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児童ポルノ:根絶へネットブロッキング 通信の秘密を侵害しないか

 18歳未満を被写体にした写真や映像などの児童ポルノの根絶を目指し、政府は今月末をめどに、掲載したホームページへのアクセスを遮断する「ブロッキング(閲覧防止措置)」を柱とした総合対策をまとめる。海外だけでなく、国内のサイトも対象とするなど異例の取り組み。憲法が保障する通信の秘密を侵害する恐れがあり、「劇薬」の導入には慎重論も根強い。課題を検証した。【内藤陽、臺宏士】

 ●「民間主体」が重要

 警察庁と連携して悪質画像を検知し、削除要請を行っている違法・有害情報の通報窓口「インターネット・ホットラインセンター」。09年に寄せられた情報は4486件で、前年(1864件)の2・4倍に増えた。国分明男センター長は「ネット上の児童ポルノ画像は、一度出てしまえばコピーされ続けて完全には消すことができず、被害者の心理的負担は相当なもの。ブロッキングは有効な対策の一つだ」と訴える。

 今回の総合対策の目玉となるISP(インターネット接続業者)によるブロッキングの導入は、関係省庁でつくる犯罪対策閣僚会議のワーキンググループが先月まとめた「児童ポルノ排除総合対策案」に盛り込まれた。同対策案は「児童の権利を保護するためには国内外を問わず、画像発見後、速やかに児童ポルノのアドレスリストを作成し、ISPによるブロッキングを講じる必要がある」と明記した。具体的には、「インターネット・ホットラインセンター」などからの情報を基に民間団体がアドレスリストを作成。これに照らしてISPはユーザーからのアクセスを遮断する。

 問題はこの措置が憲法が禁じる「検閲」に相当しないかや、通信の秘密、表現の自由を侵害しないかだ。導入されれば、児童ポルノサイトにアクセスしない場合でも、まずはアクセス先がチェックされてしまうことになる。電気通信事業法を所管する総務省は「公権力がブロッキングに直接関与すれば憲法が禁じる検閲に当たり、また民間のISPであっても憲法が保障する通信の秘密を形式的には侵害することになる」(消費者行政課)と説明する。

 憲法や法の改正を行わず、どのようにして問題は解決されたのか。先月18日、同省の有識者でつくる「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」(ICTサービス研、座長=堀部政男・一橋大名誉教授)は、ブロッキングについて▽削除や検挙など他の方法では保護できない▽手法および運用が正当な表現行為を不当に侵害しない▽児童への権利侵害が著しい--などの場合に限られるという見解をまとめた。総務省は今月1日の政務三役会議で、この見解を踏まえたISPらによるブロッキングの実施を決めた際、「民間の自主性に基づいた取り組みとして行われることが重要だ」とした。

 ●乱用招く恐れも

 通信事業者らでつくる「安心ネットづくり促進協議会」の児童ポルノ対策作業部会は今月8日、現行法制下でもブロッキングが正当化し得るという内容の最終報告書をまとめた。その一方で、「ISPを利用するすべてのユーザーのアクセス先をチェックするほかはなく、この手法自体が重大な権利侵害の危険性を秘めている」と指摘した。同部会主査を務めた森亮二弁護士は「“禁断の手法”が認められるのは、緊急避難的なケースに限られる。例えば、児童ポルノの中でも悪質な内容でサイト管理者との連絡が取りにくい海外サイトのケースなど。国内サイトでは削除の要請を行う手順を踏むことでようやく条件が満たされる。検閲的な機能のあるブロッキングには、国の関与は『官民一体』ということでも認められてはならない」と指摘する。

 また、業界団体「インターネットプロバイダー協会」の野口尚志理事は「子供の人権を守りたいという気持ちはプロバイダーも同じだ。それでもなおブロッキングには慎重でなければいけないのは、乱用を招く恐れが出てくるからだ」と苦悩をにじませる。

 今回のブロッキング導入の背景には、警察庁など取り締まり側の強い意向があるとされる。通信の秘密や表現の自由を制約しかねない強い措置で、既に閲覧防止の措置を導入しているイギリスやノルウェーでは、対象は海外サイトに限定され、国内サイトに関しては警察当局の検挙などで対応している。このため、総務省のICTサービス研の内部には、導入を疑問視する声もある。ある委員は「警察が検挙しても根絶が困難であることが明らかになってから初めて、導入すべきかどうかを検討するのが筋なのではないか」と話す。

 ●報道写真でも遮断?

 ブロッキング導入に伴う派生的な課題として、「過剰遮断」の問題も指摘されている。あるサイトに悪質画像が見つかった際、そのサイト全体が一気に遮断される可能性だ。総務省の担当者は「例えば、真夏日に水浴びする子供の報道写真がブロッキングされてはいけない」と話す。

 さらに、波及懸念がある。インターネット上には、さまざまな情報がはんらんしている。「児童ポルノ根絶」をうたって導入された制度が、「わいせつ性」や「名誉棄損」といった、複雑で議論が分かれる分野への規制強化に利用されるのではないかという懸念は強い。ブロッキングの実施を決めた今月1日の総務省政務三役会議で、内藤正光副総務相は「児童ポルノ以外の違法・有害情報への波及はあってはならない」と明言した。

 一方、電気通信事業法はISPによる通信の秘密の侵害行為には刑事罰(3年以下の懲役または200万円以下の罰金)を定めている。このため、ISPらはユーザーらから刑事告訴や民事賠償を求められるリスクを抱えることになる。ブロッキングによって通信の秘密を侵害されたとしてユーザーが訴えた場合、ISPは電気通信事業法違反の罪に問われることになるのか。法務省は「ブロッキングの導入推進に向け今後、協力できる部分があれば協力していく」(公安課)と述べるにとどめている。

毎日新聞 2010年6月14日 東京朝刊

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