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◆「はやぶさ」はどんな旅をしてきたの?
人類初の小惑星の岩石採取に挑んだ宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「はやぶさ」が13日夜、地球に帰還する。03年5月の打ち上げから約7年、総航行距離約60億キロにも及ぶ長い旅について、「なるほドリ」がはやぶさの人気キャラクター「はやぶさ君」(注1)に聞いた。【永山悦子】
なるほドリ はやぶさ君、いよいよ帰ってくるね。どんな小惑星に行ったの?
はやぶさ君 地球と火星の間の軌道を回る小惑星イトカワ(注2)だよ。地球から比較的近く、まだだれも行ったことがない小惑星だったんだ。到着まで約20億キロ、2年4カ月もかかったよ。
Q 気が遠くなるね。すごいパワーのエンジンを持っているのかな。
A 「イオンエンジン」という新型のエンジンだよ。キセノンガスに電気を帯びさせて、静電気の力でものすごいスピードで噴射させた反動で動くんだ。燃費がいいので燃料が少なくてすむのが特徴だよ。このエンジンの力は、地球上では一円玉をやっと持ち上げるくらいしかないけど、地球を飛び出した後で続けて運転すれば時速5000キロまで加速できる。
それに、「スイングバイ」(注3)という航法を組み合わせたので、たった数十キロの燃料でイトカワへ到着できたんだ。
Q イトカワって、どんな小惑星?
A 一番長いところが540メートルしかない、小さな小惑星だ。ピーナツのような形をしていて、表面はなだらかなところと、大きな岩がゴロゴロしているところがあったよ。人類が初めて見る天体だから、ぼくもドキドキしながら写真を撮ったりしたんだ。
Q 岩石はどうやって採ったの?
A イトカワの重力は地球の10万分の1しかないので、シャベルですくう動きをすると、反動で宇宙へ放り出されてしまう。だから、ぼくの下側につけた筒のような装置を使った。筒の先がイトカワの表面に触れると弾丸が発射され、砕けた岩石が筒の中を上って容器に入る、という方法で挑戦したんだ。
Q うまくいった?
A 着陸はだいたい予定通りだったけど、岩石採取の弾丸が発射できたかどうかは分からないんだ。でも、研究者の人たちは「着陸の衝撃で表面の砂が舞い上がって採れた可能性がある」と話していたよ。
Q それはよかった。あとは帰るだけになったんだね。
A ところがね、2度目の着陸の後、ぼくは地球と交信できなくなっちゃったんだ。イオンエンジンとは別の化学エンジンの燃料が漏れて姿勢がおかしくなって、太陽電池が太陽と違う方向に向いてしまったようなんだ。発電ができなくなったぼくは力がなくなり、気を失ったんだ。
Q それは大変!
A 7週間くらいは意識がなかったみたい。そのうち太陽電池に太陽が当たり始めて発電が始まったんだ。その時、地球からぼくを呼ぶ声が聞こえた。ぼくは必死に応えたよ。その返事に「うすださん」が気付いてくれて、交信が復活したんだ。
Q うすださん?
A 長野県佐久市にある臼田宇宙空間観測所のアンテナ(注4)さ。ぼくみたいな探査機との交信の仲立ちをしてくれているんだ。
Q その時の体調はどうだった?
A 意識は戻ったけど上手に動けなくて、あちこち検査してもらったんだ。徐々に動けるようになったけど、地球に帰るタイミングを逃してしまって、帰るのが予定の07年より3年も遅れてしまったんだ。
Q 7年間も一人で旅をして寂しくなかった?
A 全然寂しくなかったよ。うすださんたちに協力してもらいながら、ずっと管制室の研究者の人たちとお話をしていたからね。調子が悪くなると、直す方法を考えてくれたり、良くならない時にはそれ以上悪くならないよう気を配ってくれたり、別の解決法を考えてくれた。一緒に旅をしているみたいだったよ。
Q その旅も、もうすぐゴールだね。イトカワの砂が入っているかもしれないカプセルは、どうやって地球に帰るの?
A ぼくは13日午後7時50分ごろ(日本時間)、地球から約7万キロの高さでカプセルを切り離す。カプセルは大気圏に突入して、最高約1万~2万度の熱にさらされるけれど、特製の断熱材が中身を守ってくれるんだ。真夜中に、オーストラリア南部のウーメラ砂漠に着地する予定だよ。
Q カプセルに何か入っていてほしいね。
A 小惑星には、太陽系ができた約46億年前の姿がそのまま残っていると言われているので、もしイトカワの砂を分析できれば、太陽系の歴史がもっと詳しく分かるようになるかもしれないね。
Q 帰ってきたはやぶさ君に、直接「お疲れさま」って言いたいな。
A ありがとう。でも、それはできないんだ。ぼくはカプセルを正確に落とすため、できるだけ地球に近づかないといけない。カプセルを切り離した後、大気圏に突入して燃え尽きてしまうんだ。ぼくは流れ星になるよ。
今、ぼくの目の前には真っ青な地球が見える。長旅でいろいろな星を見たけれど、やっぱりぼくの故郷が一番素晴らしい星だと思う。大変なこともいっぱいあったけれど、新しいことにたくさん挑戦できて、思い出がいっぱいできたよ。(JAXA所属)
はやぶさは、地球以外の天体で岩石などを採取し持ち帰る技術を実証するため計画された。太陽電池パネルは端から端まで5・7メートル、本体は軽自動車の半分程度の大きさだ。
実証を目指した主な技術は(1)新型電気推進エンジン(イオンエンジン)による航行(2)カメラで撮影した画像などを使った自律航行とイトカワへの接近・着陸(3)ほとんど重力がない環境での試料採取(4)密閉したカプセルを大気圏に突入させての試料回収。いずれも人類初の試みで、(3)までは成功とみられる。大気圏に突入したカプセルは、1万度以上の高温にさらされるため、回収はとりわけ難度が高い。
プロジェクトチームは、技術実証がすべて成功し、イトカワの砂も入手できれば「100点満点で500点の成果」と位置づけている。それだけ挑戦的な内容ということだ。
はやぶさの旅はトラブルの連続だった。打ち上げ直後、4基あるイオンエンジンの1基の不調が判明。イトカワ着陸前には、姿勢制御装置3台中2台が故障した。着陸直後には燃料漏れがきっかけで通信が途絶。復旧した後も、12台の姿勢制御用化学エンジンすべてが故障した。帰還に欠かせないイオンエンジンの故障にも見舞われた。だが、そのたびにチームは知恵を絞り、ピンチを切り抜けた。
人類が地球以外の天体表面から物質を持ち帰るのは、「月の石」を持ち帰った米国、旧ソ連以来。彗星(すいせい)のちりを採取した例はあるが小惑星は初めてで、宇宙空間で密閉されたはやぶさのカプセルに入っている可能性がある試料は、科学的価値がより高いという。
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■ことば
はやぶさミッションの流れを紹介する絵本のために作られたキャラクター。作者は文部省宇宙科学研究所(当時)の研究員だった小野瀬直美さん(現・JAXA研究開発本部未踏技術研究センター常勤招へい職員)と奥平恭子さん(現・会津大准教授)。01年に誕生した当時は打ち上げ前だったため、ミッション名の「ミューゼスC君」と名付けられた。
太陽のまわりを1周する公転周期は1.5年(地球は1年)。はやぶさ打ち上げ後、この小惑星を発見した米チームに、JAXAの研究者らが命名を依頼した。日本初のロケットを開発し「日本の宇宙開発の父」と呼ばれる故・糸川英夫東京大教授にちなむ。はやぶさによる観測の結果、イトカワの内部は約40%が空洞で、岩石の寄せ集めであることが分かった。
地球など天体の重力を利用して、探査機の燃料を使用せずに軌道の方向や速度を大きく変える技術。はやぶさは04年5月、地球に約3700キロまで近づいて、イトカワへ向かう軌道に乗り、加速することに成功した。イオンエンジンとスイングバイの組み合わせは世界初の試みだった。
84年に設置された直径64メートルの大型パラボラアンテナ。惑星や彗星を目指す探査機の管制に使われ、地上からの指令を送信したり、探査機からのデータを受信している。
毎日新聞 2010年6月13日 東京朝刊