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[19403] 【習作】オリ主の親友は報われない法則(リリなの)(オリ主の友達もの) 三話投稿
Name: 散雨◆ba287995 ID:7e26fd8f
Date: 2010/06/13 19:59
ども、散雨です。
この物語は

オリ主――――――の親友ものです。

オリ主ハーレムもの、の親友ものです。
最強オリ主もの、の親友ものです。
原作キャラ×オリ主もの、からはじき出された親友ものです。


云わば主人公は、ギャルゲーの主人公の親友です。


基本的に時間軸は滅茶苦茶ですが、大体は物語をなぞります。ただし、殆どなのは達に出番がありません。だって、あの娘達はオリ主に眼がいっても、主人公には向きませんから……



ギャグものです、多分



[19403] 第一話 「親友はそういうポジションな法則」
Name: 散雨◆ba287995 ID:7e26fd8f
Date: 2010/06/10 09:39
自分が世界の中心にいる事は無い、そんな当たり前の事を気づくのは意外と速かった。皆の認識がどうかは知らないが、それに気づいた時には絶望は感じ無い。むしろ、胸の中にある空白にストンと何かがハマる様な感覚。テトリスであと一列入れれば全てが消える、そんな感覚に近いのかもしれない。
だから、ストンとその部分は落ちて来た。
納得する。
自分はこの世界の中心にはいない。そこら中にいる何の変哲もない只の人間である事に気づく。自分はそういう人間で、その程度の人間でしかない。
そう、俺はそういう人間だ。

武本銀二という男は、その程度の存在でしかない。

もしかしたら、世界の存亡に関わる重要なポジションにいて、世界を救う使命を持っているかもしれない。
もしかしたら、街で突然綺麗な少女と出会い、少女と戦いの渦に巻き込まれるかもしれない。
もしかしたら、この身に膨大な力が眠っており、その力を狙ってくる組織と戦う運命なのかもしれない。
それ以外にも、可愛い幼馴染や、そのクラスメイトとの恋愛ゴッコ。偶然出会った車椅子の少女との触れ合い、悲しい眼をした少女との出会い―――そんな『もしかしたら』に俺が関わるかもしれない。
そんな事を考えていた頃もあった。
けれど、すぐに気づく。

それは、物語における主人公がするべき事であり、俺ではない。

所詮、俺は主人公ではない。
俺はその主人公の知り合い、友達―――親友という立場にしかない。
わかっていた。
あぁ、わかっていたさ。
けど、もしかしたら自分にもそういうチャンスが来るかもしれないという、そんな甘ったれた想像、妄想を抱く事だってあるんだよ……けど、現実は俺には振り向きもしない。『もしかしたら』と云う全てが俺には何の関わりもない場所で起こり、その全てに主人公である俺の親友がいる。
俺じゃない。
武本銀二ではなく、鎌倉清四郎の場所にばかりそんな出来事が起こる。
清四郎は主人公だ。
俺は、その友達でしかない。
清四郎の周りには、アイツを好いている綺麗な女ばかりいる。俺には、眼もくれず、彼女等はアイツばかりを見ている。
お前は何処の勝ち組だと言った事があるが、あの鈍感野郎は「そんな事ないよ」と嫌味のない笑顔で言いやがる―――それが十分に嫌味だってぇの。
まぁ、こんな事を言っても結局は負け惜しみで、汚らしい願望でしかない。
しょうがない、だろうよ……
しょうがないから、俺は諦めた。
俺は主人公には成れない。
世界は主人公を鎌倉清四郎と決め、武本銀二をその友達、モブ、背景―――最低でも、その他としてしか扱わないのだろう。
それに気づいたのは、今から十年前の春。それを受け入れたのは、今から十年前の春。そんなもんだと割り切ったのは、今から十年前の春―――そして、無意識に感じていたのは、俺が鎌倉清四郎と出会った十五年前。
出会った時から、俺はアイツのそういう人柄になんとなく気づいていたのかもしれない。だけど、ガキだった俺には世界の中心は何時だって自分だと思いこみ、アイツの兄貴分としてアイツを引っ張っていた―――そして、それが間違いだと気づく。
情けない、とは思わない。
最初に言ったように、空白にストンと何かがはまった感じ。
納得は出来た。
納得は出来たから、俺はそういう人間で終わるのだと決めつけてしまった。
主人公ではなく、主人公の周りの一人。
それでも、それでも少しだけ情けない事を言うとしたら、一つだけ。

どうして、俺の惚れた女は――――俺を見てくれないのだろう

これだけは、何時まで経っても納得できない。わかってる、その理由は痛いくらいにわかっているんだ……でも、諦めきれない。
ソレが例え、彼女の眼が清四郎にしか向いていなくとも、清四郎の好みを知ろうと無垢な笑顔で俺に聞いてきたとしても、清四郎と喧嘩して仲直りの方法を俺に尋ねてきても―――あぁ、そうだよクソッタレ。
俺が彼女をどう想おうと、それは彼女には関係ない。
相談される度に、心が悲鳴を上げようとしても我慢した。
俺にそんな事を聞くんじゃないと、怒鳴ろうともしたが我慢した。
お前を好きな俺に他の男の話を持ってくるのかよと、泣きそうにもなった。
だけど、それは全て―――俺の都合だ、彼女の都合じゃない。
だから、よ……

「――――――行けよ、清四郎」

少しだけ、今回だけ―――いいや、今回も。
燃え盛る街、空には飛ぶ人間と機械。そして、巨大な箱舟。ジェイルなんとかっていう奴が起こした馬鹿騒ぎは、こんなにも大きな街を、あのたった一隻でどうにかしてしまえる程。
絶望的な戦力差ではないが、絶対に勝てるという保証はきっと何処にもない。だからこそ、陸でも、空でも、皆が必死になって戦っている。
「お姫様達が、あそこで戦ってんなら―――王子様のお前が行かなくてどうするよ?」
そして、彼女も戦っているだろう。
「ってかさ、お前はいつまで自分の殻に籠ってるわけ?いい加減にしぇと、ぶん殴るぞ」
なのに、その彼女から好意を向けられているコイツは、迷った眼で俺を見る。
「――――僕は、戦えない」
「なんでよ?向こうは悪党なんだろ。だったら、正義の味方が戦わなくちゃ駄目だろ」
「違うよ……僕達は正義の味方かなんかじゃない」
正義の味方じゃない、ねぇ……まぁ、清四郎の言いたい事はなんとなくは分かる。そして、コイツが何に迷っているかもわかる。
信じていた正義は正義じゃない。
悪だと信じていた悪は、完全な悪ではない。
それを知ってしまったから、コイツは立てない。
真っ直ぐで、優しくて、そして鎌倉清四郎だから。
「銀ちゃん……どうして、銀ちゃんは管理局にいるの?」
「おいおい、この状況でソレを聞くか?」
疑問に疑問を返しても状況は前には進まない。そして、疑問に思う以前に、俺は今の自分にそれほど疑問を感じていない。故に、俺はあっさりと答えられる。
「そうだな……まずは金がいい。そして美人が多い。後は糞忙しくて、死にそうになるような仕事が多い分、女受けがいい―――ほら、戦う男って恰好が良いだろ?」
世の中は金と女、それだけあれば大抵は幸福になれる―――これは俺の親父の言葉。こんな道徳なんぞ糞くらえみたいなセリフを吐くのが寺の住職だってんだから、世も末だよ。
「それだけだよ。俺が管理局なんていう場所にいるのはよ……お前は、どうしてだ」
「僕は……」
口ごもる清四郎を見据え、俺は大きく溜息を吐く。
「即答しろよ。少なくとも、管理局に入ろうって言ったお前は即答したぜ」
あの時みたいに、即答しろよ。
「お前は、守りたいって言ったよな?この日常を守りたい。自分の大切な人達を守りたい。そして、この手の届く範囲で人を助けたい―――お前の親父さんみたいによ」
なんて甘ったれた、頭の中がお花畑みたいな考えだと噴き出しそうになる。
「そんな意志があって、お前はお前の道を選んだんだろ?俺みたいに、女にモテたいとか、金が欲しいとか、そういう邪な考えでこの道を選んだわけじゃなかろうによ――――それを、どうして今のお前が迷う?」
「自分のしてきた事が、正しくないから」
「―――――――誰が、そんな事を言った?」
「誰も言わないよ。でも、見ちゃったんだ。僕がしてきた事、僕達がしてきた事で泣いている人達がいる。僕達が敵だって思っていた人達にも大切な想いがある……それを、見ちゃったから」
「んなもん、今更だろ。闇の書事件の時だって、アイツ等の守りたい者とお前が守りたい者が一緒じゃなかった。それでもお前は戦った。大の為に小を切り捨てたくないから、お前の仲間と、はやて達を天秤にかける事をしたくないから――――最後は、皆が笑って終われる物語にしたいから、お前は戦った……あの時と今、何が違う?」
清四郎は俺を見ない。
自分の握った拳だけを見つめ、世界を見ようとはしない。
それに苛立ちを感じる。
「答えろよ、あの時と今……何が違う」
小さく、清四郎は言った。
「…………僕は、スカリエッティが許せない」
でも、と言いたくない言葉を吐き出す様に、
「アイツの傍にいる彼女達は……彼女達には、そんな想いを抱けないんだ。どうしてかな……許せない奴がいるのに、許せない奴を守ろうとする彼女達を敵だなんて、想いたくないんだ」
あぁ、確かナンバーズとかいう連中か。話に聞く限り、全員女で全員が上の上ランクな美女と美少女ばかり―――うむ、それは確かに戦えないな。
「って、んな事を考えてる場合じゃない」
頭を振って馬鹿な考えを消す。今はそんな事を考えている場合じゃない。
「つまり、あれか?あの時と違って、お前は敵を敵と認識できる。でも、その敵の中には悪党ばかりじゃなくて、優しい奴もいる……なるほど、確かにあの時とは違うわな」
闇の書事件の時とは違う。
あの時は全員が全員、悪党ではなかった。
皆がそれぞれに守りたい者がいたから、その想いが真っ直ぐにぶつかっていた。けれど、今は違う。善と悪の混じり合い、混沌とした戦いの場にて、清四郎は迷っている。
守りたい、その為には戦う。
許せない、その為には戦う。
その前提を覆す程に、コイツはそのナンバーズとかいう連中に肩入れしてしまった。仲間も大切だが、それを言い訳にソイツ等を撃ちたくはない、そんな矛盾。
相変わらず、面倒な奴だな。
「銀ちゃん。僕達って……管理局って本当に正義の味方なのかな?自分の守りたい世界の為に、優しい人達を蔑にして、敵だって割り切って戦うのが、正義なのかな?」
…………俺的には、自分達を正義だって考えた事はないんだがよ。単純に、この世界的には管理局は正義の味方で、その正義の味方に属していれば合コンとかでもそれなりに好印象を与えられる―――云わば、管理局を名乗る事のメリットなどその程度しかない。
だけど、そう考えているのは俺だけで、清四郎は違う。
物事の奥の奥まで見据え、その結果表面を見失い、表面が砕ければ中まで砕けていく。
面倒臭い。
そんな面倒臭い事を考えるなんて、本当に面倒臭い奴だ。
けど、だから好きなんだけどな。
頭が固いというか、なんというか……
遠くで爆音が響く。
地面が揺れる。
建物が揺れる。
機動六課のあった廃墟なら、もう何度かの震動で崩れるかもしれない。そんな場所で一人蹲るコイツを引っ張りだす事なんて簡単だ。
でも、それでは意味が無い。
だってよ、コイツは主人公だ。
主人公は、どんな時だって自分の脚で立たなければ意味が無い。
いつだってそうしてきた様に、今だってそうするべきな様に。
「―――――――なぁ、清四郎」
俺は清四郎の隣に腰掛ける。しみったれた空気は好きじゃないし、こんな事を言うのも正直な話、面倒だ。だから、そんなしみったれた空間に少しでも臭い匂いを出す為に、煙草を咥える。
「正しいとか、間違いだとか……そういうの考えて動かない事が正しいのか?いや、この際、正しいとかそういうのは置いておくとして――――お前は、動かないままでいのか?」
「動いて、何になるの。動いて誰かを傷つけて、自分の傲慢を押しつけて、それで勝って負けて……意味ないじゃないか」
煙草に火をつける。
「意味がない、ねぇ……それは少し、安直だわ」
煙草を吸うには此処は少しだけ静かすぎる。俺が煙草を吸う時には大抵は喧しいギンガがいて、煙草を止めろだの、身体に悪いだの、臭いだの臭いだの臭いだの―――そういう喧しさに今は未練がある。
そして、その未練を消したくないのも、俺だ。
「清四郎……お前の意味がないと想うのは勝手だけど、他の連中はどうなんだ?アイツ等が必死こいて戦ってる今は、意味がないのか?俺はそうとは想わない。それが意味がないなんて言ったら、なんか寂しいし虚しいじゃねぇかよ」
未練は程良くが、丁度良い。
長すぎても駄目だが、短すぎるのも味気ない。
「善も悪も関係ない。自分達の守りたいモンがすぐ傍にある。それを守るためには動くしかない。動かなくても誰かが何とかしてくるかもしれないし、動かなかったら失うかもしれない……そして、アイツ等は動く事を選んだ。誰かに任せても救われるかもないが、自分が動けば少しだけその可能性が上がるんだ」
純粋で真っ直ぐだから。
それがうざったいと想う事もあるけど、少しだけ羨ましいとも想う。
「全てを救える奴なんていない。けど、だからって諦める事は間違いだ。俺はそう想う……そう想えるのは、お前がそれを見せてくれたからだ。悩んで苦しんで、それでも諦めない想いをお前は見せてくれた。俺が何度も諦めた事に、お前は一度だって諦めなかった―――だから、お願いだから諦めないでくれよ」
だって、お前は主人公だろ?
主人公は、ヒロインのピンチに何時だって駆けつけるのが仕事だ。
俺にはそんな事は出来ないけど、主人公なお前はそれが出来る。
それを出来るだけの、強い想いがお前の胸にはあるんだよ。
だから、皆がお前の事を好きになる。
だから、俺もお前の事を好きになれた。
だから、俺達はお前を頼るんだよ。
「――――僕は、誰も傷つけたくない」
「知ってる」
「――――僕は、誰にも悲しんでほしくない」
「あぁ、知ってる」
「――――僕は、皆に笑顔でいてほしい」
「あぁ、そんな事はガキの頃から存分に知ってる」
バンッと清四郎の背中を叩く。
「だったら、行ってこい。お前の救いたい奴、守りたい奴、全部まとめてお前が何とかしてこい―――その結果、どっちかに怨まれても俺がお前を認めてやる」
きっとそんな事はないだろう。
コイツが動けば、世界はコイツの想う様に転がっていく。
そういう嫌なシステムがきっとこの世界にはある。
主人公は、そういう奴だから。
「下らねぇ事で悩む時間は終わりだ――――此処からは、行動する時間だ」
俺の眼、清四郎の眼、ようやくぶつかる。
俺が笑い、清四郎が頷く。
「――――なんか、銀ちゃんには何時も迷惑ばっかりかけてるよね」
「そう想うなら、お前のツテで合コン開け。六課の女性陣全員参加の合コンだぞ」
「もぅ、そればっかりだね……でも、いいよ。僕から皆に話してみる」
「絶対だぞ?約束破ったら叩くからな」
立ちあがる主人公の背中を見る。
本当に手のかかる主人公だな、コイツは……
けど、その背中を押せるなんて役割を担えるなら、俺のポジションもそうそう捨てられるもんじゃないと思う。
そう思った時、先ほどよりも一段と大きな震動が起こる。
機械が地面に堕ちた音。
肌がピリピリと痺れる。
「――――どうやら、お客さんらしいな」
建物の外には無数の機械の群れ。
ゾロゾロと蟲の入る隙間も無い程の有象無象の群れ。
連中の狙いは即座に理解できる。
狙いは、コイツだろう。
「銀ちゃん……」
決心はついている清四郎の瞳は迷いはない。こういう眼をした時のコイツはどんな奴にも負けないと知っている。だから、俺は迷う事なく云える。
「行け。此処は俺が抑える」
清四郎の肩を叩き、踏み出す。
「無理だよ!この数じゃ、いくら銀ちゃんでも……」
「無理?馬鹿言ってんじゃねぇよ、ボケ。俺を誰だと思ってやがる」
まぁ、ランク的にはCランクの俺。そして清四郎はSSランク。敵はAランク程度でも苦戦する程の力を秘めている。
「それに、こんな所で道草食ってる暇はねぇよ。お前は空に浮かんでるデカブツに行って、決着をつけてこい」
「でも……」
渋る清四郎の頭を叩き、
「でも、じゃねぇよ――――お前はお前のやる事をやれ、鎌倉清四郎」
俺も、俺の出来る事をやる。
俺は空も飛べないから、箱舟には近づけない。そして、仮にあそこに行けたとしても俺がいては足手まといにしかならない。自分の力量は誰よりも自分が分かっている。
そして、俺の役目は誰よりも知っていて、誰にも譲りはしない。
「なぁに、心配はいらねぇよ。一応は俺って強いじゃん?そんな俺があんなブリキ連中に負けると思うか?思うとか言ったら泣くから言うなよ」
「―――――死んだら、駄目だよ」
「寝言は寝てから言えよ、ダチ公――――んな事より、お前は合コンの約束を忘れんなよ?」
「わかった……此処は任せるよ」
「応ともよ。これが終わったら、とりあえず酒でも飲みにいくか」
「僕、まだ十九なんだけど……」
「なのはみたいな事を言うなよ、こんな状況で……」
俺は前に、清四郎は後ろに、
「死ぬなよ」
「銀ちゃんこそ」
そして、俺達はそれぞれの戦場に向かう。
空に白銀の閃光が奔る。
その光は一直線に箱舟に向かい、周辺で戦闘している者達を蹂躙して進む。その猛進を阻める者などこの戦場にはいない。
「機動六課最強、ねぇ……羨ましいこった」
最強なんて称号、俺には絶対に回ってこない称号だ。
「――――電助、いけるな」
握り締めるは、黒塗りの木刀。
『電助ではない。某にはちゃんとタケミカヅチという名前がある』
こんな木刀でも一応はデバイス。二十年以上稼働している中古品だが、それでも俺の相棒でもある。
「空気読めよ、電助。此処はそう言う場面じゃねぇよ」
『むしろ、こんな時こそ汝は某の名をキチンと呼ぶべきだと思うが?』
「ッは、なんだよその死亡フラグ」
『汝が先程から立ててるフラグの事だな』
失礼な奴だな、そんな事はお前に言われなくても百も承知だっての。
『念の為に聞いておくが、汝はこの戦況で汝が生き残れると思っているのか?所詮はCランク程度のポンコツスペック……死ぬぞ』
「だからどうした?」
『これでも一応は心配しているのだがな……汝は某の主だ。主に死なれては某が困る』
まぁ、この状況ではそう想うは普通だろう。
無数の機械の眼が俺を見据える。無機質なガラス玉みたいな眼でも、その眼を宿す機械の身体は正しく殺人兵器。その殺人兵器の数は数えるのも馬鹿らしい程の大群だ。それだけの兵力を清四郎一人に向けるなんぞ、相手も相当にアイツを危険視してるって話だ。
「嬉しいねぇ、それこそ俺のダチ公だ」
『そして、その友の為に残っている汝は―――正しく大馬鹿者だ』
呆れる様に言う電助の言葉に、俺は笑うしかない。
ほんと、コイツとの付き合いも結構な長さになる。俺が初めてコイツと出会ったのは十六年前、俺が初めてコイツを握ったのは十二年前、俺が初めてコイツと共に戦場を駆けたのは十年前―――俺が錬明時で過ごした日々、海鳴で過ごした日々、清四郎と過ごした日々は常にコイツとの時間だろう。
「付き合えよ、相棒」
『付き合うさ、相棒』
それを終わらす気なんぞ、さらさらない。
戦場の空気は張り詰めている。生きているのは俺だけ。生きていないのは機械だけ。一体一体の戦闘能力は並みの魔導師では歯が立たないだろう。だが、そもそも俺は魔導師なんかではない。
俺の手にあるのは木刀の形をしたデバイス。デバイスは魔導師の持つ杖だが、俺にとっては一振りの刀でしかない。そして、刀以外の使い道など知らない。
魔導師としてポンコツだと言われた。
シールドも張れない。空も飛べない。誘導弾も操れない。砲撃も撃てない―――魔導師として二流を通り越して三流と言っても過言ではない。
それでも、出来る事はある。
「エンチャント……」
身体に力が漲る。
「エンチャント、エンチャント」
身体強化、それだけが俺に許された唯一の魔法。
「エンチャント、エンチャント、エンチャント」
限界を超え、極限を超え、無限に付加される強化。
「――――――――エンチャント・マキシマム」
『絶刀・鋼』
強化特化型の魔導師、武本銀二の唯一の魔法。
電助を正面に構え、地面を掴む。
『最終確認だ。この群を押し留める事のか、それともこの群をある程度まで引きつけたら逃走するのか、どちらだ?』
何を馬鹿な事を言っているのだ、このポンコツだ。
「寝惚けんな。方針は最初から最後まで一つ」
視界に映る全てのブリキを見据え、

「全部を全力でぶっ壊す。一体だって生き残らせねぇよ……」

獰猛な獣の笑みを浮かべ、宣言する。
『正気か?』
「あぁ、正気だよ。コイツ等を一体でも残したら後々面倒だ。だったら、この場で全部ぶっ壊すのが筋ってもんだろ?それとも何か、お前は俺にそんな程度の事も出来ないってほざくかよ」
電助は無言。
「それは了承って意味で取るぞ」
空気が凍る。
冷たい空気を詰め込んだ風船の様に、凍った空間が支配する。
「それとな、電助。お前は死亡フラグっていうのをまったく理解してねぇよ」
機械が軋む―――動く。
「死亡フラグってのは、立てる事に害は無ぇよ。問題はその使い方だ」
集団、群、軍、一斉に行進を開始する。
その標的は俺。
ちっぽけな虫けらを踏みつぶす程度の認識で、機械の群れは俺を押し潰さんと行進する。
「あんなもん、死亡フラグっていう程でも無い。いいか、死亡フラグってのは―――こういうモンだ!!」
そして、俺も猛進を開始する。
強化した脚で宙に跳び上がり、一番手前にいたブリキに木刀を叩きつける。無論、木刀では鋼鉄を斬れない―――ならば、押し潰す事は可能だ。
『断刀・斧』
一撃は斬るではなく、潰す。俺の一刀にてブリキは潰れたゴキブリの様に地面に張り付く。
「俺は!!これが終わったら!!なのはに好きだって告白する!!」
一瞬の火花の後、ブリキは爆発。その爆風に飲まれた身体を行使して横に跳ぶ。
構えは突き、腕を引き絞り、弓を放つ様に構える。
ブリキの反応は速い。だが、すぐに攻撃は来ない―――少なくとも、俺の前の前にいるブリキの群れはして来ない。代わりに、その背後に佇む別のブリキの眼が光る。
アイツは撃ってくる。
防ぐ?
そんな防御力は無い事は無いが、身体強化では些か心もとない。
なら、あのブリキを壊すしかない。眼が光ったブリキを斬るには目の前にある、虫の入り込む隙間も無い程に密集したブリキ共を破壊するしかない。
否、隙間はある。
微かな隙間。
虫は張り込めなくとも―――針の一本は入る隙間。
十分だ。
『抜刀・針』
一閃―――針の入る隙間しかない隙間を、木刀がすり抜ける。
ブリキの眼から何かが発射されるよりも早く、俺の剣がブリキの眼球を押しつぶす。
針の一本―――その隙間があれば、これの剣はあっさりと通り抜ける事が出来る。
「後はそうだな―――ナカジマの親父と酒を呑むのもいいな!!」
光が俺の目の前で交差する。
肌を焼き切る光線が頬を掠める。心臓が凍りそうになりながら、後方に跳ぶ。たった二体破壊されただけでブリキ共は俺を明確な敵と判断したのか、俺を囲むように円を作る。
「ついでに、ギンガに飯を驕ってやってもいい!!」
『幻刀・鏡』
刃は曲がる。
刃は伸びる。
俺を囲む円を次々と切り裂きながら、円は崩壊する。
「――――――他にもやりたい事は山ほどあるけど、こんなもんか……」
爆発する残骸を踏み締め、周囲を見渡す。
敵、敵、敵―――見渡す限り敵ばかり。味方は一人もいやしない。そもそも、既に捨て去った六課の建物など守る価値も無い。守るべきは街だ、此処ではない。
孤立無縁、四面楚歌―――心躍るような展開だろう。
『汝、そんなに死亡フラグを立てて楽しいか?』
「あぁ、楽しいね」
敵は無数、俺は一。
「いいか、電助―――死亡フラグってのはな」
結果は死しかない。
そう、死以外はあり得ない。
「死んでも、死んだとしても―――――」
それ以外は、必要ない。



「死ぬ事はあっても―――――負けはねぇっていう意味なんだよ!!」



俺は主人公じゃない。
だが、主人公にはこんな見せ場は譲れない。俺には俺で存在意味がある。それが例え、清四郎の引き立て役でも、清四郎のダチというポジションだとしても、この場は誰にも譲れない。
誰しもが戦っている。自分の大切なモノを守ろうとする意志の為に。
誰しもが戦っている。自分の欲する未来の為に。
誰しもが戦っている。此処が、己の存在する世界だと信じる為に。
『―――――愉快也!!』
「―――――滑稽也ってな!!」
故に、この身に敗北は許されない。
許されるのは死のみであり、敗北など願い下げ。
『では、共に逝こうぞ!!』
「応!!」



「武本流喧嘩殺法、武本銀二――――――死して参らん」






恋を知っても、報われない。
愛を知っても、報われない。
故に、これは主人公の物語ではない。

危機を知っても、救えない。
悲劇を知っても、救えない。
故に、これは幸福を齎す英雄の物語ではない。

絆を知っても、他人の絆。
笑顔を知っても、他人に向けられる笑顔。
故に、これは魔法少女達の物語ではない。


それら全ては主人公が得るモノであり、友にそれを得る権利は許されない。


故に、これは単なる一人の男の物語である。


報われない想いを、この胸に――――――友は今日も、報われない




第一話 「親友はそういうポジションな法則」







あとがき
主人公、鎌倉清四郎
親友、武本銀二(一応、主人公)


なんだか、ややこしいね。




[19403] 第二話 「親友の同僚は報われない法則」
Name: 散雨◆ba287995 ID:7e26fd8f
Date: 2010/06/13 19:51
さて、少しだけ昔の話してみよう。
俺がまだガキの頃、清四郎と出会う少し前から話を始めるべきなのかもしれない。

武本銀二、それが俺の名前。

親父、武本鉄心がつけてくれた名前で、俺が一生をかけて付添うべき名前。
「――――実はな、お前は俺の子じゃない」
ある日の晩、親父が急に思い出したかのようにそう言った。無論、最初は何を言っているのか理解できなかったが、すぐにその意味を理解する。即座には無理でも、少しずつは理解できると判断したのか、親父はそんな事を俺に言ったのだろう。
「……おい、親父。冗談でも笑える冗談と笑えない冗談があるって知ってるか?」
「無論、これは前者だな」
「後者だろうが!!」
飯時、ちゃぶ台の上に乗ってる料理をぶちまける勢いで叩く。そんな俺を親父は特に気にした様子もなく、淡々と話を進める。
「お前はな、八年前に寺の賽銭箱の前に捨てられてたんだ」
「マジ?」
「これがマジだ。てっきり金がない巡拝者が代わりに我が子を差し出してお祈りしたのではないかと疑ったほどだ」
「それは無いだろ、いくらなんでも」
「だろうな……置手紙も一緒に入っていたぞ?『この子を育てる自信が無いので、お願いします(嗤)』ってな」
「悪意しかねぇよ!!なんだよ、(嗤)って!?せめて笑えよ!!笑えばいいと思うけど、どうですかね!!」
なんだか、重い話なのはずなのにコメディ臭が垂れ流しになっている気がする。ここはもう少しシリアスに行くべきだと、その時の俺は何故かそんな事を想った―――つまり、意外と俺にも余裕はあったのだろう。
「そ、それで……親父は俺を育てようとしてくれたのか?」
「いんや、そのまま警察に丸投げようと思った」
「住職だろうが!!お前、仏に仕えてる癖に人助けも出来ねぇのかよ!?」
ちょっとショックを受けた俺は、マジで泣きそうだった。
「失礼な奴だな。俺が仕えているのは俺だけだ。神も仏もこの世にはいやせんわ!!」
「こ、この生臭坊主め……」
「だけど、それでも俺はお前を育てようと思った……」
箸を置き、親父は言った。
「どんな境遇であれ、お前は俺の息子だ……例え、俺に懐かずに美人な女性ばっかりに笑いかけたり、女と見れば昨日までハイハイしか出来なかったはずが、急に二足歩行をマスターしたりと――――おい、お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
知るか。
それと、俺の女好きはそんな頃からだったと知ると、俺でも流石に戸惑うぞ。
「でもよ、親父。一度は警察に届けようと思ったのに、何で俺を引き取ったんだ?」
「ああ、それか……それはだな」
瞬間、親父のはげ頭に血管が浮き出る。
「俺がお前を交番に届けようとした時、士郎の奴に会ってな」
士郎?聞いた事の無い名前だった。
この時の俺は知らなかったのだが、親父の知り合いに高町士郎という男がいた。その子供が後に知り合う高町なのは。俺と彼女の関係はこの時から実は繋がっており、同時にこの頃からすれ違いがあったのだと思うと、人生は中々に厳しいと感じられる。
「お前を警察に預けるって言ったら、あの野郎……なら、俺の家で育てるからお前を渡せと言いやがった―――あの偽善者が!!」
「いや、そっちの人の方がよっぽど良い人な気がするぞ」
「馬鹿を言え!!あの野郎は昔から美味しい所ばっかり持っていく野郎だぞ?俺がどれだけ活躍しようとも、最終的にはアイツの手柄になる。俺がテストで良い点とってもアイツはその更に上を平然と駆けのぼる―――おまけに、俺が惚れた人だって今はあの野郎の奥さんだ……あぁ、思い出したらムカムカしてきた」
その時の親父の姿は今でも脳裏に焼き付いている――――あぁ、大人ってこんなに見っともないのか、と。
こんな親父を見て来たから、俺は親父のような破壊僧には絶対ならないと決め、まともな道を行こうと決めたのかもしれない。
もっとも、それはその瞬間だけの思い出あり、翌日には元の俺に戻っているというオチだ。
「だから、お前は俺の息子だ。士郎なんぞにはやらん。他の奴に、はした金で売っても士郎だけには絶対に売らんぞ」
「おい、クソ親父。お前は良い事を言っているつもりだろうが、中身は最低だと知れ」
「なんだ、お前はそれでも士郎の家に伝わる『御神流』に対抗する為に俺が作った『武本流喧嘩殺法』の二代目か?」
「二代目!?あれってそんな歴史が浅いのかよ!!」
「あぁ、歴史で言うなら二十年かそこらだな。俺が高校の時に考えた奴だから」
「ネーミングセンスが中二レベルじゃねぇかよ……」
「馬鹿言え。俺が士郎に勝つために考えに考え抜いた究極の武術だぞ」
「ちなみに、親父って武術とかやってたのか?」
「いいや、大概は通信教育」
意味が無いにも程がある。

さて、ここで親父の云う『武本流喧嘩殺法』という胡散臭い流派について語ろう。

俺が物心つく前から親父に習った武術なのだが、その発生の理由は先程親父が言ったように、高町士郎さんの家に伝わる剣術『御神流』に対抗する為に編み出された我流の中の我流―――ぶっちゃけ、中学生がコレってカッコ良くない?で考えついた変な流派としか言えない。
そもそも、その頃の俺は御神流がどんな技を使うのかも分からんし、士郎さんとも会った事も無い為、どうもピンと来ていないのだ。
それでも親父は俺に武本流を叩きこむ。
武本流というのは基本的は剣術、拳術――そして、何やら怪しい気功と、更に胡散臭い魔法という意味の分からないチャンプルー状態。
気功は習い、そして修練すれば誰でも使えるらしいが魔法は別。親父曰く、身体の中にあるリンカーコアとかいう器官がないと使えない特殊な技らしい。
親父も俺にも、その胡散臭い器官があるらしい。そして、その魔法を使って戦う連中を魔導師と呼ぶらしい―――なんだか、この親父から魔法という単語が出た時点でかなり胡散臭い。
しかし、そんな俺でも実際に魔法を使ってみればその異常な力に魅せられもする。
『御子息、汝に魔法の才能は無い』
と、こんな冷たい一言でその熱はすぐに冷めたけどな!
「おい、電助。それがモノを教える奴の言う事か?俺は自慢じゃないが誉めないと死んでも伸びない男だぞ」
『某から見ても、御子息には才能が無い。大体、なんだその偏った魔法は?強化以外にまともに使える魔法が一つとして無いではないか』
「いいじゃねぇかよ。強化しか使えないっていうのは、強化だけは誰にも負けないっていうフラグだろうが」
「いや、お前の場合。その強化も微妙だがな」
「嘘ッ!?」
特化型ですらないらしい。
これが漫画なら、俺はその才能だけはあるという偏った主人公になれるはずだったのだが、悲しい事に現実はそうそう巧くはいかないらしい。
この頃からだろうか、主人公というヒーローに憧れる俺が、憧れる事しか出来ないと知る事になるのは……もっとも、その頃から変な勘違いをしなくて俺は大助かりだ。
俺は主人公じゃない。
俺は脇役だ。
清四郎に会う前から、そんな考えを持つ様になるフラグは十分だったというだけの話。
そんな親父と電助に囲まれ、俺がスクスクと育っていき、気づけば俺も小学一年生。私立に通う金も無い俺には公立の小学校に行く事になるのだが、この時は特に気にもしない。それを気にしだしたのは清四郎の周りに美少女達が現れ出してからだ―――つまり、この時すでに遅かった。
そんな事など露知らず、俺はのんびりと一人で家路を歩いていた。
『御子息、今日は帰ってから宿題だぞ』
「遊ばせろよ」
『却下だ。御子息は放っておけばすぐに遊びに出かけてしまうので、今の内に言っておかねば意味が無い。いいか、御子息。汝は主の寺を継ぐ為に速く一人前の僧になってもらわねばならぬのだ』
「ガキの将来を親とポンコツが決めるな。俺の将来の夢はアイドルになって女の子にキャーキャー言われる事だ」
『むしろ、今日の様に女子生徒のスカートばかり捲ってギャーギャー言われるのがオチだと某は考える』
「スカートがあるのに捲らない男はいない!!」
タケミカヅチ――――通称、電助。デバイスの中でもインテリジェントデバイスとかいう意志を持ったデバイスらしいコレを持ちだしたのは小学校に上がってからだ。親父曰く、今の内にコイツと一緒にいた方が都合が良いらしい。既に十年以上稼働している電助は時間が経つにつれてどんどん人間と同じ、感情に似たAIに育っていくらしい。その為には沢山の経験を積む必要があり、その経験の為に利用されたのが俺というわけだ。
電助も親父からすればまだ修業期間らしく、俺と一緒にいればそれなりに良い修行になるだろうと思った為、らしい。俺としては口五月蠅い奴と常に一緒にいるっていう事態が億劫なのだが。
「それはそれとして、だ。今日は清四郎と遊ぶつもりなんだ。だからすぐには家には帰らないぞ」
『それでは夕餉に間に合わぬではないか。却下だ』
「嫌だね。清四郎と遊ぶのが俺の勤め、子供は遊ぶ事が仕事なんだよ……なのに、あのクソ親父ときたら帰ったら薪割だの修練だの、子供をなんだと思ってるんだ」
『主には主の考えがある。御子息には分からぬ場所で、御子息の事を考えているのだよ』
「んなもん、ドラマの中だけで十分だ。俺は分かりやすいのが好きなの。あんなドロドロした中で他人を理解しろってのが無理な話だ」
些か、子供らしくない発言をしている気がする。
まぁ、あんな親父の下で育ったのなら、この程度の思考が出来ないと色々面倒なのだと今は想う。そして、そんな子供時代があるから今の俺がある―――それだけは、少しだけ親父に感謝してもいいかもしれない。
だが、この時の俺にはそんな考えは欠片も無い。
今は遊ぶ事、楽しむ事、それだけを考えれば十分だという思考。
子供らしくない事を考えていても、根本的には子供なのだ、俺は。

けれども、そんな子供でも多少なりと気になる女の子はいたりするのだ。

「…………」
ふと立ち止まる。
最近、ずっとこの辺りでよく立ち止まる機会が多い。それは、夕日に照らされた公園。俺にとって、この頃の俺にとって思い出の一ページになる場所。
つまり、一ページにしかならない場所でもある。
俺の視線の先にいるのは、小さな女の子。
『―――また、一人のようだな』
「……あぁ、また一人だ」
この時間、学校からの帰り道に良く見かける光景。公園の砂場で遊ぶ少女――ただし、一人で。寂しそうに、親子ずれを悲しそうに、羨ましそうに遠目に見ているだけの少女。そんな少女を俺はずっと見ていた。
帰り道、何度も何度も見ていて―――少しだけ、気になっていた。
『一人で砂遊びとは、あの子は一人遊びが好きなのだろうか?』
「それ、本気で言ってるならお前は十分にポンコツだよ」
電助は黙る。
冗談で言ったのではなく、本気でそう想ったのだろう。そんな事を簡単に想い、言えるからこそ、親父は電助を俺に預けたのだと思う。コイツもまだ修業中、人の心を理解するにはまだ幼すぎるデバイス。例え十年以上稼働していても、複雑な人の心を理解するには早すぎる。
何時か、そんな電助も心を理解出来るように――そう想っていた。
どうしようか、俺は迷っていた。
何時ものように、迷っていた。
本当はあの子に話しかけたい。
本当はあの子と一緒に遊びたい。
でも、何故か脚が動かない。動くとしたら、この公園を遮るように歩き、この光景から眼を逸らす事だけ。
ヘタレ、俺は俺に言う。
「…………おい、それでいいのかよ?」
自分で自分に問いかけ、頬を叩く。
この世界は俺を中心に回っているのだろう?だったら、お前はお前の思う通りに行動するべきだ。大丈夫、きっと巧くいく。世界はそういう風に出来ている。俺に出来ない事は何も無い。子供でも、子供の内で出来る事がきっとある。
それが例え、子供の身だとしてもだ。
「うっし、行くか」
マイナスな思考を放り捨て、俺は公園の中に入る―――だが、すぐにその脚は止まる。

一人だった少女が、一人ではなくなったから。

砂場で遊んでいた少女に歩み寄る、同じ年くらいの少年。
優しい顔、優しい瞳、優しい微笑みで、少年は少女に話しかけている。少女はそんな少年を見て今までの悲しそうな笑顔を壊し、向日葵の様な笑顔を向ける。
俺にではなく、少年に。
『あれは……清四郎殿ではないか?』
あぁ、そうだ。
あれは鎌倉清四郎。
俺の友達だ。
「…………」
なんだか、胸に小さな針が刺された気分がした。
『御子息?』
腕に力が籠る。こんな時に籠ってはいけないのに、俺の手には酷く嫌な力が渦巻いていく。
『御子息!?』
電助の叫びが、空気の様に震えている。
どうして、だよ?
俺の頭の中はそれでいっぱいになっていた。どうして、なんで、疑問と疑問がぶつかり、疑問がどんどん大きくなっていく。
世界は、俺を中心に回ってるんじゃないのかよ?
俺が想った通りに動けば、世界はその通りに動くんじゃないのかよ?
砂場で二人は一緒に遊んでいる。楽しそうに遊び、数分前まで孤独な顔をしていた少女はそこにはいない。いるのは楽しそうに少年と遊ぶ、歳相応の少女の姿。
奥歯を噛み締める。
悔しさに、拳を握る。
『御子息!!落ち着け、どうしたのだ!?』
気づいた。
俺は無意識の内に身体を強化していた。
自分の都合に合わない世界の光景に、それを奪った友達に嫉妬して、この空間をぶっ壊してやりたいという感情に襲われ、飲まれ、それを行う所だった。
「―――――ッ!?」
気づいた瞬間、身体が恐怖に震えた。
俺は、何をしようとしていた?
この手で、何をしようとしていた?
次々と湧きあがる疑問に耐えきれなくなった俺は、その場から逃げる様に走り出す。背後から聞こえる二人の楽しそうな声が、笑い合う声が、まるで自分を嘲笑っているかの様に聞こえた。
それが、堪らなく恐かった。
そして、情けなかった。




「―――――力っていうのはな、何の為に使うと思う?」
親父が、突然そんな事を聞いてきた。
「…………戦う為」
境内を掃除しながら、俺はそう言った。
力というのは戦う為に使う、そんなの子供だって知っている。テレビのヒーローだってそういう使い方をしている。悪い奴と戦う為に力を振るい、勝つ為に己の力を行使する。
正義の味方は、何時だってそういう力を持っている。
「そうだな、それも正解だ……だがな、世の中はそうそう巧くは回っていない」
親父は像を磨きながら言う。
「戦うという行為は、お前くらいの歳の奴から見れば恰好良く見れるかもしれないが、歳を重ねる事に違う見え方もある」
「違う見え方?」
「――――何故、戦う必要があるのか、だ」
親父、この頃に俺にそんな事を言っても理解出来ないだろ。
ガキなんだ。子供なんだ。自分の力は戦う、喧嘩する為にあるとしか思っていない。そんな陳腐な考えしか思いつかない、馬鹿なガキなんだ。
けれど、そんな未来の俺の言葉など関係なしに親父は紡ぐ。
「銀二、友達と仲良くするのに力は必要か?」
「…………」
「勉強に力は必要か?」
「…………」
「食事に力は必要か?掃除に力は必要か?読書に力は必要か?物を持ち上げるという行為の他に、只生きる為に力は必要か?」
小さく、必要ない―――俺はそう答えた。
「そうだ、まったく必要が無い。只生きる為に力なんて何の意味も無い。あるだけ邪魔だし、必要性も感じ無い―――だが、それでも必要な時があるとすれば、それはどんな時だとお前は思う?」
自分の腕を見つめ、考える。
どんな時に、この力を使うのか……すぐには答えられなかった。
それどころか、別の事を考えていた。
あの時、俺が無意識の内に発動した強化。それをぶつけようとした光景―――あの光景、あの楽しそうな二人の間に、力は必要だったのか?
簡単に答えは出た。
必要は、無い。
必要だったのは勇気と優しさ。
自分勝手な傲慢は必要ない。
「お前、最近清四郎と会ってないそうだな……」
「誰に聞いたんだよ」
「お前の傍にいる者からだよ」
「…………」
俺の首から下がっている電助を見る。電助は何も答えず、微かに光る。謝っているのか、それとも問題があるかと開きなっているのかもしれない。
けど、俺は責める気は起きなかった。
「自分の力の大きさ、それを使う事の意味――――今のお前には分からんかもしれんが、お前があの時に感じたソレは、正しくお前の本当だ。そして、それを振るう事の未来をそうして、お前はソレが恐い事だと理解した……そうだな」
親父は何時の前に俺の前に立ち、俺を見ている。
その時、俺は怒られるんじゃないかと恐くなった。
親父は普段から、己の力を無暗に使ってはならないと俺に口が酸っぱくなるほど言ってきた。なのに、俺はあの時にその約束を破ろうとしてしまった。
だから、怒られる。
怒った親父は恐い。
だから、恐い。
震える俺に親父は、禿げた頭を叩きながら、
「自分の事が、恐いと思ったか?」
「…………」
頷く。
「もしも、その恐怖を感じずに手を振り挙げた時の事を、想像したか?」
「…………」
何度も、頷く。
「―――――なら、それでいい」
「え?」
思わず呆ける。
顔を上げると、親父は何故か満面の笑みを浮かべていた。
「恐いと感じた。そして、それを我慢した。恐怖を感じ、それを否とした――――それこそ、力を持つ者にとって大切な部分の一つだ。お前はそれに気づき、己を恥だ……」
親父のゴツイ手が俺の頭を乱暴に撫でる。
「流石は俺の息子だ」
そう言った時、そう言われた瞬間、顔が真っ赤に染まり、目頭が熱くなる。
「武本流は喧嘩する為の武術だ。だが、喧嘩するにも条件がある。その条件も超えずに無意味に力を行使する事では意味が無い。それでは、ただの殺人術でしかない。武本流は殺人術でも活人術でもないが、両方の意味も持っている……だから、間違う事も何度もある」
親父の声は、今までに聞いた事のない程に優しかった。
「だが、間違う事で止まっては駄目だ。間違ったのなら、それをバネにして次に進まなければいけない。お前が俺の息子なら、その程度の事は簡単に出来るはずだ――――だから、銀二」
親父は、笑いながら言った。



「正しい怒りで喧嘩をするな、間違った怒りで喧嘩をするな――――お前が後悔しないと決めた時だけ、喧嘩をしろ!!」



多分、たったそれだけの事だけで俺は気づいたのだろう。
世界は俺を中心には回ってない。
でも、それでも自分を蔑にして良いわけではない。
世界の中心には――――誰しもがいるのだ。
俺だけではない。親父も、電助も、清四郎も、あの少女も、皆が俺と同じ場所で、世界の中心に立っているのだ。
もっとも、その時の俺には此処までの事を考えていたわけではないのだろうが、そのきっかけにはなっていたのだろう。
武本銀二がその力を振るう理由が―――その一つ目の理由が、ようやく生まれた。





少女が泣いている。
少年が泣いている。
少女は膝小僧を擦り剥いているが、その痛みで泣いているのではない。
少年は顔を紫色に腫らしているが、その痛みで泣いているのではない。
少女は少年が傷ついた事に泣いている。
少年は少女を泣かせた事に泣いている。
二人の傍には崩れた砂の城。二人で頑張って作ったのでのあろう、大きな城があった。だが、それは今や籠絡され、見るも無残な砂に変わっている。
「…………」
俺は、その光景を見詰めながら小さく息を洩らす。溜息ではなく、自分の肺に溜まった灼熱の熱気を追い出す為の息吹。
見ていたわけではない。
学校の帰りに何となくその道を選び、歩いていた。その途中、身体の大きな子供とその連れであろう少年、四人組が楽しそうに笑っていた。いや、嗤っていた。楽しそうに、面白おかしく、嬉しそうに―――語っていた。
馬鹿な奴―――と、
壊してやった―――と、
情けない奴――――と、
俺は何も思わなかった。見ず知らずの奴の事など俺にはどうでもよかった。なのに、その声だけははっきりと今でも頭の中で響いている。
そして、この光景だ。
何となく、理解した。
何となく、理解していた。
「…………」

少女が泣いていた。
泣いている姿を見て、気づいた。
あぁ、俺はあの子が好きなんだ。

少年が泣いていた。
泣いている姿を見て、気づいた。
あぁ、やっぱり俺はアイツの友達なんだ。

拳を握った。
踵を返した。
頭の中でオヤジの言葉が響く。
『御子息、主の言葉を忘れたか?』
「覚えてるよ、電助」
『ならば、迂闊な行動が招く結果など――――』
「知ってる」
あぁ、知っているとも。
でも、これだけは譲れない。
これを譲り、妥協したら―――きっと俺は駄目になる。
「電助……清四郎はきっとあの子を守ったんだよ。あの時も、今も、ずっとな」
『それは確かな事実ではない。御子息の勝手な想像だ』
「いや、これは確信だよ……俺の知っている清四郎は強い奴なんだよ。普段は大人しくて、臆病で、俺の後ろにばっかり隠れてる奴だけど――――弱くはない」
だから、きっとアイツは怒った。
俺はそう思う。そう思わない理由が、理屈が、一つたりとも見当たらない。俺の知っている鎌倉清四郎は、黙ってあの子を泣かせているだけのヘタレなんかじゃない。
今も、そしてこれからもだ。
「俺は、アイツのダチなんだよ。ダチの友達を泣かせた奴、ダチを泣かせた奴……それは、俺が喧嘩しても後悔しない奴だって相場が決まってる」
黒い想いは無い。あるのは真っ赤な怒り。静かな怒り。静かな怒りは頭の全てを正常に動かす。そして、その怒りが招く結果も想像できる。
これは、正しい怒りじゃない。
これは、間違った怒りじゃない。

これは、俺が後悔しないと決めた怒りだ。

「ダチを泣かせた奴に怒れない俺なら、いらない」
『…………』
「電助、後で親父に言うなら幾らでも言え。親父の拳骨やら説教やら、受けれる範囲でなら何でも受けてやる……けどな、止める事だけはするな」
アイツ等の姿を捕える。
此処からは魔法も気功も必要ない。
必要なのは意志だけ。
コレから俺は、喧嘩する。
「―――――おい、お前等!!」
アイツ等が俺を見る。
俺はアイツ等を睨む。
睨みながら、走り出す。
拳を振り上げ、声が枯れる程に叫びながら、



「ちょっと、その面――――貸せやぁぁぁぁあああああああああああああああ!!」



初めて人を殴った拳は、しばらく痛みが消えなかった。












そこは、人間の欲望が渦巻く混沌とした世界。
誰よりも自身の欲望に忠実に、誰よりも自身の幸福を優先し、其処には他など存在しない。存在するのは己のみ。
嗤う、嗤う、誰しもが嗤い、ケタケタと気味の悪い笑みを浮かべる。
それは個ではなく集団。その集団を見た通行人はすぐに集団から眼を逸らす。あの集団に関わってはいけない。関わったらきっと不幸に見舞われる。そんな通行人の反応、考えは間違いではない。むしろ、それを理解できずに近づく者こそが愚か者。
此処は何も知らぬ者が足を踏み入れてはいけない、そんな魔窟。
「―――――あの、銀」
「なんだ、ギンガ」
「なんで、私はこんな所にいるの?」
そんな魔窟、正確に言えばミッドにもある秋葉原に似た電気街のとある店の前。集団の中に一人だけ異彩を放つ女、ギンガ・ナカジマが未だに事態を把握していないのか、それとも寝ぼけているか、俺に尋ねる。
ちなみに、ギンガは俺よりも年下なのだが、職場的には先輩という事で俺の事を銀と呼ぶ。そのせいで、周りの連中も銀、銀と呼ぶのだが―――はて、俺は舐められているのだろうか?
しかし、流石に年上という事もあるのだろうか、時々敬語になったりとごっちゃになっているのが、些か納得出来ない。敬語使うなら、最初から最後まで敬語を使え。
「ってかさ、ギンガ……」
俺はギンガの姿をじっと見つめる。
「な、なんですか……」
「いやね―――――猫さんパジャマは、ちょっと……」
「―――――ッ!!」
バッと顔を真っ赤にしながら自分の身体を隠すギンガ。うぅん、なんつうかその如何にもファンシーな猫さんパジャマを着ている姿と、普段の姿を比べると違和感が湧く。いや、別に嫌という訳ではない。可愛らしいとも想う。むしろ、可愛いとも想える。かっこいいという反応も多々あるが、俺的にはこっちの方が良いね。
「こ、こここここ、これは……」
「…………スバルのか?」
「そう!!そうなんですよ!」
「スバルのパジャマを借りていたと……」
「その通りです!!」
「――――――――――ちなみに、スバルは寝る時に寝巻きは着ない。この間、寝てる時に確かめた」
「何時ですか!?人の妹に何をしてるんですか!?」
「大丈夫だ。その時にティアナの野郎にボッコボコにされたから……危うく、男のシンボルを斬り落とされる所だった……」
あの時は本気でやばかったなぁ。確かに、ティアナとなのはの間で色々あった時期らしく、タイミングが見事にやばかったね……というか、清四郎。お前も俺にそういう事はしっかりと教えてほしい―――じゃないと、六課に忍び込むのも大変だっての。
「まぁ、それはさて置き――というか、さてで置いておきたくないのですが……なんで私がこんな所にいるの?」
「見た通りだ」
「見ても分かりません」
見渡す限り、男、男、男―――欲望に眼をぎらつかせた男達の行列。
「――――これがR指定ゲームなら、お前はこれから(ディバインバスター)だな」
俺がそう言った瞬間、周りの男達が一斉にこちらを見る。血走った目で、俺も若干引く位の物凄い目で。そんな目で見られたら当然、ギンガは小さく悲鳴を上げる。
だが、大丈夫。
此処にいる者達は皆が紳士だ。
俺が肩をすくめながら彼等に目配せすると、彼等も何かを察したように「フッ」とニヒルな笑みを浮かべて視線を逸らす。
「…………な、んなんです、か?」
すっかり脅えたギンガは震えながら俺を見る。
「今、身体の隅々を徹底的に蹂躙された気がしたんですけど!?」
「気のせいだな」
「嘘です!!絶対に嘘です!!もう嫌ぁ……帰るぅぅぅ、もう帰るぅぅぅうううううううううう!!」
「駄々を捏ねるな……」
「駄々も捏ねます!!大体、私は宿舎で寝てたはずなのに、なんで眼が覚めたら此処にいるんですか!?」
「ん、簡単だ。宿舎の壁をよじ登ってお前の部屋の窓を割って、寝ているお前をロープで縛って脱出。その際に隊の連中の何人かに見られたが、何故か暖かい目で送り出されて―――こうして此処にいる」
「犯罪じゃない!?」
「犯罪じゃない。だって俺って管理局員。管理局員は法の番人だ。なら、法の番人なら何をやってもOKって事じゃね?」
「いいわけないでしょ!!何を馬鹿な事を言ってるんですか!?」
まったく、五月蠅い小娘だな。
「とりあえず、落ち着け。周りの皆様に迷惑だ」
「アナタの存在は私に大迷惑だと知りなさい……で、此処は一体何処なんですか?バーゲンの時の行列みたいですけど」
だが、周りは男のみ。女はギンガ一人、おまけに何故かパジャマ、
「こ~の、欲しがり屋さんめ」
「意味の分からない事を言ってないで、どうして私が此処にいるのかを教えなさい。事と次第によってはタダじゃ済みませんよ?」
怒ってるなぁ……
寝起きを強制的に起こされて気分が悪いのか、眼を細めながら寝ぐせのついた髪を何度も何度も手で整えている。
「もぅ、なんでいっつも急なのよ……」
「なんか言ったか?」
「何でもないですぅ」
すっかり拗ねてしまった。
やれやれと首を振りながら、俺は背負ったリュックの中からコートと簡易椅子を取り出す。
「ほれ、とりあえずコレ着て座れ」
時間は深夜。気温も中々に低い為か、周りの者達は厚着が多い。その中の一番軽装なギンガ。おまけに裸足だ。
ギンガがしばしコートと俺を見つめ、しぶしぶながら、という様にコートを受け取り、簡易椅子に腰かける。
「…………お礼は言いませんからね」
「わかってるって。それから靴も一応持ってきておいた」
靴下とスニーカーをギンガに差し出す。部屋から寝ている時に誘拐してきたせいで、ギンガは素足だ。
ちなみに、スニーカーは俺が先程購入しておいた新品。
だが、何故かギンガは不審者を見る様な眼で俺を見る。
「どうして私の靴のサイズとか知ってるんですか?」
「そんなストーカーを見る様な眼で見るな。俺だってお前の靴のサイズとか知りたくもないんだが―――――まぁ、そういう情報も金になる」
「売ったんですね!?売りやがりましたね、私の個人情報!?」
「世の中、物好きもいるんだって事だな」
「アナタはどれだけ犯罪に手を染めれば気が済むんですか!!っていうか、前々から想ってましたけど、銀は私に何か怨みでもあるんですか!?」
怨みでもあるんですか、だぁ?
この野郎、まさか自覚が無いとか言うんじゃねぇだろうな―――だったら、教えてやる。
ギンガを指さし、



「お前が俺の合コンを何度も何度も潰したからだろうが!!」



バシィィィィン、という効果音が付きそうな程の音量で言った。
「お前こそ俺に何の怨みがあるんだよ!?毎回毎回、俺が企画した合コンを企画段階でぶち壊すし、仮に開かれても勝手に参加して、俺が目を付けた女と別の男をくっつけてくれやがって――――知ってるか?お前、隊の中では『お見合い仕掛け人』とか言われてるんだぞ」
ちなみに、俺は隊の中では『フラグを立てようとする場所が毎回コンクリートな男』と呼ばれている―――おい、どういう意味だこの野郎。
「お前は俺の恋路を邪魔するのが楽しみなのか?そんな暇があるならお前もさっさと恋人作れよ……」
「大きなお世話です。それと、アナタのあの如何わしい寄り合いに参加したのは、アナタが眼をつけた娘がアナタの毒牙に掛るよりは、他の人を紹介して、そっちとくっついた方がマシだと思ったからです」
「それこそ大きなお世話だろうが。ったくよ、お前だって普通にしてれば結構美人で良い女なんだぞ?それをそんな俺の邪魔と仕事ばっかりに人生の一番良い時期を――――もったいないと思わないのかよ」
「…………」
何故か、急に黙り込むギンガ。
「どうした?」
「…………あ、うぅ」
ギンガの顔を覗きこむと、顔が真っ赤になっている。茹でダコみたいだ。清四郎と一緒にいる時になのはやフェイトみたいだ――――あ、思い出したら胃が痛くなってきた。
「あ、あの……私、良い女、ですか?」
「黙っていればっていう条件が付けばな……後、俺に付き纏わなければっていう条件も込みだな。そうすれば、すぐに嫁の貰い手も見つかって、親父さんも安心できるだろうよ」
ほんと、何で俺なんかに構うかねぇ、この女はよ。
俺なんかに構わなければ、恋人もすぐに出来そうだし、仕事だって順調に上を狙えるだろう。
俺がどうなろうと別にいいが、俺のせいでコイツが出生街道から外れたとか言われるのは心外だ。大体、出世出来ないのは俺せいではなく、コイツの怠慢が原因だ―――まさか、出生できない理由が俺だというイメージを植え付けようとするギンガの策略なのでは?
「ぎ、銀を一人で放置する方が問題です。今日だって私をこんな誘拐まがいな方法で連れだして……」
「いや、誘拐した」
「はっきり言うな!!」
本当に五月蠅い奴だな。俺だって別にお前なんか連れて来たくなんかなかったよ。でもな、そうしないとこの行列に並ぶ意味が無いのだ。他の連中は用事があるとかでさっさと帰りやがるしよ……クソ、手に入れてもアイツ等には絶対に見せてやらん。
だが、よくよく考えると、幾ら人手が足りないからといってギンガを連れてきて正解だったのだろうか。とちらかと言えば、ザフィーラとかユーノ、最悪クロノ辺りを連れて来た方が無難だ―――だって、手に入れる物が物だしなぁ……
そう考え、俺は改めてギンガを見る。
―――――――うむ、間違いなく失敗だった気がする。どうして俺はコイツをチョイスしてしまったのだろうか。
「ッは、しまった!ヴァイスという選択肢もあった……」
あのシスコンなら何とか言い包めば、何とかなったのに―――クソ、完全に失敗した。だが、今更そんな事で後悔している暇は無い。
こうなったら、ギンガで行くしかない。
ソレが例え、ギンガの社会的信用が底辺に堕ちて、ナカジマ家会議で晒し首にされたとしても、これにはそれ相応の価値があるのだ!!
え?酷い目にあるのはギンガだけだって?
馬鹿を言うな。その前に俺がまず最初にギンガの手で地獄に行く。これは確定、絶対、激熱だ!!
「…………短い生涯だったよ、アマネちゃん」
「む!?誰ですか、そのアマネちゃんって?」
「俺の天使」
「…………むぅ」
何故か不機嫌な顔で俺を睨むギンガ。
そんなコイツとの関係はそろそろ一年になる。


去年に起こったJS事件、その頃に機動六課、そして俺の管理局入り。
色々な偶然が重なった時期だった気がする。そもそも、俺が管理局に入ったのだって高校を卒業したはいいけど、就職先が見つからなかった。学力はそれほど良わけではないので大学にも行けないし、専門学校に通う気もない。
高校を卒業したら最悪、実家の寺でも継ごうかと考えていたのが、それは親父に反対された。
「お前なんぞに、この寺を任せられるか!!」
との一言。
つまり、こうして俺はフリーター兼ニートになった。
毎日をだらだらと過ごし、気の抜けた仕事ばかりしていた気がする。
そんな時、リンディさんから管理局に入らないかと言う話が来た。無論、俺はそれに飛びついた。清四郎から管理局の給料明細を何度か見せてもらった事もあるし、女性局員の美人率ときたらそれはもう――――即座に飛びつかない理由は無い。
金は結構貰える、おまけに美人が多い、そんなパラダイスを求めて俺は新しい世界へと旅立った―――――旅立った、はずだった。
「―――――思い出してきたら、なんだかムカついてきたな」
素敵な生活なんてあるわけもなく、俺に待っていたのは死ぬ程厳しい訓練生時代、卒業後の下っ端生活。そして何より、どういう訳か配属された陸上警備隊第108部隊という名の監獄―――そこで俺を待っていたのは俺よりも年下のギンガとの出会いだった。
最低だった、最悪だった、こんな暴力的な奴(しかも俺よりも強い)が俺の上司になった際には泣きそうになった。だって、コイツの前じゃ居眠りも摘み食いも立ち読みも何も出来はしないのだ。
地獄だった。
ゲームの発売日に買いに行くのも禁止、AVを借りるのも買うのも禁止、エロ本の立ち読みも禁止――――おい、性欲真っ盛りな俺に向かって、コイツはなんて最悪な事を言いやがるんだと、叫んだ。
しかし、悲しいかな……世の中は力の強い者が正しいらしい。
俺、コイツの一回も勝てないんだよな……まぁ、今日みたいなお誘い(誘拐)でなら簡単に捕獲は出来る。だって、コイツって寝ている時には結構隙が多いんだよな―――というか、寝ている時だけは可愛らしいとも言える。
「ところで、銀」
簡易椅子に座り、缶コーヒーを啜りながらギンガが尋ねた。
「これって何の行列なんですか?」
「見て分かんのねぇのか?DVDの初回限定版の行列だよ」
「初回限定版……そういえば、今日って話題の映画のDVDの発売日でしたね。私、仕事が忙しくて観に行けなかったのよね」
話題の映画?
はて、コイツは何を言っているのだろうか?――――あぁ、思い出した。確か、ギンガと同世代の女達に異常に流行った映画があったな。俺も一回見た。無論、合コンの際の話のネタになる為だ。
正直、眠り、だるい、辛い―――なんだ、あの甘ったるい空間は!?
砂糖を一袋丸ごと喰わされても、あそこまで苦しくはならんぞ。
だが、そういう映画が好きになるのも女というモノなのだろう。映画館は見事に女性とカップルのみ。唯一の男は俺とザフィーラとユーノ。ザフィーラは開始五分で眠りにつき、ユーノは最後まで耐えようと頑張ったが中盤で撃墜。なんとか生き残った俺が生ける屍状態。
あれは、軽くトラウマになるぞ。
「まぁ、そういうのなら特別に並ぶのにも我慢しましょう。その代わり、私にも見せてくださいね?」
「あ、あぁ……別にいいけど」
「でも……見るなら一緒に見た方がいいよね」
「え、見るの?」
「…………銀が、いいなら、だけど」
「べ、べべべ、別に、いいけど、よ……」
「そっか……それじゃ、一緒に見ましょうね」
楽しみにだなぁ、と微笑むギンガ。そして、そんなギンガの姿を見て俺は冷や汗がダラダラと流れている。
コイツ、絶対に何かを勘違いしている。
ヤバイ、言えない。
こんな状況で言えない。



まさか、アダルトDVDを買う為の行列だなんて―――死んでも言えない



その、この行列はその為だけに集まった紳士達の戦場なのだ。
今回の目的は俺の天使、アマネちゃんの新作DVD初回限定版の購入だった。使用用と保存用、出来れば布教用も買いたかったが二人では無理。
いや、それ以前に開店と同時に俺の命が消える可能性がある。JS事件でなんとか生還したが、まさかこんな場所で死の瞬間を迎える事になろうとは……いや、待て。まだ諦めるには速い。最悪、保存用を諦め、使用用だけをゲットし、そこからギンガからの逃走を始めれば生還の可能性も在り得る!!
「えへへ、楽しみだな~」
それは、後に待つであろう俺の死亡フラグへと複線なのだろうか。その笑顔が物凄く恐い。
故に、今だけは神に祈る。
仏様、助けてくれ
『無理じゃ』
そうだよね、世界が違うよね。
なら、この世界の宗教に助けを求める。
聖王様、助けてくれ
『私に言われても~』
そうだな、あんな俺をオジサン呼ばわりするクソガキに何を祈ってるんだ、俺は?

刻一刻と迫る開店時間
刻一刻と迫るギンガ様の殺戮ワンマンショー
刻一刻と迫る武本銀二の死
焦る俺の脳裏に、親父の言葉が蘇る。


「武本流は喧嘩する為の武術だ。だが、喧嘩するにも条件がある。その条件も超えずに無意味に力を行使する事では意味が無い。それでは、ただの殺人術でしかない。武本流は殺人術でも活人術でもないが、両方の意味も持っている……だから、間違う事も何度もある」


「だが、間違う事で止まっては駄目だ。間違ったのなら、それをバネにして次に進まなければいけない。お前が俺の息子なら、その程度の事は簡単に出来るはずだ――――だから、銀二」


「正しい怒りで喧嘩をするな、間違った怒りで喧嘩をするな――――お前が後悔しないと決めた時だけ、喧嘩をしろ!!」


そうだな、そうだったよな……親父。
俺は覚悟を決める。
今は、正しい怒りでする喧嘩ではない。
今は、間違った怒りでする喧嘩ではない。


俺が、後悔しない為の喧嘩だ!!


俺は、アマネちゃんの悩殺ボディを見るまで死ねない。
そして、これからする喧嘩が間違いであるはずがない!!
俺は、愛する者(AV)の為、守るべき者(AV)の為、此処で雌雄を決する覚悟を決める。
もうすぐ、開店の時間が来る。
「相棒、行くぞ」
『――――汝、激しく何かを間違えている気がするのは、某だけか?』
「大丈夫だ。俺は何も間違っちゃいない。いや、間違いなんて思う事が間違いだ。この世界に間違いなんかない。正解もない。あるのは自分の信念に忠実に、それに後悔しないという心だけで十二分!!」
『いや、そういう意味ではなくてな……』
「銀、何を一人でブツブツ言ってるの?」
そして、其処は―――戦場に変わる。



「武本流喧嘩殺法、武本銀二――――死して参らん!!」



『某の話を聞けぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええ!!』
「ちょ、銀!?そこまで気を張らなくても買えるわよ(アレ、もしかして私の為に張り切っちゃってるのかな…………っきゃ♡)」




後日、ギンガ・ナカジマに引き摺られる、バインドで拘束された上にボロ雑巾の様な武本銀二の姿があったとか……







第二話「親友の同僚は報われない法則」









あとがき
ども、ヤバイくらいに金が無い散雨です。
なんだか、予想以上の感想の数にビビっています。なんですか、この数は……
というわけで、続きました。
銀二の少年時代、その壱
銀二の管理局時代、その弐
でした。
さて、そんな感じで次回は「親友と聖祥三人娘の法則」です。

PS、速いけど版移動しようかな?



[19403] 第三話 「親友が帰省したら昔話をする法則」
Name: 散雨◆ba287995 ID:7e26fd8f
Date: 2010/06/13 19:59
それは、JS事件終結から一カ月程度が経過した頃だろうか。
世間は未だにあの事件の傷痕に脚を引き摺られているが、それでも人々は何とか今を生きようと必死になっている。失った者を取り戻す事は出来なくとも、失いそうになった者を手放さないという意味を理解した事は、決して無意味ではないだろう。
そう、街は元に戻る。
もう少しで、街は元に戻ってくれるのだろう。
だが俺は今、そんな戻りゆく街にはいない。
俺はとある理由でミッドを離れ、生まれ育った海鳴の街に戻ってきていた―――というか、正確に言うなら逃げてきた、が正しい。
「―――あ~、マジで首になるかも……」
人間、その場のテンションと勢いでやってはいけないというのを、俺が実行してしまうとは情けない。これでも冷静沈着な潜水艦みたいな俺、熱くはならない。男はクールに行くべきだ。
クール最高、クールこそ男の道だ。
まぁ、そういう意味のクールよりも、このクソ暑い季節に戻ってきた息子に扇風機の前を譲らないクソ親父の身体を死ぬ一歩手前までクールに冷やしてやりたいとも思う。
「クーラー買えよ、クーラーをよ」
「そんな金はない。お前が家にちっとも仕送りないから、我が家は何時まで経っても扇風機なんだぞ?世の中は最新家電だの、地上デジタルなどと言うが、その大半は未だに前時代的な家電を使用しているという現状……扇風機、これはいわばVHSだ」
「なら、クーラーはDVDか?」
「いんや、我が家的には未来過ぎて後二世紀は来ない技術だ。俺には荷が重い」
どんだけ昔の奴だよ。白黒テレビすら無ぇじゃねぇかよ。
「おい、一応はミッドに滞在してた期間があるんだろ、お前。向こうの技術はこっちの倍は進んでるんだし……そういう意味で、親父だって未来の技術を知ってるって意味にはならないのか?」
「あんな都会に住めるか、馬鹿者。寮暮らしのお前と違うんだよ。俺はミッド初のホームレス魔導師だぞ?」
「知るか」
「大体、あの辺りの敷地の高額な値段をお前は知っているのか?ミッドでマンションを買うのは、地球で言うなら東北地方に一軒家を建てるようなモノだぞ」
いや、それは結構安いのでは?それと、東北馬鹿にするな。
「……つまるところ、親父の金無しはその頃からずっとって事かよ」
「金が無くては生きてはいけない。だが、金があっても手に入らないモノは山ほどある……そう、銭湯の番台に座る権利とか」
なるほど、あれは金があっても座れない、まさに神の座―――アンビリーバブル!!
「でもよ、親父。銭湯をまるごと買い取れば、それで出来るんじゃね?」
「金の無い者が金があるという前提で夢を語ってどうするよ?金があっても手に入らないモノというのは、同時に金が無いから手に入らないモノという意味でもあるのだ―――貧乏人が夢を叶える事は簡単だ。だが、貧乏人が大金持ちになるのは無理だ」
「その心は?」
「俺が貧乏なのに、他の貧乏人が金持ちになるなんて許さん」
結局は、お前の我儘じゃねぇか。
俺達はそんな夢の無い事を語りながら、扇風機の前に暑苦しく陣取っていた。



海鳴は、夏真っ盛り。
戻ってくるまで忘れていたが、向うとこっちで若干の季節のずれがあるらしい。もっとも、ミッドと地球では季節の変わり目も違いがあるし、日本の様に四季がそれぞれあるわけでもないので、その程度の違いは当たり前だろう。
ついでにいえば、向こうでいう月日も若干違う。向こうでは十月でもこっちはまだ八月。そもそも、世界によって月日の数え方に違いがあるので、これも当たり前といえば当たり前だ。
故に、俺の周りでミンミン喧しく鳴いている蝉の声も夏を露わしている。外を歩けば向こう側が蜃気楼の様に歪み、コンクリートを踏んでいるサンダルの裏側だって熱い。卵を落とせば目玉焼きだって出来そうだな。
「…………今日も、熱いな」
墓石に水をかけ、これでアンタも少しは涼しいと想えるのかは疑問だけど、これがこっちの主流だ、我慢してほしい。
線香に火を灯し、備える物は台所から適当に持ってきた奴―――そういえば、アンタの好物ってなんだったんだろう、今度親父にでも聞いてみるか。
錬明時にある墓地は静かだ。
蝉の声もこの場所だけは遠慮するように静寂を保ち、夏の暑さを纏った風だけが吹く。
手を合わせて合掌、死者の冥福を祈る。
「でも、きっとアンタは此処にはいないだろうよ……そうだろ、お袋?」
名も無い墓。
親父がどんな想いを持っていたかは知らないが、この墓には名前が刻まれていない。墓石は黒い表面に一切の文字も刻まれず、まるで窓の存在しない黒いビルの様にも見える。
「あぁ、そうだよね。アンタからすれば、俺なんてお袋って言われる筋合いもないだろうけどよ……でも、こう呼んでる俺だって相当がんばってるんだぞ?その程度は許してくれてもいいだろう」
だが、俺は思う。
お袋は絶対にこの墓には戻ってこない。季節が盆になろうともお袋は俺や親父、そしてアイツの過ごしたこの世界には絶対に来ない。
この世界の宗教で考えれば、きっとお袋は地獄に向かう。向こうの宗教ではどうか知らないが、お袋はそれなりに『悪人』だったのだろう。
けど、それでも死者の冥福ぐらいは祈らせてほしい。
神様がいるのなら、俺はお袋の行き先が地獄ではなく、お袋の本当の娘であるあの子のいる場所へと向かって欲しいと、勝手に願う。
「――――俺は、元気だ。お袋からすればムカつくだろうけど、元気だよ。アイツも元気に生きてるし、色々と頑張ってる。大丈夫だよ、お袋みたいな馬鹿な事は絶対に考えない。アイツの周りには、なのはも清四郎もいる。アイツは絶対にお袋みたいに間違わない……ムカつくか?あぁ、そうだな。お袋にはどうでもいい事だもんな」
俺にはお袋の記憶は無い。
そもそも、俺の本当のお袋である訳も無い。
けど、それでも俺とこの墓に眠るであろう人は、俺にとっての家族になる『はずだった』人だ。
「それじゃ、もう行くよ……あの世で、義姉ちゃんによろしくな」
死者は何も語らない。
生者は勝手に語る。
そして、この名も無き墓石は誰にも知られずに、こうして此処に存在している。
知っているのは、俺と親父だけ。
俺がこの人をお袋と呼んでいるのを知っているのも、俺と親父だけ。
十年前から、その法則だけは―――絶対に変わらない。




「ただいま」
「おう……アイツ、なんか言ってたか?」
「馬鹿言うな。死んだ奴が何かを言うかよ」
「そうか……てっきり、アイツの事だからお盆の風習を間違えて帰ってきてると思ってたんだが―――そうだな、帰ってくるわけないわな」
当たり前の事を、親父は少し残念そうに言う。
そんだけ未練があるなら――――いや、この話は止めよう。
親父とお袋の過去なんぞ、今はどうでもいい。
蒸し返しても、何にも出来はしないのだから。
「銀二。どうせ帰って来たんなら、少し街の方を見てきたらどうだ?ちょうどこれから仕事があってな、お前が居ても邪魔なんだ」
「あん?団体客でも入ってるってのかよ。だったら、人では必要だろう」
「その辺の心配なんぞ、お前はしなくていいんだよ。それに、葬式に団体客っていう表現を使うな、この罰当りが」
変な時だけ坊さんぶる親父に呆れながら、俺は部屋か財布と煙草を持って寺を後にする。長い階段を降りながら、そこから見える海鳴の街を見つめる。
海と陸、海と街、俺の生まれ育った街をこうして見るのは一年ぶりなのだが、どうしても懐かしいと思う事を止める事は出来ない。
たった一年離れただけで、この街を懐かしいと想えるなんて―――少しだけ、寂しい。
「柄じゃないっての……」
感慨にふける自分に苦笑しながら、俺は歩き出す。
街並みはそうそう変わらない。一年も離れていれば何かが変わるのかと思ったが、そんな事は無い。精々、ガキの頃からあった駄菓子屋が潰れて、そこがコンビニになってた事に気付いた程度だ。そっか、あの安い菓子の味はもう味わえないのか。
それもまた、感慨であり、感傷だ。
懐かしい、寂しい、変わらない、そんな感情を何度も何度も繰り返しながら、俺は街を一人で歩き回る。
住宅街を過ぎれば繁華街。
繁華街は流石に店舗の入れ替えも激しい。去年まであった店が別に店に変わっていたり。あれだけ繁盛していた店が閉店セールをしている。
「――――まぁ、そんなもんだよな」
ベンチに腰掛け、煙草を吸う。
聞けば、煙草がまた値上がりしたらしい。ミッド産の煙草よりもこっちの煙草の方が好きな俺としては、なんだか腹が立つ事柄だ……けど、こっちの世界を半分捨てたような俺がこの世界の情勢をどうこう言うのも間違っている気がするのは、きっと正しい事だ。
世界の動きは知らない。でも、きっと何処かで争いはある。一か月前まで人の生き死にのど真ん中にいたからこそ、アレが日常茶飯事になっている場所の異常さに笑える。
俺達の手は一定の距離、距離とすれ言えない長さしかないのに、どうして他の世界の争いにまで手を出さなければいけないのだろうか。
管理する、なんて大層な事を言いながらも、自分の世界一つ管理できない者達の集まりがある。その中に含まれる俺もまた、なんとも滑稽な奴だ。
金がいい。
美人が多い。
それだけ。たったそれだけで入った場所は、それだけ矛盾した意志の集合場所。
俺には、合わないのだろう。
だから『あんな事』をした時にも、俺は特に焦りもしない。
カッとしてやった。
でも、後悔はしていない。
後悔する怒りではない。
間違いも、正しさも、その両方にも当てはまらないだけの行為をして、俺は此処にいる。
「そういえば、電助の奴は大丈夫なんだろうなぁ?」
俺の相棒は此処にはいない。俺がミッドを離れる前日にティアナに預けている。あの時のアイツの顔ときたら―――ヤベ、軽く背筋が震える。
「怒ってたな……ってか、そろそろ本気でアイツに愛想を尽かされるかも」
それは少し困る。
アイツが居ると居ないでは、結構な違いがありすぎるのだ。
だから俺はアイツには気を使っている。何分、アイツには大きな借りもあるし、その借りは現在でも少しずつ―――いや、かなり大量に蓄積されている。電助を預けたのも、その借りの一つに蓄積される。
「しょうがねぇ、今度会った時に清四郎のガキの頃の写真でも渡してやるか」
清四郎ハーレムの中で、アイツだけはどうも奥手だ。それが俺としては心配なわけなんだよなぁ……はやての狸みたに姑息な手を使えとか、なのはみたいに直球で攻めろとは言わないけどよ。そのままじゃ、スバルに盗られるかもな。
「待てよ、よくよく考えてみれば……なんで俺はアイツにだけ肩入れしてるんだ?」
そう想えば確かにそうだ。
なのはやフェイト、はやてと色々な奴と清四郎の仲を取り持ってきたが、どうしてかティアナにだけは特に力を入れている気がする。
ティアナと清四郎がお似合いだから―――んなわけない。少なくとも、俺は今までアイツと誰かがお似合いだと思った事は一度も無い。無論、それは俺の勝手な焼餅に近い感情だとも知っている。けれども、どうして俺はティアナにだけ肩入れするのだろうか?
借りがあるから?
いいや、それだけじゃない。
それだけじゃ、無いから?
多分、それだと思う。
でも、それが何かが分からない。
どうもしっくりとした考えが出ないまま、首を捻っていると、
「――――何してんの?」
突然、後ろから声をかえけられた。
振り返ると、そこには見知った顔が二つ。
「よぉ、久しぶり」
「えぇ、久しぶりね」
アリサ・バニングスと、
「久しぶりだね、銀二君」
月村すずかの姿があった。





ガキの頃の話をしよう。
武本銀二というガキには友達が少なかった。というより、俺と友達になろうなんて奴自体が少なかったというだけの話。自慢じゃないが、通っていた幼稚園でガキの癖に周りのガキ共を見下していた俺は、相当に嫌な奴だった。どんなに嫌な奴かと言うならば、それは俺の消したい過去として処理したいため、あまり口には出したくない。
だが、そんな俺にも友達はいた。
鎌倉清四郎―――俺より一つ年下の子供。
出会いは意外と単純。
ガキの頃から気が弱かったアイツは友達も少ないし、苛められる事も多い。それはアイツの家庭事情も関係あるのだが、そんな深い事情をガキ共が知るわけが無い。だから、俺と清四郎の通っていた幼稚園で、清四郎は周りのガキ共からすれば絶好の苛めの対象だった。
それを俺が助けた―――というか、単に俺がそのガキ共と喧嘩した際に清四郎が近くにいて、ソイツ等が清四郎を置いて逃げた。そして、俺が清四郎をボッコボコにしようと近づいたら泣かれた。ガキの俺が引く位に泣いた。今でも俺はあの姿を思い出すと笑えるし、その話を清四郎にするとアイツは顔を真っ赤にして話を止めてくれと懇願する。
まぁ、俺も流石にあそこまで泣かれて手を挙げるなんて行為は出来なかったわけだ。
そして、気づいたら俺の近くに常にアイツの姿があった。
最初は、俺の近くに居れば苛められないと考えたのだろうと思った。だから俺は徹底的に清四郎の事を無視した。時には蹴飛ばした。でもアイツは離れなかった。離れるどころか、飯時間も寝る時間も、アイツは常に俺の傍にいようとした。お前はそこまで苛められたくないのかと呆れた―――いや、今の俺がそう想うだけで、別にあの時の俺はそこまで深くは考えなかったけどな。
そして、俺が最初に折れた。
けど、折れて良かったとも思う。
折れなかったら、俺はきっと清四郎の事を誤解したまま、変に捻くれたガキとして成長してしまっただろう。ある意味で恩人なのだろう、アイツは。そして、俺よりもよっぽど強い奴なのだと知った時、今度は俺が泣いてしまった。
情けない、恰好悪い―――そんな感じ。
語る事は色々とあるけど、俺とアイツがダチであるという事だけを知ってもらえれば、俺としては十分だ。
だが、そんなガキの頃の友情なんてモノは結構ゆるい。
俺が小学校に上がった頃は多少の交流もあったのだが、清四郎が私立の学校に通い始めた辺りでその交流も少しずつ減っていく。俺には俺の付き合いもあるし、アイツにはアイツの付き合いもある。
俺が小学三年になる頃には、アイツと顔を合わせない回数が格段に上がった。時々、街中で偶然会って、適当に話してそれで終わり、なんて事はざらだ。
学校が違えば、歳を重ねれば、そんな事は普通だったのだろう。
もっとも、そんな事を考える暇も無いほど、その頃の俺はクラスメイトと、遊ぶ事に没頭していたのもまた、事実。
それは決して、俺の初恋の女の子を清四郎に取られたなんていう、被害妄想からくる行為ではないと、俺は力を込めて言いたい。
何せ、



俺はあの子の事を、完全に忘れていたのだから……



「なぁ、武本」
夕焼け、俺達の影が身長の数倍は伸びている光景を見ながら、ドラム缶の上に腰掛けた斉藤(たぶん)が俺に尋ねた。
「お前さ、好きな子っている?」
「いない」
斉藤(たぶん)は小学校に上がってからずっと一緒のクラスの男子生徒。クラスの中では中心的な奴で、他の女子にも結構のモテる奴。頭は良いし、スポーツ万能、おまけに実家は病院を経営している生まれながらの勝ち組。
俺とは全然違う境遇にいた奴だ。
「何でだよ?お前って女子とか好きだろ、かなり」
「だからだよ。特定の女子が好きなんじゃなくて、俺は女子、もとい女という存在の全てを愛しているのさ」
「なら、隣のクラスの皆川とかも好きなのか?」
「俺は人間が好きだが、マウンテンゴリラを好きになるとは言っていない」
そして、俺を二階から突き落とす奴を女子とは認めない。
「そういうお前はどうなんだよ?」
「い、いる……」
それはちょっと意外な答えだった。
「マジで?」
才川(斉藤ではなく、確か才川だった気がする)は、この頃のガキにすれば少し特殊。この頃のガキは女子と一緒に遊ぶなんて行為を恰好が悪いと考える傾向が多くて、男は男と遊ばないと格好が悪いと考える奴が山ほどいる。そんな中でも才川(本当に才川だっけ?)はそういう馬鹿な思考を持つ奴ではなく、男女平等に遊ぶ。だからこそ人気もあるし、中心的という言葉が似合うガキでもあったわけだ。けれども、だからと言って俺の様に女なら何でも好きってわけでもないし、友達以上になりたいと思うわけでもない。
友達は友達、クラスメイトも友達。それ以上は決して考えない、そんな才川(なんだか、自信が無くなってきた)が好きな子がいるという発言は正直に驚いた。
「へぇ、お前が……誰だよ、同じクラスの奴か?それとも他のクラスか?」
「いや……同じ学校じゃない」
「そうなのか?」
それじゃ、俺の情報網には引っかかってこないな。この頃の俺の情報網は同じ学校の中だけの狭い範囲。これが中学、高校と上がるにつれてその情報網はどんどん広くなっていくのだが、今はこの程度だ。まったく、我ながら未熟だったと思うよ、ほんと。
「この間、サッカーの試合で……相手チームの応援に来てた子なんだけど」
「ふ~ん。名前は?」
「わかんない」
「相手は全員が同じ学校で固めたチームだから。その応援に来てるって事は、その子も同じ学校だと思って……」
この間の試合か……となると、チームは確か翠屋FCとかいう名前だった気がする。俺はサッカーとかあんまり興味無かったし、その日は親父と一緒に富士の樹海で遭難してたから知るわけも無い。
「――――それで、だな。折り言ってお願いがあるんだけど……」
普段見せないモジモジとした川本(こっちが正しい気がした)。その態度でなんとなく言いたい事は分かった。
「その名前も分からない子の事を調べろってんだろ」
「…………お願い、出来るか?」
「他の学校の子を調べるのは初めてだけど……まぁ、やってみるさ」
「あ、ありがとう!!」
満面の笑みを浮かべる川本(もう、これでいいや)は、俺の手を握ってブンブン振りまわす。しかし、そんな川本とは対照的に俺はあまり乗り気ではない。
他人の恋の悩みに、どうして俺が協力せねばいけないのだろう……正直、面倒だった。だが、恋の相手の学校にはそれなりに興味がある。以前、街中で制服姿の生徒を見かけたが、あれは中々にレベルが高い。
つまり、俺に損のある話ではないのだ――――と、この時の俺はそう想っていた。
これがまさか、あんな結末になろうとは想像もしていなかった。損はしないとか、クラスメイトの為とか、そんな事など宇宙の彼方に放り捨てる程の事態が其処にあり、これはその前振りになろうとは、ガキの俺は想像もしていなかったのだ。
故に、これはあの騒動のプロローグのプロローグ。
川本が恋した相手を調べるというミッションは、ゲームでいうなら最初のミッション。その後ろに控えたトンデモ事態を知らずに、俺は静かに闘志を燃やす。



後に、PT事件と呼ばれる馬鹿騒ぎ―――それが起こる一ヶ月前の話だ。







「――――んで、最近はどうなんだ?」
ビール片手に焼き鳥を頬張りながら、俺はアリサとすずかに尋ねる。
「別に何にもないわよ。大学の講義はつまらないし、良い出会いもないし……そうゆうアンタはどうなのよ?」
「俺だって似たようなもんだよ」
「大学生と魔法使い、それに違いが無いわけないでしょうが」
ふむ、それはそうだな。
「プライベートとしては、そんなに変わりは無いわな。合コン開いても、年下の上司が邪魔して巧くいかないし、仕事の方ではマジで死ぬかと思った事が連続して起こるし……クソッ、これなら俺も大学にいっとけばよかった」
「無理でしょ、アンタの頭じゃ」
「ア、アリサちゃん……それは幾らなんでも言い過ぎだよ」
「それじゃ、逆に聞くけど……すずかは、銀二が大学に受かる程の知力があると思う?私は思わないわね。コイツは体力は人一倍あるけど、それ以外は貧乏中の貧乏よ」
「……………………そ、そんな事は無いと思うけど」
すずか、その間が俺を傷つける刃と知るべきだ。
わかっているけど、それでも割り切れないのが人生なのだと俺は言いたい。
就職してから大学にいっとけば良かったとか、もうちょっと真面目に勉強していればよかったとか、そういう考えを持ってこその社会人だ。既に手遅れかもしれないが、ソレに気づかないボンクラよりは数倍マシだよ。
「そういうお前はどうなんだよ、すずか?」
「私は……特に変わりはないかな?」
そう言った瞬間、アリサの眼が獰猛に光る。
「それがそうでもないのよね~」
「アリサちゃん!?」
何故か慌てるすずか。それを見て俺とアリサの視線が合わさり、ニヤリと嗤う。
「ほぅ、どんな事がすずかお嬢様の周囲で起こったのですかな?」
「それがもうびっくりなんですのよ、銀二さん」
まだ二十歳になっていないアリサは煙草を咥え、俺がそれに火をつける。ちなみに、アリサの喫煙は家には内緒らしい。けど、俺は絶対にばれていると思っている。だって、煙草の匂いを消すのは相当に苦労するし、気づけば身体に染みついているのだ。
「すずかさんったら、三カ月前に――――彼氏が出来たのですのよ」
「な、なんですとぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」
「銀二君、声が大きいよ!それと、アリサちゃんも何で言うの!?」
はやて辺りに言ったら、憎悪の言葉を向けられそうだな。だから、そういう話はアイツには絶対に言わない方が良い、これは確定事項だ。
「マジですか!?」
「マジよ、おおマジ。私だってびっくりしてるんだから……しかも、告白したのは向こうじゃなくて、すずかの方からってんだから二重でビックリよ」
へぇ、あのすずかが……人間、時間と共に進歩するのだという良い証拠だ。
「相手は?俺の知ってる奴?」
「一年前に合コンした時にいた人。確か、アンタと大喧嘩した気がするけど……」
一年前……あぁ、思い出した。確か、大学に入った頃の二人をダシにして合コンを開いた時、俺とフェチについて熱く語り合った男がいたな。
「そっか……すずか、お前は良い男を選んだ」
「なんで、そんな遠くを見るような眼をするの?」
そっか、アイツか……あの髪フェチか。
「とりあえず、おめでとうと言うべきか?」
「え、え~と……ありがとう」
そっか、俺の居ない間にすずかにも彼氏が出来たのか。昔は清四郎にぞっこんだった娘が、今は全く別の奴に恋するようになる。時間が経てば本当に人は成長するらしい。ん、だとすると未だに清四郎を追いかけている人生終結一歩手前なワーカーホリック三人娘は、まったく成長していないという意味なのだろうか?
……成長しているのは胸だけだな(はやて以外)
「で、アリサは未だに男無しってか」
「悪い?私はこう見えて男の選別に厳しいよ」
「そう見える以外にコメントが無いっての……」
「逆に聞くけど、アンタはそういう話はないわけ?確か、アンタの上司って女の子でしょ。その子とはどういう感じなのよ」
どういう感じって言われても、本当に何にも無い。
「最初に言った通り、何も無ぇよ。アイツは口煩い上司だってだけで、そういう対象には見れないな……まぁ、黙っていれば良い女だとは思うけど」
「銀二君がそう言って事は……その人、凄く大変そうだね」
「そうね。こんなごく潰しが足下にいるだなんて、上司としては最低な屈辱よ」
お前等、俺を何だと思ってるんだ?
「俺にだって女を選ぶ権利はあると思う」
「無いわね」
「無いと思うよ」
アリサは何時も通りだが、すずかに言われると凄く傷つくんだが。
「でもね、銀二」
ウィスキーの入ったグラスを揺らしながら、アリサは急に真剣な眼をする。
「昔からそうだったけど、アンタは人を選び過ぎだと思うのよ」
「恋人を選ぶのは普通だろ」
「そういう意味じゃないわよ。アンタの場合、恋愛の対象を選び過ぎるのと同時に、対象になった相手がアンタ以外を好きになったら、大概は身を引くじゃない……私の言う選び過ぎっていうのは、人一人に時間をかけなさ過ぎるっていう意味。一人だけに固定しないで弾を撃ち過ぎなのよ」
「…………」
選び過ぎ、ねぇ。
「少しは一人に没頭しなさいよ。それが出来ない所が、アンタの悪い所だって気づいている?」
「アリサちゃん……」
直球でモノを言うアリサと、それを言われた俺を交互に心配そうに見るすずか。
「――――――お前の言う事は、間違ってはいないわな」
「そうね。アンタのそういう所の被害者である私が言うんだから、間違いであるはずが無いわよ」
「え?」
アリサの言う事の意味が分からなかったのか、すずかは首を傾げる。瞬間、俺とアリサは顔を見合って苦笑する。
そうだった、この事は内緒だった。
「…………っま、アンタの事情だし、私には関係ないわね―――それより、この店はアンタのおごりよね」
アリサが誤魔化す様に言う。
「んな訳あるか。割り勘だよ、割り勘」
この話は此処でお終い。悪いがすずかの疑問は此処で終わってもらうとしよう。
そして、俺達はそんな事を忘れるかのように飲み続けた。
むしろ、飲み過ぎた。
すずかの恋の軌跡をツマミに酒を呑む俺達。時々、すずかの甘いストロベリートークにキレたアリサを殴ってオトして、復活したアリサに脳天踵落としで昏倒させられ、酔っぱらったすずかが暴走して、俺とアリサの友情ツープラトンでDDTを喰らわせたりと、大変盛り上がった―――当然、暴れ過ぎて店は出入り禁止になったけどね。




もう一度、ガキの頃の話をしよう。
川島(あれ、名前が違った気がする)からの依頼から数日後。俺は学校を無断欠席してとある場所に立っている。
「さて、此処がかの有名な私立学校―――私立聖祥大学付属小学校か……侵入に随分と時間がかかっちまったぜ」
汗だくになった額を拭きながら、俺は聖祥の屋上にいる。屋上に入るまでに色々な関門があったが、そこは普段から無駄に鍛えられている俺からすれば楽勝だ。
流石に一階から屋上までパイプを昇っていく事になるとは思って無かったけどな。
あぁ、海から届く風が気持ちいいぜ……なんて事はさて置き、俺はリュックの中から聖祥の制服を取り出して着がえる。なにぶん、此処は公立ではなく私立の為、私服ではなく制服なのだ。ちなみに、この制服はとある筋から手に入れたレプリカだ。知り合いにコスプレイヤーが居てくれて大助かりだ。
「でも、何で女物?」
コレしかなかったんだって、んなわけあるか!!
男子用の制服を頼んだのに、何で女子用なんだよ!?
しかも、しっかりと鬘まで用意する手套さ……いや、別にいいけどさ。
女子の制服を着込み、鬘をかぶって自分の姿を確認する。
うぅぅん、女に見えない事はないけど――――無理がありそうな気がする。
『御子息、主が見たら泣くぞ』
「五月蠅い。その前に俺が泣くわ」
好き好んで女装する趣味なんて俺には無い。
『それ以前に御子息。そこまでして調べる意味があるのかと某は聞きたい。如何に友の願いだとしても、これは幾らなんでも……』
「それ以上言うな。俺だって疑問に思ってる……でも、これはこれで面白い気が」
『主!!御子息が危険な道にはまっていくぞ!!』
「喧しい」
というわけで、ミッションスタート。


開始五分で、締め出された。


『まぁ、妥当な結果だな』
「あぁ、あそこで最後までバレなかったら俺の中で何かが死んだだろうな」
逆にこれを清四郎に任せたら最後までバレない気がする。一応、アイツは女顔だし、きっと普通に歩いていても問題はないだろうな。その分、アイツは泣くだろうけど。
ちなみに、この時の俺はそんな事を考えているが、これから数年後。俺が思春期真っ盛りな頃に夢の中で、女化した清四郎とキスするというシーンを放映し、清四郎をぶん殴った事がある。
そして、しばらくして清四郎が俺の家に来て、パソコンの感じ変換にて『せいしろう』と売ったら『(ディバインバスター)朗』と変換され、気まずい空間を作り出すなんて想像もしなかっただろう。
そんな事はさて置き、制服を脱ぎ調べた事をメモ帳に纏める。
『御子息の将来は密偵が似合いそうだな』
「今は探偵っていうんだよ」
『ならば、テレビドラマのような黒服モジャモジャ頭の探偵の様になるべきだ』
「俺の最後の言葉は「なんじゃりゃ!?」かよ」
『それは探偵ではなく刑事のほうだな』
コイツは本当にデバイスのだろうか?
ここ数年で妙に人間臭くなった気がする。
『それで、相手の素性はわかったのか?』
「さっきのミッションで顔までは確認した……名前はアリサ・バニングス。バニングス家っていう大企業の令嬢らしいな」
『……御子息、何時の間にそこまで調べたのだ?』
「それはアレだよ……アレだ」
『――――探偵になるのはいいが、犯罪者になるのだけは勘弁してくれ。主が泣く』
いや、アイツはむしろ笑うと思う。
それに顔と名前は当然な事ながら―――おっと、此処までは流石に口には出せないな。流石にこれ以上言ったら俺がストーカーみたいじゃないか。
『確認の為に聞きたいのだが、最近寺の周辺に黒服の連中がウロウロしているという事実を、御子息は御存じか?』
「あぁ、親父が泥棒と間違えてボコった連中だろ?」
『…………御子息。本当にその娘の個人情報だけを調べたのだろうな?』
「…………」
『その無言は如何に!?』
いやぁ、まさかあんな企業秘密を得る事になろうとは、俺も予想だにしなかったぜ。というか、俺如きに簡単に情報を掴まれる企業なんて大した事はないな、はっはっはっ!!
『主よ。汝の拾った子は恐ろしいぞ』
大丈夫だって。こんな情報を金に変えるような外道はしないって。
ともかく、そんな俺はアリサ・バニングスという少女の情報をまとめ、笹川に報告する事になった。笹川は何度も何度も礼を言っていたが、その反面、俺からすればその情報を丸々信じてアタックして振られたら、笹川がストーカーになる気がする。
「そこまで責任持てないっての」
『いや、持てよ』
だが、今回の調査の中で俺は何故か妙な気分になっている。何故だろう、嫌な予感という訳ではないのだが、それとは別に胸騒ぎがする。
胸の奥がチクチクするというか、背筋がザワザワするというか――――なんだ、この甘酸っぱい感覚。
夕暮れの海辺でドラム缶の中に火を灯して、その中に資料を捨てる。
調べ終われば、俺にはもう関係の無い資料だ。
調べた資料を燃やしながら、俺は自分の感じた何かをじっと考える。燃える紙、白い紙がオレンジ色の炎に焼かれながら黒い炭に変わっていく。
そして、その中で俺の眼に微かに写った写真……その写真に写っていた少女の顔。
「…………ん?」
なんだか、見た事のある顔だった―――気がする。
気のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「気のせい、でいいよな……」
考えてはいけない。いや、思い出してはいけないと誰かが言う。俺のはずなのに他人の声に聞こえる。
完全に燃えた紙に水をかぶせ、消火。
「帰るか…………んん?」
その時、俺の眼にある集団が見えた。
四人組の少年少女。その中にアリサ・バニングスの姿がある。その周りに二人の少女と女顔の少年―――鎌倉清四郎の姿があった。
「清四郎?」
清四郎は三人の少女と楽しげに話している。アリサ・バニングスも楽しそうだった。微かに頬を赤らめ、清四郎を見つめている。
「へぇ、清四郎も隅におけぇな」
思わずニヤリと笑ってしまう。あの清四郎も女を侍らせる程の甲斐性を持ったのだと思うと、少しだけ嬉しい。というか、羨ましい。だが、そんな光景を見れば笹川の好きな少女が好意を向ける相手が一目瞭然。
「これは……喜んでいいのか?」
『むしろ、残念に思うべきだろうな』
クラスメイトの失恋を想像しながらも、俺は何となく清四郎達の後ろをつける。
『帰るのではないのか?』
「気になるだろ。あの清四郎だぞ?昔から恥ずかしがり屋で女の子となれば子供から婆ちゃんまで恥ずかしくて話も出来ない奴が、あんな美少女と普通に話してるんだ」
『時が過ぎれば人は変わるのだよ、御子息』
というか、単に気になるのだ。ここしばらく会ってない清四郎のプライベートが気になる。俺が見ていない間にどれだけ成長したのか、この眼にしかと焼きつけなければ。
『それを出歯亀という』
「黙れ」
さて、電助の戯言はさて置き、俺は清四郎とその他を見る。
一人はアリサ・バニングス。笹川が惚れている少女。見る限りに活発そうで気が強そうだな。でも、ああいったタイプは一度誰かを好きなればゾッコンになる事は確定だろう。
次に大人しそうな少女……確か、月村すずかだったな。バニングス家を調べる際に、家族ぐるみで仲が良い月村家とかいう大金持ちの御令嬢。一度、屋敷に忍びこうもうとしたが、その前に親父に止められた。親父曰く、俺にはあと五年は早いらしい。
そして最後の一人は――――誰だ?
『調べたのではないのか?』
「いや、もう一人は金持ちでも何でもないからシカトしてた。金という単語にしか興味の無い年頃なんだ、察しろ」
『将来が心配だな』
「あぁ、あの子の将来が心配だ」
『御子息の事を言っているのだよ』
お、その話題の子が清四郎の腕に飛びついた。その行動に清四郎の顔が真っ赤に染まる。それを見た他の二人も同じように清四郎に抱きつく。大人しそうな子、月村すずかは恥ずかしがりながらも、しっかりと清四郎の腕を持っている。アリサ・バニングスは両腕を固定された清四郎の背中、首に手を回している。
「…………なんだろう、酷くムカつく」
『良いものだな、若いというものは』
「ジジ臭いぞ、電助」
『若人のああいった生々しい――ではなく、初々しい姿を見ると、昔の青春ドラマを思い出す……むしろ、教育番組のさわやかな三組的な光景を思い出す』
あの番組のそんなシーンは無ぇよ。あっても中学生的な日記の方だろう。
『だが、これも奇妙な縁よな。まさか、あの娘が未だに清四郎殿の近くにいるとは』
あの娘?
『なんだ、御子息ともあろう者が気がつかないのか?』
「どういう意味だよ」
尋ねると、電助は何故か黙る。
「おい、答えろよ」
『…………本当に気づかないのか?』
「だから、どういう意味だよ」
『――――あの娘。御子息が何度か見かけた娘だぞ。砂場で一人で遊んでいた、あの』
砂場。
その単語に俺の記憶は一気に過去に遡る。
思い出した。
「あの子、か……」
『然り。きっとあの時の娘だろうな……御子息、本当に覚えていないのか?』
確かに、そう言われるとそんな気がする。
俺が三年前に見かけた少女、それが清四郎の傍にいる。
「……そっか、あの時の」
何故か、胸が苦しくなった。
胸を抑え、脚を止める。
このまま後をつけていこうと思っていたが、そんな気分にはなれなかった。
「…………」
もしも―――なんて事を想像してしまった。
そんな想像を頭を振って打ち消し、俺はあの時と同じように踵を返して走り出す。
胸糞、悪い。
清四郎ではなく、そんな想像をした俺自身に俺は胸糞悪くなっていた。
あれから三年も経って、少しは成長したと思っていたのに……俺は、何一つ成長していないのだと知った。
もしも、という想像が恰好悪すぎる。
俺があの時、あの子に話しかけていれば、俺もあの中にいるかもしれない。もしも、話しかけていれば清四郎の代わりに俺があの中にいるかもしれない―――そんな想像が堪らなく情けなかった。
「馬鹿みてぇだな、おい」
夕焼けは茜色に輝く。
綺麗なはずの夕焼けが、今だけは悲しい色に見えた。
それは俺がまだ、ガキだという証。
武本銀二が、まだガキの頃の話だ。






酔い潰れたすずかを家にお送り、俺とアリサは二人で夜道を歩く。
繁華街ではなく住宅地。ここでは賑わいなんてない。あるのは平穏な静かな、ゆったりとした調だけ。
夏の音は何かの調。
その音は時の車の走る音だったりするし、時には夜でも鳴く蝉の声だったりもする。酒の入った身体は微かに熱っぽく、咥えた煙草の出す煙ですらその温度には勝てないかもしれない。
俺とアリサは無言で夜の道を歩く。
慣れ親しんだ街を、たった二人で。周りに誰も歩いていない、二人だけの道を。
無言が窮屈だとは感じない。
隣にいるのが他人ならばそう感じるかもしれないが、長年親しんだ友達というのなら話は別だ。呼吸の音も耳障りではない、靴の音もそうではない。
だた、其処に居るというだけで十分な居心地の良さだ。
「しばらくこっちに居られるの?」
「多分……というか、もうあっちには戻らないかもな」
アリサは眉をしかめて俺を見る。
「何それ?なんか大ボカでもしたの?」
「似たようなモンだよ……それに、あっちでも生活にも飽きたしな。いっその事、こっちで新しい職でも探すかな」
だとすれば、もう一度しっかりとしたマナーとか知識を学ぶ必要があるかもしれない。今の俺には戦うという本来はあまり必要のない知識しかない。あるだけ無駄ではないが、あっても困らないというわけでもない。
それだけしか、能が無いだけ。
「やっぱりさ、住み慣れた街が一番だよな」
「…………アンタは、それでいいの?」
「いいさ。元々そういうのが性に合ってるし、そうしないと色んな連中に迷惑もかかるしよ」
特に、口煩い年下の上司とかにな。
「ふ~ん……なら、さ」
アリサが俺の手を取って立ち止まる。



「――――もう一回、私と付き合わない?」



車のライトが俺とアリサを照らす。
「……酒の話か?」
「男と女の話よ」
真剣な表情を語るアリサを見て、俺は確かに虚をつかれた。これが戦場なら俺はこの瞬間にアリサに殺されているだろう。
「向こうに戻らないなら、私の傍にいなさいよ。私は別にアンタの事を迷惑とか考えないし、アンタだって私と居た方がいいでしょ?気を使わないし、お金の心配だってない……」
「……それ、マジで言ってる?」
「マジよ。私ね、冗談で愛の告白とか言わないって、アンタは知ってるでしょ」
知っている。
コイツはそんな事を冗談には口にしない。
昔から、そういう奴だと知っているから。
だから、こんな事をもう一度だけ繰り返そうと言っている。
「もう一度、もう一度だけ言うけど……私と、付き合わない?」
吸いかけの煙草が地面に堕ち、俺は天を見上げる。
さて、どうしたものか……
「―――――アリサ……あの時と同じ事をもう一度だけ聞くけどよ」
天を見上げながら、星空を見上げながら、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「お前、清四郎の事は諦めたのかよ?」
視線をアリサに合わせ、尋ねる。
「何それ?私がアンタに告白してるのに、何でそこで清四郎の話がくるのよ」
不快だ、アリサの顔がそう言っている。
「今は清四郎の事なんてどうでもいいでしょ。アンタは今、私の事だけを考えてればいいのよ」
「今の話でもあるが、昔の話でもあるんだよ……あの時と同じ問いだ」
その問いに、お前は同じ言葉を返すのか―――俺はそう聞いている。
「あの時もお前は、今と同じ事を言った。自分ともう一回だけ付き合わないかってな」
「……昔の事じゃない」
「だから、昔の話だ。別に悪いとは言わない。お前の気持ちはわかる―――って、言ったら嘘になるけど、それでも俺は聞くべきだと思う。俺はお前の本当の気持ちを聞いて、お前のソレが嘘でも偽りでもない、本当の気持ちだっていうのを確認する義務があると思う」
お前が、俺にそんな事を言うのならだ。
「いいじゃない、別に。確かに私は前にもアンタに同じ事を言ったわ……「好きです。付き合ってください」じゃなくて、『もう一度、私と付き合わない?』ってね」
夏の夜風が、アリサの髪を撫でる。生温かい、そんな優しい風が。
「失望した?」
「失望する程、お前に期待してない」
「うわ、最低」
微笑むアリサは、あの時と同じように嗤っている。
「ねぇ、銀二。前も私はアンタに言ったけど……私は皆が思うほど、さっぱりとした性格じゃないのよ。誰かの為だけに想いを継続する事も出来ないし、困っている人を誰かれでも助ける程のお人好しでもない…………好きな人と友達が一緒にいて、焼餅を通り越して、凄く嫌な事を考えられるくらいに、普通なのよ」
知っている。
そんな事は十分に知っている。
だから、俺は一時期アリサに協力していた時期がある。
もちろん、アリサと清四郎が付き合う事が出来たのなら、なのはを好きな俺にも少しだけチャンスがあると思ったのもある。
「アリサ・バニングスは、そういう奴だって、アンタが一番知ってるはずよ」
「あぁ、知っている。今日だって、お前が少しだけそんな眼をしてアイツを見てた事も知ってる」
恋人の話をするすずかを見ていたアリサの眼。それは普段のコイツなら絶対にしないであろう―――コイツをそういうフィルター越しでしか見ないアイツ等からすれば、到底気づかないであろう眼を、俺は知っている。
「妬みか?」
「うん、妬みだよ」
俺は今でも分からない。
どうして、俺だけが気づいているのか。他の連中はどうしてアリサを『友達』としてのアリサ・バニングスとしてしか見ていないのだろうと、本気で疑問に思う。
友達というフィルターを通してしまえば絶対に見えない、友達という他人。
アリサは絶対に、そんな事を考えない――――馬鹿を言うな。
「どうして、私じゃ駄目なのかなぁって、妬んだ」
「別におかしい話じゃないさ……むしろ、あり得ないと思う事のほうが、よっぽどあり得ない」
そんな事を平然と言う俺は、本当にアリサの友達なのだろうか。
もしかしたら、俺は自分で思うような奴ではなく、上辺だけでアリサ・バニングスを見ているだけなのかもしれない。本当に上辺だけを見ているのは俺で、他の皆は本当のアリサ・バニングスを見ている。
そう錯覚してしまいそうになる。
「だから、さ……私にまた協力してよ」
「…………恋人ごっこは、もう終わりにしたはずだ」
「今度はごっこじゃない。本当の恋人にならない?他の奴は嫌だけど、私はアンタならそれも良いと思ってる……武本銀二には、それほど嫌悪感は無いのよ」
そう言うと、アリサの身体が密着する。微かに汗ばんで湿った服が肌に触れる。それでも女の心地よい匂いが鼻腔を擽る。
アリサの細い腕が俺の身体を抱きしめ、潤んだ瞳が俺を射抜く。
「昔から言うでしょ。初恋は実らないの……実ったら、きっとその人は駄目になるから。その人以外を愛せない人は、その人を失ったらそれで終わってしまうから。だから、初恋は絶対に実らないっていうシステムがあるのよ」
アンタもそうでしょ、アリサは耳元で呟く。
「子供じゃないのよ、私達は。なのは達はそれに気づかない……ううん、もしかしたら気づこうとしてないのかもしれないわね」
「なら、俺もそうだろうな」
「嘘よ。アンタは誰よりもずっと知ってる。ずっと振られ続けて、失恋を続けて。終わらせても終わらせても、リトライを続ける馬鹿な奴だって、自分自身が知っているはずよ」
全てが的を得ている。
先程、アリサが言ったように俺は女を選びすぎる。それは相手に自分の好みを押し付けるのではなく、好意を持ちすぎるという意味。けれども、その好意は全てが誤魔化しだ。俺の中でも一番は最初から決まっており、その一番を何度も何度も諦めて、それでもその一番を選び続けている。
馬鹿な奴だよ、本当に。
なら、俺の答は既にある。
高町なのはを好きな自分とは違い、アリサ・バニングスを想う俺の答。
それは、あの時と同じ答。
アリサが、今と同じ言葉を俺に向けた時と同じ、変わらぬ想い。
息を吸い、言葉を乗せた舌を動かす。
「お前が、あの時と同じ事を言うってんなら……そいつは、あの時と同じ気持ちって事だろ?なら、俺の答はあの時と同じだよ」
「…………」
「それは、無理だ」
簡単な言葉で全てを遮る。誰かの想いも、その想いの重さも。想いは重いという当たり前の事ですらあっさりと切り捨て、俺は言い捨てる。
「…………そっか」
「前も言っただろう?俺は俺を好きでもない奴からの愛の告白は、全面的にシャットアウトなんだよ。嬉しいって気持ちはあるぞ、それりゃ。俺にそんな事を言ってくれた奴はお前以外にはいなかった。俺の人生の中で他人から好きだって言われたのは、アリサ・バニングス只一人だ……でも、その全部が誤魔化しだろ?」
「そうね。きっとそうだったと思う」
「あの時、お前が初恋に決着をつけた時に……自分の心を慰める為に、俺に今日と同じ事を言ったな。清四郎とお前がそういう関係になれないって知って、誰かに慰めて欲しくて……俺に付き合えって言った」
ほんと、どうしようもない。
「お前の間違いは、その対象に俺を選んじまった事だ。俺が以外に言えば、俺みたいな馬鹿な奴に言わなければ、少しだけ夢を見れたってのによ……」
お前は、人を見る目は確かにあるだろう。でも、その眼が曇った時に傍にいたのが俺だって事が、何よりもどうしようもない。



「お前は、甘える相手を間違えてんだよ」



「間違えたつもりは無いけどね……でも、アンタがそう言うなら、そういう事なんでしょうね」
「自信は無いけどな」
腕を解き、俺から離れたアリサは笑っていた。
「きっと後悔するわよ?二度も私の告白を不意にしたってね」
「なら、そう想うほどに幸せを掴めよ。俺が後悔するくらいに良い相手を見つけてよ。そしたら、お前の結婚披露宴でこの話を暴露してやる」
「そうね。そうなる事を祈ってるわ」
もしかしたら、俺はどうしようもない馬鹿なのかもしれない。こんなチャンスは決して訪れないかもしれないのに、そのチャンスを不意にしてしまった。
これが、俺にとってのターニングポイントになるかもしれないのに、それを身勝手な感情だけで捨てた。
そう想うと、少しだけ後悔する。
「――――あ~、やっぱり今の無しにしていいか?」
「私、一度振られた相手には二度と気持ちを向けないって決めたわ。今、この瞬間にね」
「そうかい。そいつは残念だ」
ほんと、どうしようもないな。
「だから――――アンタも頑張りなさいね」
そう言ってアリサは背を向けて歩き出す。
「仕事も私生活も、全力でね」
俺に手を振り、
「私も……頑張るからさ」
これからも、友達でいると言う様に。



それだけで、時間は動き出す。



そして、俺は一人になった。
静かな夜の時間はまだまだ続く。
何処までも、俺が自分で終わりを決めるその瞬間まで。
「――――あぁ、俺って本当に馬鹿かも」
こんなチャンス、きっと二度と無いだろう。それを自分から切り捨てるなんて、本当に馬鹿だ。
「これで、彼女居ない歴=歳の法則は健在か……嫌になるねぇ」
ほんと、報われない。
それでも何処か胸は清々しいとも思える。逆に考えればこれは凄い体験なのかもしれない。だってアリサだぞ?街中を歩けば必ず何人かは振り返る美人を、俺はあっさりと振った。
こんな経験、そうそうあるもんじゃない。
「まぁ、何事も経験だな」
そして、俺も歩き出す。
帰って寝る為に。
今日という日を、なんて事ない日の一部と決めつけながら―――俺は歩く。
けど、その前にやる事がある。
アリサが先に向かうのなら、俺は来た道を戻る。
ほんの数メートル。
その曲がり角。
「――――で、お前は何してんの?」
「ひゃん!?」
可愛らしい悲鳴を上げながら、ソイツは跳び上がる。
こんな場所に隠れて俺とアリサの会話を盗み聞きしていたそいつは、まるで避暑地にいる令嬢のような白いワンピースに大きな麦わら帽子。茶色い旅行鞄を持っていた。
「…………え、えっと」
地面に座り込み、恐る恐る俺を見上げる。元々怒る気もなかったのだが、そんな姿を見せられれば俺は笑うしかない。コイツのこんな恰好に、こんな情けない格好に、俺は可笑しさを隠す事すらせずに、手を差し出す。



「ほれ、さっさと立てよ―――ギンガ」



どうしてギンガが此処にいるのかは分かるはずもない。俺の記憶が正しければ、まだ退院していい具合ではなかった気がする。それなのに、コイツは此処にいる。
まさか、俺を追っかけて来たとか?
あり得ないな、そんな事。
「どうした?」
躊躇しながらも、ギンガは俺に手を差し出し、掴んだ手を引いて起き上がらせる。地面に座っていたせいか、白いワンピースが若干汚れているがギンガは特に気にした様子も無い。それ以上に何故か俺の顔色を覗っている。
「…………ご、ごめんなさい」
「何で謝るんだよ」
「だって……勝手に、見ちゃったから」
不安そうに言うギンガ。
「別にいいよ。偶然だったんだろ?」
「それはそうですけど――――でも、良かったんですか……」
「何がだよ?」
「それは、その……あの人との、事です」
あぁ、断った事か。
「いいんだよ」
「でも、アナタにはもったいない位の綺麗な人でしたけど」
さり気なく失礼な事を言うな。
「だから、いいんだって……アイツとは、そういう関係でいいんだよ」
そう言って、俺は気づく。
俺がどうしてティアナにあんなに手を貸すのか、その答えを。
単純に、そういう事なのだ。
「アイツは、これからも俺の友達なんだよ。それだけは、絶対に変わらないからな」
世話を焼きたくなる、そんな友人―――それが答えだ。
「それよりもよ、ギンガ……尾行するならもっと目立たない恰好をお勧めするぜ」
はっきり言って、今どきそんな格好の奴はそうそういない。それこそ、此処が避暑地出ない限りは、だ。
指摘されたギンガは自分の恰好を見て、
「可笑しい、ですかね?」
「あぁ、可笑しい」
可笑しい程、似合ってる―――なんて口が裂けても言ってやらんがな。
「それよりも、何でお前が海鳴にいんの?」
そう言うと、ギンガは思い出したように、
「それはこっちのセリフです!!」
近所迷惑かえりみず、とんでもない大声で言った。
「アナタこそ、なんで勝手に出ていったりしてるんですか!?探すこっちの身になってくださいよ、この馬鹿!!」
いきなり酷い言われようだ。
「私が入院している間に、アナタにはやるべき仕事が沢山あるはずなのに、それを全部放り投げて一人で里帰り!?仕事を舐めてるとしか言えません。というか、完全に舐めてるでしょ、アナタ!!」
なんだか、この微妙に敬語が混じった話し方を聞くのも久々な気がする。最後にギンガに会ってから一週間程度しか経っていないというのに。
「でもよ、ちゃんと辞表は出したぞ」
「馬鹿ですか!?あんな紙切れ一枚で辞職できるはずがないでしょ!!辞職するにはちゃんとした書類に記入して、それを申請してから受領されて、それから今までやっていた仕事の引き継ぎとか色々やる事があるに決まってるでしょうが!!
「え?」
「え?ってなんですか。まさか、そんな当たり前の事も知らないなんて言いませんよね?漫画みたいに辞表一つであっさり辞めれる本気で想ってるの?」
本気でそう想ってました。
「―――馬鹿ですね」
「そうだな、今になって自覚した」
「遅すぎます!!」
違う意味で顔を真っ赤に茹で上げながら、ギンガは俺の耳を引っ張る。痛い、本気で痛い!!
「大体、どういう了見でいきなり辞めるなんて言いだしたんですか!!」
「そ、それは、だな……」
「まさか、アナタが勝手にやった事の責任を取るっていう理由なら、それは大きな間違いよ。勘違いも良い所だし、アナタ一人が首になって事が収まるわけもないでしょうが!!」
それも初耳だった。
「―――――マジで?」
「…………はぁ、そんな無い頭を無駄に使っても意味なんて無いって、何時になったら学習するんですか?前々から言っているでしょう。アナタに学が無いんだから、私の言う事をしっかりと聞いて、それ以外の行動を絶対にしなければそこそこ使える人だって……なのに、毎回毎回私の知らない場所で勝手な事ばっかりして。その反動が全部私にくるんですよ!?少しは私の心と胃を労わりなさい!!」
年下のギンガにこんなに言われる俺って、もしかして筋金入りの駄目男なのだろうか?
だが、俺にだって言い分はある。
「けどよ――――」
「黙りなさい!!アナタの戯言はこれ以上聞きたくありません」
おいおい、発言権は寄こせよ。
「大体アナタは何時も何時も……」
そこからしばしギンガの説教、というか愚痴が続く。大体は俺の事ばかりだが、何故か病院食は不味いだの、量が少ないだの、自分の身体がなまっているのだの、体重が増えただの、仕事の量が減らないのだの、スバルのノロケ話がストレスだの、ゲンヤの親父の生活がまただらしなくなっただの―――ともかく、後半からは俺の話題ではなく、ギンガの私生活の事ばかりだ。
「聞いてるんですか!?」
「は、はい!!」
どうやら確定した。俺は年下に説教されて当たり前の駄目男らしい。
というか、そんな人間の為にどうしてコイツは此処まで来たのだろうか?
別にギンガが来る必要は何処にもない。隊の連中を差し向けてもいいし、コッチに詳しい六課の奴を向けてもいいはずなのに、どうしてギンガ本人が俺を追っかけて来たのだろうか―――それ以前に、俺は……
「なぁ、ギンガ」
「なんですか!?弁解する事があるなら―――――」
「お前、怒ってるよな?」
「当たり前です」
「だよな……悪い。迷惑だったよな。俺も反省している。お前の事なのに俺が勝手に動いて、事態を余計に面倒にさせちまった……本当に悪い」
俺のした事はそれだけ大事なのだろう。やってしまってから気づく。ギンガが言ったように俺一人の首だけで事が収まる話ではない。そんな事も考えられず、俺は自分の感情に任せて行動してしまった。
親父の言っていた、間違った怒りでだ。
正しい怒りではなく、間違った怒りで俺は相手を殴ってしまった。それも上層部のお偉いさんの一人を、だ。
あの時は別に後悔はしていない。それを正しいとも間違いだとも思わなかった。でも、今になって見れば完全に間違った怒りだ。それを真っ先に怒るべきは俺ではなく、ギンガであり、スバルであり、ゲンヤの親父だ。
俺が抱くべき怒りではなく、俺が報復していい怒りでもない。
後悔しないから行動する。後悔したくないから行動する。それは全てが己一人の問題なら何の心配も無い。だけど、あの時の俺は組織の中の一人だった。だから、後悔などという感情論で動いていいはずがない。



ソレが例え、ギンガやスバルを愚弄する言葉を平然と吐き捨てる奴を前にしてもだ。



あの野郎は言いやがった。
ギンガの事を、戦闘機人だからという理由だけで危険な存在だと判断し、何処かに閉じ込めておくべきだと。むしろ、それ以上の処置も当たり前だと、あの野郎は言いやがった。
その時の俺は、戦闘機人という単語の意味を知らなかったし、今でも分からん。でも、それがアイツ等をアイツ等である事を真っ向から否定する言葉である事だけは、理解した。
だから、俺はあの野郎のオフィスに行って、殴った……殴ってしまった。後先も考えず、あっさりと殴り飛ばしてしまった。
「本当に悪かった!!」
思えば、俺が初めて自分からギンガに頭を下げた瞬間だった。
「俺も男だ。自分のした事の責任は自分で取る!!だから、だから―――」
この後に何時もの様にギンガの拳骨が来るのか、それとも更に激しい文句が飛んでくるかもしれない。だが、俺はそれを受け入れる義務がある。
「…………」
それなのに、何も起きない。逆に、俺が想像していたのとは違う、大きな溜息が洩れる音がした。
「何か勘違いしてませんか?」
「へ?」
「私は言いましたよね。私はアナタを探しにきたんです」
「だ、だから、連れ戻す為に、だよな?」
「それは何の為ですか?」
「もちろん、それなりの処分とか……責任を負わす為とか……色々だよ」
再び溜息。
今度は、何処か優しげな溜息だった。
「私が此処にいるのは――――本当にアナタを探しに来ただけです。ちょうど、有給も溜まってましたし、病院生活で鬱憤も溜まってたから、旅行ついでにアナタの生まれ故郷に行って、そこでアナタに今までの文句を盛大に言ってやろうと思いまして……」
「――――それだけ?」
「えぇ、それだけです。アナタが起こした事は父さん達とはやてさん達が何とかしてくるみたいですし……そうですね、巧くいけば減給で済むかもしれませんね」
そう言って、ギンガは微笑む。
「それに、アナタがどんな罪滅ぼしをしようとしても、それには私が一緒にいないといけませんしね。アナタ一人で何かをしようとしたら、絶対にその数倍は被害が起きます……ですから、アナタは何もしなくてよろしい!!精々、帰った後に始末書を書く覚悟だけしておけばいいのよ」
…………あれ、コイツってこんなに優しい上司だっけ?俺の記憶では俺を馬車馬の如く働かせる悪魔だったのだが、なんだがそんな印象は今だけは無い。
それが逆に不安になる。
「というわけで、アナタは私の休みが終わるまで、私の観光に協力しなさい。とあえず、明日はトウキョウとかいう場所に行って、トウキョウタワーっていう場所が見たいので、案内する事……いいですね?」
「え、あ、あぁ……良いけどよ」
ヤバイ、なんだか本当に不安になってきた。
「とりあえず、今日の宿を決めなくてはいけないね……何処か良い場所ある?」
「泊るだけなら、その辺のホテルでいいと思うけど―――何なら、俺の家に来るか?部屋なら腐るほど余ってるし、親父を黙らせれば問題ないし」
「なら、決定ね、ほら、さっさと案内しなさい」
そう言って歩きだすギンガの後を、俺は呆然としながら歩くのだった。







第三話「親友が帰省したら昔話をする法則」








あとがき
うん、親友ポジションが早くも崩れてきたね
さて、今回は、
ギンガにフラグが立つ前のお話。
原作開始の少し前のお話。
次回は「親友とフェイトの法則」で行きます。
親友ポジションが早くも崩れてきましたが、そろそろ修正いきますかね

それでは、さうなら


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