はじめまして、若年法師と申します。岩田洋季さん作『灰色のアイリス』の二次創作を探していると、あまりに見つからず、「なら自分で作ってやる」というわけで今回投稿させてもらいました。 とりあえず頑張って最後までやり抜きたいと思いますので、淹れてから30分たったホットコーヒーぐらいの生温かい目で見守ってください。以下注意事項・私は小説を書くのもあげるのも初めてのため、文章も下手ですし、たとえ続いても最後まで絶対に行くとは限りません。・原作を知らないと分かりづらい部分が多々あります(その時は感想にでも書いてくれると頑張って対処しようとするかもしれません)。・原作のままの部分が多々あります。・キャラやストーリーはなるべくそのままでいくつもりですが、無理だと思います。・天浄百門ノ御華吐の生き物の能力が改竄される可能性があります。・私は真夜が大好きです。 それでもいいという人はいらっしゃいませ、「岩田さんの作品を汚すんじゃない」と思う人は急いで右上の☒か、左上の←を押してください。
押し迫ってくる気配と匂いを持った街だった。 四年前の未来はまだ五つになったばかりで、当時の記憶はほとんどおぼろげなものでしかなかった。そのため、この街に住んでいたころのことはあまり覚えていない。ただ、この国に住む誰もが少なくともそうであるように、この街を知識としては知っていた。午後十時過ぎ、濃い夜の寒気に覆われたこの時間帯でさえ、未来が知るどんな街と比べても、人の流れが、文明によって生み出された街としての息吹が、圧倒的に違う。 暗くどんよりとした雲に隠されて、星辰の瞬きは見えない。煌びやかな電気の光に照らされた、光と闇がはっきり分けられた街だ。排気ガスの匂いと共に流れる冷たい夜風は、未来の長い髪をいたずらっぽく撫でて吹き抜ける。 あっ、と思う暇もなくほつれて風になびいた髪を、未来はあわてて左手で押さえた。 一月十四日、真冬の風はまるで刃のようだった。鋭く、冷え冷えと乾き、夜空と都会の狭間を往来している。生物にも、そうでないなにかにも、風は等しく冷気を持ち運ぶ。 握りしめた彼の手を、未来はさらに強く握った。 夜の街であり、街の夜でもある。見渡せば、あらゆるところに闇があった。 巨大なのだ。あらゆるものが。時間の経過すらも。 自分の自惚れかもしれないが、巨大な時間の波にのまれて昇華してゆく人々の心を、未来は確かに見た気がした。人々が持っていたはずの心の余裕や温もり、そのようなものを。 未来は疼き始めた右目を少しだけ意識しながら、自分の手を引く彼の背中を見上げた。(奏は、どうなのだろう。) 四年もの間、手を引き続けてくれた、たぶん、これからもそうであると信じていいはずの、前を歩く彼、朝霧奏。 知らず知らずのうちに歩みが遅くなっていたらしい。訝しげな表情を浮かべて、彼もちょうどこちらに振り向いたところだった。黒いカラーコンタクトで本来の色を隠した両眼が、優しい光をたたえて見つめてくる。もう見慣れている瞳なのに、未来は思わずドキリとし、彼を見返して立ち止まってしまった。 彼が、口を開いた。「どうかしたのか?」 彼の瞳に、自分の姿が映っている。普段は鏡もみないので、実は見慣れていない自分の顔だ。生まれつきの栗色をしたロングヘアは、どんなアクセサリーよりも夜に映えて見えた。自分ではよくわからないが、彼が自慢してもいいと言うので、綺麗な髪の毛は自慢だった。ふっくらと曲線を描く頬に、色素の薄い唇はいかにも子供だと思う。しかし、なにより目立つのは、顔と表情の大半を隠してしまっている、大きなサングラス―――。 自分の顔は、いつもと変わらず無表情だった。「……なんでもない。」 なんとなくむすっとして、未来は首を振った。彼から手を離し、再び歩き出して彼を追い越す。 後ろで彼が苦笑したのが、未来にはなんとなくわかった。「この街は、好きになれそうにないか?」 すぐに彼は追いついてきて、隣に並んで歩いてくれた。彼と手をつなぐ。 正直に言うと、未来はこの人工の街があまり好きになれそうになかった。が、未来は返事をせず、逆に訊いてみた。 彼が好きだと答えたら、自分も好きになれそうな気がするから。「―――奏は?この街が、好き?」「どうだろうな。こんなところ、二度と戻りたくないと思ってたのに。いざ帰ってくると、そんなに悪い気はしない。」 一呼吸置いてから、彼は続ける。「不思議だよ。俺は、この街が嫌いじゃなかったみたいだ。」 彼の横顔を見やる。小さく笑う彼の表情から見てとれる感情は、後悔と呼べるものなのかもしれないと未来は思った。それがいったいなにに向けてのものなのか、未来にも心当たりはあったが、何も言わなかった。 意味のある会話は、それで終わりだった。 街を歩く。目的地を未来は知らないが、不安はなにもなかった。あるのは彼への信頼だけ。彼は、どんなことがあっても自分を導いてきてくれたのだから。護ってきてくれたのだから。 未来は沈黙とざわめきの中を歩きながら、彼の独り言のようなつぶやきを聞いた。「四年、か。」 短いようで、やはり長かったのだと未来は思う。未来が自由を得てからの年月。彼と過ごした日々。四年よりも前の記憶はたいして残っていないが、彼に連れられて、彼とともに過ごしてきた時間、彼といっしょだったときの記憶は、砕け散ったガラスのような破片までも、全部を思い出せた。そんな未来たちを、全長三百三十三メートルの鉄塔が、闇を纏って天を突き刺すように立っている。 その姿がどことなく不気味に思われて、未来はほんの少しだけ顔をしかめた。タワーが纏う闇に心が波立つのを覚える。闇の奥から、途方もない怪物がこちらを見ている。タワーはそんな得体の知れないものに見えた。 彼もまた、その象徴を見ているらしかった。「本当に、戻ってきたんだな。」 いまは、未来にははっきりと感じられた。右目の奥につんとした痛みがある。気配であり、匂いだ。他の土地ではありえない、物理的にではなくどこかが歪んだ大気が、この街の特色だった。この街の二つ名の由来となっている狂った時空の気配と匂いが、未来の右目にはひどく禍々しく見える。 時空狂いと呼ばれる、現世の破綻だった。「この、狂った街に。」 未来は彼のセリフを聞き、時空狂いの気配と匂い、そのあやふやな感覚を一言で表現してしまえる言葉を、唐突に思いついた。(……世界の腐臭がする。) 思った。やはりこの街は好きになれないかもしれない―――と。 未来は、自分と八つ違うだけの叔父である彼にそっと身を寄せ、握られた手の温かさを心で抱きしめながら、帰ってきた故郷の夜に身震いした。 東京。この小さな国の首都にして、≪時空狂いの都≫と嘲られる、無二の都市。上野駅で山手線を降り、駅前で適当なタクシーを拾う。行き先を告げると、運転手は怪訝そうにこちらを観察した後、無愛想にアクセルを踏み込んだ。 当然と言えば当然のことではあったが、運転手は自分の告げた場所がいったいどういう意味のある場所なのか理解しているのであろう。運転手の態度は、お世辞にもよいと言えるものではなかったが。 車の窓から東京の街を見つめる。上野に限らず、東京は四年前と比べても、大して変貌を見せてはいない。四年前、奏と未来が東京を出るきっかけとなったあの事件がなにも影響を与えていない現実を、甘受するべきなのか、それとも忌むべきなのかはわからなかったが、ともあれ街は平和だった。 奏は未来にちらりと視線をやった。隣にちょこんと座っている未来は、サングラスのかかった一見すると無表情に見える顔、二つの瞳を窓の外にある日常へ向けている。未来の表情は、機能と比較すれば幾分か明るかった。理由の察しはつく。そのことを奏は内心で安堵していた。この辺りは時空の歪みが少なく、都内の中ではかなり正常な部類に属する。 敏感な未来は、あまりにひどい時空狂いの匂いには耐えられないかもしれないと奏は考えていたのだ。「未来。」 呼びかかけると、未来は首だけ動かしてこちらを向いた。 よくよく注意して見なければ、その華奢な顔に不釣り合いなほど大きなサングラスの下にある瞳を窺い知ることはできない。サングラスで隠されているのは―――。 未来の、黒と灰色の瞳だ。 奏が頭を撫でてやると、未来はくすぐったそうに片目を閉じた。「おまえは矢志奈の家に行ったことはなかったよな?」 コクン、と小さくうなずき返してくる。「俺は、何回か父さんに連れられて行ったことがある。矢志奈なら、たぶん協力してくれると思う。俺たちが向かっているのはそこだ。」 未来がもう一度うなずく。「どんな人?」「そうだな。」 どう説明しようかと奏が思案し始めたとき、タクシーが赤信号で停車した。窓から見える入谷南公園の奥に、日を照り返す銀色の細い尖塔が顔を覗かせていた。東京タワーを陳腐に模倣したのかと邪推させるような、時空観測機関(メーヴェ)の観測塔だ。 奏は観測塔を目にして、目的の場所まで残りわずかだと思いだした。「『父親』みたいな人だ。会えばわかるさ、未来なら。」 未来が目をぱちくりさせる。奏はその表情を見下ろして、笑った。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆用語集(必要そうになったらその回の最後に付けていきます)・異空眼(いくうがん) 調伏の烔眼(けいがん)、刹那の深裂(しんれつ)。最強の武器を操る法にて、光溢れる世界を泥の底へと繋げる、唯一無二の扉。基本的に一人の異空眼者は一つの異空眼しか持たない。天浄百門ノ御華吐と呼ばれる異世界から人ならざるものを召喚する眼。呼び出されたものは、呼び出した者の命令がない限り満足に動くことすらできない。呼び出す生き物の種類によって色が違い、色ごとに名前がある。・異空眼者 異空眼を持つ人間をこう呼ぶことがある。異空眼は血筋によってのみ受け継がれ、異空眼を持つ者は尋常ではない自己治癒能力と人間離れした身体能力を持ち、その強さは異空眼の容量に比例している。異空眼には保有者ごとに限界があり、容量は一人ずつ違う。異空眼者が天浄百門ノ御華吐の生き物と契約するときには、二つの選択肢があり、自分の限界ぎりぎりまで強力なものを一匹のみ使役するか、いくらかランクを落としたものを複数匹使役するかである。契約を解除する方法は、異空眼者か使役された相手のどちらかが死ぬことだけである。・天浄百門ノ御華吐(てんじょうひゃくもんのみかど) 逆世の聖域、腐った泥にまみれた世界。異空眼とは、百浄湖(ひゃくじょうこ)と呼ばれる湖で繋がっている。この世界の泥は、この世界に属する生き物すべてに永劫に続く苦痛を与えつつ、与えた傷を癒し続ける。この世の生き物が苦痛から解放されるのは異空眼者に呼び出されている間だけである。・蒼種(そうしゅ)の覇眼(はがん) 蒼い瞳の異空眼。この眼から呼び出される生き物は蒼種と呼ばれる。蒼種とは、最も強靭で強力な体躯を持つ生き物である。・使貴(しき)の魔眼 漆黒の瞳の異空眼。この眼から呼び出される生き物は使貴と呼ばれる。使貴とは、真理を捻じ曲げる魔力を使う悪魔である。・隠愚(いんぐ)の秘眼 金の瞳の異空眼。この眼から呼び出される生き物は隠愚と呼ばれる。隠愚とは、真理の裏をかいて常識を覆す術を知る隠者である。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 登場人物が少ないとほとんど原作と変わらない(涙)と思っている若年法師です。 感想を見てみると、「懐かしい」と「期待」の文字が。これは頑張るしかないと思い続けることにしました。 ところで一話目にしていきなりですが、みなさんにアンケートです。 「イリスに幸せを」というコメントが感想にあったのですが、『灰色のアイリス』には幸せになってほしい人がいっぱいいると思う私です。しかしあまりに生き残らせると私の作文力を超えてしまう。 というわけで、皆さんの意見を聞いて決めようと思います。あくまで参考のため、必ずアンケート通りになるとは限りませんが、ぜひご協力を。 まだ登場すらしていない人物が多々いるので、原作を知らない人にはゴメンナサイ。以下幸せになる可能性のある人物たち(複数回答OK)(『幸せになる』だけであり、生き残るかは別)① 冴木 夕(アインの好きだった女の子。ただし確実にオリキャラになります)② 修司(翠朧の恋人。ただし死亡は確定)③ 矢志奈 薙定(ただ、生き残っても空気になる可能性が…)④ 神無月 誠(たぶんこの作品の中で立てた死亡フラグの数は一番だった人)⑤ 静川 光奈(彼女には幸せになってもらいたい。が、原作の後が思いつかない)⑥ イリス(たぶん読者の中では一番人気ではないだろうかと勝手に予想)⑦ 天使の麗帝(まさかの人外。消滅は固定で消滅の仕方の違いです)⑧ 美木 真夜(作者のお気に入りのため、原作のところは生き残るのでその後)
入谷で料金を払い、タクシーを降りる。住宅地の一画、周囲の家を押しのけるように大きな屋敷が建っている。奏は未来の手を引き、屋敷の門の前に立った。 矢志奈(やしな)。自分の名である朝霧、そして美木(みき)と同等の意味を持つ名は、目の前の屋敷に体現されているのだ。インターフォンを鳴らすと十秒ほどで涼やかな若い女性の誰何の声が返ってきた。奏はマイクを覗きこみ、答える。「朝霧です。事前に連絡は入れておいたはずですが。」 門を開き、二人で中に入る。隣で未来がほうっと息を吐くのが聞こえた。屋敷の庭園は、それ自体が芸術品のように美しく、それでいて厳粛とした落ち着きがあった。何より、屋敷の中と外では、空気の質が違った。≪時空狂い≫で狂った東京の中、ここと美木、そして今は無き朝霧の屋敷だけが澄んだ正常な空気を保っていた。 屋敷へ向かう途中、庭園で二人を迎えたのはインターフォンに出た声の持ち主だった。奏は何度か面識のある、美しい黒髪を腰まで伸ばし、髪と同じ色の右目と、光を吸い込んでキラキラと輝く、純粋な黒の左目を持った奏と同年代の、奏よりも背の低い少女。 その眼の色は、姉が持つ、いや、姉が持っていたのと同じ使貴の魔眼である。 着物に身を包んで、穏やかな微笑みを浮かべた彼女は丁寧に挨拶をしてきた。「お久しぶりです、奏さん。何年ぶりでしょうか?」「久しぶりだな、姫子さん。父さんとここに来たときに会ったのが最後だから、だいたい六年ぐらいじゃないか?あまり詳しくは覚えてないな。」 矢志奈姫子。矢志奈の家の一人娘であり、奏も何度か面識がある。最後に会ったのは数年前だが、そのころの面影を残したまま、さらに美しくなっていた。「ふふ、相変わらずですね。」少女が顔をあげ、くすりと笑みをこぼす。「お元気そうでなによりです。」 その笑顔には何の含みもなく昔と変わっていなかった。ふと、昔の自分を知っているこの少女に奏は自分が四年で変わったのか聞いてみたくなったが、本題を思い出し、やめておいた。「君も元気そうでなにより。それで、おじさんはいるのか?」「はい、屋敷の中で待っておられます。―――ところで、そちらのお嬢さんは?」 姫子の関心は、いつの間にか奏の後ろに隠れていた未来へ向いた。「ああ、俺の姪の……姉さんの娘の、未来だ。さあ、挨拶をしろ。」「朝霧……未来…です。………初めまして。」 姫子の耳にぎりぎり届くかというぐらいの大きさの声で、未来は挨拶をした。「はい、初めまして。矢志奈姫子と申します。よろしくお願いしますね、未来さん。」 優しく微笑みながら、姫子も挨拶を返す。「さて、それでは部屋の方へまいりましょうか。きっと父も待ちわびていると思いますし。」 そう言って、三人は屋敷の方へ歩き出した。 しかし、ふと未来は庭の隅の、塀の影が気になった。なにか、からみつくような視線がこちらに向けられているような気がしたのだ。しかし、そこには何もなく、ただ、影の暗さがあるのみだった。気にはなりながらも、未来は二人の後を追った。 誰もいなくなった庭で、影はその色を薄めた。 奏が矢志奈薙定(なぎさだ)に会ったとき、最初に感じたのは『優しさ』だった。厳しいだけだった父と違い、厳格そうな顔つきの中にも、穏やかさが感じられた。自分と同じ蒼種の覇眼を持っていたことも奏が親しみを覚える一因になったのかもしれない。 朝霧の妄執以外の、人間として大切なものを教えてくれたのは、朝霧家そのものだった父などではなく、常に優しかった姉と、この男性だった。「お父様、奏さんをお連れしました。」 返事を待ってから障子を開けた姫子の向こうで待っていたのは、最後に会ったときとほとんど変わっていない矢志奈薙定の姿だった。齢五十を超えるはずなのに、いまだ衰えを見せるどころか、さらに引き締まったように見える肉体、口ひげを蓄えた厳しそうな顔つき。そしてなにより、優しさを確かに感じさせる奏と同じ蒼種の覇眼である左目。何もかもが懐かしかった。「おひさしぶりです、おじさん。長い間、連絡一つ入れずに申し訳ありませんでした。」 挨拶をして、奏と未来の二人は薙貞の前に座る。「お茶でも入れてきますね。いいお茶受けもあるんですよ。」 そう言って、姫子は下がった。「久しぶりだな、奏。本当に大きくなった。それも当然かな。最近は仕事も姫子がやるようになって、私などもう隠居生活だよ。」 言葉とは反対に薙定は口元を緩ませて笑った。「ところで、朝霧が無くなってからこの四年間、いったいどうしていたのだ。」 真剣な顔になって尋ねてくる薙定に奏は短く一言だけ返した。「なにも。」「なにも褒められたことはしていません。ただ、この子を連れて、成果の上がらない人探しを続けていました。」「人探し……悠理か。」 朝霧悠理。 奏の敬愛する姉であり、未来の母親である女性。 彼女は朝霧の歴史の中で最も強力と言われる使貴の魔眼を持ちながらも、妄執にとらわれることなく優しいままだったが、九年前のある出来事の後、誰にも知られることもなく行方知らずとなった。「その子は、悠理の娘だな。」 朝霧未来。その存在は朝霧の中でも秘密とされていたが、矢志奈の当主である薙定ならその存在を知っていてもおかしくはないし、これまでの話でもわかったのだろう。 自分が話の中心になってきていることに気付いたのか、未来は奏を見上げてきた。 奏が肯定すると、薙定は眼を細めて未来を見つめてきた。「すまないが、よく顔を見せてくれないかね。」 しばらくの逡巡の後、未来がこちらを向いたので、奏が黙ってうなずいてやると、未来はサングラスを外した。 その直後、薙定が息をのんだ。 奏はその理由が分かっている。未来の眼だ。右目だけが灰色の瞳なのだ。「おじさん。」 見られ続けている未来を気にかけ、声をかけると薙定もそれで我に返った。「あ、ああ、すまない………。しかしそれは異空眼、なのか?灰色の異空眼など聞いたこともない。天浄百門ノ御華吐につながっているわけでもない。なのに異空眼とだけはわかるなどと…」「俺にはわかりません。おじさんなら分かるかもしれないと思っていたのですが。とりあえずこれが朝霧が未来を隠していた理由だと俺は思っています。」 自分が知らないようなことでも様々なことを知っていた薙定でも知らないと知って、少なからず落胆はあった。「しかし、この子は本当に悠理の幼かったころに瓜二つだな。名はなんという?」 問われた未来は、感情のこもらない冷たい声で答えた。「未来。過去にとらわれて、どうすることもできない未来が、私。」 その答えに、薙定は眉をひそめた。矢志奈である薙定にはわからないだろう。それは朝霧の、朝霧だけの呪縛だった。ただ、強く。ただ、美木より上へ。そのためだけに、あらゆるものを利用してきた。身内も、他人も。大人も、子供でさえも。それが、成立した数百年前から続く結界血族の中で常に美木より下に見られてきた朝霧の妄執、傲慢とさえ思えてくる願いだった。「違うよ、未来。輝けるお前の未来、そこにある幸福。それがお前の名前だ。」 その言葉を向けても、薙定には何もわからなかっただろう。だが、奏にはわかった。奏だけがわかった。未来の表情が和らいだのが。 咳ばらいが一つあり、薙定が気まずそうに頬を掻いていた。「いや、またしてもすまない。悪気はなかったのだが。」 うろたえた薙定の様子は、まるで孫に泣かれて困っている老人の様で妙におかしくて、少しだけ未来の身体から硬さが抜けたのがわかった。「いえ、この子もそのぐらいわかっているはずなので、心配しないでください。」 未来はそれに同意するように笑顔を、年相応とは決して言えないが、それでも笑顔とわかる表情を顔に浮かべた。 それを見て安心したのか、薙定も肩の力を抜いた。 その時、ちょうどお茶を淹れ終わって戻ってきた姫子が、未来の表情を見て、複雑そうな、それでも温かい笑顔を見せた。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 時間がかかって短くてしかも原作そのままですいません。 フライング土下座して謝りたい若年法師です。 現在この先をどうするか考えているのですが、このままでは原作をそのままあげているのと変わらない………とかなり焦っております。 ということで、この前のアンケートで挙げた人たち全員救って大円団ENDでもやろうかなと思っています。とりあえず夕はオリキャラ化して出演決定。 ほんとどうしようもないやつですが、もう少しだけ、せめて洞窟までは見守っていてください。よろしくお願いします。追伸 ルビのいれ方がわからない。どうしよう。