目標の施設を視界に収めて数秒、施設の周りにある広場にうごめくガジェットを目視できる距離にまで近づき、テイク・ミー・ハイヤーがガジェットをロックオンし始めたころ、一瞬ガクリと、急激にアーマードデバイス全身の出力が低下した。
AMFの有効圏内に入ったのだ。
<<Power recovery. No problem>>
しかしそれは予測されたこと。
シャーロックの指示を待つまでもなく、テイク・ミー・ハイヤーは積層魔導装甲第一層「反発」への魔力供給量を増加させることによってAMFの影響を打ち消し、内部機構へのAMFを遮断した。
これこそが、アーマードデバイスの持つ対AMF特性。
AMF影響圏内に入ると、装甲内に三層に渡って張りめぐらされた魔力回路のうち最も外側に位置し、「反発」の機能を持った回路がAMFによってその能力を打ち消され、その代わりにそこよりも内側の「軽量」と「強力」の回路と装着者の魔力行使を守る作用が、アーマードデバイスには確認されている。
今回、実戦の場においても「反発」の性能は大幅に落ち込んでいるがそれより下の回路への影響はなく、ウィンダムによる飛行も、わずかに出力を上げることで十分に可能であった。
「よし、これならいける!」
<<Rocked on>>
シャーロックがアーマードデバイスの有効さを確認するのと同時、広場にいるガジェットの内数機が空から接近するシャーロックを発見して振り向き、射撃を開始した。
機械であるがゆえに、AMFの中でもその狙いは正確であり、空中戦に不向きな輸送目的の装備であるウィンダムを装着したままでは回避が難しいほどの密度の射撃が展開される。
「ウィンダム、パージ!」
<<Cast off>>
そのため、シャーロックは迷わずウィンダムを分離することを選択した。
テイク・ミー・ハイヤーからの信号によって即座にアーマードデバイスとウィンダムの連結が解除され、ウィンダムは自動操縦で機首を翻し、ガジェットの射程範囲外へと離脱する。
ウィンダムを切り離したシャーロックは、当然飛行を続けることができない。
それまでに得た速度による慣性と重力にしたがって、ガジェット群へと向かって落下を開始する。
落下中のシャーロックにも当然ガジェットからの射撃が薄暗い闇の中から次々と飛来するが、シャーロックはアーマードデバイスのセンサーによる補正で昼間以上にその軌道が良く見えるため、慌てることなく回避行動に移る。
「はっ、よ、とぉっ!」
まず、アーマードデバイスの背部に存在するブースター。
これはアーマードデバイスのメインとなる推進機関であり、長時間の飛行こそできないものの、移動速度の向上や長距離の跳躍等の際に使用され、短時間ならば滞空することもできる。
そしてもう一つが、装甲に存在する継ぎ目。
多数のパーツからなるアーマードデバイスの装甲に存在する継ぎ目には、関節が駆動するときのための余剰空間としての役目以外に、積層魔導装甲の回路内を流れる魔力を噴出するという役目も担っている。
全身あらゆる部位に存在するその継ぎ目から魔力を噴き出すことにより、出力こそ背部のブースターに劣るものの、空中での姿勢制御や瞬間的に前後左右に高速で移動することが可能となる。
シャーロックは背のブースターでガジェット群へと向かって加速し、全身の継ぎ目からの魔力噴射で姿勢の制御と左右への回避を行ってガジェットの弾幕をかいくぐり、瞬く間にガジェットとの距離を詰めていく。
<<In the attack range>>
そして、テイク・ミー・ハイヤーが攻撃可能圏内に入ったことを告げる。
シャーロックはその声を聞くと同時、ブースターの出力を切って完全に慣性と重力に任せた落下に移行。
空中で体を小さく丸め、その勢いで緩やかに全身を一回転。
頭からガジェットへ向かっていた状態から、ガジェットへと足を向けるように。
そのまま足を伸ばし、脚部の関節をロック。
目の前にいる多数のガジェットの中からめぼしい物を選んで、再びブースターに最大出力での稼動を命じ……。
加速!
ドゴンっ!!
ガジェットの光弾が残光の尾を引いて飛び交う夜空にひときわ明るい魔力光を残し、次の瞬間にはシャーロックの足がガジェットの一体に突き刺さっていた。
アーマードデバイスは重厚かつ多機能な積層魔導装甲を持つために単体での飛翔はできないが、魔導装甲の内部を走る魔力にも使用されている、装甲内に搭載された小型魔力炉が貯蔵する魔力を使えば、わずかな時間ながら高機動戦闘を得意とする魔導師並みの速度を発揮することも可能である。
シャーロックは、その力を利用して射程距離に入ってすぐに最大速度で加速し、まず一撃を叩きこんだ。
シャーロックの視界には、突然の加速に反応できず、空を見上げたままシャーロックの姿を見失ったガジェットが幾重にも居並んでいる。
圧倒的な数のガジェットが視界一杯にひしめき合い、テイク・ミー・ハイヤーが補足しただけでも数十機のガジェットが、すぐにもシャーロックの存在に再び気付き、攻撃を再開するだろう。
これからこのガジェットたちを倒し、AMFの影響を取り除くこと。
それがシャーロックの役目である。
「さあ、戦闘開始だ!」
<<Yes sir>>
身にまとう相棒に声をかけ、踏みしめたままのガジェットを更なる力で踏みつぶし、シャーロックはガジェット群に向かって飛び出した。
JS事件前後の分析と解析結果から判明したガジェットの基本戦術は、AMFによって魔導師の魔法を封じ、光弾による射撃で一方的に攻撃すること。
完全機械化された兵器であるため、戦況判断などは人間と比べるべくもなく未熟であり、乱戦になれば誤射などを引き起こすこともあることが、これまでの戦闘記録から確認されている。
「はぁっ!」
<<Rocked on by six o’clock>>
「了解っ!」
シャーロックはそれを利用して、ガジェットとの戦闘を有利に運んだ。
周囲全方向にいるガジェットの行動を探るのはテイク・ミー・ハイヤーに任せ、目に付く端からアーマードデバイスの豪腕で殴りつけ、攻撃の兆候を知らされれば即座に移動し、射撃の回避と誤射の誘発を狙うという、一時たりとも動きを止めない一撃離脱を何度となく繰り返す戦法。
近づいてくるガジェットは拳の一撃で粉砕し、距離を取って光弾を撃ってくるガジェットはブースターと装甲継ぎ目からの魔力噴射で回避したあと一瞬にして距離を詰め蹴り飛ばす。
そうして倒したガジェットの数は、地上に降り立って戦闘を開始してから数分程度しかたっていないにもかかわらず既に十数機に登る。
アーマードデバイスは通常のバリアジャケットと異なり、魔力で生成された強化服ではなく、現実に存在する物質を加工して作られた本物の鎧であるため、AMF環境下でも十分に防御力を保てている。
そのため、ガジェットの光弾はたとえ直撃したとしてもダメージは小さく、わずかなりと働いている「反発」の効力もあり、油断なく周囲のガジェットの様子を窺っているテイク・ミー・ハイヤーに攻撃の兆候を知らされ、あらかじめ防御の体勢を整えていられればその衝撃を完全に受け流すことすら可能となる。
さらに、AMFの影響を受けない最も内側の層にある「強力」の効果がある。
この回路の機能は名前の通り、装着者に巨大な腕力を与えることであり、その拳は文字通り岩をも砕く。
第二層「軽量」の機能と相まって、総重量50kgを越えるアーマードデバイスを装着していても通常以上の運動能力を発揮し、居並ぶガジェットを一撃の下に粉砕することが可能となる。
シャーロックの正面、5mほどの距離に大型のガジェットⅢ型を発見。
次の標的とさだめたそのガジェットへと接近するため、脚部の「強力」に魔力を集中。
装甲内部の魔力回路を走る魔力が発光し、装甲表面にうっすらと回路の模様を描き出す。
シャーロックは、それによって力を増した脚力で地面と水平に跳躍。
見る者の目に「強力」を走る赤い魔力光の残像を残して飛び、すぐさま目の前に迫るガジェットに、全力の拳を叩きつけて装甲と内部機構をまとめてぶち破る反動で強引に停止。
地に足を着くなり上半身を翻して、その勢いで腕に刺さったままのガジェットを放り投げ、背後で射撃体勢に入っていたガジェットを何体か巻き込んで吹き飛ばした。
その様子を確認することなく、上半身を逸らして跳躍。
地に手を着いて連続でバク転をしてその場を離れると、ついさっきまでロックのいた空間を複数の光弾が飛び抜けていく。
ガジェットの応戦はむなしく空を切り、その向こうでシャーロックにアームケーブルを延ばそうとしていたガジェットを貫いた。
ガジェットを、魔力に頼らない純粋な格闘で確実に倒しうる攻撃力と、ダメージを心配する必要のない防御力。
そして周囲の状況は逐一正確に把握する管制デバイス、テイク・ミー・ハイヤー。
それらが合わさって生まれる戦力はガジェットの持つ数の優位を覆してあまりあり、一方的な戦闘が繰り広げられていった。
繰り出される光弾を腕の装甲ではじき、空高く跳躍し、落下の勢いを乗せたキックでシャーロックをその巨体で押さえ込もうと近づいてきたガジェットⅢ型を貫く。
機能停止したⅢ型を横から殴りつけ、Ⅰ型のガジェットが密集している地点へと転がすと逃げ遅れた数機を押しつぶした。
背後から襲い掛かるアームケーブルは振り向くと同時にまとめてつかみ、上半身の「強力」の出力を増し、思い切り振り回して近づいていたほかのガジェットごとなぎ払う。
「あとどのくらいだ!?」
<<Enemy,about 60%. Please using a weapon>>
「了解!」
シャーロックの問いに対し答えたのはテイク・ミー・ハイヤーの声と迫り来る無数の光弾。
装甲継ぎ目からの魔力噴出で地面を滑るように水平に移動して回避し、叫ぶように返事を返す。
このまま徒手格闘の戦闘を続けても勝利はつかめるだろうが、テイク・ミー・ハイヤーはさらに確実を期すために、武器の使用を提案する。
アーマードデバイスはその多機能な装甲こそが最大の武器ではあるが、同時にデバイスと一体化した構造を生かし、様々なオプションパーツを使うことも可能となっている。
例えば、飛行補助翼ウィンダムのように。
そして、それ以外にも武器はある。
「せぇやあ!」
ザンッ!
高速で体当たりを仕掛けてきた数機のガジェットを、シャーロックは腰の後ろにマウントされた斧を取り、横一文字になぎ払いまとめて両断した。
アーマードデバイスに標準装備されている武器、フラッシュアックスである。
元々はアーマードデバイスが救助活動を行う際、瓦礫を撤去することを目的として開発されたこの斧は、「強力」で強化された腕力で振るっても壊れないようにかなり頑丈にできている。
だが安全のため普段は切れ味がほぼ0であり、物を切ることができるのは斬撃魔法を使った場合のみ。
そして、この斧はアーマードデバイスが持ち、管制デバイスによって制御されたとき最高の力を引き出される。
振り下ろされた斧がガジェットに触れる瞬間、魔力をほんのわずかな時間だけ通し、AMFによって魔法が打ち消されるよりも早く相手の装甲を切り裂く。
アーマードデバイスの装甲内にある加速演算領域で演算能力を強化されたデバイスがあるからこそできる、これもまたアーマードデバイスの力である。
さらに、飛び道具も存在する。
「テイク・ミー・ハイヤー!」
<<Shooting mode>>
ロックの視界ぎりぎりのところで、数機のガジェットがおかしな動きをしていた。
自分達の陣営に切り込み、一方的に破壊を振りまくロックを最大の脅威とみなして排除を試みていたガジェットたちではあったが、もはやそれすら困難という結論に至ったのだろう一群が、無理矢理に武装隊の包囲を突破しようとはかったらしい。
ガジェットⅢ型を6機のⅠ型が取り囲むようにして包囲の外を向き、今まさに飛び出そうとしていた。
テイク・ミー・ハイヤーからの警告でそれを察知したロックは、目の前のガジェットを右手に持った斧で切り裂きながら、他とは違う動きをするガジェットへと左手を向けた。
まっすぐ伸ばされた左腕は、ガジェットへと向けられるや否や変形。
手首のすぐ手前の装甲が跳ね上がり、その中から太い砲身が伸び出した。
<<Charge up>>
「ヴァリアブルバレット!」
シャーロックの叫びと共に、砲身から光弾が飛び出した。
AMFが支配する空間を、その光弾はうごめくガジェットの隙間を飛びぬけ、狙い通りに例のⅢ型を撃ち抜き、過去のデータから予測された制御中枢があるだろうと思われる部位を破壊。
まさしくそこには制御中枢が存在し、そこを魔力弾に破壊され、脳を失ったに等しいⅢ型は宙に浮く力を失ってドスンと地面に落ちる。
Ⅲ型の周りを取り囲んでいたⅠ型は別のⅢ型の指揮下に入ったらしく、シャーロックを包囲するガジェットの列に再び加わってきたところを、近くにいたⅢ型とともにシャーロックに蹴り砕かれた。
これが、アーマードデバイスに装備された射撃兵装。
アーマードデバイス内に存在する、積層魔導装甲に包まれて魔法的に中立な空間となったチャンバ内でAMFに干渉されることなく魔力弾を生成するシステムである。
そのため、デバイスのサポートとあわせれば、決して射撃魔法が特異ではないシャーロック程度のスキルであってもAMF影響圏内でヴァリアブルバレットの使用が可能となり、しかもアーマードデバイスの射撃管制機能と合わせれば、それは即座に必中の魔弾へと変わる。
ヴァリアブルバレットの弾体を生成するには多少の時間が掛かるために連射は出来ないが、一発必中の精度と必殺の威力を持った、頼れる武装であることは違いない。
ガジェットを圧倒する攻防の力と、近接武器と、射撃兵装。
そしてそれら全てを自在に操るシャーロックの鍛錬からくるスキルと管制デバイスへの信頼が絡み合い、暴風のように吹き荒れる力によってガジェットは次々に機能を停止してその数を減らしていった。
だが、それでも未だ数は多い。
残りのガジェットが三割を切る頃になると、さすがにこれ以上の被害を抑えるべきと判断したか、シャーロックから距離を取るガジェットが増え始めてきた。
いかにアーマードデバイスがガジェットに対して有効であることが実戦の場で照明されたとはいえ、シャーロック一人ではこれだけの数のガジェットにいっせいに逃げ出されればその全てを捕らえることは不可能だ。
数機のガジェットが強引にシャーロックへと近づき、視界と動きを遮ったその瞬間、無理やりにでも包囲を突破しようと、残りのガジェットの大半ががシャーロックから離れて森へと突き進んだ。
「しまった!?」
追いかけようとするシャーロックと、その道をふさぐように立ちはだかる数機のガジェット。
ヴァリアブルバレットはチャージが終わっておらず、駆けつけようにも目の前のガジェットを倒さねばそれすら叶わない。
どんなに急いでも、ガジェットを倒してからでは間に合わない。
シャーロックもテイク・ミー・ハイヤーもそう思った。
しかし。
この場で戦っているのは、ロック一人ではない。
ヒュガガガガッ!
森の中へと駆け込もうとしたガジェットに、無数の光弾が突き刺さる。
AMFで威力を弱められているただの魔力弾ではあったが、一機につき数十発の魔力弾に殺到されればいかにガジェットであろうとなすすべはなく、装甲のあちこちをへこませて煙を上げて地に落ちる。
『――こちら、陸士87部隊。貴官の奮闘のおかげで援護射撃程度ならば問題なく行える程度にAMFが弱まった。逃げようとするガジェットはこちらに任せ、殲滅に専念してくれ。……舐めるなよ、ガジェットのポンコツ共ぉ!』
「了解! 助かります!」
『こちらアコード・ベルマン。こちらからの通信機能も回復した。以降、アーマードデバイスのステータスチェックはこちらで行う。テイク・ミー・ハイヤー、状況を知らせてくれ』
<<OK. Enemy about 25%>>
シャーロックへ届いたのは、周辺の武装隊と、本部にて待つアコからのクリアな通信。
これまでガジェットの数を減らしてきたことで通信が回復し、さらに周囲を取り囲む陸士部隊の隊員でも援護が可能な程度までAMFが弱まってきたらしい。
周囲に視線をめぐらせれば、シャーロックから距離を取って他のガジェットからも離れている個体には、次々と魔力弾が殺到し始めている。
それまで一人で戦っていた奮闘がようやく実を結び始めたことに、シャーロックは内心快哉を上げて残りのガジェットへと斧を、拳を、魔力弾を叩きこんだ。
シャーロックに立ち向かっても、AMFの影響が弱まったことで「反発」の効果も回復したアーマードデバイスには敵わず、光弾程度はすぐさま弾かれてダメージを与えられずに打ち倒される。
逃げようとしても、もはや迎撃にあたる陸士部隊の魔力弾を完全に無効化することは出来ず、物量の前に倒される。
この場のガジェットが全て撃破されテロリスト集団が検挙されるのも、こうなれば時間の問題である。
誰もがそう思っていた。
あのガジェットが、姿を現すその瞬間までは。