしかないのかもしれない。
 ……だが。


「性格は、レミリアよりも良さそうだな」
「レミィが聞いたら激怒するわよ」
「その時はパチュリーに止めてもらおう」
「……はぁ。その図太さはさすがは商人ね」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めているのだから当然よ」
「……しかし、君たちは家族と呼べる者達までの付き合い方までも不器用なんだな」
「どういうことよ?」


 見る限りでは楽しそうに壊している彼女を見ながら。


「嬉しいなら笑え、悲しいのなら泣け、楽しいのならはしゃげ、とくらい言えないものなのか。彼女は子供で、だからこそ感情を表し方を知らないだけだろう」
「そう言われると、耳が痛いわね。努力はしているのだけど」
「だが、元来から他人への接し方が下手な君たちには難しいわけか。……俺が変わろうか?」
「……え、えぇ!?」


 混乱したかのように周囲に視線を動かし、慌てた動作でパチュリーはこちらに近づいてきた。


「貴方正気?!」
「そのつもりだが。……ふむ、料金さえ頂ければ君たちにも他人との接し方を教えようか。これでもそれなりの店を経営しているので、様々な人間を見てきたつもりだ。そして、彼女のような者とも接し方を心得ているつもりだ」
「……本当に商人?」
「君たちだけに俺が出向くわけではないのでね。子供たちと接することもあった」


 数年前までは愛娘までいたのだ。これで少女への接し方が下手なら、親には向いていない。


「……道理でレミィが気に入るはずだわ……」
「具体例で説明しよう。俺が英文を読めないと思って油断しているパチュリーは、最近は恋愛小説を好んで読んでいる。どうやらそういう年頃らしく、パチュリーが出入りしている区間は、男女間の感情を中心に書かれている書物が多い。……間違いは?」
「――っ?!」


 顔を真っ赤に染めて、何か言おうと何度も口を開くのだが、その度に考え直して口を閉じる。
 その姿を見る限りでは、何処にでもいる少し耳年増な少女そのものだ。人に指摘されて恥ずかしいと感じている辺りが特に。


「更に言えば、他人の前では冷静沈着を心がけているようだが、節々に隠し切れていない部分がある。長く生きているのかもしれないが、内面は少女そのものなのだろう。少女趣味、と言うべきか」
「あう……」
「それも具体例を上げて説明しようと思えば出来るが?」
「止めて!! それだけは止めて!!」


 人生の経験とはすなわち他人と接した回数だ。極端に少ないだろう紅魔館の住人を見れば、通常と比べて経験の多い佐兵衛は、そのくらいは容易く推定出来る。


「では一つだけ。書物の世界では王子様は颯爽と現れるものだが、現実では探さない限り現れない。なので、夢を実現させるためにまずは外に出ることを勧める」
「ど、どうしてそれを?!」


 精神的に丸裸にしているのだから、泣きそうになっているパチュリーの心情は察するにとんでもないことになっているだろう。
 いい気味だ。


「最近読んでいた書物の傾向から判断しただけだ。その様子を見る限りでは、外れていわけではなかったらしいな」
「まさか貴方が英文を読めるとは思ってなかったわ……。レミィにもばれてなかったのに……」
「恋愛に憧れるのは結構なことだと思うが。少しは信用してくれるか?」
「私を丸裸にしておいて、よくもまぁそこまで白々しいことが言えるわね?」
「これでも最後の牙城は残しているつもりだが」
「……」
「そう疑われるととどめを刺したくなるのだが、構わないのか?」
「……えぇ、どうぞ?」


 こちらから見れば、恥ずかしいことではないと思うのだが、年頃の少女とは分からないものである。


「パチュリーも分かっていると思うが、俺は商人だ。しかも運よくレミリアに気に入られて、紅魔館に物品を下していて、パチュリーにも対して物品を売っている」
「え、えぇ、そうね」


 姉妹喧嘩の音が聞こえなくなったな、と思い視線を向けると、興味深々な顔をしてこちらを見ていた。どうやらパチュリーはこれからとんでもないことになるようである。
 普段は散々いいようにされているのだから、たまにはやり返すべきか、と判断してそのまま話す。


「パチュリーはあの姉妹とは体型が違う上に、俺が知る限り、パチュリーの服が着れそうな者は紅魔館にはいない」
「……あ……!」
「どうやら気付いたらしいな」
「ま、待って待って! それだけは! それだけは黙ってて!!」


 何とかしてこちらの口を塞ごうとするパチュリーから逃げながら。


「お姫様に憧れるのは少女らしくて可愛いと思うがね。ただ、あの衣装は何処で身につけるのか、是非とも尋ねたい」
「あの衣装って、どんなものなのかしら?」
「レミィ……。なんでそのまま喧嘩をしていなかったのよ……!」
「だって、面白そうじゃない?」
「うん! ねぇねぇ、パチュリーはどんなの持ってるの?」


 姉妹揃ってパチュリーにとどめを刺す気らしい。勿論自分もとどめを刺す気だ。


「君たちが元々いた場所で、お姫様が身につけるような衣装だ。……洒落で仕入れて飾っていたんだが、さて、何処で使うのは教えてもらえるか?」
「ん、んー? お姫様の格好?」
「そうだな……。ここはひとつ、着てきてもらうべきではないだろうか?」


 姉妹の顔が喜色満面に染まり、パチュリーはそろそろ倒れるのではいかと思うくらい顔を真っ赤にした。


「幸いにして、アクセサリの類も併せて購入してくれているからな。……さぞかし似合うだろう」
「貴方にしてはいいこと言うじゃない。パチェの部屋を探せば出てくるかしら?」
「至極大事そうに抱えていたからな。……商人に対して喧嘩を売るとは、こういうことだ」
「普段の仕返しとでも言うつもりかしら……?」
「俺が用意した商品を疑ったからだ。商品は、現在身を持って知ってもらっているところだが」
「……後で覚えておきなさいよ……!」
「その前に、レミリアをどうにかした方がいいだろう。どうにか出来るのなら」


 あのレミリアのことだから、ここまでお膳立てした以上、必ず探し出してパチュリーに着せるはずだ。自分はそれを見ているだけでいい。既に事の主導権はレミリアに移っているのだ。


「ふふ、貴方は本当にいいわ。これからもその調子で頼むわね」
「金払いさえ良ければ」
「さーて、パチェー? 無理やりから自分からか、どっちがいいかしら?」
「ちょ、レミィ?! 喧嘩はどうしたのよ!!」
「あぁ、飽きたからもういいわ。それより、どっちがいい?」
「……死なば諸共、という言葉があるのを知っているかしら?」


 パチュリーの雰囲気が変わった気がする。覚悟は決めたらしいが、自分一人だけではなく、レミリア諸共転ぶつもりらしい。こちらは対岸から眺めているだけだ。


「なんか変な感じになってきたね」
「妹様もそう思うのか?」
「妹様って私? 私はフランドール・スカーレット。フランでいいよ」
「俺は来客ではないのでね。レミリアにしろパチュリーにしろ、昨今では線引きが難しいので、せめて妹様には線引きをさせてほしい」
「ふーん……。まぁいいや、よろしくね、おじさん!」
「よろしく。……さて、続きを見ようか」
「うん!」


 自己紹介だけは終えておく。これで心置きなく二人の観察に戻れる。


「私のことをとやかく言うのだったら、レミィだって凄いのを持っているじゃない!」
「な、何のことかしら? あら、やだわパチェったら」
「……佐兵衛。貴方なら分かるわよね?」


 こちらに報復することを諦めてくれると嬉しいのだが、珍しく名前で呼んでいるので、どうやら報復は確定らしい。まぁ、仕方ないと思うので諦めているが。


「レミリアには様々なものを下しているので、覚えていないな」
「あ、ちょ、待ちなさい! いきなり何を言い出すつもり?!」
「……それって、把握出来ない程大量に持っているってこと?」
「そうとも言う。大人になりたいのは結構だが、わざわざ絵に起こしてまで発注をかけるのは止めてもらいたい。こちらは販売を専門にしているのであって、個人発注まで対応出来ない。……知り合いがいたからこそ対応出来たのだが」


 始めてレミリアに下した服を仕立て直した縁がなければどうなっていたのか、と嘆息する。


「どんなものを?」
「あ、あはは、そ、そんなものあるはずが――」
「レミリアが描いてきた絵ならあるが。完成品は今日持ってきている」
「って、ちょっと!! 貴方誰の味方よ?!」
「誰の味方ではない。ある意味平等だ」
「くっ、口だけは上手いわね……!!」
「どれどれ?」
「わくわく……」


 差し出した紙をパチュリーとフランドールが覗きこむ。レミリアは背後で悶えているが、誰も気に止めない。それで本当にこの館の主なのか、と疑問に思うのだが。


「……こ、これは……」
「わぁ……。お姉さまだったら似合いそうだね」
「……こ、殺して、いっそ私を殺して……!」
「何言ってるのよ。欲しいから頼んだのでしょう? なら、身につけて確認しないと」
「まったくだ。レミリア」
「な、なによ?」
「パチュリーにとどめを刺したので、レミリアにもとどめを刺そうと思う。覚悟だけはしておくといい」
「げっ」
「レディにあるまじき発言だな。……冗談のつもりか知らないが、パチュリーの寸法ぴったりの従者の衣装を発注していたな?」


 お陰さまでパチュリーの寸法を取る必要はなくなったが。


「道理で寸法を取らなかったはずだわ」
「で、でもそれは結局――」
「そう、結局レミリアの寸法の分も作ったはずだ。……そういう趣味でもあるのか?」
「ち、ちがっ!!」
「しかし、ご丁寧に持って帰った辺り、否定することは出来ないはずだが」
「……へーぇ?」


 パチュリーが心底楽しそうな表情でレミリアを見ていた。


「あ、貴方は黙って私が欲しいものを売ればいいのよ!! それでいいはずでしょ!!」
「まぁ、俺はそれで構わないんだが。――妹様は、どう思うか楽しみだ」
「ふ、フラン……!」
「うふふー、楽しみだなー」
「ということらしい。妹様、今日はレミリアが妹様に仕えるらしい。どんな要求でも受けて入れてるそうだ」
「待ちなさい!! というかパチェの話だったはずのに、どうして私に移ってるのよ!!」
「お姉さまとパチュリーが着替えてくれるんじゃないの?」


 ぐ、と息を飲みレミリアとパチュリーが黙り込んだ。この二人にいいようにやられている身としては大変素晴らしい光景だ。これが毎日続くとさぞ平和になりそうなものだ。


「君たちは、この純粋な視線を裏切ることが、出来るか?」
「……悪徳商人め……」
「まったくだわ……。こいつにだけは隙をみせてはならなかったわね……」
「言ってくれるのは結構だが、これ以上傷を広げたくないのであれば、黙っておくのが賢明だ」
「ねぇ、今のってどういうこと?」
「……こういうことになるからな」


 紅魔館においては、フランドールと懇意にすることが重要らしい。色々な意味でフランドールに逆らうのは難しいだろう。


「……パチェ」
「……えぇ。諦めましょう。……絶対に覚えておきなさいよ……」
「ふ、ふふふ……。ここまで虚仮にされたのは随分と久しぶりだわ……!!」
「早く私にも見せてよー!」
「くうぅ……」
「怖いのでしばらくは妹様と行動をすることにしよう」


 往生際の悪い二人に、そろそろ刑の執行を告げることにする。


「妹様が言う衣装、そんなものなどないとは、言わせないからな?」











 恥じらう女性の姿というのは素晴らしいものである。顔を真っ赤にして伏せている表情を二人がすると、余程特殊な性癖の持ち主でもない限り落ちてしまうのではないだろうか。さすがに年齢差があるから、どちらかと言うと子供が精一杯背伸びしているようにしか見えないが。


「二人とも凄いねー……。ふぇー、こんなのあるんだー……」
「そこの男が憎い……!! こうなったら運命を操って破滅させてやるわ……!!」
「精霊魔法で氷漬けにして、炎で溶かしてを繰り返してやりたいわ……!!」
「俺は売っただけだ。秘密にしておいてほしい、とは頼まれていなかったからな」
「どうして今日に限って言うのよ! どうして今日に限ってそんなに意地が悪いのよ!!」
「レミリアに言われる筋合いはないな。いつでも意地が悪く我儘なのは、レミリアの特権だ」
「だとしても、私までこんな処刑を行う必要はないでしょう!?」
「処刑? 誤解だな。そうだろう、妹様?」
「うん……、こう、抱きしめて壊したくなるなぁ……」
「一つ言っておくが、壊してしまえばもう二度と見ることは出来なくなるぞ」
「それは困るなぁ……」
「こういうものは、長く、そしてしつこく行うのが愛でる術だ。それを行えばいつか外に出れるかもしれないな?」
「ほんと?! ねぇねぇ、他にこういう可愛い服ってないの!!」


 真っ赤にしながら血の気を引かせるとは、二人とも随分器用である。


「俺は商人として、客が要望するものはどんなものでも手に入れるつもりだ。……妹様、どのような衣装をお求めですか? 時間がかかろうが額がかかろうが、必ず用意してみせましょう」
「あんたとの付き合いを考える時が来たようね……!!」
「だが、君たちの要望をほぼ全て答えられる店は、早々ないと思うがね?」


 それと、と続けてレミリアに忠告することにする。


「あまり派手に動くととんでもないことになるぞ? ただでさえ、裾が短いのだからな」
「はっきりと言ってあげるわ。あんた、細君に嫌われていたでしょ?」
「あぁ、何度もはっきりと言われたことがある。それがどうした?」


 膝上ぎりぎりのスカートを着用しているレミリアは悔しそうに顔を歪めている。フランドールと協議を重ねた結果、レミリアには従者の服装ではなく、普段は絶対に着用しないであろう、色合いもかなり派手な服装をしている。勿論、フランドールの要望には全て答えている。


「えぇ、だから今回もはっきりと言ってあげるわ。最低ね」
「受け取っておこう。ところで足を上げない方がいい。中が見えている」
「っ! み、見るなぁっ!!」


 レミリアの攻撃を難なくかわす。別に自分が身体能力がおかしいわけではなく、レミリアが混乱しているからだ。姉妹喧嘩の要領で攻撃されると即死する。


「なら足を上げないことを勧める。パチュリーを見習ってみるといい。まるでお伽噺の姫ではないか?」
「……どう考えても嫌味としか取れないんだけど?」
「君自身が先ほど言っていたことだが、お世辞か本心か分からないんだろう?」
「な、殴りたい……!! 本の角で殴りたいわ……!!」
「変身願望をかなえられたのだから、是非とも感謝してほしいのだが」
「これに感謝?! どう考えても私達が恥ずかしがる姿を見て楽しんでるだけじゃない!!」
「それに何の問題が?」
「絶対に、絶対に覚えていなさいよ……!!」


 パチュリーの衣装を一言で纏めるのなら、お姫様だ。これ以上に形容すべき言葉が見つからない。……似合っているのはさすがとしか言いようがない。
 洒落で仕入れて客寄せとして飾っていたものなのだが、まさかパチュリーが着ることになるとは、夢にも思っていなかった。
 ただ。


「衣装の全滝的な色がパチュリーの雰囲気に合わないのは確かだな。三日ほど預けてくれれば色を染め直すが、どうする?」
「……それも商売?」
「そこまでは言わない。常連への接待だと思ってほしい」
「なら、今接待しなさいよ!」
「十二分にしているつもりだが、フランドール・スカーレットという新たな常連への、な」
「くうぅ……!!」


 十二分の楽しんだところで、今回の客であるフランドールに振り返る。


「御満足いただけたでしょうか?」
「うんっ! あー、すっごく楽しかった」
「妹様に楽しんで貰えて幸いだ」
「ねぇねぇ、私にも、ああいう服ってない? 着てみたいなぁ」
「……レミリアと大きさは同じでいいのか? なら、いくつか仕入れているものがあるから、店に戻ればある」
「ほんとっ!! 行きたい行きたーい!!」
「だが」


 一応、前置きだけは付けておく。


「ものは壊さないように。そうなった場合、残念ながら君たちとの取引を終了せざるを得ない」
「?」
「つまり、レミリア達がああいう格好をしなくなる、ということだ」
「それはいやっ!! 壊さなければいいんだね?」
「それと、レミリアとパチュリーの許可だな。今日は無理だろうから、今度来るときに試作品を持ってこよう」
「やったー!!」


 フランドールも無意識に手加減はしてくれているのだろう。飛びつかれても、娘に飛びつかれたような感触だけで、身体の方は無事なようだ。
 適当に頭を撫でて、放置したままだった二人に振り返る。そして、さも思いついたかのように話す。


「――忘れていたんだが」
「……ねぇ、パチェ。嫌な予感がするのは、私だけ?」
「安心しなさいレミィ。私も凄く嫌な予感がするわ……」
「実は、欧米諸国を漫遊していた友人から手に入れたものがある。カメラというものらしいが……、二人は知っているみたいだな」
「え、えぇ……。知っているわよ? で、でも、それがどうしたっていうのかしら?」
「動揺が隠せていないな。……妹様は知っているか?」
「うん。えーっと、理屈はよく分かんないけど、カメラで撮ると、その時の光景が絵に出る機械だよね? あ、もしかして!」


 ならば、さっさと外堀を埋めて実行すればいい。幸いにして、外堀であるフランドールはかなり乗り気だ。


「こ、こいつフランに言わせる気?! それは卑怯よ!!」
「どうだろう? 三人で記念写真を取ってみないか?」
「撮りたーい! ね、いいでしょ、お姉さま、パチュリー?」
「……さて、先ほど卑怯などと聞こえた気がするのだが、どうするつもりだ?」


 最早隠しきれなくなった笑みを浮かべて、お姫様とお嬢様に声をかける。無論、返答など分かりきっているが。


「……あぁ、もう分かったわよ! 撮られればいいんでしょ! 撮られれば!!」
「レミリアからの同意は得られたな。さぁ、どうする、お姫様?」
「……後で、絶対に覚えておきなさいよ」
「つまり全員同意ということか。さすがに写真を誰かに渡す気はないので安心はしてほしい」
「あんたが一人で楽しむということかしら?」
「子供を見て楽しむほど人間として終わっているつもりはない。君たちに渡して、それで終わりだ。動作確認を兼ねているからな」
「まったく、どうしてそれを紅魔館に持ってきているのかしらね……?」
「高値のものは俺自身で管理したいのでな。今回は渡りに船だったが」


 当たり前だが佐兵衛は写るつもりはまったくない。そもそも、誰かがシャッターを押さなければならないのだから、四人のうち一人は写れない。
 はしゃぐフランドールを真ん中に、右にパチュリー、左にレミリアがそれぞれ立つ。


「妹様は結構だが、二人とも顔が怖いんだが」
「こんなことをしている原因を考えたら分かるでしょう?」
「成程、それはご尤もだ。二人が笑えるように妹様に頼むか」
「あぁもう!! なんであんたはそんなにフランの扱いが上手くなってるのよ!! 初対面でしょ!!」
「さぁ、どうしてだろうな? 一応の記念だ。後悔しないように」
「なら、衣装を着替えさせてもらえない?」
「断る。さて、準備はいいか?」
「おー!」


 渋々だった二人の顔も、フランドールの姿を見て自然と綻ぶ。


「そのように接すれば問題はないんだがな」


 気付かれないように呟き、三人が笑顔になったことを確認して、気付かれないようにシャッターを押すのだった。













「……今思い出して腹立たしいわ……」
「しかも、今もまだフランが大事にしているのが特にね……」


 暗い顔で笑みを浮かべる二人に、咲夜はどうしたものか、と考えてしまう。
 ……正直、見たくないと言えば嘘になる。寧ろ咲夜も懐に入れる勢いで大事にすると思う。
 フランドールに頼んで見せてもらおうか、と考えていたところで背後の扉が開く。


「何の話していたの?」
「……いえ、ちょっとね」
「えぇ、ちょっと、昔の話をね」


 フランドールがやってきたことにより、明らかに話を逸らそうとしている。二人にとっては余程思い出したくない思い出らしい。
 だが、そうはならなかったらしい。


「あ! ねぇねぇ咲夜!」
「何でしょうか、妹様」


 フランドールは満面の笑顔で。


「あのね、ずっと昔の話なんだけど、お姉さまとパチュリーが可愛い格好をしてくれたことがあるの!」
「っ!?」
「こほ、こほっ!」


 二人とも飲もうとしていた紅茶を吹き出しそうになっていた。ある意味で素晴らしいタイミングだ。


「そ、そんなこともあったかしら?」
「さ、さぁ? 私は覚えていないけれど」
「えー……、あんなに可愛かったのになぁ。あ、写真があるんだっけ! 持ってくるね!!」
「ま、待ちなさい!!」
「咲夜にまで見られたら私たちは耐え切れないわ!!」


 だが、聞く耳持たないフランドールはすぐに部屋を出て行ってしまった。自分の部屋に向かって一直線なのだろう。


「咲夜! 時間を止めなさい!! 今から回収するわ!!」
「え、いえ、その、時間を止めても動けるのは私だけになってしまいますので……」
「つまり、どの道咲夜にあの格好の私達が見られるということ……? どうして取り上げておかなかったのよ!」
「あんなに大事にしてるものを取り上げることなんて出来ないわよ!! ど、どうする? どうするパチェ?!」
「逃げるしかないわ! あんな格好をしている私達を見られたら悶死するわ!」
「そ、そうね! そういうことだから咲夜、この話はまた今度――」
「ただいまー!!」


 どうやら遅かったらしい。逃げ出そうとしていた二人は、机に突っ伏し、身動き一つ取らなくなってしまった。


「あれ、二人ともどうしたの?」
「私には何とも……」


 だが、二人の呟きが確かに聞こえてくる。


「ふ、ふふ……、殺して、いっそ私を殺して……」
「これは抹消すべき黒歴史なのよ……。こんなの、こんなの認めないわ……」
「まだパチェはいいじゃない……。こあには見られていないでしょ?」
「見られてたら、私はもう図書館に入れなくなるわ……。でも、広まるのも時間の問題ね……。ふふ、ふふふふふ……」


 ……そこまでのものなのだろうか。少し身構えてしまう。


「ほら、これこれ! ね、すっごく可愛いでしょ?」


 フランドールが写真を出した時、二人はこの世の終わりでも見ているかのようなか細い声を上げていたのだが。


「……似合っていますね」


 あの二人がそこまで嫌がるのだから、余程奇抜な格好ではないかと思ってたのだが、そんなことはなく寧ろ二人によく似合っていて、新たな魅力を伝えてくれていた。


「そうだよね? でも、二人とも嫌がっちゃってるの。なんでだろうね?」
「大凡の察しはつけることは出来ますけど……」


 性格に合わない、と思っているのだろう。確かに、写真を見せられるまでは想像することも出来なかった。……しかし、本当によく似合っている。


「これは参考になるわ……」
「……今、咲夜の口から嫌な言葉が聞こえた気がするけど、気のせいよね?」
「あ、いえ。お嬢様の魅力を伝えるためにはこういう服装もいいのではないか、と」
「止めてー!! 悶死するから止めてー!!」


 座ったまま手足をばたばたと動かす。……勿体ない。


「今になっても苦しめてくれるとはね……。やはり報復はあれだけじゃあ足りなかったわね……」
「あ、やっぱりしたんですか?」
「当然よ」


 ようやく持ち直したらしいレミリアは、優雅な動作で紅茶を飲む。


「パチェも、諦めるしかないわよ。あの時の私達は若かった。そう思うしかないわ」
「……そうとしか思えないわね……」


 そう言って、続きを話し始めるのだった。




[19485] 始まりの前 ――商人と紅魔館 終章
Name: 本の虫◆e3ea734a ID:1d0d4cf5
Date: 2010/06/13 16:38

 宅配の営業までした記憶はないのだが、お得意様の命令となれば断れないのが商人の悲しいところだ。勿論、金払いがよくなければわざわざ持ってこよう、などとは思わない。


「あー! おじさんだ、こんにちはー!」
「こんにちは、妹様。お姉さまはいるかな?」
「うん、呼んでくるねー」


 ……素直ないい子だ。とてもでないが、あの我儘三昧のレミリアの妹だとは、とてもではないが思えない。
 少し気に入らないことがあると、何でもかんでも破壊しようとするのは少しいただけないが、それでも客観的に見て、可愛らしい女の子である。


「それが貴方の強みなのでしょうね」
「……パチュリー。黙って背後に立つのは止めてもらえないだろうか?」
「ふふっ、考えておくわ」


 ……それに比べて年上二人はなんと意地の悪いことか。自分をからかって何が楽しいのか、小一時間ほど聞いてみたい気がする。聞いてしまえば、どうせ碌な事が待っていないだろうが。


「今日もレミリアに呼ばれたの? さて、どんなものを持ってきたのか、楽しみにしてるわ」
「……生活用品ばかりでは飽きると思ったからな。今回は洒落の利いたものを用意している」
「あら、段々と馴染んできたわね。そのまま専属にならない?」
「それは勘弁だ。あの店は、俺に残された唯一の生き甲斐なんだ。妻にも、娘にも先立たれた俺には、もう店しか残っていないんだ」
「……深い話も容赦ないわね」
「それを望んだのは君たちの方だが。さて、妹様がレミリアを呼んでいるはずだから、そろそろ始められるが、君も見るのか?」
「えぇ。新しい洋書があれば先に見させてほしいわね」
「……そう言うだろうと思って、かなり無茶して手に入れたものがある」


 店側として言うのなら、金払いもいい紅魔館の客を、何が何でも捕まえておきたい。どんな高値で振っても欲しいものは必ず購入してくれるのだ。もっと言うと、欲しいものを手に入れるための資金さえも貸し付けてくれるので、正直にいえば紅魔館だけで商売していても十二分に利益は出る。


「さすがに気がきくわ」
「ちっとも褒められていないと分かるのはどういうことなのだろうな」


 ただ、誰も私生活には踏み込まない。こちらは随分と踏み込んだ気がするが、あちらからは一切踏み込んでこない。それはそれでいいことだ。


「おじさーん! 連れてきたよー!!」
「お疲れ様、妹様。……ここで秘蔵の一品。金平糖をあげよう」
「んー……、おじさんが来る度に貰ってる気がするなぁ」


 ……まぁ、近くの店で買っているのだから当たり前と言えば当たり前だが。


「上手くフランを懐柔したわね。さすが商人」
「君にしろパチュリーにしろ、懐柔するには向いていないのは重々承知しているのでね。お陰さまでこちらは黒字続きで有難いことだ」
「……すっかり口も悪くなったわね。最初の頃が懐かしいわ」
「パチュリーにも言ったが、それを望んだのは君たちだと言っておこう」


 今日は客がいるらしい。珍しいことだ、と思いながらそちらに顔を向ける。
 生粋の日本人ではないらしい。地毛であると思われる金髪の髪から簡単に推測出来た。


「あら、この館にも来客があるのね」
「こちらの館で贔屓をしてもらっておりますしがない店の店主です」
「しがない、ねぇ。今どのくらいの規模で営業しているのかしら?」
「……かなり手広くやらせてもらっている。そもそも、君達が望むものを手に入れるために支店を出した経緯もあるが」
「お陰でいつでも新鮮なものが手に入るわ」
「……やれやれ。そういうことですので、そちらの方も御入り用のものがありましたら、是非ともご来店ください」


 ……だが、相手は気に食わなかったらしい。


「……まぁ、気が向けば考えておきますわ」


 ……何がいけなかった、と自問自答する。少し押しつけがましいところかもしれない。
 今更謝罪しても、それは相手に恥をかかせるだけだ。なので、ここは出来るだけ言葉を考え、別の方向に話を持っていくべきだ。


「……レミリア様の友人ですか?」
「様……ねぇ」


 レミリアを様付けで呼んだことは近頃ではない。始めのうちは呼んでいたのだが、何やら琴線に触れてしまったらしく、随分とからかわれたのでそれっきり止めてしまった。


「そうね、広い意味で見れば友人で、同じ種類よ」
「……そうですか。申し訳ありません。お邪魔をしてしまったようで」
「……貴方がいなければ、こんなことにはならなかったのでしょうけど、ね」


 ……嫌な奴だ。顔には出さないものの、そう思う。
 出来れば、社交辞令を返さないどころかイヤミで返してくる相手とは長く付き合いたくはない。表面上で終わらせたい。


「では、私はそろそろ引き上げるわ。……先ほどのこと、よく考えておきなさい」


 レミリアにそう告げた後、彼女は館を出て行った。


「……知り合いか?」
「あいつも言った通り、広い意味では知り合いね。狭い意味では違うけれど」
「面倒臭い相手、ということか」
「貴方がそう言うのは珍しいわね」
「あれだけ邪見にされれば嫌でも分かる。尤も俺から好かれよう、とも思えないが」
「それが賢明よ。……さて、楽しい話に移りましょうか」


 目を輝かしてレミリアは持ってきた荷物を見る。この調子なら、下手をすれば全てを買う、などと言いそうだ。
 店としては嬉しいのだが、それなりに長い付き合いになってしまったので、一応注意だけはしておく。


「だからと言って、無駄遣いはしない方がいい。金とは常に有限だ」
「頭打ちの中でいかに遊ぶかが一国一城の主じゃないかしら?」
「……まぁ、こちらは支払いをしてもらえれば問題ないのだが」
「ねぇねぇ、そんなことより早く始めようよー」


 フランドールからの催促だ。姉妹揃って似たようなところはあるらしい。


「では、始めよう。今日はかなり洒落が効いた品物を持ってきている。時間つぶしには、いいかもしれない」


 言って、風呂敷に包んでいた荷物を一つ一つ紹介するのだった。















「まぁ、それがあいつと紫が始めて出会ったのよ。紫は、私達が本来幻想郷にいなければならないはずなのに、どうして幻想郷にいないのか、という確認のため。そして、このまま外の世界に居続ければ吸血鬼として世界から弾かれる、という警告のために来ていたのよ」
「成程……」


 レミリアが話を続ける。


「あいつと紫はあの後も時々会うことは会ったけど、最後まで和解することも嫌悪の表情を隠すこともなかったわ。……いえ、紫の方は、と付けるべきね。あいつは商人だから、どんな相手でもいつもと変わらない顔で接していたわ」
「本当ならば、紫が言うように幻想郷に来るつもりはなかったんだけど、それだけではどうしようもなかったのよ」
「幻想郷に来る前にも、私達には私達の生活があるわ。それを捨てたのは、やはり世界に弾かれてしまう者の宿命なのでしょうね」


 皮肉そうに笑うレミリアが、悲しそうに見えたのは気のせいではないだろう。


「……それっきり、なのですか?」
「えぇ。何処かで消える、ということは伝えたけれど、詳しいことは伝えていないわ。それに、紫は私達が消えた時には私達のことを忘れると言っていたし」
「……だから、彼は私達のことを忘れてしまって、そのまま店を続けて、そして亡くなったのでしょう」
「……消えてしまうと言った時、彼は凄く怒ったのでしょうか」
「よく分かるわね」
「私にも突然言われると、その気持ちが分かりますから」
「ふふっ、彼は従者ではなく贔屓している店の店主よ」
「それでも、きっと怒ると思います。彼は、店主以上の感情を持っていたのではないでしょうか?」


 それはおそらく、レミリア達もそうだろう。……家族、というものではないだろうが友人以上の関係であったのは間違いない。そうでなければ、今でも彼が売ったものが置いてあるとは思えないのだ。


「……難しい話よ」


 ただ、とレミリアは続ける。


「心残りがあるとすれば、有難うと伝えられなかったことと――」


 ――あの生活を続けたかったことかしらね。


 そう言って、レミリアは冷めた紅茶を飲み、闇が広がる窓の外に、景色を向けるのだった。













 ――誰も知らない終焉。







「……おかしい。何か忘れている」


 呟く。狭い部屋の中では、自分の声が反響してよく聞こえた。
 その声の通り、何かを忘れている。それは帳簿を見ても明らかだ。ここ数日の売り上げが、つい一週間前の帳簿とみると、雲泥の差なのだ。
 それも週に一回ずつ、必ず普段よりもかなりの額が跳ね上がっているのだ。つまり、誰かと何らかの取引をしているはずなのだ。
 だが、その取引相手が誰だったのか、どんな取引をしていたのか、それがまったく思い出せないのだ。
 そして、頼んだ記憶のない衣装や玩具なども仕入れをしており、続々と到着している。そのすべてが自分が発注したことを示しているのだ。


「どういうことだ? 何故俺は思い出せない? 何故覚えのない仕入れがある? 何故、何故、何故……」
「マスター、どうしたんですか?」
「いや、何か大事なことを忘れているのだが……、それから、いい加減マスターは止めないか? あの子たちが面白がって俺のことをマスターと呼ぶのだ」
「……あの子たち?」
「……」


 不思議な顔をしている。何か変な事を言っただろうか。


「あの子たちって、誰ですか? 常連さんで、子供連れっていましたっけ?」
「あぁ、俺が届けているから君は知らないのか。まったく、我儘なお嬢様だよ。妹の方は素直でいい子なんだ――が――」


 まるで、頭が割れるかと思った。
 どうして忘れていた。あんなに大事に想っていた子達のことを、どうして。
 そうだ、この取引相手はレミリア達だ。読めない洋書も、遊び道具も、この衣装も、全てレミリア達に売ろうと画策して仕入れたものだ。
 ……そういえば、と思い出す。今では何の問題もなく、以前のことを思い出せた。


「……消える、と言っていたか。成程、消えるとはこういうことか」
「マスター?」
「だから、マスターはいい加減やめたまえ。……少し出てくる」
「え、あ、はい。行ってらっしゃいませ」


 店を出るまでは徒歩だったが、店が視線に入らなくなると全力疾走に変わる。


「消えるだと? 馬鹿馬鹿しい。ならばこの目で確かめるしかない」


 人がそう簡単に消えるわけがない。フランドールが言っていた通り、吸血鬼と魔法使いだとしてもだ。だが、自分は完全に忘れていた。
 だが、今はどうだ。今は完全に思い出した。他の人達は思い出せていないだろうが、自分は思い出した。ならば、この世界から消えることなどできはしない。
 ……消させはしない。自らを商人として自負しており、それなりに年季も積み重ねてきた。あの笑顔が、偽物だとは思えないのだ。
 彼女達は確かにあの生活を楽しんでいた。……それでも、消えることを選んだのは何か理由があるのだろう。だが、それでも、どうにかして見せると、思う。


「……っく、レミリアに気付かれると怒られるな」


 ……結局、自分は死んでしまった娘に重ねてしまったのだ。あの三人を、娘のように思ってしまっている。気付いてしまえば、笑ってしまうほどくだらないことだ。
 だが、自分に嘘を付けるほど腐ったつもりはない。気付かれなければいいのだ。今まで通り店主と客としての関係のままでいい。
 そうしていれば、色々なことがあるだろう。例えば、あの三人の中で誰かが結婚するかもしれない。その時は祝福をしてやろう。
 誰かが子供を為すかもしれない。そうなれば、経験者として色々相談に乗ってやれるだろう。
 或いは、あの三人の中に新しい人が入るかもしれない。ならば、フォローをしてもいい。そうやって、誰かと触れ合いながら、あの生活を維持出来るというのなら、何だってしてもいい。


「っは!!」


 考えに気を取られ過ぎて、何処を走っているのかが疎かになっていた。
 普段ならば早いと思う距離なのだが、まだ半分も過ぎていない。


「っくく……。くそ、くそ、くそ!」


 息切れを整えることもせず、ただ悪態を吐く。


「本当に消えてしまうとは思ってなかったな。てっきりいつもの冗談だと思って、なんてつまらない返答をしてしまったな……!」


 消えれるものならば消えてみるといい。だが、俺は必ず探し出す。それが商人だからだ。
 まさにその通りになろうとしているのだから、本当に笑えない。
 だから、迎えに行こう。そして、笑って言ってやらなければならないのだ。
 馴染みの店主にくらいは、相談してくれてもいいだろう、と。
 そうでなければ、無駄な発注が増えて赤字になってしまうのだから。
















 ……辿り着いた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 顔を上げると、確かに見慣れた館がそこにあった。


「……まったく、俺は、体力はないんだ……」


 今までは消えていたのかもしれないが、今自分が思いだしている。覚えている以上、世界にはその存在がなければおかしい。消えているのなら、この記憶は存在するはずがないからだ。
 だから、この中にはレミリア達がいて、いつもと同じ生活をしているのだろう。まったくもって、望んだとおりのことが起きているのだ。
 後は中に入って、どうでもいい世間話をすればいい。或いは、消えていないのに消えると言ったことをからかえばいい。それで、それでこのことは全てなかったことになるのだ。


「……」


 ……だが。

「……こんばんは」
「……退け。元凶」


 金髪の髪、傘を持った女性。


「そうはいかないわ。……まさか思い出すとは、思っていなかったわ」
「聞こえなかったか。そこを退けと言っている。貴様に用事はない」


 そうだ、こいつだ。
 こいつがいなければ、三人は今までの生活を出来るのだ。……出来るように、自分がすればいい。それが商人。望むものをいつでもどこでも用意してみせる。それが、一流になれる商人。
 ……そして自分は、一流になるのだ。いつまでも二流は、御免だ。


「一つ聞かせて頂戴。何故、思い出せたの? 貴方が思い出すまでは、あの三人も、そしてこの場所も、確かに幻想郷にあったのよ。それを何故、外の世界で、しかも何の力を持ち得ない貴方が思い出せるの?」
「それが商人だ」


 それ以上の言葉を持ち合わせていない。
 それ以前に、こいつに話す気力はない。
 今はただ、その館に入るだけだ。


「……商人だから、相手が望むものを用意するのが宿命だとでも言いたいのかしら……」
「分かっているのなら話は早いな。……そこを退けと言っている。彼女達が消えなくてはならないのなら、消えなくてもいいようなものを用意すればいい。彼女達があちらの生活を望むのなら、俺は何も言わずに送り出すだろう。……だが」


 そろそろ、限界かもしれない。


「望んでいないだろう? それでも貴様が唆した。そうしなければならない、と。……何故だ? 何故努力をしない? 幻想郷は全てを受け入れる、とでも言いたいのか? ならば俺も言おう。俺は、相手が望む全てのものを用意しよう、と。そして、客はレミリア、パチュリー、フランドールだ。決して貴様ではない」


 商人として、感情を抑えることだけは自信があった。
 だが、それもそろそろ限界かもしれない。
 ……それは既に、商人としての感情ではないのかもしれない。
 だが、それでも。
 ……娘だからこそ、用意しなければならないのだ。彼女達が望むものを。
 幸せになってほしいと、願っていなければ、ならない。


「貴方は……、能力の影響を受けない? 『能力を受けない程度の能力』とでも言うべき、そんな能力を持っているのね……」
「それがどうした? 俺は、商人だ。それ以上も、それ以下もない」


 やがて、彼女は大きくため息を吐いた。


「……そのまま、忘れることはしてくれそうにないわね」
「……何だと」


 だからこそ、一人の人間として、こいつに相対する。


「忘れろだと? 貴様は俺を馬鹿にしているのか? 逃げることだけしか進めない貴様が、俺を?」
「ならば、吸血鬼や魔法使いである彼女達をどうやって受け入れるつもり?」
「馬鹿な事を。俺が忘れない限り、彼女達はこの世界で過ごしていてもいいはずだ。そして俺は商人だ。いいか? 商人とは何も売るものは物品だけではない。情報だって売る。
ならば吸血鬼が存在している情報を売ればいい。幸いにしてこの世界には非現実を現実だと認める人間もいるのだ。そいつらに、彼女の存在を認識させればいい。そうすれば世界は彼女達を受け入れる」


 一息付く。


「……俺には問題はない。彼女達が望むものを用意するだけだ。そして対価として報酬を貰う。それ以外に、何も挟む余地はない、それこそが、商売だからだ」
「……本気ね。それも、不純物も何もない」
「不純物など不必要だ。さぁ、そこを退け」


 既に女との距離は一歩分しか空いていない。そして、女の後ろにある扉までは後二歩。……もうすぐだ。もうすぐで自分は商人になり、彼女達が望んでいるものが何か、分かるのだ。


「……そう、残念ね」
「あぁ、残念だ」
「だから、貴方を殺すしかないわ」


 記憶を消すことは既に行ったが、自力で破ってみせた。現状、消えたはずの紅魔館がここにあることを知っているのは自分だけ。だから、自分を排除する。


「俺を幻想郷とやらに招くことはしないのか?」
「彼女達は、ここの生活を望んでいるわ。貴方がそこまで本気ではなかったら考えていたけれど、貴方はここを望む、と言えばどんな手段を使ってでも元に戻る。……幻想郷を破壊させるわけにはいかないわ」
「……ならば、答えは一つしかないのか」


 倒せるのか、と自問する。
 レミリア達が広い意味で友人だと言った。本当の友人ではないが、何処か似ているということだ。
 そして、彼女達は人間ではない。つまり、目の前の女も人間ではない。
 そいつに、何のとりえもなく、戦争すら参加しなかった自分が勝てるのか。


 ……無理だろうな、と冷静な部分では思う。
 だが、ここまで来て、諦められるものか。


 ……いや、違う。
 勝てるとかの問題ではなく、そもそも、どうしてこんなことになってしまったのか。


「……貴様さえ、いなければ……」
「……」
「貴様さえいなければ、彼女達が必要とするもの全てを用意してみせただろう。……だが、今の俺ではそれさえも叶わない」
「……そうね。そうかもしれないけれど、もう遅いわ」
「貴様が憎い。貴様が、貴様だ、貴様を――!」


 いなければ、いなければ――!!


「このままの生活を続けられた! 彼女達にとっても、俺にとっても望む生活が続けられた! だが貴様は何だ?! 幻想? 知ったことか! 吸血鬼? それがどうした!! 望むもの全てを用意し、売りさばく!! その関係の何が悪い?! 幻想など消えてしまえ!!」
「……遺言は、確かに受け取ったわ」
「呪われてしまえ……!!」


 だから、とびっきりの呪を残す。
 それが、自分の最後だ。















 ――殺してやる。





















 ……夢を見る。


 あのまま三人がこちらの生活を続けていて、自分は変わらず商人として、彼女達が望むものを仕入れて、売って、時には相談に乗ったり、或いはからかわれたり、そんな生活を続けている。


 ある日には、紅美鈴と名乗る女性が現れて、いつの間にか紅魔館の門番になっていた。レミリア達からにすれば、自分の次にからかいやすいのだろう。涙目になって助けを求められ、その度にどうしたものか、と考える羽目になる。
 しかし、復讐をしてしまえばどういうわけか、美鈴よりも自分にとばっちりが来てしまうので、すぐに諦めるように宣言してしまったのだが。



 またある日には、ヴァンパイアハンターと言われる者達が襲いかかってきたこともあった。レミリア達の情報は自分が流しているので、いつかはあるだろうと予想された出来事だった。
 予測されている以上、対策はきっちりと行われていた。パチュリーの魔法で頭数を減らされ、美鈴が遊撃を行い、更に数を減らし、結局、レミリアとフランドールの元にたどり着けたのは、銀髪が映える少女一人だけだった。
 そこから先のことは自分には分からない。次の日、レミリアに呼ばれて従者が身につける服を仕入れてほしい、と言われたときに、何となく察することが出来たくらいだ。そして、彼女のためにとびっきりの従者の服を手に入れようと奔走した。
 やがて彼女は、十六夜咲夜と名乗りレミリアとフランドールに仕えるようになっていた。美鈴とは良い友人関係が築けたようで、サボってばかりの美鈴に呆れながらも、それでも仲は良かった。




 自分は、美鈴に習って武術を面白がって身につけ、咲夜にはレミリアに言われ、随分と上達してしまった紅茶の淹れ方などを教えて、それでも商人として接し続ける。



 やがて、一人、二人と、女性ばかりの館では貴重な男なので、恋愛の相談を受けたりと、中々面白いことになっていく。
 多いに悩み、大いに苦しみ、時には失敗をしながらも、彼女達は少しずつ、人間として大人になっていく。そして、自分はそれを眺めていくのだ。
 一人ずつ結婚していって、子供が生まれて、その度自分も大忙しになって。
 やがて、あの大きな館が笑い声でいっぱいになって。




 ――そんな、ありえたかもしれない夢を見た。




















「……あら、珍しいこともあるものね。私の住処に人間が現れるなんて」
「……長かった」


 今では名前も分かる。
 八雲紫。この幻想郷を守る一人であり、賢者。


「はて、私と出会ったことがあるのかしら?」
「……遥か、遥か昔に、な」
「ふふっ、人間なのに面白いことを言いますわね?」


 きっと、彼女はあの時のことを覚えていないのだろう。だが、自分が違う。市ヶ谷佐兵衛という人間はあの時殺された。だが、決して消えないものがあったのだ。
 ……青い炎。ただただ燃え続け、静かにその時を待ち続けていたのだ。


 そして、その時は成った。今、この瞬間こそ、自分が望んだ瞬間。
 あの時諦めるしかなかったこいつの姿が、今では手が届く。


「なら、こう言えば分かるだろう?」
「何かしら?」


 今、この余裕の表情を崩す。
 何人もの人間が積み重ね、ようやく辿り着いたこの時。
 『能力が通じない程度の能力』。このおかげでこの場所にたどり着けた。
 この能力があったからこそ、自分は此処にいる。


「――俺は、商人だ。俺は、相手が望む全てのものを用意しよう」


 歪んだ紫の顔を見て、思う。
 さぁ、復讐を始めよう。
 幻想に消えるしかなかった彼女達が今更戻るとは思えない。そもそも、自分のことを覚えているとも思えない。
 だが、それでも、俺は――


「殺してやる」





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