池田信夫 blog

Part 2

2006年11月

セイコーエプソンが、プリンタの再生インクカートリッジが特許を侵害しているとして、再生カートリッジのメーカーに販売差し止めを求めた訴訟で、東京地裁は10月18日、エプソンの請求を棄却した。同様の訴訟では、今年2月にキャノンが知財高裁で勝訴し、再生カートリッジメーカーが上告している。

争点は、再生カートリッジが特許を侵害しているかどうかだ。キャノンの場合には、1審ではカートリッジにインクを詰めるのは「修理」だから特許権の侵害にはあたらないとし、2審ではカートリッジを洗浄して充填しているので「再生産」だとした。エプソンの場合には、特許そのものが特許庁で無効とされたため、特許侵害はないとされた。エプソンは、同様の訴訟を全世界で再生カートリッジメーカー27社を相手に起こしている。

この問題は法的には係争中であり、判例もわかれているが、経済学的に重要なのは、これはサラ金と同じく近視眼バイアスを利用した「悪魔的ビジネスモデル」だということである。上にリンクを張ったForbesの記事の例では、エプソンの純正カートリッジは30ドルなのに、再生品は5ドルだ。1ヶ月に2回インクを換えるとすると、差額は1年で600ドル。中級のプリンタが1台買える値段である。

要するに、プリンタを安く見せかけてカートリッジで利益を上げているのだ。やろうと思えば、携帯電話のようにプリンタを0円で売ることもできる。再生品が出てくると、この悪魔的なトリックが台なしになるから、メーカーは特許を盾にとって再生品をつぶそうとするのである。もちろん、こういうビジネスは悪魔的ではあっても(サラ金と同様)違法ではない。しかし、サラ金は「知的財産権」を振り回したりはしない。

プリンタメーカーは「再生カートリッジがあると開発投資が回収できない」と主張するが、プリンタの開発投資はプリンタの価格に転嫁すべきである。それをカートリッジに転嫁するのは一種の不当表示であり、再生品が出てくるのは、そういう価格の歪みの当然の帰結だ。プリンタメーカーが純正カートリッジに正しい(限界費用に等しい)価格をつければ、再生品と競争できる。もちろんプリンタ本体は、開発コストを乗せた(今より高い)価格で売ればよいのである。

エプソンのカートリッジは、高いことで有名だ。全世界で訴訟を起こすのは、それを宣伝しているようなものである。裁判所が競争を促進する(うえに環境保護にもなる)再生カートリッジを違法とするのは、競争政策に反する。むしろプリンタの価格には必ずカートリッジの価格を付記させるなど、情報開示を徹底させる必要があるのではないか。

追記:エプソンのカートリッジについては、インクが残っているのに「空になった」という表示が出て印刷できなくなるという設計上の問題が指摘されている。アメリカでは、これについて集団訴訟が起こされ、エプソンが消費者ひとり45ドルを支払うことで和解した。


連絡先
記事検索




メルマガ配信中


電子出版プラットフォーム




書評した本


Fault Lines: How Hidden Fractures Still Threaten the World EconomyFault Lines
★★★★★
書評




ドル漂流ドル漂流
★★★★☆
書評




仮面の解釈学仮面の解釈学
★★★★★
書評




これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学これからの「正義」の話をしよう
★★★★☆
書評




ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう (講談社現代新書)ソーシャルブレインズ入門
★★★★☆
書評




政権交代の経済学政権交代の経済学
★★★★☆
書評




ゲーム理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)ビンモア:ゲーム理論
★★★★☆
書評




丸山眞男セレクション (平凡社ライブラリー ま 18-1)丸山眞男セレクション
★★★★☆
書評




ポスト社会主義の政治経済学―体制転換20年のハンガリー:旧体制の変化と継続ポスト社会主義の政治経済学
★★★☆☆書評




〈私〉時代のデモクラシー (岩波新書) (岩波新書 新赤版 1240)〈私〉時代のデモクラシー
★★★★☆
書評


マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)マクロ経済学
★★★★☆
書評


企業 契約 金融構造
★★★★★
書評


だまされ上手が生き残る 入門! 進化心理学 (光文社新書)だまされ上手が生き残る
★★★☆☆
書評


バーナンキは正しかったか? FRBの真相バーナンキは正しかったか?
★★★★☆
書評


競争と公平感―市場経済の本当のメリット (中公新書)競争と公平感
★★★★☆
書評


フーコー 生権力と統治性フーコー 生権力と統治性
★★★★☆
書評


iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏 (brain on the entertainment Books)iPad VS. キンドル
★★★★☆
書評


行動ゲーム理論入門行動ゲーム理論入門
★★★★☆
書評


「環境主義」は本当に正しいか?チェコ大統領が温暖化論争に警告する「環境主義」は本当に正しいか?
★★★☆☆
書評


REMIX ハイブリッド経済で栄える文化と商業のあり方REMIX★★★★☆
書評


行動経済学―感情に揺れる経済心理 (中公新書)行動経済学
★★★★☆
書評



フリーフォール グローバル経済はどこまで落ちるのかフリーフォール
★★★☆☆
書評


現代の金融入門現代の金融入門
★★★★☆
書評


学歴の耐えられない軽さ やばくないか、その大学、その会社、その常識学歴の耐えられない軽さ
★★★☆☆
書評


ナビゲート!日本経済 (ちくま新書)ナビゲート!日本経済
★★★★☆
書評


ミクロ経済学〈2〉効率化と格差是正 (プログレッシブ経済学シリーズ)ミクロ経済学Ⅱ
★★★★☆
書評


Too Big to Fail: The Inside Story of How Wall Street and Washington Fought to Save the FinancialSystem---and ThemselvesToo Big to Fail
★★★★☆
書評


世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか (光文社新書)世論の曲解
★★★☆☆
書評


Macroeconomics
★★★★★
書評


マネーの進化史
★★★★☆
書評


歴史入門 (中公文庫)歴史入門
★★★★☆
書評


比較歴史制度分析 (叢書〈制度を考える〉)比較歴史制度分析
★★★★★
書評


フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー:〈無料〉からお金を生みだす新戦略
★★★★☆
書評


新潮選書強い者は生き残れない環境から考える新しい進化論強い者は生き残れない
★★★☆☆
書評


労働市場改革の経済学労働市場改革の経済学
★★★★☆
書評


「亡国農政」の終焉 (ベスト新書)「亡国農政」の終焉
★★★★☆
書評


完全なる証明完全なる証明
★★★☆☆
書評


生命保険のカラクリ生命保険のカラクリ
★★★★☆
書評


チャイナ・アズ・ナンバーワン
★★★★☆
書評



成功は一日で捨て去れ
★★★☆☆
書評


ネット評判社会
★★★★☆
書評



----------------------

★★★★★



アニマル・スピリット
書評


ブラック・スワン
書評


市場の変相
書評


Against Intellectual Monopoly
書評


財投改革の経済学
書評


著作権法
書評


The Theory of Corporate FinanceThe Theory of Corporate Finance
書評



★★★★☆



つぎはぎだらけの脳と心
書評


倒壊する巨塔
書評


傲慢な援助
書評


In FED We Trust
書評


思考する言語
書評


The Venturesome Economy
書評


CIA秘録
書評


生政治の誕生
書評


Gridlock Economy
書評


禁断の市場
書評


暴走する資本主義
書評


市場リスク:暴落は必然か
書評


現代の金融政策
書評


テロと救済の原理主義
書評


秘密の国 オフショア市場
書評

QRコード
QRコード
アゴラブックス
  • livedoor Readerに登録
  • RSS
  • ライブドアブログ