自分が世界の中心にいる事は無い、そんな当たり前の事を気づくのは意外と速かった。皆の認識がどうかは知らないが、それに気づいた時には絶望は感じ無い。むしろ、胸の中にある空白にストンと何かがハマる様な感覚。テトリスであと一列入れれば全てが消える、そんな感覚に近いのかもしれない。
だから、ストンとその部分は落ちて来た。
納得する。
自分はこの世界の中心にはいない。そこら中にいる何の変哲もない只の人間である事に気づく。自分はそういう人間で、その程度の人間でしかない。
そう、俺はそういう人間だ。
武本銀二という男は、その程度の存在でしかない。
もしかしたら、世界の存亡に関わる重要なポジションにいて、世界を救う使命を持っているかもしれない。
もしかしたら、街で突然綺麗な少女と出会い、少女と戦いの渦に巻き込まれるかもしれない。
もしかしたら、この身に膨大な力が眠っており、その力を狙ってくる組織と戦う運命なのかもしれない。
それ以外にも、可愛い幼馴染や、そのクラスメイトとの恋愛ゴッコ。偶然出会った車椅子の少女との触れ合い、悲しい眼をした少女との出会い―――そんな『もしかしたら』に俺が関わるかもしれない。
そんな事を考えていた頃もあった。
けれど、すぐに気づく。
それは、物語における主人公がするべき事であり、俺ではない。
所詮、俺は主人公ではない。
俺はその主人公の知り合い、友達―――親友という立場にしかない。
わかっていた。
あぁ、わかっていたさ。
けど、もしかしたら自分にもそういうチャンスが来るかもしれないという、そんな甘ったれた想像、妄想を抱く事だってあるんだよ……けど、現実は俺には振り向きもしない。『もしかしたら』と云う全てが俺には何の関わりもない場所で起こり、その全てに主人公である俺の親友がいる。
俺じゃない。
武本銀二ではなく、鎌倉清四郎の場所にばかりそんな出来事が起こる。
清四郎は主人公だ。
俺は、その友達でしかない。
清四郎の周りには、アイツを好いている綺麗な女ばかりいる。俺には、眼もくれず、彼女等はアイツばかりを見ている。
お前は何処の勝ち組だと言った事があるが、あの鈍感野郎は「そんな事ないよ」と嫌味のない笑顔で言いやがる―――それが十分に嫌味だってぇの。
まぁ、こんな事を言っても結局は負け惜しみで、汚らしい願望でしかない。
しょうがない、だろうよ……
しょうがないから、俺は諦めた。
俺は主人公には成れない。
世界は主人公を鎌倉清四郎と決め、武本銀二をその友達、モブ、背景―――最低でも、その他としてしか扱わないのだろう。
それに気づいたのは、今から十年前の春。それを受け入れたのは、今から十年前の春。そんなもんだと割り切ったのは、今から十年前の春―――そして、無意識に感じていたのは、俺が鎌倉清四郎と出会った十五年前。
出会った時から、俺はアイツのそういう人柄になんとなく気づいていたのかもしれない。だけど、ガキだった俺には世界の中心は何時だって自分だと思いこみ、アイツの兄貴分としてアイツを引っ張っていた―――そして、それが間違いだと気づく。
情けない、とは思わない。
最初に言ったように、空白にストンと何かがはまった感じ。
納得は出来た。
納得は出来たから、俺はそういう人間で終わるのだと決めつけてしまった。
主人公ではなく、主人公の周りの一人。
それでも、それでも少しだけ情けない事を言うとしたら、一つだけ。
どうして、俺の惚れた女は――――俺を見てくれないのだろう
これだけは、何時まで経っても納得できない。わかってる、その理由は痛いくらいにわかっているんだ……でも、諦めきれない。
ソレが例え、彼女の眼が清四郎にしか向いていなくとも、清四郎の好みを知ろうと無垢な笑顔で俺に聞いてきたとしても、清四郎と喧嘩して仲直りの方法を俺に尋ねてきても―――あぁ、そうだよクソッタレ。
俺が彼女をどう想おうと、それは彼女には関係ない。
相談される度に、心が悲鳴を上げようとしても我慢した。
俺にそんな事を聞くんじゃないと、怒鳴ろうともしたが我慢した。
お前を好きな俺に他の男の話を持ってくるのかよと、泣きそうにもなった。
だけど、それは全て―――俺の都合だ、彼女の都合じゃない。
だから、よ……
「――――――行けよ、清四郎」
少しだけ、今回だけ―――いいや、今回も。
燃え盛る街、空には飛ぶ人間と機械。そして、巨大な箱舟。ジェイルなんとかっていう奴が起こした馬鹿騒ぎは、こんなにも大きな街を、あのたった一隻でどうにかしてしまえる程。
絶望的な戦力差ではないが、絶対に勝てるという保証はきっと何処にもない。だからこそ、陸でも、空でも、皆が必死になって戦っている。
「お姫様達が、あそこで戦ってんなら―――王子様のお前が行かなくてどうするよ?」
そして、彼女も戦っているだろう。
「ってかさ、お前はいつまで自分の殻に籠ってるわけ?いい加減にしぇと、ぶん殴るぞ」
なのに、その彼女から好意を向けられているコイツは、迷った眼で俺を見る。
「――――僕は、戦えない」
「なんでよ?向こうは悪党なんだろ。だったら、正義の味方が戦わなくちゃ駄目だろ」
「違うよ……僕達は正義の味方かなんかじゃない」
正義の味方じゃない、ねぇ……まぁ、清四郎の言いたい事はなんとなくは分かる。そして、コイツが何に迷っているかもわかる。
信じていた正義は正義じゃない。
悪だと信じていた悪は、完全な悪ではない。
それを知ってしまったから、コイツは立てない。
真っ直ぐで、優しくて、そして鎌倉清四郎だから。
「銀ちゃん……どうして、銀ちゃんは管理局にいるの?」
「おいおい、この状況でソレを聞くか?」
疑問に疑問を返しても状況は前には進まない。そして、疑問に思う以前に、俺は今の自分にそれほど疑問を感じていない。故に、俺はあっさりと答えられる。
「そうだな……まずは金がいい。そして美人が多い。後は糞忙しくて、死にそうになるような仕事が多い分、女受けがいい―――ほら、戦う男って恰好が良いだろ?」
世の中は金と女、それだけあれば大抵は幸福になれる―――これは俺の親父の言葉。こんな道徳なんぞ糞くらえみたいなセリフを吐くのが寺の住職だってんだから、世も末だよ。
「それだけだよ。俺が管理局なんていう場所にいるのはよ……お前は、どうしてだ」
「僕は……」
口ごもる清四郎を見据え、俺は大きく溜息を吐く。
「即答しろよ。少なくとも、管理局に入ろうって言ったお前は即答したぜ」
あの時みたいに、即答しろよ。
「お前は、守りたいって言ったよな?この日常を守りたい。自分の大切な人達を守りたい。そして、この手の届く範囲で人を助けたい―――お前の親父さんみたいによ」
なんて甘ったれた、頭の中がお花畑みたいな考えだと噴き出しそうになる。
「そんな意志があって、お前はお前の道を選んだんだろ?俺みたいに、女にモテたいとか、金が欲しいとか、そういう邪な考えでこの道を選んだわけじゃなかろうによ――――それを、どうして今のお前が迷う?」
「自分のしてきた事が、正しくないから」
「―――――――誰が、そんな事を言った?」
「誰も言わないよ。でも、見ちゃったんだ。僕がしてきた事、僕達がしてきた事で泣いている人達がいる。僕達が敵だって思っていた人達にも大切な想いがある……それを、見ちゃったから」
「んなもん、今更だろ。闇の書事件の時だって、アイツ等の守りたい者とお前が守りたい者が一緒じゃなかった。それでもお前は戦った。大の為に小を切り捨てたくないから、お前の仲間と、はやて達を天秤にかける事をしたくないから――――最後は、皆が笑って終われる物語にしたいから、お前は戦った……あの時と今、何が違う?」
清四郎は俺を見ない。
自分の握った拳だけを見つめ、世界を見ようとはしない。
それに苛立ちを感じる。
「答えろよ、あの時と今……何が違う」
小さく、清四郎は言った。
「…………僕は、スカリエッティが許せない」
でも、と言いたくない言葉を吐き出す様に、
「アイツの傍にいる彼女達は……彼女達には、そんな想いを抱けないんだ。どうしてかな……許せない奴がいるのに、許せない奴を守ろうとする彼女達を敵だなんて、想いたくないんだ」
あぁ、確かナンバーズとかいう連中か。話に聞く限り、全員女で全員が上の上ランクな美女と美少女ばかり―――うむ、それは確かに戦えないな。
「って、んな事を考えてる場合じゃない」
頭を振って馬鹿な考えを消す。今はそんな事を考えている場合じゃない。
「つまり、あれか?あの時と違って、お前は敵を敵と認識できる。でも、その敵の中には悪党ばかりじゃなくて、優しい奴もいる……なるほど、確かにあの時とは違うわな」
闇の書事件の時とは違う。
あの時は全員が全員、悪党ではなかった。
皆がそれぞれに守りたい者がいたから、その想いが真っ直ぐにぶつかっていた。けれど、今は違う。善と悪の混じり合い、混沌とした戦いの場にて、清四郎は迷っている。
守りたい、その為には戦う。
許せない、その為には戦う。
その前提を覆す程に、コイツはそのナンバーズとかいう連中に肩入れしてしまった。仲間も大切だが、それを言い訳にソイツ等を撃ちたくはない、そんな矛盾。
相変わらず、面倒な奴だな。
「銀ちゃん。僕達って……管理局って本当に正義の味方なのかな?自分の守りたい世界の為に、優しい人達を蔑にして、敵だって割り切って戦うのが、正義なのかな?」
…………俺的には、自分達を正義だって考えた事はないんだがよ。単純に、この世界的には管理局は正義の味方で、その正義の味方に属していれば合コンとかでもそれなりに好印象を与えられる―――云わば、管理局を名乗る事のメリットなどその程度しかない。
だけど、そう考えているのは俺だけで、清四郎は違う。
物事の奥の奥まで見据え、その結果表面を見失い、表面が砕ければ中まで砕けていく。
面倒臭い。
そんな面倒臭い事を考えるなんて、本当に面倒臭い奴だ。
けど、だから好きなんだけどな。
頭が固いというか、なんというか……
遠くで爆音が響く。
地面が揺れる。
建物が揺れる。
機動六課のあった廃墟なら、もう何度かの震動で崩れるかもしれない。そんな場所で一人蹲るコイツを引っ張りだす事なんて簡単だ。
でも、それでは意味が無い。
だってよ、コイツは主人公だ。
主人公は、どんな時だって自分の脚で立たなければ意味が無い。
いつだってそうしてきた様に、今だってそうするべきな様に。
「―――――――なぁ、清四郎」
俺は清四郎の隣に腰掛ける。しみったれた空気は好きじゃないし、こんな事を言うのも正直な話、面倒だ。だから、そんなしみったれた空間に少しでも臭い匂いを出す為に、煙草を咥える。
「正しいとか、間違いだとか……そういうの考えて動かない事が正しいのか?いや、この際、正しいとかそういうのは置いておくとして――――お前は、動かないままでいのか?」
「動いて、何になるの。動いて誰かを傷つけて、自分の傲慢を押しつけて、それで勝って負けて……意味ないじゃないか」
煙草に火をつける。
「意味がない、ねぇ……それは少し、安直だわ」
煙草を吸うには此処は少しだけ静かすぎる。俺が煙草を吸う時には大抵は喧しいギンガがいて、煙草を止めろだの、身体に悪いだの、臭いだの臭いだの臭いだの―――そういう喧しさに今は未練がある。
そして、その未練を消したくないのも、俺だ。
「清四郎……お前の意味がないと想うのは勝手だけど、他の連中はどうなんだ?アイツ等が必死こいて戦ってる今は、意味がないのか?俺はそうとは想わない。それが意味がないなんて言ったら、なんか寂しいし虚しいじゃねぇかよ」
未練は程良くが、丁度良い。
長すぎても駄目だが、短すぎるのも味気ない。
「善も悪も関係ない。自分達の守りたいモンがすぐ傍にある。それを守るためには動くしかない。動かなくても誰かが何とかしてくるかもしれないし、動かなかったら失うかもしれない……そして、アイツ等は動く事を選んだ。誰かに任せても救われるかもないが、自分が動けば少しだけその可能性が上がるんだ」
純粋で真っ直ぐだから。
それがうざったいと想う事もあるけど、少しだけ羨ましいとも想う。
「全てを救える奴なんていない。けど、だからって諦める事は間違いだ。俺はそう想う……そう想えるのは、お前がそれを見せてくれたからだ。悩んで苦しんで、それでも諦めない想いをお前は見せてくれた。俺が何度も諦めた事に、お前は一度だって諦めなかった―――だから、お願いだから諦めないでくれよ」
だって、お前は主人公だろ?
主人公は、ヒロインのピンチに何時だって駆けつけるのが仕事だ。
俺にはそんな事は出来ないけど、主人公なお前はそれが出来る。
それを出来るだけの、強い想いがお前の胸にはあるんだよ。
だから、皆がお前の事を好きになる。
だから、俺もお前の事を好きになれた。
だから、俺達はお前を頼るんだよ。
「――――僕は、誰も傷つけたくない」
「知ってる」
「――――僕は、誰にも悲しんでほしくない」
「あぁ、知ってる」
「――――僕は、皆に笑顔でいてほしい」
「あぁ、そんな事はガキの頃から存分に知ってる」
バンッと清四郎の背中を叩く。
「だったら、行ってこい。お前の救いたい奴、守りたい奴、全部まとめてお前が何とかしてこい―――その結果、どっちかに怨まれても俺がお前を認めてやる」
きっとそんな事はないだろう。
コイツが動けば、世界はコイツの想う様に転がっていく。
そういう嫌なシステムがきっとこの世界にはある。
主人公は、そういう奴だから。
「下らねぇ事で悩む時間は終わりだ――――此処からは、行動する時間だ」
俺の眼、清四郎の眼、ようやくぶつかる。
俺が笑い、清四郎が頷く。
「――――なんか、銀ちゃんには何時も迷惑ばっかりかけてるよね」
「そう想うなら、お前のツテで合コン開け。六課の女性陣全員参加の合コンだぞ」
「もぅ、そればっかりだね……でも、いいよ。僕から皆に話してみる」
「絶対だぞ?約束破ったら叩くからな」
立ちあがる主人公の背中を見る。
本当に手のかかる主人公だな、コイツは……
けど、その背中を押せるなんて役割を担えるなら、俺のポジションもそうそう捨てられるもんじゃないと思う。
そう思った時、先ほどよりも一段と大きな震動が起こる。
機械が地面に堕ちた音。
肌がピリピリと痺れる。
「――――どうやら、お客さんらしいな」
建物の外には無数の機械の群れ。
ゾロゾロと蟲の入る隙間も無い程の有象無象の群れ。
連中の狙いは即座に理解できる。
狙いは、コイツだろう。
「銀ちゃん……」
決心はついている清四郎の瞳は迷いはない。こういう眼をした時のコイツはどんな奴にも負けないと知っている。だから、俺は迷う事なく云える。
「行け。此処は俺が抑える」
清四郎の肩を叩き、踏み出す。
「無理だよ!この数じゃ、いくら銀ちゃんでも……」
「無理?馬鹿言ってんじゃねぇよ、ボケ。俺を誰だと思ってやがる」
まぁ、ランク的にはCランクの俺。そして清四郎はSSランク。敵はAランク程度でも苦戦する程の力を秘めている。
「それに、こんな所で道草食ってる暇はねぇよ。お前は空に浮かんでるデカブツに行って、決着をつけてこい」
「でも……」
渋る清四郎の頭を叩き、
「でも、じゃねぇよ――――お前はお前のやる事をやれ、鎌倉清四郎」
俺も、俺の出来る事をやる。
俺は空も飛べないから、箱舟には近づけない。そして、仮にあそこに行けたとしても俺がいては足手まといにしかならない。自分の力量は誰よりも自分が分かっている。
そして、俺の役目は誰よりも知っていて、誰にも譲りはしない。
「なぁに、心配はいらねぇよ。一応は俺って強いじゃん?そんな俺があんなブリキ連中に負けると思うか?思うとか言ったら泣くから言うなよ」
「―――――死んだら、駄目だよ」
「寝言は寝てから言えよ、ダチ公――――んな事より、お前は合コンの約束を忘れんなよ?」
「わかった……此処は任せるよ」
「応ともよ。これが終わったら、とりあえず酒でも飲みにいくか」
「僕、まだ十九なんだけど……」
「なのはみたいな事を言うなよ、こんな状況で……」
俺は前に、清四郎は後ろに、
「死ぬなよ」
「銀ちゃんこそ」
そして、俺達はそれぞれの戦場に向かう。
空に白銀の閃光が奔る。
その光は一直線に箱舟に向かい、周辺で戦闘している者達を蹂躙して進む。その猛進を阻める者などこの戦場にはいない。
「機動六課最強、ねぇ……羨ましいこった」
最強なんて称号、俺には絶対に回ってこない称号だ。
「――――電助、いけるな」
握り締めるは、黒塗りの木刀。
『電助ではない。某にはちゃんとタケミカヅチという名前がある』
こんな木刀でも一応はデバイス。二十年以上稼働している中古品だが、それでも俺の相棒でもある。
「空気読めよ、電助。此処はそう言う場面じゃねぇよ」
『むしろ、こんな時こそ汝は某の名をキチンと呼ぶべきだと思うが?』
「ッは、なんだよその死亡フラグ」
『汝が先程から立ててるフラグの事だな』
失礼な奴だな、そんな事はお前に言われなくても百も承知だっての。
『念の為に聞いておくが、汝はこの戦況で汝が生き残れると思っているのか?所詮はCランク程度のポンコツスペック……死ぬぞ』
「だからどうした?」
『これでも一応は心配しているのだがな……汝は某の主だ。主に死なれては某が困る』
まぁ、この状況ではそう想うは普通だろう。
無数の機械の眼が俺を見据える。無機質なガラス玉みたいな眼でも、その眼を宿す機械の身体は正しく殺人兵器。その殺人兵器の数は数えるのも馬鹿らしい程の大群だ。それだけの兵力を清四郎一人に向けるなんぞ、相手も相当にアイツを危険視してるって話だ。
「嬉しいねぇ、それこそ俺のダチ公だ」
『そして、その友の為に残っている汝は―――正しく大馬鹿者だ』
呆れる様に言う電助の言葉に、俺は笑うしかない。
ほんと、コイツとの付き合いも結構な長さになる。俺が初めてコイツと出会ったのは十六年前、俺が初めてコイツを握ったのは十二年前、俺が初めてコイツと共に戦場を駆けたのは十年前―――俺が錬明時で過ごした日々、海鳴で過ごした日々、清四郎と過ごした日々は常にコイツとの時間だろう。
「付き合えよ、相棒」
『付き合うさ、相棒』
それを終わらす気なんぞ、さらさらない。
戦場の空気は張り詰めている。生きているのは俺だけ。生きていないのは機械だけ。一体一体の戦闘能力は並みの魔導師では歯が立たないだろう。だが、そもそも俺は魔導師なんかではない。
俺の手にあるのは木刀の形をしたデバイス。デバイスは魔導師の持つ杖だが、俺にとっては一振りの刀でしかない。そして、刀以外の使い道など知らない。
魔導師としてポンコツだと言われた。
シールドも張れない。空も飛べない。誘導弾も操れない。砲撃も撃てない―――魔導師として二流を通り越して三流と言っても過言ではない。
それでも、出来る事はある。
「エンチャント……」
身体に力が漲る。
「エンチャント、エンチャント」
身体強化、それだけが俺に許された唯一の魔法。
「エンチャント、エンチャント、エンチャント」
限界を超え、極限を超え、無限に付加される強化。
「――――――――エンチャント・マキシマム」
『絶刀・鋼』
強化特化型の魔導師、武本銀二の唯一の魔法。
電助を正面に構え、地面を掴む。
『最終確認だ。この群を押し留める事のか、それともこの群をある程度まで引きつけたら逃走するのか、どちらだ?』
何を馬鹿な事を言っているのだ、このポンコツだ。
「寝惚けんな。方針は最初から最後まで一つ」
視界に映る全てのブリキを見据え、
「全部を全力でぶっ壊す。一体だって生き残らせねぇよ……」
獰猛な獣の笑みを浮かべ、宣言する。
『正気か?』
「あぁ、正気だよ。コイツ等を一体でも残したら後々面倒だ。だったら、この場で全部ぶっ壊すのが筋ってもんだろ?それとも何か、お前は俺にそんな程度の事も出来ないってほざくかよ」
電助は無言。
「それは了承って意味で取るぞ」
空気が凍る。
冷たい空気を詰め込んだ風船の様に、凍った空間が支配する。
「それとな、電助。お前は死亡フラグっていうのをまったく理解してねぇよ」
機械が軋む―――動く。
「死亡フラグってのは、立てる事に害は無ぇよ。問題はその使い方だ」
集団、群、軍、一斉に行進を開始する。
その標的は俺。
ちっぽけな虫けらを踏みつぶす程度の認識で、機械の群れは俺を押し潰さんと行進する。
「あんなもん、死亡フラグっていう程でも無い。いいか、死亡フラグってのは―――こういうモンだ!!」
そして、俺も猛進を開始する。
強化した脚で宙に跳び上がり、一番手前にいたブリキに木刀を叩きつける。無論、木刀では鋼鉄を斬れない―――ならば、押し潰す事は可能だ。
『断刀・斧』
一撃は斬るではなく、潰す。俺の一刀にてブリキは潰れたゴキブリの様に地面に張り付く。
「俺は!!これが終わったら!!なのはに好きだって告白する!!」
一瞬の火花の後、ブリキは爆発。その爆風に飲まれた身体を行使して横に跳ぶ。
構えは突き、腕を引き絞り、弓を放つ様に構える。
ブリキの反応は速い。だが、すぐに攻撃は来ない―――少なくとも、俺の前の前にいるブリキの群れはして来ない。代わりに、その背後に佇む別のブリキの眼が光る。
アイツは撃ってくる。
防ぐ?
そんな防御力は無い事は無いが、身体強化では些か心もとない。
なら、あのブリキを壊すしかない。眼が光ったブリキを斬るには目の前にある、虫の入り込む隙間も無い程に密集したブリキ共を破壊するしかない。
否、隙間はある。
微かな隙間。
虫は張り込めなくとも―――針の一本は入る隙間。
十分だ。
『抜刀・針』
一閃―――針の入る隙間しかない隙間を、木刀がすり抜ける。
ブリキの眼から何かが発射されるよりも早く、俺の剣がブリキの眼球を押しつぶす。
針の一本―――その隙間があれば、これの剣はあっさりと通り抜ける事が出来る。
「後はそうだな―――ナカジマの親父と酒を呑むのもいいな!!」
光が俺の目の前で交差する。
肌を焼き切る光線が頬を掠める。心臓が凍りそうになりながら、後方に跳ぶ。たった二体破壊されただけでブリキ共は俺を明確な敵と判断したのか、俺を囲むように円を作る。
「ついでに、ギンガに飯を驕ってやってもいい!!」
『幻刀・鏡』
刃は曲がる。
刃は伸びる。
俺を囲む円を次々と切り裂きながら、円は崩壊する。
「――――――他にもやりたい事は山ほどあるけど、こんなもんか……」
爆発する残骸を踏み締め、周囲を見渡す。
敵、敵、敵―――見渡す限り敵ばかり。味方は一人もいやしない。そもそも、既に捨て去った六課の建物など守る価値も無い。守るべきは街だ、此処ではない。
孤立無縁、四面楚歌―――心躍るような展開だろう。
『汝、そんなに死亡フラグを立てて楽しいか?』
「あぁ、楽しいね」
敵は無数、俺は一。
「いいか、電助―――死亡フラグってのはな」
結果は死しかない。
そう、死以外はあり得ない。
「死んでも、死んだとしても―――――」
それ以外は、必要ない。
「死ぬ事はあっても―――――負けはねぇっていう意味なんだよ!!」
俺は主人公じゃない。
だが、主人公にはこんな見せ場は譲れない。俺には俺で存在意味がある。それが例え、清四郎の引き立て役でも、清四郎のダチというポジションだとしても、この場は誰にも譲れない。
誰しもが戦っている。自分の大切なモノを守ろうとする意志の為に。
誰しもが戦っている。自分の欲する未来の為に。
誰しもが戦っている。此処が、己の存在する世界だと信じる為に。
『―――――愉快也!!』
「―――――滑稽也ってな!!」
故に、この身に敗北は許されない。
許されるのは死のみであり、敗北など願い下げ。
『では、共に逝こうぞ!!』
「応!!」
「武本流喧嘩殺法、武本銀二――――――死して参らん」
恋を知っても、報われない。
愛を知っても、報われない。
故に、これは主人公の物語ではない。
危機を知っても、救えない。
悲劇を知っても、救えない。
故に、これは幸福を齎す英雄の物語ではない。
絆を知っても、他人の絆。
笑顔を知っても、他人に向けられる笑顔。
故に、これは魔法少女達の物語ではない。
それら全ては主人公が得るモノであり、友にそれを得る権利は許されない。
故に、これは単なる一人の男の物語である。
報われない想いを、この胸に――――――友は今日も、報われない
第一話 「親友はそういうポジションな法則」
あとがき
主人公、鎌倉清四郎
親友、武本銀二(一応、主人公)
なんだか、ややこしいね。