パッチ。
無機の輝きを放つ鉱石。
無限の可能性を秘めた鉱石。
パッチ。パッチは素晴らしい。
超人へ至る為の輝く必需品。
死の大地を苗床に生命を育む為の必需品。
パッチ。パッチは素晴らしい。パッチはとても大切だ。
火星の大地が孕んだ可能性の結晶。
火星の大地で俺達生命が生きるのに必要な結晶。
俺達の先祖の先祖のご先祖様が見上げて、夢を見たこの火星。
俺達の先祖の先祖のご先祖様が目指し、環境に飲まれたこの火星。
この星で生きる『今』の俺達にとってこの輝きを放つ鉱石は、必需品は、結晶は、とても素晴らしく、とても大切だ。
当り前だ。当然だ。そこらの子供にでも聞いてみると良い。『この星で生きる為に最も大切な、無くてはならないモノは何ですか?』って。
大切過ぎて、当り前過ぎて、『パッチ』と言う答えは貰えない。
俺達は、そのままでは脆い。この星、火星で生きるには脆すぎる。
空気が薄い。気温の変化に対応できない。ついでのおまけのサービスでバルバロイ――機械どもに対抗する術を持たない。
だから、俺達はパッチを装着する。
火星で生きる為に。
火星で生きられる様に進化する為に。
産まれてくる前に母親の胎内で進化させられる。
その為に必要なのがパッチ。
産まれた頃に、名前よりも先に送られる菱形の結晶体。まさに産まれた頃から傍に有るモノ。
そして、このパッチは生物だけではなく、この火星の環境にも作用する。
六つの都市には勿論のこと、小さな村にでも環境調整パッチが置かれ、死の大地に生を刻む手伝いをしている。
それ位に必需品。
それ程に生活密着型。
だから、俺は。
だから、俺、学園都市フォーサイスの軍部所属、風魔虎次郎(ふうまこじろう)は――
「えーと、新入部員の皆さん、こんにちはー。先程紹介のあったアクアさんと一緒にリーティア部長の補佐、副部長などをやっております風魔虎次郎です。パッチの色は見ての通りの真っ黒ですがフレンドリーな感じで接して頂けると嬉しいです。あと、彼女募集中です」
初対面の皆様方には名前に次いでパッチの色を説明する事にしている。
■□■□■
なるべく自然に。
なるべく笑顔で。
ご先祖様の残した古い漫画で言う所、『やぁ、ぼく歩移民。悪い酢羅医務じゃないよ!』見たいな感じで右手を撒くって手首に装着されたパッチを見せた。
見せた……の、だが……
「……ダメっぽぉ~ぃ」
るー るー と涙しながらアクアにヘルプサイン。それを受けた怜悧なプラチナブロンドの乙女座美少女は――
≪自業自得です。私と部長は止めましたから≫
凍った青(アイスブルー)の瞳に相応しい冷たい結論、見捨てると言う旨をテレパスで伝えて来るだけだった。……こんな冷たい幼馴染は要らないので朝、優しく起こしてくれる結婚の約束とかした幼馴染を下さい、ごっど。
そう、こう、なんか、もう、容姿は今のまんまでいいから雰囲気をエプロンが似合う感じにして――
――もう、また寝坊? 虎次郎は私が居ないと本当にダメなんだから!
――え? 今度から起きれる様にする? い、良いわよ! 何言ってんの? 虎次郎は! 私に! 起こされるの! ……そ、その……これからも……
見たいに! 見たいにッ! みぃぃたぁあぁぁぁいぃぃぃぃにッ!
そしてアクア(幻想版)は毎朝俺のわんぱく息子が設置してしまうテントの撤去作業をその白魚の様な指を艶めかしく使って――
≪……何か?≫
≪いえ、何も! 何でも有りませんです、マム!≫
≪そうですか。何か不穏な思考が見えましたが……≫
≪アクアの固有能力ってリーディングじゃないはずだよね!?≫
突然発揮された女の勘っぽいモノに驚愕を見せつつ、妄想中断。……ちぇっ、良い所だったのになぁ~。
≪……斬りますよ?≫
≪申し訳ありませんです、マム!≫
離れた距離。聞こえるはずの無い鯉口を切る音に背筋、ビシッ!
斬るって何を? 何を? ナニをですかっ!?
再度発揮されたリーディング。アクア様の固有能力は次元透過だと思っていたが、どうやらリーディングもできるっぽいです。うん、これからは気を付けよう。脳内ではメイド服への着せ替え程度にしてはだけさせるのは止めておこう。
で、アホな思考で気持ちを解して現実直視。
何と言うことでしょう。
このフォーサイス軍部の扉を叩いたけつの青いひよっこ共は部隊の副部長Bのパッチが真っ黒な事にアホみたいに動揺しています。そんな事で都市の平和を守れると思うな!!
まぁ、無理もないかもしれない。
一般にパッチ装着により得られる変化は四つある。
一つに身体能力の強化。火星への少し――と、言うにはちょいとばかり過剰気味な適応に加えて、百メートルを二秒で駆け抜けれる程度に身体を強く。
一つに遠く離れた方々との通信を脳内で行えるテレパスと呼称される能力の獲得。
一つに個々人によってマチマチな固有能力の獲得。(余談だが個人的には透明化とかが超欲しかった。ロマンの為に)
一つにシェアリング。先にあげた個々人のアビリティを肉体的接触により共有する能力。
以上、四つが一般的に上げられる変化だが、ここに実は一つだけ加える事が出来るものがある。
それがパッチの色による周囲の環境変化だ。
発掘された時は無色のパッチ。このパッチは人が装着すると様々な色に変化する。
そして、その色によって若干、周囲の目が変わる事が有る――……と、は言ってもこれが関係するのは二色だけ。
クリアと、ブラック。
変化が無かった場合と、黒く染まった場合。
この二パターンだ。
我が双子の兄君にしてフォーサイス諜報部部長、風魔環太郎(かんたろう)に、軍部副部長の『クールでビューティな方』ことアクア・ダンチェッカー。
身近な所で上げただけでも重要ポストを占めているのがこのクリアパッチの持ち主達である事からも分かる様に――染まらなかった場合、周囲の視線は変わる。良い意味で。
早い話が『え? クリアパッチ? おぉ、エリートじゃん!』見たいになる。
で、黒く染まった場合。
これも変わる。悪い意味で。
理由は簡単。天然発生型。母親の胎内でパッチを装着せずとも、細胞分裂の過程でパッチを所持することになる星の巫女と星の巫師。生まれながらに強大な力を持ち、我々一般人の為に骨身を砕いて働いてくれる方々の初代、リック=アロースミス――……じゃなくてアリス=ロックスミスさんのパッチが黒く染まっていたのだ。
最大で、最悪の大虐殺。パッチの力でもってソレを行った彼女のパッチが……。
早い話が『え? 黒? く、来るな人殺しぃぃぃ!』見たいになる。……ふぁっく。
で、俺のパッチは黒い。
だからこの様に新入部員の皆様は『なん……だと……』見たいにざわざわしているのだ。
「……え~……あ~……このフォーサイスの事は愛してますんで、信頼はしてくれなくても信用位はして欲しいです。まぁ、よろしく――」
「うるっさぁぁぁぁぁいっ!」
もういいや。そのうち分かってくれるから。俺の人柄。
と、言う何時もの諦めと共に吐き出そうとした『お願いします』。
それを打ち切る様に叫び声。
ベテランの皆さんにはお馴染み、しかして新入部員の皆には馴染みの無い高い少女の声。
「うるさい、黙らんか! 貴様らっ!」
その声の持ち主は金を溶かした様な金髪と、青く澄んだ瞳をもった可愛らしい小さな女の子。
我が軍部のマスコット兼部長兼最高武力兼最萌生物、リーティア・フォン・エアハルトたんが降臨されていた。
「おい、貴様! そこの貴様だ眼鏡! 名前は何と言う?」
「ハッ! 自分は――」
「そうか! それではマスの掻き過ぎで右手が肥大化したファ○キン新兵!」
で、突如降臨された我らが女神は何故だかとっても元気に不機嫌マックス。
俺の自己紹介を中断したまま手頃な新人に卑猥なニックネームを贈呈して罵倒している。
「それで、マス掻き大好きなファ○キン新兵? 貴様のパッチは何色だ?」
「……」
「聞こえんのか! このクサレ○○○野郎! ママの××に貴様のちっぽけな脳みそを置き忘れたのか!? だったら今すぐママを押し倒してその△△△に顔面突っ込んで回収して来いっ!!」
うわぁ。ひっわぁ~い。
……誰だ? リーティアにあんな言葉教えたの?
と、驚愕する俺を置き去りに、更に行われる罵倒教室(幼女主催)。
「黄色であります、マムっ!」
「ほう? そうか? まるで貴様のクサレ○○○から定期的に出される▽▽の様な実に頭の悪い色だな? お前にぴったりだ!」
「……」
「ん? 『違う』とでも言いたげな表情だな?」
「イエス、マム! 自分は――」
「ならばパッチの色位でグダグダ抜かすな!」
「……い、イエス、マム……」
「聞こえん!」
「イエスっ! マムっ!」
「貴様らもだ!」
「「「イエス! マム!」」」
リーティアの言葉に敬礼で答える新人共。
『それでこそ部長です』と頷く同僚諸君。
そんな中、感動に打ち震える俺。
ありがとう。リーティア。俺なんかの為に怒ってくれて。
ありがとう。リーティア。俺なんかの味方になってくれて。
ありがとう。リーティア。そんな俺がキミに出来る事といったら――
「……強く、キミを抱きしめる事しかできない」
服をぬぎぬぎ。
「そして私はそんなあなたを切り刻むしかできません」
刃、キラキラ。
アクアに刃を突き付けられたまま、火星の夕焼け視界にイン。
……そんな分けで、今日も僕らは平和です。
……。
…………。
………………。
「あれぇ~アクア~刀、どうしたの?」
「いえ、汚物を切ったので手入れを」
「? ふぅ~ん、そう、手伝う?」
「いえ、お気持ちだけで。ありがとうございます、部長」